大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成20年(ネ)1045号 判決 2011年4月27日

住所<省略>

控訴人・被控訴人・

株式会社X

当審反訴被告

(以下「控訴人会社」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

春山九州男

春山佳恵

安田聡剛

住所<省略>

控訴人・被控訴人・

株式会社三井住友銀行

当審反訴原告

(以下「被控訴人銀行」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

谷健太郎

山畑博史

長谷川宅司

織田貴昭

加藤文人

松原浩晃

森万里妹

主文

1  控訴人会社の控訴に基づいて,原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人銀行は,控訴人会社に対し,790万円及びこれに対する平成18年8月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人会社の被控訴人銀行に対するその余の請求を棄却する。

2  被控訴人銀行の控訴を棄却する。

3  被控訴人銀行の控訴人会社に対する当審における反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は第1,2審及び本訴・反訴を通じてこれを100分し,その65を被控訴人銀行の負担とし,その余は控訴人会社の負担とする。

事実及び理由

第Ⅰ申立て

(控訴人会社)

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人銀行は,控訴人会社に対し,1234万1372円及び内金207万1891円に対する平成16年10月12日から,内金204万9370円に対する平成17年1月11日から,内金201万6986円に対する同年4月11日から,内金205万9343円に対する同年7月11日から,内金207万1891円に対する同年10月11日から,内金207万1891円に対する平成18年1月11日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人銀行は,控訴人会社に対し,73万9527円及び内金37万2411円に対する平成17年9月22日から,内金36万7116円に対する同年12月22日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人銀行は,控訴人会社に対し,2205万円及びこれに対する平成17年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人銀行の控訴を棄却する。

3  被控訴人銀行の控訴人会社に対する当審における反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審及び本訴・反訴を通じて被控訴人銀行の負担とする。

5  この判決の第1項の(1)ないし(3)は仮に執行することができる。

(被控訴人銀行)

1  原判決中被控訴人銀行の敗訴部分を取り消す。

2  上記取り消しに係る控訴人会社の請求を棄却する。

3  控訴人会社の控訴を棄却する。

4  控訴人会社は,被控訴人銀行に対し,4654万4353円及び内金3412万6942円に対する平成22年12月23日から支払済みまで年14%の金員を支払え。

5  訴訟費用は,第1,2審及び本訴・反訴を通じて控訴人会社の負担とする。

6  この判決の第4項は仮に執行することができる。

第Ⅱ事案の概要

本件事案は,控訴人会社が被控訴人銀行との間で,変動金利と固定金利を交換する金利スワップ契約(いわゆるプレーン・バニラ・金利スワップ契約である後記本件金利スワップ契約1,2,以下「本件各金利スワップ契約」という。)を順次締結した際,被控訴人銀行において,同各契約についての説明義務違反及び取引における優越的地位の濫用,又は,それに基づく不適正ないし不公平な勧誘があったとして,金融商品の販売等に関する法律(平成18年法律第66号による改正前のもの)4条,民法709条ないし715条に基づく損害賠償として,控訴人会社が被控訴人銀行に支払った金員相当額及びこれに対する遅延損害金の,並びに控訴人会社が被控訴人銀行との間で建築足場材を集合動産担保物とする根担保契約を締結するに際し,被控訴人銀行従業員の説明義務違反を理由とする不法行為による損害賠償請求権ないし公序良俗違反等による契約無効による不当利得の返還請求権に基づき,支払った報酬及び手数料の合計相当額及び遅延損害金の,各支払いを被控訴人銀行に求めたものである。

原審は,上記各請求のうち,控訴人会社の本件金利スワップ契約2の勧誘については,被控訴人銀行従業員の行為には,金融商品の販売等に関する法律に違反する点があったとして,不法行為による損害賠償として73万9527円とその遅延損害金の支払いを命じる限度で認容したが,その余の請求は理由がないとして棄却したことから,控訴人会社及び被控訴人銀行の双方が,いずれもその敗訴部分を不服として控訴したものである。

そして,被控訴人銀行は,当審において,反訴として,本件各金利スワップ契約は有効で継続しているので,本件金利スワップ契約1につき平成18年4月11日から,同契約2につき同年3月23日から,いずれも平成22年12月22日までの間の固定金利と変動金利の各利息支払期日における別紙別表記載のとおりの受払金及びそれに対する遅滞日からの約定の利率による遅延損害金の支払いを求めたものである。

第Ⅲ当事者の主張等

本件における当事者の主張等については,下記のとおり「第1 当審における控訴人会社の主張の要旨」及び「第2 当審における被控訴人銀行の主張の要旨」を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の「1 前提事実(争いのない事実)」,「2 原告の主張(これに対する被告の主張は,【】内に記載する。)」に記載のとおりであるから,これを引用する。

第1(当審における控訴人会社の主張の要旨)

(金利スワップ契約について)

1  説明義務違反について

(1)  被控訴人銀行は,金融商品である金利スワップ取引の勧誘に当たっては,相手方である控訴人会社の知識,投資経験,年齢等の理解能力に応じて同取引の基本的仕組みや重要事項につき,十分理解できる程度の説明義務がある。本件において,被控訴人銀行の担当者はそれに見合う十分な説明を怠った。

(2)①  被控訴人銀行は,先スタート型の金利スワップ取引では,スポットスタート型のそれとは構造が異なり,スポットスタート型に比べてより固定金利(スワップ金利)が高くなる可能性があるのに,その説明を怠った。また,「直ぐには金利は上昇しないと考えているが,将来の金利上昇を懸念している者に適した商品である。」などと誤った,ないしは不正確な説明をした。変動金利水準が,先スタート時点までは上昇傾向になく,むしろ低下傾向にあるとするならば,その時点まではヘッジの必要がないので,同時点でスポットスタート型を選択する余地があるからである。

②  先スタート型金利スワップ取引とは,1年先スタート型を例にとると,まず契約締結日から終了日時までの期間の金利スワップを行い,同時に期間1年の金利スワップをして,各変動金利の支払を相殺することにより,1年先の金利交換スタートを可能にするものである。そして,1年目の固定金利のうち相殺されていない部分については,2年目以降の固定金利に上乗せする構造となっている。

金利スワップ契約の固定金利が契約締結時に変動金利より著しく高率である場合には,先スタート型金利スワップにあっては,先1年間の金利上昇の予想を前提にスワップ金利が決定されているのが通常である。したがって,「直ぐには金利は上昇しないと予想される」場合には,変動金利リスクがないのであるから,1年後にスポットスタート型の金利スワップが選択されるべきである。この点,1年先スタート型金利スワップが控訴人会社の需要に合致すると勧めた被控訴人銀行の説明は,不正確なばかりでなく控訴人会社に損害をもたらすものであった。

