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福岡地方裁判所小倉支部 昭和53年(ワ)797号 判決 1980年7月08日

原告(原告甲野一郎、同甲野春子法定代理人親権者父) 甲野太郎

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 三浦久

右同 安部千春

右同 池永満

右同 吉野高幸

右同 前野宗俊

右同 高木健康

右同 神本博志

右同 中尾晴一

右同 田邊匡彦

被告 北九州市

右代表者市長 谷伍平

右訴訟代理人弁護士 吉原英之

右同 福田玄祥

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し金六二万円、その余の原告らに対し各金二二万円、及びこれらの金員に対する昭和五三年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という)に対し金一七〇万円、同甲野花子(以下「原告花子」という)、同甲野一郎(以下「原告一郎」という)及び同甲野春子(以下「原告春子」という)に対し各金一一〇万円、並びに右各金員に対する昭和五三年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告太郎は、その妻である原告花子とともに原告一郎(長男、昭和四八年九月三日生)、同春子(長女、昭和五〇年一二月三日生)の保護者(親権者)として同人らを現に監護しているものであるが、児童福祉法(以下単に「法」という)二四条により原告一郎、同春子の保育委託をなすため、北九州市小倉中福祉事務所長(以下「本件福祉事務所長」という)千々和一彦に対し、昭和五二年二月九日原告春子につき、同月一六日同一郎につきそれぞれ北九州市立紫町市民館保育所(以下「市民館保育所」という)への入所申込書を提出した。原告一郎はそれまで過去二年間市民館保育所に入所措置がなされ保育を受けてきており、原告春子は新規の入所申込であったが、いずれも法二四条の「保育に欠ける児童」に該当していたものである。

本件福祉事務所長は、法三二条二項、北九州市福祉事務所長事務委任規則により、保育所入退所につき措置権限を有するものである。

2  本件不法行為

(一) 貴船保育所入所措置決定

本件福祉事務所長は、原告太郎の入所申込に対し、市民館保育所はいわゆる同和保育所であるから入所申込書の他に、部落解放同盟(以下「解同」という)小倉地区協議会の確認印ある保育料減免申請書を提出しない限り入所を認めないのが北九州市の方針であるとして、原告太郎が解同小倉地区協議会の確認印を得てこなければ原告一郎、同春子の二名の児童の市民館保育所への入所を拒否する旨表明し、同年三月三〇日右児童二名につき原告太郎らの全く希望しない貴船保育所への入所措置決定を行なった。しかしながら右入所措置決定は以下の理由により明らかに違法である。

(1) 市民館保育所への入所に解同小倉地区協議会の確認印ある書類の提出を要求し得る何らの法令上の根拠が存在しない。

ちなみに、北九州市は解同のみを同和行政の窓口とするいわゆる窓口一本化政策を今なおとり続け、解同に属さない者を同和事業の対象者から排除しているのであり、このような窓口一本化政策は、同和対策事業特別措置法の目的に反し、憲法一四条、地方自治法一〇条二項、一三八条の二に違反するものであるところ、市民館保育所の入所に解同小倉地区協議会の確認印ある書類の提出を要求することは、右窓口一本化政策を保育行政にまで及ぼしたものである。なおまた、原告らはいわゆる同和地区に居住し、かつ同和事業の対象者であるが、昭和五一年五月解同が指導した狭山裁判糾弾の同盟休校に反対したとして解同を不当に除名されたもので、かかる場合に解同の確認印がない限り同和行政の対象から除外されることの不当性は一層明白である。

(2) 仮に保育所の指定が措置権者の裁量を許すものとしても、右入所措置決定は裁量の範囲を逸脱しており違法である。

すなわち、市民館保育所は、原告らの住居から約三メートルの道路を隔てた真向かいに所在している。また、前記のとおり原告一郎は過去二年間市民館保育所で保育を受けてきており、今日まで市立保育所に通園していた児童が市当局の一方的な措置によって転所させられた例はない。しかも市民館保育所の定員は一二〇名であるのに、同年四月二日現在一〇〇名しか入所しておらず、前記二名の児童を入所させるのに何らの支障もなかったのである。これに対し、貴船保育所は原告らの住居から相当遠距離に所在しており、もし原告一郎、同春子が貴船保育所に入所するとすれば、従前つちかわれた市民館保育所での保母や園児との信頼関係や友人関係を絶たれるのみならず、自宅前に集合してくる近所の児童らと反対方向に通園することになり、その否定的影響は重大である。

