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福岡高等裁判所 平成10年(ネ)567号 判決

主文

一  原判決中、被控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成四年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一審の訴訟費用、差戻し前及び差戻し後の控訴費用並びに上告費用は被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  主文第一ないし第三項と同旨

2  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  差戻し前及び差戻し後の控訴費用並びに上告費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  概要

本件は、控訴人が被控訴人から買い受けた株券について、売買の当時既に公示催告の申立てがなされており、その引渡し後に除権判決が言い渡されて無効になったから、右株券には隠れた瑕疵があり、右売買契約は錯誤により無効であるか、被控訴人の詐欺によるものであるから取り消す、またこの瑕疵によって売買契約を締結した目的を達成することができずこれを解除した、さらには被控訴人に債務不履行があるからいずれにしろ売買契約を解除したなどと主張して、被控訴人に対し、右株券に係る売買代金の返還と右除権判決の言渡しの日以降の民法所定の利息又は遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  控訴人は、平成三年一一月二〇日、被控訴人との間で、ゴルフ場「熊本空港カントリークラブ」(以下「本件クラブ」という。)を経営する菊陽緑化興産株式会社(以下「菊陽緑化興産」という。)発行の左記株券四枚(株式合計三〇〇株)を代金四〇〇〇万円(<1>、<2>について各二〇〇〇万円)で買い受ける旨の売買契約を締結してその代金を支払い、被控訴人から右株券の引渡しを受けた。

<1> 株式一〇〇株の株券(番号五〇戊第一〇八一号)及び株式五〇株の株券(番号四八丁第一〇八一号)各一枚

<2> 株式一〇〇株の株券(番号五〇戊第三〇九八号)及び株式五〇株の株券(番号四九丁第三〇九八号)各一枚

2  針貝孔朗(以下「針貝」という。)は、右売買に先立つ平成三年九月一七日付けで右<1>の各株券(以下「本件株券」という。)が横領されたとして熊本北警察署に被害の届出をした上、同月二五日、本件株券について、熊本簡易裁判所に公示催告の申立てをし、平成四年五月二七日、本件株券について除権判決が言い渡された。

3  控訴人は、被控訴人に対し、右売買契約中本件株券に係る部分(以下、この部分を「本件契約」という。)について、<1>平成四年一〇月二一日、被控訴人の詐欺を理由としてこれを取り消す旨の意思表示をし、<2>同年一一月一七日に、同月二七日限りこれを解除する旨の意思表示をした。

三  争点

1  錯誤の有無(当審における主張)

(控訴人の主張)

控訴人は、本件契約の際、本件株券について公示催告の申立てがなされていたことを知らず、同株券には何ら瑕疵がないものと誤信していた。

そして、控訴人がこのように誤信したことについて、被控訴人が主張するような重過失はなかった。

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人は、転売利益を得る目的で本件株券を買い受けたのであるから、たとえ公示催告の申立てがなされていようともこれを転売すれば利益が出るとの予測のもとに買い受けることがあるのであって、公示催告の申立てがなされていること自体は本件契約の要素の錯誤にならず、その動機に錯誤があったに過ぎない。そして、本件契約においてこの動機は表示されていない。

(二) 仮に控訴人に錯誤があるとしても、控訴人には菊陽緑化興産に本件株券の瑕疵の有無を確認しなかった重過失がある。

すなわち、菊陽緑化興産は、針貝の求めに応じて公示催告申立てのため本件株券を同人に売り渡した旨の証明書を発行したから、針貝が公示催告の申立てをしたことを知り又は知り得べき立場にあった。そして、控訴人は、取締役を共通にするなど菊陽緑化興産とは同系列の会社であるから、本件株券取得の際、菊陽緑化興産にその瑕疵の有無を確認することは容易であったのに、これをしなかった。

2  被控訴人による詐欺の有無(控訴人の主張)

被控訴人は、本件株券について公示催告の申立てがなされていたことを知りながら、これを隠し、右株券には何ら瑕疵がない旨を告げて控訴人を欺き、この旨誤信した控訴人に本件契約を締結させた。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、平成四年一〇月二一日、本件契約を取り消す旨の意思表示をした。