③  被控訴人銀行は,先スタート型である本件金利スワップ契約において,その契約締結時からスタート時までの期間である1年間は,控訴人会社に金利スワップによるヘッジ機能を何も提供していないのに,その提供があったのと同様以上の利ざや(本件金利スワップ契約1を先スタート型にしたときに高まった0.342%の利率の大部分)を不当に得ている。

(3)  後記提案書(以下「本件提案書」という。)による被控訴人銀行の中途解約についての説明は極めて抽象的であって,説明義務を尽くしたとは言えない。本件各金利スワップ契約は,性質上その条件によれば中途解約が全く不可能なものでないことは明らかである。一般的に知られていない金融商品に関しては,解約清算金の根拠や上限を知って解約清算金の額を予測できることが,契約締結の可否の判断に重要であることは明らかである。すなわち,スワップ金利と後記TIBOR(Tokyo InterBank Offered Rate)の差が大き過ぎるときは,清算金を支払っても金利スワップ契約の解約の必要があるので,どの程度の負担になるのかの概要は,スワップ金利の設定をした被控訴人銀行側で説明がされるべきである。また,本件各金利スワップ契約では,被控訴人銀行は,その中途解約についても,不当な利ざやを請求している。

(4)  借入金につき控訴人会社が支払っていたのは,短期プライムレートを基準金利とする変動金利であったのに対し,本件各金利スワップ契約において設定された受取りの変動金利の基準金利はTIBORであった。被控訴人銀行は,双方の変動金利の性質等の違いを説明せずに,一概に言えないのに双方の金利は相関性が高いとする誤った前提で説明した。

支払の変動金利と受取りの変動金利は,できるだけ同じでなければリスクヘッジの効果はない。また,一般企業の借入における変動金利は,短期プライムレートに銀行利ざや又は借り手の信用リスクが加算された利率が通常であるのに,シミュレーションではあたかも短期プライムレートでの貸付けが通常であるような誤解を招く説明がなされた。

特に,ここ20年近くの3か月TIBORは短期プライムレートを上回ったことはないので,本件各金利スワップ契約は,控訴人会社の上記借入に対するリスクヘッジとは,そもそもならないものであった。しかるに,被控訴人銀行は,本件各金利スワップ契約における控訴人会社の受取金利の基準金利を一方的にTIBORと設定し,その理由等につき説明しなかった。

(5)  金利スワップ契約においては,契約期間全体を通じてスワップ損益がプラスに転じた時期が一定期間以上なければ利益が出ることにはならない。したがって,その時期がある程度にせよ予測できなければ,ヘッジを目的とした金利スワップ契約を締結すべきか否かの合理的判断はできない。被控訴人銀行は,その説明をしていない。

被控訴人銀行は,一時的に変動金利が固定金利を上回っただけで,あたかもヘッジの目的が達成されるような誤解を生じさせる説明をした。

控訴人会社は,取引実体に則した損益を予測することができないまま,本件各金利スワップ契約を締結してしまったのである。

(6)  被控訴人銀行は,金融庁の行政処分を受けて,本件提案書の内容を大幅に改訂し,「金利スワップの損益は,受取金額-支払金額である。」などと正確にした他,利息の支払期毎の損益をシミュレーションにおける具体的な金額で示す等して分かりやすいものに変更した。このことは本件提案書の従前の記載内容では理解が困難であり,それに基づいた説明が不十分,不正確であったことを示している。

2(1)  金利スワップ取引により銀行が得る信用コストを含んだ標準的な利ざやは,0.015%ないし0.02%であり,5年ないし10年の一般的な業者間の金利スワップの平均的なスプレッドは「0.0025%ないし0.01%程度」とされている。然るところ,本件金利スワップ契約1でのスプレッドは1.286%であり,本件金利スワップ契約2でのそれは1.303%であって,暴利である。

対顧客マーケットにおけるスワップ金利には,固定金利に顧客の信用リスク等による加算があるとしても,本来銀行間のスワップ金利水準と特段の事情のない限り大幅に乖離することはない。

(2)  本件各金利スワップ契約は,契約時の銀行側利ざやが正常な範囲を大きく超えるものであったため,控訴人会社が被控訴人銀行に支払う固定金利が異常に高く,変動金利リスクに対するリスクヘッジとしては,事実上機能しないものであった。本件金利スワップ契約1のスワップ金利は,2.145%,本件金利スワップ契約2の金利は3.035%であるため,受取りの変動金利であるTIBOR(当時は0.1%程度の水準)が直線的に高騰して最終的に金融専門家の予想(最終的には1.4%とされていた。)をはるかに超えた4%以上にならなければ,控訴人会社に損失をもたらすものであった。

3(1)  本件各金利スワップ契約の目的は,取引コストを節約して,変動金利リスクをヘッジすることにあった。すなわち,変動金利リスクヘッジの代替的方策である固定金利への借替費用と同等ないしそれと見合う取引コストでなければ,その意義はなかったものである。

(2)  金利スワップ契約において固定金利水準を高める主たる原因が,「顧客の信用コスト」等の固定的な主観的要素であるときは,経済力が脆弱なほど適用金利(固定金利)が高くなるので,そのような顧客には「変動金利借入の金利上昇に備えるヘッジ機能」は働かないことになる。本件はそのような場合であるのに,被控訴人銀行は「金利上昇の可能性」の不安をあおって,機能しない金融商品の取引を勧めたものである。

(3)  金利スワップ契約を変動金利リスクヘッジとして用いるメリットは,他のリスクヘッジの手段よりも,そのコストが低いというところにある。ところが,本件各金利スワップ契約においては,そのコストに該当する前記のとおりの固定金利の高さから,控訴人会社においては,そのリスクヘッジの手段として従前の変動利率での借入を固定金利の借入に借替えた方がコスト面ではるかに有利なものであった。

4  地方の中小企業である控訴人会社には,金融商品である金利スワップ取引に関する専門知識が欠けていた。また,控訴人会社には,その営業の性質上変動金利リスクヘッジの具体的必要は全くなかったのに,被控訴人銀行は,その事情を知りながら,あたかもその必要があるとして,勧誘をしたのであるから,いわゆる適合性の原則に違反している。

なお,本件各金利スワップ契約の締結においては,同各契約内容について当事者間に個別具体的な交渉は無く,控訴人会社は被控訴人銀行の提案を一方的に受ける立場にあったものである。

5  控訴人会社は,被控訴人銀行から金利交換取引通知書により,初めて本件各金利スワップ契約の差額金が高額であることを知ったことから,同各契約の不当性に気が付いたものである。

(担保契約について)

