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福岡家庭裁判所小倉支部 平成11年(家)150号 審判 1999年6月08日

申立人 X

未成年者 A

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての要旨

申立人とB(以下「B」という。)は昭和60年6月19日婚姻し、昭和62年○月○日未成年者をもうけたが、平成10年8月27日、未成年者の親権者をBと定めて協議離婚した。

ところが、Bが同年10月21日自殺したことから、親権を行う者がいない状態である。

未成年者は現在Bの両親であるC及びD(以下「Cら」という。)宅で監護養育されているが、Cらは、Bが自殺した原因が申立人にあるとして悪感情を有し、申立人と未成年者との面接交渉についても協力的ではなく、将来的にも申立人が未成年者を監護養育することも容認することができないという態度である。

申立人は、将来的に未成年者を監護養育することを希望しており、そのためには未成年者と円滑に面接交渉することが必要であるが、現状のままでは、Cらの協力を得られず、それらの実現が困難である。

そこで、法的に立場を明確にするために、親権者を亡Bから申立人に変更することを求める。

2  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件申立てに至る経緯等

未成年者の母であるBは、昭和30年○月○日Cらの間の長女として出生し、昭和60年6月19日申立人と婚姻し、昭和62年○月○日未成年者をもうけた。

しかし、未成年者が幼少時に小児喘息に罹患したことから、その世話をDに援助してもらうためとして、平成5年6月ころ(未成年者6歳ころ)から、Bと未成年者はCら宅に同居し、週末に申立人と会うという生活をするようになった。

その後、申立人は、Bが申立人と未成年者との3人の生活にもどる気持ちを有しないと知り、平成9年7月ころ代理人弁護士に依頼して離婚協議をするようになったことから、当事者間で会うのは控える方が適当であるとの助言を受け、Bの心情にも配慮して、やむを得ず、それ以後は未成年者と会わないこととした。

しかし、話合いではうまく行かなかったことから、申立人が同年11月25日に離婚を求める夫婦関係調整調停申立事件を申立てたが、平成10年4月ころ、Bが自殺を図るなど精神状態が不安定で入院することとなったことから、申立人は同申立てを取り下げ、その後も話合いを続けて、同年8月27日、未成年者の親権者をBと定めて協議離婚するに至った。

ところが、その後、Bの病状が悪化し、同年10月21日自殺するに至り、申立人は同年11月終わりころ、Bが死亡したことを初めて知った。

そこで、申立人は、代理人弁護士を通してCらとの間で数回話合いを行い、申立人が未成年者と面接交渉すること及びいずれは未成年者を引き取ることを希望したが、Cらは、Bの死の原因が申立人にあるとして申立人に対して悪感情を抱いていたことから、なかなか合意に達しなかった。そのため、申立人は、平成11年1月終わりから2月初めにかけて、下校中の未成年者に近づいて会おうとしたが、未成年者が申立人を振り切って帰宅するという出来事があり、それを契機に、Dが、監護者の指定審判及び審判前の保全処分を申し立てるとともに、Bを契約者兼被保険者とし未成年者を保険金受取人とする保険金の受領等の必要もあったことから、平成11年1月27日、Cが後見人選任申立事件を申立てた。それに呼応して、同年2月15日、申立人が本件を申立てた。

(2)  未成年者の意向・生活状況等

未成年者は、Bの死後、一時、教室の隅にじっとしていたり、喫煙する上級生と交際するなど不安定な様子が見受けられたが、次第に落ち着きを取り戻し、本年4月に小学校6年生に進級してからは、スポーツ少年団に入って野球を始めるなどして元気に生活しており、現在の友人と別れたくないこと、学校を転校したくないこと、Cらが優しいことを理由として、引き続いてCらとともに生活することを希望している。

申立人に対しては、面接交渉することは拒否しないが、下校中に追いかけられたことに対して不快感を示し、申立人の未成年者に宛てた手紙についても、きれい事ばかりを並べていると評しており、Cらの申立人に対する悪感情の影響も否定できず、申立人との別居・父母の離婚・母の死の過程で、申立人に対する感情は必ずしも親和的なものではなくなっている。

(3)  Cらの生活状況・未成年者に対する監護状況等

C(現在71歳)とD(現在69歳)は、C名義の木造2階建ての住居に、未成年者と3人で暮らし、Cの月額26万円の共済年金、Dの月額10万円の国民年金及び保険会社の月額12万円ないし13万円の積立年金の合計48万円ないし49万円の収入を得ており、特に経済的に困ることはない。Cは、現在、高血圧症で服薬しているが、Dには既往症はない。

Dは、未成年者には喘息の持病があり、食事や健康面にかなり気を配る必要があり、今後も従前通り責任をもって監護養育していく所存である。

Cらは、申立人がBの死亡の原因になったとして根深い悪感情を抱いており、申立人と未成年者との面接交渉についても、当初は確かに拒否的であったが、本件及び後見人選任申立事件の調査審判の過程で、未成年者が高等学校に進学するころに未成年者が希望すれば未成年者を申立人に託す意向を示し、それまでには申立人と未成年者との関係を改善する必要があり、そのためには両者の面接交渉が重要な意味を有することについて理解を示し、申立人の申出があれば拒否はしないとの立場をとるに至っている。

