福岡家庭裁判所久留米支部 平成9年(家)246号 審判 1999年7月29日
主文
1 申立人と事件本人との面接交渉について、次のとおり定める。
回数 1か月1回。
日時 各月の第1土曜日の午後1時から午後5時まで(ただし、事件本人に差し支えがあるときは、上記に代わる日時を申立人と相手方が協議して定める。)。
方法 面接開始時に相手方宅で事件本人を相手方(又はその委任する者。以下同じ)から申立人(又はその委任する者。以下同じ)に引き渡し、面接終了時に相手方宅で事件本人を申立人から相手方に引き渡す。
申立人は、上記面接時間中、申立人の住居その他適当な場所において、事件本人と面接する。
2 相手方は、申立人に対し、第1項所定の面接開始時に、相手方宅で事件本人を申立人に引き渡し、事件本人を申立人と面接させよ。
3 申立人は、相手方に対し、第1項所定の面接終了時に、相手方宅で事件本人を相手方に引き渡せ。
理由
1 申立ての実情
申立人と相手方は、昭和62年5月28日に婚姻届出をした夫婦であり、平成元年7月18日に事件本人をもうけた。平成6年8月13日、相手方が事件本人を連れて現在の住所地に転居して以来、申立人と相手方は別居し、事件本人は相手方が監護している。上記別居後の平成6年12月ころから平成8年5月まで、申立人と事件本人との面接交渉が月2回程度行われていたが、平成8年5月に相手方がこれを拒否して以来、中止されたままである。
そこで、申立人は、相手方に対し、事件本人との面接交渉を求める。
2 離婚前の面接交渉の審判申立ての可否
相手方は、離婚前の面接交渉の審判申立ては不適法であるから、却下すべきであると主張するので、検討する。
父母が離婚している場合には、家庭裁判所は、子の監護に関する処分(民法766条、家事審判法9条1項乙類4号)として、非親権者である親と子との面接交渉を命じる審判をすることができると解されるが(最高裁昭和59年7月6日決定・家庭裁判月報37巻5号35頁参照)、その理由は、父母が離婚した場合においても、子の健全な育成のためには、親権者でない親との交流を維持することが必要かつ有益であるにもかかわらず、非親権者である親と子の交流が断絶していることがあるため、家庭裁判所の関与によってこれを回復すべき必要があるからである。
しかして、父母が離婚していなくとも、その婚姻関係が事実上破綻し別居している場合には、同居していない親と子の交流が断絶していることが少なくないから、このような親子の交流を維持し、子の健全な育成を図る必要がある点では、父母が離婚している場合と何ら変わるところはないはずである。この点、相手方は、父母の離婚前における面接交渉の可否は、共同して行使すべき親権の衝突の問題であるから、父母の自主的解決に待つべきであって、裁判所はいたずらにこれに介入すべきでないと主張している(同旨の決定例として、高松高裁平成4年8月7日決定・判例タイムズ809号193頁参照)。なるほど、別居中であっても、父母が子の福祉を考慮して必要かつ十分な協議を行うのであれば、家庭裁判所がこれに介入するのは相当ではないが、父母の婚姻関係が破綻し別居している場合には、父母が子の福祉を第一に考えて協議を行うことがほとんど期待できないことが少なくないのであって、離婚前であるからといって、子の監護に関して父母の協議による自主的解決を待つことが子の福祉に適うとは言い難いから、家庭裁判所が関与する余地を否定するのは相当とは思われない。
したがって、父母の離婚前においても、家庭裁判所は、子の福祉の観点から必要であると認めるときは、民法766条、家事審判法9条1項乙類4号を類推適用して、面接交渉の具体的内容を審判により定めることができると解するのが相当である。
3 認定事実
そこで、本件において、申立人と事件本人との面接交渉を認めるのが相当か否かを検討するに、本件記録、平成6年(家イ)第220号子の監護者の指定事件及び平成6年(家イ)第232号夫婦関係調整調停事件の各記録並びに当裁判所に顕著な事実(福岡地方裁判所久留米支部平成7年(タ)第13号離婚等請求事件の経過)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 申立人と相手方は、昭和62年5月28日に婚姻届出をし、平成元年7月18日に事件本人をもうけた。
(2) 申立人と相手方の婚姻関係は、平成6年1月、申立人がその経営する歯科医院の女性従業員との不貞行為に及んだ(しかも、その態様は歯科医院のトイレで強引に肉体関係を結んだというものであった。)ことを主たる原因として、完全に破綻するに至った。そして、平成6年8月13日、相手方が事件本人を連れて現在の住所地に転居して以来、申立人と相手方は別居している。