1  控訴人会社は,毎月設備費用のための手形の決済に追われて資金繰りに苦慮していたため,被控訴人銀行から短期借入を増やしてその依存度を高めていた。平成16年2月ころから被控訴人銀行からの短期借入金額は増加し,その割合は50ないし60%に達していたものである。被控訴人銀行は,その弱みにつけ込み,優越的地位を利用して,十分説明もせずに控訴人会社に本件担保契約を締結させたものである。

2  集合動産担保である本件担保の仕組みは,大手銀行が新たに開発したものであるが,被控訴人銀行は,それを利用するには報酬や手数料等が必要なことの説明を契約締結直前までしなかった。控訴人会社との折衝に当たっていた被控訴人銀行の訴外Fが作成した条件メモには,担保評価についての報酬等の記載はなかったこと等からしても,その説明があらかじめなされていなかったことは明らかである。控訴人会社は,既に被控訴人銀行からの融資金でリース会社等に対する借入金の一括返済を約していたため,上記報酬の支払いの必要が判明した後も,本件担保契約は撤回できなかったものである。

3  控訴人会社は,被控訴人銀行からの後記本件4億円の借入においては,短期プライムレート+1.525%の高利率とし,かつ本件担保を供したのに,借入金額の5%相当額である2000万円の報酬と毎年のサービッサー手数料を要求された。それらの支払いが発生するのであれば,借入金の実効利率は著しく高くなる。報酬等の支払いが必要であることを理解していれば,当初の時点において担保を供しての本件借入は予定しなかった。本件担保を供しての借入は,控訴人会社のこれまでの割賦手形返済による資金調達に比べて著しくコストが高いものになってしまった。

(反訴請求について)

被控訴人銀行主張の後記反訴請求原因事実は認める。しかし,本件各金利スワップ契約は,説明義務違反等により無効であるので,反訴請求は理由がない。

第2被控訴人銀行の当審における主張の要旨

(金利スワップ契約について)

1  金融機関が顧客との間で締結する金利スワップ契約の固定金利(スワップ金利)は,金利スワップ市場における取引相場をベースに,金利スワップ取引条件(想定元本額や期間等)や顧客の信用リスク等に応じたコストないし手数料を加味して決定しているものである。したがって,銀行の金利スワップ取引において,信用コストを含んだ標準的な利ざやなるものは存在しない。

2  控訴人会社の「金利スワップ契約における標準的利ざやは0.02%程度であるとの主張は,言わば卸売市場といえるインターバンク市場と一般顧客市場における銀行の経済活動の違いを理解しないものである。経済新聞に掲載されるスワップレートは,インターバンク市場のものである。信用度の高い上場されている投資法人と金融機関との間の金利スワップ取引の実例であっても約定の支払金利とインターバンク市場における金利相場との利率差が0.5%前後である例も多い。

3  一般に,金融機関が固定金利での長期貸付けを行う場合には,預金による調達に加え,インターバンク市場での変動金利にて金員の調達をした上で,顧客に対して貸付をすることにより,自らが金利上昇のリスクを負うことになる。したがって,このリスクをヘッジするインターバンク市場での金利スワップ取引を考慮して顧客の金利を決定している。この場合には,理論的には,金融機関が顧客に提示する借入金利水準は,変動金利で借り入れた上で固定金利化の金利スワップ取引をした場合の実質調達コストと同程度の水準となる。

4  金利スワップ契約は,金融機関が上記観点から定まった固定金利レートを顧客に提示した上,金融機関と当該顧客との間の個別具体的な交渉の結果,合意により決定される。すなわち,顧客の支払金利や金融機関の利潤は,金融機関と顧客との個別具体的な交渉の結果によって,個別具体的に決まるのである。

5  金利スワップ取引においては,顧客の支払金額は固定金利を超えることはないので,コストとしての上限は定まっており,固定金利が変動金利より高率となって差額金を支払うこととなっても,それは掛け捨て保険のようなものである。そのコスト上限が定まることによりキャッシュフローが固定するので変動金利ヘッジ(後記の広義の変動金利ヘッジ)効果がある。

6  被控訴人銀行が控訴人会社に対する本件各金利スワップ契約についての説明の際に示した本件提案書の記載内容は,訴外a銀行が控訴人会社との間に金利スワップ契約(スワップ金利1.51%)を締結する際に用いられた説明文書と比較すると,より詳細かつ丁寧な内容のものであった。

本件各金利スワップ契約の締結を担当した控訴人会社の訴外Bは,本件提案書に基づく説明を受けたもので,その経歴からしても金利スワップ取引につき十分理解していたものである。

(本件担保契約について)

被控訴人銀行は,本件担保契約締結の前にその報酬や手数料の控訴人会社側の負担について説明している。

被控訴人銀行の職員の訴外Fは控訴人会社の担当者の訴外Bに対し,アレンジメント手数料として2000万円が必要であり,その他サービッサー手数料及び弁護士費用なども必要である旨を伝えていた。問題とされている訴外F作成のメモには,上記手数料の記載はないが,融資金額,期間等の記載もないのであり,それがないからといって,上記説明が為されなかったことにはならない。

1  独占禁止法上の不公正な取引方法としての掲記されている優越的地位の濫用とは,取引の相手方において,優越的地位ある者からの提案を拒否するときには,その者との取引自体の継続が困難になることから,事業経営上大きな支障を来すため,著しく不利益な提案ないし要請を受け容れざるを得ない場合である。その判断要素としては,取引依存度,市場における地位,取引先変更の可能性,取引対象品の需要供給関係等を総合して判断されるべきである。

2  本件においては,控訴人会社のメインバンクは,圧倒的融資シェアを有していたa銀行であり,被控訴人銀行はその他の複数の取引銀行の一つに過ぎず,控訴人会社がその取引先を取捨選択していた。他方,被控訴人銀行は,その業績が順調な控訴人会社との取引拡大を積極的に望んでいた状態にあった。

3  控訴人会社の借入額に対する被控訴人銀行のシェアは,平成14年当時は20%にも満たず,本件金利スワップ契約2の締結後は低下傾向にあり,控訴人会社は被控訴人銀行にその融資先としての依存傾向を高める状態にはなかった。

4  控訴人会社は,本件担保契約による本件借入金4億円については,他の銀行からの借入により全額を弁済し,被控訴人銀行との資金取引を解消している。

(反訴請求原因)

1  本件金利スワップ契約1における平成18年4月12日から平成22年12月22日までの期間の各利息支払期日ごとの固定金利と変動金利の差額金(受払金)及びそれに対する同支払期日の各翌日から各平成22年12月22日までの間の約定利率年14%による確定遅延損害金並びに同23日までの合計額は,別紙別表記載のとおりである。

