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福岡高等裁判所 平成17年(ネ)32号 判決 2006年7月14日

控訴人

株式会社甲野産業建設

同代表者代表取締役

甲野花子

同訴訟代理人弁護士

石井将

被控訴人

嘉麻市

同代表者市長

松岡賛

同訴訟代理人弁護士

桑原昭熙

徳永弘志

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,794万円及び内金308万円に対する平成16年6月24日から,内金211万5616円に対する平成17年5月24日から,内金128万円に対する平成18年3月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求(当審拡張分を含む。)を棄却する。

4  訴訟費用(当審拡張により生じた分を含む。)は,第1,2審を通じてこれを3分し,その2を控訴人の負担とし,その余は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,3887万9998円及び内金1234万6363円に対する平成15年6月19日(訴状送達の翌日)から,内金1866万3872円に対する平成16年6月24日(請求を拡張した書面を陳述した原審第8回口頭弁論期日の翌日)から,内金211万5616円に対する平成17年5月24日から,内金575万4147円に対する平成18年3月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

第2  事案の概要等

1  事案の概要

本件は,碓井町(同町は平成18年3月27日の合併により嘉麻市となった。以下,「被控訴人」という。)内の建設業者である控訴人が,被控訴人発注の公共工事の入札に指名業者として指名されないのは,被控訴人の町長が,町長選挙の際,当時の控訴人代表者(以下「前控訴人代表者」という。)が対立候補者の応援をしたことへの意趣返しとして,その措置をとっているもので,町長としての裁量権を逸脱又は濫用していると評価できるから,国家賠償法上違法であり,受注できないことで損害を被ったとして,被控訴人に対し,国家賠償法1条の責任(附帯請求を含む。)を追及している事件である。

原審は,控訴人の請求をすべて棄却したところ,控訴人が,これを不服として控訴したのが本件である。

なお,控訴人は,当審において被控訴人が訴訟係属中も指名停止を続けているのは違法であるとして,その間に生じた損害について請求の拡張をした。

2  当事者間に争いのない事実

(1)  控訴人は,福岡県知事から,土木工事などについて,特定建設業の,建築工事などについて,一般建築業の各許可を得て事業をしている株式会社であって,被控訴人の公共工事の指名業者のうち,Aランク(なお,被控訴人では,従来から,公共工事の指名競争入札に参加できる建設業者を,A,B,Cの3ランクに分類し,実施する工事の規模に応じて,いずれかのランクに属する数業者を入札業者に指名する(Aランクの業者が最も大規模な工事を担当する。)という方法を採用している。)であり,永年公共工事に応札し,落札した工事を施工してきた。なお,控訴人が,被控訴人から受注した公共工事高は,平成12年度で6121万5000円,平成13年度で8481万9000円であった。

(2)  被控訴人では,旧執行部(町長木村一郎,助役林原二郎,以下,それぞれ「木村前町長」,「林原前助役」という。)が,平成14年7月1日に退職し,その後,行われた町長選挙の際,当時の被控訴人代表者の林原三郎(以下「林原現町長」という。)のほか,林原前助役と元碓井町町議会議員森田四郎(以下「四郎前議員」という。)が立候補したが,林原現町長が,同年8月11日に当選した。前控訴人代表者は,その選挙の際,林原前助役を応援した。

(3)  控訴人は,旧執行部時代の平成13年12月20日に行われた隣保館・グランド線道路新設工事の際,その予定価格は2142万円,最低制限価格は1927万8000円(上記価格の90パーセント)であったのに,最低制限価格から2000円高いだけの1928万円で,同工事を落札した(以下「本件落札」という。)。

(4)  控訴人は,林原現町長の当選後の平成14年9月9日に行われた被控訴人発注の昭嘉団地造成工事の指名競争入札において,林原現町長の指示で入札業者に指名されず,その後も,被控訴人の公共工事の指名競争入札において,入札業者に指名されていない(以下,林原現町長による控訴人を指名からはずす措置を「指名回避」という。)。

第3  争点及び当事者の主張

1  争点1(控訴人に対して,林原現町長がした指名回避は,被控訴人代表者の裁量権の逸脱又は濫用として,違法であるか。)

(控訴人)

(1) 林原現町長による指名回避の不当性について

ア 公共工事の請負は,それが住民らの税金等を使って行われることから,地方自治法上も,発注者である町と工事業者との請負契約という私法的側面だけではなく,請負人の決定過程で不正や不合理な介入の余地がないように規定が設けられており,被控訴人でも「碓井町建設工事指名競争入札参加者の資格及び指名等に関する基準(以下「本件指名基準」という。)」,「碓井町建設工事等指名競争入札参加者指名停止規程(以下「本件指名停止規程」という。)」が定められている。また,本件指名基準には,資格の判定及び等級別格付け等のために建設業資格審査委員会(以下「資格審査委員会」という。)を置くとの規定が置かれているが,町長は,この資格審査委員会の構成員となっていない。このように町長を資格審査委員会のメンバーから除いたのは,町長は選挙で選ばれる者であり,支持者の中には工事業者もいるところから,公共工事の発注に政治的な影響力を及ぼさないようにするためである。どこの市町村でも同様であり,首長を委員会から除いている。したがって,本来,町長が資格審査委員会に入って各業者の選定に当たり不当な影響力を行使してはならないのである。町長が,基準や規程に違反し,恣意的に参加資格を有する者のうちの一部の者を排除したり,偏重したりした場合は,町長としての裁量権の逸脱又は濫用として違法というべきである。

それにもかかわらず,林原現町長は,就任した直後の1週間も経たないうちに,控訴人を指名からはずすよう担当の課長に指示し,平成14年9月9日に入札が予定されていた昭嘉団地造成工事(3工区),同工事(4工区)について,Aクラスの資格をもち,これまで施工実績に問題がなかったことから,当然入札指名を受けるべき控訴人を敢えて指名回避にした。

指名回避の理由について,林原現町長はもとより被控訴人も,「町長の執行権」という以外,全く主張しないが,前控訴人代表者が先の町長選挙で林原現町長の対立候補を応援したことがその真の理由である。

