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福岡高等裁判所 平成19年(行コ)24号 判決 2008年9月08日

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が大分県に対して平成15年1月7日にした原判決別紙埋立区域目録記載の公有水面の埋立てを免許する旨の処分を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が大分県に対して平成15年1月7日にした原判決別紙埋立区域目録記載の公有水面の埋立て(以下「本件埋立て」という。)を免許する旨の処分(以下「本件免許処分」という。)について,控訴人らが,同処分は,本件埋立区域に権利を有する控訴人らの同意を得ていないこと,公有水面埋立法(以下「公水法」という。)4条1項各号の定める埋立免許の要件を満たしていないことなどを主張し,違法な免許処分であるとしてその取消しを求めた事案である。

原審は,控訴人らの訴えを原告適格がないとしていずれも却下したところ,控訴人らがこれを不服として控訴した。

なお,以下においては,明治34年に制定された漁業法(明治34年法律第34号)を「旧漁業法」,明治43年法律第58号による改正後の旧漁業法を「明治43年漁業法」,昭和24年に新たに制定された漁業法(昭和24年法律第267号)を「新漁業法」,昭和37年法律第156号による改正後の新漁業法を「昭和37年漁業法」といい,単に「漁業法」という場合は,現行の漁業法を指すものとする。

2  前提事実並びに争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり修正し,後記3のとおり補足するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2,「第3 争点」及び「第4 各争点に対する当事者の主張の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決5頁18行目の「甲39」を「乙39」に改める。

(2)  同9頁19行目の「同法」を「公水法」に改める。

(3)  同10頁17行目の「昭和41年」を「昭和44年」に改める。

(4)  同15頁11行目の「甲128」を「甲10,128」に改める。

(5)  同16頁3行目の「適格に把握した上で,」を「的確に把握した上で,」に改める。

(6)  同20頁7行目の「○○」を「○○」に改める。

(7)  同31頁4行目の「本件埋立願書」を「本件願書」に,同頁5,6行目の「本件埋立予定地に生息する調査結果として,」を「本件埋立予定地に生息する海生生物に関する調査結果として,」にそれぞれ改める。

3  当審における主張

(1)  控訴人ら

ア 慣習法上の漁業権について

(ア) 新漁業法の制定によって「消滅」したのは,旧漁業法下の免許漁業権であって,慣習法上の漁業権ではない。

新漁業法下において補償金が支払われた事実はあるが,補償金が支払われたのは,旧漁業法下の免許漁業権(地先水面専用漁業権等)に対してであって,慣習法上の漁業権に対してではない。

しかも,この補償金は,地先水面専用漁業権が第一種共同漁業権へと形を変えて移行することを前提に支払われたものであって,旧来の漁業権が消滅して全く別異の漁業権が創設されることを前提にして,その消滅に対する全ての対価として支払われたものではない。

したがって,補償金の支払を根拠に,慣習法上の漁業権が消滅したと認定することはできない。

(イ) 仮に,新漁業法の制定によって慣習法上の漁業権が消滅したとしても,その後に従来と同様な慣行が継続し,その漁業慣行が,社会通念上権利と認められる程度にまで成熟することは否定できないはずである。

控訴人らが主張する「磯草の権利」は,旧漁業法規定以前から,新旧漁業法の制定にかかわらず,100年を超えて存続してきた慣行である。

こうした慣行が社会通念上権利として認められる程度に成熟していると認められるのであれば,新漁業法下においても,同法がその存在を違法として禁止しているのでない限り,慣習法上の漁業権として認められるのが当然である。

イ 「法律上保護された利益」としての「磯草の権利」について

「磯草の権利」は,一村専用漁場に始まる入会権の慣習が現在に至るまで厳然と営まれているものである。自家消費のための採貝採藻は,まさに入会権による収益形態である。それは動力で乱獲せず漁業資源維持に適うものである。この収益形態は,今日に至るまで変わらずに行われている。そして,入札は,採貝採藻による自家消費が主であった入会権の収益形態が一部変容したものである。それは市場性の高い水産物につき,入会権の慣習規範に基づく行使方法を実現するものである。これも既に半世紀近く続いた慣習である。慣習としての漁業権は,漁協が有する共同漁業権の貸付や譲渡ではなく,独自に歴史的に形成されたものであって,共同漁業権の規制に関する漁業法29条の適用は受けないものである。

自家消費であれ,入札であれ,「磯草の権利」は,水産資源の乱獲を防ぎ漁場紛争を防いで漁場を管理するという漁業法1条の目的を実現するものであり,自然環境の保全にも適っている。「磯草の権利」は,明治時代にすでに社会通念上権利と認められる程度に十分に成熟していた慣習上の利益であり,慣習規範による収益形態が変わっても,現在に至るまで連綿と引き継がれており,その権利としての成熟度はきわめて高い。

以上から,「磯草の権利」は,少なくとも共同漁業権と同程度には「法律上保護された利益」といわなければならない。

ウ 生活環境に係る著しい被害のおそれについて

(ア) 原告適格と被害発生の蓋然性について

原告適格の判断において,被害発生の蓋然性を考慮することは相当ではない。

なお,過去の裁判例には原告適格の要件として被害発生の蓋然性を求めたものもみられる。しかし,実際には,原告適格が否定された裁判例では,距離関係等から形式的にみて特段の事情のない限り被害発生の具体的危険性が認められないと推測されたのではないかと思われる。これに対して,まさに埋立区域である水面に接する地域に居住する住民による本件訴えについては,形式的にみて被害発生の具体的危険性がないとは到底いえないのであり,それ以上の実体的判断は本案の判断としてなされるべきである。

