福岡高等裁判所 平成18年(行コ)38号 判決 2007年10月25日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨
第2事案の概要(略称等は原判決の例による。)
1(1) 本件は,被控訴人の夫AがBとの間で締結していた生命保険契約(本件保険契約)について発生した保険事故(Aの死亡)に基づいて,被控訴人が平成14年に受け取った年金払保障特約年金230万円(本件年金)から必要経費9万2000円を控除した220万8000円を,控訴人が,被控訴人の雑所得に当たるとして,その平成14年分の所得金額に加算して所得税の更正(本件処分)を行ったため,被控訴人がその取消しを求めた事案である。
(2) 原判決は,本件年金に係る所得に所得税を課税することは所得税法9条1項15号の規定の趣旨により許されないから,本件年金を雑所得として被控訴人の所得に加算することは違法であるとして,本件更正処分(減額更正後のもの)のうち,総所得37万7707円を超える部分を取り消した。
(3) 控訴人は,これを不服として前記第1のとおり控訴した。
2 事案の概要は,次のとおり補正し,3のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 2頁16行目の「保険金」を「保険料」に,3頁3行目の「甲4」を「甲4の①②」に,15行目の「本件更生処分」を「本件更正処分」に,20行目の「23万0800円」を「22万0800円」に改め,4頁17行目の末尾に「(いずれも当時のもの。以下同じ。)」を加え,5頁4行目の「乙10-①」を「乙10の①」に改める。
(2) 5頁10・11行目の「当たる否か」を「当たるか否か」に,7頁13行目の「応答日」を「応当日」に改める。
3 当審における当事者の主張
(1) 控訴人の主張
ア 本件年金に係る所得に対する所得税の課税について
(ア) 所得税法9条1項15号は,「相続(中略)により取得するもの(相続税法(昭和25年法律第73号)の規定により相続(中略)により取得したものとみなされるものを含む。)」については,所得税を課さない旨を規定している。そして,相続税法3条1項は,同項各号に掲げる場合において,当該各号に掲げる者が,当該各号に掲げる財産を相続又は遺贈により取得したものとみなす旨規定しているから,所得税法9条1項15号にいう「相続(中略)により取得したものとみなされるもの」とは,相続税法3条1項所定のみなし相続財産を指していることが明らかである。
相続税法3条1項1号の立法趣旨は,実質的に相続又は遺贈による財産の取得と同視すべきものを相続税の課税対象とするものであるところ,同号にいう「保険金」は,金銭そのものではなく,相続開始時において存在する保険金請求権(債権)を意味するものである。そして,被相続人の死亡により,生命保険契約に基づき,相続人その他の者が定期金に関する権利(年金受給権等)を取得した場合においては,その相続開始時に存在するのは,基本権としての当該定期金に関する権利(年金受給権等)のみであって,基本権に基づいて発生する支分権としての受給権は未だ発生していない。そうすると,その後に発生する支分権及びその行使として給付される個々の定期金(年金等)それ自体は同号にいう「保険金」に該当しない。
したがって,本件年金は,本件年金受給権とは法的に異なるものであるから,上記各規定の文理解釈によれば,所得税法9条1項15号所定の非課税所得に該当しないことは明白である。
そして,租税法は,侵害規範であり,法的安定性の要請が強く働くから,その解釈は原則として文理解釈によるべきであり,みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないというべきである。原判決が,本件年金は,法的には本件年金受給権とは異なるが,実質的・経済的にみれば同一のものと評価される財産であるから所得税を課税することは許されないと判示していることは,同号の規定の適用範囲をその文理を明らかに逸脱ないし拡大して解釈するものというほかはない。
(イ) 所得税法9条1項15号の趣旨は,相続税法の規定により相続税又は贈与税の課税対象となる財産の取得に対し,相続税又は贈与税と所得税の二重課税が生じることを排除するため,当該財産の取得に係る所得には所得税を課さないようにする点にあるものと解される。同号の規定は,その明文で規定する範囲を超えて,「実質的・経済的」な二重課税なるものを排除することを目的として,相続税又は贈与税の課税対象となる財産とは法的に異なる財産の取得に対しても所得税を課することを禁止する趣旨の規定ではない。
(ウ) 二重課税とは,あくまでも「同一の課税物件」に対する課税が重複することを意味するのであり,異なる課税物件に対しそれぞれ別個に課税が行われるような場合を二重課税ということはできない。
