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福岡地方裁判所小倉支部 昭和58年(ワ)639号 判決 1988年2月25日

原告

上野桂治

原告

太田信幸

原告

手嶋秀昭

原告

正中廣人

右原告ら訴訟代理人弁護士

西田公一

田邨正義

大森鋼三郎

石井将

被告

日本国有鉄道清算事業団〔日本国有鉄道改革法(以下「国鉄改革法」という。)一五条

日本国有鉄道清算事業団法(以下「清算事業団法」という。)附則二条に基づき清算事業団に移行する前の名称 日本国有鉄道〕

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

平井二郎

右指定代理人

小野澤峯藏

外八名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告上野桂治(以下「原告上野」という。)、同太田信幸(以下「原告太田」という。)、同正中廣人(以下「原告正中」という。)がそれぞれ被告との間に雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は、昭和五八年五月一日以降、毎月二〇日までに、原告上野に対し、一箇月金一六万円、原告太田に対し、一箇月金一八万七六〇〇円、原告正中に対し、一箇月金一九万一四〇〇円をそれぞれ支払え。

3  被告は原告手嶋秀昭(以下「原告手嶋」という。)に対し、金六二一万四一七一円及びこれに対する昭和六二年一二月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2・3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 請求の趣旨第1項の訴えをいずれも却下する。

2 右各訴えに関する訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告(以下、清算事業団に移行する前の被告を「国鉄」ということがある。)は、国鉄改革法附則二項により廃止される前の日本国有鉄道法(昭和二三年法律第二五六号、以下「国鉄法」という。)に基づき設立された公共企業体であり、国鉄改革法一五条及び清算事業団法附則二条に基づき、昭和六二年四月一日、清算事業団に移行した。

(二) 原告上野は、昭和四九年三月一日、被告職員として雇用され、昭和五八年四月当時、折尾保線区遠賀川支区重機保線係の職にあった者、原告太田は、昭和四三年四月一日、被告職員として雇用され、昭和五八年四月当時、直方気動車区気動車運転士の職にあった者、原告手嶋は、昭和三七年四月一日、被告職員として雇用され、昭和五八年四月当時、豊前川崎駅営業係の職にあった者、原告正中は、昭和三九年二月一日、被告職員として雇用され、昭和五八年四月当時、桂川駅構内指導係の職にあった者である。

2  被告による失職の取り扱い

被告は、原告太田につき、昭和五八年四月二六日以降、その余の原告らにつき、同月二五日以降、それぞれ被告職員としての地位を失ったものとして取り扱っている。

3  失職取扱以前の原告らの賃金

原告らは、被告による失職取扱以前、基本給・扶養手当・住宅手当を合算して、原告上野が月額金一六万円、原告太田が月額金一八万七六〇〇円、原告手嶋が月額金二一万六八〇〇円、原告正中が月額金一九万一四〇〇円の賃金をそれぞれ受給していた。

4  原告手嶋の退職と未払賃金請求権額の確定

(一) 原告手嶋は、昭和六二年四月施行の福岡県議会議員選挙に立候補し、同月一四日、選挙管理委員会から当選人決定の告知(以下「当選告知」という。)を受け、同日限り、被告職員としての身分を喪失した。

(二) 同原告は、昭和五八年五月一日から右失職までの間の賃金として、合計金七六八万九一七三円の請求権を有したところ、被告が同原告宛「退職手当」名目で支払供託した金一四七万五〇〇二円を、右請求権の一部に充当する趣旨で受領したことから、結局、同原告の被告に対する未払賃金請求権は、金六二一万四一七一円となった。

よって、被告に対して、原告手嶋を除く原告らは、それぞれ雇用契約上の地位を有することの確認及び昭和五八年五月一日以降の未払賃金の支払を、原告手嶋は、未払賃金合計六二一万四一七一円及びこれに対する原告ら準備書面(七)到達の日の翌日である昭和六二年一二月一八日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本案前の答弁の理由

1  原告らに対する当選告知

昭和五八年四月二四日行われたいわゆる統一地方選挙に際し、原告上野が福岡県遠賀町議会議員一般選挙に、原告太田が同県直方市議会議員一般選挙に、原告手嶋が同県川崎町議会議員一般選挙に、原告正中が同県桂川町議会議員一般選挙にそれぞれ立候補の届出をし、原告太田が同月二六日、その余の原告らがいずれも同月二五日に、各選挙管理委員会からそれぞれ当選告知を受けた。

