福岡高等裁判所 平成18年(う)788号 判決 2008年2月07日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人三浦邦俊作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官大久保信英作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する(なお,弁護人は,被告人の責任能力について述べる点は,事実誤認として主張する趣旨に訂正すると釈明した。)が,弁護人の控訴の趣意は,原判示第1の事実(以下「甲事件」ともいう。),同第2の事実(以下「乙事件」ともいう。)及び同第4の事実(以下「丙事件」ともいう。)について,被告人の警察官及び検察官に対する犯行自白の各供述調書(以下「自白調書」という。)は,いずれも任意性を欠くとして,これらを事実認定の証拠とした原審の訴訟手続の法令違反の主張,上記各事件について,ほぼ公訴事実に沿った事実を認定し,被告人の責任能力も問題なしとし,併せて自首の成立も否定した原判決に対する各種の事実誤認の主張並びに本件で被告人を死刑に処した原判決に対する量刑不当の主張である。弁護人の上記各控訴趣意の具体的内容については,それぞれの検討項目の中で明らかにするので,以下各控訴趣意について順次検討する。
第1訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は,自白調書(原審検乙第4号ないし第7号,第10号,第13号ないし第15号,第19号,第24号,第25号,第30号ないし第34号,第36号,第37号,第39号ないし第41号,第42号ないし第44号,第47号,第51号ないし第57号)は,任意性を欠き,証拠能力を認めることができないものであるから,これを採用して事実認定に用いた原判決には,刑訴法319条1項に違反し,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
しかし,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討しても,自白調書には任意性があり,原判決が(事実認定の補足説明)第3で認定・説示するところも正当として是認でき,したがって,これらの調書に証拠能力を認めて有罪認定の証拠として用いた原判決に所論の訴訟手続の法令違反は認められない。以下,所論にかんがみ,補足して説明する。
所論は,自白調書の任意性を否定する理由として,①強盗殺人罪の法定刑は,死刑か無期懲役刑であり,当初は,強姦の意思しかなく,強姦の機会に被害者を死亡させた後に被害者の遺留品に気が付いて,これを盗んだのであれば,強姦致死罪と窃盗罪しか成立せず,処断刑でも死刑はあり得ないから,本件各犯行で強盗目的があったか否かという点は,刑の宣告において決定的な違いを生じるが,捜査官の被告人に対する取調べにおいて,その点の告知ないし説明がなされていない以上,前記自白調書中の強盗の目的があったという供述には,証拠能力を認めることができない,②捜査官の理詰めの取調べによって,被告人の真意に反して強盗の目的があったかのような自白調書が作成された,などと主張する。
しかし,①については,黙秘権の告知は,強盗の目的があったかどうかを含めて言いたくないことを言わなくてもよいという趣旨の告知であるから,殊更被疑事実の法定刑を告知する必要はない。所論は独自の見解というほかなく,採用できない。②について,自白調書は,原判決が(事実認定の補足説明)第3で認定・説示するとおり,一概に自白調書といっても,随所に不自然・不合理な内容が含まれており,各事件について,一方的に当時捜査官が抱いた嫌疑の内容に沿ったものではなく,被告人にとって有利な内容も少なからず記載されており,その供述内容を子細に検討すると,具体的状況や時期を確認しながら取調べが実施されている状況がうかがわれる。したがって,所論が指摘するようにそれほど理詰めによる取調べが行われたとは考えられない。仮に,理詰めによる取調べがあったとしても,そのこと自体から直ちに任意性がなくなるものではなく,本件各犯行がいずれも重大な事件であることは,被告人自身も十分理解していたところであり,被告人の供述内容や上記のような供述経過をみても任意性を疑わせるような事情はないといえる。