(3) 申立人は、平成6年9月、当庁に事件本人の監護者を申立人と指定するよう求める子の監護者指定調停(平成6年(家イ)第220号)を申し立て、他方、相手方は、同年10月、離婚及び慰謝料の支払を求める夫婦関係調整調停(平成6年(家イ)第232号)を申し立てた。
上記調停事件の進行中、同年12月ころから、月1回ないし2回程度、申立人と事件本人との面接交渉が行われた。その間、申立人は、一度、事前の約束なしに事件本人の通う幼稚園を訪ねたことがあり、また、面接交渉の機会に相手方と直接、離婚の協議をしようとしたことがあった。
平成7年5月、子の監護者の指定調停事件は取下げにより、夫婦関係調整調停事件は不成立によりそれぞれ終了したが、その際、申立人と相手方との間で、以後、月2回、土曜日の午後に、申立人と事件本人との面接交渉を行うことが事実上合意された。
(4) 相手方は、平成7年6月、離婚訴訟(福岡地方裁判所久留米支部平成7年(タ)第13号)を提起した。他方、上記合意に基づき、申立人と事件本人との面接交渉が行われ、平成8年5月までは特に問題もなく継続されていたところ、同月末、離婚訴訟での和解協議において、申立人が相手方の提示した和解案を拒否したことから、相手方は、上記面接交渉を拒否するに至り、以後、面接交渉は中止されたままとなっている。
申立人は、面接交渉が一方的に中止された後しばらくは、事件本人を小学校からの下校時に待ち伏せしたり、夜間に相手方のマンションを訪れたりしたこともあったが、双方代理人弁護士や裁判官からの説得等もあって、その後はそのような行為には及んでいない。
(5) 離婚訴訟係属中の平成8年9月、申立人は、当庁に面接交渉を求める調停を申し立てた。同調停で協議が行われたが、相手方は、申立人に対する反発などから面接交渉を拒否する姿勢が強く、同調停は不成立となり、平成9年5月、審判に移行した。
(6) 離婚訴訟について、平成10年5月1日、申立人と相手方との離婚、事件本人の親権者を相手方と指定、申立人から相手方への慰謝料の支払、財産分与を命じる判決がなされたが、申立人及び相手方の双方が控訴し、同事件は控訴審に係属中である。
上記判決により、離婚と親権者の指定に関し、裁判所の判断が示されたことを踏まえ、本件審問において、再度面接交渉に関する協議を行ったが、相手方の拒否の姿勢が強く、合意による解決は困難な状況にある。
なお、相手方が、申立人と事件本人との面接交渉を強く拒否する理由は、大要、次のとおりである。
<1> 婚姻関係破綻の原因となった破廉恥な行為を行うような申立人と事件本人とを面接させても、事件本人のためになるとは思われず、かえって事件本人に悪影響を及ぼすおそれがある。
<2> 申立人は、従前、しばしば事件本人の通う幼稚園や小学校に突然現れる等の非常識な行動をとっていることから見て、今後も円滑な面接交渉が実施できるとは思われず、面接交渉を認めることでかえって新たな紛争を惹起するおそれがある。
<3> 事件本人自身も申立人との面接交渉を嫌がっており、面接交渉の実施により、安定した生活を送っている事件本人に精神的混乱を生じさせ、かえって悪影響を及ぼすおそれがある。
(7) 事件本人は、申立人と相手方との別居以来、相手方のもとで相手方の監護を受けて生活しており、現在は、小学校に通いながら、身体的にも精神的にも安定した生活を送っている。
なお、事件本人は、家庭裁判所調査官による面接調査に対し、申立人との面接交渉はしたくない旨の発言をしている。
4 判断
(1) 別居中のため、子の監護養育を行っていない夫婦の一方に、子との面接交渉を認めるか否かは、諸般の事情を考慮した上、あくまで子の福祉に合致するか否かによって決すべきである。しかして、一般に、子にとって、母親のみならず父親との交流を図ることは、子の健全な育成を促進するものであり、かつ、現在のみならず将来のためにも、父親との交流を維持しておくことは有益であるから、面接交渉の実施により、かえって子の健全な育成が阻害され、子の福祉が害されるといった事情がない限り、面接交渉の機会を確保するよう努めるのが相当である。
(2) そこで、前記認定の事実及び双方の主張等を踏まえ、事件本人の健全な育成を阻害し、その福祉を害するような事情がないかを検討する。
