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福岡地方裁判所柳川支部 昭和42年(ワ)90号 判決 1969年7月28日

原告

土井栄子

被告

松南チップ工業有限会社

ほか二名

主文

被告らは各自原告に対し金三六五、六七四円ならびに内金二三二、四三一円に対する昭和四一年一月五日から、内金一〇万円に対する昭和四二年一一月一日から、内金三三、二四三円に対する昭和四四年七月二九日から各支払すみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告らの連帯負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告らは各自原告に対し金二、三七〇、〇七七円および内金二、〇六三、七〇七円に対する昭和四一年一月五日から、内金一〇万円に対する昭和四二年一一月一日から、内金二〇六、三七〇円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする」との判決および仮執行の宣言。

二、被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

第二、請求原因

一、事故の発生

被告福田政一は、昭和四一年一月五日午前二時三〇分頃大型貨物自動車(車台番号T三八〇―二九〇〇三七、ふそう六五年型長崎一の六七一六、以下本件自動車という)を運転して佐世保市から佐賀市を経由し八代市に向け大川市大字酒見中原三番地丸清家具店前交差点を通過しようとした際折から右方の同市東町方面から同交差点に進入してきた訴外土井弥一郎運転の普通乗用自動車の側面に本件自動車を激突させ、よつて右普通乗用自動車に同乗していた原告に対し脳挫傷、頭蓋骨々折、顔面切創、鼻骨々折の傷害を負わせた。

二、被告福田政一の責任

被告福田政一は、当時前記交差点の信号機が深夜のため作動しておらず、同所が見透しの悪い場所であるから自動車運転者としては徐行は勿論、一時停止するなどして左右の安全を確認し、事故の発生を未然に防止すべき義務があるのにこれを怠り時速約五〇粁で漫然通過しようとした過失により、右方から同交差点に進行してきた前記普通乗用自動車の発見がおくれて本件衝突事故を起したものである。よつて同被告は不法行為者として民法七〇九条により原告の受傷による損害を賠償すべき義務がある。

三、被告松南チップ工業有限会社の責任

被告松南チップ工業有限会社(以下被告会社という)は、チップの製造販売業者であつて、本件自動車を保有しチップの運搬等に使用していたもの、被告福田は被告会社に雇傭され自動車の運転に従事していたものであり、本件事故は、被告福田が被告会社の業務遂行のため本件自動車を運転中に発生したものである。よつて被告会社は自己のために本件自動車を運行の用に供した者として自動車損害賠償保障法三条により原告の受傷による損害を賠償すべき義務がある。

四、被告藤原喬の責任

被告藤原喬は被告会社の代表取締役として被告会社に代りその事業を監督していたものであるから民法七一五条二項一項により原告の受傷による損害を賠償すべき義務がある。

五、損害

(一)  慰藉料

原告は、本件事故によつて意識不明となり、昭和四一年一月五日から田中外科病院、久留米大学医学部附属病院および古賀外科に入院治療を受け、同年二月一七日古賀外科より久留米市津福本町四二二番地聖マリア病院に転院したが、当時痴呆状態がみられ、了解悪く、見当識の障害が著明で、作話があり、一般に多弁で、気分不安定となり、時に妄想様曲解不機嫌状態がみられていた。その後右症状は精神薬物療法により徐々に軽減し、同年八月五日軽快退院し、以後通院して治療を続けた。しかし軽度の痴呆状態、自発生減退、記銘力減退、視力障害が後遣症として残り、これらの治癒は一生不可能である。

ところで原告は、その資産内容において大川市内屈指の大会社たる同市榎津七三四番地株式会社土井商事の代表取締役土井弥進の妻として、家事一切の切盛と右会社の事務に従事してきたものであるが、本件事故による受傷のため、二一三日間にわたる入院とその後の通院加療を余儀なくされ、その間の肉体的精神的苦痛は筆舌に尽し難く、かつ将来の生活における右後遺症の存在をあわせ考えると原告の精神的苦痛は誠に甚大であるから、慰藉料は一五〇万円が相当である。