2  原告らの被告職員たる地位の喪失

国鉄法二六条二項、二〇条一号は、国鉄職員は、国鉄総裁の承認を得た者でない限り、市(特別区を含む。)町村(以下「市町村」という。)の議会の議員を兼ねることができない旨規定していたところ、原告らは、前項記載の各当選告知を受けた際、いずれも国鉄総裁の承認を得たものでなかったから、法律上、市町村議会議員を兼ねて国鉄職員であることができないものであった。

そして、公職選挙法(以下「公選法」という。)一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、第百一条第二項(当選人決定の告知)又は第百一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定しているから、原告らは、前項記載の各当選告知を受けた日にそれぞれ国鉄職員を辞したものとみなされることとなった。

3  本件雇用契約上の地位確認の訴えの不適法性

原告らの前記各失職は、いずれも法律の規定により生じたものであり、法律によってみなされた事項については反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するものであって、法律上これを覆す手段は存在しないから、右効果を否定して、原告らの被告職員として地位の存在の確認を求める請求は、裁判上実現不能な事項を求めるもので、不適法であり、これを却下すべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  同4のうち、原告手嶋が昭和六二年四月施行の福岡県議会議員選挙に立候補し、同月一四日当選告知を受けたことは認め、その余の事実は否認ないし争う。

なお、被告が同原告に対する支払分として供託しているのは、金一四七万五〇〇二円(退職金四四九万六二九九円から労働金庫貸付弁済金、町民税、共済組合普通貸付返済金等同原告が退職に際し弁済すべきものを控除した残額)及び金二二万三九五三円(昭和五八年度のべースアップ等による退職金追給分)の合計金額である。

四  抗弁

1  本案前の答弁の理由1記載のとおり

2  同2記載のとおり

五  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認め、その余の主張はすべて争う。

六  原告らの主張<以下、省略>

理由

(本案前の抗弁についての判断)

被告は、原告らがいずれも公選法一〇三条一項の規定により被告職員を辞したものとみなされるとした上、これらはいずれも法律の規定により生じたものであり、法律によってみなされた事項については反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するものであって、法律上これを覆す手段は存在しないから、右効果を否定して、原告らの被告職員として地位の存在の確認を求める各請求は、裁判上実現不能な事項を求めるもので、不適法である旨主張する。

しかしながら、原告らの右各請求は、いずれも原告らの被告職員としての地位の存在確認を求めるという具体的権利義務に関するものであり、しかも、その争点は、原告らが地方公共団体の議会の議員に当選したことに伴って、被告職員としての地位を失ったか否かとの点にあり、公選法、国鉄法その他の法律の適用によって終局的に解決し得る事項であって、裁判所による裁判を妨げるべき事情は何ら見いだし得ない。したがって、被告の右本案前の抗弁はそれ自体失当といわざるを得ないから、以下、本案につき検討を進めることとする。

(本案についての判断)

一請求原因1ないし3及び抗弁1の各事実並びに原告らがそれぞれ抗弁1記載の各地方議会議員に立候補した際、被告に対し立候補する旨の届出をしたこと、被告が、昭和五七年九月一三日付総秘第六六六号「公職との兼職に係る取り扱いについて」の通達に基づき、門司鉄道管理局長名による同月一八日付文書をもって、原告らに対し、それぞれ、議員兼職を承認しない旨の通知を発し、右各議員との兼職をいずれも承認していないこと、原告手嶋が昭和六二年四月施行の福岡県議会議員選挙に立候補し、同月一四日当選告知を受けたこと、以上は全当事者間に争いがない。

二原告らは、公選法一〇三条一項にいう「法律の定めにより議員又は長との兼職が禁止された職」とは、法律により無条件に兼職が禁止された職をいい、国鉄法二六条二項所定の市町村議会議員のように、兼職の可否が国鉄総裁の承認・不承認にかかっているような場合には、公選法一〇三条一項の適用がない旨主張するので、まず、この点につき判断する。

