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福岡高等裁判所 平成19年(ネ)932号 判決 2009年1月30日

控訴人兼被控訴人

X1(以下「一審原告X1」という。)<他3名>

一審原告ら訴訟代理人弁護士

松丸正

中森俊久

被控訴人兼控訴人

株式会社 Y(以下「一審被告」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

三浦邦俊

瀬戸伸一

本江嘉将

主文

一  一審原告X2、同X3、同X4及び一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  一審被告は、一審原告X1に対し、二四五三万二三六六円及びこれに対する平成一六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合に対する金員を支払え。

三  一審被告は、一審原告X2、同X3及び同X4に対し、各一三七七万九五五六円及びこれに対する平成一六年二月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  一審原告らのその余の請求を棄却する。

五  一審原告X1の控訴を棄却する。

六  訴訟費用は、一、二審を通じて五分し、その三を一審原告らの、その余を一審被告の各負担とする。

七  この判決の第二、三項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一本件控訴の趣旨

一  一審原告ら

(1)  原判決中一審原告ら敗訴部分を取り消す。

(2)  一審被告は、一審原告X1に対し、四九八二万五六四六円(認容額と併せて七六一三万九六五七円)及びこれに対する平成一六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合に対する金員を支払え。

(3)  一審被告は、一審原告X2、同X3及び同X4に対し、各一二五七万〇八七七円(認容額と併せて二五三七万九八八五円)及びこれに対する平成一六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

(5)  仮執行宣言

二  一審被告

(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告らの請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。

第二事案の概要等(以下、略称は原判決の表記による。なお、書証は特に表記するほかは枝番を省略する。)

一  事案の概要

本件は、一審被告の製造部長であったB(「B」と略称)が就労中くも膜下出血を発症して死亡したことにつき、その遺族である一審原告らが、一審被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、一審原告X1につき七六一三万九六五七円、その余の一審原告らにつき各二五三七万九八八五円(合計一億五二二七万九三一二円)とこれらに対するB死亡日の平成一六年二月二六日からの民法所定の遅延損害金の支払を求めた事件である。

原審は、一審原告らの請求を、一審原告X1につき二六三一万四〇一一円、その余の一審原告らにつき各一二八〇万九〇〇八円(合計六四七四万一〇三五円)と遅延損害金の限度で認容し、その余を棄却した。そこで、これを不服とする一審原告ら及び一審被告がそれぞれ控訴した。

二  本件における前提となる事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の「一」及び「二」(原判決二頁二〇行目から同二八頁一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決の補正

ア 原判決三頁一七行目から同四頁一八行目までを以下のとおり改める。

「イ 同署長は、同年一一月二日、Bの本件発症による死亡を業務災害と認め、遺族補償給付及び葬祭料の支給を決定し、当審口頭弁論終結日までに以下の支給をした。

(ア) 遺族補償年金

平成17年12月 五五八万九一八一円

平成18年2月、4月 各五三万二三〇三円

(合計一〇六万四六〇六円)

平成18年6月、8月、10月、12月

平成19年2月、4月、6月、8月、10月、12月

平成20年2月、4月 各四八万四五〇四円

(合計五八一万四〇四八円)

平成20年6月、8月、10月 各四五万三五九〇円

(合計一三六万〇七七〇円)

以上合計一三八二万八六〇五円

(イ) 遺族補償特別年金

平成17年12月 一三九万七二八七円

平成18年2月、4月 各一三万三〇七五円

(合計二六万六一五〇円)

平成18年6月、8月、10月、12月

平成19年2月、4月、6月、8月、10月、12月

平成20年2月、4月 各一二万一一二六円

(合計一四五万三五一二円)

平成20年6月、8月、10月 各一一万三三九七円

(合計三四万〇一九一円)

以上合計三四五万七一四〇円

(ウ) 遺族低額特別支給金 三〇〇万円

(エ) 葬祭料 九七万七七〇〇円」

イ 同一七頁一三行目の「適正労働時間監理義務」を「適正労働時間管理義務」と改める。

ウ 同二六頁二行目の「労働基準法」から同四行目までを「労働基準法四一条二号の『監督若しくは管理の地位にある者』に該当し、割増賃金の支払を受けることはできない。」と改める。

(2)  当審における当事者の主張

(一審被告の主張)

ア タイムカードと日報

Bの労働時間の算定については、原判決のとおり、日報を基準にすべきであって、タイムカードを基準にするべきではない。その理由は以下のとおりである。

(ア) タイムカード

一審被告では、タイムカードで労働時間の管理は行っておらず、タイムカードは、せいぜい、その日、出勤したという事実を物語るものにすぎなかった。これは、一審被告の従業員のほとんどが固定給であって、勤務時間、残業時間を把握する必要がなかったからである。

タイムカード自体は、事務所玄関を入ったすぐ脇に設置してあることから、出勤した従業員は、タイムカードを打刻しても、すぐには、勤務に従事することはなかった。すなわち、仕事は工場内での作業が中心であるが、工場はカードキーで施錠してあるため、早く出勤しても、カードキーを持った社長、工場長及び総務部長等が出勤して開場しない限り、工場内に入ることができなかった(Bもカードキーを所持していなかった。)。そのため、従業員は、タイムカードを打刻した後、車の中等で休んでいるか、喫煙所でタバコを吸ったり、ジュースを飲んだりして過ごし、始業のチャイムが鳴ってから仕事を開始していた。始業のチャイムが鳴らない限り、仕事を始めることはなかった。

帰宅時間についても、Bを含めた車通勤の者は、渋滞時間を避けるため、仕事が終わってからも、時間調整のために会社に残った後、会社を出るときにタイムカードを打刻していたもので、勤務時間の終了時刻についても、タイムカードの時刻は、正確な時間を現していない。

