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福岡高等裁判所 平成2年(行コ)5号 判決 1992年3月12日

控訴人

北九州西労働基準監督署長

(旧名称八幡労働基準監督署長)

石原豪鎮

右訴訟代理人弁護士

山口英尚

右指定代理人

糸山隆

外四名

被控訴人

斉藤淑子

右訴訟代理人弁護士

南谷知成

用澤義則

南谷洋至

石井将

岩本洋一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決主文第二項を取り消す。同項にかかわる被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二  主張の関係は、次のように改め、削るほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠の関係は、原審並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

1  三枚目表七行目の「六日に」を「六日付けで」に、八行目の「九日に」を「九日付けで」に改める。

2  同枚目裏五行目の「された」を「され、同裁決書謄本は昭和五五年一〇月五日、被控訴人に送達された」に改める。

3  七枚目表三行目の「の実施」を削り、一〇行目末尾の「同日」を「同月六日」に改める。

4  同枚目裏初行の「二八日」を「二八日付け」に、九行目の「これらを」を「これらは」に改める。

5  二二枚目裏二行目の「国」を「控訴人」に改める。

6  二三枚目表七行目の「国」を「控訴人」に改める。

理由

一原判決主文第一項に関する部分(控訴人が亡重利に対して昭和五一年九月六日付けでした労災保険法に基づく療養補償給付の不支給処分の取消しを求める訴えを却下された部分)について、被控訴人は不服申立てをしていないので、この部分を除き、同主文第二項に関する部分について判断するに、当裁判所も、控訴人が被控訴人に対し、同年一一月九日付けでした労災保険法に基づく遺族補償給付、葬祭料及び休業補償給付の不支給処分は違法であり、その取消しを求める被控訴人の請求は、いずれも正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり加除し、改めるほか、原判決理由説示(原判決二五枚目表一一行目から四六枚目裏四行目までと四八枚目から五三枚目まで)のとおりであるからこれを引用する。

1  二五枚目裏五行目の「争いのない事実に」の下に、「、」を加え、一〇行目の「第一九号証」を「第二〇号証」に改め、一一行目の「山本雅三」の下に、「、原審証人大和茂」を加え、一二行目の「概要が」を「概要は、」に改める。

2  二六枚目表九行目の「別表1」の下に「(ただし、枠外の③の欄の「カーボンブラック工場」を「チャンネルブラック工場」に、⑦の欄の「ガス設備」を「ガス工場」に、「〜39.7.31.」を「〜40.6.30.」に、⑧の欄の「〜46.11.30.」を「〜49.12.31.」に改め、これら期間の訂正に伴い、枠内の期間を示す棒線部分を訂正した後のもの。)」を、「別紙図面」の下に「(ただし、⑦の欄の「ガス設備」を「ガス工場」に改めた後のもの。)」を、一二行目の「この間、」の下に「亡重利は、」を加える。

3  同枚目表一一行目末尾に次を加える。

「整備員としての仕事は、回転機械等の運転を円滑にするための保全点検と摩耗しやすいところの事前点検であるが、一日の七〜八割は現場での仕事に従事することになる。緊急の修理箇所がでてきた場合は、現場に何日も張りつけになり、徹夜での仕事になることもある。保全点検で頻繁にする仕事として、タール揮発物の雰囲気中でする、グランドパッキンの取替え、パッキンを締めること等がある。

会社側提出の資料(<書証番号略>。いずれも同一内容)によれば、亡重利の作業環境がタール様物質にばく露される状況は、以下のとおりである。

(一)  修繕工場(昭和二三年三月二六日から昭和二五年三月三一日まで・二年間)

(使用原材料)コールタール

(作業環境)ポンプ類の分解作業時、部品に付着しているコールタールを軽油等で洗浄するので手にコールタールが付着する。

(二)  タール工場(昭和三六年八月一日から昭和三七年七月三一日まで・一年間と、昭和四〇年七月一日から昭和四九年一二月三一日まで・九年六か月間の計一〇年六か月間)

(使用原材料)コールタール、ピッチ

(作業環境)