相続税又は贈与税が,人の死亡又は贈与によって財産が移転する機会にその財産に対して課される租税であるのに対し,所得税は,個人の所得に対する租税であり,両者は別個の体系に属する税目である。このような税目間において,具体的に何をもって二重課税に当たるとするかについては,そのこと自体が理論上争われている例もあるのであって,必ずしも容易に判断できる問題ではない。
(エ) 居住者が財産を相続した直後に譲渡した場合,当該財産は相続税の課税対象となり,その価額が当該相続人の相続財産の課税価格に算入される一方(相続税法2条,2条の2,11条以下),被相続人による取得時以降の保有期間中の増加益については,当該相続人に対し,譲渡所得として所得税が課税されることになる(所得税法33条,60条)。この場合,当該譲渡益は当該財産の価額に含まれているから,その限りにおいて,「実質的・経済的」には同一の財産(増加益部分)に相続税と所得税を二重に課税していることになるが,所得税法60条の規定は,所得税法が原判決のような考え方を採っていないことを示すものである。
(オ) 原判決は,①相続税法24条1項1号による本件年金受給権の評価が,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現価(正確にはその近似値)に引き直したものであること,②本件年金に係る支分権は,利息のような元本の果実,あるいは資産処分による資本利得ないし投資に対する値上がり益等のように,その利益の受領によって元本や資産ないし投資等の基本的な権利・資産自体が直接の影響を受けることがないものとは異なり,これが行使されることによって基本的な権利である本件年金受給権が徐々に消滅していく関係にあることを指摘し,年金受給権に対して相続税を課税した上,さらに,個々の年金に所得税を課税することは,実質的・経済的には同一の資産に対して二重に課税するものであって,所得税法9条1項15号の趣旨により許されない旨判示する。
しかし,原判決の上記①,②の指摘は,本件年金に係る所得を所得税の課税対象と解することの妨げとなるものではない。例えば,相続により取得した財産が果樹であったような場合には,当該財産の価額を評価するに当たり,基本的には,いわゆる収益還元方式の考え方により,当該財産の使用によって将来にわたって受け取ることのできる収益(収穫した果実の売却による収入)を,現価ないしその近似値に引き直す方法を採るのが合理的と解される。これは,原判決が上記①で指摘するような本件年金受給権の価額の評価方法と同じ考え方に基づくものである。さらに,果樹には一定の寿命があり,毎年,果樹から果実を収穫すれば,その分だけ,当該果実から将来得られる収穫量の総計も減少すること,そのため,所得税法及び法人税法上も,果樹は減価償却資産とされていることに照らすと,当該果樹から得られる収益は,時の経過による当該財産の価値の減少と対応する関係にあるということができる。このことは,原判決が上記②で指摘するような本件年金受給権と本件年金との関係,すなわち権利の行使とそれに伴う価値の逓減という関係と基本的に同様である。そして,果樹が相続税の課税対象となった場合であっても,その後,当該果樹から得られる収益に対し,所得税が課税されることについては異論がない。すなわち,相続税の課税に際し,時の経過によって価値の減少する資産の価額を収益還元方式によって評価したからといって,その後に当該資産から得られる収益が所得税法9条1項15号所定の非課税所得に当たるなどとは考えられていないのである。
(カ) 所得税法上,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金に対する所得税の課税が予定されている。
まず,所得税法207条は,居住者に対し国内において同法76条3項1号から4号までに掲げる契約等に基づく年金の支払をする者は,その支払の際,その年金について所得税を源泉徴収しなければならない旨を規定している。そして,同法76条3項1号は,生命保険会社等の締結した生命保険契約等のうち「生存又は死亡に基因して一定額の保険金が支払われるもの」で,当該契約に基づく保険金,年金等の受取人のすべてをその保険料等の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするものを掲げている。したがって,上記各規定によれば,居住者に対し所定の生命保険契約に基づく死亡保険金として年金の支払をする者が,その支払の際,その年金について所得税を源泉徴収しなければならないことは明らかである。
次に,同法9条1項3号ロは,「遺族の受ける恩給及び年金(死亡した者の勤務に基づいて支給されるものに限る。)」につき,同項15号とは別に非課税規定を設けている。これは,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金が,同項15号所定の非課税所得に該当しないことを意味するものである。