このように右入所措置決定は、明らかに法一条二項、二条の理念にも反し、合理的理由を全く欠くもので裁量の範囲を逸脱した違法な処分である。

(3) 右入所措置決定の違法性は昭和五二年五月一九日福岡地方裁判所が右入所措置決定の執行停止を命じたことからも明らかである(同庁昭和五二年(行ク)第四号)。

(二) 貴船保育所入所措置の解除措置決定

本件福祉事務所長は前記執行停止決定により、前記入所措置決定の違法性を一層よく認識し得たのであるから、直ちに原告一郎、同春子につき改めて市民館保育所への入所措置決定をなすべき法律上の義務があるにも拘らずこれを履行せず、却って同年五月三一日、右二名の児童を法二四条の「保育に欠ける児童」に該当しないとして、前記入所措置自体の解除措置決定を行なった。しかしながら、右解除措置決定は以下の理由により明らかに違法である。

(1) 原告一郎、同春子が法二四条の「保育に欠ける児童」に該当することは明らかであり、右解除措置決定は全く理由がない。

すなわち、原告太郎の前記入所申込に際し、本件福祉事務所長らは原告花子に対する面接その他の調査をなしたうえで、前記児童らが「保育に欠ける児童」に該当するものと認定し前記入所措置決定をなしたのであって、その後も原告太郎、同花子の生活状況、労働状態には何ら変化はない。

(2) また利益処分を取消すについては単に当該処分に瑕疵があるというのみならず、その利益を剥奪してもやむを得ないとするだけの公益上の必要性が要求されるにも拘らず、右解除措置決定には何らの公益上の必要性も認められない。のみならず本件福祉事務所長は、前記執行停止決定に基づき原告らからなされた市民館保育所への入所要求をかわし、何が何でも前記児童らを市民館保育所に入所させず、窓口一本化政策を維持するためにこそ右解除措置決定をなしたものであって、不法な動機に基づく違法な処分である。

(3) 右解除措置決定は不利益処分であるにも拘らず、原告太郎らに対し告知聴聞の機会を与えておらず、憲法三一条に基づく行政手続の原則に違反した処分である。

(4) 右解除措置決定の違法性は、昭和五二年一二月二三日福岡地方裁判所が右解除措置決定を違法として取消したことからも明らかである(同庁昭和五二年(行ウ)第一九号)。

3  被告の責任

被告はその公務員である本件福祉事務所長が職務上なした前記不法行為につき、国家賠償法一条一項により損害賠償責任を負うものである(特に、前記各違法処分が被告の同和行政における最高方針に基づくものであることからしてその責任は極めて重大である)。

4  原告らの損害

(一) 慰藉料     各金一〇〇万円

本件福祉事務所長は前記執行停止決定については即時抗告をなし、前記解除措置決定の取消判決については控訴して争い、遂に一年間に亘り原告一郎、同春子を市民館保育所に入所させない違法状態を継続した。

そのためまだ幼い原告一郎、同春子が受けた精神的打撃は極めて大きく、将来に亘っての否定的影響は計り知れない。

またそれ故に、その父母である原告太郎、同花子が蒙った精神的苦痛は多大なものがあり、かつ保育を拒否されたために原告花子の就労が不可能となったことによる物心両面の苦労も極めて大きい。

右の如き苦痛は到底金銭をもって計り難いが、敢て金銭をもって慰藉するとすれば、その金額は各自金一〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用

(1) 本件訴訟     各金一〇万円

原告らは、被告が任意に右損害賠償をなさないため、本件訴訟の追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、福岡県弁護士会報酬規定の範囲内で着手金及び報酬を支払う旨約したが、右弁護士費用のうち各原告につき金一〇万円は本件不法行為と相当因果関係ある損害として被告が賠償すべきである。

(2) 行政訴訟(原告太郎)金六〇万円

原告太郎は、本件福祉事務所長の前記各違法処分に対し、前記のとおりその取消及び執行停止を求める訴訟の追行を三浦久他二二名の弁護士に委任し、福岡県弁護士会報酬規定の範囲内で着手金及び報酬を支払う旨約したが、そのうち金六〇万円は本件不法行為と相当因果関係ある損害として被告が賠償すべきである。

5  総括

よって被告に対し、損害賠償として、原告太郎は金一七〇万円、原告花子、同一郎及び同春子は各金一一〇万円、並びに右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年九月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告太郎のなした入所申込が市民館保育所への入所申込であること、原告一郎、同春子が法二四条の「保育に欠ける児童」に該当していたことは否認し、その余は認める。申込者が入所申込書に特定の保育所を記載するのは、希望する保育所を示すに過ぎず、措置権者である福祉事務所長がこれに拘束されるものではない。