その他所論がるる主張する諸点をつぶさに検討しても,所論の訴訟手続の法令違反は認められない。論旨は理由がない。
第2事実誤認の主張について
論旨は,甲事件において,金品強取の目的を認定した点,姦淫自体も認定した点,被告人が被害者のAを殺害しようと決意して,マフラーで再度同人の頸部を絞め付けたと認定した点,乙事件において,金品強取の目的を認定した点,殺意を認定した点,丙事件において,姦淫する目的を認定した点,金品強取の目的を認定した点,また,本件各犯行について被告人の完全な責任能力を認めた点,さらに,甲事件及び乙事件において,被告人の方から取調官に対して犯行を申告したのに,自首を認定しなかった点などについて,原判決にはいずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある,というのである。
そこで,記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに,関係各証拠によれば,原判示第1,第2,第4のとおりの各事実が優に認められ,甲事件及び乙事件について,被告人の申告による自首の成立は認められず,原判決が,(犯罪事実)及び(事実認定の補足説明),(自首の成否について)において認定・説示するところは正当として是認でき,また,本件各犯行について被告人に責任能力も認めることができ,原判決に所論の事実誤認は認められない。以下,上記各争点のうち,主として所論について,若干説明を付加する。
1 犯罪事実に関して
・※ 各犯行における強盗目的の存在について
所論は,①被告人の借金は,平成16年9月に家族に発覚し,父親等の協力により一部弁済し,残りは調停を申し立てるなどして,犯行当時は一応督促はおさまっており,他方被告人はa株式会社に同年10月から勤務し始めてもいたので,収入も期待でき,多少の不自由はあっても,盗みをしてまで金が欲しかったとは考えられない,②被告人は,a株式会社勤務中寝る暇もないように勤務しており,遊ぶ暇などなく,当時遊興費欲しさに,強盗を企てる時間的余裕などなかった,③被告人を哀れに思った父親が,数千円を被告人に渡してくれたこと,被告人は会社から前借りをする方法で小遣い銭を賄っていたこと,先輩や同僚からおごってもらっていたことなどからすると,小遣い銭に窮して強盗を決意したというのも不合理である,④襲った被害者は,いずれも深夜ないし早朝に一人で歩いていた女性であり,多額の金品を奪える可能性はほとんどなく,金品が目的であれば,襲う相手が違うなどとして,強盗の目的はなかった,と主張する。
しかし,①については,関係証拠によれば,被告人は,妻から小遣い銭をもらえず,闇金融の関係者などからの借金の取り立ては続いていたのであり,被告人の借金や手持ちの小遣い銭を含めた生活状態をみると,被告人が,金銭に窮していたことは明らかである。②については,当時被告人に遊ぶ暇が全くなかったわけではない。③については,前記のとおり,被告人は,妻から小遣い銭をもらえず,闇金融の関係者からの借金の取り立てもあり,父親から小遣い銭をもらったり,会社から前借りしたり,先輩などからおごってもらったりしていても,被告人はそのようなみじめな状態を強盗の理由として挙げている(原審検乙第53号)。確かに,一連の犯行の主たる動機が強姦目的にあったことを否定するものではないが,被告人には,併せて上記のような経済状態から,あわよくば小遣い銭でも欲しいという意思も働いたと考えることに十分の合理性がある。したがって,被告人のこの点の捜査段階の上記供述は十分信用できる。ただ,乙事件については,目を着けた被害者が高齢であることもあって,強盗目的だけで犯行を実行するに至っただけである。④については,上記のとおり,襲った被害者が,いずれも深夜又は早朝一人で歩いていた女性であり,多額の金品を奪える可能性はほとんどないとしても,原判決の認定は格別不合理ではない。
・※ 原判示の各犯行の成立について
① 甲事件について
所論は,姦淫行為が未遂に終わっていることは,鑑定書(原審検甲第277号)に照らしても明らかである,と主張する。
