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福岡高等裁判所 平成18年(ラ)430号 決定 2007年2月05日

抗告人

A野花子

同代理人弁護士

須藤公夫

松木崇

相手方

B山松子

他1名

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件は、死亡したA野太郎(以下「被相続人」という。)の祭祀の承継を巡って、実母である抗告人と実子である相手方らが争っている事件である。原審判が相手方B山竹夫(以下「相手方竹夫」という。)を祭祀承継者と定めたので、抗告人が抗告した。

抗告人は、「原審判を取り消す。本件を大分家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求め、その理由として、別紙「即時抗告趣意書」のとおり述べた。その要旨は、① 被相続人は、祭祀承継者として抗告人を指定していたと認めるべきである、② そうでないとしても、家庭裁判所は、被相続人が指定したであろう者を合理的に解釈して、祭祀承継者に指定すべきであるところ、それは実母であり、かつ、生前交流の深かった抗告人をおいてないというにある。

二(1)  民法八九七条は「系譜、祭具及び墳墓の所有権」を承継すべき者(祭祠承継者)について規定しているところ、本件で問題となっているのは、被相続人の遺骨を祀る権利であるが、これも同条の対象となることは当然である。

そして、同条は、その祭祀承継者について、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するが、被相続人の指定があるときはこれが優先するとし(同条一項)、それ以外の場合には家庭裁判所が定めることとしている(同条二項)。

(2)ア  ところで、本件においては、被相続人が明示的に祭祀承継者を指定した事実はない。

イ  もっとも、被相続人の明示的指定がなくても外部的にその意思が推認されるものがあれば足りるとされているところ、本件の場合、被相続人は、(ア) 元妻を相手方とする離婚調停の申立ての直後である平成一〇年八月一一日にした公正証書遺言によって、その財産全部を包括して抗告人に遺贈するとの遺言(以下「本件遺言」という。)をしていること、(イ) 元妻と同年一一月四日に協議離婚するに際して、今後は互いの生活に干渉しないことを合意し、既に成人していた相手方らもその趣旨を忖度して、自らの意思で、氏を元妻の氏に変更し、その後は被相続人との交流を絶ったことといった事情があり、これらが被相続人の意思を推認する事情たり得るのではないかということが考えられる。特に、(ア)は、一般には、祭祠承継者の指定についての被相続人の意思を推認するための有力な事情であるものということができる。

ウ  しかしながら、本件の場合、抗告人は被相続人の実母であって、被相続人よりも三〇歳近くも年長であること、当時、特に被相続人が身体の不調を訴えていたというような事情もないことからすれば、自分の祭祠を抗告人に主宰してもらうというようなことを具体的に想定していたとは考え難い。もっとも、その点は本件遺言についてもあてはまらないわけではないが、抗告人が被相続人よりも先に死亡すれば本件遺言は無効になるだけのことであって、遺産の包括遺贈を定めた本件遺言と祭祠の承継者の指定とは自ずから異なる側面があることは明らかである。したがって、上記イ(ア)の事情を重視するのは相当でない。

とはいえ、被相続人は、平成一四年八月に、東京の国立がんセンターに入院した時点においては、死が遠くないことを自覚したことは確実であるところ、その後においても本件遺言の内容を変更する新たな遺言をした形跡はないから、ここに及んでは、本件遺言は祭祠承継者の指定という面でも相当の重みを有してくるものといわなければならない(相手方松子は、原審における審問に際して、被相続人は遺言書を書き替えたいといっていた旨陳述するが、C乙八号証のメモには「遺言書の通り実行すること」とあることからして、採用できない。)。

エ  他方、被相続人は、上記入院のころから、相手方らとの面会を強く希望するようになり、それが漸く実現するや大いに喜んでいたものである。そうであれば上記イ(イ)の事情に顕著な変化があったというべきである。

オ  加えて、そのころから、抗告人及び長男(被相続人の兄)梅夫と、抗告人の長女(被相続人の妹)春子、抗告人の二女(同妹)夏子、抗告人の養子冬夫らとの人間関係のもつれや対立もあって、被相続人の抗告人及び梅夫に対する信頼感が微妙にゆらいだ形跡が窺われる。

カ  以上によれば、被相続人が死に直面した時点で、誰に祭祀を委ねる意思であったかについては、上記ウ後段の事情からすれば抗告人に傾くが、上記エの事情も併せ考えれば必ずしもそのように断ずることもできない。結局、被相続人の祭祠承継者指定についての意思は不明というほかない。

この点について、抗告人は、被相続人が抗告人の居住する大分県別府市での葬儀を希望する意思を表明していたと主張し、それにそう陳述もあるが、病室という密室内での臨終を前にした被相続人とのやりとりであってみれば、直ちに信を措くことはできないし、そもそも、葬儀をどこでどのように執り行うかということが祭祠承継者の指定と直結するわけでもない。他方、被相続人が抗告人らを排斥する意思を表示していたという相手方松子の陳述もあるが(C乙六)、その信用性については前同様の事情があることに加えて、これは、夏子の娘であるD原一江からの伝聞にすぎないから、もともとその信用性は低いというべきである。