(イ) 周辺住民が現に受ける健康又は生活環境に係る著しい被害について

a パルプ廃水の有害性について

パルプ工場の廃水によるヘドロが自然環境に極めて有害であることは,公知の事実である。

紙パルプは,主にセルロース,ヘミセルロース,リグニンから成る木材から,リグニンを可溶・分解して除去することにより作られるところ,リグニンは,難分解性のため,高温・高圧下に種々の薬品を用いて分解される。さらにパルプ製造工程では,漂白のため大量の塩素・塩素化合物が用いられる。パルプ廃水が問題なのは,紙パルプの製造過程で使用される有機塩素化合物をはじめ様々な有害化学物質が大量に含まれるからである。

ダイオキシン類対策特別措置法施行令1条も,同法2条2項のダイオキシン類を含む汚水又は廃液を排出する施設で政令で定めるものを列記した別表第二において,硫酸塩パルプ又は亜硫酸パルプの製造の用に供する塩素又は塩素化合物による漂白施設を最初に掲げている。

b COD値の高い底土の含有状況と魚介類の生育に及ぼす影響について

COD値の高い浚渫土が埋立区域に投入されることによって,再び海中の溶存酸素量の減少を来すことが予想される。本件浚渫土がパルプ廃水由来の汚泥が長年にわたり堆積するα沖の浚渫作業により得られるものであることから,素直に考えれば,当該箇所を局地的に掘ることにより得られる浚渫土はパルプ廃水由来の物質を大量に含むものになることが予想されるはずである。また,その魚介類への生育に対する影響は直接的な影響と考えるのが通常である。

c 硫化物及び硫化水素の影響について

水産用水基準では,底質において,「硫化物は0.2㎎/g乾泥以下」とされているところ,乙21号証の4-55頁では,浚渫泥がこの基準を超えることが明記されている(平成3年の調査結果)。

同底質における硫化物が基準値を超える場合,底生生物の生息のため最低限維持しなければならない酸素の臨界濃度以下となってしまうのであり,底質から溶出した有害物質は底質上層の海水中に拡散するものである。そして,浚渫泥全体に含まれる硫化物の総量は12万8700kgにものぼるとの概算まで示されているのである。

このように,硫化物ないし硫化水素に関しては,証拠上,その生物に対する毒性,及び,埋立材である浚渫泥が有害物質としての基準値を超えるものであることが具体的に示されている。

(ウ) 汚濁防止対策について

一般的な汚濁防止膜の効果自体明確ではないし,原判決のように,海域や浚渫泥の特性等を考慮せずに,一般的な汚濁防止膜と同様の構造及び機能を有するものというだけで効果に疑義が生じないなどと判断することは疑問である。

また,汚濁防止膜はいずれも海底に接着しているものではないため,工事中は絶えず底部から汚濁が流出する危険性を有する。

さらに,開口部に設置されるという浮沈式・半潜水式汚濁防止膜(乙55の2)については,船舶航行時のみならず,気象条件の厳しいときにも浮沈式汚濁防止膜を海底に沈下させるというものであり,そうであれば,本来,大量の汚濁の流出が予測される気象条件の厳しい場面においては,浮沈式汚濁防止膜は全く役に立たないということになる。

(エ) 浚渫工事との一体性に関する配慮について

国が本件埋立材となる泥を浚渫等するべく出願した平成7年2月1日付四港建工事第113号公有水面埋立承認願書の「埋立てに関する工事の施工方法」の項には,国の実施する工事と被控訴人の埋立工事とは,一体的に施工・竣工されるものであることが明記されている。

したがって,本件において周辺住民の健康及び生活環境に及ぼす影響を考える場合には,浚渫工事についても併せて考慮する必要がある。

(オ) 以上から,本件では,本案の判断においても,本件埋立てがなされればβ住民の健康又は生活環境に著しい被害が生じるものと認められるべきである。

エ 本件部会決議の効力について

部会決議が無効となるには,決議の内容が法令に違反する必要があるが,あらかじめ取られた瑕疵ある書面同意を前提としてなされた部会決議は,決議内容において法令に違反する。その理由を要約すれば,① 書面同意と部会決議は,まったく別個の手続で,両者が一体となって初めて,地元地区・関係地区の意見を尊重するという趣旨がまっとうされるのであり,書面同意制度は部会制度とあいまって,漁業権放棄手続の根幹を形成していること,② 書面同意手続の瑕疵が決議取消事由とされた場合には,訴え提起につき,さまざまな制約が生じるが,それは,書面同意手続が,漁業権放棄手続の根幹をなすとの前記理解と矛盾を来すこと,③ もともと書面同意が存在しないのに,部会決議をなした場合には,その部会決議が無効であることは明らかであるから,書面同意手続に瑕疵がある場合にも,同様に,部会決議を無効とすべきこと,ということになる。

オ 自由漁業者の当事者適格性について(当審における新主張)

(ア) 控訴人P1(旧姓 ○○)及び控訴人P2は本件埋立予定海域において一本釣り漁業等の自由漁業を営んできた。控訴人P2が本件埋立予定海域において営んできた漁業は一本釣り漁業又は延縄漁業であり,いずれも自由漁業である。これらの漁業については,漁協に権利が認められる漁業権に基づいて営まれているものではなく,誰でも自由に営むことができる漁業である。

しかしながら,自由漁業であっても,社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した利益と認められれば補償の対象となるとされている(甲140)。

