福岡地方裁判所飯塚支部 昭和33年(ワ)160号 判決 1962年2月23日
原告 糸洲朝男 外二名
被告 日鉄鉱業株式会社
主文
被告会社が原告糸洲朝男に対してなした昭和三十三年十月二十日付解雇処分並びに原告矢野千秋に対してなした同日付出勤停止の処分はいずれも無効であることを確認する。
原告馬場勝の請求を棄却する。
訴訟費用中、原告糸洲朝男、同矢野千秋と被告会社との間に生じた部分は被告会社の負担とし、原告馬場勝と被告会社との間に生じた部分は原告馬場勝の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は「(一)被告が原告糸洲朝男に対して昭和三十三年十月二十日なした解雇は無効であることを確認する。(二)被告が原告馬場勝、同矢野千秋に対してなした同月二十二日より同月二十九日まで出勤を停止する旨の処分は無効であることを確認する。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として
「一、被告は本社を東京都におき、石炭、鉄鉱石、銅、石灰石等の鉱物の採掘並びに販売を業とする株式会社であり、二瀬鉱業所は被告経営の事業所の一であつて本部を福岡県嘉穂郡穂波町大字枝国六百六十六番地の十七におき、中央鉱、潤野鉱、高雄鉱第一坑、同第二坑の四坑をもつて構成され石炭を採掘しているものであるが、原告等はいずれも右高雄鉱第二坑(以下高雄二坑という。)に所属する被告会社の鉱員であり、日鉄二瀬労働組合の組合員であるところ、被告は昭和三十三年十月二十日原告等に対して日鉄二瀬鉱業所鉱員就業規則(以下単に就業規則という。)第百条第四号、第十号及び第十三号に該当する重大な就業規則違反があるという理由で原告糸洲朝男を懲戒解雇に、原告馬場勝、同矢野千秋をいずれも同月二十二日より同月二十九日まで出勤停止に各処する旨の通告をなした。
二、右懲戒処分の具体的事由は、昭和二十一年九月に前記日鉄二瀬労働組合が結成されて以来被告会社は就業時間中における組合活動の禁止はもとよりのこととし職場における組合の情報宣伝活動(以下職場情宣という。)は事前に被告会社に届出で且つ就業時間に喰いこまない限度で実施させていたところ、昭和三十三年五月十六日午前六時四十分頃より、高雄二坑直接夫繰込場において当時日鉄二瀬労働組合高雄二坑支部長であつた訴外高野明男が被告会社に無届のまま一番方直接夫約二百七十名に対し斗争資金等のことで職場情宣を開始し、次いで被告会社がその前日訴外高野に手交していたところの通告書(職場情宣は事前に届出て行うことを要望し、これを遵守しないときは相当の処分をする旨の文書)の件をとりあげ、激しくこれを非難し、その撤回を求めるべきだと煽動したため、繰込場内は甚だしい混乱に陥り、就業開始時間である午前七時を経過するも事態の収拾ができず、結局同日午前八時二十分頃に至つて漸く繰込が開始されるという事件(以下単に五月十六日事件と略称する。)が発生したが、その際原告糸洲、同馬場は訴外高野明男に同調して卒先これが指揮並びに煽動にあたり、被告会社の高雄二坑労務係長であつた訴外若柳克己に対し威迫的な言辞を弄していわゆるつるしあげる等の行為に及び、また原告矢野千秋は同日午前六時三十分頃から同五十分頃までの間高雄二坑検身場において、繰込みをうけて入坑しようとしていた一番方直接夫等の入坑を阻止し、職場情宣の行われていた繰込場に戻るよう強要する等の行為をし、結局原告等は故意に一時間二十分にわたる就業遅延を惹起して職場の秩序を紊すとともに、被告会社の正常な業務の運営を阻害したというのである。
三、しかしながら、被告会社の原告等に対する右懲戒解雇並びに出勤停止の各処分は次のような理由によりいずれも無効である。
(一) 就業規則の解釈適用の誤り。
昭和三十三年五月十六日午前六時三十分頃訴外高野明男が高雄二坑支部委員十八名等とともに同坑直接夫繰込場に赴き、一番方直接夫約二百七十名に対し同六時四十分頃から被告会社に事前に届出をしないで職場情宣をはじめ、賃金斗争、パンツア交渉等の件につき報告を行なつた後、被告会社より高野支部長にあてて発せられた前記通告書を直接夫等に示した後その内容を説明し、ついで高雄二坑事務所から若柳労務係長の出席を求め、繰込場において右通告書の内容につき釈明を求め且つこれに抗議したため、多少の混乱を生じ、そのため約一時間五分の入坑遅延を来した事実はある。
しかしながら、日鉄二瀬鉱業所においては従来より就業時間中の組合活動は比較的自由に認められており、ことに被告会社の作業に支障のないかぎり組合活動は就業時間中でも無届で広く行われ、被告会社もこれを容認していたところであつて、労働慣行であるといえる。従つて五月十六日事件は従来の慣行に従つて職場情宣を行い、しかも被告会社の不当な通告書に対する抗議として行われたものであつてそれ自体正当なものであるのみならず、原告糸洲、同馬場が卒先して直接夫等を指導する役割を果し、過激な発言をして彼等を煽動し、そのため収拾のつかない混乱を招いたような事実は存在しない。原告糸洲、同馬場は他の鉱員に追随して行動したにすぎないのであつて、若柳労務係長をとり囲んでこれをつるしあげたり、繰込場に無理矢理に連行したことはなく、同係長を脅迫したというようなことは事実無根である。
また原告矢野千秋は通常繰込場に出入しない日給者であること、同日午前七時過ぎ頃高雄二坑検身、灯具室附近にいて昇坑してきた三番方鉱員数名に対し繰込場で職場情宣の行われていることを知らせ、また被告会社の通告書につき話合つたことはあるが、その他の鉱員の入坑を阻止したり、繰込場で情宣活動に参加するように強制した事実は全く存在しない。同原告は職場情宣の行われていた繰込場から離れた個所で単独に行動していたのであつて、五月十六日事件とは全く無関係である。
これを要するに被告が原告等の懲戒該当事由としてあげている事実は存在しないのであつて、前記五月十六日における原告等の行動はいかなる点においても就業規則第百条第四号、第十号及び第十三号に該当するものではなく、従つて原告等に対する本件各懲戒処分は就業規則の解釈適用を誤つたものであつて無効である。
(二) 情状判定の誤り及び懲戒権の濫用