(二)  得べかりし利益の喪失による損害

原告は主婦として家事労働に従事していたもので、その労働力は現在の我国における経済情勢を考えると少くとも一日五〇〇円(年一八万円)に評価すべきである。

しかるに原告は前記後遺症のため事故後充分に家事労働ができなくなつてしまつた。原告の右後遺症は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第一二級の一二「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するのでその労働能力喪失率は少くとも一四%である。

本件事故当時原告は満四七才であつたから、第一〇回生命表によれば平均余命二八・二三年の範囲内で少くとも七二才まで(二五年間)は家事労働に従事することができるはずである。よつて原告の労働能力の低下による右二五年間の損害につきホフマン式計算方法(複式)によつて、本件事故発生時の一時払額を算定すると四〇〇、六八〇円となる。

(三)  治療関係費

(イ) 治療費 二二、五九四円

応急手当費および診療費は五三七、一三二円のところ、内金五一四、五三八円は社会保険により支払われているので、残額は二二、五九四円となる。

(ロ) 治療期間中の栄養費(牛乳代)一、二四一円

(ハ) 看護料 二一五、四一五円

(四)  休業による損害

原告は、株式会社土井商事の事務手伝をなして毎月一五、〇〇〇円の給料を得ていたが、本件事故発生の月から昭和四二年九月末日まで右の仕事ができなかつたので、その間の二一カ月分の給料合計三一五、〇〇〇円を得ることができなかつた。ただし社会保険により三八、一六〇円を補填されたので、その差額は二七六、八四〇円となる。

以上(三)(四)の合計は五一六、〇九〇円となるが、これを本件事故当時の損害に引き直すと(二年後の損失とみなし単式ホフマン式計算方法による)四六四、五七一円となる。

(五)  弁護士費用

原告は、昭和四二年一一月一日本件訴訟を弁護士山口親男に委任し、同日着手金として一〇万円を支払い、かつ勝訴の場合に謝金として取得した利益の一割にあたる二〇六、三七〇円を支払う旨約したので、原告は弁護士費用として三〇六、三七〇円の損害を蒙つた。

六、原告は本件事故による自賠責保険金三〇一、五四四円を受領している。

七、以上により原告は被告ら各自に対し、前記第五項の損害合算額二、六七一、六二一円から前項の保険金額を控除した残額二、三七〇、〇七七円および内金二、〇六三、七〇七円に対する本件事故の日たる昭和四一年一月五日から、内金一〇万円に対する昭和四二年一一月一日から、内金二〇六、三七〇円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

一、請求原因第一項の事実中原告主張の日時場所において、佐世保市から八代市に向け進行中の被告福田運転の本件自動車と原告の同乗していた普通乗用自動車とが衝突事故を起したことは認めるが、その余は否認する。

二、同第二項の事実中本件事故現場交差点の信号機が当時深夜のため作動していなかつたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

三、同第三項の事実は認める。

四、同第四項の事実中被告藤原が被告会社の代表取締役であつたことは認めるが、同被告は代表取締役として被告会社の事業の監督をしているものであつて被告会社に代つてなしているものではない。