2  本件金利スワップ契約2における平成18年3月23日から平成22年12月22日までの期間の各利息支払期日ごとの固定金利と変動金利の差額金(受払金)及びそれに対する同支払期日の各翌日から各平成22年12月22日までの間の約定利率年14%による確定遅延損害金並びに同23日までの合計は,別紙別表記載のとおりである。

3  よって,被控訴人銀行は,控訴人会社に対し,本件各金利スワップ契約に基づき,上記1,2の合計4654万4353円及び内金3412万6942円に対する平成22年12月23日から支払済みまで約定による年14%の遅延損害金の支払いを求める。

第Ⅳ当裁判所の判断

第1金融取引に関する基礎的知見

証拠(甲49,50,60ないし65,72,73)及び弁論の全趣旨並びに職務上の知識ないし一般的調査によって得られた本件事案に関係する金融取引上の基礎的知識は次のとおりである。

1(1)  変動金利リスク

変動金利とは,一定の期間毎に,その時点の経済情勢を反映している特定の利率水準の利息を支払うことを事前に約したものである。借入をした者は,理論上,金利が望ましくない方向である上昇したときに,それに応じて金利負担が増大する危険性があるという意味で「変動金利リスク」(以下「狭義の変動金利リスク」という。)があるとされる。また,逆に金利が望ましい方向に下降して金利負担が減少する場合にも,企業等に必要とされるキャッシュフローに変動を生じるので,その変動自体を望ましくないものとして,それをリスクとして捉えて,それをも含めて変動金利リスク(以下「広義の変動金利リスク」という。)とする場合もある。

(2)  固定金利と変動金利の経済上の関係の原則

変動金利と固定金利の関係は,理論上,金融市場において,将来の一定期間に一定元本につき,当時の経済情勢から想定された変動金利で計算された利息の総額の経済的価値と,同期間に同額の元本での利息総額の経済的価値が,計算上等しくなるように想定された利率が固定金利とされる。

(3)  銀行の利ざや等

銀行が企業等に変動金利で金員を貸し付ける場合の利率の決定の仕方は,TIBOR等の銀行間金利等を基準金利として,それに「銀行の利ざや等」としての利率を上乗せする方法で決められる。同利率は,理論的には,個々の貸借の特定の借主の債務不履行等のリスクである「信用リスク」や,その取引に必要とされた各種コストや銀行の純粋な利益等を勘案し,それに応じたものとされる。

(4)  スプレッド

異なる市場や限月の金融商品間の「金利差」や「価格差」のことを言う。

(5)  短期プライムレート

銀行が信用力の高い一流企業に短期(期間1年以内)に貸出すときの優遇金利のことである。

2  TIBOR(タイボー)

東京の銀行間市場でその時々で資金の貸し借りがされる場合に用いられる,多数の銀行同士間取引の金利を特定の方法で平均した利率(Tokyo InterBank Offered Rate)である。

3  金利スワップ取引

(1)  金利スワップ取引の意義とプレーン・バニラ・金利スワップ

金利スワップ取引とは,金利を対象とするいわゆるデリバティブ取引の一つで,同一通貨間で,一定の元本,期間,利息交換日及びそのサイクルを決定し,元本と切り離された互いの異なる種類の金利のみを交換する取引である。その元本は計算上必要とされるだけなので,「想定元本」と呼ばれており,スワップの対象となる利息が固定金利と変動金利であるものは,金利スワップ取引の基本とされ,「プレーン・バニラ・金利スワップ」と称されている。

(2)  スワップレート

金融市場で取引されるプレーン・バニラ・金利スワップの固定金利水準のことである。変動金利レートと固定金利レートを交換し,一般的には6か月TIBORなど代表的な変動金利と交換対象になる固定金利のことを指す。

この金利は,金利スワップの水準を示すだけでなく,銀行の固定金利によるレート水準を示すものとしての意味ももっている。一般に金融派生商品の価格は,スワップレート金利体系に基づいて算出されている。このレートは,市中金利の動向により変動するが,この利率は,当該期間のトリプルA格相当の普通社債の複利利率に近い水準であるとされている。東京円金利スワップレート仲値として,経済新聞に日々掲載されている。

銀行間ないし銀行と超一流企業間でのプレーン・バニラ・金利スワップにあっては,変動金利の利率は6か月TIBORとされるときは,固定金利の利率は,6か月間のトリプルA格相当の普通社債の複利利率に近い水準である東京円金利スワップレート仲値とされることが通常である。

(3)  相対取引

金利スワップ取引は,金融関係の取引所を通さず当事者間で直接取引がされる相対取引により行われる。その取引条件(想定元本額,取引期間,金利種類,利払期日等)は,当事者間の交渉であらかじめ取り決められる。

4  金利スワップにおける交換される利息同士の等価関係の原則

金利スワップ取引では,交換時点での,一定期間の期日毎に支払われる固定金利の経済価値と,一定期間内にある確率をもって想定される変動金利の経済価値は,理論上では等しいものとして交換されるのが原則である。したがって,金利スワップの価格(金利スワップレート)は,固定金利と変動金利の双方のそれぞれの支払時期における利息の合計額であるキャッシュフローの「現在価値」が等しくなるように計算されて決められる。

5  金利スワップ取引による変動金利リスクのヘッジの内容とその前提条件

(1)  変動金利リスクヘッジのための方法としては,金利スワップの方法が理論上有効であるとされている。それは,銀行から元本α円の借入をして変動金利を支払っている者が,相手方から想定元本α円による変動金利の利息を受け取り,反対に固定金利の利息を相手方に支払うことにする利息を等価として交換(スワップ)すれば,変動金利と相手方から受領する変動金利同士は相殺されるため,固定金利による利息のみを支払う資金需要に固定されることになる。すなわち,変動利率による借入をしたものが,固定利率の借入に契約を変更したのと同旨となるのである。

上記リスクヘッジが完全であるためには,借入元本額と想定元本額とが同じで,かつ,変動利率同士の同期間の平均利率が同率であるのが前提となる。

(2)  リスクヘッジで利益が出る条件

金利スワップ取引において,変動金利リスクに対するヘッジの効果が明確に出るのは,契約期間中における変動金利の一時的ないし短期間の高騰では不十分であって,理論的には,同契約期間における実際の変動金利の平均利率が,金融専門家が同期間で予想した平均利率を超えることは勿論,実際には,さらにその平均金利に前記銀行利ざや等を加えた平均金利水準を超える必要があると理解される。

6  金融(派生)商品取引(デリバティブ取引)の理解の方法

(1)  複雑難解な金融工学の産物とされるいわゆるデリバティブ取引の仕組みも,単純な資金の貸し借りや資産の交換・売買等取引の組合せに複製する方法(複製取引方法)で理解できるのが原則であるとされており,金利スワップ取引も,その基本的構造自体は容易にその全容を理解することができるとされている。

