福岡地方裁判所飯塚支部 昭和48年(ワ)43号 判決
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【説明】
請求の原因の骨子は、次の通りである。
一 被告らは、訴外全国一般嘉飯山合同労働組合及びその下部組織の役員である。
二 原告らは、いずれも昭和四八年当時、訴外穂波タクシー株式会社(以下会社という)に勤務する運転手で、右の組合員であつた。
三 組合は、昭和四八年四月一日から会社に対し、「他のタクシー会社がその従業員に対して為した出勤停止処分の撤回」「組合員の賃金値上」を要求して、ストライキを行い、一カ月以上を経過するも解決の見込もなく、地区住民に多大の迷惑を及ぼし、住民の非難も高まつて来た。
よつて、原告らは、すでに同年四月一七日頃から同月三〇日頃まで三回にわたつて、被告らにストライキ中止を申出たが、被告らはこれに応じなかつた。
四 そこで、原告らは、同年五月一〇日、組合に脱退を通告し、右通告書は、同日組合に到達した。原告らは、同日から非組合員として組合の統制を脱し、同月一二日から就労した。
五 しかるに被告らは、組合幹部として、被告島田三郎指示のもと、原告らを以下述べる如く不法に迫害した。即ち、
1 原告原野らは、いずれも肩書地に居住していた。そうしていずれも会社からの賃金によつて平和に生活していたものである。
2 ところが、被告らは、昭和四八年五月一四日から一九日までの一七日を除く五日間、各午前一一時半頃から午後三時頃までの間、原告らの住居地区に宣伝カーを走らせ、住民、通行人に対し、それぞれ原告らの氏名を連呼しながら「原告らは裏切者であるから、家族全部、子供も共に一生その汚名をきて暮さなければならない。」など、一回につき二〇分間ぐらい夫々一日二回づつスピーカーを使用して放送した。なお被告らのうち中村、藤原、麻生は麻生は直接放送に関与し、被告島田、同山下は右中村らと通謀して、この行為を行つた。
3 被告らは、同月一八日、原告矢野が、営業用自動車を運転して就労中、宣伝カーで飯塚市東町から嘉穂郡穂波町楽市まで、これを追尾し、スピーカーをもつて「前に走つている車は、裏切者矢野が運転している穂波タクシーの車ですから、お客様は乗らないで下さい。」と放送し、業務を妨害した。よつて客はおそろしがつて原告矢野の車に乗ろうとしなかつた。
4 被告らは、同月一八日午後三時頃、原告岩坂が、営業用自動車に客を乗せて就労中、前記穂波町天道から弁分まで、前記同様宣伝カーで追尾して同旨の放送をくりかえし、業務を妨害した。
5 被告らは、同月一六日午後一時頃、原告原野が前記穂波町楽市から営業車で平恒まで戻る途中、前記同様宣伝カーで追尾して同旨の放送をくりかえし、業務を妨害した。
以上は、労働組合の正当な活動を逸脱し、スピーカーによる放送という影響力抜群の手段を用いて、専ら原告らを誹謗中傷し名誉を毀損し、かつ原告ら非組合員の業務を妨害しただけでなく、昼間は家族が居ぬにすぎない住居地においてまで放送を行い、原告らの平穏な家庭生活を不法に侵害し、子供らも学校に行きたくないと言うなど、これを畏怖せしめ、原告らに重大な精神的苦痛を与えたもので、明らかに不法行為である。
なお、判文中に引用された被告の答弁事実7は次のとおりである。
「7 本件は、右闘争の過程で組合の教宣担当者が行つた組織防衛のための正当な組合活動としての教宣活動であり、原告らやその家族の名誉、人格を毀損するような言辞は使用していない。
(一) 即ち、原告らの主張するような回数ではないが、組合は昭和四八年五月一四日頃から一九日頃にかけて、原告らの自宅附近で、宣伝カーを使用して、教宣活動(放送)を行つた。
(二) しかし、その内容は、地域住民に本件ストライキに至つたいきさつを説明し、理解協力を求めると共に、脱退した原告らに組織復帰を呼びかけたもので、部分的には「裏切り者」として原告らを批判した部分はあるにせよ、全体としては、単なる非難中傷を行つたものではない。また原告らの家族について言及した事実は、全くない。」
【判旨】
四原告らの脱退と本件「教宣活動」について。
請求原因第四項中原告らがその主張の如く、組合脱退の意思表示を為し、その頃から就労したこと、同第五項中原告らがその主張の住居地に居住していることは、当事者間に争いがない。
