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福岡高等裁判所 平成18年(う)302号 判決 2006年10月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役2年6月に処する。

理由

本件控訴の趣意は,検察官が作成した控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人が提出した答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。

論旨は,量刑不当の主張であり,要するに,本件は被告人の無謀運転により,余りに悲惨な結果に至った交通事犯であり,被害弁償も不十分であることなどに照らすと,被告人を懲役1年8月に処した原判決の量刑は,同種事案の量刑事情と比較して不当に軽過ぎる,というのである。

そこで,所論及び答弁にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

本件は,被告人が,酒気を帯びた状態で,普通乗用自動車を運転し(原判示第1),右に緩やかにカーブする道路を進行中,道路標識により指定されている50キロメートル毎時の最高速度を遵守するはもとより,当時は降雨のため路面が特に湿潤して車輪が滑走しやすい道路状況にあったから,自動車運転者としては,適宜速度を調節して自己の進路を適正に保持して進行すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,帰宅を急ぐ余り約85キロメートル毎時の高速度で進行した過失により,車輪を滑走させて自車を対向車線上に進出させ,同車線上を対向進行してきたA(当時22歳)運転の普通乗用自動車に自車を衝突させ,Aに約3か月間の治療を要する右踵骨複雑骨折等の傷害を負わせたほか,同車の同乗者B(当時21歳)に全盲残存を伴う約半年間の治療を要する頭蓋骨開放性陥没骨折等の傷害を,同C(当時20歳)に約2週間の治療を要する外傷性肝障害の傷害を,同D(当時21歳)に約10日間の治療を要する顔面・左下腿挫滅創等の傷害をそれぞれ負わせた(原判示第2)という,道路交通法違反(酒気帯び運転)及び業務上過失傷害の事案である。本件各犯行の経緯・動機,過失の内容及び本件事故の結果等,殊に被告人は,本件前日の午後8時過ぎから友人らと海岸でバーベキューをしながら深夜まで約4時間もの長時間にわたって飲酒するなどして遊興にふけり,仕事の疲れもあって,自分が酔っていることを自覚しながら,相当高濃度のアルコールを身体に保有する状態で,深夜で検問もしていないであろうと安易に考えて自動車の運転に及び,現場付近では,道路に水たまりができるほどの豪雨になっていたのに,指定制限速度を30キロメートルも超える高速度で運転を継続し,その結果,自車を対向車線上に滑走させて前記A運転の対向車に激突させているのであって,各犯行の経緯・動機に全く酌量の余地がない上,本件過失の態様も非常に悪質重大である。そして,何ら落ち度の認められない被害者4名に前記のとおり傷害を負わせた事故の結果はまことに重大であり,殊にBについては,本件事故により右眼球が破裂し,左眼も神経障害によりほとんど何も見えない状態にある上,味覚障害や臭覚障害が発現するなど,重大な後遺症を負い,長年の夢がかなって就職した保育士の仕事ができなくなったばかりか,介護なしには生活できない極めて悲惨な状況に追い込まれ,Aについても,上記傷害により右足の運動能力を著しく阻害されたことにより,これまた希望して得た保育士の仕事を断念せざるを得なくなるなど,両名とも若くして人生を大きく狂わされてしまったものである。しかも,被告人運転車両に任意保険がかけられていなかったために,十分な被害弁償も受けられないこと,本件事故直後からしばらくの間は被告人の謝罪等が十分なものではなかったことにも照らすと,同人らの処罰感情には非常に厳しいのものがある。また,残る2名の被害者についても,傷害の程度は幸い上記の程度にとどまっているものの,Dは,前額部に長い傷痕が残り,Cも,寒い日には右股関節が痛むときがある,というのであり,決して軽くみることはできない。加えて,被告人には前科こそないものの,本件過失の態様やこれまでの交通違反歴に照らして交通法規軽視の態度もうかがわれる。これらの事情を総合すると,犯情は甚だ悪く,被告人の刑事責任は非常に重いといわねばならない。また,本件のような交通法規を無視した無謀運転による重大な交通事犯に対しては,一般予防的見地も無視することができない。

そうすると,被告人側が,Dについて,平成18年3月7日,Dが自賠責保険から受領済みの金員及び被告人側から受領済みの4万円を除いて,600万円の支払義務を認め,これを平成18年4月から平成38年3月まで毎月2万5000円ずつ支払う旨の示談書を交わし,その後支払いの確実を期して公正証書も作成され,その支払いを継続していること,被告人側から,平成18年2月までに,Aに対し282万9110円を,B側に対し105万9711円を,Cに対し25万円をそれぞれ支払った上,B及びA両名に対し,同月から症状固定まで毎月2万円ずつを支払う念書を提出し,その支払いを継続していること,その他に自賠責保険ないし各被害者加入の任意保険からも,各被害者に対し,一定の補償がされ,被告人の方で保険会社からの求償に少しずつでも応じていること,被告人が,原・当審公判において,各犯行を素直に認め,被害者らに対する謝罪の意思と反省の態度を表していること,前記のとおり,被告人には前科がないこと,被告人の父親が公判廷において被告人の監督を誓約していること,被告人はいまだ若年であること等,所論指摘の点を含め被告人に有利な情状を十分考慮しても,被告人に対し,懲役1年8月の判決を言い渡した原審の量刑は,不当に軽過ぎるといわざるを得ない。論旨は理由がある。

よって,刑訴法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決をする。

原判決が適法に認定した事実に法令を適用すると,被告人の原判示第1の所為は平成16年法律第90号による改正前の道路交通法117条の4第2号,道路交通法65条1項,同法施行令44条の3に,同第2の所為は被害者ごとに,行為時においては平成18年法律第36号による改正前の刑法211条1項前段に,裁判時においてはその改正後の刑法211条1項前段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし,第2は1個の行為が4個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として犯情の最も重いBに対する業務上過失傷害罪の刑で処断することとし,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い原判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で,上記の諸情状を総合勘案して,被告人を懲役2年6月に処し,原・当審における訴訟費用をいずれも被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 正木勝彦 裁判官 平島正道 裁判官 柴田厚司)

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