3  債務不履行又は瑕疵担保責任に基づく解除の成否

(控訴人の主張)

(一) 本件契約当時、本件株券について公示催告の申立てがなされており、後に除権判決の言渡しによってこれが無効となったのであるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件契約に基づき、本件株券に代わる有効な株券を引き渡すべき義務を負う。

そこで、控訴人は、被控訴人に対し、平成四年一一月一七日到達の書面で、この書面到達後一〇日以内に本件株券に代わる有効な株券を控訴人に引き渡すよう求めるとともに、右期間内に引渡しがないときには期間を経過した日をもって本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 本件株券につき公示催告の申立てがなされていたことは民法五七〇条の「隠レタル瑕疵」に当たるところ、本件契約は、右除権判決により本件株券が無効となった結果、その目的を達成することが不可能となった。

そこで、控訴人は、前記(一)の平成四年一一月一七日到達の書面で、被控訴人の瑕疵担保責任に基づいて、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) 被控訴人の後記(二)の商法五二六条一項に係る主張は、控訴人の故意又は重大な過失により時機に遅れて提出されたものであるから、却下されるべきである。

(被控訴人の当審における主張)

(一) 後記4のとおり、被控訴人は、除権判決の申立人である針貝に再発行された本件株券に代わる株券を同人から控訴人のもとに持参させ、その引渡しの提供をした。

(二) 本件株券は、商人である控訴人と被控訴人の間で売買されたものであるところ、控訴人は、本件契約の日から六か月を経過した平成四年六月ころ、被控訴人に対し、同株券に瑕疵がある旨を通知した。したがって、商法五二六条一項により、もはや右の瑕疵を理由に本件契約を解除することはできない。

(三) 控訴人と被控訴人は、本件売買について瑕疵担保責任を免除する旨の合意をした。

4  信義則違反(被控訴人の当審における主張)

針貝は、本件株券を購入した事実がなかったにもかかわらず、虚偽の被害を届け出て公示催告の申立てをし、同株券について除権判決の言渡しがなされた後、菊陽緑化興産からその再発行を受けた。後日、針貝が被控訴人に右事実を認めたので、被控訴人は、その事情を控訴人に説明した上、針貝に指示して再発行された株券を控訴人方に持参させたが、控訴人はその受取りを拒否した。また、本件クラブの会員資格一口分に当たる菊陽緑化興産の株式の取引価格は、本件契約を締結した平成三年一一月当時、二一〇〇ないし二二〇〇万円であったが、その後の経済事情の変化に伴って下落し、平成四年一〇月現在では約一五〇〇万円となっていた。

控訴人は、本来、再発行された株券を針貝から受領することにより本件契約の目的を達成することができたにもかかわらず、同株券が除権判決により無効となったことに便乗して、取引価格の下落による自らの損害を回避しようとして、右のような被控訴人の本件契約上の債務の本旨に従った弁済の提供を受領することを拒んだ。

このような経緯に照らすと、控訴人の本件請求は信義則に反し許されない。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実、証拠(乙五、六及び七の各1、2、八、九、一三、一四及び一五の各1、2、一六ないし二〇、三一ないし三三、四〇、証人針貝孔朗(当審)、同福田伸也、控訴人代表者、被控訴人代表者(原審及び当審))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これに反する限りで証人針貝の供述の一部は採用することができない。

1  控訴人は宅地造成、土地建物の売買等を目的とする株式会社である。被控訴人は不動産の売買、賃貸借等を業とする有限会社であるが、本件契約当時はゴルフ会員権の売買及びその斡旋もしていた。

菊陽緑化興産は、平成三年当時、同社の株式一五〇株を保有する株主をもって、本件クラブの会員資格一口を有する者として扱っていた。

2(一)  田中賢太郎は、平成二年九月二一日、自己名義の本件株券をゴルフ会員権業者である毎日ゴルフ株式会社に売り渡し、毎日ゴルフは、同月二八日、これを株式会社エステートに売り渡した。その後、本件株券は、後記(二)のようなエステートと針貝との間の経緯があるものの、エステートから合資会社原野商事に引き渡された。