2(一)  同2(一)の事実中、本件福祉事務所長が原告ら主張の貴船保育所入所措置決定をなしたこと、市民館保育所が原告らの住居の真向かいに所在し、原告一郎が過去二年間市民館保育所で保育を受け、市民館保育所の定員が一二〇名であり昭和五二年四月二日現在の入所人員が一〇〇名であったこと、右入所措置決定につき執行停止決定がなされたことは認め、その余は争う。

(二) 同2(二)の事実中、本件福祉事務所長が原告ら主張のとおり貴船保育所入所措置の解除措置決定をなしたこと、福岡地方裁判所が右処分の取消判決をなしたことは認め、その余は争う。

3  同3の事実は争う。

4  同4の事実中、本件福祉事務所長が執行停止決定につき即時抗告をなし、取消判決につき控訴したことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  貴船保育所入所措置の解除措置決定の適法性

(一) 北九州市においては法二四条による保育所入所措置につき、各福祉事務所長が厚生省児童局長の昭和三六年二月二〇日児発第一二九号通達に定める措置基準に基づき入所措置を行なっているが、昭和五二年二月原告一郎、同春子の二名の児童の入所申込がなされた際、その入所申込書によれば右児童らの母である原告花子が月平均一〇日間午前一〇時から午後二時まで就労するとなっていたため、本件福祉事務所長は、右通達の入所措置基準第一号に定める母親の居宅外労働に該当するものと認め、右児童二名につき貴船保育所入所措置決定をなしたのである。

(二) しかしながらその後の調査によれば、原告花子には前記の如き就労の事実はなく、入所申込書に添付された雇用証明書も信用できないものであることが判明した。かように、原告太郎は入所申込に際し、虚偽の事実を申立て、さらには虚偽の事実を内容とする証明書まで添付していたのであり、前記入所措置決定は詐欺その他不正な手段に基づいてなされたものといわねばならない。そこで本件福祉事務所長は、前記二名の児童が右通達に定める入所措置基準に該当せず「保育に欠ける児童」であるとは認められないと判断し、貴船保育所入所措置の解除措置決定をなしたものである。

(三) さらに、右入所措置の解除措置決定には公益上の必要性も存する。すなわち、法二四条による保育所入所措置に関しては、保育を要する程度の高い者から低い者につき順次入所措置をとるべきことになっており(前記通達)、いったん措置基準に該当するとして入所措置をなした場合にも、その後事務監査等の結果、措置基準に該当しないことが明らかとなった児童については、直ちに入所措置を解除しなければならない(昭和四四年一二月二七日児発第八〇九号厚生省児童家庭局長通達)。措置基準に該当しながら保育所に入所できない積滞児を多数かかえる現状において、措置理由のない児童をいったん措置したということで放置することは、切実に保育を必要としている児童に取り返しのつかない犠牲を強いることとなる。しかも措置理由のない児童二名の入所措置を一ヶ年継続することによって、年間合計金七七万〇一六〇円の国及び北九州市の公費を理由なく支出する結果となるのである。

(四) 一方、原告太郎には同人の雇用主の給与支払報告書によるだけでも、昭和五〇年度金一二〇万円、昭和五一年度金一五二万円の所得があったことが明らかにされており、その他に同原告所有の賃貸アパートの家賃収入もあり、昭和五二年度において原告花子が稼働しなければ生活が困窮するといった状況にはなく、かつ原告一郎、同春子は入所措置当初より全く入所していないのであるから、原告ら主張の如き既得の権利、利益もなかったものである。

(五) 以上によれば、前記入所措置の解除措置決定は適法である。

2  貴船保育所入所措置決定の適法性

(一) 北九州市においては、前記のとおり保育所への入所措置を児発第一二九号通達に基づき行なっており、毎年四月と一〇月に六ヶ月の期間を定めて保育所入所措置決定をし、その期限の到来と同時に入所措置は自然消滅するが、さらに保育に欠ける事由がある場合には、再度申込をさせて、措置理由があると認められるときは、新たに六ヶ月の期限を定めて入所措置決定を行なっている。