1  そこで、まず、法律上の兼職禁止規定と公選法の在り方について検討するに、国会議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長(以下「公職」という。)の兼職については、公職の側から、国会法三九条が、国会議員は国若しくは地方公共団体の公務員又は公共企業体の役員若しくは職員と、地方自治法九二条及び一四一条が、普通地方公共団体の議会の議員及び長は国会議員又は地方公共団体の議会の議員若しくは常勤の職員とそれぞれ「兼ねることができない」と規定し、公務員の側から、国家公務員法一〇一条一項が、国家公務員は法令の定める場合を除き「官職を兼ねてはならない」と定め、地方公務員法九条九項が、人事委員会等の委員は地方公共団体の議会の議員等と「兼ねることができない」と規定している。また、公共企業体の役職員の側からは、国鉄法二〇条、電電公社法一二条三項、二二条等が、国務大臣、国会議員、政府職員(人事院が指定する非常勤の者を除く。)及び地方公共団体の議会の議員(以下「国務大臣等」という。)は公共企業体の委員又は役員「となることができない」と規定し、国鉄法二六条二項本文、電電公社法二八条二項等が、国務大臣等は公共企業体の職員「であることができない」と定め、更に、専売公社法一六条二項が、公社の役員は国会又は地方公共団体の議会の議員「であることができない」と規定していた(なお、法律による兼職禁止は、公職の兼職禁止だけではなく、国家公務員法、地方公務員法の右各規定のように公務員と公務員、国鉄法、電電公社法の右各規定のように公務員と公共企業体の役職員、更には、国家公務員法一〇三条一項、地方公務員法三八条一項のように公務員と営利団体の役員等、国鉄法二三条、電電公社法二五条、専売公社法一六条一項等のように公共企業体の役員と営利団体の役員との各関係についても規定されている。)。

他方、公選法は、これらの公職の兼職禁止規定を受けて、まず、国又は地方公共団体の公務員について、在職中、公職の候補者となることを禁止し(八九条一項)、公職との兼職が禁止された公務員が立候補の届出等により公職の候補者となったときは、当該公務員の退職に関する法令の規定にかかわらず、その届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなし(九〇条)、公職の候補者が立候補制限を受けている公務員となったときは、公職の候補者たる地位を失う旨規定している(九一条)。また、公務員以外で法律により公職との兼職が禁止された職については、当選人で法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなし(一〇三条一項)、当選人の更正決定、繰上補充により当選人と定められた者で右の兼職禁止職に在る者が、当選告知を受けたときは、当該選挙事務を管理する選挙管理委員会に対し、その告知を受けた日から五日以内にその職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う旨定めている(同条二項)。また、法律上の兼職禁止規定に違反した場合の効果については、公選法の右各規定のほか、国家公務員法八二条一号、地方公務員法二九条一項一号、国鉄法三一条一項一号、電電公社法三三条一項一号、専売公社法二四条一項一号等が、当該兼職禁止規定に違反した職員を懲戒処分として免職等の処分に付することができる旨定め、更に、国鉄法二二条、電電公社法一四条等は、任命権者が兼職禁止規定に違反した役員等を罷免しなければならない旨定めていた。

以上の兼職禁止に関する諸規定を通覧すると、兼職禁止規定を有する法律は、国会法、地方自治法のように公職の側から他の職との兼職を禁止した場合を除き(この場合には、国民の参政権を尊重して、公職自体の失職規定は設けなかったものと思われる。)、右の規定に違反した場合には、任命権者において、当該役職員を罷免、免職等の処分に付することができる旨の規定を置くことによって、右の処分により兼職禁止規定に違反する違法状態を解消することを予定しているものと解される。ところが、公職は、職務内容が高度の政治性と公共性を有し、職務権限も強く、その職責も重大であるから、仮に、公職と他の職との違法な兼職状態の発生を容認すれば、公職への職務専念が妨げられ、不当な地位利用を招くなど公益を著しく害するおそれがあるところ、右処分のみによってかかる違法状態の発生を完全に防止することは事実上不可能である。そのため、公選法は、選挙運動等における地位利用の弊害が特に大きく、職務専念義務も法定されている公務員については、その在職中に公職の候補者となって選挙運動することを禁止するとともに、立候補制限のある公務員が立候補の届出等をしたときには、その届出の日に公務員の職を失うこととし、逆に、公職の候補者が立候補制限のある公務員に就任したときは、公職の候補者たる地位を失うこととして、公務員たる地位と公職の候補者たる地位の併存の可能性をも排除している。また、公務員以外で公職との兼職が禁止された職にある者については、公職に当選した場合は、当選告知の日に兼職禁止職を辞したものとみなし、当選人の更正決定又は繰上補充の場合は、当選人に対し当選告知の日から五日以内にいずれの職を選択するかを判断させることとし、もって、公職との違法な兼職状態の発生を未然に防止しているのである。

