福岡高等裁判所 平成18年(ネ)420号 判決 2006年9月05日
控訴人
代継宮
同代表者代表役員
漆島孝夫
同訴訟代理人弁護士
松本伸一
被控訴人
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
由井照二
同
林誠
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,原判決別紙図面1記載のホ’,K4,K5,ヘ及びホ’の各点を順次結んだ線分の範囲内の土地を明け渡せ。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,別紙物件目録記載1の土地のうち,原判決別紙図面1記載のイ’,K1,K2,K3,K4,ホ’及びイ’の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地及び同目録記載2の土地のうち,同図面記載のホ’,K4,K5,ヘ及びホ’の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地をそれぞれ明け渡せ。
第2 事案の概要
本件は,控訴人において,被控訴人が占有している土地は,控訴人が神社の土地として購入した土地の一部であると主張して,被控訴人に対し,明渡しを求めている事件である。
原審は,上記土地が控訴人の所有土地の一部であることは認めたが,被控訴人はこれを時効取得しており,登記なくしてその取得を控訴人に対抗できるなどとして,請求を棄却したので,控訴人が控訴した。
1 前提事実(証拠により認定した事実については,主要な証拠を各項末尾に記載した。)
(1) 控訴人は,別紙物件目録記載1及び2の各土地の登記簿上の所有名義人であり,被控訴人は同目録記載3の土地の登記簿上の所有名義人である。
(2) 上記(1)については,以下の経緯がある。
ア 上記各土地は,いずれももと熊本市龍田町上立田古閑山開****番の土地の一部であったが,同番土地は昭和22年11月14日,****番,同番1,2,3,4,5に分筆された(以下「****番から分筆された土地は,枝番だけで表示する。)。
イ このうち,枝番2については,その後も分筆と合筆が繰り返された。すなわち,枝番3からは枝番6,7,8,9,13が分筆されたが,その後,枝番3は枝番4とともに枝番2に合筆された。この枝番2から,昭和39年11月30日に枝番16ないし80が分筆され,さらに,昭和40年5月20日,枝番80から枝番93(別紙物件目録記載2の土地),94が分筆され,枝番94からは昭和47年4月28日に枝番144が分筆された。また,枝番2からは,昭和52年3月14日に枝番151(別紙物件目録記載3の土地),152が分筆され,さらに,その後,枝番153ないし157が順次分筆された。他方,枝番6から分筆された92を除くその余の土地が,枝番7ないし9とともに枝番5に合筆され,その枝番5から,昭和57年11月29日に枝番163ないし165,枝番253その他が分筆された。
ウ 控訴人は,昭和62年9月4日,上記枝番163ないし165,枝番253を取得し,同年10月20日には上記枝番94,144を取得し,さらに,昭和63年1月13日に枝番2を取得した。
昭和64年1月6日,これらの各土地は合筆され,枝番2になり,こうして,別紙物件目録記載1のとおりの枝番2が誕生した。
(以上,甲1〜3,8〜10)
エ 上記分筆にかかる土地のうち,本件に関係する各土地の所有名義は次のとおりである。
(ア) 枝番80は,乙山一郎から,乙山二郎及び乙山一美の共有(共有持分各2分の1)を経て,現在は,乙山一美の共有持分が乙山二美に移転(甲9)
(イ) 枝番93は,昭和40年9月9日に丙川三郎に移転(甲8)
(ウ) 枝番151は,分筆された日の昭和52年3月14日に,被控訴人に移転(甲10)
(3) 控訴人と丙川三郎及び乙山二美らとの間には,丙川から控訴人に対する枝番93の土地の明渡請求,乙山らから控訴人に対する枝番80の土地の明渡請求の訴訟(熊本地方裁判所平成6年(ワ)第684号事件(以下「別訴事件」という。))が係属していたが,平成11年7月22日,控訴人と丙川との間において,控訴人が丙川から枝番93の土地を270万円で買い受ける旨の訴訟上の和解が成立した。(甲36)
他方,控訴人は,乙山らとの関係において,第1審では勝訴判決を得たが,控訴審では,概ね乙山ら主張の事実が認められ,一部敗訴の判決を受けた。控訴人は,同判決を不服として上告したが,前記控訴審判決が確定した。(甲37,38)
(4) 被控訴人は,現在,原判決別紙図面1記載のイ’,K1,K2,K3,K4,K5,ヘ,ホ’及びイ’の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件係争地」という。)を占有している。
