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福岡高等裁判所 平成17年(け)2号 決定 2005年3月08日

主文

本件異議の申立てを棄却する。

理由

本件異議申立ての趣旨及び理由は、主任弁護人高江洲歳満が提出した異議申立書及び「意見書」と題する書面に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原決定は、被告人側から控訴申立書として裁判所に提出された書面は、被告人作成名義の控訴申立書と題する書面のコピーであり、提出された書面の署名もコピーであると認定して、本件控訴の申立てを無効なものとしたが、被告人は、控訴申立書の原本を裁判所に提出しているから、原決定には明らかな事実の誤認があるし、仮に、控訴申立書のコピーしか提出していなかったとしても、本件の場合には、その提出による控訴申立てを有効と認めるべき事情があるから、本件控訴の申立てを無効なものとして棄却した原決定は取り消されるべきである、というものと解される。

そこで、記録を調査し、当裁判所の事実取調べの結果をも加えて検討する。

第1  控訴申立書の原本が提出されたことを前提とする所論について

所論は、本件控訴の申立ては、平成16年7月22日午後11時40分ころ、被告人、弁護人高江洲歳満及びその事務員らが、那覇地方裁判所の夜間受付窓口に行き、被告人の直筆の署名のある控訴申立書原本を提出して行ったものであるが、その際、弁護人らが、控訴申立書原本とそのコピー1部を同裁判所の職員に手渡して提出し、コピーの方には裁判所の受理印を押捺して返却するように依頼したところ、裁判所職員が誤って、コピーの方を手元に残して、弁護人らに対し、裁判所の受理印を押捺した控訴申立書原本を返却したことから、裁判所の記録中に控訴申立書のコピーしか存在しない結果となったものであって、以上の事実経過によると、本件控訴の申立ては、控訴申立書原本により適法にされたことが明らかであり、控訴申立書の原本が提出されていないと認定して、本件控訴の申立てを無効と判断した原決定には明らかな事実の誤認がある旨主張する。

そこで検討するに、記録及び当裁判所の事実取調べの結果によれば、上記所論に関係する本件控訴の申立ての経緯は、次のとおりである。

<1>平成14年12月19日、被告人は、強姦未遂及び器物損壊の公訴事実で、那覇地方裁判所に起訴された。平成16年7月8日、同裁判所は、同事件について、強制わいせつ未遂、器物損壊の事実を認定し、弁護人(主任)高江洲歳満、弁護人(副主任)髙野隆出頭の下で、被告人を懲役1年、3年間執行猶予に処する旨の判決を言い渡した。<2>同判決に対する控訴期間の満了日である平成16年7月22日の午後11時40分ころ、弁護人高江洲歳満らが、同裁判所の夜間受付に赴き、控訴申立書と題する書面(以下「本件控訴申立書」という。)を提出し、裁判所職員は、これを受理して同日付けの受理印を押捺した。<3>その際、裁判所職員は、同弁護人からの依頼で、本件控訴申立書とは別の、本件控訴申立書と全く同一の記載内容の控訴申立書と題する書面にも、同日付けの受理印を押捺し、これを同弁護人らに返却ないし交付した。<4>本件控訴申立書は、被告人の署名部分を含む全体がコピーである。<5>平成16年8月27日、被告人の署名のある同年7月21日付け弁護人選任届が同裁判所に提出された。<6>本件控訴申立書は本件被告事件の記録に編綴され、同記録は、控訴事件記録として福岡高等裁判所那覇支部に送付されたが、平成17年1月27日、同支部は、本件控訴申立書を提出して行った本件控訴申立ては、刑事訴訟法374条、刑事訴訟規則60条に違反する無効なものであるとして、これを棄却する決定をした。<7>同月30日、上記弁護人は、上記控訴棄却決定に対し異議の申立てをしたが、その際提出された同弁護人作成の「陳述書」の中には、同弁護人が、上記決定のあった後に、同弁護人の管理する書類の中に、平成16年7月22日付けの受理印が押捺された控訴申立書の原本があるのを発見した旨の記載がある。<8>平成17年2月1日、同弁護人は、福岡高等裁判所那覇支部において、「原本提出について 控訴人Yの控訴申立書原本を提出します。」という手書きの記載と同弁護人の署名がされた書面と一緒に、これが控訴申立書の原本であるとして、平成16年7月22日付けの那覇地方裁判所の受理印が押捺された、本件控訴申立書と全く同一の記載内容の控訴申立書と題する書面(以下「原決定後に提出された控訴申立書」という。)を提出した。以上のとおりと認められる。

