福岡高等裁判所 平成元年(ネ)172号 判決 1989年11月29日
(控訴人(被告)
国
被控訴人(原告)
上川界子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張及び証拠
当事者の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加し訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目表六行目の「原告運転普通乗用車」の次に「(保有者上川重明)」を加え、同三枚目表末行の「第一項」を「第1項」と、同三枚目裏二行目の「第二項ないし第四項」を「第2項ないし第4項」と、同三行目の「第五項」を「第5項」とそれぞれ改め、原判決六枚目裏二行目の「労災法施行規則二二」の次に「条」を加える。
二 原判決七枚目裏七行目の「支払つた。」の次に行を改め、次のとおり加える。
「右各金額の算出方法は、次のとおりである。
(一) 自賠責保険から支払を受けたとみなされる休業損害相当額本件は、被災労働者(被害者)西田カツエ(以下「被害者」という。)の委任を受けた医療機関が自賠責保険の限度額の一部として診療費を受領しているので、これを治療関係費の支払として扱い、右限度額から診療費を控除した残額をその余の損害項目ごとに比例按分の方法により算出した。
自賠責保険金請求の合計額一三〇万八五五〇円から診療費七八万八二五〇円を控除した残額五二万〇三〇〇円に対する休業補償請求額一一万八四〇〇円の比率を算出すると二二・七パーセントとなる。次に、自賠責保険の支払限度額一二〇万円から診療費七八万八二五〇円を差し引いた四一万一七五〇円について、損害項目(但し、治療費を除く。)ごとに按分すると、休業損害相当額は九万三四六七円(四一万一七五〇円の二二・七パーセント)となる。
(二) 労災保険からの休業給付
(1) 昭和六一年六月四日から同年九月二八日までの一一七日分の休業給付一七万六二二五円は、次の方法で算出した。
<1> 自賠責保険の1日当たりの日収相当額
3,700円
<2> 労災保険の給付基礎日額
3,210円
1日当たりの休業給付額(給付基礎日額の60パーセント) 1,926円
<3> 93,467円÷3,700円=25日 余り967円
労災保険からの支給すべき額
(1,926円-967円)+(117日-26日)×1,926円=176,225円
上記の25日を26日にしたのは端数(余り967円)を生じたためである。
(2) 昭和六一年九月二九日から同年一二月一〇日までの七三日分の休業給付は、一四万〇五九八円(一九二六円の七三日分)で、労災保険の休業給付の合計額は三一万六八二三円となる。」
三 原判決七枚目裏末行の「のである。」の次に行を改め、次のとおり加える。
「右七万〇六四九円の算出方法は、次のとおりである。
なお、算出に当たつては被控訴人の過失割合を四〇パーセントとした。
<1>被害者の休業損害額
93,467円+316,823円=410,290円
<2> 被控訴人が負担すべき損害額
410,290円×0.4=164,116円
<3> 被害者の受領済額 93,467円
<4> 求償額(<2>-<3>)
164,116円-93,467円=70,649円」
四 控訴人の主張の補充
1 本件においては、自賠責保険給付が労災保険給付よりも先になされていたので、まず損害賠償のそれぞれの損害項目に充当し、その残余について労災保険給付を行つたものである。
ところで、労働者災害償保険法(以下「労災法」という。)一二条の四第一項は、「政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」とし、更に同第二項は、「前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。」とそれぞれ規定し、本件のような第三者行為災害において保険給付をしたときはその時点で被害者の損害賠償債権が国に移転することを明定しているのである。
したがつて、もし右に反して、最終的に損害賠償額が確定するまでの間、損害賠償の債権責務の帰属が明らかでないとするならば、その間に労災保険給付がなされたとしても、被害者の損害賠償債権の国への移転が不可能となるのであつて、このような事態は到底労災法一二条の四の予想するところではないのである。
2 本件において、控訴人は、労災保険給付を行うに当たつて、自賠責保険の支払内容の回答に基づき所要の調整を行つたが、この場合、自賠責保険の東京海上火災保険株式会社より被害者又は加害者に支払われた内容中いかなる損害をどの程度填補したかについては、専ら保険会社と被害者(又は加害者)の問題であるので、控訴人はその内容について立ち入る立場にないわけである。
