福岡家庭裁判所 昭和43年(少)529号 決定 1968年5月24日
少年 Y・R(昭二三・五・二七生)
主文
この事件について少年を保護処分に付さない。
理由
(本件送致にかかる非行事実)
検察官から送致された非行事実は、少年は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四三年一月○日午後六時二〇分頃、自動二輪車を運転して柳川市○町○番地先国道上を時速約二五粁で北方から南方に向けて進行中、折から道路左側を少走りに対面通行して来る○田○子(当三六才)を約一五米前方に認めたのであるから、自動車運転者としては同女の動静を十分注視して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然とその側方を通過しようとした過失により、同女に衝突して約一四日間の治療を要する傷害を与えたものである。というものである。
(当裁判所の判断)
本件送致にかかる各証拠書類と当裁判所の検証調書、当審判廷における少年の供述とを総合すると次のとおり認められる。
被害者○田○子は、本件事故当日、妹の運転する乗用車に乗つて前記国道上を北から南に向つて進行中、進路右前方に道路の右側を歩行中の夫を発見したので、妹に命じて、本件事故現場から相当前方に自動車を停車させ、降車して道路右側(少年の進行方向から見て左側)を少走りに駆け戻り、本件事故現場において、道路(国道)の反対側のバス停留所付近にいた夫に向つて声を掛けるべく、道路の右端から約一・八米の地点まで左斜めに走り出た瞬間、少年の運転する自動二輪車の前輪で右下肢附近をはねられ、該自動二輪車もろとも転倒した少年と一緒に路上に転倒し、その結果、二週間の入院加療を要する右後頭部打撲症兼脳震盪、右肩胛部、胸部、右下肢、腰部打撲症の傷害を負つたものであること、少年は、柳川市○町方面(北)から△町方面(南)に向けて同国道上を道路左端から約一・八米離れて自動二輪車を運転し時速約二五粁で進行中、本件衝突地点から約一三・七米ないし一四・八米の地点にさしかかつた際、前方約一八米の地点に道路左端に沿つて小走りに駆けて対向して来る被害者を発見したが、同一速度のまま進行を続けたところ、本件衝突地点から約四・七米ないし五・八米の地点にさしかかつたとき、前方約五・九米ないし七米の地点にいる被害者が道路左側から突如斜めに自車進路内に向つて道路を横断しかけて来るのを発見し、危険を感じて直ちに停車の措置を講じたが間に合わず、被害者に衝突するに至つたものであることが認められ、被害者○田○子の供述中この認定に反する部分は信用することができない。
しかして、本件送致事実は、少年は、被害者の動静を十分注視すべき注意義務を怠つたが故に本件事故を惹起させたものであるとするので、先ず、この点に関し少年に注意義務違反があるか否かを検討する。
少年は、司法巡査に対しては、「この事故の原因は、私が、雨が降つていたので、ヘルメツトの風防が曇つていたのと相手の人が急に道路中央の方に駆け出したためで、今考えると、風防の曇つたときに停車をし良く見えるように風防を拭いて運転しておれば、この事故を起さずに済んだと思います。」と供述し、また、当審判廷においては、「事故の原因は、横断歩道でないところを、被害者が斜めにとび出して来たからだと思います。私も前方確認が少し甘かつたと反省しております。」と供述し、自己に過失のあつたことを自認するが如き供述をしている。
しかしながら、被害者○田○子の供述するところによれば、同女は自動車を降りて道路右側を少走りに駆けて行き、衝突地点に接近した際、前方にあるスズラン灯の左右から歩行者が対向して来たので、これを避けて左斜め前方に向つて道路を横断しかけた直後少年の自動二輪車と衝突したというのであり、一方、少年の供述するところを総合すれば、このスズラン灯から約二・四米余り前方の地点から黒い影が急に見えたので、ブレーキを掛けたが間に合わず衝突したというのであるから、この各供述と前記認定事実(特に、少年は毎時約二五粁-毎秒約六・九米の速度で進行中であつた事実)とを考え併せるならば、少年は、被害者が前記スズラン灯の近くで斜めにとび出し横断にかかつた直後を発見し、直ちに停車の措置を講じたものであると認定できるのであつて、少年が被害者の動静を注視していなかつたためにそのとび出し横断の発見が遅れたものとは到底認め難い。したがつて、少年が被害者の動静を注視すべき注意義務を怠つた過失によつて、本件事故を発生させたものと認めることはできない。
しからば、少年は、被害者が道路左側を少走りに対向して来る姿を最初に発見した地点において直ちに減速徐行する義務があつたといいうるであろうか。本件事故現場は、車輛の交通量の相当多い国道上であるから、年齢三六歳の成人女子である本件被害者が、横断歩道上でもないのに、車輛の通行に全く頓着なしに突如として車道上の車輛の進路上に斜めにとび出して来るが如きことは通常何人も予見し難い結果であるというべきでありしたがつて、少年に対し、かかる事実を予見してあらかじめ減速徐行すべき注意義務を課することは勿論できない。
結局、本件事故は、被害者○田○子の一方的な不注意によつて生じた事故であるというほかなく、少年に対し刑法二一一条前段該当の責任を負わせることのできないものであることは明白である。したがつて、少年は、少年法三条一項一号にいわゆる罪を犯した少年には当らないものであることが明らかであるので、同法二三条二項前段にしたがい、この事件について少年を保護処分に付さないこととする。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 金沢英一)