五、同第五項の事実中原告の症状と治療経過は不知、その余の事実は否認する。

六、同第六項の事実は不知。

七、本件事故は全く原告が同乗していた自動車の過失に起因するもので被告福田には過失はなかつた。すなわち被告福田は本件自動車を運転して幅員の広い国道を大川橋方面より新茶屋方面へ向け制限速度以下の時速四〇粁位で進行し(本件事故現場交差点より約五〇米西方の橋の附近が当時くぼんでいたため速度を落していた)、右交差点に入つたところ、東町方面から大正橋方面に向け時速七〇粁以上の猛スピードで原告同乗の自動車が疾走してきたので、被告福田は急きよハンドルを左に切つて逃げようとしたが及ばず、自車の右側前車輪部と原告同乗車の左側前部附近が接触し、原告同乗車は猛スピードで歩道を乗り越えて佐藤家具店に突込み、一方本件自動車は被告福田がハンドルを左に切つたため信号機に正面衝突してこれを折り、さらに佐藤家具店に突込み停止した。原告同乗車は佐藤家具店に突込んだ際その衝撃により同店のコンクリート床に亀裂を生ぜしめており、これをみてもいかに同車がスピードを出していたかが推測できる。

ところで道路交通法三六条二項三項によると交通整理の行われていない交差点に入ろうとする場合、その通行している道路と交差する道路が優先道路であるとき、またはその通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときは徐行しなければならず、この場合優先道路または幅員が広い道路から当該交差点に入ろうとする車両があるときは、車両等は優先道路または幅員が広い道路にある当該車両等の進行を妨げてはならない、と規定されている。したがつて本件の場合明らかに原告同乗車に徐行義務があり、また被告福田運転の本件自動車の進行を妨げてはならない義務がある。

また同法三五条一項によると、車両等は、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合、すでに他の道路から当該交差点に入つている車両があるときは、当該車両の進行を妨げてはならないと規定され、同条三項前段によると、車両は、交通整理の行われていない交差点に入ろうとする場合、左方の道路から同時に当該交差点に入ろうとしている車両があるときは当該車両の進行を妨げてはならないと規定して左方の車両の優先を定めている。したがつて本件の場合左方の車両の運転者である被告福田は右方から来る原告同乗車が交通法規を守り、自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すればたりるのであつて、原告同乗車のようにあえて交通法規に違反し猛スピードで交差点に入つてくる車両のありうることまで予想して右方に対する安全を確認し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものというべきであり、原告同乗車こそ優先道路等にある車両の優先、先入および左方車両優先の原則にしたがい、本件自動車が通過するまで一旦停車すべき注意義務があるのにこれを怠つたのであつて、本件事故発生の責任はすべて原告同乗車に帰せられるべきである。

八、仮に本件事故につき被告福田に何らかの過失があつたとしても、原告が同乗していた車にこそ前述のとおり重大な過失があつたのである。

ところで原告が同乗していた車は、原告の夫が代表取締役である土井商事株式会社所有の車であり、事故当時原告の長男が運転していたのであるが、同人が前述のとおり徐行義務違反その他道路交通法違反の無謀運転をしていたのであるから、運転免許を有する原告としてはわが子の無茶な運転を制止し、交通法規を遵守するよう注意すべきであつたのにこれをなさず長男になすがままの無謀運転をさせたのであるから原告にも本件事故について責任あるものといわなければならない(とくに原告は板付空港午前四時発の航空機に乗るために大川市向町の自宅を午前二時三〇分に出発したというのであるから、原告自身同乗の車が相当の速度を出して深夜の道路を突走ることを予期していたものである)。また原告とその同乗した車の運転者とは前記身分関係にあるから、両者を被害者と加害者の関係として考えるべきではなく、一体としてその責任の帰属を考えるのが公平の理念に合致する。したがつて右事情を原告側の過失として損害額につき当然しん酌されるべきである。

九、次に原告は、弁護士費用をも損害額として主張しているが、原告側に被告福田より大きい過失がある本件においては、信義則上弁護士費用を相手方に転嫁することはできないと解すべきである。

第四、被告らの抗弁に対する原告の答弁

被告らの過失相殺の抗弁事実は否認する。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、原告主張の日時場所において、佐世保市から八代市に向け進行中の被告福田運転の本件自動車と原告の同乗していた普通乗用自動車とが衝突事故を起したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、右衝突の結果原告が脳挫傷、頭蓋骨々折、顔面切創、鼻骨々折の傷害を負つたことが認められる。

