福岡高等裁判所 平成18年(く)34号 決定 2006年3月22日
少年 A(平成3.3.26生)
主文
原決定を取り消す。
本件を熊本家庭裁判所に差し戻す。
理由
1 本件抗告の趣意は、法定代理人親権者母○○が提出した抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。論旨は、要するに、原決定の処分が重すぎて不当であるというのである。
そこで、記録を調査して検討するに、原決定によれば、本件は、少年が2回にわたって化粧品を万引きし(原判示第1、第2)、また、少年は保護者の正当な監督に服さない性癖があり、正当な理由なく家庭に寄りつかず、自己の徳性を害する行為をする性癖があって、将来、毒物及び劇物取締法違反の罪を犯すおそれがある(同第3)というものである。少年は、これまで家裁係属歴こそないものの、中学3年生ころから、不登校や家出及びこれに伴う夜遊びやシンナー吸引を始めるようになって、成人女性(風俗店従業員)の家で寝泊まりする生活を続ける中、原判示第1の非行を含む万引きに及んでいること、母親との折り合いの悪さから家庭では疎外感を抱き、その寂しさを素行不良者との交友で紛らわす結果、非行を繰り返すという行動パターンが急速に固まりつつあり、このままでは、非行性が広範化、深化して行くことが危ぐされること、少年は、能力的にも恵まれているとはいえず、安逸で刹那的な生活を肯定し、地道な努力を嫌う態度や刺激や興奮を得て気分を発散することを肯定的に捉えることなどの資質、性格上の問題点が指摘されていること、母子関係を修復する必要性が高いこと(○○の祖母方に預けることには一定の意味があると思われるが、昨年の夏、祖母宅に預けた経験からみて、それが必ずしも実効的な方法であるとはいい難い。)等の事情が認められ、以上を総合考慮すると、後記の手続問題を除けば、少年を一般短期の処遇勧告を付した上、初等少年院に送致することとした原決定の処分が不当に重いとはいえない。
2 ところで、職権により調査するに、原裁判所は、原判示第2の窃盗の事実を検察官から送致はされておらず、司法警察員作成の平成18年1月26日付送致書記載のぐ犯事実中にも、「自転車を盗んだり、万引きをしたり」との記載はあったが、原判示第2事実を特定するような具体的な記載はなかったから、同事実は、送付された資料から認定できるに過ぎなかった。しかるに、原決定は、少年法7条による新たな立件手続も経ないで、同窃盗事実を認定している。このような取り扱いは、不告不理の原則ないし、その根底にある裁判機関の受動性、中立性、更には裁判所の公正な判断を客観的に担保するという意義を失わせるものである。また、審判期日におけるぐ犯事実の読み聞かせは、少年の観護措置が執られた際に認定された「審判に付すべき事由」(観護措置を執った裁判官は、同第2事実と同旨の窃盗を行って保護されるに至った旨を付加した。)を告知し、少年に弁解の機会を与えてはいるものの、その事実は、あくまでも、ぐ犯事由の一部として告げられたに過ぎず、審判調書等による限り、原審の審判手続において、上記窃盗の事実をぐ犯とは別個独立の非行事実として取り扱う旨を少年に告知して弁解を聴いておらず(認定換えの際の非行事実の告知と弁解の聴取の欠如)、原決定言渡しの際に、送致事実であるぐ犯から窃盗に関する部分を分離して、別個に同第2の事実を認定したことを少年に告げた事実は窺えない(認定した非行事実の告知の欠如)。そうすると、原審の審判手続において、上記窃盗に関する立件手続のほか、少年に対する認定換えの際の非行事実の告知と弁解の聴取及び認定非行事実の告知という少年の権利を保障するために必要な手続が履践されなかった結果、少年において、保護処分の基礎となった決定書記載の非行事実を知る機会がなかったと考えられ、ひいては少年の抗告権にも影響を及ぼしている可能性すらある。上記のような一連の手続は、少年事件における適正手続保障の趣旨に照らし、決定に影響を及ぼす法令の違反があるといわなければならない。
よって、原決定は、決定に影響を及ぼす法令の違反があることにより、取消しを免れないから、本件抗告は理由があることに帰する。
以上のとおりであるから、少年法33条2項前段により原決定を取り消し、本件を熊本家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 虎井寧夫 裁判官 大崎良信 中牟田博章)