福岡地方裁判所小倉支部 昭和53年(ワ)612号 判決 1981年3月26日
原告
常守和明
右訴訟代理人
三浦久
外八名
被告
北九州市
右代表者市長
谷伍平
右訴訟代理人
福田玄祥
右同
吉原英之
主文
一 被告は原告に対し金一五万円及びこれに対する昭和五三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一本件使用拒否行為の存在
原告が北九州市議会議員であり、安田館長が被告の職員として被告の設置した公の施設である大谷公民館の管理を行なつていること、及び昭和五三年四月二八日に原告が安田館長と戸畑中央公民館内において面会したことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
被告はかねてより、後記の如き同和行政の基本方針と相容れない内容の集会等については、同和地区住民の基本的人権を侵害するおそれがあるとの理由で、被告が設置している公民館等の公の施設の使用を許さない方針を堅持し、これを受けて戸畑地区での公民館の管理者は、公民館使用承認手続の運用上、使用希望者をして正式の使用承認申請書の提出に先だち予め口頭で使用申込を行なわせ、その段階で、空室の有無等所定の調査を行なうほか、使用希望者が政治的集会を予定していたような場合は、その内容が被告の同和行政の基本方針と相容れないものでないことの確認を行ない、この確認が得られた場合に始めて内諾を与えたうえで使用承認申請書の用紙を使用希望者に交付し、所定の事項を記入して提出させる一方、右の如き確認が得られず集会の内容が同和行政の基本方針に反するおそれがあると判断した場合には、改めて申請書を提出させることなく、直ちに使用を拒否する旨口頭で通告するという取扱いが事実上行なわれていた。
ところで、原告は日本共産党に所属し、同党はかねてより、同和地区住民の大多数で組織された自主的運動体である解同と対立し、従つて解同と緊密な連けいの下に行なわれてきた被告の同和行政に対しても強力な批判的立場を貫いているため、被告は同党ないしその関係者が同和問題に関して集会を開こうとする場合その施設の利用をしばしば制限し、そのため種々紛争を生じてきたが、さらに昭和五三年三月一三、一四日の両日に日本共産党戸畑地区委員会が戸畑地区内の中原・西戸畑の各公民館において開催した演説会の中で、原告が被告の同和行政を批判する演説を行なつたので、これを後日知つた安田館長において右委員会の責任者に対し、同人が事前に演説会の内容は同和問題に触れないことを約していたのにこれに反したと強く抗議し、以後右委員会などには公民館を使用させない旨言明した。そしてその後、原告が市政報告会を同年四月二〇日に開く目的で右委員会を通じて戸畑地区内の三六公民館の使用を申込んだが、使用を拒否されるという状況に至つた。
そこで原告は右状況を打開すべく、自ら公民館の使用につき安田館長と交渉しようと考え、小沢和秋(日本共産党福岡県委員会副委員長)とともに同年四月二八日午前一〇時四五分ころ戸畑中央公民館に赴き、同公民館内の安田館長の執務室において同館長と面会した。その際原告は、市議会議員としての重要な活動である市政報告会についてまで同和問題との関連で公民館の使用が制限されている現状に強く抗議するとともに、改めて同年五月一二日午後七時から九時までの間市政報告会を開催するため大谷公民館を使用したい旨口頭で申込み、また右日時に空室がなければその前後の時期でもよい旨述べた。これに対し安田館長は、あくまで市政報告会といえども同和問題に触れる限り公民館を使用させられないと返答したが、原告が、先に行なわれた北九州市議会においてもこの問題につき追及を受けた当局側が明確な回答を避けたことや、当時若松地区などでは原告と立場を同じくする市議会委員会が公民館を使用して市政報告会を開き、同和問題にも触れていることなどの事情を説明し、再考するよう強く迫つたところ、午前一一時一五分ころになり安田館長が、原告の希望する日時に大谷公民館に空室があるか否かを調査することも含めて暫時検討するとの態度を示したため、原告らは同日午後に再訪する旨言い置いていつたん辞去した。
