福岡高等裁判所 平成18年(ネ)986号 判決 2007年9月27日
控訴人
株式会社ロプロ
同代表者代表取締役
松田龍一
同訴訟代理人弁護士
鍔田宜宏
同
宮本幸裕
被控訴人
破産者有限会社甲野工務店破産管財人
植松功
同訴訟代理人弁護士
山下隼人
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は被控訴人に対し,金161万4445円及びこれに対する平成17年7月11日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人の当審でのその余の請求及び予備的請求のうち弁護士費用に関する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求(当審で追加的に変更されたものを含む。)を棄却する。
第2 事案の概要
本件は,控訴人と基本契約を締結して,控訴人から継続的に融資を受けていた破産会社の破産管財人である被控訴人が,控訴人に対し,破産会社が支払った金員を利息制限法(以下「利限法」という。)に引き直して再計算すると過払分が176万4773円になるとして,同過払分及びこれに対する商事法定利率による利息を請求した事件である。
原審が,被控訴人の主張するとおり,各取引を一連一体のものとしてとらえた上で,同主張どおりの充当計算方法を認め,請求を全部認容したところ,控訴人が控訴した。
なお,被控訴人は,当審で,最高裁平成19年2月13日判決を受けて,附帯請求の利率について年5分に引き直し,附帯請求の始期については平成17年7月11日として計算し直した結果,同時点における過払金合計額は161万4445円になるところ,これに弁護士費用15万円を加えた176万4445円及びこれに対する平成17年7月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求する旨,また,予備的に,これと同額の不法行為に基づく損害賠償を請求する旨,その請求を変更した。
1 前提事実
(1) 有限会社甲野工務店(破産会社)は,平成7年7月19日に,控訴人と,手形貸付取引約定書(以下「基本契約1」という。契約番号12345678(以下の契約も同じ),元本極度額1000万円,契約期間5年)を締結し,別紙「計算書」の1から10までの取引(以下「第1取引群」という。)をした。
(2) 破産会社は,平成9年5月29日に,控訴人と,手形貸付取引約定書(以下「基本契約2」という。元本極度額1000万円,契約期間5年)を締結し,別紙「計算書」の11から18までの取引(以下「第2取引群」という。)をした。
(3) 破産会社は,平成11年9月16日に,控訴人と,手形貸付取引約定書(以下「基本契約3」という。元本極度額1500万円,契約期間5年)を締結し,別紙「計算書」の19から126までの取引(以下「第3取引群」という。)をした。
(4) 破産会社は,平成18年2月22日に,福岡地方裁判所田川支部で,破産手続開始決定(同庁平成18年(フ)第1号)を受けて,弁護士植松功が破産管財人に選任された。
2 争点
(1) 控訴人と破産会社との取引は,一連一体のものか,各基本契約ごとに分かれたものか。
(被控訴人)
基本契約は3回締結されているが,基本契約3について元本極度額が1500万円に変更されているほかは,その内容は同一である。また,新たに基本契約を締結する際,旧基本契約を終了させる手続もとられていないし,契約番号も同一であり,控訴人も破産会社との取引を各取引群ごとに管理はしていない。また,各基本契約の有効期間はいずれも5年であり,その期間内は当然取引の継続が予定されていたし,第2取引群の最初の取引は基本契約1の2年以内,第3取引群の最初の取引は基本契約2の2年4か月後というのであるから,第1取引群から第3取引群までの取引を事前に想定されなかった別個の取引と見るのは無理がある。さらに破産会社と控訴人との取引は,約10年にわたり,66回も取引が繰り返されているから,たまたま,1年2か月又は1年10か月の取引中断の時期があっても,中断後の貸付がそれ以前の貸付時には想定されていなかったというのは実態に反する。
(控訴人)
第1取引群は基本契約1に基づき,第2取引群は基本契約2に基づき,第3取引群は基本契約3に基づいてなされたものである。したがって,それぞれ別個の基本契約に基づく別個の取引である。
(2) 過払金の充当方法
(被控訴人)