しかし,原判決が(事実認定の補足説明)第2の2,第4の1などで認定・説示するとおり,甲事件が被告人には初めての強姦体験であり,相当な興奮状態にあったと推察でき,犯行時の状況について明確に記憶していない点があっても不自然ではなく,そのことから被告人の供述全体の信用性が失われるものではない。被告人は,姦淫行為自体は,捜査段階では認めており,原審第11回公判で初めて明確に否認するに至ったが,被告人のこれまでの性的経験を考えると自己の陰茎を挿入した事実を勘違いするとは考え難い。この点は,原審検甲第163号の事情聴取報告書によって,被害者の死体解剖の結果(上記鑑定書)とも矛盾しないことも明らかにされている。
また,同事件における,強盗の犯意の存在については前示のとおりであり,姦淫後の殺害に至る経緯,殺害行為については,原判決が,関連した(犯罪事実)及び(事実認定の補足説明)で適切に認定・説示するとおりであって,関係証拠に照らして疑問を差し挟む余地はない。
② 乙事件について
所論は,被告人が被害者のBを追い掛けた目的は,わいせつ目的か,強姦目的のいずれかであって,Bを刺して同人が死亡してから,財物を窃取しているから,被告人に成立するのは,殺意の有無に関わらず,強制わいせつ致死罪か強姦致死罪のいずれかの罪と,併せて窃盗罪である,と主張する。
しかし,原判決が(事実認定の補足説明)第2の3,第4の2で認定・説示するとおり,被告人は,Bが歩いているのを発見し,男女の区別が付かなかったが,同人が手提げバッグを持っているのを認め,刃体の長さ約20.5センチメートルの刺身包丁(以下「本件包丁」ともいう。)を携帯して,同人を追跡して襲いかかり,上記包丁を身体に複数回にわたり突き刺して殺害し,同人の持っていた現金等の在中の手提げバッグを持ち去ったものであるが,Bの着衣にみだれもなく,これらの状況や遺体の状況からすれば,被告人は,被害者が高齢であることもあって,手提げバッグをひたくろうと考え,本件犯行に及んだ旨の被告人の捜査段階の供述は信用でき,その捜査段階の供述によれば,Bから手提げバッグをひったくろうとしたところ,Bに抵抗されたので,この抵抗を排除するためにBを上記包丁で刺したというのであるから,被告人がBを刺して同人が死亡してから,初めて財物窃盗を企図したものではない。
③ 丙事件について
所論は,本件で被告人が被害者のCを追い掛けた目的は,その追跡の仕方一つをとっても,わいせつ目的か,強姦目的としか考えられず,Cにわいせつ目的で暴行を加えた後,包丁で刺すことでCの反抗を完全に抑圧し,現場から立ち去るときに,初めてバッグを持ち去ろうと思ったから,強制わいせつ致死罪と窃盗罪が成立するにすぎない,と主張する。
しかし,原判決が(事実認定の補足説明)第2の4,第4の3で認定・説示しているとおり,被告人は,当時金銭に非常に困窮しており,Cが所持していた手提げバッグを持ち去り,その中にあった携帯電話機を使用し続けたり,キャッシュカードや健康保険被保険証等を自宅に保管し,手提げバッグ等だけは山林に投棄しており,原審公判では被告人はバッグを持ち去ったのはバッグに付着した指紋から犯人と発覚するのを恐れたなどというのは,罪証隠滅工作として不徹底で,直ちに信用することができない。
④ なお,弁護人は,各事件について,被告人の殺意を認定した原判決の事実誤認も主張しているが,その理由は必ずしも明らかではない。しかし,本件各事件の被害者に対する被告人の確定的殺意の存在については,被告人の自白を待つまでもなく,客観的証拠に照らして明白な犯行態様,死亡原因並びに各遺体の損傷状況から,争いの余地がないほど明白である。
・※ いずれにしても,原判示の被告人の各犯行は証明十分であって,この点で事実誤認はない。
2 責任能力について
所論は,被告人は各犯行当時極度のストレス状態にあり,妄想や記憶障害,意識障害が存在し,各犯行は,妄想性人格障害か,妄想性障害の影響下に行われたもので,本件は,心神喪失若しくは心神耗弱による犯行である旨主張する。
