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福岡地方裁判所小倉支部 昭和53年(ワ)38号 判決 1980年1月29日

原告 山下要

右訴訟代理人弁護士 江口亮一郎

被告 うろこや観光曳船株式会社

右代表者代表取締役 大下森人

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 吉永普二雄

主文

一  被告らは各自原告に対し金一、八八五万〇、三三六円及び内金一、七三五万〇、三三六円に対する昭和五一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金六、一七七万三、三三一円及び内金五、八五九万三、三三一円に対する昭和五一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は昭和五〇年三月三一日ころより被告うろこや観光曳船株式会社(以下「被告会社」という)に雇傭され、同会社所有の第二二うろこ丸(約二八トン)の船長として、被告会社の従業員で同船の機関長被告瀬川一利(以下「被告瀬川」という)及び甲板長訴外西山正吉と共に北九州市洞海湾内及びその付近における鉱滓運搬に従事していた。

昭和五一年一二月二六日午前八時ころ、原告及び被告瀬川らが右第二二うろこ丸を運航して右鉱滓運搬のため同船の係留地である北九州市戸畑区新川所在通称鉄道岸壁附近から若松区響灘埋立地方面へ向かう途中、同船上操舵室において、原告が被告瀬川に対し同船のエンジン・クラッチの作動状態が悪いことについて注意したところ、同被告が腹を立て口論となり、いきなり原告に対し操舵室の戸口の窓ガラスを固定するくさび型の木片(長さ約二一・五センチメートル、厚さ約五・五センチメートル)で原告の後頭部及び頭頂部を殴打するなどの暴行を加えた。

さらに同時刻ころ、原告が右暴行により負傷したため前記航行を中止していったん帰還した北九州市戸畑区銀座二丁目六番二〇号の被告会社事務所において、被告瀬川は再び原告に対し鉄製灰皿(直径約二四センチメートル、高さ約六・五センチメートル)でその左側頭部を殴打する暴行を加えた。

以上の暴行により、原告は頭蓋骨陥没骨折、開放性脳挫傷、外傷性後頭神経痛の傷害を負った。

2  被告らの責任

(一) 被告会社の責任

被告会社は被告瀬川を雇傭し、同被告を自己の事業のため使用していたものであるが、本件事故は同被告が被告会社の業務を執行中に原告に対しなした暴行によるものであるから、被告会社は本件事故につき民法七一五条一項により被告瀬川の使用者として損害賠償責任を負う。

(二) 被告大下森人の責任

被告大下森人(以下「被告大下」という)は被告会社の代表取締役であり、被告会社に代わり現実に同会社の業務執行を監督していたものであるから、民法七一五条二項により使用者の代理監督者として損害賠償責任を負う。

(三) 被告瀬川の責任

被告瀬川は原告に対し前記暴行を加え本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

3  損害

(一) 基礎となる事実

原告は本件事故により前記傷害を負い、受傷時から約一週間意識を失って昏睡状態となり、治療のため香月脳外科整形外科病院にて本件事故の日より昭和五二年七月二日まで一九〇日間入院し、さらに同月三日から現在に至るも同病院に通院を続けている。

そして原告の本件事故による後遺障害は次のとおりである。

(1) 後頭部及び側頭部が痛む、右下肢全体及び右手の中指を除くその余の指、左手の薬指、小指が痺れたように痛むなどの頑固な神経症状(自動車損害賠償保障法施行令二条関係別表の後遺障害等級一二級一二号相当)。

(2) 左眼がつっぱったような感じで映像がかすむ(同表一三級二号相当)。

(3) どもるようになり、特に天気の悪い時は話そうとしても口唇が動かないことがある(同表一〇級二号相当)。

(4) 右肩関節部の障害のため、右上肢を肩と水平以上に上げたり背中にまわすことができない(同表一〇級一〇号相当)。

(5) 急速な歩行などをすると激しい吐き気がする。漢字の混じらないひらがなやかたかなだけの文章を読んだ場合その意味が把握できない。数字の計算が苦痛でできない。時々人の普通の話し声がたまらなくうるさく感じられることがある。特に雨天の前には肩や側頭部の痛みが激しくかつ不快で異常な精神状態になるなど神経系統の機能または精神に著しい障害がある(同表五級二号相当)。

(二) 損害額

(1) 入院附添費 金四七万五、〇〇〇円

但し一日当り金二、五〇〇円の一九〇日分。

(2) 入院雑費 金一一万四、〇〇〇円

但し一日当たり金六〇〇円の一九〇日分。

(3) 逸失利益 金三、八〇〇万四、三三一円

原告は本件事故当時四四才(昭和七年九月一日生)で爾後二三年間は稼働可能であり、その間年間平均金二七四万五、七〇〇円の収入(賃金センサス男子労働者学歴計による男子労働者の平均年収額、なお原告は本件事故の翌日被告会社より解雇されその従前の職を失なった。)を上げ得たところ、前記後遺障害によりその収入の少なくとも九二パーセントを喪失したものであり、その逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価に引直すと、左記計算式のとおり金三、八〇〇万四、三三一円(一円未満切捨)となる。