(キ) 所得税法9条1項15号の立法に際しても,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金は,所得税の課税対象になると解されていた。現行所得税法は,税制調査会の昭和38年12月6日付け「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」を踏まえて立法された法律であるところ,同答申は,当時の税制について,被相続人が掛金を負担した年金契約に基づく年金受給権は,相続財産として時価により評価し,相続税の課税が行われ,さらに相続人がその年金受給権に基づき支払を受けるときは,その年金から被相続人が負担した掛金を控除した残額に対して所得税が課税されることになっていることについて,所得税と相続税とは別個の体系の税目であることから,両者間の二重課税の問題は理論的にはないものと考えるとしており,これによれば,上記答申の当時,既に,旧所得税法上,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金に対し所得税が課税されるという解釈が定着しており,そのような解釈を前提として,現行の所得税法が定められたといえる。
また,相続税法3条1項1号の立法に際しても,同号所定のみなし相続財産である年金受給権に基づいて毎年支給される年金が所得税の課税対象となることが予定されていた。
イ 被控訴人の税額について
本件年金については,Bが,被控訴人に対する支払の際,22万0800円を源泉徴収しており,本件処分においても,処分行政庁は,所得税法120条1項5号,6号,138条の規定に基づき,上記源泉徴収税額等を算出所得税額から控除し,控除しきれなかった金額に相当する所得税を還付することにしている。
しかし,仮に本件年金に係る所得が非課税所得に当たるとすれば,そもそも上記の源泉徴収自体が誤りであったことになり,被控訴人は,上記源泉徴収税額の全部又は一部の還付を受けることができない(最高裁判所平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)。
これを前提とすると,仮に本件年金に係る所得が非課税所得に当たるとした場合,被控訴人が平成14年分の所得税について納付すべき税額(算出所得税額から源泉徴収税額等を控除しきれなかった場合は,還付を受けるべき金額)を計算すると,還付を受けるべき金額が2664円となるのであり,これは,本件処分(減額再更正後のもの)における還付を受けるべき金額である19万7864円を下回ることになる。
そうすると,仮に本件年金に係る所得が非課税所得に当たるとしても,本件処分(減額再更正後のもの)は,総額主義の観点から適法というべきである。
(2) 被控訴人の主張
ア 本件年金に係る所得に対する所得税の課税について
(ア) 相続税法3条1項1号にいう「被相続人の死亡により相続人その他の者が生命保険契約の保険金を取得した場合」の「保険金」の文言解釈は,①受給権のうちの基本権,②受給権のうちの支分権,③支分権に基づく本件年金のすべてを包含するものである。
基本権と支分権とは,民法上は別個の債権ではあるが,2個の財産的価値が存在するのではなく,一対として財産的価値を実現させる債権である。したがって,確かに,受給権(基本権)を取得する権利・所得と支分権に基づく年金の所得は,形式的・表面的には別異と認識できるが,2個の財産的価値(担税力)があるとは到底考えられない。このような場合は,租税原則及び法の趣旨に則り,たとえ形式的には別異の権利・所得に該当するとしても,実質的・経済的には同一の資産(1個の財産的価値・1個の担税力)に関して二重に課税することは明らかであり,所得税法9条1項15号の趣旨により許されない。
(イ) 税法において文言は一義的に解釈されるべきであるが,通常,異なる解釈が発生する可能性がない場合は定義規定がない。相続税法3条1項1号の「保険金」については定義規定がない。そうであれば,通常の日本語としての意味で解釈するのが当然であり,広辞苑第5版によると,保険金とは「契約に基づき,保険者(保険会社)が被保険者又は保険金受取人に支払う金」としており,また,「(相続税)法3条第1項第1号の規定により相続又は遺贈により取得したものとみなされる保険金」の解釈についての相続税法基本通達3-6には,「保険金」,「年金」の文言はあるが,「受給権・基本権」の文言はない。したがって,同通達の「年金の方法により支払を受けるもの」の「年金」は本件年金を指すことは明らかであるから,相続税法3条1項1号の「保険金」は上記(ア)の①から③までをすべて含むことになる。