(5) 控訴人は,別訴事件において乙山ら主張の事実が認められる場合には,本件係争地が枝番2及び枝番93の土地の一部になる筋合いであると考えて,別訴事件における敗訴の事態に備えて本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著)
2 争点
(1) 本件係争地の所有権の帰属(本件係争地は,控訴人所有にかかる枝番2及び枝番93の土地の一部か,それとも被控訴人所有にかかる枝番151の土地であるか。)
(控訴人の主張)
ア 本件係争地のうち,原判決別紙図面1記載のイ’,K1,K2,K3,K4,ホ’及びイ’の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件係争地1」という。)は,昭和64年1月6日に枝番2に合筆される前の枝番94及び144の土地(以下においては,上記合筆前の枝番94及び144の土地として表示することがある。)の一部であり,同図面記載のホ’,K4,K5,ヘ及びホ’の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件係争地2」という。)は,同じく枝番93の土地の一部である。
イ 枝番2の土地が昭和39年11月30日になされた分筆の際,甲12の地積測量図に記載された土地の西側には,同地積測量図の道路部分のほかは枝番2の土地は存在しなかったのであるが,その後,登記手続上の過誤によって,これが存在することを前提とした分筆登記がされた。被控訴人が買い受けた枝番151の土地も,このような経緯によって枝番2の土地から分筆されたものであるから,現実には存在しない土地である。
(被控訴人の主張)
本件係争地は,前提事実(2)エ(ウ)のとおり被控訴人が取得した枝番151の土地である。枝番2の土地は,昭和39年11月30日になされた分筆の際,甲12の地積測量図に記載された道路部分以外にも存在したものであり,枝番151の土地は,前記分筆後の枝番2の土地からさらに分筆された土地であって,実際に存在する。
(2) 本件係争地についての被控訴人の時効取得の成否
(被控訴人の主張)
ア 取得時効の完成
(ア) 被控訴人は,本件係争地を枝番151の土地として購入したものであり,その直後の昭和52年3月ころ,被控訴人の夫である甲野太郎が経営していた甲野企業の資材置き場として,本件係争地の占有を開始し,昭和54年ころには,その所有土地の境界を明確にする意図で,原判決別紙図面1にあるとおり,本件係争地の南側及び東側の境界にブロック塀等を設置した。
(イ) 被控訴人は,枝番151の土地を買い受けるに当たり,土地家屋調査士,司法書士を伴って本件係争地に赴き,これらの者の説明を受けながら,現地を見分し,これを買い受けたものであるから,被控訴人が本件係争地が自己の所有に属すると信じたことについて過失は存在しない。なお,本件係争地の境界の一部には,その当時から,A建設株式会社がカイヅカイブキを植裁しており,その境界は明確であった。
(ウ) 以上のとおり,本件係争地については,民法162条2項(10年)又は同条1項(20年)所定の取得時効が完成しているところ,被控訴人は,原審第17回弁論準備手続期日において,これを援用する旨の意思表示をした。
イ 控訴人が民法177条所定の第三者に該当しないことについて
(ア) 控訴人が枝番94,144の各土地を取得した昭和62年10月20日当時,本件係争地は,既に被控訴人又は甲野太郎の手で上記ブロック塀等が設置され,被控訴人又は甲野太郎が事実上の支配を及ぼしていたのであり,控訴人も,本件係争地を被控訴人が占有利用していることを熟知しており,本件係争地の所有者が被控訴人であることを前提として,本件係争地の買い受けの申し出等をしていたものである。
(イ) また,控訴人は,本件紛争に至るまで,被控訴人又は甲野太郎に対し,本件係争地が控訴人所有であることを前提とした行動をとったことはなく,控訴人としても,本件係争地を購入したとの意識は全くなかったものと考えられる。
(ウ) 以上の点からすれば,控訴人は登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者とはいえず,さらには,本件訴訟における請求自体が信義則に反するものであり,権利の濫用として許されない。
(控訴人の主張)