(計算式)

274万5,700円×92/100×15,045=3,800万4,331円

(4) 慰藉料 金二、〇〇〇万円

前記入通院の状況と後遺障害の程度を考慮すると、原告の本件事故による肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料として金二、〇〇〇万円を相当とする。

(5) 弁護士費用 金三一八万円

4  よって原告は被告ら各自に対し、損害賠償として合計金六、一七七万三、三三一円、及び弁護士費用を除く内金五、八五九万三、三三一円に対する本件事故の日である昭和五一年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告と被告会社との雇傭関係、及び原告主張の日時場所で原告が被告瀬川の暴行により負傷したことは認めその余は不知。

2(一)  同2の(一)、(二)の各事実は否認する。

(二) 同2の(二)の事実は認める。

3  同3の事実は不知。

三  抗弁

本件事故については原告にも重大な責任があり、損害賠償額の算定については過失相殺さるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件事故の発生

被告会社が昭和五〇年三月三一日ころより原告を雇傭していたこと、及び原告主張の日時場所で原告が被告瀬川の暴行により負傷したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

原告は、被告会社において同会社所有の船舶である第二二うろこ丸(二七・八四トン)の船長として北九州市洞海湾内及びその附近において鉱滓の運搬に従事していたが、昭和五一年一二月二六日午前七時三〇分ころ被告会社の従業員で同船の機関長被告瀬川及び甲板長訴外西山正吉と共に鉱滓運搬のため北九州市戸畑区新川所在の通称鉄道岸壁を出発し同市若松区響灘方面へ向け同船を運航中、同船のエンジン・クラッチの作動状態が不良であったことをめぐり、同日午前八時ころ同船の操舵室において原告が被告瀬川に対し、同被告が以前同船を整備して以来右クラッチの作動状態が不良になったとしてその整備の不備を批難したのに対し、同被告が整備上の不備はない旨反論するなどして口論となり、その挙句被告瀬川が原告の頭部をくさび型の木片で数回殴打するなどの暴行を加え、原告も同被告のえり首をつかんで頭突きを加えるなどして喧嘩闘争となった。そこで前記西山正吉において右状況では同日仕事を続けることは困難であると判断し、同船を前記鉄道岸壁に引戻した。その後原告と被告瀬川とは右喧嘩闘争を中断して下船し近くの被告会社事務所(北九州市戸畑区銀座二丁目六番二〇号所在)へ赴いたが、同事務所入口附近で原告が所持していたヘルメットで被告瀬川の頭部を殴打するなど挑発的な態度をとり、さらに同日午前八時三〇分ころ同事務所内で被告会社の従業員大下俊二を挾んで、原告と被告瀬川とが船内での喧嘩闘争のいきさつに関しそれぞれの言い分を主張して再び口論喧嘩となり、原告が同被告の頭部を手拳で殴打するなどしたため、憤激した同被告がその場にあった鉄製灰皿で原告の頭部を強く殴打する暴行を加え、その結果原告は頭蓋骨陥没骨折、開放性脳挫傷、外傷性両後頭神経痛の傷害を負った。なお原告は翌日右事故を理由に被告会社より解雇された。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

二  被告らの責任

1  被告会社の責任

前記認定事実に徴すると、被告会社の被用者である被告瀬川において、被告会社の業務に従事中、原告との間で右業務に関連した事柄をめぐり被告会社所有船舶内に引き続き同会社事務所内で喧嘩闘争となった挙句、原告の頭部を鉄製灰皿で殴打するなどの暴行により原告に前記傷害を負わせたものであるから、被告瀬川の右不法行為は被告会社の事業執行につき第三者に損害を加えたものというべく、被告会社は民法七一五条一項により本件事故につき原告に対し損害賠償責任を負わねばならない。

2  被告大下の責任

被告大下本人尋問の結果によれば、被告大下は被告会社の代表取締役であること、被告会社はいわゆる同族会社であり、被告大下が大下俊二ら二人の息子らの協力により現実に従業員に対する指揮、監督その他の業務執行に当たっていること、また被告大下は常時被告会社の事務所に出勤していたことが認められ、右事実によれば、被告大下は被告会社に代わりその業務執行を監督していたものであると認めるべきであり、従って被告大下は被告会社の被用者たる被告瀬川の不法行為による本件事故につき民法七一五条二項により原告に対し損害賠償責任を負わねばならない。