上記(1)のとおり,第1取引群から第3取引群までの取引は,いずれも継続的に貸付が繰り返されることを予定した基本契約が締結された上で,複数の貸付が繰り返されたものであり,一連一体のものであるから,全体を通して過払金発生後の貸付金に過払金を充当する計算方法を採用すべきである。
破産会社の各弁済を利限法所定の制限利率で引き直し充当計算すると,別紙「計算書」のとおり平成17年7月11日の時点で,161万4445円の過払金が生じたことになる。
(控訴人)
第1取引群の取引が終了した時点で過払金が発生したとしても第2取引群の取引(貸付)が始まっていない以上,特段の事情のない限り充当などありえないし,本件の場合,特段の事情に相当する事由はない。また,基本契約を別個にする取引群間では,例えば第1取引群の取引のときに第2,第3取引群の取引は想定されていなかった。
充当関係は,原判決別紙計算書(2)のとおりであり,控訴人は破産会社に対し,30万6435円の残債権を有している。仮に過払金に利息を付したにしても別紙「利息計算書(控訴人)」のとおりであって,控訴人が支払うべき金額は38万0550円に過ぎない。
(3) 当審での被控訴人の請求とその根拠
(被控訴人)
被控訴人は控訴人に対し,①主位的に,不当利得返還請求権に基づき,161万4445円及び控訴人の不当利得行為と相当因果関係のあるその返還請求のための弁護士費用15万円の合計176万4445円の支払とこれに対する最終取引日である平成17年7月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による利息の支払を求め,②予備的に,不法行為に基づく損害賠償として,①と同額の請求をする(当審での新請求)。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 本件においては,基本契約1ないし3毎にそれぞれ別個の契約書が作成されている。そこでは,いずれも破産会社代表者が連帯保証をしているが,基本契約1の契約書末尾の連帯保証人欄には乙川次郎の氏名が記載され,同2の契約書末尾の同欄には甲野太郎の氏名が記載されている。また,基本契約1及び2では,元本極度額が1000万円であるが,基本契約3では1500万円である(乙7〜9)。
このように,各基本契約毎に別個の契約書が作成されているばかりか,その内容においても,上記のような看過しがたい差異があることからすれば,その都度,各別の基本契約が新たに締結されたとするのもあながち理由がないわけではない。
(2) しかしながら,各契約書のその余の内容は全く同一である。また,上記連帯保証人欄の記載にしても,各契約書冒頭の同欄にはいずれも破産会社代表者の署名押印があるのみであって,末尾の同欄には上記乙川次郎或いは甲野太郎の氏名が記載されているのみで,同人らの押印もないという代物であるから,この記載を余り重視することはできない。
しかも,各基本契約の契約期間はいずれも契約日から5年であるから,基本契約1の契約期間内に基本契約2が締結され,さらに同3までもがやはり同期間内に締結されていることになるが,その必要性ないし必然性は何ら明らかにされていない。まして,各基本契約にはその第13条第2文に「本契約は,(契約期間)満了時において債務者,連帯保証人若しくは債権者のいずれからも特段の申出がないときは,同一条件で更に5か年継続されるものとする」との規定が置かれていること(ちなみに,基本契約3の契約期間は平成16年9月15日までであるから,第3取引群のうち取引番号123ないし456の各取引は同契約期間満了後の取引であることになるところ,この点について格別の主張がなされているわけではないが,おそらくは契約書第13条第2文に基づいて,契約が継続されたものとして処理されているものと思われる。)からしても,新たに基本契約を締結し直さなければならない場合というのは通常は想定し難いのである。第1取引群の最後の取引(平成8年7月8日)と第2取引群の最初の取引(平成9年5月29日)との間には10か月余の空白があり,同様に,第2取引群の最後の取引(平成10年3月3日)と第3取引群の最初の取引(平成11年9月16日)との間には約1年半の空白があるが,それとて新たな基本契約を締結しなければならない理由とはいえない。加えて,基本契約2の締結に当たり,同1の契約について合意解除するなどのけじめをつけているわけではなく,この点は,基本契約3の締結に当たっても同様である。