そして、もし自賠責保険の給付額を損害賠償額から一括控除すると、被害者及び被控訴人の自賠責保険への請求内容からみて、自賠責保険の給付金には被害者の精神的損害である慰謝料が含まれていることは明らかであるから、労災保険給付は財産上の損害の填補のみになされ、精神上の損害の填補のみになされ、精神上の損害填補の目的を含まないとする最高裁判所の判例(昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁)の趣旨にも反することになる。
理由
当裁判所も、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由説示と同一(但し、原判決三枚目裏一二行目の「第一項ないし第四項」を「第1項ないし第4項」と改め、同四枚目表二行目の「三一万六八三二円」を「三一万六八二三円」と改め、同四枚目裏五行目の「支払われた金額は」の次に「被害者に三八万一二五〇円、診療機関に七八万八二五〇円」を加える。)であるから、これを引用する。
一 控訴人は、労働者の通勤災害が本件のように第三者の行為によつて生じた場合において、労災保険給付がなされたときは、その時点で被害者の第三者(加害者)に対する損害賠償請求権が国(控訴人)に移転するとされている(労災法一二条の四第一項)のであるから、前記(原判決)認定の立場をとると、加害者に対する民事上の損害賠償額が最終的に確定されるまでの間に、労災保険給付がなされても、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の国(控訴人)への移転が不可能である旨主張する。
しかし、加害者が損害賠償義務を履行する前に労災保険給付がなされた場合に、その給付の価額の限度で、被害者の加害者に対して有する損害賠償請求権が控訴人に移転することは、労災法一二条の四第一項の明定するとおりであり、当裁判所の見解もこれを少しも否定していないのである。そして、控訴人が右同法条に基づいて被害者の加害者に対する損害賠償請求権の移転を受け得るのは、労災保険給付をしたときまでに右損害賠償請求権(本件事故については、被害者の加害者に対す自動車損害賠償補償法ないし民法上の損害賠償請求権)がなお残存していた場合に限られることも明らかであるところ、本件のように損害賠償額の算定について過失相殺がなされる場合で、かつ、労災保険給付のなされる前に自賠責保険からの支払があつた場合には、被害者の被つた損害の総額に過失相殺をして加害者の負担すべき賠償額を算定したのちに、自賠責保険からの支払額を一括控除することにより、なお加害者に対する損害賠償請求権が残存しているかどうかを判定するのが相当である。右のように、自賠責保険金からの支払額を一括して控除し得る理由は、原判決理由第四項のとおりであるが、本件においても、その全証拠によつても、自賠責保険からの支払額につき、控訴人主張のように費目を限定して請求・支払がなされ流用を許さない趣旨であると解することは困難である(被害者及び加害者の両者を「請求者」と表示して、費目別に自賠責保険金の請求額及び認定額を表示した保険会社作成の報告書である甲第一号証は、弁論の全趣旨により成立を認めることができるが、同じく弁論の全趣旨によれば、右の記載も保険の限度内においての給付総額を算出するための便宜上のものにすぎず、加害者及び被害者ともに右の費目別の金額に拘束されるとの認識はなく、いわんや、休業損害になお支払業務が残存しているとの認識もないことが認められる。)
二 控訴人は、労災保険給付は財産上の損害の填補のみになされ、精神上の損害填補の目的を含まないものであるところ、被害者が給付を受けた自賠責保険金に慰謝料が含まれているから、被害者の損害賠償の額から自賠責保険金を一括控除するのは最高裁判所の判例の趣旨に反する旨主張する。しかし、控訴人引用の右判例は、労災法による休業補償給付(通勤災害の場合は休業給付)は、被害者の受けた財産上の損害のうち積極損害(入院雑費、付添看護費はこれに含まれる。)及び精神的損害(慰謝料)とは性質を異にする(労災法一二条の四第二項にいう同一の事由に当たらない。)から、休業補償給付が現に認定された休業損害の額を上回るとしても、当該超過分を財産上の損害のうち右積極損害及び精神的損害を填補するものとして、右給付額をこれらとの関係で控除することは許されないとしたものであつて、財産上の積極損害(治療費、入院雑費、付添看護費等)、消極損害(休業損害、逸失利益)、精神上の損害(慰謝料)の全てを填補することを目的として給付される自賠責保険金に関するものではないから、控訴人の右主張は理由がない。
よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 友納治夫 山口茂一 榎下義康)