そこで、原決定後に提出された控訴申立書が控訴申立書の原本であるかどうかについて検討するに、同書面は、平成16年7月22日付けの那覇地方裁判所の受理印及び平成17年2月1日付けの福岡高等裁判所那覇支部の受理印以外の部分は、被告人の署名部分も含め全体がコピーであることが明らかであって(その紙質は、本件控訴申立書が通常の白色の紙であるのに対し、いわゆる再生紙であると認められる。)、控訴申立書の原本であるとは到底認めることができないものである。他方で、原決定後に提出された控訴申立書に押捺された平成16年7月22日付けの那覇地方裁判所の受理印は、真正なものと認められるのであって、以上からすると、平成16年7月22日に、那覇地方裁判所の職員が、弁護人らに対して、返却ないし交付した書面は、原決定後に提出された控訴申立書そのものであると認められる。

そうすると、平成16年7月22日に、上記弁護人らが那覇地方裁判所の夜間受付に提出した本件控訴申立書及び同裁判所の職員が同弁護人らに返却ないし交付した書面(原決定後に提出された控訴申立書)の2通の書面は、そのいずれもが被告人の署名部分も含めた全体がコピーである書面であったのであり、その他に、弁護人らが、同裁判所に提出した書面があったとは認められないから、控訴申立書の原本が同裁判所に提出されたとの事実はなかったものと認められる。したがって、控訴申立書の原本が提出されたことを前提とする所論は、その前提を欠き、採用できない。

第2  控訴申立書のコピーしか提出していないとしても、本件控訴申立ては有効である旨の所論について

1  所論は、控訴申立書に瑕疵があった場合に、その瑕疵を問題にすることは、「裁判所の責問権」として、控訴申立書の受理の時点で速やかに行うべきであるとした上、本件控訴申立書を提出してした本件控訴申立ては、裁判所職員が本件控訴申立書を受理した際、その瑕疵を指摘しないで、「問題なく控訴は受理された」旨述べてこれを受理したのであるから、「裁判所の責問権」の不行使により、瑕疵が治癒されて有効な申立てになったといえるなどと主張する。

この点の事実関係については、弁護人高江洲歳満作成の陳述書によれば、弁護人らが本件控訴申立書を裁判所の夜間受付に提出した際、被告人が「上訴は誤りなく受理されたか?」と(英語で)言ったので、高江洲弁護人が宿直の裁判所書記官に、「控訴の受理は完了しましたよね?」と聞いたところ、同書記官が「はい。終わりました。」と言ったので、高江洲弁護人は被告人に対し、「手続は全て問題なく終わった。」と、同書記官の言葉を英語に直して伝えたとされている。

ところで、控訴の申立てが適法・有効かどうかは、第一審の判決が確定するかどうか等の訴訟上極めて重要な効果に関係する事項であるから、控訴申立てを受理した後に、第一審裁判所による控訴棄却決定(刑事訴訟法375条)や控訴審裁判所による控訴棄却決定(同法385条1項)、あるいは、控訴審裁判所の判決等の手続の中で、担当裁判所(裁判官)によって慎重に判断されるべきものである。したがって、控訴の申立てを受理する裁判所職員(裁判所書記官を含む。)には、申立てが適法・有効かどうかについて最終的な判断をする権限はない。また、同職員は、申立てが適法かどうかについて一応の審査をし、瑕疵のある申立てがされた場合には、補正の必要性等を指摘して任意の補正を促すことがあるけれども、それを同職員(特に、夜間受付の裁判所職員)の当事者に対する義務とまでいうことはできない。そうすると、控訴申立ての際に、控訴申立書を受理した裁判所職員が、その申立書の瑕疵を指摘しなかったからといって、それを「裁判所の責問権」の不行使であるとして、そのことにより控訴申立書の瑕疵が治癒されて控訴申立てが有効なものになると解することはできない(不適法な申立てをしたことによる不利益は、そのような申立てをした者が負担するべきである。)。