町長選挙に際し,控訴人の代表取締役が誰を応援するかは,全く自由であり,それは国民の基本的人権である。控訴人が会社として公選法に違反するような選挙活動をしたことの証拠も全くない。控訴人以外の株式会社葉山建設(以下,関連法人については,適宜略称する。),一色組が林原現町長を支援したが,いずれも,林原現町長就任後の平成14年9月から同15年3月までの間に,合計約1億5000万円の工事を落札し,平成15年度の場合も,合計約2億円近くの公共工事を受注している。まさに,葉山建設や一色組は,林原現町長を支援したが故に応分の利益を得たということになるが,地方公共事業において指名競争入札がとられていることの意義,指名業者選定の方法とその限界,指名回避がとられた場合の業者の不利益などの点からすれば,許されないことは明らかである。

指名回避の理由について,控訴人は,数回,被控訴人町役場に赴いて理由を質したが,被控訴人は,一切説明をせず,控訴人から事情聴取もしなかった。なお,控訴人と同様に指名回避をした二宮建設からは事情聴取をしたというが,その席には,同会社代表者の町議会議員が同席しており,同会社の陳情を受けたというにすぎない。

控訴人には,本件指名基準や本件指名停止規程で定める参加資格の取消し,指名停止に該当する事由等はないし,まして,意図的に長期間の指名回避を受ける理由もない。被控訴人は,本件落札の事実をとらえて恣意的に不正の疑いがあるとして刑事告発しようとしたが,警察からは立件すら断られているし,また,控訴人が本訴を提起したのは,控訴人に理由のない指名停止が行われるおそれがあったので,それを回避するという事情もあったが,それを不利益に扱うのは裁判を受ける権利に対する侵害であり,いずれも,指名回避の合理的な理由にならない。

被控訴人は,ゴルフを通じての林原前助役と業者の癒着,前控訴人代表者が林原前助役と選挙人のところを回っているなどの主張をするが,事実の歪曲であり,事実無根である。ゴルフは,碓井町チャリティーゴルフ実行委員会主催のゴルフ大会が開催されたことを示すと思われ,同委員会の会長は前控訴人代表者であったが,事務局長は被控訴人町職員であった。平成10年ころから毎年開かれていたが,議会で問題にされたのは,平成12年であり,敢えて四郎前議員が取り上げて,木村前町長に対し,林原前助役を同町長の後継者に指名したことを攻撃する口実とした。四郎前議員が町に圧力をかけ,それが職務強要等で刑事事件となったことや,その実弟森田五郎らが町の吏員に対し圧力をかけ,井ノ浦団地下排水路改良工事に際して建物に損傷を被ったとしてその補償をさせたり,あるいは,町営住宅の補修工事に際し,本来入居者個人に負担させるべき補修を町費で施工したなどの事件については,控訴人は全く関係がない。

なお,木村前町長と林原前助役に対する損害賠償請求の訴訟が提起されたが,その後,同訴訟については請求棄却の判決がされている。

イ 控訴人は,前記のとおり,平成13年12月20日に行われた隣保館・グランド線道路新設工事の際,最低制限価格から2000円高いだけの1928万円で本件落札をした。しかし,被控訴人は,林原現町長を支持した葉山建設,一色組が,かつて本件落札同様に,平成12年9月の琴平2・3号線道路新設工事では,予定価格(未公表)に対し,一色組は99.9パーセント,同月の昭嘉団地造成工事では,葉山建設がほぼ100パーセントの価格で落札し,その後のクマモト地区下水排水路改良工事,琴平17号線道路新設工事(開発就労工事),県道・千手川3号線改良工事,下臼井西地区下水排水路改良工事等でも,いずれも最低制限価格に対し,これに近い価格で落札がされているのに,これらは問題としない。

被控訴人は,上嘉穂警察署から林原現町長に対し,隣保館の改築工事の入札に疑惑があるので調査をしたらどうかとの連絡が入ったので,同町長の指示で,担当課に,平成13年度分の公共工事について,予定価格,最低制限価格と落札価格の関係を調査させた結果,価格が低いものや,労働者単価などから工事価格が予測しやすい開発就労事業を除いて,問題があると考えられる工事が7件(本件落札を含み,業者数4社)あり,町の吏員に対する調査が行われたと主張するが,控訴人は,隣保館工事に全く関係がない。また,林原現町長が担当課に指示した結果も,単に担当課が入札価格と最低制限価格の一覧表を作成しただけである。しかも,この一覧表は,平成14年10月頃には林原現町長や幹本助役に提出・説明されていたものである。にもかかわらず,それ以降に被控訴人が本件に関する調査を行なった形跡は全くみられない。なお,その後,突如として約8か月経った平成15年5月21日付けの三井新聞には,恰も7件の工事に「疑惑」があるかのような形で記事が掲載されるに至ったが,裏付けのあるものではない。

(2) 平成14年9月の入札時点の指名回避の不当性について

控訴人は,同月9日の入札に参加できなかったことから,同月13日に担当の建設同和対策課の根岸薫課長(以下「根岸課長」という。)に問い質したところ,同課長は,「今年度は,おとなしく黙って我慢すること」,「平成15年度から指名委員会をつくって指名をする。」と言われたのであって,除外された理由についての回答を受けることはなかった。

町長の裁量権といっても,「①手続的には,町長の独断・介入を排した指名委員会による選定,②実体的には,指名停止と同程度に指名することがふさわしくないという事由の存在」との制約があるが,被控訴人の主張は,何も答えていないに等しい。被控訴人は,選挙報復という真実の理由を明らかにできず,その場限りの方便ともいえる理由を後付けに出しているにすぎない。

(3) 平成14年12月以降の入札時点での指名回避の不当性について

平成14年12月の入札の時点でも,「疑惑」の根拠について,何の検証もされていない。四郎前議員,森田五郎が被控訴人に対し職務強要したことに関し,控訴人は全く関係がなく,被控訴人において,平成14年10月には既に前記のとおり,入札結果一覧表が作成されているのに,同年12月の入札時点まで,そのどこが問題なのか全く調査がなされていないという事情を考慮すると,控訴人をこの時点でなお指名回避することが正当であるとはいえない。