控訴人P2については,長年にわたり,本件埋立予定海域及びその周辺の海域で自由漁業を営んできており,ほぼ毎日のように出漁している。そして,平成13年においても,自家消費分などの他に年間30日以上も魚市場に出荷している(甲108)。このように,控訴人P2は,本件埋立予定海域及び周辺海域での自由漁業によって生計を立てており,控訴人P2の自由漁業が社会通念上権利と認められる程度にまで成熟していることは明らかである。

(イ) このように控訴人P1や控訴人P2は,本件埋立予定海域において自由漁業を営んでおり,第1種共同漁業に基づく補償のほかに,損失に応じた補償を受け得る地位にある。しかしながら,現在に至るまで,上記控訴人らが営んできた自由漁業に関する補償は行われていない。

この点,被控訴人は,P3漁協との間で自由漁業も補償対象に含んだかたちで補償契約を締結したと主張しているが,上記控訴人らは漁業補償についてP3漁協に対して委任をしたことはなく,仮に,本当にP3漁協に対して同控訴人らの自由漁業分についても補償を行ったとしても,P3漁協が行った漁業補償交渉及び契約は無権代理であって,その効果は同控訴人らに帰属しないものといわざるを得ない。

(ウ) なお,被控訴人は,P3漁協の漁業権放棄手続によって,P3漁協が公有水面埋立免許処分の取消しを求める法律上の利益は消滅し,これとともに,組合員控訴人ら(原判決にいう「組合員原告ら」)の漁業を営む権利も消滅して,同様に公有水面埋立免許処分の取消しを求める法律上の利益は消滅した旨主張しているが,当該漁業権放棄手続によって消滅の手続がとられたのは,第1種共同漁業に関する共同漁業権と区画漁業権であって,自由漁業を営む権利が放棄されたわけではないのである。

(2)  被控訴人

ア 慣習法上の漁業権について

慣習法上の漁業権が新漁業法において認められないのは,控訴人らの主張のように免許漁業権に対する補償金の支払があったという理由からだけではなく,新漁業法の下では,計画的に配置された流動性のある免許漁業権以外に,必ずしも計画性を有しない固定的な漁場を前提とする慣習法上の漁業権の存続,成立を認めることは予定されていないという理由からである。

また,新漁業法の制定によって慣習法上の漁業権が消滅したとしても,その後に従来と同様な慣行が継続し,その漁業慣行が,社会通念上権利と認められる程度にまで成熟することは否定できないはずであるとの控訴人らの主張については,新漁業法が慣習法上の漁業権の存続,成立を認めることを予定しておらず,実定法上で排他的効力を有する物権である共同漁業権を規定している以上,慣習法上の漁業権を認めることは法の適用に関する通則法3条(全部改正前の法例2条)に違反することになることから,新漁業法制定後の慣行の継続,成熟による慣習法上の漁業権の成立があり得ないのは当然のことである。

イ 「法律上保護された利益」としての「磯草の権利」について

(ア) 原判決は,「第一種共同漁業権の内容たる漁業を,非組合員が,漁協の容認や,海区漁業調整委員会の指示の下で操業した場合には,一応正当な操業と認められ,それが社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した場合には,慣習上の利益として法的保護に値する場合もあり得る」とした上で,「こうした慣習上の利益も,埋立免許処分の取消しを求める『法律上の利益』に当たる」と判示するが,その趣旨が,慣習上の利益を有する者も公水法5条2号の「漁業権者」に該当するというものであれば,誤りであり,公水法5条2号の「漁業権者」は実定法上の漁業権者であって慣習法上の漁業権者は含まれないというべきである。

また,行政事件訴訟法9条1項に規定する「法律上の利益を有する者」といえるか否かについては,公水法が処分の相手方以外の第三者の利益を個別的利益としても保護していると解されるか否かに関わるものであるところ,控訴人らの「磯草の権利」なるものは,仮に,慣習上の利益として認められるとしても財産的利益にすぎないものであって,公水法においては,処分の相手方以外の第三者の財産的利益を個別的利益としても保護する趣旨のものとは解されない。

(イ) さらに,「磯草の権利」なるものについては,これが存するとして慣習上の利益として保護すべき程度の内容を備えているかどうかという面から判断すれば,法律上保護された利益としては認められない。

a 漁業法2条2項,6条2項,14条11項の規定との均衡上,共同漁業権の内容たる漁業のうち,社会通念上権利と認められる程度に成熟し,慣習上の利益として法的保護に値する漁業とは,最低限,営利の目的をもって行う漁業であることが求められていることは明らかであり,「自家消費程度」の採取は「入会権」として法的保護に値する利益としては認められない。

b 採貝採藻のような漁業は,共同漁業権の内容と同一であり,新漁業法が実定法上の権利として共同漁業権を規定している以上,入札を行うこと自体が漁業法の趣旨に反したものであることは明らかであり,「磯草の権利」なるものの判断について,慣習の成熟度を検討するにあたっての要素として考慮するに値しないものである。

c また,P4との覚書はP5漁協との間で締結され,漁業援助金はこの覚書に基づいて漁協に支払われたものであって,それ以外に何らかの補償金が控訴人P6に支払われた事実はない。