(イ) 日報

これに対して、日報に記載された時間は、正確な労働時間を反映しているものである。なぜなら、日報は、原価計算のために作成されていたものであるが、他方で、大部分の従業員が固定給制となる平成一五年五月までは給与計算の基礎資料としても使用されていたところ、固定給制となっても、従業員は、従来どおり自らの勤務時間を日報に正確に記載することを習慣としていたからである。

製造部長となったBの労働時間は、原価計算に算入されるものではなく、日報上、「間接時間」として記載されており、その中には、手待ち時間、移動時間が含まれている。そして、Bについても、平成六年一〇月の入社から平成一一年七月までは残業手当てが付いていたから、日報に正確に記載する習慣が身についていたものである。

イ Bの時間外労働時間

(ア) 入力テーダ改ざん時間の控除

a 改ざんの必要性

Bは、製造部長として、受注している機械製作の原価をなるべく低くしなければならない立場にあったが、下請業者の供応接待を受ける目的で、a社及びbエンジニアリングから提出される見積書の金額をそのまま外注費として計上したり、見積金額を高めにするように勧めていた。このため、Bは、高くなった外注費のままで計算すれば原価率が高くなり、リベートを受領し下請業者に供応接待を求めていることが発覚することから、これを隠蔽し、原価率が上昇していないように装うため、内作費用の改ざんを始めた。

原価率とは、売上高に対する原価の割合であり、原価は内作費用と外作費用で構成されていた。一審被告では、Bが作成していた原価集計により、受注先ごとや受注品ごとの原価率を確認し、利益が出ているか、赤字でないかを確認していたが、外作費用が高くなれば、原価率が高くなって問題視されることから、Bは、内作費用を減額することで、原価率が適正な水準になるように操作を行っていたものである。

一審被告の内作費用は、各従業員が記入する作業日報に基づき、製造部のオペレーターが機械的にコンピューターに入力する作業を行っている(一部はバーコード入力もある。)。入力されたデータは原価計算の基礎となるものであるから、コンピューターデータが入力後に修正・変更されることは全くありえない。ところが、Bは、勤務時間中に、内作費用の入力データに多数の改竄をしていたものである。

b 改ざんの方法

一審被告の製造部においては、製造に携わる従業員が、日報入力用紙を毎日、原則として作業終了後遅くとも翌日までには、部門長を通じて、製造部の日報入力を担当するオペレーターに提出することになっていた。オペレーターは、これを生産管理システム上の「作業日報」入力画面に入力することで、コンピューター上の「作業日報(担当者別)」が作成されていた。

「作業日報(担当者別)」においては、一日の勤務時間が、原価に算入される作業時間と、算入されない間接時間とに分類されるが、時系列としては、作業をした受注番号ごとに、全時間が割り振られることになっている。すなわち、始業時刻から終了時刻まで、間断なく受注番号が割り振られることが原則である。この間が空いているということは、本来は、私用で作業を中断したことを意味する。

一審被告で、内作費用である作業時間を減らそうとすれば、この「作業日報(担当者別)」のデータを改ざんして費用を減らすことになる。その改ざんの方法としては、一日のデータ全部を削除する方法と、作業時間を短縮する方法がある。

c 改ざんの件数

Bが行った改ざんの件数を算出するため、平成一五年八月分(同年七月二一日から同年八月二〇日まで)から平成一六年二月分(同年一月二一日から同年二月二〇日まで)までの間、製造部所属の正社員とパート社員について、月ごとで日報のデータとタイムカードを検討し、その集計を行ったところ、その結果は以下のとおりとなった。なお、この中には派遣社員のデータは入っておらず、しかも、改ざんの対象となるデータの数は月間で三〇〇〇件程度で、発覚していない件数もあることから、実際の改ざん件数はその倍程度になるものと推測される。

平成16年2月 二〇〇件(削除六五件。変更一三五件)

平成16年1月 二四三件(削除一二七件。変更一一六件)

平成15年12月 二四八件(削除一一七件。変更一三一件)

平成15年11月 三四九件(削除一九二件。変更一五七件)

平成15年10月 三〇二件(削除一七八件。変更一二四件)

平成15年9月 三二五件(削除一二四件。変更二〇一件)

平成15年8月 三三九件(削除一二九件。変更二一〇件)

以上の集計方法は、以下のとおりである。

(a) 削除

タイムカードに出勤の記録が存在しながら、その日の日報に入力データがないものは、Bが、その日のデータを全部削除したものと考えられる。

(b) 短縮

一審被告の製造作業はチームで行われることから、作業の開始も終了も、チャイムで始まりチャイムで終わるというものであって、基本的に、以下の勤務時間割(以下「本件時間割」という。)どおりに作業が進められていることが原則であった。

八時三〇分~一〇時〇〇分

一〇時一〇分~一二時一五分

一三時〇〇分~一五時〇〇分

一五時一〇分~一七時一五分

一七時三〇分~一九時三〇分

一九時四〇分~二〇時三〇分

二〇時四〇分~二一時三〇分

二一時四〇分~二二時三〇分

二二時四〇分~二三時三〇分

二三時四〇分~〇時三〇分

したがって、作業開始時刻については、遅刻でもない限り、午前八時三〇分であり、それ以降の作業開始時刻が入力されている場合は、始業時刻が改ざんされているというべきである。また、作業の終了時刻は、本件時間割のとおりの時刻であり、定時前に日報上の作業が終わっているのであれば、作業終了時刻の改ざんというべきである。さらに、日報の時刻が連続していないことは、その記載方法からありえず、中間が抜けているというのも、改ざんであると考えられる。

d 改ざんの時間

これら改ざんの作業は極めて複雑、面倒な作業であったから、改ざんには一件当たり最低でも三分はかかるので、改ざんの時間は以下のとおりとなる。

平成16年2月 二〇〇件×三分=六〇〇分(一〇時間)