(3)  また、祭祠を主宰すべき者について大分県地方に格別の慣習があることは一件記録上明らかでない。

(4)  以上のとおり、被相続人の指定も格別の慣習も認められないとすれば、家庭裁判所が祭祀承継者を定めるほかない。その場合、家庭裁判所としては、被相続人との身分関係が近く、その生前において生活をともにするなど被相続人との間に密接な生活関係が形成されていて、被相続人に対して思慕の念を強く持ち、末永くその祭祠を主宰して行くにふさわしい者を祭祀承継者として指定すべきである。

なお、抗告人は、被相続人が指定したであろう者を合理的に解釈して、祭祀承継者に指定すべきであり、そうであれば抗告人が指定されるべきである旨主張するが、「被相続人が指定したであろう者を合理的に解釈する」といっても、被相続人の意思について検討した結果が上記(2)カのとおりであってみれば自ずから限界がある。

ア  ところで、本件の場合、抗告人は被相続人の実母、相手方ら(なお、相手方らは、相手方竹夫を祭祀承継者とすることで合意している。)は被相続人の実子であるから、被相続人との身分関係という点で優劣は付けがたいが、被相続人との密接な生活関係という点からすれば、明らかに抗告人に分がある。もっとも、被相続人と相手方らとの父子としての交流が断絶したのは、被相続人と相手方らの母が離婚したという事情があったことによるものであって、相手方らが好んでそうしたわけではない。しかも、被相続人の入院という事態を迎えて、被相続人の強い希望があったからではあるが、相手方らが被相続人を見舞う中で、父子の親密な関係が再確認されていることを考慮すれば、この点において相手方らを過度に不利に扱うべきではない。

イ  被相続人の祭祀に対する抗告人と相手方らの関わり方及び今後の方針などは次のとおりである。

抗告人は、当初から、被相続人が死亡した場合、自分が喪主となって被相続人の葬儀を主宰する意図であったが、春子及び夏子の反対で、それが適わないとみるや、葬儀に出席せず、帰宅してしまったこと、しかし、その後、被相続人が医師として活動していた大分県中津市で、病院関係者等を集めての「お別れ会」、大分県別府市での「四九日法要」「一周忌法要」を執り行ったことが認められ、また、被相続人の祭祀の具体的方法については、被相続人を自らが墓地使用権を有する大分県別府市の市営墓地に一人だけ埋葬し、抗告人死亡後は、梅夫とその子孫が祭祀を承継することを予定しているとしている(ただし、抗告人自身は、自分の実家であるC川家の墓に埋葬されることを希望している。なお、被相続人の父であるA野秋夫は、大分県佐伯市にあるA野家の墓地に埋葬されているため、上記墓には被相続人だけが埋葬されることになる。ただし、同墓地は、今や抗告人と対立関係にある冬夫が墓を建立してこれを占有している。)。

これに対して、相手方らは、相手方B山松子は被相続人の臨終には立ち会ったが、喪主になるのは断ったこと、相手方竹夫は臨終には間に合わなかったが、葬儀には相手方松子とともに出席したこと、被相続人の位牌と遺骨を持ち帰った春子から、これらの引渡しを受けたこと(ただし、遺骨の一部は、春子の要望により、分骨して春子が保管している。)、相手方竹夫において、大分県中津市の市営墓地に被相続人だけのために、被相続人が生前に口にしていたという禅宗の教えである「人間本来無一物」からとった「本来無一物」を墓碑銘とする墓を建立して、埋葬し、同墓においてその後の法要を行っていることが認められる。

ウ  以上によれば、抗告人と相手方竹夫のいずれを祭祀承継者と指定すべきかは甚だ困難な判断を迫られるものがある。

被相続人との密接な生活関係という点からすれば、抗告人に分があるようにも考えられるものの、祭祀の将来的な継続性という観点からすれば、既に高齢の抗告人よりも相手方竹夫の方が優っているのは明らかである。抗告人を祭祀承継者と指定した場合には、抗告人亡き後は、梅夫やその子孫が承継するというのであって、むしろ、実子である相手方竹夫が祭祀を承継した方が長期にわたり安定した祭祀が執り行えることは見易いところである。

エ  以上の諸事情を総合すると、甚だ微妙なところではあるが、相手方竹夫の方が祭祀承継者としてよりふさわしいものというべきである。

抗告人は、「別氏(異姓)を祀らず」という風習があるとか、被相続人が浄土真宗の信者であったからそれを尊重すべきであるなどとも主張するが、いずれも上記結論を左右するまでには至らない。

三  以上によれば、上記と同旨の結論を導いた原審判は結論において相当であり、本件抗告は理由がないことに帰する。

(裁判長裁判官 西理 裁判官 有吉一郎 吉岡茂之)

<以下省略>

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