(2)  上記複製取引の手法によって金利スワップ契約を解明を図ると,甲・丙間の元本α円の甲を借主とする変動金利Bによる丙に対する利息支払関係と,乙・丁間に元本α円の丁を借主とする固定金利Cによる丁に対する利息の支払関係が併存しているとき,甲・乙間で各その利息の支払関係のみを銀行の仲介で交換するものと理論上複製される。

また,甲・乙は,それぞれの元本額と利率が金利スワップ契約に相応しい相手方を探して,その契約締結交渉をするに必要なコストの負担をしなければならないのに,その仲介を銀行にしてもらったのであるから,それぞれ銀行に対する仲介報酬を支払うことになるとされる。

7  一般企業と銀行との間の実際の金利スワップ契約の状況

(1)  実際には,一般企業である甲が求める金利スワップに相応しい相手方は存在しないか容易には発見できないのが現実である。そのため,実際の金利スワップ契約は,複製事案では仲介者であった銀行が甲以外の他の当事者全員の地位と仲介者の地位を兼併して,企業甲と銀行の二当事者間の契約とされる。そこで,甲は,銀行に元本をα円とする固定金利Cによる利息を支払い,反対に変動金利Bによる利息支払を受け取る内容の契約となるのである。したがって,実際の金利スワップ契約は,甲が,銀行から元本α円の額の金員を固定金利Aで借入れ,同時に銀行に同額の金員α円を預け入れて変動金利Bを受領するものと結果的には単純化される。

(2)  上記金利スワップ契約の複製理解によれば,理論的には,甲企業の銀行へ預け入れた金額α円の変動金利の利率は,理論上,銀行がその信用リスクに従って他者から借入をするときの金利であるから,TIBOR等の銀行間金利が用いられ,他方,銀行が甲に貸し付けたこととされた元本α円の固定金利の利率は,形式上は,企業甲の経済的信用リスク(貸金契約の債務不履行リスク)に見合った銀行借入金利の利率となるように見える。しかし,上記元本α円は,前述した想定元本であるから,双方とも各金額α円の元本については返済リスクを負うことはない。そのため,金利スワップ契約においては,利息の回収についての信用リスクと銀行が引き受けることになった変動金利リスクのみが存在するものと理解される。したがって,上記金利スワップ取引の固定金利の利率は,通常の銀行借入金利の利率を下回る利率とされるべきことになる。

第2本件における事実関係

本件の当事者間に争いのない,又は,証拠(甲1ないし32,33の1及び2,34ないし43,44の1及び2,45の1ないし3,46,47の1及び2,48の1ないし3,67,70,71,乙1,2,3の1ないし3,4の1ないし3,5ないし11,12の1及び2,13ないし27,28の1及び2,29ないし31,32の1ないし18,33の1ないし20,原審における証人E,同F,控訴人会社代表者)及び弁論の全趣旨により認められる本件各契約締結に至る事実等

1  当事者

(1)  控訴人会社は,足場工事及びイベント用足場の設置の工事等を目的とするものである。取締役であった訴外Bは,以前税理士事務所に勤務していたものであるが,平成5年8月ころからは控訴人会社の財務責任者として資金繰り等を担当していた。

(2)  被控訴人銀行は,日本のメガバンクの内の一行である。その従業員である訴外Eは,大牟田支店法人営業部に勤務していた平成15年2月ころ,新規取引先として控訴人会社を開拓し,以後,平成17年7月に転出するまでの間,控訴人会社との取引を担当した。その後は,上司であった訴外Fがその担当を引き継いだ。

2  金利スワップ契約の締結

控訴人会社は,被控訴人銀行との間で,

(1)  平成15年7月9日,想定元本を4億円とする金利スワップ契約(本件金利スワップ契約1)を締結した。

取引期間 平成16年7月12日から平成22年7月12日

控訴人会社から被控訴人銀行への金利支払条件

固定金利 年2.145%

利息支払日 平成16年10月11日から3か月毎の各11日

被控訴人銀行から控訴人会社への金利支払条件

変動金利 指標金利(3か月TIBOR)+0%

利息支払日 平成16年10月11日から3か月毎の各11日

遅延損害金 年14%

(2)  平成16年6月18日,想定元本を5000万円とする金利スワップ契約(本件金利スワップ契約2)を締結した。

取引期間 平成17年6月22日から平成23年6月22日

控訴人会社から被控訴人銀行への金利支払条件

固定金利 年3.035%

利息支払日 平成17年9月22日から3か月毎の各22日

被控訴人銀行から控訴人会社への金利支払条件

変動金利 指標金利(3か月TIBOR)+年0%

利息支払日 平成17年9月22日から3か月毎の各22日

遅延損害金 年14%

3  差額金の支払

控訴人会社は,被控訴人銀行に対し,

(1)  本件金利スワップ契約1に基づき,各利息支払日毎の固定金利と変動金利等の差額金(以下「本件差額金」という。なお,別紙別表上では「受払金」と表示される。)として,平成16年10月12日に207万1891円,平成17年1月11日に204万9370円,同年4月11日に201万6986円,同年7月11日に205万9343円,同年10月11日に207万1891円,平成18年1月11日に207万1891円の合計1234万1372円を支払った。

(2)  本件金利スワップ契約2に基づき,本件差額金として,平成17年9月22日に37万2411円,同年12月22日に36万7116円の合計73万9527円を支払った。

4  集合動産担保契約の締結

(1)  控訴人会社は,平成17年10月31日,被控訴人銀行から,以下の条件で4億円を借り受けるとともに(以下「本件4億円の借入」という。),その借入債務を被担保債権として,控訴人会社が所有する建築足場材につき,いわゆる集合動産担保として極度額を4億円とする根担保契約(以下「本件担保契約」という。)を締結した。

利息 短期プライムレート+1.525%の変動金利

元本返済日 平成17年11月から同22年10月まで毎月末日限り670万円宛,但し,最終回は470万円

利息支払日 平成17年10月から毎月末日毎

(2)  控訴人会社は,被控訴人銀行に対し,同日,本件担保契約にかかる報酬等として2100万円及び訴外SMBCビジネス債権回収株式会社(以下「訴外サービッサー」という。)に対する本件担保に関するサービッサー手数料等として105万円(合計2205万円,ただし消費税分を含む。)を支払った(以下「本件担保報酬等の支払」という。)。