以上のとおりであるから、本件控訴申立書が裁判所の夜間受付に提出された際、弁護人らと裁判所職員との間で、上記の弁護人高江洲歳満作成の陳述書にあるようなやりとりがあったとしても、その際の裁判所職員の発言は、本件控訴申立書が裁判所によって受理されたということ以上のものではなく、それによって、裁判所が、その後はその控訴申立てが有効か否かを判断できなくなるとか、本件控訴の申立てが有効なものになるなどと解することはできない。

付言するに、本件控訴申立書が裁判所の夜間受付に提出された際、裁判所職員は、それがコピーであることを指摘していないとみられるが、同書面について調査すると、同書面は、コピーであるかどうかという点に注意して見れば、それがコピーであることは明白であるものの、その点に注意して見るのでなければ、コピーであることに気付かないことも大いにあり得るところと認められる上、本件控訴申立書を受理した裁判所職員は、その受理の場でそれがコピーであることに気付いていれば、当然そのことを弁護人らに指摘したであろうと考えられることにも照らすと、実際にも本件控訴申立書がコピーであることに気付いていなかったものと考えられる。そうすると、本件控訴申立書を受理した裁判所職員が、それがコピーであることを、弁護人らにその場で指摘しなかったことはやむを得ないというべきであって、これを上記職員ないし裁判所側の落ち度ということはできない。所論は採用できない。

2  次に、所論は、最高裁第三小法廷昭和58年10月28日決定(最高裁刑事判例集37巻8号1332頁)を指摘しつつ、控訴の申立ては、原則としては、控訴申立書の原本を提出して行わなければならないとしても、本件控訴申立書におけるコピーされた署名は、本件控訴申立時点で既に存在する被告人の他の署名と照合すれば、一見して被告人本人のものであることが明らかであり、改ざんや作為的な工作が加えられていないことなどからすると、本件控訴の申立ては、本件控訴申立書がコピーであっても有効とされるべき例外的な場合に当たる旨主張する。

そこで検討するに、刑事訴訟法374条、刑事訴訟規則60条が、控訴の申立てについて、署名、押印のある申立書の提出を要求しているのは、控訴の申立てが、判決の確定を遮断する等の刑事訴訟法上重要な効果をもたらすものであることから、訴訟行為の明確性及び手続の確実性、安定性を確保するため、書面によることに加えて、署名、押印(なお、被告人のように、押印の慣行のない外国人の場合は、署名のみで足りるとされている。)も要求することにより、作成者に慎重さを期待するとともに、作成名義人を明らかにして、それが提出権限のある者の意思により作成・提出されたものであることを担保しようとしたものと考えられる。そして、書面の原本とコピーとを対比すると、コピーは、原本作成者以外の者でも作成可能であり、しかも、容易に何通でも作出できる上、原本に比べて、改ざんや作為的な工作が容易であり、書面の管理という面でも、原本に比べて安易になりやすいことからすると、当該書面の作成・提出の真正の担保力において、原本とコピーとでは相当な差異があるといわざるを得ない。そうすると、意思表示的文書のうちでも高度の重要性を有する控訴申立書の場合には、署名、押印が厳格に要求される度合いが特に高いから、控訴申立書それ自体に、署名、押印を具備することを必要とし、署名、押印がコピーの申立書による控訴の申立ては、不適法で無効と解するべきである。また、仮に例外を認めるとしても、それは、上記の昭和58年の最高裁決定におけるような事例、すなわち、当該書面と一緒にあるいはせいぜいこれと接着して提出された関連資料と合わせてみることにより、署名、押印の要件を具備していると認められる場合に限るべきである(なお、控訴申立期間内であれば、控訴申立書の瑕疵を補正し、又は瑕疵のない控訴申立書を提出し直すことができることは当然である。)。