(1) ポンプグランドパッキン部から漏れ出た高温コールタールから発生するガスを吸引する。

(2) 塔、槽内検査作業時はピッチが付着している塔、槽の内壁をハンマーで叩くので、ピッチ粉が発生する。

(3) 塔、槽への出入りの際、タール、ピッチ等が皮膚に付着する。

(なお、<書証番号略>、原審証人田中幸雄、同大和茂、同平野拡の証言によれば、タール工場には、多くの塔、槽とポンプがあるが、そのポンプ類は、スラジと呼ばれる石炭、コークスの粉が軸部をこすってグランドパッキンが摩耗し、そこからタールや、作業現場でベーパーと呼んでいるタールから出てくる揮発性のガスが漏れて蔓延することがままあったこと、一箇所のポンプにつきガス漏れないしタール漏れは一日につき平均二、三リットルあり、最大で一〇リットルあることがあり(<書証番号略>)、漏れが多くなると、保全課に依頼して修理をしてもらうこと、漏れるときは、高温、高圧力のため蒸気が立ち込めて、近づけないこともあること、一工程であるピッチクーラーで摂氏(以下の温度はいずれも摂氏)二二〇度から二〇ないし三〇度に冷却され、ピッチができるが、同所で作業する者はベーパーが発生しているのでチカチカする感じで顔が焼け、皮膚が焼けて黒くなる、いわゆるピッチ焼けをすることがあることが認められる。)

(三)  ガス工場(昭和三七年八月一日から昭和四〇年六月三〇日まで・二年一一か月間と、昭和四五年六月一日から昭和四九年一二月三一日まで・四年七か月間の計七年六か月間)

(使用原材料)コールタール

(作業環境)

(二)の(1)に同じ。

(四)  石炭酸(フェノール)工場(昭和三六年八月一日から昭和三七年七月三一日まで・一年間と、昭和四〇年七月一日から昭和四三年一一月三〇日まで・三年五か月間と、昭和四五年六月一日から昭和四八年四月三〇日まで・二年一一か月間の計七年四か月間)

(使用原材料)ピッチ、フェノール類

(作業環境)

(二)の(2)、(3)に同じ。

(五)  ベンゾール工場(昭和三七年八月一日から昭和四〇年六月三〇日まで・二年一一か月間と、昭和四五年六月一日から昭和四九年一二月三一日まで・四年七か月間の計七年六か月間)

(使用原材料)ピッチ、BTX(ベンゼン、トルエン、キシレンの混合物)

(作業環境)

(二)の(1)ないし(3)に同じ。

(なお、<書証番号略>(資料2―(1)、(7))、原審証人田中幸雄の証言によれば、ベンゾール工場のストリッピング塔の下についているポンプあたりのパッキンが摩耗し、タールから出る揮発性のガスが漏れることがあるが、保全課の職員が、かかる塔やポンプの整備、検査、修繕を担当することが認められる。)

(六)  カーボンブラック中間試験場(昭和三二年七月一日から昭和三三年六月三〇日まで・一年間)

(使用原材料)カーボンブラック

(作業環境)

現場に浮遊しているカーボンブラック(炭粉)により、身体の露出部が黒く汚染される。又、ポンプ、グランドパッキン部から漏れ出たクレ油が手足に付着する。

(七)  チャンネルブラック工場(昭和三三年七月一日から昭和三六年七月三一日まで・三年一か月間と、昭和三九年八月一日から昭和四〇年一二月三一日まで一年五か月間の計四年六か月間)

(使用原材料)ピッチ

(作業環境)

(六)に同じ。

(八)  ファーネスブラック工場(昭和三四年七月一日から昭和三六年七月三一日まで・二年一か月間)

(使用原材料)カーボンブラック

(作業環境)

(六)に同じ。

(なお、原審証人大和茂の証言によれば、チャンネルブラック工場とファーネスブラック工場は精製方法が違うだけで似通っており、両工場を合わせてカーボンブラック工場ということ、同工場は汚染がひどく、箇所手当てが出ていたこと、作業にいくときは、汚染防止用の頭巾をかぶり、目だけを出していたことが認められる。)

(九)  ラバーブラック工場(昭和四三年一二月一日から昭和四四年一月三一日まで・二か月間)

(使用原材料)カーボンブラック

(作業環境)