平成16年1月 二四三件×三分=七二九分(一二時間〇九分)

平成15年12月 二四八件×三分=七四四分(一二時間二四分)

平成15年11月 三四九件×三分=一〇四七分(一七時間二七分)

平成15年10月 三〇二件×三分=九〇六分(一五時間〇六分)

平成15年9月 三二五件×三分=九七五分(一六時間一五分)

平成15年8月 三三九件×三分=一〇一七分(一六時間五七分)

e 改ざん時間控除後の時間外労働時間

原判決の認定した発症前六か月間の時間外労働時間から、上記改ざんの時間を控除すると、以下のとおりとなる。

発症前一か月 七九時間〇二分-一〇時間=六九時間〇二分

発症前二か月 七四時間一五分-一二時間〇九分=六二時間〇六分

発症前三か月 九五時間四〇分-一二時間二四分=八三時間一六分

発症前四か月 九二時間三〇分-一七時間二七分=七五時間〇三分

発症前五か月 八二時間三〇分-一五時間〇六分=六七時間二四分

発症前六か月 一二六時間三八分-一六時間一五分=一一〇時間二三分

(イ) 休憩時間の控除

a 休憩時間

一審被告においては、午後七時三〇分以降の残業時間は、一時間ごとに一〇分の休憩時間をとることが励行されていた。ところが、一審被告の従業員は、残業時間帯においては、生産管理システムが自動計算することを前提に、休憩時間を控除することなく日報を作成していた。なお、平成一一年に導入した一審被告の管理システム上は、午後七時三〇分から二時間ごとに、一〇分の控除しかされないことになっていたが、システム導入後に、残業時間帯の休憩が一時間ごとに一〇分と変更された。

そこで、日報の勤務時間と実労働時間との間には、以下のとおり差が発生しているので、控除すべき休憩時間は別紙のとおりとなる。なお、日報のない平成一六年二月三日と平成一五年九月一七日については、タイムカードの退社時刻に照らして、いずれも二〇分を控除することにした。

日報の勤務時間 五九〇分~六四〇分 一〇分

日報の勤務時間 六五〇分~七〇〇分 二〇分

日報の勤務時間 七一〇分~七六〇分 三〇分

日報の勤務時間 七七〇分~八二〇分 四〇分

日報の勤務時間 八二〇分~八五〇分 五〇分

b 休憩時間控除後の時間外労働時間

上記の改ざん時間控除後の発症前六か月間の時間外労働時間から、上記休憩時間を控除すると、以下のとおりとなる。

発症前一か月 六九時間〇二分-三三〇分=六三時間三二分

発症前二か月 六二時間〇六分-三〇〇分=五七時間〇六分

発症前三か月 八三時間一六分-四六〇分=七五時間三六分

発症前四か月 七五時間〇三分-四四〇分=六七時間四三分

発症前五か月 六七時間二四分-四六〇分=五九時間四四分

発症前六か月 一一〇時間二三分-六一〇分=一〇〇時間一三分

(ウ) 以上によると、Bの発症前一か月の時間外労働時間は六三時間三二分であって、一〇〇時間を超えず、また、発症前二か月から六か月までの平均時間外労働時間も、発症前二か月で六〇時間一九分、三か月で六五時間二四分四〇秒、四か月で六五時間五九分一五秒、五か月で六四時間四四分一二秒、六か月で七〇時間三九分であるから、Bの時間外労働時間と本件発症との間に因果関係はない。

ウ 本件発症の原因

(ア) Bの行状

Bは、a社のCと月に四、五回ソープランドに行き、bエンジニアリングのDとも月に一、二回ソープランドやファッションヘルスに通っていた。その場合、午後六時から九時ころ会社を出て、帰宅は深夜に及んでおり、Bは、そのような生活を平成一六年二月の本件発症直前まで行っていたのに、疲れた様子をみせていなかった。また、Bは、これらの業者と一緒にソープランドやヘルスに通う以外にも、受領したリベートを元手に、自分でもこれらに通っていた。

(イ) 性交渉の影響

医学書には、「東京都監察医病院の統計では、性交死の原因には心筋梗塞などの心臓死に次いで脳卒中が挙げられています。性交死は男性に多く、脳卒中では時にくも膜下出血と脳出血が多いようです。また、性交死では本妻あるいは内妻でない場合が多いようで、いわゆる婚外性交、そして飲酒後の例が多いとされています。」との指摘があり、また、性交は危険因子との指摘もされている。常識的に考えても、性交渉に及べば血圧が上昇することは明らかであるところ、Bのように、日常的に、月に七、八回も婚外性交をしていたことは、血圧上昇の原因となる。

(ウ) バイアグラの影響

くも膜下出血の原因は、脳動脈瘤が形成され、その動脈瘤が破裂するからであるが、脳動脈瘤が形成され、これが破裂する原因は、血圧の急激な上昇だけでなく、血圧が急激に低下することも原因となる。この点、バイアグラは、その副作用として、降圧作用が増強し、過度に血圧を下降させることがあると指摘されているから、バイアグラの服用をくも膜下出血の原因と認定することは、医学上全く矛盾はない。

Bは、ソープランドに行く前に中国製のバイアグラを常用していたものである。すなわち、バイアグラの服用で血圧が低下した後に、性交によって急激に血圧が上昇することは、素人的にも明らかであって、このような遊びを毎月六、七回も繰り返していたことが、脳動脈瘤を形成させ、結局は、これを破裂させたものである。

(一審原告らの主張)