(4) 控訴人ら4業者に対する刑事告発を取り下げた時点での指名回避の不当性について

被控訴人は「控訴人が被控訴人に対し,指名停止を回避する目的で,本件訴訟を提起したことによって,控訴人と被控訴人との信頼関係が崩壊した」と主張するが,被控訴人は,突如,一方的に何の理由も示さず,業者にとって死命を制する指名回避をしたのであり,信頼関係の破壊の責任は,被控訴人にある。また,訴訟を提起した業者を指名競争入札に参加させることは,指名停止を受けて,それなりに責任を取った業者より,控訴人を優遇することにもなりかねないとする点については,理由のない指名回避が続けられれば,その社会的影響が計り知れないことや,指名停止が控訴人に帰責事由=非違行為があることを前提とし,不利益になることを考慮すれば,その裁判を受ける権利を侵害するというべきものである。

なお,被控訴人が3業者を指名停止にしたということは,幹本助役の陳述書が提出されて,はじめて判明したことである。被控訴人は,この指名停止処分を一切公表していないし,その時期や理由さえ,幹本助役は明言できなかったのである。もとより,被控訴人が控訴人に対し,「指名停止にするが2か月以内で9月の指名には間に合う」などと働きかけたこともない。何故,控訴人の訴訟提起が「不誠実な対応」とされるのか全くわからない。幹本助役の陳述書提出後,控訴人は,関係先にあたってこの指名停止の事実調査をしてみたところ,業者は,被控訴人から実質的不利益は与えないから了承して欲しいとの説得を受けた旨の説明をした。

(5) 控訴人への指名回避継続の不当性について

現在,公共事業における談合や高額落札が問題にされているが,被控訴人にあっては,指名業者がごく少数に限られ,予定価格のみで最低制限価格を公示しないため,予定価格の99.7ないし99.8パーセントという高率で落札され,しかも,落札業者は1,2の有力業者に偏り,さらに同じランクの業者による工事完成保証制度を新たに導入して,新規参入を困難にさせるというような形で,公共事業における談合廃止の流れに逆行し,高額受注の弊害を増長させている。

(被控訴人)

(1) 被控訴人では,従来,特定の実力者と旧執行部との間に癒着と不正行為が疑われていた経緯があり,林原現町長は,町議会からも実態の厳重調査を求められ,過去に被控訴人が発注した28件の公共工事を調査した結果,うち7件については,落札価格が,工事予定価格や最低制限価格を知らなければあり得ないほど最低制限価格に近似していた。そのうちの1件が,控訴人に関する本件落札であり(被控訴人では通常土木工事では,最低制限価格を工事予定価格の80パーセントに設定しているが,この件は,90パーセントに設定したのに,それに相応する入札であった。),その原因が解明されるまで,指名を見合わせていたものの,警察への刑事告発が証拠不十分で撤回せざるを得ず,疑惑の解明は不可能であると考えて,指名回避を止めようとした。ところが,控訴人から,本訴が提起されたため,仮に控訴人を指名すると,自ら責任を認めたと誤解されたり,訴訟の相手方に特別に利益を供与したと疑惑を招いて,その公共工事について町議会の議決が得られないおそれがあることから,指名回避が続く結果になっただけで,指名回避には合理性がある。

(2) 調査当時は,①金額が1000万円以上であること,②開発就労工事を除外すること,③として,①と②を充たしかつ予定価格と落札価格が近似していることを選別の対象とした。①の金額を1000万円以上としたのは,金額が大きいもので,予定価格と落札価格が近似していれば,疑惑が濃くなると考えたことと件数を多くしたくない考慮が働いたことによる。件数を多くしたくないと考えたのは,地元業者の立場も考慮し,多数の地元業者を告発の対象とすることに躊躇したからである。②を除いたのは,労務賃金の積み重ねによって工事額が決まるので,積算が容易であることから除いたものである。

以上の結果,7件を告発の対象としたものである。

刑事告発の対象者を指名業者からはずすのは,当然のことであり,町長の裁量権の逸脱や濫用があるとはいえない。

(3) 被控訴人は,平成15年6月17日に控訴人を除く3業者を2か月間の指名停止処分にした。その理由は,4業者に対する処分を検討中に,控訴人が指名停止を回避する目的で本件訴訟を提起したため,被控訴人は,控訴人を除いた残りの3業者を処分し,後日訴訟の決着後に控訴人を処分することにした。控訴人が被控訴人に対し,指名停止を回避する目的で,本件訴訟を提起したことで,控訴人と被控訴人との信頼関係は崩壊した。

信頼関係が崩壊した相手方である控訴人を指名業者からはずしたとしても,そのことが町長の裁量権の逸脱や濫用に当たるとはいえない。

(4) 四郎前議員は,平成14年12月16日に職務強要の容疑で,上嘉穂警察の取調べを受け,同日付けで員面調書が作成されているが,その内容では,木村前町長の町政を11年2か月陰になって支え,林原前助役については,木村前町長に進言して総務課長に,次いで,助役にしたくだりが述べられている。また,被控訴人の平成14年第2回町議会定例会会議録によると,木村前町長が後継者として林原前助役を指名したことに関して,議会で上記と同趣旨の発言をしているほか,入札の指名委員会の委員長である林原前助役が,業者とゴルフに行っていることや,前控訴人代表者が林原前助役と一緒に選挙人の所を回っていることを発言し,林原前助役の業者である控訴人と一緒の選挙活動は,政治倫理に悖るのではないかと質問している。

被控訴人では,工事の入札に疑惑がある旨上嘉穂警察署から注意され,業者から事情聴取しようとしたが,容易ではなく,二宮建設1社だけが事情聴取に応じたので,被控訴人は録取書を作成した。それによれば,平成14年1月21日に行われた「福銀・役場線道路舗装工事」について,二宮建設の代表者枝川六郎は,入札前に森田五郎から入札価格の知らせを受け,その価格で入札し,落札している。