(六)に同じ。

4  二六枚目裏末行の「原発性肺がん」の下に「(がんが最初にできた場所が肺であるがんのこと、転移性肺がんに対応する言葉)」を加える。

5  二七枚目表八行目の「零時」を「零時三五分」に改める。

6  同枚目裏末行から二八枚目表初行にかけての「労働者災害補償審査官」を「労働者災害補償保険審査官」に改める。

7  二八枚目表二行目冒頭の「七日付け」の下に「決定書」を、五行目の「三一日」の下に「付け裁決書で」を加え、末尾の「された。」を「され、同裁決書謄本は、昭和五五年一〇月五日、被控訴人に送達された。」に改め、七行目の「提起した」の下に「(本項は、本件記録より明らかである。)」を加える。

8  同九行目の「本件不支給処分」を次のとおり改める。

「労災保険法七条一項一号にいう「労働者の業務上の疾病又は死亡」(いわゆる業務起因性がある)とは、労働者が職務に基づく疾病に罹患し又は同疾病に起因して死亡した場合をいい、右職務と疾病との間に相当因果関係のあることが必要であり、又右疾病が原因となって死亡した場合でなければならないと解するのが相当であるところ(最高裁昭和五一年一一月一二日第二小法廷判決・判例時報八三七号四三頁参照)、災害によらない業務上の疾病(非災害性疾病又は職業性疾病)の場合、右にいう相当因果関係を肯認するには、当該疾病が、当該職務に内在する有害性ないし危険性が長期にわたって現実化したものと認められる関係があることを必要とすると解するのが相当である。

そして、法的な判断過程としての相当因果関係の証明とは、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる程度の高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものであるが(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)、肺がんの業務起因性(これが肯認できないと、亡重利の肺がんは業務と無関係な私病ということになる。)を考えるに当たっては、後記するとおり(引用にかかる原判決理由第三、一、3)、現時点では職業がんとしての肺がんとそうでない肺がんとを区別することはできず、科学の未解明部分が多々あることを労働者側、使用者側のいずれかに有利に、他方に不利に扱うことは公平の原則に裏打ちされた公平の理念に反し許されず、右未解明部分は率直にこれを承認し、それを除いて、法的に右相当因果関係の有無を判断すべきものと解するのが相当である。かかる見地に立って、以下判断するに、<書証番号略>によれば、控訴人」

9  同一〇行目の「間接ばく露」の下に「(<書証番号略>によれば、亡重利にかかる肺がんの業務上外の検討に関する専門家会議検討結果報告書において、間接ばく露を「コークス炉上作業やコールタール蒸留作業のように直接コールタール揮発物にばく露する、いわゆる直接ばく露に対し、ポンプ、グランドパッキン部等から漏洩するコールタール揮発物を含むガス又は粉じんにばく露すること」をいわゆる間接ばく露として説明していることが認められるので、以下、この説明に従うこととする。」を加え、末行の「発生」を「高率発生」に、「ガス斑」を「皮膚の異常所見」に改める。

10  同枚目裏初行の「挙げている」の下に「ことが認められる」を加え、二行目の「「甲第八号証の四、同一一号証の二六」を「甲第七、八号証の各四、同一〇号証の四、同一一号証の二六、乙第二〇号証、原審証人下川力夫の証言」に改め、三行目の「同時期に」の下に「、同人と同じ黒崎工場に勤務していて、肺がんに罹患し、」を加え、「三〇年」を「三二年」に改め、四行目の「製鉄用コークス炉上作業に二六年間」を「コークス炉作業に三一年余」に改め、五行目の「ことから、」の下に「業務上と認定され、」を加え、一二行目の「同三七号証」を「同三七、三八号証」に改め、末行の「同第三六号証」の下に「、当審証人大久保利晃の証言」を加える。

11  三〇枚目表三行目の「もってタールと」を「測定」に、「採られている。」を「採られている(」に改め、五行目末尾に「)。」を、一一行目の臨床像」の下に「(タール様物質に関連して発生した肺がんと、その他の肺がんの臨床像)」を、「組織型」の下に「(偏平上皮がん、腺がん、未分化がん)」を加える。

12  同枚目裏初行から二行目にかけての「コークス炉ガス」を「発生炉ガス」に改め、二行目の「工程における」を削り、三行目の「ガス発生炉」の下に「(ただし、ガス発生炉は、昭和五七年九月現在、わが国では使われていない。)」を加え、四行目の「認められている。」を「認められている(」に、六行目の「は、これまでに存在しない」を「を認めるに足りる証拠はない。)」に改め、七行目の「タール濃度」の下に「又はベンゾピレン濃度(<書証番号略>)」を加え、九行目の「現在のところ、」を「現在(昭和五五年六月)の時点では、タール様物質による職業性肺がんの原因成分は特定されていないので、厳密な意味での」に改める。