ア タイムカードと日報

労働時間について、行政解釈は、「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」と定義し、最高裁平成一二年三月九日判決(三菱重工長崎造船事件)民集五四巻三号八〇一号は、「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれる時間をいい、この労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かによってより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めいかんにより決定するものではない」とした上、作業衣等を着て体操場まで移動する行為につき、作業衣等の着用が義務付けられており、この装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたことなどから、これが労働時間に当たると判示した。したがって、筑後工場への移動時間や、各作業と作業との間の待機のための手待ち時間等も労働時間に含まれるのであるが、日報には、原価計算を可能な限り正確にするため、移動時間、手待ち時間、作業前後の準備及び後片付け時間等は含まれていない。

タイムカードによる労働時間管理は、平成一三年四月六日付け基発第三三九号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」の通達においても、使用者が始業・終業時刻を確認、記録する原則的な方法であるとされている。Bの労働時間は、移動時間や手待ち時間等を反映させるためにも、労働時間管理の原則的な物差しであるタイムカードによって把握されるべきである。現に、平成一二年七月に独立するまで一審被告の社員として勤務していたDも、タイムカードによって時間管理されていたと供述しているし、また、Bの平成一一年六、七月分の給与明細に記載されている時間外・休日・深夜労働時間は、タイムカードによって把握されていたものである。

イ Bの時間外労働時間

(ア) 入力データの改ざん

a 一審被告は、Bが、リベートを得るため、下請業者への外注費(外作費用)を水増しし、水増し額に相当する額の労務費(内作費用)につき日報のデータを改ざんしたと主張する。

しかし、①進捗会議議事録(甲八・平成一六年一月二〇日二頁の囲み内二箇所・同年二月九日二頁の製造二課《E課長》質疑応答の最初の回答)によれば、外注先との接渉は各課レベルで行われていたもので、Bに任せられていたものではないから、Bによる不正行為がなされる余地はない。②仮に、Bに下請会社に対する外注費についての交渉権限があったとしても、外注費は下請業者との話合いによる合意に基づいて決められ、そこで決められた外注費は乙七六の二(発注リスト)の一覧表の形で一審被告に認められた公然の額であり、この額に基づいて一審被告は発注し、下請会社は受注していたのであるから、Bにおいて、この外注費の額を一審被告に隠す必要は全くなく、ましてや、労務費(内作費用)を減らすためにデータを改ざんする必要などなかった。また、③製造会社において、外注費(外作費用)、労務費(内作費用)、さらには、材料費、減価償却費などの費用項目について分析・検討を行うのは当然であるから、労務費についてのデータが改ざんされていれば、原価における月間や年間の労務費が減少し、外注費と労務費との比率についても不自然な値が生じてしまう。一審被告においても、パソコンの原価管理システムを導入していたものであって、日報を始め原価管理システムはBのみならず、社長、工場長及びパソコン入力者も閲覧できたのであるから、それが改ざんされれば、容易に発覚したはずである。

b 一審被告は、データの削除によって改ざんしたものがあると主張する。

しかし、①一審被告が、当初、データの削除による改ざんがあったと主張して提出した乙七三(タイムカード)の中には、本件発症の日である平成一六年二月一九日の分や、翌二〇日の分も多く含まれているが、Bがこれらを改ざんできなかったことは明らかである。また、本件発症の前日である一八日、その前日と前々日の一七日、一六日も含まれているが、当日の作業が終了しない限り、各従業員の日報のパソコンへの入力はできないし、しかも、各従業員の日報が担当者によってパソコンに入力されるのは、通常作業がなされた日の数日後と考えられるので、これらについても、Bは改ざんすることができなかった。②一審被告は、タイムカードに出勤の記録が存在しながら日報の入力データがないものはデータが削除されたものであると主張し、F及びGは、日報に報告がない日はすべて出張の日であり、タイムカードにも出張の判が押捺されていると供述する。ところが、平成一五年八月分から平成一六年二月分までのタイムカード(乙六七ないし七三)では、出張の判が押捺してあるのは一〇日分のみであるのに、平成一六年三月分のタイムカード(乙八一)では、一か月で二八日分もあって、その回数は異常である。しかも、これらのタイムカードには、出退勤時刻が打刻されているのに、出張の判が押捺されている。これは、一審被告が、平成一六年三月分以降はタイムカードの出勤日数と日報の出勤日数に齟齬はないことをいわんがために、日報に報告がないがタイムカード上出勤している日について、後から「出張」の判を押捺することによってごまかしたと考えるしかない。

c 一審被告は、本件時間割りの途中で作業が始まったり終わったりすることはないので、そのような日報の入力データは勤務時間を短縮して改ざんしたものであると主張する。

しかし、①乙四八のうち作業日報入力用紙(平成一六年三月二二日分)は、それぞれの担当者が自ら記載したものであるが、多くが本件時間割りとは整合していない。また、一審被告が当初提出していた乙五七の一(平成一六年二月二一日以降の「作業日報(担当者別)」。一審被告は、これを外注に出していた東京エレクトロン受注分と主張する。)にも本件時間割りどおりになっていない箇所があるが、その後、一審原告らの求めにより一審被告が提出した乙五七の二(同時期の「作業日報(担当者別)。一審被告は、当初外注には出していない分であると主張していたが、その後、東京エレクトロン以外から受注した外注分と主張するに至った。)は、ほとんどすべてのページにおいて本件時間割りどおりになっていない。また、②一審被告が主張するように、本件時間割りの途中で作業が開始したり終了したりすることがないとするなら、このような改ざん方法では、不正は容易に発覚してしまうから、改ざんしようとする者はそのような拙劣な手段を用いることはしない。