(ウ) 自己が保険料を負担し自己が年金を受け取る場合において,一時金で受け取る場合には一時所得として,年金で受け取る場合には雑所得として「選択的な課税」がされるのであり,年金基本権について一時所得,年金支分権について雑所得課税が重畳的にされることはない。このことは,税務上は,年金基本権と年金支分権とを異なる発生原因に基づく異なる所得とは認識しておらず,むしろ,「同一物」と認識していることを意味する。
(エ) 所得税法60条の規定は,山林又は譲渡所得の基因となる資産は,相続された後相続人が譲渡することなく使用収益し,次の世代への相続財産となる可能性が大きいことを考慮し,譲渡があった場合は政策的に敢えて二重課税の可能性を法定しているものと推定される。
しかし,本件年金は,同条に規定する資産ではないから,同条との比較で論じることは筋違いである。
(オ) 控訴人は,本件年金について,果樹と果実との関係で種々主張するが,本件年金受給権と本件年金とは果樹と果実との関係にはないから,理由がない。
(カ) 所得税法の関係規定について
まず,所得税法207条については,源泉徴収制度は徴税技術の面から定められた規定であり,その対象となる経済的事実が所得税の課税対象であるか否かは別の条文で規定されている。本件年金については,同法35条の雑所得に該当するか否かが問題であって,同法207条はその根拠となるものではない。
次に,同法9条1項3号ロの規定は,確認的規定と思われるが,このような確認的規定を用いて反対解釈をすることは,法の趣旨を曲解する反対解釈であり,不当である。仮に上記規定が創設的規定であったとしても,その反対解釈により,同項15号の厳密な文理解釈に影響を及ぼすのは不当である。
(キ) 本件年金に所得税を課税すると,相続税,所得税及び住民税の最高税率が適用される者の場合,受け取る年金以上に税負担がある。すなわち,昭和50年から昭和58年までの間の最高税率は合計168パーセント(相続税及び所得税はいずれも75パーセント,住民税は18パーセント)であり,その間の相続と仮定すると,税の合計額は3088万4400円となり,10年間に受け取る年金の総額2300万円を超えることになる。
したがって,本件年金に所得税を課税することは,憲法29条の財産権の侵害に当たる。
イ 被控訴人の税額について
(ア) 所得税法207条は,年金に係る契約に基づき年金を支払う場合について徴収する旨規定し,取得原因を問わず一律に徴収する義務を定めているから,本件年金のように本来非課税とされる年金であっても,支払者には一律に源泉徴収義務があるものと解される。
そうすると,本件源泉徴収税額は,誤って徴収されたものではなく,前記最高裁判所判決にいう所得税法の規定に基づき正当に徴収された所得税の額である。
したがって,総額主義の観点からの控訴人の主張は理由がない。
(イ) 控訴人は,本件年金について,一方では,所得税が課税されると主張し,他方,総額主義における主張においては,非課税所得であることを前提にして,誤って徴収された源泉所得税額は控除できないと主張するもののようであるが,このような主張は,信義誠実の原則,禁反言の法理に照らして,許されないというべきである。
第3当裁判所の判断
1 本件年金に係る所得に対する所得税の課税について
(1) 所得税法9条1項15号の規定について
相続税法3条1項柱書は,同項各号のいずれかに該当する場合においては,当該各号に掲げる者が,当該各号に掲げる財産を相続又は遺贈により取得したものとみなす旨を規定し,同項1号は,被相続人の死亡により相続人(相続を放棄した者及び相続権を失った者を含まない。)が生命保険契約の保険金を取得した場合においては,当該保険金受取人について,当該保険金のうち被相続人が負担した保険料の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分を掲げている。その趣旨は,被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した生命保険契約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自ら固有の権利として取得するものであり,被相続人の相続財産に属するものではないが,相続財産と実質を同じくするものであり,被相続人の死亡を基因として生ずるため,公平の見地から,これを相続財産とみなして相続税の対象としたものと解される。
他方,所得税法9条1項15号は,相続,遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和25年法律第73号)の規定により相続,遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)については,所得税を課さない旨を規定している。その趣旨は,相続,遺贈又は個人からの贈与により財産を取得した場合には,相続税法の規定により相続税又は贈与税が課されることになるので,二重課税が生じることを排除するため,所得税を課さないこととしたものと解される。この規定における相続により取得したものとみなされるものとは,相続税法3条1項の規定により相続したものとみなされる財産を意味することは明らかである。そして,その趣旨に照らすと,所得税法9条1項15号が,相続ないし相続により取得したものとみなされる財産に基づいて,被相続人の死亡後に相続人に実現する所得に対する課税を許さないとの趣旨を含むものと解することはできない。