そして原告は小沢和秋とともに、同日午後二時七分ころ戸畑中央公民館内において安田館長と面会したところ、同館長は原告の使用申込に対する回答として、原告に対し市政報告会のために公民館を使用させることはできない旨述べ、その理由として被告が公の施設の使用に関し同和問題との関連で前記の如き方針をとつており、原告が開く市政報告会もこれに該当すると述べ、この使用拒否の法令上の根拠は本件条例六条三号であるなどと説明した。
そのため原告は午後二時四五分ころになり、もはや交渉を続けても同館長から大谷公民館の使用を得ることは不可能なものと断念して辞去したが、その結果原告はその予定時間に大谷公民館を使用して市政報告会を開くことができなかつた。
以上の事実が認められるところ、証人安田俊英の証言中、原告が大谷公民館を前記日時に使用したいと申込をしたことはないとの部分は前掲その余の各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。
右認定のとおり、原告が昭和五三年四月二八日安田館長と面会した際、市政報告会の開催のため大谷公民館の使用を申込み、これに対し安田館長が同和問題を理由に使用拒否の回答をなしたもので、原告の公民館の使用につき他に支障があつたとの主張、立証はないから、右使用拒否をもつて原告の大谷公民館の使用が阻害されたものと認められる。
なお、原告は公民館の使用承認手続上、申請者が使用承認申請書を提出して始めて正式な申込となるし、右申請書の提出がない本件では未だ使用の許否を判断する状況には至つていなかつた旨主張するが、公民館の使用承諾手続の運用は前記認定のとおりであり、本件でもこの運用に即して原告が正式に使用承認申請書を提出するに先だち、予め内諾を得るため口頭で使用申込を行ない、これに対し安田館長がその管理権限に基づき事実上使用の許否につき判断のうえ、最終的な回答として使用拒否を通告したものといわなければならない。
二本件使用拒否の違法性
前記のとおり本件使用拒否は、原告が大谷公民館を使用して開催しようとした市政報告会の内容が被告の同和行政の基本方針と相容れず、基本的人権侵害のおそれがあるとの理由で、本件条例六条三号に基づきなされたものである。
ところで地方自治法二四四条二項は、「普通地方公共団体は正当な理由がない限り住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」と規定しているところ、本件条例はその六条において、一ないし三号にわたり公の施設の使用を制限し得る事由を列挙しており、その一号は「詐偽その他不正な手段により使用したとき」、二号は「この条例若しくはこの条例に基づく規則、若しくはこれらに基づく処分に違反し、又はこれらに基づく関係職員の指示に従わなかつたとき」、三号は「その他施設の管理に支障を及ぼすおそれがあるとき」というものであり、公の施設の使用者が右事由のいずれかに該当すると認めた場合は、その使用を拒み、若しくは制限し、又は施設から退去させることができる旨規定されていることは当事者間に争いがない。そして本件条例六条の使用制限事由は、地方自治法二四四条二項にいわゆる「正当な理由」を具体化したものであると解せられる。
そこで本件使用拒否の根拠条文である本件条例六条三号の趣旨を検討するに、右規定にいう「施設の管理」という概念は、究極的には当該施設の本来の設置目的・機能を発揮させるための作用をいうものであり、具体的にはその物的設備を物理的に保全することはもとより、利用関係の整序、利用上の安全の確保ないし危険の防止をはかることのほか、施設の設置、利用による近隣への迷惑や周辺環境への悪影響の防止などを内容とするものと解せられ、右規定はこのような意味での施設の管理のため、当該施設の利用時期、利用形態、利用人員などに関して、合理的な範囲で制限を行ない得ることを定めたものと解するのが相当である。
そして、施設を利用してなされる集会の内容如何によつては、会場の内外に混乱を生ずるおそれが予想される場合もあり得るのであるから、本件の如く公の施設を使用して集会を開催しようとする者に対し、その集会の内容自体、本件に即していうならば集会参加者の言論内容の故をもつて、施設の管理に支障を及ぼすおそれがあるとしてその使用を制限することも許されないわけではないと解せられるが、右の制限は、憲法が保障する集会の自由、表現の自由を不当に制約するおそれが強いことからして、必要最少限度に止められるべきである。