こうした中で、国鉄法二六条二項は、本文において、国務大臣等は、「職員であることができない」としながら、但書において、「市町村の議会の議員である者で」総裁の承認を得たものについてはこの限りでないと定めており、市町村議会議員についてみれば、国鉄職員と市町村議会議員との兼職を原則的に禁止し、国鉄総裁の承認がある場合に限り、右兼職禁止を解除していたものである。そして、公選法の前記のような立法趣旨をも合わせ考えると、公職としての市町村議会議員と兼職禁止職である国鉄職員との違法な兼職状態の発生を未然に防止する必要性は、他の兼職禁止の場合と何ら変わりはないから、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合についても、公選法一〇三条一項の適用があるものといわなければならない。

2 これに対し、原告らは、公選法不適用説の論拠につき縷々主張するが、前判示のとおり、国鉄法二六条二項は、国鉄職員と市町村議会議員との兼職を原則的に禁止し、国鉄総裁の承認がある場合に限って、右兼職禁止を解除したものと解されるから、国鉄職員が市町村議会議員との関係においても公選法一〇三条一項にいう「法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者」に当たることは明白である。そして、国鉄職員が国鉄法の右兼職禁止規定にもかかわらず総裁から事前に兼職の承認を受けないまま兼職が禁止された公職に立候補する以上、当選した場合には、国鉄職員たる地位を失っても公職に就くことを選ぶ意思があるものと容易に推認することができるから、総裁による承認がない場合には公選法の規定により国鉄職員たる地位を失うと解しても、何ら公選法の趣旨ないし法意に反するものとも解せられない。また、同法一〇三条二項が総裁の承認の有無を確認する手段につき定めていないのは、このような付随的な事務手続について法律に規定するまでの必要がなかったからに過ぎず、さらに、国鉄における国鉄法についての従前の解釈・運用が公選法適用説と矛盾しないことは後に判示するとおりである。

したがって、原告らが公選法不適用説の論拠として主張する点は、いずれもその前提を誤ったものですべて理由がないものといわざるを得ない。

3 もっとも、国鉄法二六条二項は、国務大臣等は「職員であることができない」と規定し、国務大臣等は「役員となることができない」と規定する同法二〇条と明確に書き分けており、同法二六条二項は、国務大臣等への就任に伴う国鉄職員たる地位の失職効をも併せて規定するものとの解釈を採ることができれば、公選法不適用説も一応の合理性をもち得るものと思われる。

ところが、前判示のとおり、国鉄法二〇条、電電公社法一二条三項、二二条のように、国務大臣等は公共企業体の役員等「となることができない」と規定している場合については、それぞれ国鉄法二二条、電電公社法一四条が、任命権者において兼職禁止に違反した役員等を罷免しなければならない旨定めていることから、右各兼職禁止規定が失職効まで規定していないことは明らかであるところ、右各兼職禁止規定と「職員であることができない」と規定する国鉄法二六条二項、電電公社法二八条二項との間に、失職効の存否につき特段区別すべき理由は見いだし難い。しかも、仮に、前記のような解釈をすると、専売公社法一六条二項のように、「公社の役員は、国会又は地方公共団体の議会の議員であることができない」と規定する場合、国会議員が公社の役員に就任したときには、当然に国会議員たる地位を失うものと解さざるを得なくなるが、このような解釈の採り得ないことは、前判示の公選法、国会法、地方自治法等の立法趣旨から明らかである。

