福岡高等裁判所 平成19年(う)128号 判決 2007年7月24日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中120日を原判決の刑に算入する
理由
本件控訴の趣意は,弁護人鶴利絵が提出した控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。
論旨は,量刑不当の主張であり,要するに,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は不当に重過ぎ,酌量減軽の上,有期懲役刑に処するのが相当である,というのである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
本件は,被告人が,①生活苦から金品窃取の目的で,以前勤務していたビジネスホテルに深夜侵入し,盗んだ食堂出入口鍵を使って入り込んだ食堂内でカウンター内側の整理箱に保管されていた鍵を物色中,出勤してきた女性従業員に目撃されたことから,逮捕を免れるとともにその罪跡を隠滅する目的で同女の殺害を決意し,殺意をもって,両手及び同女が身に着けていたエプロンを使って同女の首を強く絞め上げたが,同女が絶命するまでに至らなかったことから,さらに付近に置いてあった重さ約14キログラムのステンレス製のビア樽を持って来て,床上に倒れた同女の側頭部にそのビア樽を複数回にわたり振り下ろして殴打し,同女に頭蓋底横骨折等の傷害を負わせて,その場で,同女を同傷害に基づく延髄断裂により死亡させて殺害した上,現金合計約7万6800円等を強取した建造物侵入,強盗殺人(原判示第1,科刑上一罪),②上記犯行後,逃走後の生活費に窮し,立ち話をしていた被害男性の隙をつき,同人が駐輪中の自転車の前かごに入れていた黒色ショルダーバッグ内から現金約21万円等在中の財布1個を盗んだ窃盗(同第2)からなる事案である。本件各犯行の経緯・動機,態様及び結果,被告人の前科関係等は,原判決が(犯行に至る経緯),(罪となるべき事実)及び(量刑の理由)において詳細に認定,説示するとおりである。殊に①については,被告人は,誠に自己中心的で身勝手な動機から被害者の殺害を決意し,被害者の首を,最初は両手で,次に被害者が着用していたエプロンの腰紐で絞め続け,更に,被害者が足をわずかに動かすなど死んでいないことに気付くや,とどめをさすために全く抵抗できない状態の被害者の頭部を重いビア樽を複数回振り下ろして殴打したもので,強固な殺意に基づく執ようで残酷な犯行である。そして,何の落ち度もない被害者の尊い生命が奪われた上多額の現金等も強取されており,被害者の無念さ,絶命までに感じた肉体的・精神的苦痛の大きさをも考えれば,結果は誠に重大であり,遺族の処罰感情が非常に厳しいのも当然である。しかも,被告人は被害者の遺族に対し,特に慰謝の措置を講じていない。また,②についても,逃亡中の生活費欲しさに窃盗を敢行するなど,これまた身勝手な犯行であるが,被害額も高額で,結果も決して軽視できない。なお,本件の背景には,被告人が経済的に困窮していたという事情があったにせよ,その主な原因は被告人自身の生活態度にあり,その点を特にしん酌することはできない。したがって,本件の犯情はすこぶる悪く,被告人の刑事責任は極めて重いというほかない。
そうすると,いずれの犯行も周到に計画された犯行とまではいえないこと,②の犯行については,手持金から被害者に対し10万円を弁償していること,被告人が捜査段階から公判に至るまで一貫して各罪を認め,反省の情と被害者や遺族に対する謝罪の意を表していること,その他所論指摘の点を含め被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても,本件が酌量減軽すべき事案とは認められず,原判決の量刑はやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 正木勝彦 裁判官 松下潔 裁判官 平島正道)