3  被告瀬川の責任

被告瀬川は原告に対し前記暴行により前記傷害を負わせたものであるから、民法七〇九条により原告に対し損害賠償責任を負わねばならない(この点は当事者間に争いがない)。

三  損害

1  基礎となる事実

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

原告は本件事故により前記傷害を負って意識喪失の状態となり、直方市内のかつき脳外科整形外科医院(香月千裕医師)に入院して脳外科手術等の治療を受け数日後に意識を回復したが、右上下肢の不全麻痺や失語症の症状がその後数ヵ月間続き、昭和五二年七月二日右症状が軽快したので同医院を退院した(入院一八九日間)。しかしてその後も外傷性頭痛や外傷性癲癇に対する通院治療を週一回の割合で続けているところ、本件事故による後遺障害として次のとおりの自覚症状及び他覚症状が存在している。

(一)  後頭部から頸部にかけて頭痛があり、また右下肢が重く少し痺れがある。これらの症状は特に天候の悪い時に強く現れる。

(二)  発語に困難を伴ない、どもりに似た状態であり、特に天侯の悪い時にその症状が強い。

(三)  右肩関節に疼痛及び運動障害があり、右腕を高く上げられない。また右手の親指、薬指、小指に痺れがあり、右手の握力が低下している。

(四)  左眼がつっぱった感じで、かすんで見える。

(五)  急激に歩行すると吐き気を生じ、また数字の計算や字を読むなどの精神活動が困難である。

以上のような症状が持続し、今後とも治癒の見込みはなく、さらに癲癇の発作を起こすおそれがあり、抗癲癇剤の投与によりこれを押さえている状況である。原告が就業可能な労働は、守衛の仕事などのごく単純な労働に限られている。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  損害額

(一)  入院付添費 金四七万二、五〇〇円

原告の前記症状に鑑みれば、その入院期間中付添人を必要としたことを是認しうるところ、右付添費は諸般の事情に照らして一日当たり金二、五〇〇円を相当と認められるから、入院一八九日分として合計金四七万二、五〇〇円となる。

(二)  入院雑費 金九万四、五〇〇円

原告の入院雑費は、諸般の事情に照らし一日当たり金五〇〇円が相当と認められるから、入院一八九日分として合計金九万四、五〇〇円となる。

(三)  逸失利益 金二、四一三万三、六七三円

前掲各証拠によれば、原告は本件事故当時四四才(昭和七年九月一日生)であって、本件事故に遭遇しなければ爾後二三年間稼働可能であり、その間男子労働者の平均程度の収入を上げ得たものと推認され、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者全年令平均年収額が金二五五万六、一〇〇円(16万6,300円×12ヵ月+56万0,500円=255万6,100円)であることは当裁判所に顕著であるところ、原告の前記後遺障害の程度等に鑑み、原告は右収入の七〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そこで原告の右逸失利益をライプニッツ式計算法により民法所定年五分の割合の中間利息を控除して本件事故当時の現価に引直すと、左記計算式のとおり金二、四一三万三、六七三円(一円未満切捨)となる。

(計算式)

255万6,100円×70/100×13,488=2,413万3,673円

(四)  過失相殺

本件事故について、前記認定のとおりの原告と被告瀬川の喧嘩闘争の経緯に鑑みると、原告にも相応の過失があるものというべく、右過失の程度その他諸般の事情に照らし、過失相殺として前記(一)ないし(三)の各損害額の五〇パーセントを減ずるのが相当と認められる。

(五)  慰藉料 金五〇〇万円

原告の前記入通院の状況や後遺障害の程度及び本件事故の態様、原告及び被告ら双方の過失の程度、原告の本件事故当時の年令、職業その他諸般の事情に照らし、原告が本件事故により蒙った肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料として金五〇〇万円が相当である。

(六)  以上によれば、原告は前記(一)ないし(三)の損害額の合計金二、四七〇万〇、六七三円の五〇パーセント相当の金一、二三五万〇、三三六円(一円未満切捨て)と慰藉料金五〇〇万円との合計金一、七三五万〇、三三六円の損害賠償請求権を有するが、弁論の全趣旨によれば、原告は被告らが任意に右弁済をしないため本件訴訟の追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件事案の難易度、審理に要した時間、認容額等を参酌し、原告が被告らに対し本件事故と相当因果関係のある損害として請求し得る弁護士費用は金一五〇万円が相当であると認める。

四  総括

以上の次第で、原告の本訴請求は、損害賠償として被告ら各自に対し合計金一、八八五万〇、三三六円及び弁護士費用を除く内金一、七三五万〇、三三六円に対する本件事故の日である昭和五一年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷水央 裁判官 斎藤精一 田中澄夫)

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