ウ 生活環境に係る著しい被害のおそれについて

本件埋立事業は,環境影響評価法で定める環境影響評価を要する対象事業には該当しない規模のものであるところ,同法で環境影響評価を要する事業として定められている事業は,第1種事業が,政令で定める要件を満たしている事業であって,規模が大きく,「環境影響の程度が著しいものとなるおそれ」のあるもの(同法2条2項),第2種事業が,第1種事業に準ずる規模を有するもののうち,「環境影響の程度が著しいものとなるおそれ」があるかどうかの判定を行う必要があるとして政令で定めるもの(同法2条3項)とされており,環境影響評価を要する対象事業に該当しないということは,同法上,環境影響の程度が著しいものとなるおそれのある事業には該当しないものと扱われているものである。なお,本件埋立事業は,同法で規定する事業よりも小規模の事業に適用される大分県環境影響評価条例においても,環境影響評価を要する対象事業には該当しない。

上記の事実からすれば,控訴人らの主張する「生活環境等に対する被害」については,本件埋立事業が環境影響評価を要する対象事業に該当しない規模のものである以上,控訴人らが本件埋立事業によって著しい被害を直接的に受けるおそれがあるといえないことは明らかである。

さらに,上記の埋立ての規模に加え,埋立てに用いる土砂の性状,施行方法,汚濁防止膜の機能及び構造,住民控訴人らの生活と埋立区域又はその周辺海域との関係を総合考慮すれば,控訴人らには本件埋立工事に伴い著しい被害を直接的に受けるおそれがないことは明らかである。

エ 本件部会決議の効力について

控訴人らの主張は,原審におけるものと同一であり,その主張に理由がないことは,原判決が判示するとおりである。

オ 自由漁業者の当事者適格性について

(ア) 法律上の利益を有するといえるかどうかについては,本件処分の根拠法規たる公水法の規定を検討し,公水法が処分の相手方以外の第三者の利益を個別的利益としても保護していると解されるか否かによって判断すべきものである。控訴人P2が営む自由漁業は,万一補償の対象となる利益として認められるとしても,その被侵害利益は生命・身体等の法益ではなく,財産的利益にすぎないものである。そして,公水法は,処分の相手方以外の第三者の財産的利益を個別的利益としても保護する趣旨のものとは解されないものである。

(イ) 控訴人P1及び控訴人P2は,いずれもP3漁協の組合員であるところ,P3漁協の漁業権放棄手続によって,P3漁協が本件免許処分の取消しを求める法律上の利益は消滅し,これとともに,組合員控訴人らの漁業を営む権利も消滅して,同様に本件免許処分の取消しを求める法律上の利益は消滅しているのであって,原告適格は認められない。

(ウ) 大分県とP3漁協とで本件埋立てに関し平成15年3月31日に漁業補償契約(以下「本件契約」という。)が締結されており,その補償対象には自由漁業が含まれている。

従前,大分県内での公共事業における漁業補償の交渉,契約の締結においては,漁業者であり漁業者の集団である漁協等と,漁業権漁業,許可漁業,自由漁業について包括的に行うのが慣行となっており,漁協の所属組合員の許可漁業,自由漁業について,個々の漁業者との個別契約の締結という煩雑な手続をとっていない。このような取扱いについては従前漁協や所属組合員から異論が出ていないことからすれば,P3漁協が所属組合員の許可漁業,自由漁業に関する交渉等についての権限を有していることを示すものであるし,少なくとも黙示にそのような権限が授与されていたことを示すものである。

したがって,控訴人P2らが本件契約の締結までに個別の授権をしないことを明示的に意思表示していない限り,P3漁協の所属組合員の有する許可漁業,自由漁業の補償を含む本件契約は,P3漁協に付与された権限によって有効かつ適法に締結することができ,控訴人P2らとの関係でも有効になるものである。

また,控訴人P2は,現実に本件契約に基づく補償金の分配をP3漁協から受けている。

第3当裁判所の判断

1  取消訴訟の原告適格の判断基準について

取消訴訟の原告適格の判断基準については,原判決の「事実及び理由」の「第5 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  公水法5条2号の「漁業権者」の解釈について(争点1(1)ア)

(1)  当裁判所も,公水法5条2号の「漁業権者」には慣習法上の漁業権者は含まれないと判断する。その理由は,後記(2)のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第5 当裁判所の判断」の2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  これに対し,控訴人らは,新漁業法下において補償金が支払われた事実はあるが,補償金が支払われたのは,旧漁業法下の免許漁業権(地先水面専用漁業権等)に対してであって,慣習法上の漁業権に対してではなく,慣習法上の漁業権は消滅していない旨主張する。しかし,慣習法上の漁業権が消滅したと解するのは,新漁業法が,水面の総合利用の見地から漁場計画を樹立することとして,広範な水面を計画的かつ総合的に利用できるような漁場配置を可能とし,さらに,漁業権の存続期間の短縮と更新制度の廃止により,漁場を固定化させずに,事情の変化に応じた合理的な漁場利用をし得るよう配慮したものであり,そのような新漁業法の趣旨及び内容からすれば,新漁業法は慣習上の漁業権を認めない趣旨であると解すべきことによるのであって,もとより補償金の支払があったかどうかという理由のみによるものではないから,控訴人らの上記主張は採用できない。

イ  また,控訴人らは,仮に,新漁業法の制定によって慣習法上の漁業権が消滅したとしても,その後に従来と同様な慣行が継続し,その漁業慣行が,社会通念上権利と認められる程度にまで成熟し,新たな慣習法上の漁業権が成立する旨主張する。しかし,上記認定判断のとおり,新漁業法は,慣習法上の漁業権を認めない趣旨であるから,新たな慣習法上の漁業が成立,存続する余地はないものであって,控訴人らの上記主張も採用できない。

3  慣習法上の漁業権の「法律上保護された利益」該当性について(争点1(1)イ)