そうして、右の事実と<証拠>と弁論の全趣旨をあわせると、次の事実が認められる。
1 原告らの年令、家族関係、住居の関係は、請求原因第五項1に記載の通りである。
2 本件組合の規約には、脱退の方法、効力につき特に定めた規定はない(本件はストライキ中の脱退であるが、この点については後述する)。
3 会社と穂波分会は、前記の系列別交渉の方針によつて、他に系列会社がないところから、五月六日団体交渉を行つた。しかし会社が、他社と同じ位の額は出すから他社を先にまとめてくれと回答し、ストライキ状態のまま、一時交渉は中断していた。
4 その後原告らは、他三名の分会員と共に前述の如く組合に脱退届を出して、五月一二日頃から就労をはじめた。
組合は、脱退届の返送、争議中の脱退は無効である旨の文書送付等のほか、分会長被告中村において、個別に組合復帰の説得をしようとしたが、原告らは説得をきく機会を持つことを嫌い、十分な話はできなかつた。
5 そこで、組合は、以上のいきさつから、原告らが、会社と結託して、団結を破壊し争議を敗北させようとしているものと判断し、教宣部の担当で、宣伝カー二台を使用し、脱退者に復帰を説得する方針を樹て、あわせてストライキの趣旨を住民に説明し、理解協力を求めることとした。そうして五月一四日頃から一八日頃までの間、原告らの各自宅付近並びに市中でスピーカーを使用し説得及び宣伝活動を行つた。その文書中には、原告らを呼び捨てにして「裏切り者」とか、「労働者と家族を地獄におとして甘い汁をすつている。」とか非難した部分もないわけではないが、全体としては、答弁事実第六項の7の(二)記載の趣旨であつた。また、原告らの家族特に子供のことにまで言及した事実は認められない。
右宣伝カーには、被告中村、同麻生、同藤原が同乗していた。
6 そのほか、被告山下が同乗した宣伝カーが五月一八日、営業車で就労中の原告矢野と出会い、請求原因第五項3のとおり、また五月一八日頃、原告岩坂が客を乗せて運転中のタクシーを、組合の宜伝カーが発見追尾して同4のとおり、また同月一六日頃の午後一時頃、原告原野が就労中食事のため営業車で自宅に戻るところを、組合の宣伝カーが発見追尾して同5のとおり、夫々原告らを裏切者と非難し、客に利用しないよう求める趣旨の放送を行つた。
7 そのため、原告らの家庭では、子供達が学校に行きたくないと言つたり、妻が買物先で知人からお宅の御主人はどうしたのかと尋ねられたりしたことがあつた。
<証拠判断略>
五元々脱退は、組合員が自由に一方的意思表示でなし得るものである。しかしそれが団結権を侵害するような目的、態様で為されるときは、許容されないことがある。従つて、脱退が使用者の支配介入(労組法第七条三号)に同調し、これを援けるために為され、あるいは一旦民主的に、規約に従つて適法にストライキが決議されそれが実施されているときにその争議を敗北させる目的のみをもつて行われるようなときは、脱退の権利を濫用したとみることができる。またそれほどの主観的意図はなくても、争議中の脱退・就労は組合に対する「裏切り」であり組合は合理的な方法でこれを防止することは許される。本件についてこれをみるに、特に争議中の前記会社総務部長との酒席での要談など、原告らの行動は、争議中の組合員として不謹慎で背信的であり、組合の統制をみだし、その脱退は、必らずしも権利の濫用とまでは断定できないにしても、団結を乱し、使用者に利益を与えたことが明らかである。従つてまた、これらの経緯を知つている組合が、原告らの脱退をもつて、会社と結託し、団結を破壊し、争議を敗北せしめようとしたものと判断したのはやむを得ないものがあつた。
このようにみてくると、本件組合の教宣活動は、住居付近で行つた点、その手段方法において穏当を欠く点が全くないわけではないが、本件の具体的状況の下では、組合がその組織を防衛し闘争の目的を実現せんがために為した正当な活動で、特に原告らもしくはその家族の個人的名誉を毀損することを目的として為したものではなく、ことに就労中の放送は、通常の事業会社におけるピケツテイングに比すべきものである。また虚偽事実を誇大に宣伝したり、事実を著しく歪曲、誇張したと認められるところもなく、甚だしく長時間にわたつて喧噪したような事実も認められないから、いまだ合理性を失わず不法行為は成立しないものと判断するのが相当である。他に不法行為の成立を首肯するに足る証拠は、ない。
(岡野重信)