13  三一枚目表二行目の「危険」を「危険度」に改め、六行目の「推測することができる」の下に「(ただし、現時点でも、量を具体的な数値で表すことはできていない。)」を加え、末行の「タール濃度」を「のコールタールピッチ揮発成分(CTPV。タールとほぼ同等)の濃度」に改める。

14  同枚目裏五行目の「その結果、」の下に「非白人のコークス炉作業者の場合」を、八行目の「なお、」の下に「米国政府及び」を、一〇行目の「許容濃度(」の下に「時間荷重平均濃度としてのそれのこと。すなわち」を加える。

15  三二枚目表五行目冒頭から六行目の「てから」までを「昭和四七年五月コークス炉作業者の肺がん問題が新聞紙上に報道されたのを契機にして、コールタールの有害性に対する一般の認識が急速に高まり、同年九月末コールタールが特化則第二類物質に規定され、以来コールタール関連設備及び作業は種々の労働衛生的規制を受けることとなった。それ以前は、コールタールが有害物質であるという認識ははるかに低く、コールタール取扱作業者でも、防護措置は目を保護する程度で、被服或いは四肢への接触にはほとんど無関心であり、コールタールタンクの内部点検に当たっては、タンク内の換気と防毒マスク、ホースマスク、エアラインマスク等を着用させて中毒災害の防止を図っており、亡重利も同様であったと思われる。昭和四七年の特化則への規定を契機に、会社内でも急遽、当時の亡重利の仕事場であったタール工場のポンプ類をメカニカルシールに改造し、排気を全部塔内に戻して密閉体にするとかポンプ室内の通気をよくするために壁を取り払ったり等の相当大幅な環境改善が行われた。」に改め、六行目末尾に「(<書証番号略>の昭和五五年五月七日付けの「タール様物質とがんの検討に関する専門家会議検討結果報告書」。以下「本件専門家会議検討結果報告書」という。)」を加え、九行目の「発した」を「発し、その解説を加えた(<書証番号略>。以下「認定基準」という。)」に、一〇行目の「製鉄用コークス炉ガス」を「製鉄用発生炉ガス」に改める。

16  三三枚目表一一行目の「第九号」を「第七号一八」に、末行の「第九号」を「一八」に改める。

17  同枚目裏初行冒頭の「の」の下に「行政庁の」を加え、三行目の「にすぎない」を「で、合理性を有する」に改め、五行目の「に従う」を「を参考にする」に、六行目の「肺がんが」を「肺がんは、前記認定のとおり」に改める。

18  三四枚目表四行目の「甲第六号証の一五」を「甲第六号証の一一、一五」に、「同第九号証の一五」を「同第九号証の一一、一五」に、「乙第一四号証」を「乙第一〇、第一四号証」に改め、八行目の「別表2」の下に、「(ただし、枠内の「年」の次に「(昭和)」を「現場整備作業時間」の次に「(単位時間)」を加え、昭和二三年の欄の「2592」を「1592」に改めた後のもの。)」を加える。

19  同枚目裏四行目の「結局」から五行目の「同表注記のように、」までを削り、「昭和四四年」を「昭和四三年」に改め、六行目の「ものではない」の下に「から、同表の記載をもって、亡重利の総業務量に対するコールタールに接触する作業量を認定するには慎重な態度が要求されるのであって、同表は、一応の参考資料として、意味があるにすぎないことを銘記すべきである」を加える。

20  三五枚目裏初行の「長期間になるが、」の下に「前掲甲第九号証の一一によれば、」を加え、二行目の「があるので」から九行目末尾までを「が、昭和二五年四月一日から昭和三二年六月三〇日まであるので、この間を除外した一九年六か月間をタール様物質のばく露を受けた期間と認めるのが相当である。」に改める。