(二) 右入所申込に際し、申込者から希望がある場合にはその希望保育所を三ヶ所まで申出させることにしているが、これはあくまで参考に過ぎず、申込のあった児童につきどの保育所に措置するかは各福祉事務所長の裁量事項であり、当該児童の保育の面での配慮及び保育行政全般の適切な運用をはかる観点から、措置する保育所の決定を行なっているのである。

(三) 本件において原告らは市民館保育所への入所を希望した。市民館保育所はいわゆる同和保育所であるため、同和地区の関係団体との話合協議が行なわれたことを証するものとして関係団体の確認印の押捺された書類の提出を求めたが、原告らはこれに応じなかった。そこで本件福祉事務所長は、前記児童二名につき同和保育所への入所措置は適当でないと判断し、右保育所以外で通園に近い距離にある貴船保育所に入所措置の決定をなしたのである。

(四) ところで同和保育所は、北九州市における同和対策事業の一環として設置されたものである。入所の要件としては、「保育に欠ける」のみでなく、児童とその保護者が同和地区に居住しかつ歴史的社会的に不当な身分的差別を受けている者(いわゆる属地属人)でなければならない。

また同和地区においては、親が受けてきた差別が乳幼児に全面的に受継がれ、その結果同和地区の乳幼児は心身共に発達が阻害されており、この乳幼児をとりまく部落差別を積極的に解消してゆくことを同和保育所の使命としている。従って同和保育所における保育は、単に保育所内における一定時間の保育のみによってなし得るものではなく、家庭と地域と保育所とが三位一体となってその目的を達成できるのである。そのためには保育に対する地域及び親集団の深い理解と協力が是非必要となってくる。

(五) そこで同和保育所への入所に当たっては、右の属地属人の認定と同和保育に対する理解と協力を得られることの確認が必要となるが、これらの事項を各福祉事務所長において判断することは不可能であり、むしろ差別を助長することにもなるのである。

従って北九州市においては、保護者と同和地区の関係団体との間でこれらの点について協議がなされ、その確認がなされることをもって、前記要件の有無の判断資料とせざるを得ないのである。しかるに原告らは右関係団体との間で何らの協議もしなかった。

(六) 以上のとおり、前記入所措置決定は本件福祉事務所長の裁量の範囲内で適正に行なわれたものであり、何ら違法はない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1、2の事実はいずれも争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  当事者

原告太郎は、その妻である原告花子とともに原告一郎(長男、昭和四八年九月三日生)、同春子(長女、昭和五〇年一二月三日生)の二名の児童の保護者(親権者)として同人らを現に監護しているものであるが、右二名の児童につき法二四条による保育委託をなすため本件福祉事務所長に対し、原告春子については昭和五二年二月九日、同一郎については同月一六日それぞれ保育所入所申入書を提出したこと、原告一郎はそれまで過去二年間市民館保育所に入所措置がなされ同保育所で保育を受けていたものであり、原告春子については新規の入所申込であったこと、一方本件福祉事務所長は法三二条二項、北九州市福祉事務所長事務委任規則により保育所入退所につき措置権限を有するものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の責任

1  本件各処分の違法性

(一)  本件各処分の存在及び事案の経過

本件福祉事務所長が昭和五二年三月三〇日原告太郎からの保育所入所申込にかかる前記二名の児童について貴船保育所への入所措置決定をなし、さらに同年五月三一日右入所措置の解除措置決定をなしたこと、福岡地方裁判所が同年五月一九日右入所措置決定につき執行停止の決定をなし、次いで同年一二月二三日右解除措置決定につき取消判決をなしたこと、本件福祉事務所長が右執行停止決定については即時抗告を、右取消判決については控訴を、それぞれ申立てて争ったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

北九州市においては法二四条による保育所入所措置をなすに当たり、申込者が入所を希望する保育所を三ヶ所まで入所申込書に記載して申出させ、各福祉事務所長が入所申込のあった児童をいずれの保育所に入所させるかを決定するための参考資料としているところ、原告太郎は前記入所申込に際し、入所希望の保育所として市民館保育所のみを申出た。

これに対し本件福祉事務所長は、原告一郎、同春子が法二四条の「保育に欠ける児童」に該り、保育所へ入所させる必要性があることは認めたものの、同和保育所である市民館保育所への入所については、解同小倉地区協議会の確認印ある保育料減免申請書を提出することが必要であるとし、原告太郎が右確認印ある書面を提出しなかったことを理由に、右二名の児童について一般の保育所である貴船保育所への入所措置決定をなした。