これらの事実に徴すると,四郎前議員と林原前助役との間には,林原前助役が四郎前議員に対して恩義を含む極めて親しい関係があることが認められ,四郎前議員と控訴人との関係を直接証するものはないが,総合すれば,林原前助役を介して四郎前議員と控訴人との間でも利害相通ずる関係があったと推測できるものである。

被控訴人が入札に関し,その透明性,公平性を確保するために,四郎前議員の影響を排除しようとする姿勢をとったことは,明らかであり,かかる見地からも控訴人を排斥したことは相当というべきである。

2  争点2(控訴人が被った損害はいくらか。)

(控訴人)

(1) 控訴人の平成14年9月から平成17年3月までの間の損害は次のとおりとなる。

平成11年度から平成13年度までの間の控訴人の被控訴人発注工事の平均落札率は,15パーセントであったが,被控訴人では,平成14年4月以降従前のAランク,Bランク業者をすべてAランク業者と格付けしたので,平成14年度以降の損害額計算にあたっては被控訴人発注のすべての工事を対象にして算定する。

平成14年度(平成14年4月以降平成15年3月までの全工事落札金額は,3億1539万円で,そのうちの控訴人落札額は,4584万円であったが,平成15年4月以降平成17年3月までの間は,控訴人の落札はなく,一方,全工事落札金額は,平成15年4月以降平成16年3月までは3億7818万5000円,平成16年4月以降平成17年3月までは6億9354万9000円であったから,控訴人の上記期間における工事受注可能額は,上記全工事落札金額の合計の15パーセントから,平成14年度受注分を差し引いた1億6222万8600円となり,控訴人は,平成14年9月以降,平成17年3月までの間,少なくとも同額に相当する工事の受注は可能であったというべきである。

一方,控訴人が指名回避を受けるまでの平成11年1月から平成13年12月までの間の過去3年間の損益計算上の損益の状況をみると,この間の売上高合計は9億6251万5772円であり,売上総利益合計は1億7877万5209円であり,平均利益率は18.57パーセントとなる。

したがって,平成14年9月以降平成17年3月31日までの間の指名回避期間中の損害額を算定すると,次のとおりとなる。

1億6222万8600円×18.57/100=3012万5851円

上記に弁護士費用として約1割の300万円を加算すると,損害額合計は,3312万5851円となる。

控訴人は,従前請求の損害額1234万6363円と1866万3872円の各請求を維持し,これらを差し引いた残額211万5616円とこれに対する平成17年5月24日以降の遅延損害金を請求する。

(2) また,平成17年4月以降平成18年1月31日までの間の損害については,控訴人の平均落札率を15パーセントとし,平成17年4月1日から平成18年1月31日までの間の全工事落札金額は,2億0657万5000円であるから,控訴人の上記期間の工事受注可能額は,次のとおり3098万6250円となる。

2億0657万5000円×15/100=3098万6250円

さらに,上記工事受注可能額に対する利益率を18.57パーセントとして算定すると,575万4147円となるから,同額が上記期間の損害となる。

(被控訴人)

控訴人主張の損害の発生はすべて否認する。控訴人が受注した工事件数は,平成10年度から平成14年度までの順に,1件,0件,2件,2件,1件(ただし,これは同札のため抽選で落札したもので,単なる偶然である。)であり,仮に指名競争入札に参加したとしても,受注できた可能性は,ほとんどなかった。しかも,公共工事の予定価格は,昨今の地方財政の逼迫から低くおさえられており,その利益率は7パーセント程度しかないはずで,控訴人の主張する利益率は,手抜き工事でもしなければあり得ない。

第4  認定事実

当事者間に争いのない事実と甲1,2の1ないし3,3,4の1・2,5ないし7,12,13,14の1・2,15の1・2,16,17,18の1・2,19,20,23ないし33,34の1・2,35,乙1ないし7,8の1・2,9ないし16及び原審における控訴人代表者坂本勝並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

1  控訴人の事業活動等

(1)  控訴人は,昭和42年に創業され,福岡県知事から土木建設業等の許可を得て総合建設業等を業としている株式会社であり,現住所を碓井町に置いている。その従業員は,約17名であり,年間売上高は,平成13年度で3億4343万円,平成14年度で2億6078万円程度であり,ほぼ年間3億円前後であったが,被控訴人からの受注公共工事高は,前記のとおり,平成12年度で6121万5000円,平成13年度は,8481万9000円であった。

(2)  被控訴人では,公共工事の受注に関し,本件指名基準(甲4の1)が設けられ,指名競争入札参加者の指名に関しては,有資格者名簿の中から選定し,等級区分のある工事については,当該工事の設計金額に応じ,対応する等級に属する業者を指名しなければならない旨及び指名を停止する場合には,工事成績の不良等の事由による旨の定めがされ,さらに,具体的な指名停止の基準については,本件指名停止規程(甲4の2)が設けられ,指名停止の期間や停止期間の加重,短縮,変更及び解除等の細則が定められていた。

(3)  従前,被控訴人から土木,建設工事を受注してきたのは,控訴人,葉山建設,一色組,木村組,甲野工業,二宮建設,四谷建設,五木組,六田建設ら合計16社であった。平成13年3月以前の指名競争の実情は,Aランクは業者5社(控訴人,葉山建設,一色組,七瀬開発,甲野工業)であり,Bランクは5社,Cランクは6社であったが,入札制度の改革を求める声もあり,平成13年2月にAランク1社が倒産したことにともない,平成13年度からのランク見直しが予定されていた。

2  四郎前議員らの疑惑行動等

(1)  被控訴人では,かねて一部の実力者と旧執行部との間に不明朗な関係があると噂がされていたが,四郎前議員は,平成13年4月ころ,特定業者をAランクに上げるように林原前助役に要求した。同助役は,一たんは断ったものの,その後,同年7月開催の資格審査委員会において,それまでの実績を考慮したとして,A,Bランクをまとめて新Aランク業者とし,それまでのCランク業者をBランクに格上げし,結果的には四郎前議員の要求を実現した。