(二)  針貝は、平成二年九月、エステートから本件株券を買い受けることとして本件株券のコピーを受け取ったが現物の引渡しを受けないでいるうちに、エステートの代表取締役柳田浩の所在が不明となった。そこで、針貝は、翌平成三年九月一七日、柳田が本件株券を横領したとしてこの旨を熊本北警察署に届け出た上、同月二五日、熊本簡易裁判所に同株券に係る公示催告の申立てをした。同裁判所は、そのころ公示催告の決定をした後、翌平成四年五月二七日、本件株券について除権判決を言い渡した。このような経過を辿って、針貝は、右除権判決後、菊陽緑化興産から本件株券の再発行を受けてこれを所持している。

3  ところで、控訴人は、投資目的で菊陽緑化興産の株式を取得することを考え、被控訴人に対し、その入手方を申し出た。

そこで、被控訴人は、控訴人の申出に応ずるべくこれらの入手先を探していたが、平成三年一一月一九日から翌二〇日にかけて、日栄ゴルフサービス株式会社及び原野商事から本件株券を含む菊陽緑化興産の株券四枚(株式合計三〇〇株・本件ゴルフ会員資格二口相当分)を買い受けることに成功した。

熊本地方では、ゴルフ会員権の業者間の売買において、信用取引はしないで現金と会員券等現物との引換えにより取引をすること、名義書換料を節約するためこれに必要な書類を添付するのみで取引の都度名義書換までは行わないこと、買主が名義人と直接交渉して抜け駆けすることを防ぐため、売買に当たっては会員券の名義人を予め明らかにすることはしないこと等の慣行がある。被控訴人も右のとおり本件株券を入手した際この慣行に従い、本件株券の権利関係等について特に調査はしなかった。

4  このようにして、前記第二・二1のとおり、控訴人は、平成三年一一月二〇日、被控訴人から本件株券を当時の取引価格である代金二〇〇〇万円で買い受けることとなったが、このとき、本件クラブの松島支配人に電話をかけて、右株券の名義書換に支障がないことを確認した。

5  ところが、前記2(二)のとおり、平成四年五月二七日本件株券について除権判決が言い渡され、控訴人は、まもなく松島支配人を通じてこのことを知った。

二  争点1(錯誤の有無)について

1(一)  売買契約の目的物である株券について、公示催告の申立てに基づきその決定がなされていた場合、買主は、公示催告期間中に裁判所に対して権利の届出及び株券の提出を行わない限り、通常は、除権判決により証書の無効を宣言され、除権判決を得た者等との関係において株主としての地位の帰属を認められるか否かにかかわらず、その流通証券としての機能を喪失させられる不利益を負うことになるのであるから、このような株券は、売買契約の目的物としては瑕疵があるというべきである。

そして、右のような瑕疵のある株券であることを承知し、あるいはこれを前提として売買代金が定められるなどの特段の事情のない限り、右瑕疵の存在を知らずに株券を買い受けた買主には、売買の目的物の内容について錯誤があり、この錯誤は民法九五条にいう要素の錯誤に当たるものと解されるから、その買受けの意思表示は無効になるとするのが相当である。

(二)  これを本件について見ると、前記認定のとおり、本件株券については、本件契約の当時既に公示催告の決定がなされていたのであり、その後除権判決が言い渡されたのであるから、同株券に瑕疵があったことは明らかである。そして、右(一)の特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。却って、控訴人は、本件契約を締結する際本件株券について公示催告の決定がなされていたことを知らず、また松島支配人にその名義書換につき問題のないことを直接確認した上で当時の瑕疵のない株券の取引価格で本件契約を締結したことは前記認定のとおりである。

そうすると、本件契約における控訴人の意思表示には要素の錯誤があり、したがって、本件契約は無効というべきである。

2  これに対し、被控訴人は、控訴人は菊陽緑化興産と同系列の会社であり、菊陽緑化興産に本件株券の瑕疵の有無を確認することは容易であったとして、控訴人には重過失があり、右錯誤無効を主張することはできないとする。