(イ) 休憩時間

原価計算を行うために日報を作成する以上、そこに記載された勤務合計時間に休憩時間が含まれているはずがない。ある業務と別の業務との間にある休憩時間はどちらの業務の時間に算入したとするのか不明である。また、休憩のより所とするチャイムは、工場内に設置され、工場内作業者のために時報的な役割として使用されていたものであって、実際の恒常的な長時間労働の実態にかんがみれば、Bが勤務中に十分な休憩をとっていたとは到底考えられない。仮に、しばし作業の手を休める時間があったとしても、手待ち時間としてしか認められない時間である。

ウ 本件発症の原因

一審被告は、Bのバイアグラの使用や性風俗店の利用を指摘するが、それらはBの私的時間に関することであり、憶測の域を出ないばかりか、くも膜下出血との因果関係について確たる医学的主張もなされておらず、反論にも値しないものである。

エ 過失相殺

原判決は、Bの喫煙習慣から過失相殺を行い、一審原告らの損害額の二〇%を減じているが、以下のとおり、喫煙習慣をBに帰責すること自体失当であり、仮に、いくらかの帰責を免れないとしても、その過失割合が二〇%に達することはありえない。

(ア) 原判決の「一日当たり、約二〇ないし三〇本」との喫煙数を前提としても、その程度の喫煙数であれば、労働者の通常の生活水準から逸脱したものであるとはいえない。

(イ) そもそも、Bの喫煙本数につき、「一日当たり、約二〇ないし三〇本」との認定には誤りがある。原判決は、①Fの供述を採用し、②一審原告X1作成に係る労災申請の申立書や聴取書、③H参事作成に係る労災申請の際の報告書の信用性を否定している。

しかし、①F自身もBを上回る長時間労働に従事しており、その業務の過重性は明らかであるところ、そのような労働状況にあるFがBの喫煙本数を把握することは困難であること、②労災申請の際のFの聴取書は、聴取者である労働基準監督官が作成したものである一方、労災申請の際の報告書は、社印が押印されていることからも分かるとおり、作成者であるH参事が調査・検討のうえ自ら作成した文書であること、③一審原告X1は、Bの自宅等での喫煙本数について「平日には夕食後一本、休日だと数本」と供述していること、④B自身が、平成一五年五月九日に、病院の問診票貼付台紙に「二〇本くらい」と記載しているところ、健康に不安があり病院を訪れているBが、あえて少なめの申告をするとは通常考え難いことなどから考えて、Bの喫煙数は、一〇本程度から二〇本であったというべきである。

(ウ) Bは、精神的負荷のかかる業務に就き、長期間にわたって長時間労働を続けていたのであるから、Bの喫煙習慣は、むしろそのようなストレスに伴う長時間労働に起因するものであり、また、このようなストレスを伴う職場環境が、一審被告による健康診断時の一時的な血圧の上昇を招いたものである。

オ 管理監督者性

Bは、労働基準法(以下「労基法」という。)四一条二号の管理監督者には該当しない。その理由は以下のとおりである。

(ア) 労基法四一条二号の定める「管理・監督者」とは、労基法が規制する労働時間、休憩、休日などの枠を超えて活動することが当然とされる程度に、企業経営上重大な職務と責任を有し、現実の勤務形態もその規制になじまないような立場にある者といわれ、その判断は、経営方針の決定に参画したり労務管理上の指揮権限を有するなど、経営者と一体的な立場にあり、出退勤について厳格な規制を受けず自己の勤務時間について自由裁量を有する地位にあるか否かなどを、具体的勤務実態に即して検討すべきものであるとされている(株式会社ほるぷ事件・東京地判平成九年八月一日労判七二二号六二頁)。

昭和二二年九月一三日付け基発一七号の行政通達も、「法に規定する労働時間、休憩、休日などの労働条件は、最低基準を定めたものであるから、この規制の枠を超えて労働させる場合には、法所定の割増賃金を支払うべきことは、すべての労働者に共通する基本原則であり、企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要などから任命する職制上の役付者であればすべてが管理監督者として例外的取扱いが認められるものではないこと」「管理監督者の範囲を決めるに当たっては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること」として実態に基づく判断の必要性を説いている。

(イ) Bについては、①一審被告代表者の一存で製造部長からの降格という人事が行われていたことや、進捗会議議事録(甲八)の内容からして、製造部長の地位は使用者と一体的な地位にあるとは到底いえないこと、②タイムカードと日報という二重の方法によって労働時間が管理されており、勤務時間についての裁量を何ら有していなかったこと、③職員四五名中四〇名がBと同じ固定給であるうえ、Bの月給の総支給額である四九万二七〇四円は、四三歳男子労働者の給与として平均的な額にとどまっていること(平成一六年度賃金センサスの企業規模計、産業計、男子労働者、大卒四〇~四四歳の月額給与は四八万六八〇〇円である。)からすれば、労基法四一条二号の管理監督者に該当しないことは明らかである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、一審原告らの請求は主文第二、三項の限度で認容し、その余は棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決の補正

ア 原判決三〇頁一七、八行目の「マネージメントシステム」の後に「(ISO)」を加え、《証拠の補正省略》とそれぞれ改める。

イ 同三二頁一八行目の「(ア)」を削除する。

ウ 同三三頁二行目から同五行目の「不備が認められるのに対し、」までを以下のとおり改める。

「 ところが、タイムカードに打刻された出退勤時刻は別表の『出勤』『退勤』欄に記載のとおりであるところ、このタイムカードには、打刻漏れとみられる箇所が多数あり(甲四・平成一五年八月三〇日分・同年九月五日分・同月一〇日分・同月一五日分・同年一〇月三〇日分・同年一一月一日分・同月四日分・同月五日分・同月一一日分・同月二一日分・同月二四日分・同年一二月三日分・同月二一日分・同月二五日分・同月三〇日分・平成一六年一月二日~四日分、同月五日分・同月七日分・同月九日分・同月一九日分・同年二月一一日分・同月一四日分・同月一六日分、甲五・平成一六年一月二日分~四日分によれば、本件発症前六か月分でも二五日分に上る。)、勤務時間中の一時的な出退社が打刻されていない(例えば、乙二九によれば、Bは平成一六年二月一七日と翌一八日には青木胃腸科医院に通院していることが明らかであるのに、甲四の同日分にはその旨が打刻されていない。)といった不備があるのに対し、」