しかし,本件各犯行の経緯・動機,態様,犯行後の被告人の行動等については,おおむね原判決が(犯罪事実),(事実認定の補足説明)で認定・説示するとおりであり,本件各犯行は,深夜又は早朝被告人が,いずれも一人で歩いていた各被害者を見つけると,甲事件及び乙事件では帽子を目深に被り,軍手を着用し,乙事件及び丙事件では本件包丁を持ち出すなどの準備をして,各被害者の後を追跡し,甲事件及び丙事件では各被害者の口を手で塞ぐなどして公園内に引きずり込み,乙事件では公園付近で手提げバッグをひったくろうとするなどしており,犯行時間,犯行場所,襲撃対象を選んで実行しているだけでなく,犯行発覚を防ぐ準備もした上での犯行で,決して激情の赴くままの衝動的犯行とみることはできない。犯行態様も,甲事件では,Aが頸部に巻いていたマフラーを引っ張って首を絞めて気絶させ,左手の軍手を外した上で素手で同人の乳房などを触るなどした上,姦淫し,自己が犯人であることが発覚しないようにするためにAを殺害したが,通行人等に目撃されることを恐れて逃走し,乙事件では,手提げバッグを手早く奪取するために本件包丁でBを複数回にわたり突き刺して殺害し,同人から現金等在中の手提げバッグ1個を強取し,丙事件では,Cの顔面を手拳で殴打して仰向けに転倒させ,右手で同人の頚部を絞め付けるなどして失神させ,同人のパンティ等をはぎ取り,強いて姦淫しようとしたが,通行人に目撃されることを恐れて犯行を断念し,逃走するにあたり被告人のズボンの裾をつかまえたりして追いすがるCを引き離すため,及び後々の犯行発覚を防ぐため,本件包丁で突き刺し,同人から,現金等在中の手提げバッグ1個を強取し,同人を殺害したものである。犯行後の行動にしても,乙事件では,手提げバッグの中を確認し,中にあったマフラーで包んだ財布を取るなどした後,手提げバッグ等は用水路に投げ捨てるなどし,丙事件では,手提げバッグの中身を確認し,要る物と要らない物を区分けして,手提げバッグを含めて要らない物は人目につかない道路脇の山林に投げ捨てるなどした事実が認められる。
以上の各犯行前後の状況,態様をみると,被告人は,その場の状況に即した対応をしており,本件犯行に至る経緯・動機を含めて精神障害を疑わせるような不自然・不合理な点は一切認められず,後記のとおり,被告人には,特に問題になるような妄想や記憶障害,意識障害はなく,過去に精神病歴もなく,しかも,本件各犯行前後の日常生活においても,被告人の言動に異常を感じた者はいないのであって,妄想性人格障害や妄想性障害の影響下に本件各犯行が行われたとは到底考えられない。
なお,所論は,①被告人は,極度のストレス状態にあり,街中を歩いている女性が誰でも自分と性交渉に応じてくれるという誇大妄想に浸っていた可能性がある,②本件各犯行に近接して,ソープランドやファッションヘルスに通っていたという裏付け資料が存在せず,ソープランドなどに通っていたと思い込み妄想していた可能性がある,③各被害者の服装について記憶しておらず,乙事件及び甲事件では,犯行後,使用車両にガソリンスタンドで給油した事実も記憶していない,また,犯行の具体的態様に関して,記憶がはっきりしていない,④被害者から奪った証拠品の一部を捨てずに,自宅の倉庫や車,ジャンパーのポケットなどに無造作に入れたままにし,特に,Cの携帯電話機を自分の物と同様に使用を継続するなどしており,また,乙事件,丙事件の凶器である本件包丁を捨てずに,プラスチックケースに入れているなど犯行後の行動も不可解である,などと主張する。
しかし,①について,それは被告人の願望であって,実際には被告人は街中を歩いている女性に対して,無差別に声をかけたり,性交渉に誘っておらず,被告人に誇大妄想などは存在しない。②については,裏付け資料がないからといって,被告人がソープランド等に通っていると思い込んで妄想していた可能性があるとはいえない。③については,各事件の犯行態様をみると,犯行を無我夢中で行ったもので,記憶がない部分があるとしても,責任能力が問題となるような記憶障害,意識障害があるとはいえない。④についても,前記のとおり,被害品については,犯行後,被告人が要る物と要らない物を分けて,要らない物を投棄しており,被告人は自身が犯人として見つからないと考えて,倉庫などに置いており,無造作に置いていたともいえず,Cの携帯電話機は,出会い系メールやツーショットダイヤル等に使った後で捨てようと思って持ち帰り,そのまま使用を続けていたというのであり(原審検乙第10号),被告人が,本件包丁について,その後の使用方法を必ずしも明らかにしていないだけである。
