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福岡地方裁判所小倉支部 昭和63年(ヨ)218号 決定 1988年9月29日

申請人

石松まゆみ

右代理人弁護士

安部千春

<外三名>

被申請人

九州ゴム製品販売株式会社

右代表者代表取締役

高崎元徳

右代理人弁護士

辻正喜

主文

一  申請人が被申請人に対して昭和六三年八月一日以降も雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二  被申請人は申請人に対して昭和六三年八月一日から本案判決言渡しまで毎月五日に月額一五万九〇〇〇円の金員を仮に支払え。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一  申請の趣旨

主文一、二項に同じ(ただし、二項は本案判決確定まで)

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件仮処分申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  被申請人は、工業用ゴム製品販売を業とする株式会社であり、申請人は、昭和四四年一一月から同会社に採用された。

2  被申請人は、昭和六三年六月二一日、申請人に対して、同年七月末日限り解雇する旨の意思表示をし、同年八月一日から申請人を従業員として扱わないし、賃金の支払もしない。

3  しかし、右解雇の意思表示は解雇権の濫用であって無効である。

(一) 本件解雇はいわゆる整理解雇であるが、それが有効であるためには<1>企業の維持・存続が危殆に瀬する程度に差し迫った必要性があること、<2>解雇以外の合理化策によって余剰労働力を吸収する努力がなされたこと、<3>使用者が解雇につき労働組合、労働者の納得が得られるような努力を尽くしたこと、<4>整理基準と人選の仕方には客観性・合理性があることの四つの要件を満すことを要すると解すべきである。

(二) 被申請人の本件整理解雇の必要性についての主張は、要するに新日本製鉄株式会社(以下「新日鉄」という。)の第四次合理化計画の決定が被申請人に即影響を与え、昨年度約二三〇〇万円の赤字を計上したというものである。しかし、被申請人は、毎年経常利益は黒字であり、昨年はじめて赤字になっただけで、しかも、昭和六三年三月三一日現在被申請人には現金・預金が二億二〇〇〇万円、利益準備金は五一〇〇万円、剰余金が六二四万一四三五円もあり、むしろ優良企業であって、申請人の給与が年間二三〇万円にすぎないことを考えると、とうてい企業の維持存続が危殆に瀬する程度に差し迫った解雇の必要性はない。

(三) 次に、被申請人が整理解雇回避の努力をしたかについていえば、被申請人はこれまで経費の節減や合理化のために積極的に取り組んできたとはいえない。

例えば、被申請人は、約二三〇〇万円の赤字を計上したという昨年度にも全く働いていない人間に対して次のとおり役員報酬を支払っている。

取締役 高崎富士野(代表者の母) 二五六万円

監査役 高崎ひとみ(代表者の妻) 六〇万円

営業部長 黒木高雄(代表者の伯父) 二二二万円

代表者の母と代表者の妻は全く仕事をしたことはないし、代表者の伯父の営業部長は昭和五七年一一月から今日まで病欠である。

また、借入金も増大し、売上高の五〇パーセントに達し危険な状態にあるというが、被申請人は、昭和六二年一〇月二〇日君津サイエンススポーツクラブをオープンさせ、右スポーツクラブの建物の建設に約一億円の借入をなしており、借入金の増大は新規事業の開始にある。更に、この新規事業を始めるために君津社宅を取り壊し、そのためにその建物の取り壊し損及び解体費用で八四〇万円余の雑損も生じている。すなわち、二三〇〇万円の赤字のほとんどは新規事業のために生じたものである。

なお、昭和六三年五月末に一人従業員がやめているが、別に被申請人において作業部門の人員節減をはかったわけではない。右従業員は君津出張を命じられ、給与も安いのでこれを断り、自ら辞めただけのことで、被申請人の努力によるものではない。

(四) 三番目の労働者の納得の点について言えば、一八年間真面目に勤務してきた申請人をこの北九州の構造不況下で解雇するにもかかわらず、退職金の割増しを条件とした希望退職募集も全くせずに、申請人だけを選んで即解雇というのでは労働者の納得を得るための努力を尽くしたとは、とうていいえない。

(五) 最後に被申請人には堺等にも出張所があり、これらも新日鉄と関係した業務を行なっており、新日鉄の合理化のために業績は上がっていないのであるから、一人一人の従業員の比較で申請人を解雇するについての人選に客観性・合理性があることを明らかにすべきであるのにこれがなされていない。

4  申請人は、被申請人の従業員として支払を受ける賃金(月額一五万九〇〇〇円、支払日(毎月五日))のみによって生活を営んできたものであり、本案判決確定までその支払を受けられないとすれば、著しく生存を脅かされるおそれがある。