ところで、原告らはいわゆる同和地区住民であって、同和対策事業の対象者であることは明らかであり、また原告太郎は、従前解同小倉地区協議会に所属し、過去において原告一郎を市民館保育所へ入所させた際には、解同小倉地区協議会の確認印ある書面を提出していたのであるが、昭和五一年五月解同の指導による「狭山裁判糾弾の同盟休校」に際し、解同の方針に従わなかったことが原因で、一方的に解同小倉地区協議会を除名されたため、前記入所申込に当たっては自己を除名した解同小倉地区協議会の確認印を得ることを潔しとせず、またかかる手続の合法性に疑問を持ち、右確認印を得ようとしなかったものである。

原告太郎は、自己の希望に反してなされた貴船保育所入所措置決定について、福岡地方裁判所にその取消を求める行政訴訟(同庁昭和五二年(行ウ)第一〇号)を提起しかつ右処分の執行停止(同庁昭和五二年(行ク)第四号)を申請し、その間原告一郎、同春子を貴船保育所へ通園させないでいたところ、同年五月一九日同裁判所は右処分について執行停止決定をなした。しかして本件福祉事務所長は同月下旬ころ原告一郎、同春子につき法二四条の「保育に欠ける児童」に該当するか否かを再調査のうえ、この点に関する従前の判断を覆えし、右二名の児童が「保育に欠ける児童」に該当しないことが判明したとの理由で、同月三一日右入所措置の解除措置決定をなした。

なお原告太郎は右解除措置決定についても福岡地方裁判所にその取消を求める行政訴訟(同庁昭和五二年(行ウ)第一九号)を提起し、同裁判所は同年一二月二三日右処分の取消判決をなしたが、本件福祉事務所長が控訴を申立て争った結果、原告一郎、同春子は保育所に入所できないまま一年間が経過した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで本件各処分の違法性の有無につき以下順次判断するが、本件各処分のうち解除措置決定は、原告一郎、同春子が法二四条の「保育に欠ける児童」に該当するか否かという保育所入所措置の最も根本的事項に係るものであるから、まず右処分につき検討する。

(二)  貴船保育所入所措置の解除措置決定

(1) 被告の主張によれば、北九州市においては法二四条による保育所入所措置を各福祉事務所長が、厚生省児童局長の昭和三六年二月二〇日児発第一二九号通達に定める措置基準に従って行なっているところ、原告太郎の入所申込書には原告一郎、同春子の母である原告花子の就労状況が月平均一〇日間、午前一〇時から午後二時までと記載されていたことなどから、右通達の措置基準第一号に定める母親の居宅外労働に該当すると認めて右児童らにつき保育所入所措置をなしたのであるが、その後の調査により原告花子には右就労の事実がないことが判明したため、右入所措置を解除したというのである。

(2) そこで検討するに、法二四条によれば「保護者の労働又は疾病等の事由により保育に欠ける児童」につき保育所入所措置がなされるべきものと定められているところ、《証拠省略》によれば、被告の前記主張にかかる通達において、保育に欠けると認むべき事由が類型的に列挙され、かつそのいずれかに該当する場合に限り保育所入所措置をなすべきものとされており、これに示された入所措置をなすべき事由は、(一)母親の居宅外労働により保育ができない場合、(二)母親の居宅内労働により保育ができない場合、(三)母親のいない家庭であるため保育ができない場合、(四)母親の出産、疾病、心身の障害により保育ができない場合、(五)母親がその家庭における長期にわたる疾病、心身の障害のある者の看護に従事していて保育ができない場合、(六)火災等の災害により居宅を失ない、または居宅が破損しその復旧のため保育ができない場合、(七)以上のほかそれらの場合に照らして明らかに保育に欠けると市町村長が認めた事例につき都道府県知事が承認した場合、であることが認められる。