付言するに,被告人の捜査,原・当審における自供は,関係証拠に照らして,必ずしも真実ないし記憶内容を余すところなく明らかにしているとはいい難く,真偽織り混ぜているだけでなく,隠している事情も存在する情況がうかがわれる。また,本件のような凶行の中で,周囲の情況を冷静に観察することも困難である。
いずれにしても,本件被告人に各犯行当時妄想や意識障害を疑わせるような情況は存在せず,本件で責任能力に疑問を差し挟む余地はない。
3 自首の成否について
所論は,原判決は,捜査機関は,被告人の逮捕前から本件3件の強盗殺人等被告事件について同一犯人ではないかとの嫌疑を持っていたので,被告人が丙事件に関連して逮捕された後に,乙事件,甲事件について犯人である旨申告しても自首は成立しないと判示しているが,捜査機関は,丙事件,乙事件及び甲事件については,他方で同一犯人ではないとの疑いも有していたから,乙事件,甲事件については自首が成立する旨主張する。
しかし,当審における証人Dの証言及び報告書(原審検甲第222号)によれば,以下の事実が認められる。
すなわち,丙事件以外に平成16年12月の1か月間で乙署管内及び甲署管内で2件の殺人被疑事件が発生しており,その手口等を丙事件と合わせて検討したところ,犯行時間帯,犯行場所の項目,被害者の項目,犯行態様等の関係項目の各欄で多数の類似性を有することが判明しており,捜査機関は,被告人を丙事件の被害者Cが生前所持していた携帯電話機の占有離脱物横領罪の容疑で現行犯人として逮捕した直後から被告人を丙事件だけでなく,乙事件及び甲事件の犯人ではないかとの疑いを持つに至った。そこで,捜査機関は,被告人の所持品から上記二つの事件の証拠の発見に努めるとともに,甲事件において被害者のスカートの裏地から採取された被疑者の精液様のものと被告人のDNAを鑑定するため,平成17年3月8日に被告人の了解を得て,被告人の口腔粘膜細胞及び唾液を採取し,同月9日付けでDNA鑑定を実施した。その後の同月10日,捜査機関は,丙事件に関して,殺人等の被疑事件で被告人を通常逮捕し,同日の取調べの中で,取調官が被告人(当時は被疑者)に対し,「他にも事件を起こしていないか。」と問いかけたところ,被告人が「乙,甲の殺人事件は自分がやりました。」旨自認する供述を行ったことから,同人に自供書を書くよう勧め,その結果,被告人が同年3月10日付各「申立書」(上記検甲第222号添付)を作成したものである。
これらの事実によれば,乙事件及び甲事件で被告人に刑法42条1項の自首が成立しないことは明らかである。
したがって,本件自首の成立に関して原判決に事実誤認は認められない。その他,所論がるる主張する点をつぶさに検討しても,本件で所論のような事実誤認は認められない。
以上,事実誤認の論旨はいずれも理由がない。
第3量刑不当の主張について
論旨は,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
そこで,記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討するが,本件は,被告人が,①公園前の歩道を通行中のA(当時18歳)を公園内で強姦し,さらに自己の犯行であることが発覚しないように同人を絞殺したが,金品強取の目的を遂げなかった強盗強姦,強盗殺人(原判示第1,甲事件),②公園付近路上を通行中のB(当時62歳)を刺身包丁で突き刺して殺害し,同女所有又は管理の現金約6000円等在中の手提げバッグ1個を強取した強盗殺人(同第2,乙事件),③公園前の歩道上を通行中のC(当時23歳)を同公園内で強姦しようとしたが,姦淫の目的を遂げず,引き続き,殺意をもって,刺身包丁で突き刺し,同人所有又は管理の現金約1000円等在中の手提げバッグ1個を強取し,同人を殺害した強盗強姦未遂,強盗殺人(同第4,丙事件),④前記②及び③の犯行の際に,いずれも正当な理由による場合でないのに,上記刺身包丁を携帯した銃砲刀剣類所持等取締法違反2件(同第3,第5)からなる事案である。
1 本件各犯行の事実関係
本件各犯行の経緯・動機,態様,結果及び犯行後の被告人の行動等については,ほぼ原判決が(犯罪事実),(事実認定の補足説明)第2,(量刑の理由)で認定・説示するとおりであるが(ただし,(量刑の理由)第2の「平成17年11月ころ」は「平成16年11月ころ」の,「平成17年12月初めころ」は「平成16年12月初めころ」の誤記と認める。),改めてその要点を示せば,次のとおりである。