5  新規融資

(1)  控訴人会社のいわゆるメインバンクはa銀行であり,平成14年10月末当時の総借入残高約9億6000万円のうちの約5億円が同銀行からの借入であった。

(2)  被控訴人銀行は,平成15年3月28日,控訴人会社に対し,新規融資として以下の二口合計4000万円の貸付(以下「本件新規融資」という。)をした。

① 元本 1000万円 年3.500%の固定金利

弁済期 平成16年3月31日

② 元本 3000万円 年4.125%の固定金利

弁済期 平成18年3月31日

6  本件金利スワップ契約1の締結と本件提案書による説明

(1)  訴外Eは,控訴人会社には恒常的に変動金利による相当額の銀行借入があることを知ったことから,平成15年6月25日,訴外Bに対し,変動金利リスクヘッジのための商品として,金利スワップ取引を提案し,控訴人会社の代表取締役であるA(以下「A社長」という。)に対しても,同取引について説明した。

(2)  訴外Eは,翌26日,当時,訴外Bに対し,想定元本4億円,期間7年の金利スワップ取引を提案し,提案書(以下「本件提案書」という。)を示して,金利スワップ取引の説明をした。

(3)  本件提案書には,金利スワップ取引の説明として,「金利スワップ取引とは,取引期間において同一通貨間の固定金利と変動金利(キャッシュ・フロー)を交換する取引のことです。金利のみを交換する取引であるため,元本の資金移動はありません。」,「取引開始後に変動金利がどのように推移するかによって金利スワップの損益はプラスにもマイナスにもなります。」との記載があり,「金利スワップ取引の条件例」及び「お取引例」のほか,「損益シミュレーション」として,3か月TIBORが0.000から3.500まで,0.25%刻みで変動した場合の支払期日ごとの損益の一覧表が掲載されていた。

そして,「金利スワップ取引のメリット」として,「本金利スワップ取引を約定することにより,貴社の将来の調達コストを実質的に確定させることができます。スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが上昇しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利上昇リスクをヘッジすることができます。」との,また,同デメリットとして,「現時点で将来の調達コストを実質的に確定させるため,約定時以降にスワップ金利が低下した場合,結果として割高になる可能性があります。スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが低下しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利低下メリットを享受することができません。よって金利スワップを約定しなかった場合と比べて実質調達コストが結果として割高になる可能性があります。」との記載があった。

さらに,本件提案書の「必ずお読み下さい」と題するページには,「本取引とお借入は独立した取引であり,一方の取引が他方の取引内容に影響を及ぼすものではありません。従って,本提案書におけるお借入のスプレッド水準はあくまで例示であり,お借入のスプレッド水準が,お借入期間中,同一水準であることを意味するものではありません。」,「本取引の適用金利等の条件は市場情勢により変化します。」,「本取引のご契約後の中途解約は原則できません。やむを得ない事情により弊行の承諾を得て中途解約をされる場合は,解約時の市場実勢を基準として弊行所定の方法により算出した金額を弊行にお支払い頂く可能性があります。」と記載した欄(以下「本件確認欄」という。)が設けられていた。

(4)  訴外Eは,平成15年7月8日,訴外Bに対し,改めて最新のレートで作成した本件提案書を交付し,想定元本4億円,1年先スタート期間6年の金利スワップ取引の提案をしてその説明を行った。

訴外Bは,A社長の意思を確認した上で,「想定元本4億円,1年先スタートで期間6年の条件で,金利スワップ取引の契約をする。」とした。

そこで,訴外Eは,翌9日,控訴人会社の示した条件でスワップ金利を年2.145%とした本件提案書を交付した。控訴人会社が利率を了承したため,本件金利スワップ契約1が締結された。

その際,本件確認欄等に控訴人会社の代表者印が押捺された。

(5)  控訴人会社は,次いで,平成15年9月24日,a銀行との間で,以下のとおりの想定元本を2億円とする金利スワップ契約(以下「本件a銀金利スワップ契約」という。)を締結した。

期間 平成15年9月26日から平成20年9月26日まで

計算期間 平成15年9月26日から第1回受払日の前日まで,以降はその直前の支払日からその支払日の前日までの期間

控訴人会社からa銀行への金利支払条件

固定金利 年1.51%

利息支払日 平成16年3月26日を第1回とし,以後,毎年9月,3月の各26日

a銀行から控訴人会社への金利支払条件

変動金利 基準金利(TIBOR)

7  本件金利スワップ契約2の締結と短期借入

(1)  被控訴人銀行は,以下のとおり,控訴人会社に対し,総額3億5000万円の短期貸付(以下「本件6回の短期貸付」という。)をした。

平成15年9月29日 5000万円

平成15年12月18日 4900万円

平成16年2月24日 3000万円

7000万円

平成16年3月22日 1億円

平成16年5月25日 5100万円

(2)  訴外Eは,平成16年6月11日,訴外Bに対し,さらに5000万円の追加融資に応じても良い旨を告げるとともに,想定元本を1億円,固定金利の利率を2.870%とする本件提案書を交付して金利スワップ取引の提案をしたところ,訴外Bは,同金利スワップ取引については,想定元本を5000万円にしたいとした。

(3)  そこで,訴外Eは,同月18日,想定元本を5000万円,固定金利を年3.035%とする提案をしたところ,Bは,それを了承したので,本件金利スワップ契約2が締結されるに至った。

(4)  被控訴人銀行は,その後,以下のとおり控訴人会社に対し,総額3億6000万円の短期貸付(以下「本件4回の短期貸付」という。)をした。

平成16年6月25日 5000万円

平成16年9月29日 3000万円

平成16年12月24日 5000万円

1億3000万円

平成17年5月6日 1億円

8  本件担保契約

(1)  控訴人会社においては,足場材を中心とする部材をリース等で調達するため,毎月その資金として1600万円以上を短期借入金に依存していた。また,足場材の調達には,商社に対する口銭も必要であったため,その実質的なコストは年6.8ないし8%であった。他方,所有する建築足場材等は,消耗品として一括ないし3年で償却されることから,ほとんど会計上は償却済み財産となっていた。この足場材を新たな担保物として活用して低利の長期融資を受けられれば,合計3億3000万円余に上っていた前記短期借入を一括返済することができ,資金繰り上利益が出る見込みであった。

(2)  訴外Bは,平成17年6月ころ,被控訴人銀行の大牟田支店の法人営業部長の訴外Hに対し,控訴人会社の保有する建築足場材を担保(いわゆる集合動産担保)として,長期融資を受けたい旨相談をした。訴外Bは,訴外Hに対し,中古足場材を活用して資金調達を図るというスキーム組成の参考資料として,控訴人会社が他社と締結した集合物譲渡担保契約証書や足場材料手形決済累計表,バイバック集計表等を資料として提供した。また,中古足場材の資産価値の評価のため専門業者である住友金属建材を紹介した。