エ 《証拠の補正省略》

オ 《証拠の補正省略》と、同二四行目の「本件発症に至った」から同二五行目までを「本件発症に至った。そのとき、Fは、第三工場内の組立工場で内部監督に立ち会っていたが、隣の管理倉庫から女性の叫び声が聞こえたため、駆け付けたところ、Bが後頭部から血を流して仰向けに倒れていた。」とそれぞれ改める。

カ 同三六頁一八行目の「平成一四年一二月二五日」を「平成一四年一二月一七日と同月二五日」と改める。

キ 《証拠の補正省略》

ク 同四一頁一七行目の「疲労の蓄積について医学的知見」を「疲労の蓄積についての医学的知見」と、《証拠の補正省略》とそれぞれ改める。

ケ 同五六頁一九行目から同五七頁三行目までを削除する。

コ 同五七頁一三、四行目の「後記のとおり、年七一八万八九〇五円の賃金を得ていたこと」を「通勤費を除いても六八二万六四五七円の賃金を得ていたこと」と改める。

サ 同五九頁一、二行目、同六〇頁一二、三行目、同六一頁二二行目の「一〇〇四万五三一五円」をいずれも「一三八二万八六〇五円」と改める。

シ 同六〇頁一四行目の「一二四九万三〇一五円」を「一六二七万六三〇五円」と改め、同一八行目から同二二行目までを以下のとおり改める。

「ア 一審原告X1 二二六三万三四四八円

三八一七万四七五三円-一三八二万八六〇五円-九七万七七〇〇円-一四七万円×一/二=二二六三万三四四八円

イ その余の一審原告ら 各一二四七万九九一七円

一二七二万四九一七円-一四七万円×一/六=一二四七万九九一七円」

ス 同六一頁二三行目の「四九八万五四五三円」を「一二〇万二一六三円」と改める。

セ 同六二頁一行目から最後までを以下のとおり改める。

「ア 一審原告X1 二二〇三万二三六六円

二二六三万三四四八円-一二〇万二一六三円×一/二=二二〇三万二三六六円(円未満切捨て)

イ その余の一審原告ら 各一二二七万九五五六円

一二四七万九九一七円-一二〇万二一六三円×一/六=一二二七万九五五六円(円未満切捨て)

八 一審被告による債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、上記認容額のほか一審被告の立証活動の状況等にもかんがみ、一審原告X1につき二五〇万円、その余の一審被告らにつき各一五〇万円と認めるのが相当である。

また、一審原告らは、Bの死亡した平成一六年二月二六日以降の遅延損害金の支払を求めているところ、債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は履行の請求を受けたときに初めて遅滞に陥るものであるが、本件の債務不履行は不法行為をも構成するので、選択的に求めた不法行為に基づく損害賠償に対する遅延損害金として、上記遅延損害金を認めることにする。

九 以上によると、一審原告らの請求は、一審原告X1につき二四五三万二三六六円、その余の一審原告らにつき各一三七七万九五五六円及びこれらに対するB死亡日である平成一六年二月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。」

(2)  当審における当事者の主張に対する判断

ア タイムカードと日報について

一審原告らの主張するとおり、労基法上の労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれる時間をいうのであるが、本件において問題となるのは、その労働時間を把握するのに、タイムカードと日報のいずれがより正確であるかということである。日報は原価計算の資料として従業員自らが作成するものであるから、一般的にその内容は正確に記載されているものと認めることができる(製造部長であったBの業務は間接時間に属し、仮に、これが一審被告の主張するとおり原価計算に算入されないとしても、日報に記載する以上、原価計算に算入される作業時間に準じて正確に記載されていたものと考えられる。)。これに対し、タイムカードには打刻漏れとみられる箇所が多数あり、一時的な出退社が打刻されない日もあり、また、Bの業務は主に見積業務及び生産管理業務であって、始業時刻前の作業準備にはそれほどの時間を要したとは考えられないのに、タイムカードには出勤時刻として始業時刻の三〇分近く前の時刻(八時一五分から実施されていた部課長以上のミーティングまででも一五分近くあった。)が打刻されていることが認められ、これと同様に、退出時刻も勤務終了後数分ないし十数分後に打刻されていたものと推認されるのであって、このようにタイムカードが正確な労働時間を表示しているものと認めるには躊躇せざるをえない。そして、日報上の勤務時間に手待ち時間や移動時間等の全部又は一部でも含まれているかどうかは不明といわざるをえないが、それでも、相対的により正確なものとして、あるいは、確実な労働時間を把握するものとして、原則として日報に基づきBの労働時間を認定するのが相当というべきである。