したがって、前記のような国鉄法二〇条と二六条二項との間の文理上の相違は、単に、公職在職中に公共企業体の役員等となる場合を想定して、右役員等の欠格条項として規定するか、公共企業体の職員在職中に公職に立候補する場合を想定して、右職員の兼職禁止条項として規定するかの違いに過ぎないものと解されるから、同法二六条二項自体に国鉄職員の失職効を含むものとは解することはできないものというべきである。

4 よって、公選法一〇三条一項は、公選法及び国鉄法の文理からも、また、その立法趣旨に照らしても、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合に適用されるものと解するほかはなく、原告ら主張の公選法不適用説は到底採用することができない。

三そこで、次に、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合に公選法一〇三条一項に基づき国鉄職員たる地位を失う時期及び要件について判断するに、国鉄法二六条二項は、前判示のとおり、国鉄職員について、地方公共団体の議会の議員との兼職を一般的に禁止し、兼職について国鉄総裁の承認がある場合に限り、右のうち市町村議会議員との兼職禁止を解除しているのであるから、総裁による兼職承認がない限りは、国鉄職員は、公選法一〇三条一項にいう「法律の定めにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者」に当たり、右の議員等に当選してその告知を受けたときは、右条項に基づいて、当選の告知を受けた日に国鉄職員を辞したものとみなされるものと解する。

これに対し、原告らは、右のいわゆる当然失職説を論難し、公選法一〇三条一項に基づく失職の効果は国鉄総裁による適法な不承認の意思表示があって初めて生じるものとするいわゆる不承認失職説を主張し、その論拠について縷々主張するので、以下、論点別に検討することとする。

1  労基法との関係

原告らは、労基法七条につき、公職に就いたことを理由とする雇用契約の解消は原則として許されないとする趣旨の規定であるとした上、労基法の右規定と国鉄法二六条二項との抵触を避けるには、不承認失職説を採るほかはない旨主張する。

しかしながら、労基法七条は、労働者が公民権を行使するために必要な時間については、使用者に職務専念義務を免除すべき旨を命じているにとどまり、その結果生じる業務阻害等を理由として、労働者を休職にしたり、解雇することまで禁じるものではない。そして、前記各兼職禁止規定は、労基法七条を前提としつつも、公務員ないし公共企業体の役職員の職務の公共性、職務専念義務等に鑑みて、公職との兼職に伴う職務への悪影響のおそれが一般的にあると認められる場合について、公職との兼職の禁止を明記するものであり、これに違反したときには、任命権者が法律違反を理由に当該役職員を罷免、免職等の処分に付することも法律上認められているのであって、これら規定と労基法との抵触は、全く生じる余地がない。したがって、これら規定と趣旨を同じくする国鉄法二六条二項が労基法と抵触することはないから、原告らの前記主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない。

2  国鉄法二六条二項の改正趣旨との関係

原告らは、国鉄とその職員との関係は私的労働契約関係であり、一般職員については、議員兼職を一般的に禁止すべき根拠も格別なく、国鉄法二六条二項の改正の経緯、改正法案の審議経過等を見ても、業務上支障のない場合は、国鉄総裁は兼職を承認すべきであることが当然の前提とされており、その趣旨は解釈運用により達成すべきものとされていたとして、当然失職説はこのような改正趣旨と相容れない旨主張する。

しかしながら、国鉄は、国が国有鉄道事業特別会計をもって経営している鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もって公共の福祉を増進することを目的に設立された公企業であり(国鉄法一条)、常に円滑かつ確実な鉄道輸送を確保する責務が課されており、しかも、その業務が停廃した場合に生ずる社会的・経済的打撃は極めて甚大であるなど、国鉄の業務は高度の公共性を有していたことから、これに携わる国鉄職員の職責は重く、その職務への専念が強く求められていた(ちなみに、同法三二条二項は、国鉄職員の職務専念義務を法定し、三三条は、災害等の事故発生時、災害が予想される警戒必要時及び列車遅延時における労働時間、休日等に関する労基法の適用を排除している。)。他方、原告ら各本人尋問の結果によれば、市町村議会議員の職務は、一週間ないし一〇日程度の会期で年に三、四回開かれる定例会、会期が一日で年に数回開かれる臨時会、会期外も不定期に開かれる委員会などに出席するほか、議員研修、視察旅行、国や県への予算陳情活動等にも参加し、更には、日常的に選挙区の世話役活動も行うなど、その内容は多岐にわたり、これに要する時間も決して少なくなく、国鉄職員がこれら議員と兼職する場合、勤務操配において兼職議員の都合を最優先するなど、職場の上司、同僚等の全面的協力及び負担受忍なくしては、国鉄業務への影響が避け難いことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。このような国鉄職員の職務の公共性及び職務専念義務、市町村議会議員の職務内容及び活動状況、議員兼職に伴う国鉄業務への影響を勘案すると、議員兼職を一般的に禁止するだけの十分の理由があったものというべきである。