所論は、控訴申立書のコピーが提出された場合であっても、そのコピーされた署名の部分を、控訴申立書提出時点で既に存在する当該名義人の他の署名、たとえば被告事件の記録中にある当該名義人の署名と照合して、同一であると認められれば、有効な控訴申立てと判断するべきであるとの見解に立脚するものと解されるが、このような見解は、控訴申立書に署名等を要求している上記の法令の趣旨、原本とコピーとでは、当該書面の作成・提出の真正の担保力において、前示のとおり相当な差異があること、意思表示的文書のうちでも高度の重要性を有する控訴申立書の性質に照らして、不当というべきであって、採用できない。

これを本件についてみると、上記のとおり、本件控訴申立書は、被告人の署名部分を含む全体がコピーであるから、同申立書を提出して行った本件控訴の申立ては、控訴申立書に、刑事訴訟法374条、刑事訴訟規則60条の要求する署名の要件を具備しておらず、不適法で無効であるというべきである。また、仮に上記の例外を認めるとした場合でも、記録及び当裁判所の事実取調べの結果によれば、本件控訴申立書が提出された際、これと一緒にあるいはこれと接着して裁判所に提出されたもので、本件控訴申立書の作成・提出の真正を明らかにするような関連資料はなかったと認められるから、本件控訴の申立ては、控訴申立書に上記法令の要求する署名の要件を具備しているとは認められず、不適法で無効であるといわざるを得ない。

そうすると、いずれにしても、本件控訴申立書を提出して行った本件控訴の申立ては、不適法で無効といわざるを得ないから、所論は採用できない。

3  その他、所論は、必ずしも趣旨が明確でないものの、<1>平成16年8月27日に弁護人高江洲歳満が行った弁護人選任届の提出、同年10月13日に同弁護人が行った回避要請書の提出、同年11月1日に弁護人髙野隆が行った弁護人選任届の提出、同日に弁護人高江洲歳満及び弁護人髙野隆が行った主任弁護人指定届の提出等の裁判所に対する訴訟行為は、控訴が受理された事実を前提に行われたものであり、裁判所もその事実を前提としてこれらの訴訟行為を受理していること、<2>被告人が、第一審の有罪判決に対して控訴した事実は、新聞等によって広く報道されて公知の事実となっていること、<3>原決定は具体的妥当性を欠くこと、などを指摘ないし主張しており、これらの事情をもって、本件控訴の申立ての瑕疵が治癒されたとみるべきであり、あるいは本件控訴の申立てを有効なものと扱うべきである旨主張しているものと解される。

しかしながら、<1>裁判所が、本件控訴申立書を受理したからといって、本件控訴の申立てを適法・有効なものと認定判断したことにならないことは、上記1のとおりであり、同様に、所論指摘の弁護人選任届等の提出を裁判所が受理したからといって、裁判所が、本件控訴の申立てを適法・有効なものと認定判断したとはいえないこと、<2>被告人が控訴を申し立てた事実が新聞等によって広く報道されたとしても、それによって、本件控訴申立ての有効性が立証されたといえないことは明らかであること、<3>これまで説示してきたことに加えて、弁護人らにおいて、控訴申立書の原本を所定の控訴期間内に裁判所に提出することが困難であった事情があったとは全くうかがわれないから、本件控訴の申立てを棄却することが具体的妥当性を欠くとはいえないこと、以上の諸点からすると、所論は、いずれも採用できない。

第3  その他、所論がるる主張する点を検討しても、本件控訴申立てを有効と主張する所論は理由がなく、これを不適法で無効であるとして棄却した原決定は正当と認められる。論旨は理由がない。

よって、本件異議申立ては理由がないから、刑事訴訟法385条2項、426条1項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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