福岡高等裁判所 平成11年(ラ)199号 決定 1999年10月26日
主文
1 原審判を次のとおり変更する。
抗告人は相手方に対し、毎月1回、第1土曜日(ただし、事件本人に差し支えがあるときは、抗告人と相手方が協議して定めたこれに代わる日)の午後1時から午後5時まで、相手方が住居その他適当な場所において、事件本人と面接することを許さなければならない。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告人は「原審判を取り消す。相手方の本件申立てを却下する。抗告費用は相手方の負担とする。」との裁判を求め、別紙のとおり抗告の理由を述べた。
二 当裁判所の判断
当裁判所は、相手方(原審申立人)と事件本人との面接交渉については、本決定主文1のとおり定めるのが相当であると判断する。その理由は、次のとおり訂正するほかは、原審判の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原審判4頁3行目を次のとおり改める。
「よって、面接交渉の時期、方法等について審判を求める。」
2 同4頁4行目から同6頁6行目までを次のとおり改める。
「2 離婚前の面接交渉
父母が離婚には至らないものの、その婚姻関係が破綻して別居状態にあり、子と同居してこれを監護している親権者と他の親権者との間で子の面接交渉につき協議が調わないときには、民法766条、家事審判法9条1項乙類4号を類推適用して、面接交渉の具体的内容を審判により定めることができると解される。
抗告人は、子に対する面接交渉権は離婚により親権を喪失した親のみがもつものであり、親権者たる親には観念できないものであると主張するところ、婚姻中の父母が同居し、共同して親権を行使しているときには、抗告人主張のとおり、親の面接交渉権を問題とすべき必要性は生じない。しかしながら、父母の婚姻関係が破綻し、別居状態が続き、子を監護している親権者とそうでない親権者との間で面接交渉についての協議が調わないときには、むしろ、子の福祉のために、子と同居していない親権者による無制限な面接交渉を制約する趣旨において(本来、親権者たる親は、原則として子との面接交渉を制限されない。)、面接交渉の程度、方法等を定める必要があるといえる。
したがって、抗告人の前記主張は採り得ない。」
3 同6頁8行目から同12行目までを次のとおり改める。
「一件記録によれば、以下のとおり認められる。」
4 同11頁12行目の「面接交渉」から同末行までを「面接交渉が認められるべきである。」と改める。
5 同13頁12行目の「甘受し」を「容認し」と改める。
6 同14頁4行目の「事件本人は」の次に「平成10年1月8日、」を加える。
7 同14頁5行目の「述べている」から同9行目の「上記発言には」までを「述べているものの、右陳述は」と改める。
8 同14頁10行目の「窺われ、」の次に「(調査官は、事件本人の陳述を、事件本人自身の感情に基づくものというより、母である抗告人から聞かされていることを告げているとの印象をもった旨報告している。)」を加える。
9 同15頁末行から同16頁2行目までを削除する。
10 同16頁7行目の「(満11歳)」を削除する。
三 よって、相手方(原審申立人)と事件本人との面接交渉について、本決定主文1のとおり定めることとし、原審判を変更し、主文のとおり決定する。
(別紙)
第一 総論
一 原審の審判には<1>家庭裁判所の審判事項の範囲と離婚前の面接交渉請求権の有無<2>具体的本件に関する判断、いずれについても理由不備の違法がある。
二 以下、上記<1><2>の論点を順に検討する。
第二 審判事項と面接交渉権について
一 離婚前の面接交渉の問題については、判例学説は全く固まっていない。最新の重要判例である高松高裁平成4年8月7日決定は消極説を明らかにしており、当職らの見る限り本決定を覆す高等裁判所の判断は未だ無い。原審は結論として上記決定を覆したわけであるが、上記決定が理由とする理論上の問題点を原審決定は何ら解決しているわけではない。
二 「離婚後」の面接交渉権は実定法上定めのある親権と関連して理解されなければならないことは原審で詳論した。親権と別個独立に親の権利としての面接交渉権が存在するわけではない。面接交渉権は、離婚後に親権を喪失した親が取得するものであり、親権者たる親には観念できないものである。
この点に関し、原審はなんらの理論的検討も加えていない。原審の論法を認めるとすれば、夫は子供に対し親権と面接交渉権の双方を有していることになる。「親権と別個独立の面接交渉権」。かかる観念を実定法は認めているのであろうか。
三 離婚前の「面接交渉」の申立は理論上「親権の衝突の調整」を裁判所に求めていることなのではないのであろうか(高松高裁平成4年8月7日決定)。家事審判法9条は「親権の衝突の調整」を家庭裁判所の権限としているであろうか。
原審の裁判官はこの問題に真正面から答えていない。単純に「事案解決の必要性」という実質論だけで家事審判法の類推適用を導いているのである。しかし、必要性だけで安易に類推適用が認められると言うのであれば、その条項を「限定列挙」であると位置づける意味はない。もし原審の論法を裁判所が認めるのであれば「家事審判法9条は限定列挙ではない。同条は単なる例示列挙であり、家庭裁判所は必要性さえあれば家庭内の問題に無限に立ち入ることができる」と断言していただきたい。
四 一般にある法条を類推適用できるのは
イ 解釈の必要性(実質的利益考量)
ロ 解釈の許容性(理論的可能性)
がいずれも満たされた場合である。