ア 不動産登記簿上,被控訴人が枝番151の土地を買い受けたのは,昭和52年2月8日とされているが,所有権移転登記手続がされたのは同年3月14日であるから,いずれにしても被控訴人における本件係争地の占有の開始時期はこのころであると思われるところ,控訴人が枝番94及び144の各土地を買い受けたのは,昭和62年10月20日である(なお,同日に所有権移転登記がなされている。)から,控訴人は,被控訴人による本件係争地の取得時効の完成後に本件係争地を含む前記各土地を取得した者である。したがって,被控訴人は,控訴人に対し,昭和52年2月8日又は同年3月14日を起算日とする10年の時効取得を登記なくしては対抗することができない。また,控訴人が本訴を提起したのは,平成9年2月7日であるから,控訴人が前記各土地を買い受けた日を起算日とする被控訴人の取得時効は,訴訟提起による時効の中断により完成していない。
イ 控訴人が枝番93の土地を取得したのは,平成11年7月22日であるから,前記アと同様,被控訴人は,その取得時効の完成後に本件係争地を含む前記土地を取得した控訴人に対し,登記なくしては時効取得を対抗することができない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
当裁判所は,本件係争地は,枝番93及び94,144の土地の一部であると判断する。その理由は,原判決7頁4行目から5行目にかけての「枝番16から80までの各土地」とあるのを「枝番16,18,20,22,24,26,28の各土地の西側にある外周道路と枝番80の土地」と改めるほかは,原判決6頁23行目から11頁7行目までのとおりであるから,これを引用する。
なお,甲15ないし19,35号証及び弁論の全趣旨によれば,本件係争地1は枝番94及び144の土地の一部であり,本件係争地2は枝番93の土地の一部であることが認められる。
2 争点(2)について
(1) 証拠等により認定できる事実は,次に付加,訂正するほか,原判決11頁9行目から13頁17行目までのとおりであるから,これを引用する。
ア 同11頁14行目の「土地家屋調査士」の前に「当該分筆を担当した」を加える。
イ 同12頁19行目の「社殿等の移転」の前に「国道3号線の改修工事のため移転を余儀なくされて」を加える。
ウ 同12頁22頁の「前記イ記載の」から23行目の「あること,」までを削る。
エ 同13頁17行目の次に改行のうえ
「カ 控訴人は,別訴事件において乙山らに敗訴したが(前提事実(3)),同人らとは控訴人が提起した別件訴訟(熊本地方裁判所平成14年(ワ)第850号)で,平成16年3月22日に和解をして,枝番80の土地の期限付きの使用権を確保した(甲67)。また,控訴人は,A建設株式会社ほかとともに,平成8年に,国に対して,枝番2の土地を巡る紛争の原因は,登記官の職務上の過誤に基づくものであるとして,国家賠償請求訴訟を提起したが,これも敗訴した(甲53,57)。
なお,上記ウ(ア)の関係で,被控訴人が第三者から本件係争地の明渡しを求められたことを説明したという点は,これに反する控訴人代表者の陳述(甲68)に照らし,また,抗議をしてきた第三者がその後何らの行動を起こさなかったということをも勘案すれば,採用することができない。」を加える。
(2)ア 上記認定事実によれば,昭和62年3月31日の経過をもって,被控訴人が本件係争地を時効取得したものと認められる。その理由付けは,原判決13頁18行目から14頁19行目までのとおりであるから,これを引用する。
イ これに対し,控訴人は,上記時効の完成後である昭和62年10月20日ころ,枝番94及び144の土地を買い受け,さらに,平成11年7月22日に枝番93の土地を買い受けたものであるから,いずれの土地の関係においても民法177条の第三者に該当すると主張する。そして,その主張にかかる売買の事実はそのとおり認められる(前提事実(2)ウ及び(3))。
(ア) しかしながら,上記枝番94及び144の土地の売買において,本件係争地はこれに含まれていないとの認識が前提とされていたことは明白である。一般に,土地の売買においては,当該目的を地番で特定するだけでなく,広大な山林の場合などは別として,現地においてその売買目的土地の範囲を確認する作業を伴うものであり,これを要するに,地番の特定と現地の確認という二つが相俟って目的土地の特定がなされるのである。しかるに,上記枝番94及び144の土地の売買においては,現地の確認において,本件係争地を含まない範囲の土地が売買目的の土地と認識されたものであるから,控訴人は,上記売買においては本件係争地を買い受けていないものというほかない。そして,その後になって,枝番94及び144の土地に本件係争地の一部(本件係争地1)が含まれることが判明したからといって,遡って控訴人が当該部分を買い受けたことになるというものではない。
そうであれば,枝番94及び144の土地の一部であるとされる本件係争地1については,控訴人はそもそも所有権を取得していないことになるから,控訴人の本件請求のうち本件係争地1の明渡しを求める部分は,その前提を欠くことに帰する。したがって,この部分については,これ以上検討するまでもなく理由がないことは明らかである。