また、国鉄法は、昭和二三年一二月の制定当時は、地方公共団体の議会の議員すべてについて、国鉄職員との兼職を禁止していた(二六条二項、一二条三項三号)が、昭和二六年六月の改正(法律第一八九号)により、町村の議会議員については兼職を認めることとし、昭和二九年一二月の改正(法律第二二五号)により前判示のとおり改正されたものである。そして、成立に争いのない甲第三ないし第五号証によれば、昭和二八年七月二九日の第一六回国会参議院運輸委員会において、市議会議員についても兼職を認めることとする改正案が議員提出され、翌日の委員会において、昭和二九年の右改正法どおりの修正案が可決され、昭和二九年一二月三日の第二〇回国会衆議院運輸委員会の審議を経て、右改正法のとおりの改正が行われたこと、右審議において、委員の中から、業務上に支障がない場合には、総裁は承認しなければならない旨の発言があり、また、当選前に承認を得させるのは実情に合わない旨の委員の質問に対し、提案議員から、委員の右質問の趣旨に賛同する旨の答弁がなされていることが認められる(右認定に反する証拠はない。)が、右各審議における各発言は、いずれも改正法の運用上の留意点についての委員及び提案議員の認識を述べたものに過ぎず、改正法の明文に反した法解釈まで求めるものとは解せられないほか、その他改正の経緯に照らしても、改正法を明文に反して解釈すべきとの立法者意思が存在したと認めるに足りる事情はないといわざるを得ない。

したがって、当然失職説は、何ら右改正法の趣旨に反するものとはいえないから、原告らの前記主張も採用できない。

3  国鉄法二六条二項の文理との関係

原告らは、国鉄法二六条二項但書が総裁の承認を求め得る者につき市町村議会の「議員である者」と定め、「議員となる者」とは定めなかったことを理由として、右規定は、当選告知により議員の地位の取得が確定した後、すなわち「議員である者」になった後に、総裁による承認手続が行われることを予定したものであり、当選告知があるまでは、議員たる地位の取得の有無は全くの浮動状態にあるから、承認手続は論理的にも実態上も時系列的にも当選の告知後とならざるを得ないほか、当然失職説に従えば、当選した職員は、当選告知により右但書の「議員である者」になると同時に、公選法一〇三条一項による失職効が生じて、総裁による兼職承認を受ける余地が一切失われることとなり、また、同条二項の繰上補充当選の場合についても、同項が「その職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う。」と明文をもって定めて、例外を認めていない以上、たとえ議員兼職についての総裁の承認を得たとしても、当該職員が国鉄を辞職しない限り、議員の資格を取得できないとの矛盾に直面せざるを得ないとして、当然失職説が国鉄法二六条二項の文理と矛盾する旨主張する。

確かに、国鉄法二六条二項但書は、市町村議会の「議員である者」で総裁の承認を得た者については国鉄職員との兼職が許される旨規定するが、右の規定は、国鉄職員との兼職が禁止される公職の範囲を定めた同条項の本文及び同法二〇条一号を受けて、例外的に右の兼職禁止が解除される場合を摘示したものであり、それ自体、総裁の承認の時期まで規定したものでないことは右各規定の構成からも明らかであるから、同法二六条二項但書は、当選告知前の事前承認を何ら否定するものとは解せられない。そして、兼職承認は当選を停止条件として当選前に事前にこれを行うことも許されるから、このような停止条件付の事前承認が行われれば、原告ら指摘の矛盾の生じる余地はないこととなる。