一般に就業規則において懲戒処分を定める場合においては処分該当事由の軽重に応じて懲戒処分に幾種類かの段階をつけ、さらにまた同じ懲戒処分該当事由があつても情状によつて懲戒処分を軽減する旨が規定されていることが多い。このように懲戒処分該当事由の如何によつて懲戒処分に軽重の差別を設け且つ情状酌量の余地を残しているような場合には使用者は就業規則を適用して懲戒するに際し、懲戒事由の存否の認定、懲戒処分に処すべき情状の判定等につき客観的にみて妥当な判断をなすべき義務を負担するものであつて使用者の恣意的な判断は厳に排除さるべく、もしその判断が著しく客観的妥当性を欠き軽微な事犯を捉えて為された場合には懲戒権の濫用としてその処分は無効であるといわなければならない。これを本件の場合についてみるのに本件就業規則第百条但書は同条各号に該当する行為があつたときでも『情状によつては出勤停止又は減給に止めることがある』と規定しているのであつて、その趣旨は同条各号違反行為のうち懲戒解雇に処せられてもやむを得ないほど情状の重いものについてのみ解雇に処すべくそうでないものについては違反の程度に応じて軽い出勤停止又は減給に止めるという意味に解すべきである。而してかりに原告等の前記五月十六日の行動が本件就業規則第百条の各号のいずれかに該当する違反行為であつたとしても、それはいずれも極めて軽微な違反事実にすぎないものというべきであつて、同条但書の適用を受くべきもの、換言すれば原告糸洲については出勤停止もしくは減給、原告馬場、同矢野については減給の処分に付されるべきものであつた。
ことに原告糸洲は労働者にとつて死刑の宣言にも等しい懲戒解雇という重大な処分を受けているが、五月十六日事件における同原告の行動がこれを懲戒解雇に付することを社会通念上是認させるほど重大且つ悪質のものであつたとは絶対に考えられない。同原告は一般の組合員と同様の行動をとつたにすぎないものであつて主導的役割を果している事実のないこと、五月十六日事件の生じたことについては被告会社にも多くの責むべき事由のあること、同原告は過去において懲戒処分をうけたり、非違をとがめられたりした事実はなく、むしろ優秀な鉱員であつたこと、組合内において同原告よりも重要な役職についていた他の役員がなんらの処分を受けていないこと等を考慮すれば原告糸洲を懲戒解雇に処したことは甚しく不当である。
以上の次第であつて被告会社の本件各懲戒処分はいずれも情状の認定を誤り、懲戒権を濫用したものとして無効である。
(三) 不当労働行為
原告等はいずれもかねてから活溌な組合活動家であつたため被告会社から嫌忌されており、そのため被告は正当な組合活動である五月十六日の原告等の行動をとらえて事実無根の就業規則違反行為に名を藉り、その実組合活動を理由に本件懲戒処分の処置にでたものであつて、労働組合法第七条第一号に違反する無効のものである。
(四) 労働基準法第二十条違反(原告糸洲の主張)
労働基準法第二十条によると、使用者が労働者を解雇しようとする場合には少くとも三十日前にその予告をするか、もしくは即時に解雇する場合には三十日分以上の平均賃金を支払わなければならないことを原則とし、『労働者の責に帰すべき事由』がある場合をのぞき、解雇原因が懲戒解雇であるとその他の理由による解雇であるとを問わず、右原則に従つて解雇の予告をすること、もしくは予告手当を支払うことが必要である。しかもここに労働者の責に帰すべき事由(同条第一項但書後段)とは労働者の故意、過失又はこれらと同視すべき事由であるが、かかる事由があるかどうかを判定するためには労働者の地位、職責、勤務年限、勤務状況等を綜合的に考慮判断することを怠つてはならず、労働者の行為が同法第二十条の保護を与える必要性のないほど悪質重大なものであり、従つてまた使用者をしてかかる労働者に三十日間の解雇の予告をさせることが当該事由と比較して均衡を失するようなものに限つて認定すべきものである。而して原告糸洲に対する解雇該当事由は、解雇の予告又は予告手当の支払を必要としないほど悪質且つ重大な場合にはあたらない。このように使用者が予告期間をおかず、または予告手当の支払をしないで労働者に解雇の通知をしても、解雇の効力を生ずるに由なく、かかる場合には三十日分の平均賃金を予告手当として支払われるまでは解雇の効力は生じないものというべきである。
以上いずれの点からみても原告等に対する本件各懲戒処分は無効であるからその無効の確認を求めるため本訴に及ぶ」と述べ、
なお被告の主張に対し
「日鉄二瀬にかぎらず、大部分の炭鉱においては、その企業形態の特質よりして直接夫繰込場や詰所等の職場において組合の情宣活動を行い、しかも多少就業時間に喰い込んでなされるのが常態である。職場情宣は炭鉱における組合活動の主たる部分をしめるものであり、労働者の当然の権利の行使であつて日鉄二瀬鉱業所においては従前より被告会社に事前に届出でて承認をうけた後に職場情宣をするようなことは慣行として行われておらず、また就業規則上の始業時間(例えば一番方については午前七時)はあるが、人車の収容能力の関係で全部の鉱員を一度に入坑せしめることは不可能であつたから、数回にわけて入坑させており、一般の官庁のように厳格に始業時間が守られていたわけではなく、相当の幅があり、余裕があつた。従つて例えば一番方については午前七時の始業時間を経過して情宣活動を行つても実質的に作業に支障を生ずるものではなく、被告会社も特に厳重な遵守を要求していたわけではなく、むしろ慣行として就業時間内における情宣を黙認していたものである。五月十六日事件は若柳労務係長が右のような高雄二坑における慣行を無視し、正当な組合活動を機械的に厳格に制限しようとしたために生じたものであつて、原告等に責任はない。
五月十六日事件のため同日の入坑が約一時間余遅れたことは事実であるが、そのため出炭量が減少し被告会社が損害を蒙つたとの事実は存在しない。同日は被告会社の要請と労組側の了解のもとに昇坑時間を約一時間おくらせたのであるから実際の稼働時間は平常となんら異ることなく、出炭量が減少するはずはない。