本件で原審が示した民法766条・家事審判法9条1項乙類4号に関する解釈を、高等裁判所も是認するというのであれば(高松高裁の挙げる疑問点についての弾劾も含めて)積極的な理論的論拠を示していただきたい。かかる積極的論拠がない限り、原審には理由不備の違法がある。
第三 具体的本件の判断
一 事実
1 認定された事実は概ね妥当であるが、面接交渉に至る経緯や状況・その後の被抗告人の行動などに関する状況認識の甘さが甚だしく、抗告人にとり全く説得的でない。
2 平成6年12月から平成8年5月までの状況は以下のとおりである。
イ 被抗告人(太郎)は離婚訴訟の中で、不貞行為を訴える抗告人(花子)を精神病扱いし、そのため抗告人は監護者として不適当との言動を行った。
ロ 被抗告人は面接交渉調停の中でも、「逢わせなければ幼稚園にも行くぞ。家にも行くぞ。」と脅迫的言辞を使い、実際に数回幼稚園や自宅に現れている。平成6年9月以降の待ち伏せの日時を具体的の述べると
平成6年9月28日
10月6日
10月10日
10月20日
11月7日
11月18日
11月22日
11月25日
12月6日
12月13日
抗告人が面接に応じていたのは被抗告人のかかる直接行動に対する恐怖に基づくものである。原審が想定しているような平和的なものではない。裁判官にかかる恐怖を理解していただけないのは残念である。
ハ 面接の具体的状況は以下のとおりである。
<1> 祖父母の面接
面接に必ず来ていたのは被抗告人の父母(事件本人からすれば祖父母)であり、被抗告人はしばしば来ていなかった。上記祖父母は事件本人の気を引こうとして高価なおもちゃを買い与えることが多く、何かと甘えさせていた。そのため面接後に事件本人は抗告人(母)の言うことを聞かなくなりしつけに悪い影響が出ていた。申立人は子供の教育には人一倍気を使っている。甘えが出ないよう抗告人は子供の言うとおりには物を買い与えないようにしていた。それが面接で台無しになるのであった。
<2> 面接時の復縁話
離婚訴訟で不貞行為を裏付ける証拠が出てくるや被抗告人は面接を利用して復縁話を執拗に迫るようになり、暗に訴訟の取り下げをたくらんできた。
3 平成8年5月以降の状況は以下のとおり。
イ 待ち伏せ等
被抗告人は以前行っていた自宅付近や学校等での待ち伏せを再開するようになった。具体的には以下のとおり。
平成8年7月8日
7月9日
7月10日
7月11日
7月15日
7月17日
7月18日
特に7月10日の状況を詳論したい。
被抗告人は抗告人の自宅の入口付近で待ち伏せしており、抗告人が帰るのを待っていた。自宅には実母がいたが、恐怖におびえていた。抗告人は車の鍵を閉め、被抗告人が去るのを待っていたが、被抗告人が加害の気配を示したため、携帯電話で代理人樋口の自宅に救助の要請をした。樋口は警察への通報を指示するとともに、被抗告人代理人椛島弁護士の携帯電話に連絡した(飲み会の席であったが、緊急性に鑑み、電話連絡したものである)。被抗告人は警察のパトロールカーの近づく音を聞きつけ、その場をさった。
ロ 再開協議
かかる緊急状況に鑑み代理人間で協議の場を設けることとした。7月26日午後
8時に予定を入れようとしたが、抗告人の恐怖が強く出来なかった。さらに代理人間で協議し8月7日午後8時に樋口・椛島・被抗告人本人で席を設けた。しかし話し合いが出来ずに本件の調停申立を迎えたものである。
ハ 調停申立後の状況
本件調停申立後に抗告人のかかる行動が止んだ訳ではない。平成8年11月15日午前9時45分から10時30分頃、被抗告人はいったん小学校へ現れ、次いで抗告人の勤務先の歯科医院に現れて直談判を強要しようとした。抗告人がこれを断ると、再び小学校へ現れ連れ去ろうとした。子供は右手を強く握られ、あまりの痛さと恐怖で泣き叫んだという。小学校からの通報を受けた抗告人の祖母(抗告人の実母)が自宅に連れ帰り事なきを得た。
ニ 被抗告人母による行動
平成10年5月19日・同7月16日、被抗告人の実母が小学校を突然訪れ、事件本人を連れ去ろうとする行動に出ている。
二 判断
1 原審は、夫婦関係破綻の原因は被抗告人の不貞行為にあること、面接交渉続行拒否の原因は被抗告人が和解協議を拒否したことにあること、被抗告人は学校や自宅マンションで待ち伏せしていたことがあること、事件本人は現在身体的にも精神的にも安定した生活を送っていること、同人は調査官に父親とは会いたくないと述べていることを認定している。
にもかかわらず原審裁判官が抗告人に面接交渉を「強要」する理由は以下のとおりである。
イ 面接交渉の実施そのものにより福祉が害される可能性はない。
ロ 事件本人の発言には抗告人の意向が反映しており、真意に出たものか不明である。
ハ 再開による精神的混乱は一時的なものにとどまる。
2 しかしながら
イ 面接交渉の実施そのものにより福祉が害される可能性は大いに認められる。教育方針の全く異なる被抗告人やその父母による事件本人への懐柔工作は、まだ幼い子供に決定的悪影響がある。かかる悪影響が続けば子供が精神分裂病を発病しないとも限らない。
ロ 事件本人は現在満11歳であり、自分の意思で物事を判断できるし、その判断は裁判所も尊重しなければならない。子供の意思に反して面会を強要することが「正義」に叶うとは到底思われない。裁判所は抗告人が事件本人をマインドコントロールしているとでも言うのであろうか。
ハ 事件本人に精神的混乱が出ることは明白であるが、裁判所がこれを「一時的なもの」と軽く扱う理由が判らない。そもそも3年以上前の面会により、本件決定が「再開」となることは実体に合致しない。本件は従前の面会と全く別物の強制的面会を新たに創設しようとしているのである。
3 したがって原審の判断は、具体的本件事案の解決としても理由不備の違法がある。