《証拠省略》を総合すると、原告太郎は昭和五二年二月に原告一郎、同春子につき保育所入所申込をなすに当たり、原告花子の就労状況を月平均一〇日間、午前一〇時から午後二時まで、収入日額金一二〇〇円と申告し、かつ乙山印刷所こと乙山市郎が原告花子を昭和五一年七月から昭和五二年二月現在まで雇用している旨の証明書を提出したこと、しかして当時原告らは生活保護を受けていたところ、昭和五一年七月及び同年一一月に本件福祉事務所長宛に各提出された原告らの収入申告書には原告花子は全く無収入であるように記載されており(ちなみに昭和五二年五月に提出された収入申告書には原告花子は同年二月から四月まで毎月金一万二〇〇〇円の収入を得た旨記載されており、前記の保育所入所申込に際し申告された原告花子の就労状況に符合している)、このことに気付いた本件福祉事務所長が前記のとおり保育所入所措置に関し再調査を行なったものであること、そしてその調査により、原告花子は実際には、昭和五一年七月から昭和五二年一月まで、自己の義理の兄である乙山市郎が経営し原告らの自宅の隣に所在する乙山印刷所で、幼い原告春子の世話をしながら電話番や掃除等の雑用を一日四~五時間、月平均一〇日間位していたに過ぎず、さらに昭和五二年二月以降再調査当時まで余く就労していないことが判明したこと、しかしながら当時原告花子としては、夫である原告太郎が日雇人夫などの不安定な仕事にしか就き得ず、しかも健康面に不安があって肉体的に無理な仕事ができないため、将来とも安定した家庭生活を維持するために原告一郎、同春子を保育所に入所させたうえ、自らも本格的に就労し共稼ぎをすることを希望していたこと、しかして現実には原告春子を抱え、さらに本件係争により原告一郎も保育所に入所できない状態となったため就労できなかったものであること、なお原告太郎は昭和五〇年度金一二〇万円、昭和五一年度金一五二万円の各給与所得を得ており、また不動産を有していたことなどの事実が認められる。

右認定事実によれば、昭和五二年二月当時における原告花子の就労状況をみる限りでは果たして原告一郎や同春子の保育ができない状況にあったといい得るかはいささか疑問であり、また保育所入所申込に際しての原告花子の就労状況に関する申告内容と、生活保護の関係での申告内容にも齟齬する点があり、不明朗な印象を免れない。しかしながら翻って考えてみると、原告花子が昭和五二年一月ころまで前記認定の如く中途半端な就労状況にあったのも当時幼い原告春子を抱えていたことが原因の一つであろうし、またその後においては原告一郎、同春子を保育所に入所させ得なかったために就労するにも事実上困難な状態にあったのであり、むしろ原告花子としては原告一郎や同春子を保育所に入所させたのちに始めて本格的な就労が可能になるはずであったものである。そして原告らの家庭状況をみると、原告太郎においてある程度の収入を得ており、あるいは不動産を所有していたにしろ、その不安定な就労状況や健康面の不安等を考えると、原告花子が生活の安定のため共稼ぎをしようと希望していたことも首肯し得ないことではない。

そして、右の如く児童の母親が保育所入所申込当時において現実に保育ができないような就労状況になくとも、爾後に就労の予定がある限り、当該児童につき保育に欠ける事由があるものと認めて入所措置を行なうことも、法二四条の解釈運用上許容され得ないものではないと解することができる。このことを前記通達に定められた措置基準との関連でみると、右通達に定められた保育所入所措置の事由の一つである「母親の居宅外労働」とは、母親が現に就労している場合のみならず、入所措置がなされたのち間もなく就労する予定があって保育ができなくなるであろうと認められる場合をも含むものと解するのが相当であり、そう解するのでなければ、現に子供を抱えて就労し得ない状況にある母親の場合には常に就労の機会が与えられないという不都合な結果となるのである。

そうだとすると、原告一郎、同春子について母親である原告花子が就労する予定があることをもって保育に欠ける事由が存在したものとみることができる。

(3) さらに原告らは同和地区住民であるところ、《証拠省略》によると、北九州市においては同和対策事業の一環として同和地区児童のみを対象とした同和保育所を設けており、市民館保育所も同和保育所の一つであること、そして同和保育所へ入所するためには、解同小倉地区協議会の確認印ある書面を提出しなければならないとの方針がとられているが、実情として右確認印ある書面を提出した場合には、前記通達に示された保育に欠ける事由の有無については形式的な審査を行なうのみで入所措置がなされて来ており、現実に右確認印ある書面が提出された児童について入所措置がなされなかった事例は皆無に等しく、また市民館保育所へ入所している同和地区の児童の例をみても、その母親らが就労しておらず、他にも保育に欠ける事由が見当たらないかの如き児童も多数入所していること、そもそもこのような同和地区の児童に対する格別の取扱いは、歴史的社会的に身分差別を受けて来た同和地区では児童が健全に成育するうえで恵まれない生活環境、教育環境にあることを配慮し、このような環境自体を保育に欠ける事由に該るものとみてとられて来た措置であることなどの事実が認められ、かかる同和保育の運用の実態は、法二四条及び前記通達の入所措置基準の解釈適用上是認し得ないものではないと解される。