二、そこで本件事故が被告の過失によるものか否かについて判断するに、〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場は東西に走る幅員約九・一米の国道二〇八号線(佐賀・熊本線)と南北に走る幅員約七・七米の主要道路八女・大川線とが直角に交差している地点で、四つ角に人家が建ち並んでいるので見透しが悪く、事故発生時は深夜であつたため自動交通信号機が作動していなかつた(作動時間午前七時より午後一〇時まで)こと、この地域の八女・大川線道路は時速三〇粁の速度制限がなされていたこと、被告福田は本件自動車を運転して国道二〇八号線を時速約四五粁で東進し、原告が同乗していた普通乗用自動車は八女・大川線を時速約五〇粁で北進して両車同時に右交差点に進入し、福田は原告同乗の車を至近距離に認めて急きよハンドルを左に切つたが間にあわず、交差点中央附近で本件自動車の右側前部と原告同乗車の左側前部とが衝突し、原告同乗車は車首を左から押されたため右に移行して歩道を乗り越え交差点東北角の丸屋家具店(佐藤隆方)に突込んで停止し、他方本件自動車はやゝ左に移行しながら交差点東北角の信号機に正面衝突してこれを折り倒しさらに歩道を乗り越えて丸屋家具店に突込み、原告同乗車のうえに折り重なるような格好で横転停止したこと、被告福田、原告同乗車を運転していた訴外土井弥一郎とも右交差点に進入するに際し、左右道路から同交差点に進入してくる他の自動車はないものと軽信して徐行しなかつたことが認められ、右認定を動かすにたりる証拠はない。

してみると、本件自動車が進行していた道路が道路交通法三五条三項前段、三六条二項三項により原告同乗車が進行していた道路に優先して進行し得る道路であることは被告ら訴訟代理人所論のとおりであるが、本件事故現場の交差点は、当時交通整理が行われておらず、かつ左右の見透しがきかないところであるから、道路交通法四二条の定めるところにより被告福田としては右交差点に進入するに際し徐行しなければならなかつたことは明らかであり、したがつて原告同乗車の運転手により重大な過失があつたことはこれを否定できないが、被告福田にも人の生命身体の安全確保の見地から少くとも徐行をなし、左右道路の交通と安全を確認して進行すべき業務上の注意義務を怠つた点に過失があつたといわなければならない。

よつて被告福田は不法行為者として民法七〇九条により、本件事故によつて生じた後記認定の原告の損害を賠償すべき義務がある。

三、被告会社がチップの製造販売業者であつて、本件自動車を保有しチップの運搬等に使用していたもの、被告福田が被告会社に雇傭され自動車の運転に従事していたものであり、本件事故は被告福田が被告会社の業務の執行のため本件自動車を運転中に発生したものであることは当事者間に争いがないから、被告会社は本件自動車の運行供用者として自賠法三条により本件事故によつて生じた後記認定の原告の損害を賠償すべき義務がある。

四、つぎに被告藤原喬に対する請求について判断するに、同被告が被告会社の代表取締役であつたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、本件事故当時被告会社の従業員はわずか約一六名であり、被告藤原は毎日出社して従業員に対し自動車の運転等業務の執行につき常時注意をあたえていたことが認められるので、同被告はたんに被告会社の代表取締役であつたのみならず、実質的に被告福田の業務の執行を監督する関係にあつたと解すべきであるから、被告藤原も民法七一五条二項により、本件事故によつて生じた後記認定の原告の損害を賠償しなければならない。