また,四郎前議員は,平成13年5月中旬から6月にかけて,実弟森田五郎らとともに,被控訴人町役場に押し掛けて,木村前町長や林原前助役に対し,特定の業者を指名停止にするように要求した。これを受け入れて木村前町長らの旧執行部が,その業者を指名停止にしたことがあった。

(2)  さらに,平成13年から平成14年にかけて,被控訴人では,四郎前議員や森田五郎らが,町営住宅の補修工事を巡って,被控訴人の担当職員らに圧力をかけ,本来入居者が負担すべき畳替えや襖の張替えなどの費用を町費で支払わせる事件が発生した。被控訴人の職員が補修現場に赴いた際には,既に工事業者が来ており,予算が組まれていないのに,工事を先行させる結果となったものであった。また,平成14年3月ころになされた被控訴人の井ノ浦団地下排水路改良工事に関しては,森田五郎や四郎前議員らから,その所有する建物に損傷が生じたとして補修費の請求がされた。損傷との因果関係は不明であったが,林原前助役の指示で森田五郎らの要求に近い額で費用負担契約が締結され,その支払をせかされた結果,木村前町長も予備費から充用してその金銭を支払った事件が発生した。

(3)  控訴人は,旧執行部時代の平成13年12月20日の隣保館・グランド線道路新設工事入札の際,その予定価格は2142万円,最低制限価格は1927万8000円(上記価格の90パーセント)であったのに,最低制限価格から2000円高いだけの1928万円で,本件落札をしたが,それ以前にも,他の業者等が同様に最低制限価格に近い価格で入札したりしていた。

また,被控訴人における入札制度については,前記のとおり,改革の一環として最低制限価格の公表を求める声もあり,その後,平成14年3月からは,入札に当たり,予定価格と最低制限価格を発表することになり,同年4月からの昭嘉団地造成工事からは予定価格と最低制限価格が発表された。

(4)  一方,四郎前議員は,平成14年6月17日の被控訴人町議会定例会では,木村前町長らがゴルフ大会に参加し,前控訴人代表者らと行動を共にしていることなどを指摘し,批判したりしたが,前記指名停止要求に関し,逮捕,勾留され,職務強要被告事件として同年12月に起訴され,その後,有罪判決を受けた。

3  町長選挙とその後の控訴人に対する指名回避等

(1)  被控訴人では,平成14年7月1日付けで旧執行部(木村前町長,林原前助役)が退職し,林原前助役は,林原現町長とともに町長選に立候補した。前控訴人代表者は,林原前助役を応援したが,同年8月,被控訴人の町長として林原現町長が当選した。

(2)  林原現町長は,当選後の平成14年9月9日の被控訴人発注の昭嘉団地造成工事(3工区と4工区)の指名競争入札において,担当課長が予め提出した入札指名業者の名簿に控訴人らが登載されていたのを見て,控訴人と他1業者を指名業者から除外するよう指示した。その結果,控訴人は,被控訴人の同工事の指名競争入札において入札業者に指名されなかった。前控訴人代表者は,同月13日,被控訴人の入札関係担当の根岸課長らから説明を聞いたが,同課長らは,前控訴人代表者に対し,指名がなかった理由は,「行きすぎた行動」である旨の回答をし,行動の内容については,「自分の胸に聞いてくれ。」と答えたのみであった。

(3)  一方,林原現町長の当選,執務開始後,上嘉穂警察署から同町長に対し,隣保館の改築工事の入札に疑惑があるので調査をしたらどうかとの連絡が入ったので,同町長は,担当課に指示し,平成13年度分の公共工事28件について,予定価格,最低制限価格と落札価格の関係を調査させたところ,隣保館の改築工事や教育・生活センター建築工事等の平成13年7月9日から平成14年1月21日の入札までの間の7件の工事(本件落札を含む。)について,甲野工業,控訴人,五木組,二宮建設の入札価格は,最低制限価格と同額ないし近似の額であることが判明した。また,入札実施の1時間前に助役らが町長室に集まって予定価格と最低制限価格を決めていたので,これらの価格が何らかの方法により,短時間のうちに漏れる結果となっていたことが明らかとなった。

(4)  平成14年9月12日,被控訴人町議会定例会が開かれたが,林原現町長は,その席で,前記入札手続の指名から控訴人らの業者をはずした件について,「工事関係書類が今,上嘉穂署に押収されている。今回の業者選定については,旧執行部で決定されていた業者格付け,Aランク,Bランクといろいろあるが,実績と業者の倫理を検討して,執行権において決定をした。」旨の答弁をした。

4  入札疑惑等と議会の対応等

(1)  林原現町長は,さらに平成14年9月12日の町議会定例会でも,業者選定については,実績と業者倫理を検討して決定した旨の答弁をした。

同月19日,第3回予算特別委員会が開かれ,入札問題についての特段の議論はされなかったものの,委員から「(1)井ノ浦団地下排水路改修工事に伴う隣接住民への家屋及び構造物の被害補償費の支払に対する疑惑,(2)町営住宅補修に関する不祥事,(3)出川集会所屋根瓦葺き替え工事に対する碓井町コミュニティ事業補助金申請の不正問題,(4)出川地区(井ノ浦)急傾斜擁壁工事に対する一部住民の関与に関する疑惑」が旧執行部絡みの出来事として指摘され,議論がされた。多くは,「(1)については,補償費支払は隣接家屋等の被害との因果関係が不明とされていたにもかかわらず,支払をするとの背信行為がされたものであり,(2)も同様に一部住民の圧力に屈し,職員も背信行為をしたとされ,(3)は補助金の不正使用に伴う背信行為があったとされ,(4)については,それまでの補助事業の手続が無視された結果となった。」などの批判の意見であり,一連の疑惑があるとして同月27日までの間,集中審議がされたが,結局,同日付けで,「井ノ浦団地下排水路改良工事,町営住宅補修工事等の4件について疑惑があるが,全容の解明に至らず,町執行部に疑惑解明に務めることを要望する。」旨の総括書(乙6)を作成,執行部に交付するにとどまった。

