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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)351号 判決 1981年1月26日

原告

藤川咲枝

ほか二名

被告

材木勇雄

ほか三名

主文

一  原告らの本訴各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告材木勇雄、被告南国交通有限会社は各自、原告藤川咲枝に対し金一五〇万円、原告角田森一、原告角田ミチエに対し各金七五万円苑及び右各金員に対する昭和四九年七月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告清藤繁男、被告清藤烈子はいずれも、原告藤川咲枝に対し各金七五万円苑、原告角田森一、原告角田ミチエに対しそれぞれ、各金三七万五、〇〇〇円宛及び右各金員に対する昭和四九年七月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する各被告の答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  本件事故の発生

昭和四九年七月七日午前一時五三分頃、北九州市小倉北区香春口二丁目六番一七号先道路上において、訴外亡清藤時男は自動車(北九州五五に五六一八、以下清藤車という。)を運転して魚町方面から三萩野方面へ向けて進行し、被告材木も自動車(北九州五五あ四七〇四、以下材木車という。)を運転して同方向へ進行中、両車が接触して、右清藤運転の清藤車が暴走し、折から左側歩道上に立つていた訴外亡角田務に激突させ、同人に対し後記の重傷を与えたうえ、これにより昭和五〇年六月二七日死亡するに致らせたものである。

二  亡角田務の本件事故による受傷と死亡との因果関係について

亡角田務は、本件受傷により両大腿骨々折、左大腿頸部骨折右肩部右下腿部挫傷、左下腿部挫創の重傷で昭和四九年七月七日直ちに、古賀病院に入院、両下肢頸線牽引術を施行され同月一七日九州労災病院に転院、両大腿骨々折により骨接合術が施行され、同年一〇月二八日まで同院に入院治療を受けた。以後通院治療を受けていたが昭和五〇年二月一二日再入院し、左大腿頸部偽関節のため骨切り術の手術を受けた。右手術後のリハビリテイシヨン中の同年六月二七日午前六時一〇分急性心不全のため死亡したものである。(同院の主治医加茂洋志の証言によると、手術後の血液のかたまりが血流を止めたためと推認されて、過去にも学界でその症例が報告されているとある。)亡務は、死亡当時満四四歳であつたが、健康で心臓などに異常はなく、病気らしい病気は過去に全くしていない。このような亡務には、数回の手術による血液のかたまりが血流を止めたため、急性心不全のもととなつたと推認するのが相当である。本件事故なかりせば、何回も繰り返した手術も不必要であつたのであり、血液の凝固による血流閉鎖もなかつたのであるから、本件事故による受傷と、亡務の死亡との間には因果関係がある。

三  責任原因

(一) 被告材木は安全運転を怠り自己の運転する材木車を清藤運転の清藤車に接触させてこれを暴走させ前記のとおり本件事故を惹起させた過失があるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告南国交通有限会社、(以下、被告南国交通という。)は、材木車をタクシー業務に使用し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき本件事故によつて生じた人的損害を賠償する責任がある。

(三) 訴外亡清藤時男は清藤車を所有してこれを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき本件事故によつて生じた人的損害を賠償する責任があつた者であるが、その後昭和五一年一二月一日死亡したので、その父母である被告清藤繁男、同清藤烈子が亡清藤時男の債務を各二分の一の相続分に応じて相続した。

四  損害

(一) 亡角田務の慰藉料 金二〇〇万円

亡角田務は、本件事故について全く過失はなく、通り魔的な被害にあつて遂には一命を失つた。亡角田務は本件事故により前記のとおりの重傷を受け直ちに古賀外科病院に入院、同年七月一七日九州労災病院に転院、昭和四九年七月一七日から同年一〇月二八日まで一〇四日間入院治療を受け、昭和五〇年一月一日から同年二月一一日まで通院治療を受け、同年二月一二日から同年六月二七日まで一五六日間再び入院治療を受け、入院中突然急性心不全のため死亡した。