五、よつて進んで本件事故による原告の損害について判断する。

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

(イ)  受傷の日から一年間の得べかりし利益

〔証拠略〕を綜合すると、原告は大正七年八月二二日生(事故当時満四七才)の女性で、家事のかたわら夫(土井弥進)が代表取締役をしている株式会社土井商事の事務を手伝つていたこと、本件事故により受傷した昭和四一年一月五日から同月二〇日まで大川市の田中整形外科医院に、同日から同年二月一七日まで久留米大学医学部附属病院(古賀外科)に、同日から同年八月五日まで久留米市の聖マリア病院に入院して治療を受け、同月八日から昭和四二年四月八日まで同病院に通院して治療を受けたが、同日現在における同病院医師の診断によれば、軽度の痴呆状態および自発性減退がみられ、疲労感、視力障害、記憶力減退等の訴えがあること、その後昭和四二年七月一〇日現在における九州大学神経内科医師の診断によれば、意識清明、見当識正常、記銘記憶力正常、計算正常、自発性の低下も認められないが、長時間ないし複雑な思考に関しては注意の集中困難のようであり、自覚的な注意力の集中困難に関しては一次的な健忘、自発生痴呆などは認められず情緒障害による二次的な注意集中困難が考えられ、また脳の器質的障害の所見としては軽い深部反射の亢進を認めるのみで、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表(自動車損害賠償保障法施行令別表も同じ)の第一二級の一〇(局部に頑固な神経症状を残すもの、昭和四二年八月一日の改正前は第一〇級の一二)にあたる後遺症であることが認められ、してみると原告は受傷後少くとも一年間は全く労働不能の状態にあつたと推認することができる。

ところで原告のように主として家事労働に従事する主婦の得べかりし利益の算定については、その労働力を一般女子の平均労働賃金相当額の収益を得べきものとして評価するのが相当であり、労働大臣官房労働統計調査部作成の昭和三九年賃金構造査本統計調査報告一巻によれば、全国女子労働者の平均月間現金給与額は一五、二〇〇円であるから、これを基準とすると原告は受傷後の一年間に一八二、四〇〇円の得べかりし利益を失つたものと認めるのが相当である。

よつて、右収益を受傷の一年後に取得するものとして、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利益を控除して本件事故発生(受傷)日現在における一時払額を求めると一七三、七一四円(円未満切捨)となる。

なお原告は、本件事故当時訴外株式会社土井商事より一五、〇〇〇円の月給を得ていたとして、その休業補償を求めているが、原告の右給与額については、全証拠中たんに証人土井弥進の「一五、〇〇〇円と記憶しています」旨の証言があるのみではいまだこれを認めるにたりず、のみならずかりにこれを認めることができたとしても、右給与額は前記認定の原告の得べかりし利益月間一五、二〇〇円のうちに含められるべきものであつて、合算されるべきものではない、と解する。

(ロ)  昭和四二年一月五日以後の得べかりし利益の喪失による損害

本件事故は原告に前記認定のような後遺症状をもたらしているが、このような身体状態のもとでは、昭和四二年一月五日より将来にわたる原告の労働能力は平均して事故前よりも一割減少したものとみるのが相当であり、厚生省発表の第一一回生命表によれば満四七才の女子の平均余命は二八・六三年であるから、原告の場合、その労働内容からして、昭和四二年一月五日からなお一七年間(満六五才まで)は就労可能であつたものと推認され、前述のとおり原告の得べかりし年間収益を一八二、四〇〇円とみると可働能力の一割減少による一七年間の収益減は三一〇、〇八〇円となり、これからホフマン式計算方法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故発生日現在における一時払額を求めると二一二、五一一円(円未満切捨)となる。

(二)  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告は受傷の日昏睡状態で田中整形外科医院に入院し、絶対安静のうちに酸素吸入、鼻腔栄養注入等によつて生命を維持しながら治療を受けたが、聖マリア病院に転医した昭和四一年二月一七日当時も痴呆状態がみられ、了解が悪く、見当識に障害著明で作話があり、一般に多弁で気分不安定であり、ときに妄想様曲解、不機嫌状態がみられ、これら症状が精神薬物療法により徐々に軽減して昭和四一年八月五日に軽快退院したことが認められ、その他前記認定の原告の入通院期間後遺症の程度、年令、家庭内における地位役割等諸般の事情を考慮すると慰藉料としては一〇〇万円が相当と考える。