イ 入力データの改ざんについて

(ア) 一審被告は、亡Bが下請業者からリベートを受領するなどするため外注費(外作費用)を水増ししていたと主張する。

なるほど、かつて一審被告の従業員であったが、平成一二年七月に独立してbエンジニアリングという商号で一審被告の下請けをしているD(以下「D」という。)は、当審において、①「Bが製造部長になる前、発注を担当していたFは見積書の一、二割減額して発注伝票を出していたが、Bは、予め発注金額を伝えてくれたのでその金額どおりの見積書を提出し、その金額で発注伝票を出してくれた」「そのため、発注金額は、相場より一台当たり五万円位、一か月合計三〇万円位が上乗せになっていた」、②「Bと一緒にソープやヘルスに月に一、二回遊びに行っていた」「その代金は月に五万円から一〇万円位で、自分が払っていた」「そのときは、大体六時から七時に食事をして、それから遊びに行って、一〇時から一一時位には終わっていた」「風俗店に行くとき、Bがバイアグラを飲んでいることは聞いたことがあるが、飲むのを見たことはない。バイアグラを持っているのを見たことはある」、③「Bからパソコンをねだられ、佐賀銀行にB名義の預金口座を開設し、預金通帳(以下「本件預金通帳」という。)は自分が預かり、平成一五年六月から七月にかけて合計三〇万円を振り込み、Bがこれをキャッシュカードで引き出して、パソコンを購入した」「その後、本件通帳に毎月一二万円を入金して、Bに渡していた」、と供述し、また、平成五年ころから一審被告の下請けをしている株式会社aの代表者C(以下「C」という。)は、当審において、①「Bが製造部長になる前は見積書から値引かれていたが、Bが製造部長になってからは、見積書の金額どおりに発注伝票が出されるようになった」「値段にしたら、一割か二割は違った」、②「Bと一緒に、多いときで月に四、五回、少ないときで月に二、三回ソープランドに行っていた」「仕事を多く発注してもらっていたので、一回当たり二人で一〇万円位かかる遊び代を負担していた」「大体九時に出かけるが、早いときで六時、遅いときで九時過ぎに出かけ、大体一二時から一時位に終わっていた」「Bがバイアグラを飲んでいることは聞いたことがあるが、飲むのを見たことはない。バイアグラを持っているのを見たことはある」、③「Bから、儲かっているからバックしてくれという話が冗談ぽくあったが、断わった」、と供述する。

しかしながら、D及びCはいずれも現在一審被告の下請業者なのであるから、一審被告に不利な供述をするはずはなく、裏付ける証拠がない限り、その供述をそのまま直ちに採用することはできない。そして、D及びCの各①②の供述には、何ら裏付ける証拠はない。その上、D及びCの各①の供述は、仮に、これらの供述が真実であるとしても、事前に見積額の打合せをしていたから発注伝票と同額になった可能性や、バージョンアップによって工数が増えた可能性もあり、一方、Dは「平成一五年四月ころ、Bから発注伝票に上乗せをするからお金をくれと言われたが、発注伝票に上乗せするのはやめてくれと断わった」とも供述しているのであって、必ずしも、Bが水増しした外注費で発注していたとまでは認定することはできない。また、仮に、D及びCの各②の供述のとおり、Bが風俗店に行ってその代金をDやCが負担していたとしても、Dが「五分五分の比率でお互いに誘っていた」と供述していることや、Cが「前任のFも接待していた」と供述していることに照らすと、通常の接待の範囲を出なかった可能性もあり、Bが外注費を水増ししていたことを根拠づける供述とはいえない。Dの③の供述については、なるほど、本件預金通帳という裏付けになるものはあるが、本件預金通帳には、本件発症があった平成一六年二月一九日の後にも、同年三月から同年九月まで毎月一二万円が入金されており、しかも、最終的に一審被告が本件預金通帳を入手しているのは不可解といわざるをえず、Dの供述にしても、パソコン購入の経緯のほか上記事実関係についてもあいまいな供述に終始しており、Dの上記供述を直ちには採用することができない。そして、そのほかに、Bに入力データを改ざんするほどの動機があったものと認めるに足りる証拠はない。

(イ) 一審被告は、入力データの改ざん方法としては、①一日のデータ全部を削除する方法と、②作業時間を短縮する方法があって、①の方法で改ざんしたことは、タイムカードに出勤の記録があるのに、その日の日報に入力データがないことから、判明したと主張する。

しかしながら、一審被告の提出する平成一六年二月分(同年一月二一日から同月二月二〇日まで)の入力データ(乙五六の一)と同月分のタイムカード(乙七三)とを対比すると、本件発症日である同月一九日と翌二〇日にも、タイムカードには出勤の記録があるのに、日報の入力データには記録がないものが多数あり、このような不整合は改ざんによるものではなく日常的なものであると推認されるのであって、一審被告の主張する上記推論が成立する余地はないというべきである。そして、他に、Bが一審被告の主張する方法で入力データを改ざんしていたと認めるに足りる証拠はない。

一審原告らが上記の点を指摘した後、G(一審被告の総務部主任)は、当審において、「亡Bが倒れたことによって多くの社員が動揺し、そのため、データの打込みを間違った可能性がある」と供述するが、到底納得できる説明とは言い難く、採用することはできない。

また、上記指摘があった後、一審被告は、平成一六年三月分(同年二月二一日から同年三月二〇日まで)のタイムカード(乙八一。乙一二八とほぼ同じ)を提出するのであるが、乙八一で出退勤時刻が打刻されているのに「出張」の判が押されている日については(Iの三月五日、六日、八日ないし一二日。Jの二月二三日、二四日、三月一八日、一九日。Eの二月二三日ないし二八日、三月一日ないし三日、五日、六日、一〇日。Kの三月一八日、一九日)、いずれも日報上入力データが記録されていない部分であるところ(乙五七の一。乙一二七とほぼ同じ)、出張の日数が異常に多いことのほか、平成一五年八月分から平成一六年二月分までのタイムカードには、出退勤時刻とも打刻されていながら「出張」の判が押されている例はなく、これらの事実に照らすと、上記タイムカードの「出張」の判は、日報上に入力データがないことに合わせるため、後日押した疑いが濃厚であって、むしろ、本件発症後の平成一六年三月分でも、タイムカードの出勤の記録と日報の入力データの記録とは合致していなかったものと認めるのが相当である。

