福岡高等裁判所 平成11年(ネ)984号 判決 2000年6月30日
控訴人
株式会社山口銀行
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
濵﨑正己
右訴訟復代理人弁護士
西田信義
被控訴人
サガシキ印刷株式会社
右代表者代表取締役
B
右訴訟代理人弁護士
元村和安
藤原隆宏
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決及び佐賀地方裁判所が同庁平成一〇年〔手ワ〕第七号約束手形金請求事件について平成一〇年七月一四日に言い渡した手形判決をいずれも取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金七二九万五六八八円及びこれに対する平成一〇年三月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 第二項につき、仮執行宣言。
第二事案の概要
次のように当審で控訴人が主張を補充するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
一 取立権
控訴人は、a社に対する貸付金債権の担保として本件各手形をa社より取立委任裏書によって取得したが、a社が会社更生手続の申請をしたので、銀行取引約定書の合意により、本件各手形の取立権、処分権および充当権を取得した。したがって、控訴人は本件各手形の振出人である被控訴人に対し、右取立権を行使して手形金を請求できる。
二 相殺適状について
相殺は双方の債権、債務が相殺適状にあることを要件とするから、受働債権についても直ちに権利行使できる状態にあることを要する。しかし、a社が会社更生手続を申請したので、控訴人は商事留置権を取得した(商法五二一条)から、a社(管財人)が本件各手形金相当額を供託して控訴人から本件各手形を回収して(会社更生法一六一条の二第一項)、占有しないかぎり、相殺適状にある債権とはいえないから、被控訴人のa社に対する右相殺は効力を生じない。
三 商事留置権と相殺の効力について
仮に、被控訴人のした右相殺がa社との間で認められるとしても、被控訴人は、右相殺をもって控訴人に対し人的抗弁(手形法一七条)とすることはできない。
すなわち、手形法一七条の人的抗弁は、取立委任契約により授与された包括的代理関係を基礎とするが、控訴人の商事留置権は法律の規定により別個独立に発生した法定担保物権であるうえ、控訴人が本件各手形の商事留置権を取得した時期は、右相殺の相殺適状時より前の平成九年一二月一八日(会社更生手続申立時)であるから、右人的抗弁の対抗を受けるものではありえない。
四 権利の濫用
銀行は、通常業務として、銀行取引約定書を締結し、手形取立委任裏書の方法で手形の交付を受け、かつ取引先が破産等の申立をしたときは、その処分権、取立権等を右約定の合意によって取得することになっている。このことは被控訴人も十分承知しているのであるから、本件事実関係において、a社の本件各手形の所持なくしてなす被控訴人の相殺、人的抗弁の各主張は権利濫用として許されない。
第三当裁判所の判断
一 主位的主張について
控訴人は本件各手形を「取立委任」の裏書を受けて取得したものであるから、控訴人は、取立委任の被裏書人として被控訴人に対して手形金を請求しうるのは当然である(控訴人は、任意的訴訟担当として当事者適格を有する。)。そして、当裁判所も、手形金債権が受働債権である場合、手形の呈示および受け戻しは相殺の要件ではないから、被控訴人のしたa社に対する相殺の意思表示は有効であり、被控訴人は相殺による本件各手形金債権の消滅を控訴人に対抗しうると考えるが、その理由は原判決八頁四行目から同九頁九行目までのとおりであるから、右部分を引用する(ただし、同八頁一〇行目の「意志表示」を「意思表示」に改める。)。
二 予備的主張関係について
1 まず、控訴人は、本件各手形を形式上は取立委任の裏書で取得したのであるが、実質は控訴人のa社に対する債権を担保するもので、担保のために裏書譲渡されたものであると主張するので、検討するに、仮に担保の合意があったとしても、控訴人とa社との間では取立委任として裏書譲渡を受け、控訴人は取立委任の被裏書人として本件各手形を所持し、これを支払呈示したのであるから、担保の合意は手形外の効力を生ずるにとどまり、裏書の効力としては、その形式ないし証券上の記載にしたがって、取立委任裏書による効力を有するにすぎないものと解するのが相当である。