よって、本件申請に及ぶ。

二  申請の理由に対する認否及び反論

1  申請の理由1、2は認める。

2  同3は否認又は争う。

(一) 被申請人は、業績が不振であり、経営の破綻を免れるための対策として、人件費の節減をはかる必要があり、間接部門にいる申請人を解雇したもので、本件解雇には正当な理由がある。

本件解雇は会社の倒産を回避するための経費節減ないし会社の維持、存続を図る合理化のための解雇であるから、申請人の主張する整理解雇の四要件は必ずしも適当ではなく、もっと経営危機を打開するための企業の経済的必要性を重視し、経営者側の裁量権を認める基準を考えるべきである。

(二) 新日鉄は、昭和六二年二月一二日に第四次合理化計画(昭和六三年度上期中に八幡製鉄所の高炉を二基体制から一基体制に縮小し、同年度下期に堺製鉄所の高炉を休止するなどの内容)を定めた。

被申請人は売上の大部分を高炉に依存しており、その売上高は昭和六一年度が五億四一〇〇万円(なお、高炉関連商品のコンベアーベルト分は内三億四〇〇〇万円)、全売上げの八〇パーセントであったものが、昭和六二年度は四億二一〇〇万円(同じく二億二〇〇〇万円)、全売上げの七四パーセントとなっており、同年度の経常利益は二三〇〇万円の赤字となった。したがって、新日鉄が高炉休止を決定することは、被申請人にとって企業の維持・存続にかかわる重大事であり(右業績の減少自体コンベアーベルトの売上減によるものである。)被申請人にとって、一方では、体質改善を計り、新規事業を営む経費が必要になり、他方では、間接部門の縮小を考えなければ、じり貧状態になり、被申請人の倒産を招くことになる。

被申請人が申請人を解雇したのは、被申請人のおかれた右の差し迫った状況のもとにやむを得ず行ったものである。なお、申請人の解雇による年間二三〇万円の経費削減は、同額の利益を上げるためには売上の利益率を三パーセントにすると年間八〇〇万円ほどの売上増が必要なことを考えると重大である。

(三) 被申請人は、これまで経費の節減や、合理化のため積極的に取り組んできており、一般管理費の中で節減できるものは、ぎりぎりのところまで節約をしている。例えば、交際費については、昭和五八年度では、一一四〇万円使用していたものが、毎年節約し、同六一年度八八七万円、同六二年度七〇二万円と、五年前に比べ四〇〇万円(約四〇パーセント)の、また、給料についても、安い給料の中から賞与の五パーセントないし一〇パーセントカット、定期昇給も四月に昇給すべきところを一〇月に二パーセントアップしただけで、昭和五八年度一億一五三七万円だったものが、同六一年度は一億〇八八五万円、同六二年度は一億〇四六七万円と経費の節減を図るなど、その他の経費についても努力を続けているが、これ以上の節減は困難で、これ以上切りつめることは営業活動に支障を来たすところにきている。

なお、申請人の指摘する役員報酬については、被申請人の代表者の母は、昭和二〇年九月日本に引揚げて来た後、先代社長、黒木営業部長と共に働き、会社創業以来、被申請人の基礎を築いた功労者である。また、営業部長黒木高雄は、昭和五七年一一月病に倒れ現在欠勤しているが、同人がこれまで築いた人脈、育てた後輩、営業マンは被申請人にとり大きなプラスになっている。同人の病状は、次第に回復し職場復帰も近い将来見込まれる状態にある。同人から経営の助言も得られるし、同部長が得意先、社内に持つ影響力、過去の功績は大きい。そのような事情であるから、現在働いていない人に対し、役員報酬を支払っているとの非難はいずれも当らない。また、役員報酬は給料とは異なることはいうまでもない。

被申請人は、これまで経費の節減や合理化のため積極的に取り組んできたが、他方では借入金も増大し売上高の五〇パーセントに達し危険な状態にある。

被申請人は新規事業の君津サイエンススポーツクラブ設立に一億円を借入れたが、この借入れは、高炉休止に伴う売上減一億円を補い、被申請人が将来新事業に活路を見出すために不可欠な投資である。

(四) 被申請人は、新日鉄合理化計画発表後、従業員全員が危機感を持って今後どうすればよいか、毎月の昼食会で話し合いをしてきた。また、売上増の見込みがなければ、合理化もあり得ることを伝えてきたし、被申請人としては、労働組合がないだけに、誠意をもって長期間かけて、申請人に被申請人の置かれている現状の理解を求め、努力してきたものである。申請人に退職金等の一定割増しをすることは、被申請人代表者も考えていたが、代表者の出張、申請人からの本件仮処分申請がなされたため、条件提示まで話が進まなかっただけである。