(イ) 他方,枝番93の土地については,別訴事件で争ううちに,本件係争地に枝番93の土地の一部が含まれていることが判明した後に,訴訟上の和解で,枝番93の土地の所有者である丙川三郎から控訴人がこれを買い受けたのであるから,本件係争地のうち,枝番93の土地の一部に該当するとされる部分(本件係争地2)をも買い受けたことになる。
そうであれば,控訴人は,被控訴人による本件係争地の取得時効の完成後にその一部である本件係争地2の所有権を取得した者であって,民法177条所定の第三者に該当することが明らかである。
ウ そこで,次に問題となるのは,本件係争地2について,被控訴人は控訴人に対して登記なくして上記取得時効を対抗することができるかどうかである。
原審は,原判決14頁24行目から17頁8行目において,これを肯定すべき所以を縷々説示するが,そこで述べられている一般論はもとより正当であるものの,その結論は是認することができない。
(ア) 被控訴人が枝番151の土地として占有してきた本件係争地は,実は枝番94及び144,93に含まれる土地であったというのであるから,既に枝番151の土地について登記手続をしている被控訴人としては,さらに権利保全のための何らかの手続をするということが考え難い事情があることは確かである。しかしながら,この点は,自己の土地の範囲を誤解して隣地の一部を取り込む形で占有を継続し,その部分を時効取得したという場合においても同様であるが,この場合には,そのことの故に特別の考慮を要するとはされていない。
(イ) また,取得時効の制度の趣旨に,継続した事実状態の尊重ということがあることは否定しないが,証拠に基づいて事実が認定できるのであれば,それを尊重するのがいわば本則であって,当該取得時効に係る占有の開始時点よりも古い証拠によらなければこれを確定することができない場合には,対抗問題としないと解することにはにわかに同意することができない。
エ 最後に残るのは,控訴人と被控訴人との対抗問題において,控訴人が背信的悪意者に当たるかどうかである。この点について,原審は,控訴人が本件係争地2に当たる枝番93の土地を買い受けた時点において,被控訴人が多年にわたり本件係争地2を占有している事実を認識しており,被控訴人の登記の欠缺を主張することは信義に反するものと認められるとして,最判平成18年1月17日(民集60巻1号27頁)に依拠して,これを肯定している。
控訴人において,被控訴人が本件係争地2を長年占有していたことを知っていたこと,その上で,敢えて本件係争地2を含む枝番93の土地を買い受けたことは明らかである。しかしながら,そのことの故に,直ちに,被控訴人の登記の欠缺を主張することが信義則に反するということになるものでもない。原審のような結論を導くためには,登記を具備した第三者を保護することが正義に反し,時効取得者をこそ保護すべきであるというような格別の事情が認めなければならないものというべきである。
これを本件の場合について見るに,別訴事件及び本件訴訟を通じて明らかになった事実によれば,控訴人も被控訴人も,さらには別訴事件の原告であった丙川や乙山らも,ともに枝番2の土地の分筆の経過と現状との不一致のいわば被害者である。そして,別訴事件が提起されたことにより,それまで確保していた境内地の一部を明け渡さなければならないかもしれなくなるとの危機感を抱いた控訴人が,自らの境内地を確保するために,敢えて270万円もの代金を支払い,いわばやむなく取得したのが枝番93の土地なのである。そうであれば,同土地の範囲に本件係争地2が含まれており,これを被控訴人が長年にわたって占有していることを控訴人が知っていたからといって,控訴人が法的保護を受けられないというのではかえって公平を失することになる。上記原審の結論は是認することができない。
3 結論
以上によれば,控訴人の本件請求は,本件係争地1の明渡しを求める部分は理由がないから棄却を免れないが,本件係争地2の明渡しを求める点は理由があるから,その限度で認容されるべきである。したがって,本件請求を全部棄却した原判決は不当であり,上記のとおり変更されるべきである。
なお,控訴人は,本件係争地を上記第1の2のとおり特定して請求しているが,本件においては,本件係争地が枝番94及び144の土地並びに93番の土地に含まれるのか,それとも枝番151の土地であるのかがまさに争われているのであるから,本件係争地の特定はもっぱら原判決別紙図面1によりなされるべきである。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・西理,裁判官・有吉一郎,裁判官・吉岡茂之)
別紙物件目録<省略>