ところで,被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した生命保険契約において,被相続人の死亡により保険金受取人が取得するものは,保険金という金銭そのものではなく,保険金請求権という権利であるから,相続税法3条1項1号にいう「保険金」は保険金請求権を意味するものと解される。
そうすると,相続税法3条1項1号及び所得税法9条1項15号により,相続税の課税対象となり,所得税の課税対象とならない財産は,保険金請求権という権利ということになる。
(2) 本件年金受給権及び本件年金について
引用に係る原判決(補正後のもの)第2の1(1)の事実によれば,本件年金受給権は,Aを契約者及び被保険者とし,被控訴人を保険金受取人とする生命保険契約(本件保険契約)に基づくものであり,その保険料は保険事故が発生するまでAが払い込んだものであって,年金の形で受け取る権利であるが,Aの相続財産と実質を同じくし,Aの死亡を基因として生じたものであるから,相続税法3条1項1号に規定する「保険金」に該当すると解される。そうすると,被控訴人は,Aの死亡により,本件年金受給権を取得したのであるから,その取得は相続税の課税対象となる。
前記事実によれば,被控訴人は,将来の特約年金(年金)の総額に代えて一時金を受け取るのではなく,年金により支払を受けることを選択し,特約年金の最初の支払として本件年金を受け取ったものである。本件年金は,10年間,保険事故発生日の応当日に本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて,被控訴人が受け取った最初の現金というべきものである。そうすると,本件年金は,本件年金受給権とは法的に異なるものであり,Aの死亡後に支分権に基づいて発生したものであるから,相続税法3条1項1号に規定する「保険金」に該当せず,所得税法9条1項15号所定の非課税所得に該当しないと解される。したがって,本件年金に係る所得は所得税の対象となるものというべきである。
(3) 所得税法の規定等について
ア 所得税法の規定について
所得税法207条は,居住者に対し国内において同法76条3項1号から4号までに掲げる契約等に基づく年金の支払をする者は,その支払の際,その年金について所得税を源泉徴収しなければならない旨を規定しているところ,同法76条3項1号は,生命保険会社の締結した生命保険契約のうち「生存又は死亡に基因して一定額の保険金が支払われるもの」で,当該契約に基づく保険金,年金等の受取人のすべてをその保険料等の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするものを掲げている。上記各規定によれば,居住者に対し所定の生命保険契約に基づく死亡保険金として年金の支払をする者が,その支払の際,その年金について所得税を源泉徴収しなければならないことは明らかである。したがって,上記各規定は,所得税法が,所定の生命保険契約に基づいて,死亡保険金として年金の支払を受ける者に所得が生じることを当然の前提としているものと解される。
次に,同法9条1項3号ロは,「遺族の受ける恩給及び年金(死亡した者の者の勤務に基づいて支給されるものに限る。)」につき,同項15号とは別に非課税規定を設けている。これは,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金が,同項15号所定の非課税所得に該当しないことを前提としているものと解される。なぜなら,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金が,みなし相続財産である年金受給権と実質的・経済的に同一の財産と評価されるという理由により,同号により非課税所得とされるのであれば,同項ロの規定を設ける必要はないからである。
上記によれば,所得税法は,本件年金のように,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金について,所得税の課税を予定しているものということができる。
イ 立法当時の見解について