従つて、本件条例六条三号の規定上、本件の如く公の施設を使用して集会を開催しようとする者に対し、その集会・言論の内容の故をもつてその施設の管理に支障があるとして使用を制限することが許容されるのは、その集会・言論の内容が他人の基本的人権を故なく侵害するなど社会公共の福祉にとつて明白かつ現在の危険があり、かつ社会通念上この危険を防止するためには公の施設の使用を制限するという方法をとることも止むを得ないと認められる場合に限られるものと解するのが相当である。
しかるところ、被告は、本件において原告が開催しようとした市政報告会について、その内容が被告の同和行政に対する批判に止まらず、同和地区住民の大多数で組織された自主的運動体である解同やその幹部の者を誹謗、中傷し、これにより市民に同和地区住民そのものに対する誤つた予断、偏見を植えつけ部落差別を助長し、もつて同和地区住民の基本的人権を侵害し、あるいは解同を誹謗、中傷するための集会に被告が公の施設の使用を許すことは、被告が同和対策事業を推進するうえで不可欠な解同との連けいを阻害し、ひいては右事業の推進を妨げ同和地区住民の基本的人権の擁護を危胎に瀕せしめる旨主張し、証人安田俊英、同松本恒雄は右主張に副う証言をしているが、これらの証言はいずれも多分に各証人の主観を反映した意見ないし推論の域を出ないものであると認められるのでにわかに採用し難く、他に被告の右主張を肯認するに足る証拠はない。
そうだとすると、原告の市政報告会につき他人の基本的人権を故なく侵害するなど社会公共の福祉にとつて明白かつ現在の危険があつたとは認め難いから、本件使用拒否条例六条三号の解釈、適用を誤り、ひいては憲法二一条、地方自治法二四四条二項、三項にも違反してなされた違法なものであるといわなければならない。
三被告の責任
前記のとおり、被告は公の施設である大谷公民館の設置者であり、安田館長がその管理者であるところ、<証拠>によれば、公民館などの教育施設の管理権は被告の機関である教育委員会に属し、同委員会はその管理権の行使を教育長に委任し、教育長は戸畑地区の各公民館の統括的な管理を戸畑中央公民館長である安田館長に委任していることが認められる。
しかるところ、本件使用拒否の経過やその違法性に関する前記説示その他施設の事情に鑑みると、安田館長は本件使用拒否につき明らかな法令の解釈、適用の誤りを犯したもので、少なくとも過失を免れないものと認められるから、被告は本件使用拒否により原告が蒙つた損害につき、国家賠償法一条一項に基づき賠償責任を負うものというべきである。
四損害
1 慰藉料 金一〇万円
前記認定事実に徴すると、本件において原告は、市議会議員としての活動の一環として公民館を使用して市政報告を開催しようとしたが、本件使用拒否に遭つて公民館の使用を妨げられ、予定どおり市政報告会を開くことができなかつたものであるが、このように本件使用拒否は原告に対しその集会の自由、表現の自由、若しくは政治的活動の自由を不当に制約する不利益を課したものであり、これにより原告が蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、本件使用拒否の経緯、態様その他諸般の事情を勘案すると、金一〇万円が相当であると認められる。
2 弁護士費用 金五万円
原告本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は被告が任意に損害賠償をなさないため、止むなく本件訴訟の追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任し、報酬として少なくとも金五万円を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の難易度、審理に要した期間、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係ある損害として被告が賠償すべき弁護士費用は、金五万円が相当であると認められる。
五結論
よつて原告の本訴請求は、被告に対し損害賠償として金一五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年七月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(谷水央 近藤敬夫 田中澄夫)