(2)  なお,入札の担当課である建設同和対策課の根岸課長と係長1名は,前記町営住宅の件で,平成14年10月1日から3か月間,本俸の10分の1の減給処分を受けた。

5  被控訴人の業者への対応等

(1)  林原現町長は,平成14年10月,幹本七郎を新助役に任命した。当時は,前記被控訴人町職員への強要等をめぐって四郎前議員に対する取調べがされている最中であり,幹本助役が委員長を務め,根岸課長が副委員長,他に被控訴人町役場課長ら5名で構成される資格審査委員会でも,控訴人を含め,二宮建設,六田建設,五木組に対する入札における指名を停止するか否かも問題とされ,同年12月ころも,再三協議がされた。入札や町営住宅問題で指名停止を受ける可能性を察知した控訴人のほか,二宮建設,四谷建設,五木組の各代表者は,同月18日,被控訴人町役場に赴き,担当の根岸課長に説明を求めたところ,同課長は,前回に言ったはずと述べて明確な指名回避理由の説明はしなかった。

(2)  平成14年12月24日の資格審査委員会では,前記町営住宅の工事の件で,四谷建設を含む補修工事をした業者の指名関係の取扱いが検討され,工事自体に問題はなかったこともあり,指名停止する程の事案ではないとの結論になったが,疑惑は残る状況にあり,同月25日の公共工事の発注の際も,4業者らに対する指名はされないままであった。

6  被控訴人による告発等

(1)  平成15年2月14日開催の議会全員協議会で,下排水路改良工事と町営住宅補修工事の2件について,木村前町長,林原前助役に対する損害賠償の訴えの提起が議決され,その後,訴訟提起がされた。住宅住居者からの回収がほとんどできない見込みのため,木村前町長らへの訴訟を提起することになったものであるが,同訴訟については,その後請求棄却の判決がされた。

(2)  一方,前記入札の疑惑については,被控訴人は,顧問弁護士と協議し,告発する意向で進めていたが,同年3月,林原現町長は,前記4業者に対する刑事告発をするか否かの件について,係員を上嘉穂警察署に相談に赴かせたが,同署からは,被控訴人の町議会議員選挙が同年4月27日に行われるので,その後が良いのではないかとの助言を受けたので,同選挙後に告発の手続をとることになった。刑事告発予定であった4業者を同年4月からの指名競争入札に参加させるかについては,刑事告発の結果を待って判断することになり,指名停止等の具体的な措置はとられないままであった。

(3)  林原現町長は,前記7件の落札疑惑につき,同年5月21日付けで「競売等妨害等」の容疑で告発をした。告発状には,参考人として「木村前町長,林原前助役,坂口収入役,根岸課長,甲野工業,控訴人,二宮建設,五木組の各代表者」が記載されており,不自然と指摘する工事名が記載され,予定価格と最低制限価格と落札額がほとんど一致する7件分の工事名(隣保館の改築工事,生活・教育センター建築工事,隣保館・グランド線道路新設工事,樋掛1号線道路改良工事,下臼井農道舗装工事,福銀・役場線道路舗装工事)が記載されていたが,特に隣保館の改築工事と生活・教育センター建築工事が最低制限価格に極めて近いものであった。

(4)  控訴人らは,その後,平成15年5月にも,再度,林原現町長と面談し,指名回避の理由を質したが,同町長は回答をしないままであった。

また,同月15日,林原現町長や幹本助役,根岸課長らは,二宮建設の枝川六郎から事情聴取をしたが,同席した組坂議員から二宮建設を指名から外した理由を尋ねられ,根岸課長は,住宅の補修問題で森田五郎との関係があったので指名をはずした旨,幹本助役は,入札に関する問題で告訴をする予定であり,その関係もあり,指名をはずした旨の回答をした。また,林原現町長らの質問に対し,枝川六郎は,それまでの二宮建設の入札に関し,四郎前議員らとの関係やそれまでの入札についての控訴人らとの競合結果等についての回答をした。

7  告発取下げとその後の経過等

(1)  前記告発については,その後,警察側から,疑惑はあるが,証拠が不足するので立件は難しいとの見解が示されたので,林原現町長は,刑事告発取下げの手続をした。

(2)  平成15年6月3日,資格審査委員会が開かれ,審議の結果,控訴人,甲野工業,二宮建設,五木組の4業者については刑事告発をした同年5月21日から2か月間の指名停止が相当との結論になった。

控訴人は,同年6月6日,被控訴人側の動きを察知して本訴を提起し,他の3業者も続いて訴訟を提起したところ,同月17日,林原現町長は,控訴人を除く3業者だけを2か月間の指名停止にし,その通知をした。その後,甲野工業と二宮建設については,同年7月22日に指名停止を解除したが,五木組については,被控訴人から請け負った井ノ浦団地下排水路改良工事について下請業者に工事丸投げをしたのではないかとの疑いもあったため,同年8月26日に至って指名停止の解除がされた。

なお,同月ころから,被控訴人では最低制限価格とほとんど同額の落札が急増しているとの新聞記事(甲7)が掲載されたりした。

第5  判断

当裁判所は,被控訴人のした控訴人に対する指名回避の措置については,他業者に対する指名停止の措置が解除された後である平成15年9月以降の回避は,町長としての裁量権を逸脱しており,被控訴人は,これによって控訴人に生じた損害を賠償すべき責任があると判断するが,その理由は,次のとおりである。

1  被控訴人による指名回避の措置の許容範囲について

(1)  被控訴人のような地方公共団体が公共工事をするに当たり,控訴人のような民間の土木・建設等の業者との間で工事請負契約を締結する行為は,対等な立場で行う私法上の法律行為であり,工事の発注は,基本的には契約の相手方の選択も含め,契約自由の原則が妥当し,指名競争入札における入札参加者の指名についても,契約担当者である被控訴人町長の広範囲な裁量に委ねられているということができる。

