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福岡高等裁判所 平成18年(ネ)813号 判決 2007年7月26日

主文

1  原判決を取り消す。

2  Yは,Xに対し,187万8150円及びこれに対する平成17年5月17日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審ともYの負担とする。

4  この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文と同旨。

第2事案の概要

本件は,Xにおいて,Yとの間でファイナンス・リース契約を締結したと主張し,同契約に基づきリース料の支払を請求した事案である。

原審がXの請求を棄却したので,Xが控訴した。

1  前提事実(証拠等によって認定した事実については,主要な証拠を各項末尾に掲記)

(1)ア  Xは,事務機械,情報機器,電子応用機械等の賃貸(リース)等を目的とする株式会社である。

イ  Yは,Y’歯科医院の名称で歯科医院を経営する歯科医師である。

(2)ア  Yは,平成8年6月ころ,Aの代表取締役であるBと知り合い,以後親しく交際するようになった。

イ  Bは,Yの了承のもとに,平成14年3月28日ころ,Yの名義で,Cとの間でクレジット契約(以下「別件クレジット契約」という。)を締結し,同契約のクレジット代金の支払に利用するために,Y名義の銀行預金口座を開設した。なお,Yは,同口座の銀行預金通帳や,同口座を開設する際にBに交付した自己の印鑑(三文判)を,同人に預けたままにしていた。

(乙2,16,原審でのY)

(3)  Yをユーザー,Xをリース会社,Dを売主とする平成14年12月18日付リース契約書が作成された(以下,同契約書を「本件リース契約書」といい,これによるリース契約を「本件リース契約」という。)。同契約書には,以下の約定が記載されている(甲1,弁論の全趣旨)。

ア リース物件(以下「本件リース物件」という。)

① ハード:Power MacintoshG3  1台

② ソフト:顧客管理ソフト  1式

イ リース期間  72か月

ウ リース料  月額3万7563円(消費税込)

エ 支払日  平成15年1月から平成20年12月まで毎月23日限り

オ 期限の利益  借主は,リース料の支払を1回でも怠ったときは,残リース料全額について期限の利益を喪失する。

カ 遅延損害金  年14.6パーセント

(4)  Yが平成14年12月18日に本件リース物件を借り受けたことを内容とする「リース物件借受証」(以下「本件借受証」という。)が同日付で作成され,Xは,このころ,本件借受証の交付を受けた。本件借受証の借受人欄には,Y名義の署名及び押印がされている(甲2)。

(5)  本件リース契約書に記載されたリース料は,第1回目の約定入金日である平成15年1月23日には,Xの口座に約定どおりの入金がされたが,その後はしばしば遅滞するようになり,平成16年6月11日に同年5月分のリース料金が入金されて以降は,入金がない状態がしばらく続いた。そして,同年10月29日に,同年6月分から10月分までのリース料金が一括で支払われたが,その後は全く入金されていない(甲3,弁論の全趣旨)。

(6)  Yは,平成16年11月10日ころ,代理人弁護士を通じて,Xに対し,通知書(甲5)を送付したが,同書面には,「貴社と通知人との間のリース契約にもとづく債務は,実質名義借受人Bの債務であり,通知人の支援のもと実質債務者であるBが平成15年1月以降その弁済を継続して来ていましたが,同人が支払継続不能となったため,通知人において取引内容を確認して,直接解決をはかりたいと思料しています。」との記載がされていた。

(7)  Xは,上記(6)の通知書に対する回答として,Yに対し,本件リース契約書等の写しを送付したところ,Yは,平成16年12月10日ころ,Xに対し,①本件リース契約の売主であるDは,Yが全く知らない会社であり,本件契約書のY名義の署名等はYが記載したものではなく,押印されている印影もYの印鑑によるものではないこと,②本件リース契約書は,DがYに無断で作成したものと思われること,③したがって,Yは,Xに対し,本件リース契約の内容等に関する調査を要請すること等を記載した通知書(乙1)を送付した。

(8)  Dの担当者は,平成16年1月ころまでは,Bと連絡を取っていたが,これ以降,Bは所在不明である(甲18,弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  本件リース契約の成否

(Xの主張)

ア Xの担当者は,平成14年12月18日に,Y’歯科医院に電話を架け,Yから,本件リース契約の内容や本件リース物件が同月17日に納入されたこと等の確認をとっている。したがって,本件リース契約がXとYとの間で締結されたことは明らかである。

イ Yは,Bからの依頼を受けて別件クレジット契約を締結し,クレジット代金の支払のために,「Y’」名義の印鑑を用意して銀行預金口座の開設に立ち会い,その後も当該印鑑をBに預けていたのであるから,Bに対し,本件リース契約を含むY名義の契約締結につき包括的な承諾をしていたといえる。

(Yの主張)

Yは,本件リース契約を締結しておらず(本件リース契約書の作成にも全く関与していない。),本件リース物件の引渡しを受けたこともない。本件リース契約の売主とされているDは,Yの全く知らない会社である。

(2)  Yによる本件リース契約追認の成否

(Xの主張)

仮に,Yが本件リース契約書の作成に直接関わっていなかったとしても,Yは,本件リース契約書が作成された後,X担当者の検収確認の電話によって,本件リース契約の内容を十分に認識した上で,特段異議を述べることもなく,自己名義の銀行預金口座からリース料の支払を継続したのであるから,本件リース契約を追認したものといえる。

(Yの主張)

Yは,X担当者から,電話による検収確認を受けたことはなく,また,本件リース契約に基づくリース料の支払をしたこともないのであって,本件リース契約を追認したことはない。