(五) 被申請人の組織は、昭和六三年七月五日現在、次のとおりである。

(1)本社(八幡) 一二名

うち、常勤役員二名

非常勤役員 二名

総務、安全 一名

現場監督 一名

営業 四名

経理 二名 (女性二名)

(2)堺出張所 二名 (女性一名)

(3)東京事務所 二名 (女性一名)

(4)君津事務所 二四名

うち、経理、事務 三名 (女性三名)

営業 六名

作業 一五名

右組織のうち、堺、東京の各二名は必要最小限の人員であり、君津二四名は、被申請人の主力事務所で、かつ将来性のあるところから、もっと増員をはかる必要性があり、現に、本社より一名臨時の応援に出張させている状況にある。

したがって、右組織の中で経費の削減をはかり、要員節減をしようとする場合、高炉休止の決定した本社八幡の間接部門から合理化をはからざるを得ず、経理事務の補助をしている申請人を選定したのは合理性がある。

3  同4は争う。

第三当裁判所の判断

一  申請の理由1、2は当事者間に争いがない。

二  同3について判断する。

本件疎明によれば、次の事実が一応認められる。

1  被申請人の売上高は、昭和六二年三月(昭和六一年度)、六億七五〇〇万円であったのが、昭和六三年三月(昭和六二年度)、五億六七〇〇万円と前年比一億〇八〇〇万円(一六パーセント)の落ち込みとなっている。この売上減の内容は、新日鉄の高炉関連商品のコンベアーベルトの売上減によるものであり、昭和六二年二月一三日発表の新日鉄の第四次合理化計画の影響が出はじめている。

ちなみに、被申請人の昭和六一年度の売上高の内コンベアーベルトの売上高は三億四〇〇〇万円で、売上高の五〇パーセントを占めていたものが、昭和六二年度は二億二〇〇〇万円、前年比一億二〇〇〇万円減少になり、売上高全体に占める比率も三九パーセントと、前年比一一パーセントの減少になっている。

2  被申請人は、新日鉄の合理化計画もあって、コンベアーベルト等の工業用ゴム製品の販売だけでは将来の業績向上は望めないとして、申請の理由3(三)、並びに申請の理由に対する認否及び反論2(三)のとおり、一億円を借り入れ、旧社宅を取り壊して君津サイエンススポーツクラブを建設し、新規事業を起こしたが、開業当初で利益があがらず、昭和六二年度の二三〇〇万円の赤字も右新規事業のために生じている。

3  被申請人の赤字計上は、昭和六二年度が初めてであるが(ただし、昭和六〇年度には、前代表者死亡にともなう退職金五〇〇〇万円の支払のために欠損が出て、五〇〇万円の赤字を計上している。)、昭和六三年三月三一日現在、利益準備金(五一〇〇万円)、別途積立金(七六〇〇万円、ただし、一部取り壊しずみ。)といった赤字に備えるための資金の用意もあり、直ちに経営が破綻することはない。

4  被申請人は、申請の理由に対する認否及び反論2(三)にあるような人件費を含む経費の削減を行なって来たが、未だ、一部役員報酬において実働に見合わない過去の貢献に対する功賞的な支払が行なわれるなど問題とされる点が残っている。

以上の疎明された事実によれば、確かに右1、2にあるとおり、工業用ゴム製品等の販売だけでは新日鉄その他取引先との関係で将来の業績向上は必ずしも望めないことから、新規事業の展開で売上高を伸す必要があると共に、一層の合理化が必要なことが認められる。しかしながら、前記2から4までの事実及び申請人を解雇しても二三〇万円程度の経費削減(当事者間に争いがない。)にしかならない(なお、被申請人の利益率に基づく比喩は、経費が二三〇万円増加したからといって、売上が八〇〇〇万円増加しなければもとの利益と同額にならないことを意味しないから、当裁判所の後記判断を左右するものではない)ことから考えると、未だ現時点で申請人の解雇までの合理化を図らなければならない程の必要性は認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件整理解雇は権利の濫用であって無効というべきである。

三  申請の理由4は本件疎明により一応認められる。

四  そうであれば、申請人の本件申請は理由があるからこれを認容する(ただし、賃金仮払請求の終期を本案判決確定までとするのは理由がない。)こととし、申請費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 有吉一郎 裁判官 長井浩一)

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