(1)  控訴人らの主張する「磯草の権利」に関し関係各証拠により認められる事実関係は,原判決44頁16行目の「そこで,」から同頁17行目の「検討するに,」までを削るほかは,原判決の「事実及び理由」の「第5 当裁判所の判断」の3(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  そこで,上記「磯草の権利」が「法律上保護された利益」に該当するか否かを検討する。

前記のとおり,行政事件訴訟法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たるというべきであるが,当該処分を定めた行政法規である公水法では同法4条3項の公有水面に関し権利を有する者として「漁業権者」を挙げている(5条2号)ところ,この「漁業権者」には慣習法上の漁業権者は含まれないのであるから,公水法が慣習法上の漁業権者を個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできない。なお,漁場の埋立てにより,慣習上の利益を消滅させられた場合には,損失に応じた補償を受ける地位が認められるべきであるとしても(公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱〔昭和37年6月29日閣議決定〕2条5項参照),それは利益の消滅に伴い補償を受ける権利があるというにすぎず,そのことから直ちに消滅すべき利益について,その消滅の是非を争う権利が認められるというものではない。

また,後記4(1)のとおり,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者については,原告適格が認められるものと解されるが,「磯草の権利」が財産的利益を超えた健康又は生活環境に係る重要な利益であるとは認められないから,結局,「磯草の権利」は,法律上保護された利益とはいえない。

(3)ア  また,仮に,第一種共同漁業権の内容たる漁業を,非組合員が,漁協の容認や,海区漁業調整委員会の指示の下で操業した場合には,一応正当な操業と認められ,それが社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した場合には,慣習上の利益として法的保護に値する場合もあり得ると解したとしても,漁業とは水産動植物の採捕又は養殖の事業をいうとされており(漁業法2条1項),営利性をもった事業として権利性を有するものと解されるから,単なる自家消費目的の採捕をする権利は慣習法上の漁業権とは認められず,控訴人らが主張する「磯草の権利」の内容は,上記認定したところによれば,自家消費目的の採捕程度のものにすぎないから,法律上保護された利益ということはできない。

イ(ア)  これに対し,控訴人らは,P4からの援助金の事実や入札の事実から,社会通念上権利と認められる程度にまで成熟している旨主張する。

(イ)  しかし,P4からの援助金は,P4とP5漁協との覚書(乙35)に基づきP4から支払われているものにすぎず,控訴人P6独自の「磯草の権利」の侵害に対する補償の意味かどうかは不明というべきであるし,仮に,「磯草の権利」の侵害に対する補償の意味であるとしても,P4との覚書が締結された昭和29年には未だ入札は開始されておらず,その当時の「磯草の権利」は,単なる自家消費目的の採捕の権利にすぎないから,これを補償する目的のP4からの援助金が存在した事実があったとしても,これをもって「磯草の権利」が社会通念上権利と認められる程度にまで成熟していることの指標とはなし得ない。

(ウ)  また,入札については,入札によって一年ごとに採捕権を落札させ,利用させることは,漁業権の一部を有償で貸し付けることにほかならないところ,漁業法が,漁業権の貸付けを禁止し(29条),これに違反する場合には,罰則(141,142条)や,漁業権を取り消すこともできること(38条3項)を定めていることに照らすと,そのような入札を行うことは,漁業法の趣旨に反したものといわざるを得ず,慣習の成熟度を検討するに当たり,積極的な要素として重要視することはできない。

上記に照らせば,慣習としての漁業権たる「磯草の権利」が漁業法29条の適用を受けない旨の控訴人らの主張は,到底採用できない。

(4)  したがって,「磯草の権利」が慣習法上の漁業権に当たり,本件取消訴訟において控訴人P6及び住民控訴人ら(原判決にいう「住民原告ら」)が「法律上保護された利益」を有しているとする控訴人らの主張は採用することができない。

4  公水法の趣旨と生活環境に係る著しい被害について(争点1(1)ウ)

(1)  当裁判所も,本件埋立てにより,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者について原告適格が認められるものと判断する。その理由は,原判決48頁末行の「そこで」を削り,同49頁14行目の「(32条1項4号)」を「(公水法32条1項4号)」に改めるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第5 当裁判所の判断」の4(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  そこで,本件埋立てによる住民控訴人らの健康及びその生活環境に及ぼす影響について検討する。

ア 括弧内に記載する証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(前提事実を含む。)。

(ア) 埋立ての規模(乙1,21,24)

本件埋立区域の面積は約6万1000平方メートル,施行区域全体の面積は約17万6500平方メートルであり,これは,環境影響評価法の適用を受ける対象事業に該当せず,また,大分県環境影響評価条例の対象事業にも該当しない規模である。

埋立ての際に投入される土砂量は,約73万立方メートル(浚渫土33万立方メートル,公共残土40万立方メートル)である。

(イ) 埋立てに用いる土砂の性状(甲10,122,123,125,128,乙21,43ないし45)

a 埋立土砂には,γ港α地区(以下「α地区」という。)で航路及び泊地の工事により発生する浚渫土,佐伯市δ地区及びε地区の道路改良工事で発生する公共残土,佐伯市とその近郊の公共工事及びζ内で発生する公共残土を使用し,土砂の性状は,浚渫土がシルト,公共残土が礫質土とされている。