もっとも,公共工事等の経費は,納税等によって賄われるから,契約締結に当たっても,適正な競争を通じた業者選択による公平性,手続の透明性及び工事施工についての経済性の確保が求められており,契約担当者らの恣意を許すものではないというべきである。地方自治法234条1ないし6項,同法施行令167条は,これらの見地から,業者選択については,契約担当者の恣意が介在する余地の少ない一般競争入札を原則的な契約方式とし,指名競争入札は工事の請負等一般競争入札が適さない場合に限って実施することができるとしているのであり,さらに,地方自治法施行令167条の11第2項は,契約担当者である地方公共団体の長において,あらかじめ,指名競争入札に参加する者に必要な資格を定めることを義務付け,指名の前段階でも業者選択を別の機関で行うこととし,一部の者の偏重ないし排除の弊害が生じることを避けているものである。

被控訴人では,上記法の趣旨を受けて,本件指名基準を設け,入札参加資格を定めるとともに,業者の指名に当たっては,契約担当者たる町長の政治的影響力が及ぶなど,恣意的,主観的な運用がされないようにするため,助役,担当課長等で構成される資格審査委員会を置き,同委員会において業者の工事施工能力,経営規模等の客観的な経営事項や地理的条件等の諸条件を審査して適格業者を選定するとしているものである。

(2) 上記のとおり,業者の指名に当たっては,その資格を定めるなどして恣意的な運用が排除されているが,これは,指名の排除に当たっても同様であって,被控訴人では,もともと,本件指名基準第3条で,有資格者名簿に記載がある場合でも「施工技術が特に不適当と判定された者」や「当該工事の施工について必要な技術を有しない者」等を排除できるとし,第5条では「会計検査員らから不当工事として指摘された工事を施工した者」,「工事の受注に当たり,贈賄その他不公正な行為を行った者」,「連合して町に不利益を与える行為をした者」等を資格取消し及び指名停止の対象者としているが,さらに,指名からはずす場合の手続規定として本件指名停止規程を設けており,その第3条では,該当者についての情状に応じた指名停止期間を定め,第6条では,該当事由により指名停止の期間あるいは加重期間を定め,第10条では指名停止通知書による通知をすることなどを定めているのであるから,契約当事者である町長が,資格審査委員会によって選定された指名業者を指名候補からはずす場合には,本件指名停止規程等に従った手続をすることが求められているのであり,被控訴人町長は,合理的な理由がない限り,これらの手続に則ることなく,指名停止等の措置を採ることは許されないというべきである。特に,従来から指名競争入札に参加してきた特定の業者を一定期間,恒常的に入札指名から排除することは,当該業者の重大な利益に関わるだけでなく,公正な競争による適正な価格形成の妨げになるから,上記法の趣旨を無視するものとして許されないというべきである。

(3) そして,指名回避の措置を採ることが実質上指名停止と変わらないことに照らせば,上記指名停止についての理は,当然に本件のような指名回避についても当てはまるというべきである。明確な理由,根拠もなく指名回避を続けることは,実質上,指名停止以上の措置,効果を生じることになるものであるから,許されないというほかはない。また,本件指名停止規程第9条では,指名停止期間中でも,当該業者が責めを負わないことが明らかになったときは,指名停止を解除するものとされているのであるから,指名回避の事由がないことが明らかとなったときは,同様に指名回復の措置をとるべきものということができる。

2  被控訴人による指名回避措置の相当性の有無について

そこで,林原現町長による控訴人に対する指名回避の措置が裁量権の範囲内にあるといえるかについて検討する。

(1)  被控訴人は,控訴人らの入札について風評等の存在(第4,2,(1),(2)),また,調査の要請が警察からなされたこと(第4,3,(3)),平成13年度の入札結果を調査したところ,最低制限価格と同一落札等の疑問のある入札事例が判明し,その一つが控訴人による本件落札であったこと(第4,3,(3)),町営住宅補修工事への業者関与等の疑惑もあり(第4,2,(2)),調査が終わるまで疑惑対象業者の指名を見合わせていたこと,調査の結果,捜査権のない被控訴人の調査では疑惑解明は不可能で,指名回避の理由なしと判断し,従前通り関係業者の指名を行おうとしていたときに本件訴訟が提起されたので,訴訟の相手方を指名することは,訴訟のために業者に特段の利益を供与したと住民や他の業者から公平たるべき姿勢に疑惑を抱かれることや議会の承認を得ることは困難であることから,指名回避をした旨の主張をし,幹本助役は,別件訴訟でも「指名に入れると,被控訴人が指名回避していた理由が正当化されると思う。訴えられたという行為そのものを,被控訴人が認めたようなことになる。」旨の証言等(甲20,乙6)をする。

しかしながら,控訴人らが林原現町長,根岸課長らに対し,指名回避の理由を明らかにするように求めたのに対し,控訴人に対しては明確な説明を避けてきたことは前記認定(第4,3,(2),5,(1),6,(4))のとおりであり,被控訴人町長が控訴人に対し,指名回避について,その具体的な事由の存在を説明した事実を認めることはできないのであって,本件指名停止規程第10条の指名停止通知書による通知に準じた手続がされたとは到底いうことができない。

(2)  もっとも,本件落札額は公正を疑われる額であり,入札手続に疑惑を生じさせる状況にあったことは,控訴人も認めている上,他にも同様の落札事例があり,さらに被控訴人では,落札のみならず,町営住宅補修工事等の受注をめぐって,四郎前議員の逮捕等に至るなどの刑事事件の発生があり,受注業者らからの事情聴取の過程でも控訴人からの事実確認,事情聴取も考えられる状況にあったのであるから,その疑惑解明の調査等に時間を要することは,明らかであり,これらの疑惑の解明,控訴人に対する関係での指名停止,取消事由の有無の確認等のために,その間は,指名を停止することは,やむを得ないものであり,前記法の趣旨に反するとはいえない。