従って、右の如き同和保育の運用の実態に拘らず、本件福祉事務所長が同和地区の児童であって同和保育の対象者であることが明らかな原告一郎、同春子について、保育に欠ける事由がないとの理由で保育所入所措置を解除したことは、他に特段の事由が認められない以上、既に同処分の妥当性に強い疑問を抱かざるを得ない。のみならず、前記認定の本件各処分の経過等の諸事情に徴し、本件福祉事務所長が原告一郎、同春子の入所措置を解除した真意を忖度すると、北九州市が同和保育を受けようとする者に必ず解同小倉地区協議会の確認印ある書面を提出させる方針をとっているにも拘らず、原告太郎がこれに従わず右確認印ある書面を提出しなかったため、本件福祉事務所長は原告一郎、同春子を一般の保育所である貴船保育所に入所措置したのであるが、同入所措置決定が福岡地方裁判所の前記執行停止決定によりその効力を停止されたため、さらに右二名の児童の保育所入所につき何らかの措置をとるべきことを迫られる事態となるに及んで、あくまでも右方針を一貫させることをむしろ主たる動機として、一方的に右入所措置を解除するという異例の方途に出でたものと窺われるのである。しかるところ、後に詳述するとおり、同和保育の対象者であることが明らかな児童を、解同小倉地区協議会の確認印ある書面がないことをもって同和保育から排除することは、著しく妥当を欠くものであり、右入所措置の解除措置決定は右の点においても合理性を是認し難い。

(4) 以上によれば、本件福祉事務所長がなした貴船保育所入所措置の解除措置決定は、違法であるといわざるを得ない。

(三)  貴船保育所入所措置決定について

(1) 被告は、保育所入所措置をなすに当たり、児童をいずれの保育所に入所させるかは措置権者である各福祉事務所長の裁量に属するところ、本件において原告太郎が入所を希望した市民館保育所は同和保育所であり、同和保育所への入所については児童が同和保育の対象者であること、及び同和保育につき保護者の理解と協力が得られることが要件となるが、これらの点を各福祉事務所長が判断することは不可能でありまた差別を助長する結果ともなるので、保護者と同和地区関係団体との話合協議が行なわれ確認がなされたことを判断資料とせざるを得ず、その確認を証するものとして当該団体の確認印ある書面の提出をさせているにも拘らず、原告太郎がこれを提出しなかったため貴船保育所に入所措置をなしたものである旨主張する。

(2) そこで検討するに、保育所入所措置に当たり児童をいずれの保育所に入所させるかは措置権者の裁量に属するものであることは、事柄の性質上明らかなものというべく、申込者が希望の保育所を申出るのはあくまで措置権者の参考に供するに過ぎないものと認められるのであるが、しかしながら裁量に属する事項であるとはいっても、保育所の指定が社会観念上著しく妥当を欠く場合には、裁量の範囲を逸脱し、あるいは裁量権を濫用したものとして、違法であることを免れないのである。

(3) また、北九州市が同和保育を施行し同和地区の児童のみを対象とした同和保育所を設けている限り、被告の主張する如く同和保育所へ入所を希望する児童について同和保育の対象者に該るか否かの判断が必要となるであろうし、また同和保育につき保護者の理解と協力が得られることを入所の要件とすることも措置権者の裁量の範囲に属することとして是認し得るところである。さらに同和保育所への右入所要件の確認事務について、被告主張のような形で同和地区関係団体の協力を得ることも、その運用上行政の公正、平等という基本理念が害されることのないよう配慮がなされている限りは、合理性を是認し得ないものではない。

しかしながら前記認定事実によれば、被告の主張する同和地区関係団体とは事実上解同小倉地区協議会のみを意味していることは明らかであるし、またその確認印ある書面が単なる参考資料に止まらず、これを提出することが同和保育所へ入所するための不可欠の要件とされていることが認められるのであるが、果たしてこのような運用により行政の公正、平等を害する虞れがないと断言できるか否かは極めて疑問である。