21  三六枚目表五行目の「マズムダル」を「マズムダルら」に、一〇行目の「が別表3のとおりであることが認められる。」を「は、別表3のとおり(ただし、「コールタール蒸留ポリュートポンプ」を「コールタール蒸留ボリュートポンプ」に改め、測定場所欄中の各「通路」の次に「上」を加えた後のもの。)記録されていることが認められる。ただし、同測定結果は、いかなる条件下で測定されたか(通常の状態なのかどうか、グランドパッキンの取替え等、亡重利ら保全課の職員が修理をする際の測定値はどうか等)が明確にならない限り、同数値をもって、亡重利の日常作業中のものとして斟酌できるかどうかは、厳密にいえば問題がある(当審証人大久保利晃も、ある物質の気中の濃度を測定することの困難性を指摘する。)。しかしながら、亡重利の職場のタール濃度につき正確な測定がされた形跡は証拠上認められないから、差し当たり、同数値をもって、一応の推測をすることは意味のないことではない。かかる条件を付した上で考慮するならば、本件専門家会議検討結果報告書が指摘する作業環境濃度としての一立方メートル当たり0.2ミリグラム(<書証番号略>の一七三頁。これは、前記第三、一、3で認定した米国政府及びACGIHの規制するそれと同じである。)に比して、」を加える。

22  同枚目裏六行目の「が窺えるので、」を「、当時亡重利の職場であったタール工場関係での改善計画の要旨は、「① コールタール蒸留設備の原料装入、循環及び各留出油移送に使用しているコールタール蒸留ボリュートポンプのグランド部からタール等が漏洩し、作業環境を悪くしているので、漏洩防止対策としてボリュートポンプのグランド部をメカニカルシールに改善する。② 蒸留設備からの各留出油を一時製品受槽(コールタール蒸留受槽群)へ貯えているが、この受槽の排気用パイプの高さが低いので高さを延長し、作業環境の改善を計る(集中排気方式)。③ コールタール蒸留脱水塔のパイプ等のナフタリンによる閉塞の原因が熱量不足のためなので、熱源の補給強化として熱タール装入配管のサイズアップを行い、熱源の補給を実施することにより閉塞を防止する。④ 脱水塔から出た脱水タールを一時貯えるコールタール蒸留脱水タールタンクの排気管よりベーパーが出るので、排気管を脱水塔に直結し、ベーパーの発散を防止する。⑤ 三〇〇トンコールタール蒸留ポンプ室に一部側壁があるので、これを撤去し、作業環境の改善を計る。⑥ 各種熱油移送配管に付属するコック(コールタール蒸留装置熱油関係コック)のグランド部から漏洩がみられるので、グランド式コックを引き上げ式コック等に改善し、漏洩防止を行う。⑦ 蒸留装置運転計器室(計器室及び詰所)を作業場と隔離するとともに衛生設備の改善を行う(以上、甲第一一号証の四中の資料3―(2))。」となっており、同計画書に従いほぼ実施された後の測定結果を示すものであるから、右改善後の測定値である別表3の数値が、同改善以前の数値と等しいはずはない。」に改め、八行目の「払われず」の下に「(前記第三、二、1で述べたとおり、昭和四七年五月コークス炉作業者の肺がん問題が新聞紙上に報道されたのを契機にして、コールタールの有害性に対する一般の認識が急速に高まったが、それ以前の認識は昭和五〇年当時と比較してもはるかに低く、三菱化成におけるコールタール取扱作業でも、防護措置は眼を保護する程度で被服或いは四肢への接触にはほとんど無関心であったといってよい。ただし、コールタールタンクの内部点検等に当たっては、タンク内の換気と防毒マスク、ホースマスク、エアラインマスク等を着用させ、中毒の防止を図っていた。したがって、亡重利もタンク内作業以外のポンプ等の分解点検作業では、保護眼鏡、作業服以外の防護措置を講ずることはほとんどなく、特に四肢の被ばくにはほとんど無関心であったと思われる(<書証番号略>)。)」を加え、九行目の「が行われた」から一一行目の「不明である」までを「は実施されていない(<書証番号略>(産業医学ジャーナル昭和五四年一月号所収の大久保利晃論文「職業がんと疫学」中には、職業がんにおいて、量―反応関係が因果関係を論ずるに際して重要であるが、職業がんの場合、ばく露量に関するデータを入手することの困難性、過去の環境濃度に関する記録がほとんどないこと、あっても、測定法、測定精度の問題から使用に耐えぬことが多いこと等が指摘されている(七頁))」に、末行の「として、」を「であった」に、末行から三七枚目表初行にかけての「製鉄用コークス炉(旧コークス炉)」を「旧コークス炉」に改める。