・※ 本件各犯行の経緯等
被告人は,平成11年に婚姻し,被告人の実家に住むようになり,平成12年になると,妻と被告人の母親との折り合いが悪く,妻が頻繁に愚痴をこぼすようになり,そのストレスを発散するために,酒を飲みに行ったり,パチンコをして気を紛らわし,そのため,小遣い銭が足りなくなってサラ金から借金をするようになり,平成12年12月には長男が生まれ,そのころには妻と被告人の母親の関係は改善されたものの,その後,再び折り合いが悪くなり,被告人と妻は,平成13年10月ころ,市営住宅に転居した後,平成14年に自宅を購入して住むようになり,同年11月には長女も誕生し,そのころから妻がお金が足りないなどと愚痴をこぼすようになり,その愚痴から逃れるために更に酒を飲む回数も増え,サラ金からの借金も増えていった。
被告人は,平成15年2月ころ,借金が約300万円になったので,自宅に抵当権を設定して350万円借り入れて上記借金を返済し,さらに,同年8月にも自宅に抵当権を設定して500万円を借り入れて借り換えを行ったが,自分の小遣い銭だけでは返済することができず,他の金融業者から融資を受けて返済し,その結果,さらに借金額が増え,平成16年2月ころ,上記500万円の借金を返済することができなくなり,上記抵当権が実行される旨の通知が自宅に届き,被告人が借金をしていることを妻が知り,その借金は被告人の父親が返済し,自宅の抵当権はいったん抹消されたが,被告人が他の借金があることを隠していたため,一部の金融業者からの借金は清算しないままとなった。
被告人は,平成16年9月ころには,借金総額が約800万円にふくれあがり,妻がこれを知って被告人に愛想を尽かし,それ以降妻から小遣い銭がもらえず,妻と性行為はもちろん身体に触ることも許してもらえなくなった。被告人は,同年10月にa株式会社に就職し,保冷車の運転をするようになったが,自宅に帰っても妻から冷遇されることなどから,深夜に帰宅することが多くなり,自動車内で寝ることもあった。被告人は,上記のように小遣い銭がもらえず,生活費や遊興費に極端に窮するようになり,同僚から飲食代をおごってもらうなどして,非常に惨めな思いをしていた。また,被告人は,性欲のはけ口が全くなかったため,性行為などを想像して悶々とするような性的な欲求不満の状態に陥っていた。
・※ 原判示第1の犯行(Aに対する強盗強姦,強盗殺人)について
被告人は,平成16年12月12日午後8時ころ,仕事を終えたものの,その時点では自宅に帰りたくないと考え,強姦したり金品を奪ったりできそうな一人歩きの女性を探していた際,若くて自分好みの女性であったAを発見すると,同人を強姦して金品を奪おうと決意し,自動車を降りてその機会をうかがいながら約500メートルにわたってAを追跡するとともに,その間に自己が犯人であることが発覚しないようにあらかじめ用意していた帽子を目深にかぶり,軍手を着用するなど準備をした。
同日午後11時40分ころ,Aに対し,その背後から左手で同人の口をふさぎ,その上半身を抱えるなどして同人を付近の公園内に引きずり込んだ上,同所において,仰向けに倒れた同人の身体に馬乗りになり,同人が頚部に巻いていたマフラーの首に近い部分を両手で引いてその頚部を強く絞め付ける暴行を加え,同人を気絶させてその反抗を抑圧し,強いて同人を姦淫し,引き続き,自己が犯人であることが発覚しないようにするため同人を殺害しようと決意し,前記マフラーの首に近い部分を両手で引いて同人の頚部を強く絞め付け,そのころ,同所において,同人を絞頚による窒息により死亡させて殺害したが,通行人等に目撃されることを恐れて逃走したため,金品強取の目的を遂げなかった。
・※ 原判示第2,第3の各犯行(Bに対する強盗殺人等)について
