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福岡地方裁判所小倉支部 昭和54年(ワ)1013号 判決 1983年3月22日

原告

大原一夫

被告

大成火災海上保険株式会社

ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金三〇四二万五七二〇円及びこれに対する昭和五三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  被告三名

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、昭和五三年二月二六日午後一一時一〇分ころ、訴外篠崎誠一(以下「訴外篠崎」という)運転の普通乗用自動車(以下「甲車」という)に同乗中、福岡市中央区清川二丁目六番二三号先路上において、同車が被告金子和久運転の普通乗用自動車(以下「乙車」という)と正面衝突した(以下「本件事故」という)。

2  責任原因

(一) 被告大成火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という)

甲車は、訴外井上照美(以下「訴外井上」という)が所有し、自己のために運行の用に供していたのであり、自賠法三条による責任を有するところ、同人は甲車について被告保険会社との間で自家用自動車保険契約を締結していたものであり、本件事故は右保険契約に定める保険期間中のものである。

したがつて、被告保険会社は、自家用自動車保険普通保険約款(以下「約款」という)第一章第六条第一項に基づく、被害者の直接請求に応ずる義務がある。

(二) 被告金子

同被告は、自動車運転者として、前方注視などの義務を負つているにもかかわらずこれを怠り、本件事故を惹起したものであり、民法七〇九条により責任を負う。

(三) 被告日新交通株式会社(以下「被告日新交通」という)

同被告は、乙車を保有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条本文により責任を負う。

3  損害

(一) 後遺症による逸失利益――三〇四六万五七二〇円

原告は、本件事故により腰部挫傷の後遺症が生じ、これに基づく逸失利益は次のとおりである。

(根拠)

年収――六〇〇万円

労働能力喪失率――二七パーセント(自賠法施行令別表一〇級に該当)

労働能力喪失期間―原告は、昭和五四年一〇月現在三五歳であり、あと三二年間就労可能。

右期間のホフマン係数―一八・八〇六

算式―

6,000,000(円)×18.806×0.27=30,465,720(円)

(二) 後遺症の慰藉料――三〇〇万円

(三) 損害の填補――六〇四万円

原告は、自賠責保険から六〇四万円を受領した。

(四) 弁護士費用――三〇〇万円

原告は、本件の処理一切を原告訴訟代理人に委任し、その費用として三〇〇万円を支払う旨約した。

よつて、原告は被告らに対し、各自三〇四二万五七二〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五三年二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告保険会社

(一) 請求原因1のうち、甲車と乙車とが正面衝突したことを否認し、その余は認める。

(二) 同2(一)の前段は認めるが、後段は争う。

(三) 同3のうち、(一)及び(二)は争うが、(三)は認める。(四)のうち委任の事実は認めるが、その余は不知。

2  被告日新交通及び同金子

(一) 同1は認める。衝突した部分は、甲乙各車とも幅約一〇センチメートルの範囲で接触したにすぎない。

(二) 同2(三)のうち、乙車が被告日新交通の保有であり、同被告のために運行の用に供されていたことは認める。

(三) 同3のうち、(一)及び(二)は争うが、(三)は認める、(四)は不知。

三  被告らの主張及び抗弁

1  本件事故と原告主張の後遺症との因果関係の不存在(被告三名)

原告主張の後遺症があつたとしても、それは原告の次のような病歴に基因するものである。

(一)(1) 昭和四七年七月一〇日から同月一九日まで治療

傷病名 頭部、腹部、背部打撲

(2) 同年八月一六日から同月二〇日まで治療

傷病名 頭部、頸部挫傷

(3) 同年九月一一日から同年一一月二四日まで治療

傷病名 頭部挫創、脳しんとう症、頸部捻挫

(4) 昭和四八年一月一九日から同年八月三日まで治療、うち一月二〇日から五月二一日まで入院

傷病名 頭部、顔面挫傷、口内挫創、背部挫傷

(5) 昭和四九年五月三日から同月一八日まで治療

傷病名 外傷性頸腕症候群

(6) 昭和五一年二月二八日から同年八月六日まで治療、うち三月六日から八月六日まで入院

傷病名 両側膝部、下腿部挫傷、腰部捻挫、頸部捻挫

(二) 右傷病に関して、カルテに次のような記載がなされている。

(1) 判読不能

(2) ブロツクを……にあてた。

(3) 階段からおちた。

(4) 自動車でガードレールにぶつつけた。

(5) 停車中、追突された。

(6) 歩行中、タクシーのバンバーに当つた。

2  直接請求について(被告保険会社)

約款第一章第六条において、直接請求の可能な場合を限定して定めているところ、本件についてはこの要件に該当しない。また、本件では、保険会社のみを被告としており、加害運転手又は保有者を被告として提訴されていないのであるから、直接請求権を生じる余地がない。

3  示談成立(被告三名)