23  三七枚目表三行目の「30.9ミリグラム」を「30.6ミリグラム」に、一〇行目の「認められる」を「会社側の資料で記載されている」に改め、一二行目の「濃度は、」の下に「前記したところから、」を加え、末行の「類推」を「推認」に改める。

24  同枚目裏初行の「についても」を「については」に改め、六行目から三八枚目表一二行目までを削り、同末行冒頭の「イ」を「ア」に改める。

25  三八枚目裏二行目の「九年六か月」を「一〇年六か月」に改め、六行目の「甲第一二号証」の下に「(三八頁)」を加え、一〇行目の「0.32」を「0.49」に改める。

26  三九枚目表三行目の「従うとしても、」の下に「昭和三六年中は五六時間、昭和四〇年中は一一八時間、昭和四一年以降は毎年」を加え、六行目の「がタールから」を「(タール揮発物)が」に、七行目の「窺われる」を「認められる」に、九行目の「察せられる」から一一行目末尾までを「推認される。」に、一二行目冒頭の「ウ」を「イ」に改める。

27  同枚目裏七行目の「であるから」から九行目の「こととなる」までを削る。

28  四〇枚目表初行冒頭の「エ」を「ウ」に、二行目から三行目にかけての「撒布状」を「撒布性」に、三行目の「バラ色」を「バラ疹様」に改め、一一行目の「であるが、」の下に「原審証人石西伸の証言によれば、」を、一二行目の「とはいえない」の下に「ことが認められる(一〇五項)」を加える。

29  同枚目裏二行目の「できない」の下に「(ちなみに、本件専門家会議検討結果報告書にも、「タール、ピッチの長期間のばく露作業者には、かかる病像(ガス斑、皮膚角化、色素沈着を伴い荒廃した皮膚の状態)を呈するものが少なくない。」(<書証番号略>)旨記載され、認定基準にも、「ガス斑が存在する皮膚の所見は、タール様物質へのばく露を裏付けるよい指標となるものである。」(<書証番号略>)と記載されている。)」を、五行目の「確認された」の下に「(一二パーセント。これを特化則に基づき実施された健康診断の結果、他の職場におけるガス斑の所見が認められた者の割合と対比してみると、精炭課が六四名中三名の約五パーセント、第一コークス課が五八名中五名の約九パーセント、第二コークス課が一四一名中一四名の約一〇パーセント、化工課が七一名中八名の約一一パーセントであるから、亡重利の職場である保全課が一番ガス斑の所見者が多いことになる。)」を、一〇行目末尾に「被控訴人も、原審における本人尋問において、亡重利にピッチ焼けの症状があったことを推測させる供述をしている。」を、一一行目冒頭の「オ」を「エ」に改め、同行目の「発がん年齢」の下に「四二才」を加え、一二行目の「肺がんは」から末尾までを「がん年齢が六〇歳以上であることに照らし、若すぎる」に改め、末行の「甲第一二号証」の下に「(一三〇頁)」を加える。

30  四一枚目表五行目の「示すと」の下に「の文献報告の記載が」を、一二行目の「一般に」の前に「現在」を加える。

31  同枚目裏二行目冒頭から三行目の「資料はない」までを「及び大気汚染の要因を無視することはできないこと、すなわち、タールの職業性ばく露を受ける労働者は、同時にこれらのうちの一つ又は両者のばく露を受けていることが多いので、このような労働者の肺がん発症のリスクにこれらの要因がどのように関与しているかを明らかにする必要性があること(一三七頁)、しかし、これまでのところ、タールへの職業性ばく露に対して、喫煙及び大気汚染の影響を十分に解明するだけの資料はなく、これら要因について近似的に比較可能な対照群を置いた研究結果から、タールへの職業性ばく露により、喫煙、大気汚染を考慮にいれても、なお、肺がん発生のリスクが高まることは証明されていること(一四一頁)、タールへの職業性ばく露、喫煙が単独で肺がん発生のリスクを増加させることが判明しているだけで、タールへの職業性ばく露、喫煙、大気汚染の三者の複合的作用についてはほとんど解明されていない現状にあること(一四二頁)等と記載されていることが認められる」に改め、五行目の「同人の」の下に「喫煙と」を、七行目の「乏しい」の下に「(当審証人大久保利晃も、肺がんの発生に関し、タールへの職業性ばく露と喫煙が相加作用があること、どちらが大きい要因であるかは断定できないことを証言する。)」を加える。