また被告は原告糸洲を懲戒処分として解雇するについては、同原告の昭和三十三年三月二十五日、同年八月十日及び同年九月十五日における行動をとくに考慮に入れた旨を強調し、これらの事実があたかも独立の解雇該当事由であるかのように主張するのであるが就業規則には鉱員の賞罰は賞罰委員会に諮つて所長が行う旨定められており、従つて賞罰委員会において審議の対象となつた事由によつて解雇すべきか否かが判定さるべく、審議の対象とならなかつた事由をもつて解雇の根拠とすることは許されない。而して本件解雇の通告書には明らかに五月十六日事件のみが解雇の原因となつたことが記載されており、それ以外の事由は審議の対象とならなかつたのである。
そこで五月十六日事件以外の前記各時期における原告糸洲の行動をもつて解雇理由の一半とすることは、賞罰委員会における審議を経なかつた事由をもつて解雇したものとして、本件懲戒解雇処分を無効ならしめるものである」と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として
「第一、原告等主張の事実中被告会社が原告等主張のような事業を経営する株式会社であつて二瀬鉱業所はその事業所の一つであること、本件六月十六日事件当時原告等はいずれも右鉱業所高雄二坑の鉱員であり、且つ日鉄二瀬労働組合高雄二坑支部所属の組合員であつたこと、被告会社は昭和三十三年十月二十一日付通告書をもつて、原告糸洲朝男に対し同月二十二日限り懲戒解雇に、被告馬場勝、同矢野千秋に対し同月二十二日以降七日間の出勤停止処分に各付する旨を通告したこと、右の各懲戒処分はいずれも所謂五月十六日事件の際における原告等の行動が就業規則第百条第四号、第十号、第十三号に該当するという理由でなされたことは認めるが、その余の事実は争う。
第二、本件懲戒処分は左の事由によつて有効である。
一、原告等には懲戒処分該当事由がある。
(一) 被告会社は昭和二十一年九月に前記日鉄二瀬鉱業所労働組合が結成されて以来就業時間中における組合活動を厳重に禁止し、組合活動(職場情宣を含む。)は作業に支障のないよう就業時間外に行い、その際事前に被告会社に届出て承認を得るものとするという基本原則が確立されており、労使双方の諒解のもとに遵守されていたが、この原則は昭和二十五年、昭和三十年にそれぞれ被告会社と日鉄鉱業九州地方労働組合連合会(前記組合の上部に位する企業内連合組織である。以下日九連と略称する。)との間に締結された労働協約においても明文化され、二瀬労組はこれに従つて情宣活動を行つてきたのであり、二瀬労組が日九連を脱退した昭和三十二年五月以降においても右原則は遵守されていたものであるところ、同年六月に訴外高野明男が高雄二坑支部長に就任して以来、にわかに無届で就業時間内に持ち越される職場情宣が再三行われるに至つたため、当時高雄二坑労務係長であつた訴外若柳克已はその都度注意を与えていた。しかるに右高野明男は無届且つ就業時間内に喰い込む職場情宣は高雄二坑の慣行であると強弁してゆづらず、自らあるいは他の組合役員等をして職場(直接夫繰込場あるいは詰所)において就業時間に喰いこむ無届の情宣活動を続け、昭和三十三年五月十四日も若柳係長の制止と注意を無視し午前午後の二回にわたり無届で就業時間に喰い込む職場情宣を実施した。そのため被告会社としてはやむなく文書により警告せざるを得ないこととなり、翌五月十五日午後四時頃若柳係長は高雄鉱鉱長であつた訴外岩隈采女名義の『就業時間中の組合活動について』と題する通告書を発して高野支部長に交付した。そして爾今無届且つ就業時間に喰いこむ職場情宣のなされたときは責任者を処分し、賃金の控除を行う旨を通告した。
被告会社のとつた右の措置は当然且つ止むを得ないものであり、なんら組合活動を弾圧するが如きものではなく、前記通告書の内容もまた疑義をさしはさむ余地のない明白なものであつた。而して被告会社係員の再三に及ぶ警告を無視した高野支部長等組合役員の行動はいかなる意味においても正当な組合活動というを得ないものであり、被告会社の職場秩序を破壊するものであることは明白であつたにも拘らず、高野支部長は偶々前記五月十五日開かれていた二瀬労組高雄二坑支部委員会において右通告書を議題としてとりあげ、その内容が穏当を欠き且つ不明確であり、組合活動を抑圧するものであるとして、翌五月十六日朝一番方繰込時に直接夫繰込場において若柳労務係長に対し説明を求め、抗議した上これを撤回させる決定をした。原告糸洲、同馬場、同矢野はいずれも組合本部委員として右委員会に出席しており、ことに原告糸洲は『会社のいうことは素直にきけない、これは組合活動の弾圧を目的とするものだ、係長を繰込場にひき出して謝罪させようではないか、その結果がどうなろうと組合の力ではねかえすべきだ』等と発言し、同委員会をして繰込場における抗議集会を開催することを決定させるにつき指導的役割を果した。
(二) 本件懲戒処分の対象となつた原告等の行動
1 原告糸洲朝男は、昭和三十三年五月十六日午前六時五十分頃から訴外高野が直接夫繰込場において一番方入坑予定の直接夫約二百七十名に対し前記通告書を示してその内容を歪曲して説明し、撤回を求める旨の発言をした後、直ちにこれに呼応して『文書の撤回をさせるべきだ』『労務係長を呼びに行こう、皆来い』等と発言し、巧みに右直接夫等を煽動して原告馬場と共に、これらの中約六十名の先頭に立つて高雄二坑事務所に赴き、同所にいた若柳係長を取囲み、繰込場への入場と通告書の説明を強要した。同係長はこれに対し『すでに就業時間に入つているので一般の者は直ちに入坑しなさい、疑義があれば組合幹部と十分に話合う』旨を繰返し述べて即時入坑を命じたが、原告糸洲は『係長何をいうか、組合幹部に話すといつても、我々全部に関係のあることだ、説明する義務がある、早く来なさい』等と申向けて入坑を拒否し、執拗に繰込場へ入ることを強要したのみならず、同事務所につめかけていた直接夫等を煽動し、同係長を吊しあげ、入坑を拒絶させた。