(4)  申立人の生活状況等

申立人は、同人の父名義の住居に単身で暮らし、同族会社の取締役総務部長として勤務し、月収として35万円ないし36万円を得ており、月額4万円の未成年者の養育料を2か月分ずつ送金してきており、平成9年7月からは、未成年者名義の預金口座に1か月に2万円ずつ入金するとともに、学資保険の保険料(年額11万7731円)も引き続いて支払っている。

平成9年7月以降は、Bの気持ちや病状に配慮して未成年者とは会っていないが、母を失って悲しんでいる未成年者のために、父がいるから孤独ではないということを認識させ、引き取りたいという意向である。ただ、未成年者がCらのもとで生活してきたことを考慮し、直ちにではなく、未成年者が中学校に入学するころまでに引き取る意向であり、その際には、自らの実家が比較的近くにあることから、その協力を得られる予定である。

3  以上の事実を前提にして判断する。

単独親権者が死亡した後に、親権者を生存親に変更し得るか否かについては、民法は後見と親権とを区別して規定するところ、父または母の監護養育の職分はできるだけ親権者として行使させることが国民感情に適するから、未成年者の監護養育については、親があたるのを原則とし、未成年者後見は補充的なものと解される。従って、親権者として定められた一方の親が死亡した場合に、生存する親が親権を行使することが当該未成年者の福祉に沿うときは、民法819条6項の規定を類推適用して親権者変更をすることができると解する。もっとも、親であるという理由で当然に親権が復活するとすれば、親権者として不適格な者も親権者となることになって妥当ではないから、生存親に親権者を変更することと、第三者に監護養育を委ねるべく後見を開始させることのいずれが未成年者の福祉に適合するかを比較検討する必要があるというべきである。

そこで、以下検討する。

(1)  Dは、未成年者が6歳のころからBに協力して監護養育にあたり、Bが死亡した後も引き続いて監護にあたっており、その期間は6年間に及び、今後も、引き続いて喘息の持病に配慮しながら監護していく所存である。

未成年者は、Bの死亡後、一時期動揺を見せたものの、現在は、比較的平穏を取り戻し、元気に通学し安定した生活を送っており、引き続きCらとの生活を送りたいとの意思を表明している。

(2)  申立人自身も、未成年者のために親権者として監護養育に努めたいと真摯に思っているが、現時点では現在の生活を尊重して、直ちに未成年者を引取ることは控え、しばらくはCらに未成年者の監護養育を委ね、中学校に入学するころに自らのもとに引き取る所存であり、現時点で法定代理人として何らかの行為をする必要に迫られているというわけではないが、ただ、現時点でDが後見人として選任されて法定代理人として権限を得ると、申立人と未成年者との面接交渉や、申立人が将来未成年者を引き取ることに支障を来すおそれがあることから、現時点で申立人自らが親権者となることを希望するという。

(3)  確かに、Cらは、依然として申立人に対する悪感情を払拭できないでおり、面接交渉に送り出す側のCらが不愉快な反応を見せれば、未成年者の心情に影響を及ぼすことは否定できないところである。

しかし、Cらは、実父である申立人と未成年者との交流が失われたままとなることが適当でないことに理解を示すようになり、現時点においては、申立人と未成年者が面接交渉することに異存はなく、未成年者の意思を尊重し、同人が高等学校に入学するころに同人が希望すれば申立人に引き渡してよいと述べるに至っている。

そうであれば、Dが後見人として選任されても、申立人は実父として何ら遠慮することなく未成年者と面接交渉をすることができるはずであり、面接交渉に支障をきたすと認めるに足りる事情はない。

そして、申立人は、未成年者と会わなくなってから2年近くに及んでいるばかりか、B死亡後の動揺した時期を経てようやく安定に向かい、精神的動揺を整理しつつある未成年者に宛てた手紙の中で、Cらが申立人の悪口を言っていると思うがなどという不適切な表現をとったり(家庭裁判所調査官の調査報告書に基づく。)、未成年者の意思を十分に推し量ることなく、下校中に追いかけたりしており、未成年者に対する理解、配慮に多少不足する面があったといわざるを得ず、未成年者が申立人に対して必ずしも親和的感情を抱いているわけではないことを考慮すると、申立人が面接交渉の機会を十分に持って未成年者の心情を理解することに努め、真に親子の絆が築けるよう努力して信頼を十分に回復することが急務であり、それは面接交渉の過程で実現することが可能であるといえ、それが達成された段階においては未成年者引取りの可能性も十分に存するというべきである。

その他に、Dを後見人に選任することによって支障が生じると認めるに足りる事情や、あえて直ちに親権者を申立人に変更しなければならないという事情は認められない。

したがって、現時点においては、監護養育状況の実態に合わせるとともに、Bが未成年者のために残した保険金の受領等の手続を進めるためにも、Dを後見人として選任し、申立人と未成年者との面接交渉等が円滑に進むように、当裁判所の後見監督をもってCらを指導し、申立人と未成年者との信頼関係が回復し申立人の受入態勢が完備した段階で、改めて申立人に親権者を変更することを検討することが、未成年者の福祉に適合するというべきである。

4  以上から、本件申立ては、理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 佐藤道恵)

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