また、仮に、兼職承認が当選告知後に事後的に行われたとしても、議員兼職が当選時点に遡って許されることとなり、公選法一〇三条一項に基づく失職効も遡及的に失われて、国鉄職員たる地位も遡及的に回復するものと解されるから、後に判示するとおり、当選前に、既に兼職の可否が当該職員にも事実上明らかとなっていたような場合には、形式上、当選後に承認を行う運用が行われたとしても、法的にも実際上もほとんど支障がなかったものというべきである。

さらに、当選人の更正決定ないし繰上補充により当選した場合についても、兼職承認が事前又は事後に得られれば、議員兼職が許されることとなり、公選法一〇三条一項にいう公職との兼職禁止職には該当しないこととなるから、同条項によって失職することのないことはいうまでもない。

したがって、原告らの前記主張は、すべてその前提を誤ったものといわざるを得ないから、採用することができない。

4 当然失職説による帰結の当否

原告らは、当選失職説を採れば、国鉄職員は地方議会議員に就任したというだけで失職させられ、これを争い是正させる手段を全く奪われてしまうこととなるが、これは、民間労働者、他の公社労働者との不合理な差別であり、また、本件のように一定の時期以降は兼職を一切承認しないとする措置は一律禁止法制への逆行であり、前記改正法が採用した承認制とは本質的に相容れないものであって、このような一律禁止を可能にさせ許容する当然失職説は、承認制自体を崩壊させるものである旨主張する。

しかしながら、前判示のとおり、国鉄法二六条二項は、国鉄職員の職務の公共性及び高度の職務専念義務、市町村議会議員の職務内容及び活動状況、議員兼職に伴う国鉄業務への影響等の諸事情を考慮して規定されたものであり、特に、その職務の公共性及び職場の協力や負担受忍なくして国鉄職員の職務と市町村議会議員としての活動との両立が一般的に困難であることに照らすと、国鉄職員と市町村議会議員との兼職を原則として禁止する右規定は十分な合理的根拠を有するものというべきである。したがって、職務の公共性、職務専念義務の程度等において国鉄職員とは異なる民間の労働者や他の公社の労働者と法律上別異の取扱いをしたとしても、何ら不合理な差別とはいえないものである。

また、公選法は、前に判示したとおり、公職の職務内容の高度な政治性と公共性、職務権限の大きさ、職責の重大性、他の職との違法な兼職状態の発生に伴う弊害等を考慮して、このような違法な兼職状態の発生を未然に防止するため、前示の一〇三条一・二項を規定したものであり、右規定には十分な合理性があるというべきである。そして、本件のように、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合において、国鉄総裁による個々の処分ではなく、公選法の右規定に基づき失職の効果が生じる結果、総裁が兼職承認しないことの当否について、雇用契約上の地位を確認する請求としては裁判上争い得なくなったとしても、公選法及び国鉄法の前示の立法趣旨の実現のためには、まことにやむを得ないものというべきである。けだし、原告ら主張の不承認失職説に従えば、総裁による適法な不承認の意思表示がない限り議員兼職が許されることとなるから、兼職議員が不承認措置の適法性を争う以上は、兼職の可否、すなわち、兼職状態の継続の有無は、雇用契約上の地位確認の裁判が確定するまで浮動的状況に置かれ、その間、保全処分等により事実上の兼職状態が生じた場合には、最終的に不承認の適法性が認められたとしても、違法な兼職状態の発生により回復困難な弊害を残すおそれがあるのであり、公選法及び国鉄法がこのような事態の招来を予定していないことは明らかである。しかも、市町村議会議員に当選する者は、国鉄法により原則として兼職が禁止されていることを知りながら立候補したのであり、公選法の右規定により国鉄職員たる地位を失ったとしても、不測の不利益を課することにもならない。

したがって、原告らの前記主張も、いずれも理由がないものであるから採用しない。

5  国鉄における従来の解釈・運用

原告らは、国鉄における公選法及び国鉄法の運用が当然失職説ではなく不承認失職説に基づき運用されてきた旨縷々主張し、前示争いのない事実に、<証拠>を総合すると、国鉄は、その内部規程である兼職基準規程において、市町村議会議員に当選した国鉄職員のうち兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出してその承認を受けなければならず(五条)、右承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準じる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、承認してはならない(六条)旨規定していたこと、国鉄では、職員が町議会議員に立候補して当選した場合において、所属長が当該職員から立候補届及び兼職承認願を徴求しなかったこともあり、所属長からの承認通知が当選後数箇月を経てからなされた例もあったことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、右の事実によれば、右兼職基準規程五条は国鉄職員からの議員兼職承認申請手続が当選後に行われることを前提とするものであり、実際上も右規程に副いつつ、しかも、かなりルーズな運用がなされていたことが認められる。