(3) 以上の諸点を総合すれば,控訴人も破産会社も,基本契約2及び3の締結に格別の意味を見出していたとは認められず,単に,第1取引群の最後の取引との間に10か月余の期間が経過したことから基本契約2を締結し,同じく第2取引群の最後の取引との間に1年半もの期間が経過したことから基本契約3を締結したにすぎず,基本契約1或いは同2が存在するにもかかわらず,これとは別個の新たな基本契約を締結しなければならないと認識していたとは考えられない(もっとも,基本契約3においては元本極度額が1500万円に増額されているので,この点に着目すれば,相互に連続性,一体性を保ちつつ基本契約1から同2に,同2から同3にと,順次新たな契約が締結し直されたものと見ることもできる。)。新たに基本契約2及び3を締結しても,同1及び2を合意解除するでもなく,そのまま放置していたことは,基本契約の締結そのものに対する控訴人の認識の低さを物語るものであり,被控訴人が控訴人側から入手した取引履歴(貸付明細書,甲1の1・2)において全部の取引が一連の取引として記載されていることも,控訴人の認識が上記のようなものであったことを裏付けるものである。
そうすると,本件取引(第1取引群ないし第3取引群の各取引)は,全体として一つの基本契約に基づき繰り返された一連一体の取引であると見るべきである。
2 争点(2)について
上記1のとおり,破産会社と控訴人との間の本件取引は,その全部が一連一体のものであって,各基本契約ごとに第1取引群ないし第3取引群の各取引が別個の取引としてなされたものと見るべきではない。
そうであれば,各取引ごとに利限法による引き直し計算をすることによって生ずる過払金についても,全部の取引を一連一体のものとして充当計算すべきである。なお,各取引の中には貸付金額が100万円未満のものもあるが,本件取引の元本限度額は1000万円又は1500万円とされており,当初から100万円を超える貸付が予定されていたものといえるし,破産会社と控訴人の取引はその全部が一連一体のものと評価することができるから,各制限利率は年15パーセントとして計算すべきものと解する。また,うるう年を365日として計算することは許されない。
そうすると,その充当計算の結果は,別紙「計算書」のとおり平成17年7月11日の時点で,161万4445円の過払金が生じたことになる。
3 争点(3)について
(1) 被控訴人の主位的請求について
上記2のとおり,破産会社の過払金は,平成17年7月11日の時点で,161万4445円となるところ,控訴人が破産会社と本件取引をしたことは争いがなく,貸金業者である控訴人がみなし弁済の主張・立証をしない以上,過払金の発生について悪意であったと認められるから,控訴人は過払金に民法所定の年5分の割合による利息を付して返還すべき義務を負うことになる。その附帯請求の始期は受益の日であるから,最終取引日で受益が確定した平成17年7月11日と解すべきである。
また,被控訴人は弁護士費用をも請求するが,過払金も金銭債権であるから,その不履行による損害賠償の額は法定利率によって定められると考えられるところ(民法419条1項参照),その利息を上回る損害は観念できないから,弁護士費用は民法704条の「なお損害があるとき」の損害には該当しないと解される。したがって,同請求は理由がない。(なお,被控訴人は,原審でその過払金請求が全部認容されたにもかかわらず,附帯控訴もしないまま,この点の請求を追加している(遅延損害金の起算日も1日だけではあるが,前倒ししている。)。しかしながら,被控訴人は,当審において,過払金の請求額を161万4445円に減縮するとともに,弁護士費用15万円を追加しているのであり,その請求額合計は原審の認容額を下回っているし,上記のとおり,同弁護士費用は民法704条第2文に基づく「損害」として主張されているものと解されるから,この請求の変更は附帯控訴がなくても許されるものと解する。)
(2) 被控訴人の予備的請求のうちの弁護士費用について
被控訴人は,当審で予備的に不法行為に基づく損害賠償請求を追加したが,当該損害賠償請求は,仮に控訴人に故意又は過失があっても,主位的請求において認容された金額以上の支払い(弁護士費用に相当する)を受ける理由はないので,この点の請求は理由がない(なお,附帯控訴をしないまま上記予備的請求を追加することができるかどうかも一箇の問題ではあるが,その基礎となる事実は主位的請求と基本的に同一であり,単に法的観点が異なるだけのものであるから,敢えて不適法とまで評価することもない。)。
4 以上のとおりであるから,原判決を主文のとおり変更する。
(裁判長裁判官 西理 裁判官 堂薗幹一郎 裁判官 有吉一郎は転任のため,署名押印できない。裁判長裁判官 西理)
別紙
計算書<省略>
利息計算書(控訴人)<省略>