全く被害者側に過失のない事件で、一命を失つた亡角田の慰藉料としては少くとも金二〇〇万円が相当である。

(二) 亡角田務の逸失利益 金一、六九一万六、五九八円

亡角田務は、長い間タクシー運転手をしていた者であるが、事故当時は原告藤川の経営する美容院の経営を助勢するべく勉強中であつた。従つて具体的収入の明細を明らかにすることは出来ないので、賃金センサス昭和五二年第一巻第一表、産業計、企業規模計、全労働者計の四〇~四四歳の平均給与額(イ)きまつて支給する現金給与額金一八万七、四〇〇円(一ケ月)(ロ)年間賞与その他特別給与額金六六万〇、五〇〇円(一ケ年)に拠ることとする。そして亡務は死亡当時満四四歳であつたから、就労可能年数は二三年間であり、その新ホフマン係数は一五・〇四五であるから、生活費控除を収入の五割として、その死亡による逸失利益を算定すると、次の算式により金一、六九一万六、五九八円となる。

<省略>

(三) 治療費 金四八万〇、三一二円

亡角田務は治療費として金四八万〇、三一二円を支払つた。

(四) 権利の承継

原告角田森一は亡角田務の父であり、原告角田ミチエは母であり、原告藤川は内縁の妻である。

亡角田務には、相続人としての子がないから、その父母である原告森一と原告ミチエが相続人である。一方亡角田務と原告藤川は昭和二六年頃より同棲して内縁関係に入り死亡時まで生活を共にして自他共に認める夫婦であつたが、たまたま戸籍上の届出をしていなかつたものである。

内縁の妻に相続権があるか否かについては争いのあるところであるが、原告らは原告藤川にも亡角田務の遺産の相続権ありと主張するものである。

そこで亡角田務の死亡に伴い同人の前記(一)ないし(三)の損害につきその賠償請求権を原告角田森一、原告角田ミチエが各四分の一、原告藤川が二分の一の割合で相続した。

(五) 原告らの慰藉料 金四〇〇万円

亡角田務の死亡に伴う慰藉料としては、前記身分関係から考慮して少くとも、原告藤川につき金二〇〇万円、原告森一同ミチエにつき各金一〇〇万円が相当である。

(六) 葬式費用 金三〇万円

原告らは亡角田務の葬式費用として金三〇万円を右各相続分の割合で支出した。

五  損害の填補

原告らは自賠責保険金一、一六〇万円の支払を受けたので右損害金合計金二、三六九万六、九一〇円から右金額を控除すると、原告らの本件損害賠償債権残額は合計金一、二〇九万六、九一〇円となるが、原告藤川はその二分の一の金六〇四万八、四五五円、原告森一と原告ミチエはその各四分の一の各金三〇二万四、二二八円の各損害賠償債権を有するものである。

六  よつて、

(一) 被告材木勇雄、被告南国交通有限会社各自に対し、原告藤川咲枝は右金六〇四万八、四五五円の内金一五〇万円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四九年七月八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告角田森一、原告角田ミチエはいずれも右各金三〇二万四、二二八円の各内金七五万円及びこれに対する右同日から右同割合による遅延損害金の支払を求め、

(二) 被告清藤繁男、被告清藤烈子に対し、原告藤川咲枝は前記金六〇四万八、四五五円の各二分の一の各金三〇二万四、二二八円の各内金七五万円宛及びこれらに対する前同日から完済まで前同割合による遅延損害金、原告角田森一、原告角田ミチエはいずれも各前記金三〇二万四、二二八円の各二分の一の各金一五一万二、一一四円の各内金三七万五、〇〇〇円宛及びこれらに対する前同日から完済まで前同割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告材木の答弁)

一  請求原因一項については、原告ら主張の日時・場所において、訴外亡清藤時男運転の清藤車が訴外亡角田務に衝突し同人が両大腿骨々折、左大腿頸部骨折等の傷害を負う交通事故が発生した限度において認め、その余は争う。