そして,浚渫土の性状をより詳細にみると,表層部分に細粒砂を主体とする砂質土があり,その下層にシルト,粘性土の層が存在する場所もあるが,粘性土のみで底土が構成される場所もある。したがって,浚渫土の性状は,概ねシルト及び粘性土が中心となり,その粒径は微細なものになる。

b 浚渫土を採取するα地区は,P4が排出したパルプ廃水に起因するヘドロで汚染されている危険性があり,昭和47年11月に実施されたγ湾ヘドロ実態調査において,当時,こうしたパルプ廃水に起因する固相としてのヘドロが,γ湾内の広範囲にわたって堆積し,特に,硫化水素臭,色調,混入物,強熱減量,炭素量,C/N比,含水比等を総合して判定された強汚染域が,η川全域,η川入江の大部分,その前面水道域の約48万平方メートル及びζ南部西方水道域の16万平方メートルの合計約90万平方メートルを占め,同部分において,海底下約20センチメートルの範囲にヘドロが堆積していることが判明した(したがって,ヘドロの堆積量は約18万立方メートルである。)。

c また,これに先立つ昭和43年3月のγ湾水質調査報告によれば,その成分的な特徴として,リグニン,亜硫酸塩,糖などを含みCOD値が著しく高いこと,また,Ca-リグノサルフォネートを著量に含むため,海水を茶褐色に着色することなどが挙げられており,魚類への影響の原因は,濃厚な廃水が湾内に放流されることにより,水中の好気性菌によって酸化を受け,湾内水の溶存酸素が消費され,その量を著しく低下させるためであると推測されており,こうした溶存酸素量の減少には,パルプ廃水のCOD値が著しく高いことが密接に関係することが明らかにされている。

d さらに,平成15年7月に実施されたα地区の底質調査の結果,有機物量の指標となる調査項目(TOC〔全有機体炭素〕,TON〔全有機体窒素〕,強熱減量,COD)において数値が高いことが認められ,昭和50年3月の調査結果と比較しても,COD値の減少はほとんど見られず(甲125),平成14年に実施された底質調査においても,α地区の底土からはリグニンフェノール類の含有が多く認められた(甲123)。

e α地区の底土に含まれる硫化物は,昭和50年3月において1mg/gを超える地点もあったが(甲125),平成3年の調査によると0.26mg/gとなり(乙21),平成15年7月には0.06ないし0.16mg/gと減少しており(甲125),平成13年11月に実施された調査では,硫化臭はないとされている(甲123)。

f さらに,平成6年3月,平成7年3月,同年12月,平成10年7月,平成16年12月に,α地区の底土等の調査が行われているところ,含有試験の結果,基準値を超える有害物質は検出されておらず,溶出試験においても,全ての項目で,その当時の「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律施行令第5条第1項に規定する埋立場所等に排出しようとする金属等を含む廃棄物に係る判定基準を定める省令」(昭和48年総理府令第6号)に規定された水底土砂に係る判定基準値を超える有機物質は検出されていない(なお,平成16年2月にはダイオキシン類の濃度が環境基準値以下であることが確認されている。)。

g また,平成14年1月から2月にかけて実施された佐伯市ε地区及びδ地区の公共残土の調査結果も,全ての項目で「土壌の汚染に係る環境基準」(平成3年環告第46号)を満たしている。

(ウ) 施行方法(乙43)

a 概要

本件埋立てに関する工事は,外周護岸工事及び埋立工事に大別される。すなわち,本件埋立工事の施行順序としては,まず,一部の開口部を除き,埋立区域の外周護岸工事等を実施し,次に,浚渫土,公共残土の順に埋立区域に投入して埋立てを行った後,開口部の外周護岸工事を実施して埋立区域を外海と遮断し,最後に開口部の背後に公共残土を投入して埋立てを完了するというものである。なお,埋立工事の竣功までには7年3か月を要する見込みであるが,埋立土砂の投入は,工事開始後,3年次10月からの予定である。

b 施行順序

本件埋立工事の施行順序は次のとおりである。

(A) 埋立てに関する工事の施行区域の外周に汚濁防止膜を展張する(原判決別紙埋立工事進捗状況図①参照)。

(B) 外周施設のうち護岸①,護岸⑥の順で,基礎工として敷砂の施行,サンドコンパクションパイルによる地盤改良工を行い,ガット船による無規格石及び基礎捨石を順次投入する。その後,起重機船によりケーソンを据え付け(護岸⑥については開口部〔90m,ケーソン6函分〕を除く。),その中に中詰砂を投入し,蓋コンクリートを打設する。そして,裏込工として裏込栗石を投入し,完了箇所から防砂シートを敷設する。また,本体工の前面(海側)には被覆石を投入する。なお,護岸⑥の開口部については,浮沈式・半潜水式の汚濁防止膜を展張する(原判決別紙埋立工事進捗状況図①~③参照)。

(C) 護岸②,護岸⑦の順で,無規格石,基礎捨石の投入,ケーソン据え付け等,上記護岸①及び⑥の施行手順と同様に護岸工事を行う。

(D) 護岸③,護岸④,護岸⑧,護岸⑨の順で,基礎捨石を投入した後,方塊(護岸③及び⑧は2段,護岸④及び⑨は1段)を据え付け,裏込栗石の投入,防砂シートの敷設を行う。また,これと並行して,本体工前面の被覆石投入,上部工の一次打設として場所打コンクリートを打設する。

(E) 護岸⑤,護岸⑩について,基礎捨石を投入し,場所打コンクリートを打設する。これと並行して,裏込栗石の投入,防砂シート敷設を行う。また,本体工前面に被覆石を投入する。