すなわち、《証拠省略》によれば、同和関係の団体としては、解同の他にも解同とは部落解放に関する運動方針、理念を異にするいくつかの団体が存在し、その中には解同とは厳しい対立関係にある団体もあること、そして同和地区住民には解同に所属する者のみならずその他の団体に所属する者やあるいはいずれの団体にも所属しない者もいることが認められるのであり、このような状況において解同小倉地区協議会との話合協議を経てその確認印を得ることが不可欠とされるならば、解同に所属せずその運動方針に同調しない者、特に解同と対立関係にある団体に所属する者が不利益を受ける虞れが多分にあるものといわねばならないし、あるいはそもそもそのような者において思想信条を異にし対立関係にある団体の確認印を得ることを余儀なくされること自体不条理なことといわねばならない。そうだとすると、同和保育所への入所につき解同小倉地区協議会の確認印ある書面の提出を不可欠とする運用は、行政の公正、平等を害する不合理なものということができ、またかく解する結果、同和保育所の入所要件の判断資料を他に求めることが必要となる場合があるとしても止むを得ないことであるし、またそのような判断資料を他に求めることが全く不可能であるとも思われない。

(4) 本件の場合、原告太郎は、前記認定のとおり解同の方針に従わなかったことが原因で解同小倉地区協議会を除名されたものであるから、同和保育所への入所申込につき解同小倉地区協議会の確認印ある書面を提出しなかったとしても、これを不当とすることはできないし、原告一郎、同春子が同和地区の児童として同和保育の対象者であることは前記のとおり明らかであり、またその保護者である原告太郎、同花子が同和保育につき理解や協力を示さない虞れがあったことは証拠上認められない。しかも原告一郎はそれまで過去二年間同和保育所である市民館保育所に入所し、同保育所での保育を受けていたものであるうえ、市民館保育所は原告らの住居の真向かいに所在していること、同保育所の定員が一二〇名であったのに対し昭和五二年四月二日現在の入所人員が一〇〇名であったことは当事者間に争いがなく、他方前掲各証拠によれば、貴船保育所は市民館保育所と比べれば原告らの住居からかなり遠方に所在することが認められる。

(5) 以上によれば、原告太郎が解同小倉地区協議会の確認印ある書面を提出しなかったことを理由に、本件福祉事務所長が原告一郎、同春子につき同和保育所である市民館保育所への入所を拒否し、貴船保育所へ入所措置したことは、社会観念上著しく妥当を欠くものとして違法といわねばならない。

2  被告の損害賠償責任

本件福祉事務所長が被告の公務員であることは当事者間に争いがなく、以上の認定、説示に照らすと、右所長は、その職務上、本件各処分が違法であることを認識しながら、又は少なくとも過失によりこれを認識しないで、右各処分をなしたものであると認められるところ、原告らは本件各処分により後記のとおりの損害を蒙ったものであるから、被告は国家賠償法一条一項により右損害につき賠償責任を負わねばならない。

三  原告らの損害

1  慰藉料       各金二〇万円

本件福祉事務所長が本件各処分についての前記福岡地方裁判所の執行停止決定に対し即時抗告を申立て、また取消判決に対しては控訴を申立てて争い、その結果原告一郎、同春子が一年間にわたり保育所に入所できない状態が継続したことは前記認定のとおりであり、その他前叙の諸事情を総合考量すると、本件各処分により原告らが蒙った精神的苦痛に対する慰藉料としては各金二〇万円が相当であると認められる。

2  弁護士費用

(一)  本件訴訟      各金二万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告が任意に右損害賠償をなさないため本件訴訟の追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、所定の着手金及び報酬を支払うことを約したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、審理に要した期間、認容額等を斟酌すると、本件不法行為と相当因果関係のある損害として被告が原告らに対し賠償すべき本件訴訟の弁護士費用は各金二万円が相当であると認められる。

(二)  行政訴訟(原告太郎)金四〇万円

《証拠省略》によれば、原告太郎は、本件各処分につき福岡地方裁判所に対しそれぞれ取消判決及び執行停止を求める行政訴訟の追行を弁護士である三浦久他二二名の訴訟代理人に委任し、所定の着手金及び報酬を支払うべきことを約したこと、右訴訟代理人らは、貴船保育所入所措置決定の取消訴訟においては第一、二審を通じ七回にわたる口頭弁論期日に出頭し、右入所措置の解除措置決定の取消訴訟においては第一、二審を通じ九回にわたる口頭弁論期日に出頭し、また本件各処分の執行停止申請事件については各一回の審尋期日に出頭したことが認められるところ、右各訴訟の難易度、審理に要した期間等を斟酌すると、本件不法行為と相当因果関係のある損害として被告が原告太郎に対し賠償すべき右各訴訟の弁護士費用としては金四〇万円が相当であると認められる。

四  総括

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告に対し損害賠償として、原告太郎が金六二万円、その余の原告らが各金二二万円、及びこれらの金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年九月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷水央 裁判官 近藤敬夫 田中澄夫)

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