二  同二項は争う。

亡角田務の受傷は両大腿骨々折、左大腿頸部骨折であり、死因たる急性心不全との間には因果関係はない。

三  同三項(一)は否認する。

被告材木は材木車(タクシー)を運転して魚町北方線片側三車線の中央車線を時速四〇キロメートル位で走行中、乗客の指定した香春口交差点先で停車するため、本件事故地点の四〇ないし五〇メートル手前で左方向指示器を現示し、さらに二五メートル位手前から減速しつつ徐々に左側車線に移行し、本件事故地点ではほとんど停車寸前のところに、無制動でかつ高速で進行してきた訴外亡清藤時男運転の清藤車が材木車左側面に接触したものである。

本件事故の全ての原因は、亡清藤時男が三車線の最左側車線を制限時速超過で、かつ、酩酊状態で走行し、材木車の左車線移行を認識しながら材木車の左側を走行突破できると考えた無謀運転に帰する。

一般に、走行者が三車線に区分されている場合、速度の非常に遅い車が最左側、追い越す場合には、最右側と決められているのであつて、被告材木としては、左方向指示器を現示し、徐々に左車線へ移行して行つた以上、かかる交通常識を無視し、自車の左側を高速で通過する車両がある等は到底予見できず、また左車線へ移行する時のバツクミラーでもそのような車を発見することはできなかつたのである。

従つて、被告材木には、事故発生の予見可能性もないし、仮に清藤車を認識しても事故を回避する手段をとることは著しく困難であつたから、過失責任はない。

四  同四項は争う。

五  同五項のうち原告らが自賠責保険から金一、一六〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。

仮に、何らかの意味で被告材木が責任を負うとしても、原告らが自賠責保険金一、一六〇万円を受給していることにより本件事故による亡角田務に生じた全損害(入院慰藉料、入院中休業補償を含む。)は填補されたものとみるべきである。

(請求原因に対する被告南国交通の答弁及び抗弁)

一  請求原因一項のうち、原告主張の日時、場所において、訴外亡清藤時男運転の清藤車が訴外亡角田務に衝突し、同人を死亡させた事実は認めるが、その余は否認する。

二  同三項(二)については、被告南国交通が材木車をタクシー業務に使用し、自己のため運行の用に供していたことは認めるが、材木車を運転していた被告材木には過失はなく、本件事故の発生は専ら清藤車を運転していた訴外亡清藤時男の過失によるものであるから、被告南国交通には自賠法三条に基づく賠償責任はない。

三  同第四項のうち、亡角田務の傷病名、入通院期間は不知、原告らの身分関係は認めるが、その余は否認する。

(右抗弁に対する答弁)

右免責の抗弁は否認する。

(請求原因に対する被告清藤両名の答弁)

一  請求原因一項は認める。但し、亡角田務の死亡と本件事故との間に因果関係はない。

二  同二項は争う。

原告主張の損害は亡角田務が本件事故に因り死亡したことを前提としているが、本件証拠上、そのような因果関係の存在は立証されていない。原告は、加茂医師の証言を引用し因果関係ありと主張しているが、同医師の証言は要するに、「死因については色々な推定は可能であるが、患者は事故の負傷は治癒し、機能回復訓練中であつたからそれが急に悪化する原因は不明である。2せめて解剖により死因を追求させてもらいたかつたが遺族の拒絶にあいそれが不可能であつた等によりその死因については明確にすることができなかつた。」と述べて因果関係については存否不明といつているのである。

三  同三項(三)は認める。

四  同四項のうち、原告ら主張の損害はすべて争う。

また、原告藤川の角田務に対する相続権についてはこれを否認する。民法の規定上、内縁の妻に夫の相続権を認める余地のないことは明白である。

五  同五項のうち、原告らが自賠責保険金一、一六〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。

前記のとおり本件事故と亡角田務の死亡との間には因果関係がないのであるから、原告らは、亡角田務について両大腿骨々折等の負傷による損害を超えて、死亡による損害まで請求することはできないことは言うまでもないが、右負傷に対する損害も自賠責保険金合計一、一六〇万円の支払により十分以上に填補せられているため、被告らには何らの賠償責任も残つていない。