(三)  治療関係費

(イ)  治療費

〔証拠略〕によると、原告は本件受傷の応急手当費、診療費五三七、一三二円のうち二二、五九四円を支払い(残額は社会保険で支払ずみ)、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(ロ)  栄養費

〔証拠略〕によると原告は前記聖マリア病院入院中栄養補給のため代金合計一、二四一円の牛乳を購入摂取し、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(ハ)  附添看護料

〔証拠略〕によれば、原告は前記治療中の附添看護人織田浪子に対し昭和四一年一月五日から同年八月七日までの附添看護料として合計一七七、四一五円(一日八二五円)を支払い、田中整形外科医院入院中の附添看護人新谷スキヱに対し一二、三七五円(一日八二五円の割合で一五日分。なお〔証拠略〕によれば同人は合計三八、〇〇〇円を看護料として受領しているが、これは原告と同乗していた他の受傷者の附添看護料も含まれている)を支払い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

そして〔証拠略〕によれば以上(イ)(ロ)(ハ)の金員はいずれも受傷後二年以内に支払われたものであることが明らかであるから、原告主張のとおりこれらを受傷より二年後の損害とみなし、これから年五分の割合による中間利息を控除して本件事故発生日現在における一時払額を求めると一九四、二〇四円(円未満切捨)となる。

(四)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告は昭和四二年一一月一日その訴訟代理人たる山口親男弁護士に着手金として一〇万円を支払い、かつ勝訴の場合は謝金として勝訴額の一割を支払う旨約したことが認められ、これらも(右程度の金額ならば)本件事故による損害と解すべきである。

六、そこで被告らの過失相殺の主張について考えるに、〔証拠略〕によると、本件事故の際原告が同乗していた普通乗用自動車は、原告の夫土井弥進が代表取締役をしている株式会社土井商事の所有であり、原告の長男土井弥一郎が、正月休みを終えて勤務地の東京へ戻るべく同日午前四時板付空港発の日航機に乗りこむため大川市の自宅から板付空港へ向けて運転していたものであること、原告は弥一郎を空港に見送り、帰途は自分で同車を運転して帰宅するため同乗していたものであることが認められ右認定の事実関係によれば、原告同乗車の運転者土井弥一郎の過失は被害者側の過失として損害賠償額の算定につきしん酌すべきものと解する。

そして前記第二項認定の本件事故の態様から判断すると、土井弥一郎は当時交通整理が行われておらず、左右の見透しのわるい交差点に入るにあたり、徐行をなして左右道路の交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務を怠つた過失がありしかも同人は速度制限に大幅に違反していたこと、同人の進路よりも被告福田運転の本件自動車の進路の方が優先道路であることを考えあわせると、原告側(土井弥一郎)の過失と被告福田の過失の割合はほぼ六対四と認められるから、前項の損害(合計一、六八〇、三三八円、弁護士謝金を除く)から発生すべき賠償請求権はその四〇パーセントにあたる六七二、一三五円(円未満切捨)と認めるのが相当である。

七、原告が本件事故によつて自賠責保険金三〇一、五四四円、社会保険金の休業補償分として三八、一六〇円を各取得したことは原告の自認するところであるから原告の右賠償請求権からこれらを差引くと残額は三三二、四三一円となる。

八、してみると被告らは各自右三三二、四三一円と原告がその訴訟代理人に支払うべき謝金三三、二四三円(円未満切捨)の合算額三六五、六七四円ならびに内金二三二、四三一円に対する本件事故発生の昭和四一年一月五日から、内金一〇万円に対する昭和四二年一一月一日から、内金三三、二四三円に対する本判決言渡の翌日たる昭和四四年七月二九日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて原告の被告らに対する本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、九三条一項但書を仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梶田英雄)

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