福岡家庭裁判所久留米支部 昭和52年(少)1059号 決定 1977年10月05日
少年 S・O(昭三七・三・一四生)
主文
少年を初等少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は、昭和五二年九月三日午後一時ごろ、福岡県久留米市○○×××番地の×付近路上において、A子所有にかかる自転車一台時価一万円相当を窃取したものである。
(適条)
窃盗 刑法二三五条
(初等少年院送致の事情)
1 少年は、昭和五二年六月二九日鹿児島家庭裁判所において窃盗罪により保護観察に付されているところ、僅か一八日後の同年七月一七日頃に家出をし、従前居住したことのある久留米市内に赴いて三件の窃盗を犯し、同月二四日頃保護されて同市内に居住する伯母に引き取られ、一旦鹿児島市内の自宅に返されたものの、即日久留米市内に戻り、以来本件非行を含め一〇件の窃盗を犯したものであつて、これら非行の経過、件数、態様(忍び込み窃盗が中心)等を考慮すると、少年の非行性は更に強い保護処分を必要とする段階にあるといわざるをえない。
2 少年は、知能はIQ九五の普通域にあるが、性格的には社会性に乏しく、内閉化傾向が顕著であつて、家出中ビル屋上で浮浪生活を送るかたわら、窃取にかかる通信機器を利用して無断交信するなど、興味のある無線関係等の事項については敏感で、意欲的であるものの、その他の事項については無気力、社会逃癖的傾向にあり、気分も概して暗く、抑うつ的である。
3 少年の家庭環境をみると、少年は幼少時に父親と生別し、その後は弟と共に母親によつて養育されてきたが、母親は水商売等の仕事に従事して生活に追われ、少年に対する生活指導は放任に近い状態であり、また母親は、子宮癌のため昭和五二年一月一五日から三月一五日までの間及び同年四月一五日から八月二三日までの間病院に入院し、弟のS・Yも同年二月二八日から養護施設に収容され、そのため少年は一人で鹿児島市内のアパートで居住していたものであつて、少年の二度にわたる久留米市内への家出を引き止める家庭的要因は何ら存しない。また、久留米市内に居住する伯母も、家出中の少年を一旦引き取つたものの、少年の家庭の実状を知りながら僅か一日少年を手許に置いたのみで、少年を鹿児島に返すなど、その監護指導を期待することは困難である。このように少年の保護環境は劣悪であるといわざるをえない。
4 これら少年の非行性、行動傾向、性格、保護環境等を合わせ考慮すると、少年を少年院に送致し、規律ある集団生活により、社会規範意識を形成し、基本的生活態度を養うなど社会性を培う必要があると認められる。そこで少年の年齢等を考慮のうえ初等少年院に送致することとするが、少年の現在の非行性は家庭の貧困放任状態から生じた基本的な躾けの欠如を主たる原因とするものであり、さほど根深いものとは認められないから、短期間の集中的な教育訓練により矯正することが可能であると考えられるし、少年の暗く、抑うつ的な気分を払拭し、少年らしい明るくはつらつとした気分を回復するには、海洋、原野等における野外訓練などの体験学習に重点をおいた佐世保少年院における教育が適当であると考えられるから、少年については一般短期処遇が相当である。
5 よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条二項により主文のとおり決定する。なお、少年については、一般短期処遇を勧告する。
(裁判官 一宮和夫)
参考 抗告審決定(福岡高 昭五二(く)五七号 昭五二・一〇・二五第一刑事部決定)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告申立の理由は、記録に編綴の抗告申立書記載のとおりであるが、要するに、少年の本件非行は保護者である母親が病気で入院したため、少年を十分監督できなかつたことに因るものであつて、少年の性格は善良であり、母親においても今後はその更生につき最大の努力をすべく決意している。したがつて、家庭において少年を更生させることができるので、少年を初等少年院に送致する旨の原決定は著しく不当であるからこれが取消を求めるというにある。
よつて検討するに、本件少年保護事件記録及び関係調査記録に現われている本件非行の動機及び態様並びに少年の資質、性向、行状及び非行の前歴、家庭の情況やその保護能力等諸般の情状、とりわけ、少年は中学一年の頃に万引きをして警察の補導を受け、更に中学三年時(昭和五一年一〇月)には自転車盗ほか一件の窃盗を犯して、昭和五二年六月二九日鹿児島家庭裁判所で保護観察所の保護観察に付せられたものであるが、その一八日後に家出して久留米市に赴き、三件の窃盗を犯して保護され、一旦同市内の伯母(N・E)の手を経て鹿児島市の自宅に返されたものの即日久留米市に舞戻り、以後ビルの屋上等に寝泊りしながら本件自転車盗を含め一〇件の窃盗(その被害総額は約一六〇万円相当。)を累行したものであつて、少年の盗癖は次第に深化し定着してきていることが認められ、本件非行が母親の入院中に敢行されたものであることを理由として、これを単に母親の監督不行き届きに起因する偶発的なものと認めることはできないこと、また少年の知能は普通域であるが、知的関心は著しい傾向を示し、性格的には無気力で社会逃避的な傾向が強く、勤労意欲に乏しい上に、浮浪生活を続けながら窃盗の非行を平気で繰返す程に非行に対する抵抗感が弱化していて、右の盗癖ないし犯因的性向は自律的にたやすく矯正しうるものではないこと、他面、少年の家庭をみるに、幼少時に父親と生別し、その後は弟(S・Y、昭和三九年二月二二日生)と共に母親によつて養育されてきたものであるが、右母親は水商売等の仕事に従事していたものの生活に追われて、少年に対する生活指導は放任に近い状態であつた上に、昭和五一年末頃から健康を害し、現在では医療扶助等を受けて療養生活を送つているものであり、右の弟(S・Y)もすでに触法行為により鹿児島県下の養護施設に収容されている状態であつて、母親において少年を適切に指導して更生させるに足る保護能力を有するものとは到底認められず、他の近親等にも指導監督能力は認められないものである。
したがつて、少年の非行的性向を是正するためには相当期間(少くとも六月程度)施設に収容して矯正教育を施すことが必要であり、現段階では他に適切な方法は見出し難いものである。
そうしてみれば、少年を初等少年院に送致する旨の原決定(なお、原決定はとくに少年に対する一般短期処遇を勧告しているものである。)は相当であつて、関係記録を精査してもこれを著しく不当とする事由を発見することはできない。
よつて、本件抗告は理由がないものとしてこれを棄却することとし、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条に従い主文のとおり決定する。