第三証拠 〔略〕

理由

(原告らの被告材木に対する請求について)

一  本件事故の発生

(一)  昭和四九年七月七日午前一時五三分頃、北九州市小倉北区香春口二丁目六番一七号先道路上において、訴外亡清藤時男運転の清藤車が訴外亡角田務に衝突し、同人が両大腿骨々折、左大腿頸部骨折等の傷害を負う交通事故が発生したことは原告らと被告材木との間に争いがない。

(二)  本件事故のその余の具体的態様等は次のとおりである。すなわち、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第八号証、乙第一号証並びに被告材木本人尋問の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

1 本件事故現場附近の状況は、別紙図面表示のとおりであつて、道路中央部を幅員五・六メートルの西鉄電車北方魚町線軌道敷があり、その両側に北行及び南行の各幅員一〇・二メートルの車道部分(各三車線)があり、その両側には各幅員六・八メートルの歩道部分がある南北に走るアスフアルト舗装道路であり、路面は平坦で本件事故当時雨のためぬれていた。附近は制限速度時速五〇キロメートル、転回、駐車禁止の交通規制がなされていた。

2 訴外亡清藤時男は、本件事故前約二時間に亘り清酒三合位を飲んで呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有しており自動車の正常な運転ができ難い状態であるのに、清藤車(車幅一・五八メートル)を運転し、魚町方面から三萩野方面に向け時速約六〇キロメートルの速度で前示道路の外側車線を南行し別紙図面表示<1>点にさしかかつたが、折から前方約二六メートル先の中央車線上を先行している被告材木運転のタクシー材木車(車幅一・五三メートル)が同図面表示<ア>点で減速しながら進路前方の外側車線内に移行しはじめたのを認めたが、酒の酔いもあつて材木車の左側方を追越通過できるものと軽信し、友人のことを考えながら、漫然そのままの速度で進行したため、約五一・五メートル前方の同図面表示<2>点に至つて左側車輪を歩道上に乗りあげると同時に同<イ>点を進行していた材木車(同車の左側端と歩道端との間隔一・二〇メートル)の左側部の左側前部から約一メートルの所より後方約一メートルにわたつて清藤車の右側後部を接触させた直後三・九〇メートル先の歩道上の押ボタン式交通信号機の支柱に衝突して同支柱を根元から倒れかけさせて同図面表示<3>点歩道上に停車したが、その際、右交通信号機支柱横の歩道上に立つてタクシーを待つていた訴外亡角田務に衝突した。

清藤時男は事故の約一時間後警察官の取調べをうけた際酒臭が強く、検知管による化学判定では前記のとおりのアルコール分を身体に保有しており、顔色は青ざめており、目は充血し、直立すると左右にゆれる状態であつた。

3 他方、被告材木は、材木車を運転し、前記中央車線を時速約四〇キロメートルで南行していたが、別紙図面表示の横断歩道の前方でタクシー乗客を降ろすため、バツクミラーによつて後方の安全を確認した後、左側の方向指示器を点滅し同図面表示<ア>点附近で左側車線への移行を始めたが、約二五メートル前方の同<イ>点に至つたとき前示のとおり清藤車が材木車に接触した。

以上の各事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

二  被告材木の責任

以上の認定事実によれば、本件事故は、「亡清藤時男がそもそも酒に酔つて自動車の正常な運転ができ難い状態にあるのに自動車を運転しており、進路約二六メートル前方の外側車線上に材木車が中央車線から移行し始めたのを認めた際、自らは制限速度を約一〇キロメートル超えた時速約六〇キロメートルで進行していたのであるから直ちに減速して材木車との安全な間隔を維持して進行し、これを追越すに当つては安全を確認して中央車線に移行したうえこれを追越すべき注意義務があるのに酒に酔つていたこともあつてこれを怠り、漫然そのままの速度で進行し材木車の左側方を追越通過しようとした一方的過失」に起因するものというべきであり、被告材木には過失は認められないから、同被告に原告ら主張の民法七〇九条所定の不法行為責任はないものといわねばならない。