(F) 護岸③,④,⑤の前面には被覆ブロック(護岸③),消波ブロック(護岸④,⑤)を据え付ける。同様に,護岸⑨,⑩の前面に消波ブロックを据え付ける。

ここまでの工事で,護岸⑥の開口部を除いた外周施設が概成する。

(G) 浚渫土,公共残土の順に,土運船で埋立地まで土砂を運搬し,所定の高さまで投入する。なお,埋立ては,埋立予定区域の北側から南側に向けて埋立地を拡大していく形で行う(原判決別紙埋立工事進捗状況図③~⑤参照)。

(H) 各護岸の上部工の二次打設及び水叩工を施行する。

(I) 護岸⑥の開口部については,埋立土砂投入の進捗に合わせて,本体工(ケーソン据付け等),裏込工,上部工の順に施行して埋立区域を閉め切る。施行に当たっては,開口部を囲うようにして凵型の汚濁防止膜を展張し,その南側に第二開口部を設ける(原判決別紙埋立工事進捗状況図⑤~⑦参照)。

(J) 護岸⑥開口部の背後に埋立土砂(公共残土)を投入する。

(K) 護岸⑥開口部の上部工の打設及び水叩工を施行する。

(エ) 汚濁防止膜の機能及び構造(乙21,55の1及び2)

汚濁防止膜は,波・風・潮流などによる汚濁の拡散を遮断することにより,土粒子の接触・沈降を促進させ,もって拡散を最小限に防止する設備である。

汚濁防止膜の構造は,膜材を主に構成され,合成繊維でできたカーテン部とそれを浮かせるためのフロート部及び固定するための係留部からなる。

汚濁防止膜の種類は,固定式(フロート部が発泡ポリスチレン又は合成樹脂により構成された,浮沈機能がない汚濁防止膜)と浮沈式(フロート部がゴム等の気密材料により構成された,浮沈機能を有する汚濁防止膜)に大別され,固定式については,さらに,垂下型,自立型,中間フロート型,通水型に分類される。また,浮沈式汚濁防止膜は,船舶航行時や気象条件の厳しいときにフロート内の空気を抜き,沈下させることができ(延長100mのもので,沈下・浮上にそれぞれ10~15分程度),沈下時には,汚濁防止膜本体は半潜水式(開口部において浮沈式と併設される汚濁防止膜)との接続部分を除き,海底に着底する。

また,その展張方法には,閉鎖形,半閉鎖形,開放形が考えられ,本件埋立ては,前記のとおり,閉鎖形で,かつ,開口部を浮沈式として極力汚濁を流出させない方策を採用したものである。

汚濁防止膜の効果は,主として,干渉沈降促進効果(濁水の拡散を抑え,汚濁粒子が互いに影響を及ぼし合い,干渉沈降が促進される。),沈降水深短縮効果(垂下式の場合,汚濁防止膜の下方からの汚濁粒子の沈降域が短くなるため,背後への影響範囲が小さくなる。)などが考えられる。

(オ) 住民控訴人らの生活と埋立区域又はその周辺海域との関係

住民控訴人らの居住地域であるβと埋立区域との位置関係は,原判決別紙藻場分布図のとおりであり,βの住民は,旧漁業法制定以前から,本件埋立区域を含む地先の水面で採貝採藻を行い,日常的にそれらを食してきており,現在でも,ヒジキ,アサリ,ニナ,ワカメ,フノリ,カメノテなどを日常的に採取している。

イ 以上の事実を基に検討するに,本件埋立ての規模は,環境影響評価法の適用を受ける対象事業に該当せず,また,大分県環境影響評価条例の対象事業にも該当しないものであるから,その規模自体からは,環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるとはいえないことに加え,埋立てに使用される浚渫土及び公共残土からは,いずれも環境基準値を超える有害物質は検出されていない。また,外周護岸工事をした後に埋立工事をするという施行順序や,外周護岸工事の際の汚濁防止膜設置,埋立土砂投入の際の開口部における浮沈式・半潜水式の汚濁防止膜設置,開口部護岸工事の際の凵型汚濁防止膜設置等の施行方法をみても,工事期間を通じて,汚濁の流出を極力防止するための配慮がなされているということができる。そして,浚渫土の投入時期は,工事開始後3年次10月からの一定期間に限られている。

こうした埋立規模,埋立土砂の性状,施行の順序及び方法等に照らすと,上記の措置等によっても工事期間中の汚濁の流出を完全には防止できないとしても,本件埋立工事に伴い汚濁の流出が反復継続され,周辺住民の健康や生活環境に著しい影響を及ぼすほど水質や底質が悪化するとは認められず,住民控訴人らの日常生活が従前から本件埋立予定区域(あるいはその周辺水面)と密接な関係を有していることを考慮しても,住民控訴人らについて,その健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれが生じるとは認められない。

ウ これに対し,控訴人らは,原告適格の判断において,被害発生の蓋然性を考慮することは相当ではない旨主張する。しかし,本件埋立てが,環境影響評価法の適用を受ける対象事業に該当せず,また,大分県環境影響評価条例の対象事業にも該当しない規模であることから,本件埋立により直ちに健康又は生活環境に著しい影響を及ぼすことを推認することはできず,埋立てに使用される浚渫土がパルプ廃水由来物質を含んでいる等の個別具体的な事情を考慮しなければ健康又は生活環境に著しい被害を直接的に受けるおそれがあるかどうか判断し得ないものであるから,控訴人らの上記主張は採用できない。

エ(ア) さらに,控訴人らは,本件埋立てに用いられる浚渫土が,粒径の微細なシルトを中心に構成されていることなどから,上記のような施行方法によっても,汚濁の流出を防止できず,しかも,その浚渫土はパルプ廃水に由来する汚染物質を大量に含むものでCOD値が高く,硫化物の影響も懸念されると主張する。