被告人は,道に迷って,自動車を降りて周囲を検索中,同月31日午前7時ころ,手提げバッグを所持して通行中のBを発見し,これを脅してでも奪おうと決意し,帽子を目深にかぶり,軍手を着用した上,刃体の長さ約20.5センチメートルの鋭利な刺身包丁を持ち出して,犯行の機会をうかがいながら,Bを数百メートルにわたり追跡し,丁公園前に差しかかると,手提げバッグをひったくろうとしたものの,Bの抵抗にあったため直ちにひったくることができず,手提げバッグを手早く奪取するために殺意をもって前記刺身包丁で同人を突き刺し,Bは,出血したにもかかわらず,被告人の凶行から免れようと50メートル以上逃走したが,被告人は,Bを追跡した上,路上に倒れ,もはや抵抗することもできない同人の背部を上記包丁で複数回にわたり強く突き刺し,さらに,仰向けになったBの胸部めがけて包丁を強く突き刺してとどめを刺し,そのころ,同所において,同人を心臓切損に基づく失血により死亡させて殺害した上,同人からその所有又は管理の現金約6000円及び財布等21点在中の手提げバッグ1個(時価合計約5960円相当)を強取した。
・※ 原判示第4,第5の各犯行(Cに対する強盗強姦未遂,強盗殺人等)について
被告人は,福岡市内などの配送先に商品などを保冷車で配送する仕事をし,平成17年1月18日午前5時20分ころ,休憩をとるため,同市丙区内の路上にトラックを停止させ,その際,同車両から2,30メートル前方にある横断歩道を一人で歩いていたCを発見し,Cから金品を強取するとともに,姦淫しようと考え,本件包丁を隠し持って,犯行の機会をうかがいながら歩いてCを追跡し,公園内で犯行を実行することを決意し,同日午前5時30分ころ,戊公園前歩道上を歩行中のCに対し,その背後から左手で同人の口をふさぎ,右手に持った本件包丁を同人の顔の前に突き付けて,同人を公園内に引きずり込んだ上,同所において,同人の顔面を手拳で殴打して仰向けに転倒させ,右手で同人の頚部を絞め付けるなどの暴行を加えて失神させ,同人のスカート内に手を差し入れてパンティ等を剥ぎ取り,強いて姦淫しようとしたが,通行人に目撃されることを恐れて犯行を断念したため姦淫の目的を遂げなかったものの,引き続き,逃走するにあたり,Cの殺害を決意し,被告人から執ような暴行を受け,既にほとんど抵抗できないCの背部及び腹部を本件包丁で5回にわたり突き刺し,同人から,その所有又は管理の現金約1000円及び財布等8点在中の手提げバッグ1個(時価合計約4万5000円相当)を強取し,遅くとも同日午前6時30分過ぎまでには,同公園内において,同人を胸腹部及び背面の刺切創に基づく失血により死亡させて殺害した。
・※ 上記丙事件の犯行後の被告人の行動等
被告人は,丙事件の犯行後,手提げバッグ内にあった携帯電話機,ポータブルCDプレーヤー,鍵束,キャッシュカード,健康保険被保険者証等を取り出し,バッグは山林に投げ捨て,ポータブルCDプレーヤー,鍵束,キャッシュカード,健康保険被保険者証を自宅に保管し,携帯電話機については,これを使用して出会い系サイトを利用したり,Cの友達らに遊び半分に電子メールを送信するなどした。
2 被告人の刑事責任について
以上のとおり,被告人は,わずか1か月余りの間に,Aに対する強盗強姦,強盗殺人,Bに対する強盗殺人,Cに対する強盗強姦未遂,強盗殺人を次々に実行したほか,B及びCに対する犯行に際し,凶器の刺身包丁を不法に携帯したものである。
・※ 本件各犯行の経緯や動機についてみるに,被告人が,飲酒やパチンコでお金を使い,妻に内緒で多額の借金をするようになり,いったんは被告人の実父の援助により借金の大半を清算したが,出会い系サイトを利用したことを妻に知られたくないなどの理由から,滞納していた利用料の支払いに充てる金を借りたことをきっかけとして,再び借金を重ねるようになり,被告人の実父が借金の清算をしてから数か月後には妻に無断で自宅を担保に入れるなどして再び約800万円の借金を背負い,これを知った妻が愛想を尽かして,被告人に冷たい態度をとるようになり,妻から小遣い銭をもらうことができず,金銭に困窮していたことや,妻から性交渉を拒まれた上,思うように風俗店に行くお金もなく,性欲のはけ口もなく,性的欲求不満にあったことから本件各犯行に及んだもので,性的欲求や金銭欲に始まり人命軽視も甚だしく,身勝手極まりないものというほかなく,いずれも酌むべきところは全くない。