32  同七行目の次に改行して次のとおり加える。

「オ <書証番号略>(産業医学一一巻一号所収の倉恒匡徳著「職業がんの問題点」)、原審証人倉恒匡徳の証言によれば、発がん物質は、極めて微量であっても、その作用を無視できないという特徴をもっていること、職業性発がん因子もこの例外ではないこと、原理的には、一個の細胞ががん化することによってがんが成立し、それがどんどん増殖していくこと、動物実験の結果では、さまざまな発がん物質が、微量ではあってもそれが蓄積され、繰り返し細胞に作用することにより、発がんに大変好都合であること、微量の発がん物質を無視できないことが有力に提唱されていることが認められる(当審証人大久保利晃も、こういう考え方があることは肯定する。)。

カ <書証番号略>(会社黒崎工場勤労部安全衛生室医師永利博美作成名義の「亡重利の肺がんにかかわる意見書」)及び原審証人永利博美証言によれば、フェノール(石炭酸)の入っているタールの方が発がん率が高いというねずみに対する実験結果が報告されていること、<書証番号略>によれば、動物実験の結果、コールタール中の主な発がん物質とされているベンツピレンは、炭粉によってその発がん性が増強されるという報告が発表されていること、当審証人大久保利晃の証言によれば、動物実験の結果を人間に直接当てはめることはできないが、動物に発がん性があるということは、人間に対してもそうである可能性が大であると理解されていること、以上の事実が認められる。

キ <書証番号略>(三菱化成工業株式会社黒崎工場勤労部安全衛生室医師永利博美作成名義の昭和五〇年五月一日付け「斉藤重利の肺癌にかかわる意見書」)には、亡重利は、タール分溜工程の保全業務と同時に石炭酸捕集精製工程の保全業務も担当しておりまた、詰所及び作業場所はコークス炉とカーボンブラック工場の中間に位置し、炭塵でかなり汚染された環境下にあったため、フェノールや炭粉を吸入する機会もかなりあったものと思われ、肺がん発生の要因として長期間断続的であるが、ばく露されてきたコールタールの影響を否定することはできないと記載されていることが認められる。

ク <書証番号略>(三菱化成工業株式会社黒崎工場附属病院医師横尾正庸作成名義の昭和五〇年七月八日付け「斉藤重利の肺癌にかかわる意見書」)には、職場環境との因果関係については、永利医師と同意見どおりと考える。特化則三九条によって健康診断が義務づけられた職場で長期間働いており、その健康診断の対象となった疾病に罹患した当該患者の場合、業務上の疾病と判断せざるを得ないと考えると記載されていることが認められる。」

33  同八行目冒頭の「キ」を「ケ」に改める。

34  四二枚目表五行目から六行目にかけての「保全課員であった」を「保全課員を最後に退職した」に、九行目の「昭和二三年三月三一日」を「昭和三二年一二月一四日」に改め、一二行目の「本件において」の下に「原発性肺がんであるかどうかも含めて」を加え、末行の「が、ただ」から同枚目裏初行の「指摘している」までを「。しかし、同証言及び<書証番号略>によれば、右古玉のほか、昭和一八年、会社に入社して、亡重利と同じく、作業機械の保全修理に従事していた同職場の坂本次雄(昭和二年一月九日生)が、在職中の昭和五九年肺がんで入院し、昭和六〇年ごろ肺がんで死亡し、労災の認定を受けていることが認められる」に改める。

35  同枚目裏五行目の「前記労働省」から一一行目の「できるから」までを「認定基準(乙第二七号証の四頁)は、タール様物質による肺がんについては、その臨床像及び組織所見に関して、非職業性の肺がんとの間に差異を見い出せないことを指摘していること(このことは前記第三、一、3で認定したところでもある。)に照らすと」に改める。

36  同末行から四六枚目表九行目までを次のとおり改める。

「以上の事実によれば、次のとおり認められる。

1  亡重利は三菱化成に一四歳で入社し、一六歳からタール職場に配属され、途中のタール職場に無縁の時代を除き、肺がんに罹患するまで約一九年六か月間、タール様物質に間接ばく露を受けた。