原告と加害者側である被告日新交通、同金子、訴外篠崎及び同井上間において、昭和五三年九月五日、傷害に関し治療費のほかに四一四万七四六八円を支払う、後遺症については、原告は被告日新交通保有車及び訴外井上保有車の各自賠責保険に請求することとし、それ以外の請求は何らなさないという内容の示談が成立している。

4  好意同乗(被告保険会社)

甲車の運転者訴外篠崎及び保有者同井上と原告は、義理の甥、伯父の関係にあり、本件事故時も三人でドライブしていたものであるから、典型的な好意同乗であり、原告の保有者に対する損害賠償請求額は減額されるべきである。

四  被告らの主張及び抗弁に対する認否

1  1の(一)及び(二)の各事実は認める。

2  2は否認する。

約款第一章第六条第一項は、被保険者に交通事故による法律上の損害賠償責任が発生すれば、被害者が直接請求できるものとしており、法律上の損害賠償責任とは、交通事故によつて民法七〇九条の責任が発生すれば足り、それ以上の要件はない。

3  3は認める。ただし、訴外井上との間では、示談契約を締結していない。

五  再抗弁

1  錯誤

原告は、昭和五三年九月五日の示談当時には腰部痛もほとんど回復し、日常の生活には全く支障がなく、医師も回復するだろうと考えていた状況であつたため、右示談をしたものであるが、昭和五四年一月に入つてから腰痛の状態はひどくなり、日常生活にも支障をきたすなど示談当時には到底考えられなかつた症状を呈するようになつた。したがつて、本件示談の後遺症に関する部分は、錯誤により無効である。

2  示談の撤回

原告は、昭和五四年九月一八日、訴外篠崎との間で本件示談の後遺症に関する部分を撤回したのであるから、被告保険会社は、原告の請求に応じなければならない。

六  再抗弁に対する認否

1  被告三名

1は否認する。

2  被告保険会社

2は否認する。

保険会社に無断で示談を撤回する行為は、約款第六章第一二条、第一三条二項に規定する責任の無断承認に該当し禁止されているのであるから、原告は、被告保険会社に対し示談の撤回をもつて対抗できない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は、甲車と乙車の衝突の態様の点を除き、当事者間に争いがない。

原告本人の供述により真正に成立したものと認められる甲第一号証の三、被告金子本人の供述によれば、本件事故は、客待ちで停車していたタクシーの横を時速約三〇ないし四〇キロメートルで通り抜けようとした乙車が、センターラインを越えたため、前方から進行してきた甲車と接触し、右前のライトとフエンダー部分を破損したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被告らは、本件事故と原告の後遺症との因果関係の不存在を主張しているので、以下この点につき検討する。

1  「被告らの主張及び抗弁」の1(一)記載の事実(以下「原告の病歴」という)並びに(二)記載の事実は、当事者間に争いがない。

2  成立に争いがない甲第二号証、第七号証、第八号証、第一〇号証、第一二ないし第一八号証、乙第六号証、原告本人及び証人金子敏範の各供述、鑑定人緒方公介の鑑定の結果によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、本件事故の翌日である昭和五三年二月二七日に嘔吐、腰、首及び前胸部の痛みを訴えて金子外科医院の診察を受け、腰部などに外傷による病変はなかつたものの、頸椎捻挫、胸部挫傷、腰部挫傷の病名で、安静と病状の監視が必要であるとの診断により同医院に入院し、同年九月五日まで入院治療が行なわれた。

(二)  原告は、右同日ほとんど全治の状態で同医院を退院し、同年一〇月一四日に症状固定の診断がなされている。

(三)  その後原告は、昭和五四年二月一五日に一カ月位前から腰の痛みが非常に著明であるとして同医院の診察を求め、鎮痛剤の投与を受けていたが、同年五月時点において、自覚症状として、腰部に安静時けん怠感、体動時腰痛著しく、右大腿部及び左下腿部にシビレ感、下腹部不快感、排尿後残尿感あり、他覚症状及び検査結果として、腰椎打痛あり、腰部に前後屈時腰痛著明にて運動制限あり、右大腿前面、右下腿外側部、左下腿内側部に知覚鈍麻あり、膝蓋腱反射減退あり、ラセグ反応両側共陽性と診断され、痛みが強いため、金子医師から整形外科の専門医の診察を受けるよう勧められた。

(四)  原告は、昭和五四年二月二一日から同年一一月にかけて、社会保険稲築病院、溝口外科整形外科病院、福岡赤十字病院、総合せき損センター整形外科において、腰部挫傷等の病名で診察治療を受けたが、同年九月八日、溝口外科整形外科病院において、頸椎捻挫、胸部挫傷、腰部挫傷の病名で、左下肢に筋肉委縮がある、左右の大腿外側及び下腿外側に知覚鈍麻があり、腰部運動でこの部分に放散痛あり、第一二胸椎、第一、第二腰椎の椎体が軽度の楔形変形(圧迫骨折)があり、その上下椎に変形性の骨増殖があると診断(以下右の病名及び症状を「原告の後遺症」という)され、自賠法施行令別表の第一一級七号及び第一二級一二号を併合した第一〇級と判定された。そして、同月一一日、これを受けて、原告の後遺障害は、脊柱に奇形を残すもの(第一一級七号)及び両下肢の知覚鈍麻(第一二級一二号)を併合して第一〇級と認定された。