・※ 各犯行の態様は前示のとおりであるが,更に詳論すると,一人で歩いていた各被害者を見つけると,甲事件及び乙事件では帽子を目深にかぶり,軍手を着用して各被害者を追跡しており,乙事件及び丙事件では本件包丁を持ち出しており,計画的な犯行ともいえ,甲事件については,Aの口をふさぎ,公園内に引きずり込んでAが首に巻いていたマフラーを両手で力一杯引っ張り,同人を気絶させて強姦し,Aに自己の顔を見られたかもしれないと思い,犯人が自分であることが発覚してしまうと考え,引き続き,Aの首に巻かれたマフラーを強く引っ張り同人を窒息死させ,また,乙事件では,Bから手提げバッグをひったくろうとしたが,同人の抵抗に遭って手早く奪取するために刃体の長さ約20.5センチメートルもある鋭利な刺身包丁でBを刺し,被告人の凶行から逃げたBを追跡して複数回にわたり強く突き刺して殺害し,同人から現金等在中の手提げバッグ1個を奪い,さらに,丙事件では,Cの口をふさぎ,本件包丁を突きつけて,公園内に引きずり込んで,同人の顔面を手拳で殴打して仰向けに転倒させ,右手で同人の頚部を絞め付けるなどして失神させ,同人のパンティ等を剥ぎ取り,強いて姦淫しようとしたが,通行人に目撃されることを恐れて犯行を断念し,引き続き,追いすがるCを引き離すとともに犯行発覚を防ぐため,Cを本件包丁で5回にわたり突き刺し,同人から現金等在中の手提げバッグ1個を強取し,同人を殺害したものであり,殊に犯行態様が目を覆いたくなるほど残虐であり,いずれも各被害者の人格を無視した強固な確定的殺意に基づく,非情かつ残酷な犯行というほかなく,凶悪な犯行態様である。
・※ そして,これらの凶行の結果,3人もの尊い命が奪われたもので,各被害者らがそれぞれ絶命するまでの間に感じたであろう,想像を絶する肉体的苦痛や無念さ等をも考慮すると,本件各犯行の結果が極めて重大であることは明らかであり,また,犯行前被告人と各被害者との間には何らの接点もなく,まさに通り魔的犯行として社会を震撼させたものであって,社会に与えた衝撃や不安の大きさにも著しいものがある。当時18歳であったAは,声優になりたいという夢を持ち続け,その準備段階として生活費を蓄えるため,まず歯科技工士になろうと専門学校に進学し,真面目に学業に取り組んでいたもので,また,当時23歳であったCは,航空機の誘導等を業務とする会社に就職し,仕事を堅実にこなしながら,将来客室乗務員になるという目標を目指して勉強を続けていたもので,いずれも前途有望な未来を有しており,さらに,当時62歳であったBは,夫と2人の子供がおり,2人の子供を育て上げ,生活にも余裕ができ,夫と旅行などをして楽しむことができるようになり,2人の子供の結婚や孫の誕生を楽しみにし,これから人生を愉しもうとしていた矢先であって,各被害者は,いずれも非常にまじめに人生を生きていたもので,何ら落ち度もないのに理不尽にも突然その生命を奪われ,誠に不運で被害者本人はもとより遺族の無念さは筆舌に尽くし難いものがあると思われる。当然ながら,これら3名の被害者の遺族らは,一様に峻烈な被害感情を表し,被告人に対し極刑を強く求めている。本件各犯行においては,一貫して被告人の人命軽視と性的欲求や物欲が認められるというべきである。したがって,本件各犯行の犯情はすこぶる悪く,その刑事責任が極めて重大である。
そうすると,被告人が,自己の行為が原因で被害者らを死亡させたという限度では事実を認め,その点については反省していると述べていること,被告人には交通関係の罰金以外に前科がないこと,その他所論指摘の点を含め被告人のために酌むべき諸事情を最大限考慮し,さらに,死刑が人間の生命を奪う極刑であり,窮極の刑罰であることにかんがみ,その適用は慎重に行われなければならず,「犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には,死刑の選択も許されるものといわなければならない」(最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁)との最高裁判決の趣旨を踏まえても,被告人に対し死刑を宣告した原判決は,やむを得ないものというほかなく,これが重過ぎて不当であるとはいえない。
したがって,量刑不当の論旨は理由がない。
第4結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用は被告人に負担させないことにつき同法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 正木勝彦 裁判官 松下潔 裁判官 平島正道)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>