(イ) しかし,昭和43年3月の水質調査報告書でもパルプ廃水そのものの魚類に対する有害性については否定的な考察がされていること(甲122),その後の調査においても,基準値を超える有機物やダイオキシン類が検出されていないことからすれば,パルプ廃水由来の物質を含む浚渫土だからといって,自然環境に極めて有害であるということはできない。

(ウ) また,COD値が高いとしても,それが直接人体の健康に影響を及ぼすことについての立証はなされていないし,COD値が高いことによって,魚介類の生育に影響を及ぼすことがあっても,それはせいぜい漁獲高の減少による経済的被害に止まるというべきであり,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるものとは認められない。

なお,深刻な漁業被害が生じたP4の操業時は,COD値5万7000ないし7万ppmというパルプ廃水が,1日6万6000トンもγ湾に排出されていたのに対し(甲122),本件埋立工事において投入される浚渫土(33万立方メートル)は,α地区の岸壁を水深14メートルのものに改良する際に発生するものであるところ,パルプ廃水の影響が残存するのは海底下約20センチメートルの範囲であり,浚渫作業は海底を広範囲にわたって浚渫するのではなく,局地的に深く掘り下げるものであることなどを考慮すると,浚渫土に含まれるパルプ廃水由来の物質は,割合的にはごく限られたものになると考えられるのであるから,魚介類の生育に対する影響も,深刻な漁業被害を生じさせるほどのものとは認められない。

(エ) また,硫化物の影響については,硫化物の量は検査した年を追って減少しており,平成15年7月の調査の結果(0.06ないし0.16mg/g)は,水産用水基準の0.2mg/g以下を満たすものであり,この結果からは,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるものとは認められない。

なお,控訴人らは,硫化物の量等について,平成3年の調査結果をもって,その危険性を主張しているが,平成15年7月の調査の結果を踏まえないものであり,控訴人らの上記主張は採用できない。

(オ) さらに,汚濁防止対策について見ても,汚濁が予想されるのは,海水面であり,住民控訴人らの生活用水の汚濁のおそれは認められないし,汚濁により拡散することが予想される浚渫土についても,別段有害物質を含むものとは認められないところ,汚濁防止対策の不備が,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれに結びつくものとは認められない。

なお,一般的な汚濁防止膜の構造や形式については既に述べたとおりであり,本件埋立工事においても,これと同様の構造及び機能を有するものを設置することが前提とされていると解されるから,その構造,耐久性,維持管理方法などの詳細が埋立免許出願時の願書や添付図書に記載されなければ,直ちにその効果に疑義が生じるというものでもない。さらに,浚渫土が微細なシルトを中心とするものであることを考慮しても,護岸施設を構成する防砂シート,裏込栗石及び基礎捨石が,大量の汚濁物質の通過を容易に許すような間隙の多い構造であるとは考えられず,しかも,その外周に汚濁防止膜も設置するのであるから,これらの障害物の設置により大幅に汚濁物質の沈降・ろ過が進むと考えられ,本件環境保全図書において,埋立土砂投入時に外部に流出する汚濁の程度が軽微であると判断していることには合理性が認められる。

また,船舶通行時に開口部の汚濁防止膜を沈下させることにより,一定程度の汚濁流出は避けられないとしても,上記のとおり,汚濁防止膜の沈下及び浮上に必要な時間が合計30分程度であることを考慮すれば,その間の汚濁流出が周辺住民の生活環境に著しい被害を与えるとは考え難い。

さらに,埋立土砂投入時の溢流(オーバーフロー)の可能性については,かかる作業時にも護岸内と外海とが物理的に遮断されているわけではないから,埋立土砂の量に対応する海水が,護岸を超えて溢流することは想定できない。

このように平常時においては,本件埋立てによって多量の汚濁物質が埋立区域外に流出する危険性が高いとはいえないのであって,気象条件の厳しいときに,汚濁防止膜を沈下させることがあるとしても,それによる汚濁の流出は一時的なものにすぎないというべきであり,汚濁防止対策の不備により,住民控訴人らが健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるものとは認められない。

(カ) 加えて,本件埋立てに係る工事と関連する浚渫工事との相互の影響を考慮したとしても,浚渫土自体が有害とは認められない以上,その浚渫と埋立てによる浚渫土の海水への流入が住民控訴人らの健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に及ぼすおそれがあるとは認められない。

5  本件部会決議の効力について(争点1(2))

この点に関する当裁判所の判断は,原判決の「事実及び理由」の「第5 当裁判所の判断」の5に記載のとおりであるから,これを引用する。

控訴人らの当審における主張によっても,上記判断は左右されない。

6  自由漁業者の当事者適格性について(当審における新主張)

控訴人らは,控訴人P1及び控訴人P2は長年にわたり自由漁業を営んでおり,これらの自由漁業が社会通念上権利と認められる程度にまで成熟していることは明らかである旨主張する。

しかし,前記3(2)で判断したとおり,公水法は,同法5条2号の漁業権者又は入漁権者以外の漁業を営む者を個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできず,前記4(1)で判断したとおり,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者については原告適格が認められるものと解するが,控訴人P1及び控訴人P2の自由漁業を営む権利は,単なる財産上の利益にすぎず,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとは認められないから,結局,法律上保護された利益に当たらず,原告適格は認められない。

7  以上によれば,控訴人らの本件訴えは,いずれも原告適格を欠く不適法なものであるから却下すべきである。

よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井宏治 裁判官 太田雅也 裁判官 澤田正彦)

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