なるほど、証拠(乙三五、三八、四〇、控訴人代表者)によれば、木材の製造販売等を目的とする児玉林業株式会社は、控訴人と同一場所に本店所在地を置き、控訴人の株主でもあること、児玉林業の取締役児玉文雄は、かつて控訴人の代表取締役を務めたことがあり、また、菊陽緑化興産の設立発起人で、本件契約当時その取締役であったことが認められるから、この認定事実によれば、控訴人と菊陽緑化興産の間には児玉文雄を介するそれなりの人的関係があったとはいえなくはない。

しかし、右のような人的関係があるからといって、これによって控訴人が本件株券の瑕疵の有無を確認することが容易であったとは速断できない。却って、前記認定のとおり、控訴人は本件契約に当たって松島支配人に本件株券の名義書換に支障がない旨を確認しているのである。

他に控訴人の重過失を窺わせる事情を認めることのできる証拠はなく、被控訴人の右主張は、理由がない。

三  争点4について

被控訴人は、本件株券について除権判決が言い渡された以降の諸事情をもって、控訴人の本件請求は信義則に反し許されないと主張する。

1  証拠(証人針貝孔朗(当審)、同福田伸也、控訴人代表者、被控訴人代表者(原審及び当審))によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、本件株券について除権判決が言い渡されたことを知った後、松島支配人を通じて菊陽緑化興産に右除権判決の無効確認等を求める訴えを提起するよう依頼する一方、被控訴人に対しては、本件株券に代わる株券を引き渡すか売買代金を返還するよう求めたが、被控訴人は、本件株券を巡る問題を引き起こしたのは針貝個人であり、被控訴人には責任がないとして控訴人の要求を拒否した。このため、控訴人は、前記第二・二3のとおり、本件契約を取り消すか解除する行為に出た。

他方、針貝は、平成四年一一月下旬以降、菊陽緑化興産から再発行を受けた株券を持参して控訴人方に赴き、自分に疚しいことがあるのか右株券を引き渡すので告訴はしないよう求める始末となったが、控訴人はその受取りを拒否した。

また、証拠(乙三〇、控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によれば、菊陽緑化興産の株式(本件クラブの会員資格一口分)の取引価格は、本件契約以後下落を続け、平成四年一〇月現在では一五〇〇万円程度まで下がり、本件訴えを提起した平成六年四月現在ではさらに下落していたことが認められる。

2  右認定事実によれば、針貝が再発行された株券の受取りを控訴人に求めたのは、控訴人が被控訴人に対して本件契約の取消の意思表示をした平成四年一〇月二一日以後のことであるか、本件契約を解除することを決意した後のことであり、これに前記二において判示したとおり、もともと本件契約は控訴人の錯誤により無効であることを併せ考慮すれば、控訴人が仮に株式の取引価格の下落を斟酌した上で再発行された株券の受取りを拒否し本件売買代金の回収の途を選択したとしても、これが不適切で信義に反する対応であるとは必ずしもいえない。

3  他に被控訴人の右主張に沿う事情を窺わせるに足りる証拠はない。

四  結論

以上によれば、本件契約は控訴人の錯誤により無効というべきであるから、不当利得として本件株券の売買代金二〇〇〇万円の返還を求める控訴人の本件請求は、他の主張について検討するまでもなく、理由がある。また、証拠(甲一)によれば、控訴人は、被控訴人に対し、平成四年一〇月二〇日に差し出した内容証明郵便により、売買代金二〇〇〇万円及びこれに対する本件株券に係る除権判決の言渡しがされた以降の遅延損害金の支払を催告したことが認められる。

したがって、右売買代金二〇〇〇万円及びこれに対する除権判決が言い渡された平成四年五月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本件請求は理由があるから、これを認容すべきところ、これを棄却した原判決は相当でない。

よって、原判決中、被控訴人に関する部分を取り消し、控訴人の本件請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤敬夫 裁判官 石川恭司 裁判官 長久保尚善は、差支えにつき、署名押印することができない。裁判長裁判官 近藤敬夫)

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