現行所得税法は,税制調査会の昭和38年12月6日付け「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」を踏まえて立法された法律であるところ,同答申は,当時の税制について,被相続人が掛金を負担した年金契約に基づく年金受給権は,相続財産として時価により評価し,相続税の課税が行われ,さらに相続人がその年金受給権に基づき支払を受けるときは,その年金から被相続人が負担した掛金を控除した残額に対して所得税が課税されることになっていることについて,所得税と相続税とは別個の体系の税目であることから,両者間の二重課税の問題は理論的にはないものと考えるとしていた(乙11の(1),30)。そして,相続税法3条1項1号の立法に際しても,同号所定のみなし相続財産である年金受給権に基づいて毎年支給される年金が所得税の課税対象となることが予定されていたのである(乙20の(1),21)。
そうすると,所得税法9条1項15号,相続税法3条1項1号の立法当時,生命保険契約に基づく死亡保険金として支払われる年金について,所得税の課税が予定されていたということができる。
(4) 被控訴人の主張について
ア 二重課税の主張について
被控訴人は,受給権(基本権)を取得する権利・所得と支分権に基づく年金の所得は,形式的・表面的には別異と認識できるが,実質的・経済的には同一の資産であり,二重に課税することは許されないと主張する。
確かに,本件年金受給権の評価は,相続税法24条1項1号により,有期定期金は,その残存期間に受けるべき給付金の総額に,その期間に応じた一定の割合を乗じて計算した金額とされているところ,この割合は,将来に支給を受ける各年金の課税時期における現価を複利の方法によって計算し,その合計額が支給を受けるべき年金の総額のうちに占める割合を求め,端数整理をしたものといわれている。そうすると,本件年金受給権の評価は,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現価(正確にはその近似値)に引き直したものといい得るから,本件年金受給権と年金の総額は,実質的・経済的にはほぼ同一の資産と評価することも可能である。
しかし,本件年金受給権の取得と個々の年金の取得とは,別個の側面がある。まず,後者についてみると,被控訴人は,本件保険契約において,将来の特約年金(年金)を受け取るものであるが,これは,被控訴人が自ら年金契約等の定期金給付契約を締結して自ら掛金を負担し,年毎に年金等の定期金を受け取る場合と異なるところはなく,いずれについても所得があるのである。そうすると,両者を区別することはできず,これらの所得は所得税の対象となる。そして,前者についてみると,被控訴人は,本件保険契約において,自ら保険料を支払ったものではないのに,Aの死亡により,本件年金受給権を取得したのであるから,これは,前者とは別個に,相続税の対象となる。このように考えると,本件年金受給権の取得に相続税を課し,個々の年金の取得に所得税を課することを,二重に課税するものということはできない。
したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。
イ 憲法29条違反の主張について
被控訴人は,本件年金に所得税を課税することは,相続税,所得税及び住民税の最高税率が適用される者の場合,受け取る年金以上に税負担があり,憲法29条の財産権の侵害に当たると主張する。
しかし,被控訴人の主張は,昭和50年から昭和58年までの間の最高税率の適用があることを前提とすることが明らかであるところ,被控訴人は,昭和50年から昭和58年までの間に相続があったわけではなく,最高税率の適用を受ける者であるともいえない。
したがって,被控訴人の上記主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。
(5) 本件年金に係る所得について
以上のとおり,本件年金に係る所得は所得税の対象となるものである。
そして,本件年金に係る所得は,その性質及び源泉に照らすと,所得税法35条1項の雑所得に該当するものというべきである。
2 被控訴人の税額について
雑所得の総収入金額は本件年金の額である230万円であり,本件年金に係る必要経費はその保険料9万2000円である(引用に係る原判決(補正後のもの)第2の1(2),所得税法施行令183条1項2号)から,雑所得の金額は220万8000円となる。
そして,本件更正処分及び再更正処分における税額の計算過程及びその根拠については,本件年金を雑所得の収入金額とすることができるか否かを除いて,当事者間に争いがない。
したがって,本件更正処分(再更正処分後のもの)は,適法である。
第4結論
よって,被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであり,これと異なる原判決を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丸山昌一 裁判官 川野雅樹 裁判官 金光健二)