(五)  原告には、昭和五一年二月の時点ですでに腰椎骨に骨棘(骨の増殖した状態)がみられ、同年三、四月ころ、金子医師によつて「腰部痛あり、体動時著明」との診断がなされている。

(六)  鑑定人緒方公介の鑑定の結果によれば、

(1) 昭和五三年二月二七日に撮影された原告のレントゲン写真では、第一及び第二腰椎に骨増殖、椎間板のわずかな狭少化の所見があり、変形性腰椎症が診断されるが、右所見は本件事故により生じたものではない。

(2) 第一二胸椎、第一及び第二腰椎にわずかな楔状変形を認めるが、この変形が本件事故によつて生じたとは断言できない。

(3) 第一及び第二腰椎間にわずかな辻りが見られるが、この所見も本件事故との関連があるとは断定できない。むしろ、事故以前から第一、第二腰椎間板に変性があり、不安定性を伴つていたのではないかと思われる。これらの所見が腰椎症の原因になり得ることはある。

(4) 原告が本件事故で第一二胸椎、第一、第二腰椎に圧迫骨折を生じたか否かは、断定できない。

とされている。

(七)  乙車を運転していた被告金子は、本件事故により何らの負傷もしておらず、甲車の運転者及び同乗者の訴外篠崎及び同井上にも、腰痛等の後遺症の発生は認められない。

3  右認定の事実に前示一及び二1掲記の各事実、殊に本件事故の態様、衝突の程度、原告の病歴を総合して判断するならば、原告の後遺症と本件事故との因果関係は、これを全く否定し去ることはできないものの、原告の後遺症は、主として過去に罹患した腰部捻挫や腰痛等、殊に第一及び第二腰椎の骨増殖や椎間板にみられる変形性腰椎症に基因しているものといわざるを得ないのであつて、本件事故の後遺症に対する寄与率はせいぜい五分の一程度であり、右割合の限度における損害額をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と考えるべきである。

三  そこで、原告が被つた損害(ただし、後遺症に基づく損害以外の分については、既払につき請求されていない)について検討する。

1  後遺症による逸失利益

原告本人の供述によれば、本件事故当時の原告の年収は三六〇万円と認めるのが相当である。なお、原告は、右当時の年収を六〇〇万円と主張し、昭和五三年度分市民税・県民税申告書(甲第四号証)を提出するとともに、原告本人及び証人秋本富一も右主張に沿う供述をしているが、右の各供述は、相互に矛盾していて措信できないし、甲第四号証も、本件事故後に提出されたものであるばかりか、昭和五二年度は月収三〇万円で申告したことは原告の自認するところであつて、いずれも採用できない。また、証人米澤博の供述によれば、原告の休業損害を月五〇万円として示談が成立したことが認められるが、これは原告の申出をそのまま了解したにすぎないのであるから、このことをもつて原告の月収を五〇万円とすることもできない。他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

また、前記二2で認定したとおり、後遺障害に基づく原告の労働能力喪失率は、原告の後遺症が自賠法施行令別表第一〇級に該当する程度のものであることに照らし、二七パーセントとするのが相当であり、原告は、本件事故当時三四歳であつて、あと三三年間(なお、ホフマン係数は、小数点第五位以下を切捨てる)は就労が可能である。

そうすると、原告の後遺症に基づく逸失利益は、一八六四万六二六四円(円未満切捨て)となる。

3,600,000(円)×0.27×19.1834=18,646,264(円)

2  後遺症による慰藉料

原告の後遺症による慰藉料は、後遺症の内容と程度、年齢その他諸般の事情を考慮すると、二〇〇万円とするのが相当である。

3  本件事故と相当因果関係の範囲内にある原告の損害額

前記のとおり、原告の損害額(1と2の合計二〇六四万六二六四円)の五分の一であるから、四一二万九二五二円となる。

4  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、四五万円とするのが相当である。

5  損害の填補

原告が自賠責保険から六〇四万円を受領したことは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第三号証、証人米澤博の供述によれば、右金員は、本件事故による傷害分の支払とは別に、後遺症に基づく損害分として昭和五四年九月一四日ころに支払われたものであることが認められる。

そうすると、原告が本件事故の後遺症に基づき請求し得る金額(前記3と4の合計四五七万九二五二円)については、既に右自賠責保険からの六〇四万円をもつて支払済みであるといわなければならない。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保眞人)

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