したがって、本件各手形の手形上の権利は取立委任裏書の裏書人であるa社に帰属し、また、同手形の振出人である被控訴人はa社に対する人的抗弁をもって控訴人に対抗することができるから、被控訴人による本件相殺の効力は控訴人に及ぶというべきである。
なお、控訴人は、後述のように本件各手形について商事留置権が発生するから控訴人に対抗しうる人的抗弁は存しない旨主張するが、留置権の成立により本件各手形の債務者である被控訴人が手形債権を消滅させないよう拘束されるものではないし、また、商事留置権の成立により留置物の所有権が移転するわけではなく、留置物の処分権限にもなんら異同はなく、相殺という手形債権の交換価値に対する処分行為は留置権により制限されないのであるから、右主張は採用できない。
更に、控訴人は、被控訴人による相殺の意思表示及び相殺による人的抗弁の主張は控訴人に対する関係では権利の濫用である旨主張するが、被控訴人のした相殺の意思表示時において、被控訴人がa社、控訴人間の債権債務関係や銀行取引約定による担保的機能の現実化等を知り、控訴人を害する結果になることを知りながら相殺するなど相殺権行使の権利の濫用性を基礎づける事実の主張、立証とも存せず、被控訴人が後記銀行取引約定の条項を知っていたという事情だけで、右相殺の意思表示及びそれによる人的抗弁の主張が権利の濫用にあたるとはいえない。
また、控訴人が、a社の状況を見計らいながら取立権行使の時期を考慮していたとの事情が存するとしても、右認定を左右するものではない。
2 ところで、控訴人は、本件各手形について自らに優先的な支払請求権があるとして銀行取引約定四条三、四項に基づく取立権の存在を主張する。
銀行取引約定四条三、四項は、顧客に債務不履行があれば、担保の目的物であるかどうかを問わず、銀行の占有している手形を銀行が取立てることができ、取立金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当することができるものとしている。
しかし、本件のように会社更生手続の開始決定のなされている場合には、会社更生の趣旨目的からして銀行が優先的満足を得られるような規定は存しない(破産の場合であれば、銀行取引約定四条三、四項で認められた銀行の権利が破産法二〇四条の処分権であるとみることにより優先的満足を得ることができる。)。また、会社更生法二四〇条二項は、更生会社自体の財産とは無関係な保証人などの財産から更生債権者(更生担保権者)への弁済を認めても、債権者間の公平にも反しないし、更生の妨げにもならないとの趣旨に基づく規定であるから、更生会社自体の財産に直接影響を有する本件各手形について同条項による優先的満足を得ることができないのは当然である。
したがって、控訴人は、会社更生手続の開始決定のなされた後に、銀行取引約定四条四項(なお、控訴人は、同条三項をも主張するが、前記のように約定担保設定の合意のない本件にあっては占有に基づく同条四項の取立権が生じるにすぎない。)に基づく取立権でもって、被控訴人に手形金の支払いを請求することはできないというべきである(なお、本件のように、a社が更生会社となった場合、次項に述べる商事留置権が発生しない限り、控訴人は更生担保権者としての扱いを受けることもできず、本件各手形をa社(管財人)に返還しなければならない。)。
3 商事留置権について
証拠(≪証拠省略≫)によれば、控訴人がa社に対して合計三三億円あまりの債権を有していたことが認められるところ、前記のようにa社が会社更生手続を申し立てたことによって、控訴人のa社に対する右債権は弁済期が到来したから(銀行取引約定五条一項)、控訴人は本件各手形について商事留置権を取得した(商法五二一条)。
会社更生の場合は、商事留置権の留置的効力は更生管財人が留置権消滅の手続を取らない限り存続するので(会社更生法一六一条の二第一項)、控訴人が本件各手形の占有を継続することはできるが、商事留置権は更生手続を通じてのみ更生担保権者として権利行使ができるだけで、優先弁済権はない(破産の場合は、商事留置権が債務者の破産とともに特別の先取特権とみなされる(破産法九三条一項)が、会社更生の場合はこのような規定は存しない。)。
4 そうすると、会社更生開始決定がなされた後にあっては、そもそも商事留置権(銀行取引約定四条四項)に基づく本訴請求は、会社更生手続の中で請求しうるものであって、その手続によらずに優先的に取り立てることができないというべきである。
第四結論
以上、説示のとおり、原判決は相当であるから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 兒嶋雅昭 山本善彦)