三  そうすると、その余の点について判断を加えるまでもなく原告らの被告材木に対する本訴請求は理由がないものといわざるを得ない。

(原告らの被告南国交通に対する請求について)

一  本件事故の発生

昭和四九年七月七日午前一時五三分頃、北九州市小倉北区香春口二丁目六番一七号先道路上において、訴外清藤時男運転の清藤車が訴外亡角田務に衝突し、同人を死亡させたことは原告らと被告南国交通との間に争いがない。

本件事故のその余の具体的態様等は前示認定のとおりである。

二  被告南国交通の責任

被告南国交通が材木車をタクシー業務に使用し、自己のため運行の用に供していたことは原告らと被告南国交通との間に争いがない。

そこで被告南国交通の免責の抗弁について検討する。

本件事故は専ら訴外亡清藤時男の一方的過失に起因するものであることはさきに判断したとおりであり、また前記認定事実並びに弁論の全趣旨によると、材木車の構造上の欠陥または機能上の障害の有無は本件事故発生と何ら因果関係を有しないことが明らかである。

従つて被告南国交通の免責の抗弁は理由があるから同被告には自賠法三条所定の運行供用者責任はないものといわねばならない。

三  そうすると、その余の点について判断を加えるまでもなく、原告らの被告南国交通に対する本訴請求は理由がないものといわざるを得ない。

(原告らの被告清藤両名に対する請求について)

一  本件事故の発生

請求原因一項の事実は、本件事故と亡角田務の死亡との因果関係の点を除き、原告らと被告清藤両名との間に争いがない。

二  亡清藤時男の責任と被告清藤両名の債務の承継

請求原因三項の(三)の事実は原告らと被告清藤両名との間に争いがない。

三  損害

(一)  亡角田務の受傷と治療経過並びに本件事故と同人の死亡との因果関係

亡角田務は本件事故により両大腿骨々折、左大腿頸部骨折等の傷害をうけたことは原告らと被告清藤両名との間に争いがない。

いずれも成立に争いのない甲第一〇ないし第一二号証、証人加茂洋志の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると次の各事実が認められる。

1 亡角田務は右受傷により本件事故当日の昭和四九年七月七日古賀外科病院に入院し治療をうけたが、重傷のため同月一七日九州労災病院に転入院し、同月一九日両大腿骨々折部の骨接合手術をうけた。左大腿頸部骨折箇所については手術を要せず保存的治療をうけた。その後入院療養を続け、同年九月一七日からはリハビリ訓練としてプール歩行を始め、同月三〇日からは松葉杖歩行を開始し、同年一〇月二八日に退院し、以後は手術後約一年間の予定で骨折部の骨が癒合し完全に治癒するのを待つため通院治療をうけていた。

2 ところが、保存的治療をうけた左大腿頸部骨折箇所は骨に動きがあり癒合状態がよくなく該部が痛み手術の必要が出て来たため、亡務は昭和五〇年二月再度九州労災病院に入院した。当時同人の両大腿骨々折部は大丈夫な位にかなり骨ができていた。同人は同月一九日に左大腿頸部骨折部位の手術をうけ、ギブスを約四ケ月間つけていたが、同年六月一一日これを外され、ハーバートタンク内でのリハビリ訓練を始め、入院療養を続けていたが、同月二七日午前五時一五分頃突然急性心不全となり、かけつけた当直医が人工呼吸や心臓マツサージをしたが手当ての効果なく、発病から僅か約一時間後の午前六時一〇分に急死した。

3 亡角田務の主治医加茂洋志は、務の両度の各手術前同人の心電図の検査その他の検査をしたが、異常な点はなかつたものであり、同人が急性心不全になつた原因が全く不明であつたため、これを究明しようと、務の遺族に遺体解剖の承諾を求めたが、拒否された。そこで務の急性心不全の原因はそのまま不明に終つた。