<1> 前記認定のとおり、申立人と相手方は、離婚紛争の過程で厳しく対立・反目しており、相手方は、平成8年5月の面接交渉の中止以来、一貫して面接交渉を強く拒否しているところ、それにもかかわらず、面接交渉を実施するときには、事件本人を紛争の渦中に巻き込み、また、監護者である相手方と事件本人との間に軋轢を生じさせるなどして、事件本人に悪影響を及ぼすことが懸念されないではない。
しかしながら、相手方の主張によっても、面接交渉の実施そのものにより、事件本人の福祉が害される可能性があることが具体的に窺われるわけではない。
むしろ、相手方と申立人は、別居以来、激しく対立・反目してきたにもかかわらず、平成7年12月から平成8年5月までの間、ほぼ月2回の面接交渉が実施され、その間に、相手方と事件本人の間に軋轢が生じた等の、事件本人の福祉を害するような事態が生じたことはなかったものと認められる(なお、前記3の(4)のとおり、申立人が事件本人を下校時に待ち伏せする等して問題となったことがあるが、それは、それまで円滑に行われていた面接交渉が一方的に打ち切られたことに起因し、かつ一時的な問題に過ぎないから、重視すべきでない。)。
また、相手方が抱いている、婚姻関係を破綻に導いた申立人への憎悪や反発の気持ちは理解できるものの、そのことから、相手方が主張するように、申立人と事件本人とを面接させても、事件本人のためにならないというのは飛躍がある。むしろ、相手方には、事件本人の監護者として、面接交渉の実施により事件本人が父親である申立人との交流を維持することの積極的意義を理解し、事件本人の福祉を害するような具体的事情が生じない限り、申立人と事件本人との面接交渉を甘受し、かつ、面接交渉の円滑な実施に協力すべきことが期待される(このような期待に沿う行動をすることは、相手方の年齢、教養ないし社会的経験等から見て、格別困難なこととは思われない。)。
したがって、冒頭の事情を、面接交渉を否定すべき事情として重視するのは相当ではない。
<2> 前記認定のとおり、事件本人は家庭裁判所調査官に対して、申立人との面接はしたくないと述べているところ、右調査当時、事件本人は満9歳であり、すでに自己の意思をある程度表明できる年齢であるから、その意向はそれなりに尊重する必要がある。
しかしながら、家庭裁判所調査官との面接時における事件本人の発言内容を総合的に見れば、事件本人の上記発言には、申立人への強い憎悪や反発を抱く相手方の意向が強く反映していることが窺われ、かつ、従前は1年以上にわたり月2回の面接交渉が円滑に行われていたことから見ても、上記発言が事件本人の真意から出たものかは疑わしく、仮に真意によるものであったとしても、申立人との今後一切の面接交渉を拒否する意思によるものか否かは明らかではないというべきであるから、上記発言を過大視するのは相当ではない。
<3> もっとも、前記認定のとおり、3年以上の期間にわたり面接交渉が行われていないから、面接交渉を再開することになれば、事件本人に精神的混乱や動揺をもたらすことは避け難いであろう。
しかしながら、仮に、事件本人が混乱や動揺を来すことがあったとしても、通常、それは再開当初の一時的なものである場合が多く、面接の回数を重ねるに連れて次第に解消され、長期的な悪影響が生じる可能性は低いものと窺われる。また、従前の面接交渉の実施状況から見ても、面接の回数・時間等を工夫することや関係者の配慮等によって、生じうる悪影響を最小限度に押さえることも可能であると解されるから、上記のような事情をもってただちに面接交渉を否定するのは相当とは思われない。
<4> そして、本件記録並びに前掲各証拠等から窺われるその余の一切の事情を考慮しても、他に、面接交渉の実施により、事件本人の福祉が害されると窺うべき事情を見出すことはできない。
(3) 以上によれば、申立人と事件本人との面接交渉を実施しても、事件本人の福祉が害されるおそれがあるとは認められないから、前記(1)に述べた面接交渉の意義に鑑み、申立人と事件本人との面接交渉を認めるのが相当である。
そして、面接交渉の条件については、従前の面接交渉の実施状況、それが中止されてから3年以上が経過していること、事件本人の年齢(満11歳)、面接交渉の実施による事件本人や相手方の負担の程度、申立人及び相手方の面接交渉についての意向、その他諸般の事情を踏まえ、当面は1か月に1回、4時間程度の面接時間を設定するのが相当である。なお、長期的に見て、面接の回数や時間、実施方法をどのようにするのが事件本人の福祉に適うかは、上記面接交渉の実施による事件本人の適応状況を踏まえて、改めて検討・判断するのが相当である。
よって、主文のとおり審判する。