若柳係長は午前七時二十分頃やむなく原告等に取囲まれて繰込場に入場したが、繰込場においても再び『就業時間がきているから、一般の者は直ちに入坑しなさい、通告書については組合幹部と話合うから』と発言、一般鉱員の即時入坑を強く指示したにも拘らず、原告糸洲は『皆、坐れ坐れ』等と叫んで卒先して直接夫等に坐り込みを行わせ、原告馬場等と共に交々『それでは説明にならん、撤回することを皆望んでいるのだ、文書を出したことは悪かつたと謝れ』等と発言して直接夫等を煽動し混乱と喧騒を惹起し、その後午前八時頃に至り高雄鉱長であつた訴外岩隈采女が繰込場に来場し、これより先、急をきいて馳けつけていた組合本部事務局長の訴外中本一郎や訴外高野等と事態収拾につき話し合い、その結果を訴外中本より発表して混乱の収拾にあたつていた際も『会社のいうことをそのままきくと承知せんぞ、負けたら支部長を吊し上げるぞ』等とことさらに混乱を助長するような発言をしたものである。
2 原告馬場勝は前同様五月十六日事件に際しては終始原告糸洲の煽動的言辞に同調し、当日の一番方直接夫の入坑拒否、作業開始時刻の遅延につき積極的役割を果した。すなわち、同日午前七時前頃原告糸洲と共に卒先して労務係長を繰込場に連れ出すために、同坑事務所にいた若柳係長の許に約六十名の直接夫等の先頭に立つて赴き、原告糸洲と共に『支部長の説明では皆が入坑しないといつている、繰込場に入つて文書の説明をし皆に謝まれ』等と強く発言し、若柳係長の入坑指示を拒否し、『労務係長は、文書を説明する義務がある、皆が入坑するかしないかはお前が早く来て説明することに係つているのだ、早く来て文書は撤回するといえ』等と迫り、直接夫等を煽動し、混乱をまねき、若柳係長に威迫的態度を示して吊し上げた。そのため同係長はやむなく繰込場に入場せざるを得なくなり、同係長が繰込場に入場した後も、原告糸洲と共に積極的に発言し、入坑指示を拒否し『組合幹部は俺達が出したのだ我々に説明できぬはずはない、今すぐここで話せ』と迫り、あるいは『会社は我々の首をしめ、手をしめようとしているのだ』等と煽動し、真実を歪曲して発言、混乱を拡大したものである。
3 原告矢野千秋は機械夫であるから通常繰込場に出入りする必要のないものであるところ、前同様五月十六日午前六時十五分頃より訴外吉田光春と共に繰込場の検身個所に待機し、同六時五十分頃までの間に一番電車(午前六時五十分発)で入坑しようとした鉱員等十九名に対し『今日のことは知つとろうが、あんた困るばい』等と申向けて入坑を阻止し、振切つて入坑しようとした者にはつきまとつて結局繰込場へ戻らせたのである。
(三) 原告等に対する懲戒処分の実施
原告等の前記のような各行為によつて結局一時間二十分に及ぶ就業遅延を来たし、職場の秩序がみだされると共に会社の正常な業務の運営が阻害され、当時の高雄二坑における一日平均出炭六百五十屯に対し九十六屯の減産を招来し、被告会社は損害を受けるに至つた。原告等の五月十六日における行動は明らかに就業規則第百条第四号、第十号及び第十三号に違反するものであつて被告会社は正式の賞罰委員会の手続を経て二瀬鉱業所所長の決裁を受け、昭和三十三年十月二十一日原告等三名の外に訴外高野明男、同吉田光春を含む合計五名の者に対し懲戒処分決定の通知をしたのである。
二、原告等に対する本件懲戒処分は懲戒権を濫用したものではない。
原告等は被告会社が本件懲戒処分をなすに当り、原告等の情状につき恣意的便宜的な判断をしてその認定を誤り、一般人を首肯させるだけの客観的評価がなされておらず、これは懲戒権の濫用であるとするが、かかる主張は事実無根である。原告等の行動は甚だしい経営秩序の侵害であり、かかる行為をそのまま容認するならば被告会社の職場規律の確立、出炭量の維持向上は到底期し難く経営権の不当な侵害ともなるのであつて、責任者の処分は厳正に実施せざるを得ないのである。ことに原告糸洲は五月十六日事件以前においても昭和三十三年三月二十五日に坑内作業場において約一時間にわたり、就業時間中無届集会を行つて規則に違反する等の行為があり、本件五月十六日事件後においてもいささかの改悛の情はみられず、同年八月十日夜、同年九月十五日の二回にわたり、組合の実力を背景に再び若柳労務係長等を吊し上げ、あるいは暴行によつて威力を示して抗議する等の所為に及んだのであり、これが懲戒解雇は当然である。原告馬場、同矢野については五月十六日事件前後においてなんらとりあげるべき違反行動もなく、また右事件においても主導的立場にあつたとは認められず、改悛の情もみられるので七日間の出勤停止処分を言渡したものである。被告会社の裁量は公正であつて、なんら懲戒権の濫用にわたる点はない。
三、本件懲戒処分は不当労働行為ではない。
本件懲戒処分は原告等の組合活動を理由としてなされたものではない。原告等は被告会社が原告等の活溌な組合活動を忌み嫌い、原告等の正当な組合活動を理由に、原告等を職場から排除し、あるいは差別待遇をするため本件懲戒処分に出たものであると主張するが全く事実無根である。被告会社が本件懲戒処分を実施するに至つた経緯は前記のとおりであり、被告会社は純粋に就業規則違反の故をもつて原告等を懲戒したものであり、組合運動を弾圧するが如き意図はいささかも有しないのであり、不当労働行為の介在する余地は全くない。
四、原告糸洲の懲戒解雇につき労働基準法第二十条違反はない。
原告糸洲の解雇に際し、右法条に定める解雇予告、もしくは解雇予告手当が支給されていないこと、また被告会社は昭和三十三年十月二十一日付をもつて飯塚労働基準監督署に原告糸洲の解雇予告除外認定申請をしているがその結果が現在不明であるという事実は存在するが、原告糸洲に対する解雇は右法条第一項但書の『労働者の責に帰すべき事由』によつてなされたものである。従つて同原告に対しては解雇予告もしくは予告手当を支払う必要は少しも存在しない。」と述べた。(証拠省略)
理由
一、被告会社が原告主張の如き事業を目的とする株式会社であつて、原告等が昭和三十三年五月十六日当時いずれも被告会社の従業員(鉱員)であり被告会社二瀬鉱業所高雄二坑に所属し、且つ右鉱業所従業員をもつて組織する日鉄二瀬労働組合高雄二坑支部所属組合員であつたこと、被告会社が同年十月二十一日付通知書をもつて、原告糸洲朝男に対し同月二十二日限り懲戒解雇に、原告馬場勝、同矢野千秋に対し同月二十二日以降七日間の出勤停止処分に各付する旨を通知したこと、而して右の懲戒処分はいずれも同年五月十六日朝の一番方繰込時に高雄二坑直接夫繰込場(以下単に繰込場という。)において行われた無届の職場情宣及びこれに伴う入坑遅延事件(以下単に五月十六日事件という。)を対象とし、その際における原告等の行動が鉱員就業規則第百条第四号、第十号及び第十三号に該当するという理由でなされたことはいずれも当事者間に争のないところである。