右加茂医師は務の急性心不全の原因につきポツクリ病と脂肪栓塞(手術とか骨折の場合に脂肪が骨幹の中に入つて詰まる病気)の二つを考えて見たが、ポツクリ病については未だその原因が解明されていないものであり、また脂肪栓塞については務には全くその症状が出ていなかつたため、遺体を解剖する以外にその原因を究明する方法がなく、結局務の死因は解明できなかつた。

右の各事実が認められ、原告藤川本人尋問の結果中、務の死因に関する部分も、証人加茂洋志の証言に照らし、務の死因を認定するに足りないものであり、他にこれを認定できる証拠はない。

以上認定の各事実によると、本件事故と亡角田務の死亡との間に因果関係の存在を認めることはできない。

そうすると、亡角田務の本件事故による人的損害は前記受傷による損害の限度でこれを認定すべきであり、死亡による損害はこれに含まれないものといわねばならない。

(二)  亡角田務の慰藉料

本件事故の態様、傷害の部位、程度、治療の経過その他本件にあらわれた諸般の事情を考えあわせると、亡角田務の慰藉料額は金二〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(三)  亡角田務の逸失利益

前記認定にかかる亡角田務の治療経過に成立に争いのない甲第六号証、原告藤川本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡角田務は本件事故当時満四三歳の健康な男子で美容師である内縁の妻藤川咲枝の営む美容院の店舗増設に伴い、自らその経営に乗り出すべく、タクシー運転手をやめて経営コンサルタントの教示をうける等その準備中であつたところ、本件事故による受傷のため本件事故の日である昭和四九年七月七日から死亡の日である昭和五〇年六月二七日までの約一年間美容院経営の業務に従事することができなかつたことが認められる。この事実からすると事故当時の務の平均月収は確定できないけれども、右期間中における同人の逸失利益の額は賃金センサス昭和四九年第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者四三歳の者の平均年間給与額である金二五〇万円と同額と推定するのが相当である。

(四)  治療費

前掲甲第六号証、成立に争いのない丙第一号証の一ないし三並びに弁論の全趣旨によると、亡角田務は治療費として原告らの請求にかかる金四八万〇、三一二円を超える金員を支払つたことが認められる。

(五)  原告らの慰藉料

原告角田森一と原告角田ミチヱが亡角田務の父と母であり、原告藤川がその内縁の妻であることは被告清藤両名において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべく、原告藤川本人尋問の結果によると、原告藤川は亡角田務と昭和二七年に結婚式を挙げて以来内縁の夫婦として同居生活をして来た者であり、原告藤川には兄も弟も居なかつたので夫婦のいずれの戸籍とするか結着がつかず、また両名の間に子供も出生しなかつたため結婚届出をしないままであつたことが認められる。

而して、亡角田務の本件受傷の態様と治療の経過、その他本件にあらわれた諸般の事情を考えあわせると、前示のとおり本件事故と亡角田務の死亡との間に因果関係は認められないけれども、なお同人の父母、内縁の妻である原告らは亡務の本件受傷によりいずれも民法七〇九条、七一〇条に基いて自己の固有の権利として慰藉料を請求できる程度の精神上の苦痛をうけたものと解することができるのであつて、原告らの各慰藉料の額は、原告藤川につき金五〇万円、原告清藤両名につき各金二五万円とするのが相当であると認められる。

(六)  葬式費用

前示のとおり本件事故と亡角田務の死亡との間には因果関係が認められないのであるから、同人の葬式費用は本件事故による損害ということができない。

(七)  以上の次第で本件人的損害の総額は金五九八万〇、三一二円となる。

四  損害の填補

原告らが亡角田務の遺族として自賠責保険金一、一六〇万円の支払をうけたことは原告らと被告清藤両名の間に争いがない。

而して、以上認定にかかる本件人的損害の総額金五九八万〇、三一二円は、右自賠責保険金額の範囲内であるから、自賠責保険金の受領によりすべて填補されたものといわざるを得ない。

五  そうすると、原告らの相続関係について検討するまでもなく、原告らの被告清藤両名に対する本訴請求は結局理由がないこととなる。

(結論)

よつて、原告らの被告らに対する本訴各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔)

別紙図面〔略〕

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