(3)  本件リース契約につき表見代理の成否

(Xの主張)

以下の事情によれば,BがY名義で本件リース契約を締結したことについては,YのBに対する民法109条又は110条に基づく表見代理が成立し,Yは,同契約に基づく責任を免れない。

ア Yは,別件クレジット契約において,Bに対して名義を貸与したものであり,同契約書に押印された印鑑もYの意思に基づいて購入されたものである。

イ Yは,別件クレジット契約締結後も,Bに対し,上記アの印鑑及びY名義の銀行預金通帳を預け,同契約履行のためにこれらを使用することを許諾していた。

(Yの主張)

本件リース契約書は,何者かがYの名義を冒用して,これを偽造したものであるが,それが誰かは明らかでなく,Yが表見代理に基づく責任を負ういわれはない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)ア  証拠(甲1,3)及び弁論の全趣旨によれば,本件リース契約書では,リース料の支払方法が口座振替とされているところ,ユーザーの預金口座としてY名義の預金口座が記載され,金融機関届出印として「Y’」名義の押印がなされていること,同契約書において最初のリース料入金日とされている平成15年1月23日には,Xの口座に口座振替による入金がされていることがそれぞれ認められる。

これらの事実に加えて,Yは,Bからの依頼を受けて,Y名義の銀行預金口座を開設することを承諾し,同口座の開設に際し使用した印鑑についても,Bに預けたままにしていたこと(前提事実(2)イ)を考え併せると,本件リース契約書に押印された「Y’」名義の印影は,Y名義の銀行預金口座開設の際に使用された印鑑によって顕出されたものであり,かつ,本件リース契約書のY名義の署名及び押印は,Bによってなされたものであることが強く推認される。さらに,証拠(甲1,2)及び弁論の全趣旨によれば,本件リース契約書及び本件借受証のY名義の署名は同一人によるものであり,両書面上になされた押印も同一の印鑑によるものであると認められるから,本件借受証のY名義の署名及び押印も,Bによってなされたものであると認められる。

イ  また,証拠(甲4,9,20~23,原審での証人E)及び弁論の全趣旨によれば,当時Xの九州営業所所長をしていたEは,平成14年12月18日午後1時20分ころ,Y’歯科医院に架電し,電話に出た男性に対し,本件リース物件の納入確認のほか,月額のリース料金,リース期間,リース料の支払方法等について確認をとったこと,これを受けて,Xは,同月24日に,本件リース物件の売買代金支払につき社内決裁を了し,同月30日に,Dに対し,同売買代金の送金手続を了したことが認められる。これらの事実に加えて,Yは,当初,本件リース契約に基づく債務が実質的にはBの債務であり,BがYの支援の下で弁済を継続してきたことを認めていたこと(前提事実(6))をも考え併せれば,上記架電の相手方がYであったことは確実である。

この点について,Yは,当時,午後1時から午後2時半までは休診時間であり,この時間帯に自宅で食事をしていたことから,上記架電の時間に歯科医院にいたはずはないなどと供述している(原審での本人尋問)。しかしながら,患者の混み具合や診療の進行状況等によって診療時間が多少ずれ込むことは十分あり得ることであるから,上記時間にYが診療所にいたとしても何ら不自然ではない。また,Eが架電した目的からすれば,同人において,電話に出た相手方がYであることを確認したことは疑いを容れないから,Yの上記供述どおり,Yが不在であったとすれば,Y以外の第三者が電話に出て,Yであるかのように装ってこれに応対したことになるが,そのようなことは,当該時間にEからの確認の電話があることを予期してBが電話口で待機していたということでもない限り,通常は考え難いことであるから,Yの上記供述は信用することができない。

ウ  さらに,甲3及び弁論の全趣旨によれば,本件リース契約書に記載されたリース料金は,口座振替又は振込の方法で,Xの預金口座に入金されていること,口座振替の方法で入金されたものについては,ほぼ約定の支払期日どおりに支払がされているのに対し,口座振込の方法で入金されたものについては,約定の支払期日から相当期間が経過した後に入金されていることが認められる。そして,口座振込の方法で入金された日とY’歯科医院への電話での督促状況(甲8)が概ね符合すること,Yも,当初は本件リース契約に基づく債務の支払を支援していたことを認めていたこと(前提事実(6))からすれば,上記口座振込の方法による入金は,Yによるものである可能性が高いものということができるし,少なくとも,平成16年10月29日になされた入金(前提事実(5))については,その前後の入金状況からしても,Yによるものであることが強く推認される。

(2)  上記(1)のとおり,本件リース契約書及び本件借受証にはいずれもYの印鑑が押捺されていること,Xの担当者からの検収確認の電話に対して,Yが応対し,これを確認していること,Yは,その後に本件リース契約書に記載されたリース料の一部を支払っていることからすれば,本件リース契約は,Yの意思に基づいて締結されたものというべきである。

また,甲1及び弁論の全趣旨によれば,本件リース契約では,物件借受証の交付をもって,リース物件の引渡が完了したものとする旨の約定がされていることが認められるところ,上記認定事実によれば,本件借受証もYの意思に基づいて作成されたものと認められるから,Yは,本件リース契約に基づくリース料の支払義務を免れない。

2  以上によれば,Xの請求は理由があるから(なお,本件訴状の送達日が平成17年5月16日であることは,当裁判所に顕著である。),これを認容すべきであって,これと異なる原判決は取消しを免れない。本件控訴は理由がある。

(裁判長裁判官 西理 裁判官 有吉一郎 裁判官 堂薗幹一郎)

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