二、五月十六日事件の発生するに至る経緯
被告会社は五月十六日事件に際し原告等に就業規則違反の所為があつたと主張するのに対し原告等はこれを争うので、先づ原告等が懲戒処分に付される原因となつた右事件がいかなる理由と経過を辿つて発生するに至つたかにつき判断する。
(一) 成立に争のない乙第二号証の一乃至三、同第三号証の一及び二、証人諸富晴之助の証言によつて真正に成立したと認められる乙第八号証の一及び二、同第九乃至第十一号証、証人石井新の証言によつて真正に成立したと認められる乙第六号証、証人丸山寅次郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第七号証、証人石井新、丸山寅次郎、諸富晴之助、福本秀雄、小島隆、井上謹次郎、若柳克己の各証言を綜合すると被告会社二瀬鉱業所においては昭和二十一年九月に鉱員の労働組合が結成されて以来、原則として就業時間における組合活動を禁止し、職場内における組合の情宣活動については事前に被告会社に対する届出を要求し、且つ就業時間外に行うものとし、このことは昭和二十五年十一月十五日及び昭和三十年十二月二十七日に被告会社と日九連との間に締結された労働協約(成立に争のない乙第二号証の一、同第三号証の一、前者については第五条、後者については第七条)において規定されていた。そして右の基本原則について必ずしも機械的に厳格に実施されたわけではなく、場合によつては臨機の処置がとられたこともあるが、概ね労資双方の了解のもとに遵守され、労組委員が各職場において情宣活動を行うときは、前日又は直前に労務係長(又は各職場担当の係員)に届出て承認をうけ、作業に支障のないように就業時間外に行つてきたこと、被告会社は事前に労務係長への届出をせずその承認なくしてしかも就業時間中にわたつて情宣活動の行われたような場合にはその都度労務係長あるいは各担当係員をして厳重に注意をさせ、眼にあまる場合には鉱長名義の通告書をもつて組合幹部(各坑支部長)に対し責任者の処分をも辞さない旨を通告したこともあつたことが認められ、証人市川岩繁、中本一郎、小畑留吉、小林誠、坂本学の各証言その他本件各証拠中右認定に反する部分は措信し難いし、他に右認定を左右するに足る証拠も存在しない。原告糸洲は組合役員が職場情宣を行う場合においては事前届出をしていたことはなく、炭鉱という特殊企業においては多少就業時間に喰い込んで職場情宣を行うことは性質上避け難いところであり、慣行として永年にわたつて黙認されてきたものである旨主張するが、原告等提出の各証拠その他本件全証拠によるも右主張を確認するに足る資料は存在しない。
(二) 次に五月十六日事件が被告会社が日鉄二瀬労働組合高雄二坑支部長であつた訴外高野明男に対して発した通告書(成立に争のない乙第四号証)に対する釈明をめぐつて発生したことは当事者間に争のないところ、前掲乙第六、第七号証、証人宮本金次郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十三号証の三乃至五及び乙第二十二号証、証人平井和市の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十六号証、証人谷村英俊の証言により真正に成立したものと認められる乙第十九号証、証人福本秀雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二十一号証と証人若柳克己、丸山寅次郎、平井和市、谷村英俊、岩隈采女、諸富晴之助、山本衛、近藤雅敏、田中芳男、東静男、上田照市の各証言並びに原告糸洲朝男本人尋問の結果とを綜合すると訴外高野明男が昭和三十二年六月に高雄二坑支部長に就任して以来、同坑においては組合委員による無届の情宣活動が行われ、しかも就業時間内に喰い込む事例が再三あり、若柳労務係長はその都度右高野支部長に対し口頭で厳重に注意していたが、同支部長は無届情宣も高雄二坑における労働慣行である旨を主張して譲らず、昭和三十三年五月十四日も若柳労務係長の制止を無視して午前六時四十分頃より就業時間を過ぎた午前七時二十分頃まで無届で繰込場において職場情宣を行い、さらに同係長の警告を無視して同日午後三時二十分頃から無届の職場情宣を再び繰込場において実施したため、若柳労務係長は当時高雄鉱々長であつた訴外岩隈采女、二瀬鉱業所勤労課長であつた訴外諸富晴之助と協議した結果、翌十五日午後四時頃訴外石井新をして偶々同日、高雄二坑組合事務所で支部委員会を開催出席していた高野支部長に対し、「就業時間中における組合活動について」と題する通告書(乙第四号証)を交付させ、職場情宣に関し、事業所内における組合活動は事前に労務係長に届出、その承認を得て行うようにし、就業時間内に持ち越さないこと、これに違反した場合には賃金控除、あるいは責任者の責任追及を行うことがある旨を警告した。而して右通告書は前記支部委員会の席上において、その内容につき論議された結果、同通告書には疑義が多く且つ組合活動を弾圧する手段となるおそれがあるものとして、翌十六日一番方繰込時に繰込場において右通告書につき労組員にその内容を知らせ、若柳労務係長を繰込場に呼び出して釈明を求め、抗議すると共にこれを撤回させることに決定した。原告等はいずれも本部委員ないし支部委員として右委員会に出席していた。以上の事実を認めることができるのであつて、証人三谷年光、田中芳雄の各証言その他本件各証拠中右認定に反する部分は措信し難いし、他に右認定を覆すに足りる証拠も存在しない。
以上のような経緯を辿つて五月十六日事件が発生するに至つたものである。
三、原告等の五月十六日事件における行動