(3)  訴外Hは,同年8月2日,住友金属建材に対し,中古足場の評価や処分の可能性の確認等をしたところ,控訴人会社は有力な一側足場業者であること及び評価等は可能であること等が確認できた。そこで,在庫の足場材を担保とする資金調達スキームの構築が被控訴人銀行の立場で具体的に可能かどうかが検討され,住友金属建材に上記足場材についての評価の査定が依頼された。

(4)  上記検討の結果,控訴人会社の希望する融資に対する条件がほぼ固まったので,訴外Fは,同年10月5日,訴外Bに対し,集合動産担保にかかる登記方法等につき司法書士を交えて説明し,また,翌6日には,融資額は4億円となること,金利のほかにアレンジメントフィー(報酬)として2000万円,サービッサー手数料と弁護士費用及びそれらに対する消費税がかかることを説明した。これに対し,訴外Bは,借入金額に対するトータルコストが5ないし6%であれば,控訴人会社にとってもメリットがあるので,その形で進めてほしいとした。

(5)  訴外Fは,同月14日,訴外Bに対し,本件担保契約の条件等をまとめた書面を交付した。同書面には,訴外サービッサーをマスターサービッサー兼バックアップサービッサーとして設置すること,住友金属建材から転売の覚書を入手の上,同社から6か月毎に担保評価書を入手すること,控訴人会社において,足場の購入及び処分状況について月次報告並びに6か月毎に実地棚卸報告をすること,訴外サービッサーにおいて,年1回程度,保管場所の確認(実査)を行うこと等が記載されていた。

(6)  訴外Fは,同月24日,訴外Bらの控訴人会社の担当者らに対し,担保契約書,訴外サービッサー業務に関する事務委託契約書及び報酬等の支払に関する覚書等の書類を示しながら,本件担保契約の内容,モニタリング方法等について打ち合わせをした。

(7)  訴外Bは,控訴人会社の担当者として本件4億円の借入契約及び本件担保契約を締結すると共に,控訴人会社,被控訴人銀行及び住友金属建材の三者間における担保物件の処分に関する覚書の確認した。そして,控訴人会社は,同月31日,本件担保報酬等の支払をした。

9  公正取引委員会の勧告等

(1)  被控訴人銀行は,平成17年12月2日,金利スワップ取引に関し,公正取引委員会より,独占禁止法19条(不公正な取引方法第14条優越的地位の濫用)の規定に違反するものとして,排除勧告を受けた。

(2)  控訴人会社は,平成18年1月ころ,本件4億円の借入金を全額返済し,本件各金利スワップ契約に基づく本件差額金の支払いは中止した。

(3)  平成18年8月2日,被控訴人銀行の総務部独占禁止法モニタリング室の担当部長2名が控訴人会社を訪問し,本件各金利スワップ契約について,これらの契約に基づいて発生する同年7月分までの本件差額金(約480万円)を支払えば,以後は解約して,解約清算金約1700万円を被控訴人銀行が負担する旨の和解案を示した。控訴人会社は,同提案を拒否して平成18年8月29日に本訴を提起した。

第3争点に対する判断

(本件各金利スワップ契約に関する説明義務違反の主張等について)

1(1)  控訴人会社は,足場工事等の営業を目的とするものであるが,被控訴人銀行との間に本件各金利スワップ契約を順次締結したこと,控訴人会社は,被控訴人銀行に対し,主張にかかる本件各差額金の支払いをしたことは当事者間に争いがない。

そして,被控訴人銀行の従業員である訴外Eらは,控訴人会社のA社長及び財務担当者であった訴外Bらに対して,控訴人会社の変動金利による銀行借入等に対する変動金利リスクヘッジのための金融商品としてプレーン・バニラ・金利スワップ取引を提案し,本件提案書に基づいて,その仕組みと設定されていた条件下ではあるが,「損益シミュレーション」によって金利スワップ取引における固定金利と変動金利の各利率の差が具体的に示された本件銀行説明(ただし,被控訴人銀行の提案する固定金利と控訴人会社の現実の借入金利を条件とするシミュレーションが行われなかったことは当事者間に争いがない。)がされたことは,前記のとおりである。

(2)  金利スワップ契約は金融デリバティブ商品の一つではあるが,理論的には,その基本的構造ないし原理は単純で,特に銀行間市場を前提にするときには,その理解は一般的にも困難でないことは明らかで,金利スワップ取引についての前記複製理解の方法等を通してもその基本構造は単純であることが検証できることは前記金融取引に関する基礎的知見から認められるところである。控訴人会社は,少なくとも金利スワップ取引の原理ないし構造自体については理解できたし,理解していたことは疑いはない。

(3)  また,控訴人会社は,本件各金利スワップ契約については,被控訴人銀行からその提案を受けた後,社内で検討した上で,その締結を決定したものであること,また,特に本件金利スワップ契約1を締結してから約2か月半後に,福岡銀行との間で本件福銀金利スワップ契約(想定元本2億円,固定金利1.51%)を別途締結したり,その後,本件金利スワップ契約2を締結するに当たっては,被控訴人銀行の想定元本1億円とする提案に対して,これを5000万円に減額したことは前記のとおりである。

2(1)  しかしながら,銀行の対顧客市場における金利スワップ取引における固定金利水準(スワップ金利水準)については,顧客に専門的な知識ないし経験が豊富でない限り,その目的とした変動金利リスクヘッジとしての効果が,どの程度の金利水準であれば有効であるかを顧客自身が判断することは極めて困難であることは,前記金利スワップ取引の構造自体等から明らかである。

(2)  そして,本件銀行の説明においては,本件金利スワップ契約における中途解約の場合における清算金についての本件提案書の記載内容は,極めて抽象的であって,解約は合意解約に限定され,場合によっては清算金の支払いが必要となるときがあることが理解できるだけであって,それ以上の説明はされていない。

ただし,金利スワップ契約において固定金利と変動金利水準が大きく乖離しているときに中途解約がされたときは,相当額の清算金が発生すること自体は,銀行の立場からは判っていたことは明らかである。また,金利スワップ取引は,銀行の販売する金融商品であるから,解約による銀行の損害を賠償すれば,その中途解約であっても合意されるのが通常である。本件銀行説明においては,その清算金(損害填補金)の具体的算定方法ないし概算額については全く推測もできず,顧客は金利スワップ契約を続行すべきか,清算金を支払ってでも解約の申入れをすべきか等については全く判断できなかったもので,その解約制限に基づくリスクを評価して購入の可否を決めることは不可能であった。

(3)  また,金利スワップ契約における先スタート型とスポットスタート型における固定金利水準が理論的に異なることになる理由とか,その各特徴や利害についても,本件銀行の説明においては全く無かった等から,当面は狭義の変動金利リスクが存在しないとしたときに,スポットスタート型を将来選択すべきなのか,現時点で先スタート型を選択すべきかの客観的判断は,本件提案書等による説明では,一般の顧客には不可能であった。