そこで,さらに検討するに,本件落札等に当たっては,最低制限価格の決定が入札の直前に行われているのに,ほとんどこれに一致する額での落札がされたこと,控訴人のみならず,隣保館の改築工事等の7件の工事について,他の業者も同様であったことをみれば,入札参加者は,内報等により最低制限価格等の情報を得ていたとしか解釈のしようがないというべきである。また,四郎前議員らの行動は,有罪と評価されたものであり,業者との関連でみても,被控訴人の予算執行の手続を踏むことなく,工事契約が成立しているともいえないのに,前倒しで工事を進めさせたのであって,公正な公共工事の手続とは程遠いものであり,これらの事実を明らかにすべく,司直にゆだねるとの姿勢もやむを得なかった点があるというべきである。同議員をめぐる問題等の全体の解明のためには,多くの関係者からの事情の聴取がされねばならず,また,起訴された事件と強制捜査との兼合いなども考慮すると,被控訴人側の対応が刑事告発とその取下げ,他業者への指名停止と短期の解除等と,確たる方針に基づいてされるに至らなかったこともやむを得ないというべきである。

控訴人に対する指名回避については,本件指名停止規程に準じた措置がされたとはいえないものの,入札疑惑に関して刑事告発と取下げがされ(第4,6,(3),7,(1)),その後の4業者についての処分の検討,資格審査委員会での審議等を経て,平成15年6月には他業者への指名停止がされたが,最長期となった五木組への停止は,工事の下請負業者への丸投げも考慮されたことによるものの,その五木組についても同年8月までで指名停止解除がされたこと(第4,7,(2))等を総合すると,控訴人に対する指名回避も同月までの間は,やむを得なかったと認めるのが相当である。

しかし,その後の指名回避については,落札疑惑への調査が控訴人に対してされたこともなく,単に訴訟提起による信頼関係喪失を理由として放置されたに過ぎないというべきであるから,到底指名停止に準じた事由があるとはいえず,裁量権を逸脱した違法なものというのが相当である。前記落札疑惑については,控訴人のみならず,甲野工業,五木組,二宮建設についても同様に評価されるのであるから,指名業者はすべて最低制限価格を事前に知る機会があったことが疑われるのであり,控訴人に責任の一端があるとしても,これらの疑惑に関して主導的な役割を果たしたとまで認めるに足りる証拠はなく,一方,甲野工業らに対しては指名停止がされたのに,丸投げで下請けをしたとの疑いがあった五木組についても同年8月26日をもって指名停止の解除がされていることに照らせば,それ以上に控訴人のみを不利益に取り扱うことは,許されないというべきである。

(3)  以上のとおりであって,刑事告発取下げ後,さらに他業者への指名停止解除期間経過後の平成15年9月からの控訴人に対する被控訴人町長による指名回避の措置は,町長としての裁量権の濫用であり,許されないというほかはなく,被控訴人は,これを続けたことにより控訴人が被った損害を賠償する責任がある。

3  控訴人の損害について

さらに,平成15年9月以降,平成18年1月31日までの間の指名回避を受けたことによる控訴人の損害について検討する。

(1)  被控訴人による指名回避がなければ,控訴人は,指名業者として被控訴人から一定の公共工事を受注することができたものであり,その受注に見合う利益(=受注額×利益率)を得ることができなかったものと認められる。

そこで,まず,控訴人の被控訴人からの工事受注可能額についてみると,甲23ないし25によれば,平成11年度から平成13年度までの間の被控訴人の全業者落札額は,合計約15億2765万円で,控訴人の落札額は合計約2億2900万円(年度平均約7636万円)であることが認められるから,控訴人の平均落札率を約15パーセントと認める。

また,甲27,28,35によれば,平成15年4月から平成16年3月までの間の落札額合計は約3億7818万円(月平均約3151万円),平成16年4月から平成17年3月までの間の落札額合計は約6億9354万円(月平均約5779万円),平成17年4月から平成18年1月までの間の落札額合計は約2億0657万円であることが認められるから,控訴人主張の期間の控訴人落札は次のとおりと推認される。

平成15年9月から平成16年5月まで

((3151万円×7月)+(5779万円×2月)=3億3615万円)×0.15=5042万円(万未満切捨て,以下同じ)

平成16年6月から平成17年3月まで

(5779万円×10月=5億7790万円)×0.15=8668万円

平成17年4月から平成18年1月まで

2億0657万円×0.15=3098万円

(2)  さらに,控訴人の売上の利益率について検討するに,甲29ないし31によれば,控訴人の第18期(平成11年度),第19期(平成12年度)及び第20期(平成13年度)の売上高合計は9億6251万円,売上原価は7億8374万円,売上総利益は1億7877万円となるところ,控訴人は,売上高に対する売上総利益割合であるとして,利益率18.57パーセントの主張をするが,営業利益は,販売費及び一般管理費も差し引いた上で算出するのが相当である。しかして,上記期間の販売費及び一般管理費を差し引いた後の営業利益合計額は,約3994万円であるから,この売上高に対する割合は,約4.14パーセントとなる。

控訴人の逸失利益については,同利益率をもって算定するのを相当と認める。

(3)  したがって,控訴人の被った損害は次のとおりとなる。

平成15年9月から平成16年5月まで

5042万円×0.414=208万円

平成16年6月から平成17年3月まで

8668万円×0.414=358万円

平成17年4月から平成18年1月まで

3098万円×0.414=128万円

(4)  本件訴訟の難易,審理経過,認容額等を総合し,本件と相当因果関係のある弁護士費用としては,100万円が相当である。

(5)  したがって,被控訴人は,控訴人に対し,合計794万円とこれに対する年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第6  結論

以上のとおりであって,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は,794万円及び内金308万円に対する平成16年6月24日から,内金358万円のうちの附帯請求のある211万5616円に対する平成17年5月24日から,内金128万円に対する平成18年3月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払義務の限度でこれを認容すべきものであるから,これと異なる原判決を取り消し,控訴人の請求を上記の限度で認容し,その余を棄却することとし,仮執行の宣言は付さないこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 野島香苗 裁判官近下秀明は,差支えのため,署名押印することができない。裁判長裁判官 牧弘二)

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