(一) そこで先づ前記支部委員会の決定に基き行われた昭和三十三年五月十六日の高雄二坑直接夫繰込場における職場情宣並びに通告書に対する抗議集会において原告糸洲朝男、同馬場勝のとつた行動につき考えるのに、前掲乙第七号証、同第十六号証、同第十九号証、同第二十二号証、証人宮本金次郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十二号証の三、証人伊藤晃作の証言によつて真正に成立したと認められる乙第十四号証、証人荻原淳雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十五号証、証人山口陽の証言によつて真正に成立したと認められる乙第十八号証と証人荻原淳雄、伊藤晃作、平井和市、谷村英俊、若柳克己、岩隈采女、上田照市、田中芳雄、近藤雅敏、中本一郎の各証言及び原告糸洲朝男、同馬場勝各本人尋問の結果(但し以上の各証拠中後記認定に反する部分は措信しない。)並びに検証の結果によれば、次のような事実が認められる。すなわち、
1、原告糸洲朝男、同馬場勝は訴外高野明男支部長その他の組合役員等と共に前記五月十六日午前六時四十分頃繰込場に赴き先づ訴外高野明男において折柄出勤してきた一番方直接夫等に対し炭労が当時行つていた賃金斗争や被告会社とのパンツア交渉の件につき無届で職場情宣を始め、その説明が終るやひき続いて前記通告書(乙第四号証)を封筒に入れたままで直接夫等に示し(以上の事実については原告等の自認するところである。)「只今から重大な話がある」と前置きしながら、通告書の趣旨と内容を説明し、同通告書は従来高雄二坑において行われてきた慣行を無視するものであつて、組合活動を弾圧することを目的とするものであり、必ず組合員の力をもつて被告会社に撤回させるべきであるという趣旨の発言をし、繰込場内は俄かに騒然としてきた。直接夫等の中からは右のような問題は組合幹部と被告会社との間で話し合うべきものだとの発言もあつたが、一蹴され、つづいて高雄二坑支部の本部委員であつた訴外上田照市が「通告書中に賃金カツトするということが書いてあるが、どの程度のカツトをするのかわからないから係長を呼び出して説明を求めよう」という趣旨の発言をし、原告糸洲も「支部長の説明ではわからん、係長を呼び出して説明してもらおう、文書は撤回させるべきだ」と大声で発言し、同趣旨の発言が二、三あつた後、やはり労組の政治部員であつた訴外田中芳雄が、労務係員が繰込場に毎朝入場している理由を係長に質すべきだというような発言をした。原告糸洲は「係長を呼びに行くぞ、皆来い」等と云いながら原告馬場勝、訴外東静男と共に卒先して繰込場を飛び出し、これにつづいて十数名の直接夫等が出て行き、繰込場は混乱状態に陥つた。時刻は同日午前七時頃であつた。
2、訴外若柳労務係長はこれよりさき同日午前六時五十分頃、繰込場に赴いたが、同入口附近で訴外近藤雅敏、同山本衛の二名の組合役員に就業時間までには情宣をやめるよう注意した後、繰込場横の高雄二坑事務所に帰り、採炭係員席の長椅子に腰かけて成行きを注視していたところ、前記のように原告糸洲、同馬場、訴外東静男等を先頭に約二十名の直接夫等が右事務所に入り、同係長を取囲んだ。先づ原告馬場が「係長あんたが文書を出したんだろう、あんたが出したから皆あんたの説明をきかねば入坑しないと云つてるぞ、繰込場に来て説明しなさい」等と激しい調子で発言し、原告糸洲もこれに同調し「係長、繰込場に来て説明しなさい、皆を入坑させるのはあんたの義務だぞ」等と申し向け、この間同事務所の内外につめかけていた約五十名前後の直接夫等の中からも口々に弥次や怒声がとび、若柳係長の説明を求めた。同係長は終始これを拒否し、就業時間(一番方は午前七時)を過ぎているから直ちに入坑するよう命令し、通告書に対する疑義があれば組合幹部と協議する旨を述べ説得にあたつたが、原告糸洲は「係長何をいうか、組合幹部は我々が選んだのだ、幹部には話すことができて我々に話せないとは何故か、早く来てくれ」等と発言し他の鉱員等もこれに同調し、口々に執拗且つ激しい調子で若柳係長に繰込場へ入るよう要求し、約二十分にわたつて応酬がつづけられた。若柳係長は異様に興奮し緊張したその場の空気に威圧感を覚え、その雰囲気に圧倒されてやむなく同日午前七時二十分頃、繰込場に赴いた。この間における原告糸洲、同馬場等の発言はかなり調子の強いものであつたことが認められ、若柳係長を吊しあげて行動の自由を奪う雰囲気のあつたことが窺われる。
3、原告糸洲、同馬場等は若柳係長に随つて再び繰込場に入り、若柳係長が繰込場入口の向正面にすえられていた演台の前に立つや、再び原告糸洲は同係長に対し「係長、通告書の内容を説明しなさい。これは組合活動を弾圧するものではないか、あんたが説明すると皆が入坑するのだ」等と発言して迫り、同係長は再び就業時間が過ぎているので直ちに入坑するよう要求し、疑義があれば組合幹部と協議説明する旨を発言したが、すでにその頃繰込場内に一杯につめかけていた約二百七十名の鉱員等から口々に発言がなされ、混乱状態に陥り収拾のつかない事態になつていた。原告糸洲、同馬場、訴外高野支部長等はさらに執拗に若柳係長に釈明を求め、繰込場内は騒然とし、昂奮した雰囲気の中で同係長に対する激しい発言が繰りかえされ、応酬がつづけられた。そのうち午前七時四十分頃日鉄二瀬労働組合本部事務局長であつた訴外中本一郎が報知をうけて来場し、さらに午前八時頃高雄鉱長であつた訴外岩隈采女も呼び出され、高野支部長をまじえて話合いの結果、午前八時二十分頃に至つて漸く騒ぎが鎮まり直接夫等の繰込みが開始された。原告糸洲はこの間終始積極的に発言し、相当指導的な役割を果したものと認められ、原告馬場も右糸洲に追随してかなり積極的に発言したものである。