2  亡重利は、昭和四九年一〇月(当時四二歳)実施の定期健康診断によって肺がんと診断され、昭和五一年七月肺がん(原発性)により死亡した。

3  タール様物質は、強力な発がん作用を有する。

4  亡重利がタール様物質にばく露された時間と量について、これを正確に認めるに足りる証拠はなく、僅かに、昭和四七年の特化則制定後、三菱化成においても、同規則に則って職場環境が改善された後の別表3、5の測定値があるにすぎず、亡重利は、右環境改善前の職場で一七年近くタール職場で働いてきた。

5  亡重利には、ガス斑は認められなかったが、いわゆるピッチ焼け様症状が認められ、また、同人と同一職場にいた同僚のうち三名にガス斑が認められ、三菱化成黒崎工場の中では、最高の割合でガス斑が認められる職場であった。

6  亡重利は、四二歳という若年で肺がんに罹患した。

7  動物実験の結果によれば、発がん物質は、極めて微量であっても、その作用を無視できないという特徴をもっていること、フェノール(石炭酸)の入っているタールの方が発がん率が高いこと、コールタール中の主な発がん物質とされているベンツピレンは、炭粉によってその発がん性が増強されるという報告があるが、動物実験の結果を人間に直接当てはめることはできないが、人間に対してもそうである可能性が大であると理解されている。

8  医師永利博美及び同横尾正庸は、ともに、亡重利の肺がんに、コールタールの影響を否定することはできないと考え、同横尾正庸は、さらに業務上の疾病と判断せざるを得ないと考えていた。

9  亡重利と同僚の古玉直(大正五年三月二〇日生)は、退職後の昭和五七年四月肺がんに罹患し、昭和五八年七月死亡したこと、坂本次雄(昭和二年一月九日生)は、在職中の昭和五九年肺がんで入院し、昭和六〇年ごろ死亡し、労災の認定を受けた。

これらの事実を総合すると、亡重利の肺がんは、同人の職場に内在するタール様物質の有害性ないし危険性が長期にわたって現実化したものと認められる関係にあると認められる。

たしかに、亡重利は長年にわたって喫煙の習慣があったこと、煙草の発がん性もつとに指摘されているとおりであるが、前記のとおり、亡重利の肺がんの発生に関し、タールへの職業性ばく露と喫煙のどちらが大きい要因であるかは断定できないこと、また、<書証番号略>、当審証人大久保利晃の証言によれば、発がん物質としてのタール様物質にばく露した者が肺がんに罹患した場合、その因果関係の有無を科学的に判定することは非常に困難であること、その判断のためには、疫学的方法(人を集団として観察し、そこに起こっている健康の異常をその環境との関係について調べ、確率的に病気の原因あるいは病気が進行する条件等について研究する学問)以外に合理的な方法はないこと、以上の事実のほか、タールの間接ばく露、低濃度のばく露を受けた労働者に的を絞った肺がんの疫学的調査はされたことがないこと、つとに昭和四四年当時、職業がんには、既知のものであっても、一般死亡統計の職業に関する情報がきわめて不十分であること、離職者の管理がないために、離職者の発がんが分からないこと、一般医師の職業がんに対する無関心、企業、労働者、一般人の低い認識、企業の非開放性等の理由によって、その発生の実態がほとんど分かっていないこと、環境の実態についても発がん物質の測定の困難性、企業の消極性によってほとんど分かっていないことが指摘されていたが(<書証番号略>)、かかる問題点は、昭和五五年においてもほぼ同様であったこと(<書証番号略>)も認められる。

そうすると、本件における亡重利の肺がんの業務起因性の(法的)判断に際しては、自然科学的にいえば、肺がんとタール職場との関係(業務起因性)を考えるに当たって、最も重要な疫学調査研究が不十分であることは率直にこれを承認し、それを除いて、右相当因果関係の有無を判断するのが、公平の原則に裏打ちされた証明責任の法理に合致するものと解するのが相当であるところ、経験則に照らして本件全証拠を総合検討すれば、タール職場におけるタールの間接ばく露が同人の肺がんの発生を招来した関係を是認しうる程度の高度の蓋然性が立証され、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであるというに十分であるから、同人の肺がんは業務起因性があるものというべきである。」

二よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鎌田泰輝 裁判官川畑耕平 裁判官簑田孝行)

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