(ウ) 一審被告は、入力データの改ざん方法のうち、上記(イ)の②の方法で改ざんしたことは、入力データが本件時間割りの途中から始まり又は終了していることによって、判明したと主張する。

しかしながら、一審被告の主張する本件時間割りは以下のとおりであるところ、本件発症後に作成された平成一六年三月二二日分の「作業日報入力用紙(乙四八)、同月分(同年二月二一日から同年三月二〇日まで)の入力データ(乙五七の一・二)にも、本件時間割りどおりに開始、終了していない作業が多数記録されており、このような事実からは一審被告における製造作業は本件時間割どおりには進められていなかったことが推認されるのであって、一審被告の主張する上記推論が成立する余地はないというべきである。そして、他に、Bが一審被告の主張する方法で入力データを改ざんしていたと認めるに足りる証拠はない。

八時三〇分~一〇時〇〇分

一〇時一〇分~一二時一五分

一三時〇〇分~一五時〇〇分

一五時一〇分~一七時一五分

一七時三〇分~一九時三〇分

一九時四〇分~二〇時三〇分

二〇時四〇分~二一時三〇分

二一時四〇分~二二時三〇分

二二時四〇分~二三時三〇分

二三時四〇分~〇時三〇分

この点につき、Fは、当審において、①「八時三〇分を少しずれる開始時間が記録されているのは、従業員がバーコード入力をしたからである」、②「乙五七の二のLについては、開始時刻として九時が記録されているが、九時に契約しているパートもいるので、正しいという気がする」、③「同じく、Lの終了時刻として二時二五分が記録されているが、早退したのであれば、ありうると思う」、④「乙五七の一のMの終了時刻六時三〇分(一頁上から二つ目)については、改ざんとして取り扱っていない。本来一時間残業はないが、年配の従業員だったので、一時間残業したと見受けられる」、と供述するが、その説明はあまりに恣意的というほかなく、到底採用することはできない。

ウ 残業時間帯の休憩時間について

一審被告では、残業時間に当たる一九時三〇分以降、一時間ごとに三〇分から四〇分までの一〇分間は休憩時間とされていたところ、一審被告は、日報上の勤務時間は上記休憩時間を含む時間であるから、亡Bの実労働時間はこれを控除した時間であると主張する。

しかしながら、Bの日報上の勤務時間は、会議、見積業務、修理・整理、打合せ及び生産管理業務といった間接時間に属するものであったから、残業時間帯に休憩時間があったからといって、直ちに、機械の製作に従事する他の従業員と同様に亡Bも休憩をとっていたとはいえないし、現に、乙四八の「作業日報入力用紙」とコンピューター上の「作業日報(担当者別)」を対比すると、作業時間についてはコンピューターが自動的に休憩時間を控除しているが、間接時間についてはこれを控除していないのであって、以上からすると、Bの日報上の勤務時間(=間接時間)に残業時間帯の休憩時間が含まれているものと認めることはできない。

エ 本件発症の原因について

一審被告は、本件発症の原因は、Bが月に多くて七、八回ソープランドやファッションヘルスに通い、その都度、バイアグラを服用して性交渉をしたことによるものであると主張する。

しかしながら、この点に関するD及びCの供述をそのまま採用することができないことは、上記イ(ア)のとおりであって、他にその点の事実関係を認定できるだけの証拠はない。したがって、一般論として性交渉やバイアグラの服用がくも膜下出血の原因となることがあるとしても、Bについてこれを採用できないことは明らかである。

オ 寄与度減額について

Bの喫煙本数は、原判決三七頁一五行目から同三八頁一九行目に記載の理由により、毎日約二〇本ないし三〇本であったと認めるのが相当である(一審原告らは、Bが病院で自己申告をした「二〇本くらい」につきBがあえて少なめの申告をするはずはないと主張するが、Bの愁訴は尿道炎であって呼吸器等ではないから、少なめの申告をした可能性もあるというべきである。)。そして、この毎日二〇本ないし三〇本という喫煙本数は通常でも多いほうである上、本件発症前一か月と同二か月のBの時間外労働時間が八〇時間を超えていなかったことなどに照らすと、このようなBの喫煙習慣が本件発症に二〇%程度の寄与をしたと認めるのが相当である。なお、一審原告らは、Bの喫煙習慣はストレスの伴う長時間労働に起因するものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

カ 管理監督者性について

一審原告らは、Bは、労基法四一条二号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(いわゆる管理監督者)には該当しなかったと主張する。

しかしながら、Bは、製造部長として、一審被告代表者、工場長のFに次ぐナンバースリーの地位にあったもので、組立外注の発注権限を有し、製造部従業員の労務管理にも当たっていたこと、Bは、Fと同様、その勤務時間はその判断に任されていたこと(Bは、タイムカードに出退勤時刻を打刻していたものの、上記アのとおり時間管理のためにしては打刻漏れ等の不備が多く、また、日報上の勤務時間の記載は、上記アのとおり原価管理又はこれに準ずるものであって、必ずしも時間管理を目的にしていたものとはいえない。)、Bの本件発症前の一か月の給与は、本給と管理職手当の合計額で約四五万円であったところ、乙六三で認められる他の従業員の給与よりかなり高額であったこと(一審原告らは、賃金センサスと比較してあまり変わらないと主張するが、これは全国の平均賃金にすぎないのであるから、賃金センサスを比較の対象とするのは相当でない。)、以上の事実を総合すると、Bは一審被告において管理監督者の地位にあったものと認めるのが相当である。

二  その他当審における当事者の主張立証によっても、上記一の認定判断を覆すことはできない。

第四結論

よって、一審原告X2、同X3、同X4及び一審被告の控訴に基づいて原判決を変更し、一審原告X1の控訴は棄却することとする。

(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 川久保政德 裁判官増田隆久は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 牧弘二)

別紙《省略》

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