(二) 次に証人宮本金次郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十三号証の八、証人高浜鉄雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二十号証と証人高浜鉄男の証言並びに原告矢野千秋本人尋問の結果(但し後記認定に反する部分は除く)を綜合すると、原告矢野千秋は五月十六日午前六時三十分前頃から高雄二坑検身詰所に姿をあらわし、鉱員と雑談していたが、その頃訴外吉田光春が氏名不詳の鉱員一人のあとを追つて右検身詰所から約五米ばかり離れた灯具室前通路に姿をあらわすや、原告矢野は右吉田の方へ走つて行き同人と二、三言葉を交した後に灯具室の角を曲つて姿をかくしたこと、右吉田が検身詰所附近で入坑しようとする直接夫二、三名を説得して繰込場の方へ帰らせていたこと、同日一番方として入坑しようとした鉱員が右吉田又は原告矢野に説得されて入坑をとりやめたと思われる鉱員十九名のいることが認められ、証人矢野キクエ、同三谷年光の各証言その他本件各証拠中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。而して同原告は機械夫であつて通常繰込場に出入しない日給者であること、また同日午前七時頃前記灯具室附近で昇坑した三番方鉱員等二、三名に対し通告書について話したことは同原告の自認するところである。以上の事実並びに弁論の全趣旨に徴すれば同原告は同日午前六時三十分頃から午前七時頃までの間高雄二坑灯具室附近において入坑しようとする鉱員等(その数及び氏名は被告提出の証拠その他本件全証拠によるも確認できない。)を説得して入坑を思いとどまらせたものと認められる。
(三) なお以上に認定した如き事態が発生したために同日における一番方直接夫の就業(繰込み)は約一時間二十分の遅延を来たし、その結果として同日高雄二坑においては一日平均出炭量を下廻り九十六屯の減産を生じたことは、証人山口陽の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第十三号証の六によつて認められる。
なお原告等は同日昇坑時間を一時間繰下げたから実質的に減産を生じていないはずであると主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足る資料は存在しない。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。
四、ところで前掲乙第一号証(甲第一号証)によれば、就業規則第九十七条には懲戒に譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種類を定め、第九十九条に出勤停止に処すべき事由を列挙し、但し情状によつては譴責又は減給に止めることがあるものとし、第百条に懲戒解雇に処すべき事由を列挙し、但し情状により出勤停止又は減給に止めることがある旨をそれぞれ規定している。そして原告等が就業規則第百条第四号、第十号及び第十三号に該当するという理由で懲戒解雇の通告をうけたことは当事者間に争がないところ、第百条第四号は「他人に対し暴行、脅迫を加え又はその業務を妨害したとき」、第十号は「法令又は会社所定の規則に違反しその情重いもの」第十三号は「前条に該当しその情が重いとき」と定められている。
以上の事実より勘案すれば、右規定の趣旨は、労働者に懲戒事由に該当する行為があつてもそれが客観的にみて情状酌量すべきを相当とするものであるかぎりは軽い処分に付すべき拘束を会社に負わしめたもの、換言すれば労働者の非行に対する懲戒処分は情状の軽重に比例し順次段階的に重い懲戒方法をとるべき客観的制約が会社に課せられているものと解すべきである。ことに懲戒解雇は終局的に労働者を会社から放逐するものであるという点において他の懲戒処分とは異質の重大な処分であつて、しかも労働者からその生活の基盤を奪うのみでなく、今日の労資関係よりみればその後における労働者の就職にも極めて悪影響を及ぼすことは必至であり、労働者にとつてはいわば死刑の宣告にも比すべきものである。従つて懲戒解雇が有効であるがためには単に懲戒規定に列挙された懲戒事由に該当する行為があつたというのみでは足らず、それが労働者と会社との間の雇傭契約上の信頼関係を破壊し、到底これを維持することができないほど悪質且つ重大であると認められる場合をのぞき、懲戒解雇は許されず、この程度に達しない事実を促えて直ちに懲戒解雇に付することはできないものというべきである。
そこで本件の場合につき、以上の観点に立つてこれを判断するに、
(一) 原告糸洲朝男の前認定の所為中、訴外若柳係長の入坑の指示命令に反した点及び就業時間を遵守しなかつた点は就業規則第三条及び第十二条に違反し同第九十九条第二号に該当し、被告会社に損害を与えた点は同第九十九条第九号に、その余の所為は同第九十九条第一号及び第五号、に該当し、従つて原告糸洲は懲戒処分をうけてもやむを得ないものと解せられるが、同規則第百条第十号、第十三号の「情が重いもの」として懲戒解雇に該当するほど悪質且つ重大な非行であると認定することはできない。すなわち原告糸洲に対する解雇通知書(成立に争のない乙第五号証の二)には「重大な就業規則違反」によつて懲戒解雇に処する旨が記載されているのみで「情の重い」事由は何等明示されていないところ、被告の主張によれば原告糸洲が五月十六日事件の主謀的中心人物であつて積極的煽動行為があつたことを理由とするもののごとくであるが、五月十六日事件の発生の端緒となつた五月十五日における支部委員会において原告糸洲が主謀者としての役割を果したことを確認するに足る証拠はなく、同原告は他の組合委員とともに五月十六日の抗議集会を開催する決定に参加したにすぎないこと、同日における原告糸洲の言動は多少積極的な面がみられるが特に同事件を決定的に指導したとは考えられないこと、同日発言したものの中には原告糸洲ばかりでなく他の組合委員もあるにもかかわらず、なんら処分をうけていない者の多いこと等彼此綜合して考察するときは昭和二十一年以来十有余年にわたつて勤続し、家族をかかえて鉱員として生活してきた原告糸洲を懲戒解雇に付さなければ従業員の統制上とくに不都合をきたすほど重大な事由があつたと認めることはできない。同原告に対してはこの際就業規則所定の、より低次の懲戒処分を選択し、その反省を促がせば足りたものと判断される。