しかしながら、当然失職説を採ったとしても、議員兼職の承認は、法律上、当選の前後いずれにおいてもなし得るものであることは、前に判示したとおりであり、しかも、前示事実に、<証拠>を総合すると、前記兼職基準規程では、職員が市町村議会議員に立候補した場合は、すみやかに立候補届を所属長に提出しなければならず(三条)、所属長は、総裁に代わって兼職承認を決することとされ、前認定の立候補届を徴求しない場合であっても、所属長は、当該職員からの通告等によって、職員の立候補の事実を事前に了知していたこと、昭和五七年九月一三日総秘達第六六六号「公職との兼職に係る取り扱いについて」に基づき、同年一一月一日以降、新たに改選により公職の議席を得た者に対して、兼職の承認を行わないとの取扱いが実施される以前は、兼職承認願に対して不承認となった事例のなかったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。したがって、総裁に代わって兼職承認の権限を有する所属長は、立候補届等により、職員の立候補の意向を立候補前から了知し得たのであり、その段階で、事実上当該職員に対して、兼職の可否について明示的又は黙示的に伝達することも可能であったのであり、しかも、右通達が施行される前には、承認が拒否された事例がなかったことからすると、右通達施行前には、公職に立候補した職員は、遅くとも当選時までには兼職承認権限を有する所属長の意向を知り得たものと認められるから、当然失職説を採りつつ当選後に承認申請手続を行うことは、法的にも実際上も何ら支障がなかったものということができる。さらに、前示兼職基準規程六条は、兼職承認をしてはならない場合を例示したものに過ぎないから、当然失職説と矛盾するものでないことはいうまでもない。

なお、<証拠>によれば、日本国有鉄道法研究会(国鉄総裁室法務課内)編「日本国有鉄道法解説」(昭和四八年刊行)の中には、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合について、当選告知をもって当然失職とはならず、国鉄総裁が兼職を不承認とするか又は本人の退職の申し出により退職の発令をして初めて失職する旨の記載のあることが認められる(右認定に反する証拠はない。)が、前判示のとおり、右解釈は明らかに公選法及び国鉄法の文理及び立法の趣旨に反したものといわざるを得ず、しかも、このような私的な研究会の見解によって法律の解釈を左右すべき理由もない。

よって、原告らの前記主張は、すべて失当といわざるを得ない。

6  以上のとおり、当然失職説を論難する原告らの主張は、すべて理由がないものといわなければならない。

四さらに、原告らは、仮に当然失職説に従ったとしても、国鉄総裁による議員兼職承認は、何ら職員に対して特別の恩恵や利益を与える行為ではなく、不承認こそが、労働者の対使用者との関係において本来有する自由に対する重大な制限であり、しかも、右行為は、公定力を伴わない私人の行為に過ぎないから、不承認につき自由の制限の根拠として十分首肯するに足りる合理的理由を欠く場合には、兼職承認申請をした職員において、承認があったのと同様の法的地位を取得するものと解すべきである旨主張するが、右主張は、公選法一〇三条一項を空文化させるための原告ら独自の見解に過ぎず、何らの法的根拠をも見いだし得ないから、採用の限りでないことはいうまでもない。

五以上の次第で、原告らは、いずれも、国鉄職員に在職中、昭和五八年四月二四日行われた統一地方選挙において、市又は町の議会の議員に立候補して当選し、そのころ当選の告知を受けたものであり、国鉄職員と右各公職との兼職につき国鉄総裁の承認を得ていないものであるから、公選法一〇三条一項、国鉄法二六条二項、二〇条一号に基づいて、右当選告知の日に国鉄職員たる地位を辞したものとみなされることとなったものと認められるから、被告の抗弁は理由がある。

(結論)

よって、原告らの本件各請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも失当であるからこれらをすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官渕上勤 裁判官中谷雄二郎 裁判官井戸謙一)

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