なお被告は原告糸洲朝男の懲戒解雇の情状として、五月十六日事件のほかに、同原告が同事件の前後においても重大な規律違反等の事実があり、これが考慮された旨主張し、これに対し原告糸洲は、同原告の懲戒につき開催された賞罰委員会においては被告主張の主たる事由である五月十六日事件に関連する事項のみについて付議審案されたのであるから、それ以外の事由をもつて本件解雇がなされたとすれば無効である旨を主張するのでこの点につき考察する。前掲乙第一号証によれば懲戒処分は所長が賞罰委員会に諮つて行う旨が就業規則第九十六条に定められ、さらに成立に争のない甲第二号証の一によると鉱員賞罰委員会規則は、鉱員の賞罰に関しては会社側と労組側との双方の委員をもつて構成された賞罰委員会(支部及び中央の各賞罰委員会が置かれている。)において審議裁定した上で行うことが定められている。而して懲戒解雇について考えればこの規則は労働者にとつて重大な不利益をもたらす解雇に関し労働組合が労働者の利益のために使用者に資料を提供し、かつ意見を述べて使用者の意思決定に参与する機会を保障し、もつて労働者の地位と利益とを守ることを目的とするものであるから賞罰委員会において審議の対象とならなかつた事由をもつて懲戒解雇に付することは許されないものといわなければならない。換言すれば規則に反して審議されなかつた事項が解雇事由として附加されてもそのことをもつて直ちに当然解雇の無効をきたすことはないけれども、解雇の効力が争われた場合には解雇事由とせられているもののうち賞罰委員会における審議の本来の対象とせられなかつた事由はこれを排斥し、ただ賞罰委員会の審議の対象となつた事項のみについて当該解雇の効力の有無について判断すべきものである。そして懲戒処分の種類程度の判定につき情状として考慮された事由が懲戒の直接対象とされた事由と同様に懲戒の種類程度の決定に重大な影響力を持つ場合のあることを考えると、前記の見解は情状として考慮された事由が当該労働者に不利益なものである以上、これについても妥当すると解すべきである。しかるところ、前掲乙第五号証の二によれば懲戒の対象となつたのは五月十六日事件における原告糸洲の行動のみであり、それ以外の事実は情状として考慮されたにすぎないことは被告の自認するところであるから、被告主張の情状に関する事由がたとえ客観的にも存在し被告会社がこれを主観的にも認識して原告糸洲を懲戒解雇処分にしたとしても、これが賞罰委員会に正式に付議されていない以上、本件懲戒解雇の有効無効を判定するにあたつて考慮に入れることはできないものといわなければならない。
以上の理由により原告糸洲に対する本件懲戒解雇は就業規則に定める懲戒規定に違反し、その適用を誤つたものとして無効である。
(二) 次に原告馬場勝の前認定の所為中訴外若柳労務係長の入坑の指示命令に反した点及び就業時間を遵守しなかつた点は就業規則第三条及び第十二条に違反し従つて同第九十九条第二号に、被告会社に損害を与えた点は同条第九号に、その余の所為は同条第一号及び第五号に該当するものと認めることができ、従つて同原告が被告会社から懲戒処分をうけてもやむを得ないものといわなければならない。しかしながら原告糸洲の場合と同様、原告馬場の前認定の所為が同規則第百条第十号、第十三号にいわゆる「情の重い」ものとして本来懲戒解雇に処するべきものであるとは到底考えられない。従つて被告会社が同原告に対し就業規則第百条を適用したことは誤りであるが、ただ被告会社は情状を考慮し同条但書に従つて現実には同原告を出勤停止七日間に処しているのであり、而して同原告の所為は同第九十九条違反として同条所定の出勤停止処分を選択した上七日間の出勤停止に処するのが相当であると解せられるから、結果的には被告会社の処分は相当である。
なお、原告馬場は同原告に対する被告会社の右懲戒処分は情状の認定を誤り、懲戒権を濫用したものとして無効であると主張するけれども前認定の事実に徴すれば右主張の理由のないことは明らかである。
次に同原告は同原告に対する被告会社の右懲戒処分は不当労働行為であつて無効であると主張するけれども、同原告がとくに活発な組合活動を行い、そのために被告会社から嫌忌されていたことは原告等提出の証拠その他本件全証拠によるもこれを認めることはできないし、五月十六日事件が労働組合の正当な行為でないことは前認定の事実から明らかである。してみれば被告会社の同原告に対する懲戒処分が労働組合の正当な行為をしたことを理由になされた不利益な取扱であるということはできない。
(三) 原告矢野千秋の前認定の所為は鉱員の入坑を妨げて就業開始を遅らせた点において就業規則第九十九条第一号の職場の秩序を乱したときに該当し、被告会社に損害を与えた点において同条第九号に該当するものと認められるが、被告会社主張のようにその「情が重い」ものとして同条第百条第四号、第十号及び第十三号に該当するものとは認められず、しかも同第九十九条を適用するとしても、前認定の原告馬場あるいは原告糸洲の行動に比較して軽微であり、本件全証拠によるも被告主張のように強硬な方法で鉱員の入坑を阻止したと確認するに足る資料もなく、単に説得にあたつたのみであり、卒先指導の任に当つたものとも認められないから、賃金その他一切の給与の支払が停止される出勤停止に処するのは過酷であり、同第九十九条但書により、より軽い懲戒処分に付するのが相当であつたものと解される。これを要するに原告矢野に対する本件懲戒処分は就業規則に定める懲戒規定に違反し、情状についての判断を誤つたものであつて無効というべきである。
なお出勤停止処分の無効を確認するについての利益の存否について考えるのに、さきに認定した出勤停止処分が無効であるに拘らず、処分がなされたものとして存続するときは、会社と労働者との間の現在の雇傭契約関係における労働者の地位待遇等に有形無形の不利なる影響を及ぼすことは必至であるところ、これらの不利益の排除を求めるについての利益は法の保護に値する利益であるというべく、而してこれらの処分が無効であることを確認することによつてこれらの不利益は除去せられると考うべきであるから、確認の利益があるといわなければならない。
よつて原告糸洲朝男、同矢野千秋の本訴各請求は理由のあるものとしてこれを認容し、原告馬場勝の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川渕幸雄 岩隈政照 松永剛)