3  金利スワップ契約において,変動金利に3か月TIBOR等の客観的な基準金利が採用された場合の固定金利水準は,銀行間市場においてはそれに見合う銀行間のスワップレートが基準となるが通常であることは前記のとおりであるが,銀行の対顧客市場におけるその固定金利水準は,銀行が営業として金利スワップ取引を金融商品として販売するのであるから,原則的には,顧客からの利息回収の信用リスク及び銀行が引き受けることになる変動金利リスク並びに営利企業としての銀行の純粋な利益と販売コストが考慮された利率(前記銀行利ざや等の利率)がスワップレート金利に少なくとも加算された利率とされるものと理解される(その固定利率による経済的価値を,以下「銀行取得価値」という。)。

他方,顧客からすると金利スワップ契約は主として狭義の変動金利リスクヘッジを目的として締結するのであるから,他のリスクヘッジのための手段(例えば固定金利への借替え)に必要とされるコストやヘッジを必要とした主観的事情も含む諸事情等とTIBOR等を基準金利とする受取利息の総計の経済的価値(以下「顧客取得価値」という。)が,顧客が銀行に支払う総金額と経済的に同価値と計算される固定金利の水準になると理解される。

その双方の経済的価値が著しく異なるときは,スワップされる金利関係同士の経済的等価値関係(以下「金利スワップ契約における価値的均衡」という。)を基礎とする狭義の変動金利リスクヘッジ機能は,十分に果たせないことになると解される。本件銀行の説明においては,この点に関する説明は一般的なものにせよ全くなかったものである。

4(1)  銀行の一般顧客市場での金利スワップ取引の契約は,金融関係の取引所を通さず当事者間で直接の取引がされる相対取引により行われるため,その取引条件(想定元本額,取引期間,基準金利の種類,利率,利払時期等)については,当事者間の合意によって定められるものである。本件各金利スワップ契約も,被控訴人銀行から金融商品としての金利スワップ取引の提案を受けた控訴人会社においては,これを一応検討した上で締結するに至ったはずのものである。

(2)  しかしながら,契約当事者の一方にのみ専門的な情報ないし知識等が存する専門的内容の契約等(以下「専門的性質の契約等」という。)においては,他方当事者は専門知識を有する当事者側から,その契約内容についての適切な説明を受けない限り,同契約を締結すべきか否か自体についてさえも,合理的に判断することはできないのが通常である。特に,その契約の主たる内容が知識を有する当事者からの一方的な提案である場合は,その契約の内容が社会経済上の観点において客観的に正当で,他方当事者の合理的判断下においても同旨の契約がなされたであろうと認められるものでない限り,それによって成立した契約は,内容によっては,社会経済的に不公正であるばかりでなく,法的にも不公正である。

したがって,専門的性質の契約等においては,その知識を有する当事者には,当該契約に付随する義務として,しからざる他方当事者に対し,個々の事例に見合った,また,当該契約の性質に副った相当な程度の説明義務があるとされるものである。

(3)  本件各金利スワップ契約も専門的性質の契約であるところ,控訴人会社は,金利スワップ取引を含む金融デリバティブ商品についての専門的知識は乏しかった(ただし,企業の一般的財務についての知識は十分あったと見られる。)ことは明らかであるから,被控訴人銀行は,金利スワップ取引を,控訴人会社に対して提案,勧誘ないし売り込みをするについては,それ相応の説明義務を果たす必要があったことは明らかである。

しかるところ,本件銀行の説明は,前記認定の事実からすると,金利スワップ契約締結の是非の判断を客観的に左右する可能性のあるいずれも重要な要素である,中途解約時において清算金がどの程度必要とされるのか,先スタート型とスポットスタート型の各利害・得失,さらには契約締結の目的である狭義の変動金利リスクヘッジ機能の効果の判断に必須なスワップ対象とされる金利同士の価値的均衡の観点等からみた固定金利水準等についての説明等がされていなかったなど,全体としてその説明の程度は,控訴人会社において契約締結に際して合理的判断ができない極めて不十分なものであったと言わざるを得ない。

また,本件各金利スワップ契約の固定金利は,契約締結当時に金融界で予想されていた変動金利水準の上昇に相応しない高率であったばかりでなく,控訴人会社の信用リスクに特段の事情も認められないのに,本件a銀金利スワップ契約のそれよりかなり高率なもので,前記金利スワップ契約における価値的均衡を著しく欠くため,通常ではあり得ない極端な変動金利の上昇がない限り,変動金利リスクヘッジとしての実際上の効果がないものであったことは明らかである。

したがって本件各金利スワップ契約は,被控訴人銀行に一方的に有利で控訴人会社に事実上一方的に不利益をもたらす内容のものであって,到底,その契約内容が社会経済上の観点において客観的に正当ないし合理性を有するものとは言えない。

(4)  なお,被控訴人銀行は,「本件各金利スワップ契約は,被控訴人銀行がその固定金利レートを提示した上,顧客である控訴人会社との間の個別具体的な交渉を経た上での合意によって,その内容が決定されて契約締結に至ったのである。」などとして,控訴人会社の自己決定ないし選択によって本件各金利スワップ契約が締結された旨を主張するが,金利スワップ取引は被控訴人銀行が積極的に勧誘,提案したものであり,特に本件各金利スワップ契約における固定金利の具体的利率自体についての協議・交渉はされたことはなく,控訴人会社においては,金利スワップ契約を締結しようとしたときには,その利率の合理的ないし適正な水準等についての知識ないし判断力もないことから,被控訴人銀行による提案をそのまま受け容れざるを得なかったものである。それからすると本件各金利スワップ契約は,講学上の附合契約に類する側面をも有するもので,控訴人会社の上記自己責任が全面的に採用されるべきものではない。

(5)  そして,被控訴人銀行において,本件各金利スワップ契約の締結に当たって,契約に付随する控訴人会社に対する変動金利リスクヘッジに有効な固定金利水準等に関する説明が必要な範囲で行われたときは,控訴人会社においては,その目的とした変動金利リスクヘッジの可能性の不合理な著しい低さ等から,少なくとも本件と同内容の各契約は締結しなかったことは明らかで,その説明義務違反は重大である。したがって,本件各金利スワップ契約は,契約締結に際しての信義則に違反するものとして無効であるばかりでなく,その説明義務の懈怠は,被控訴人銀行の不法行為を構成するものであると解される。

5(1)  一方,控訴人会社は,前判示のとおり金利スワップ契約について本件銀行の説明を受けて,金利スワップ取引の基本構造自体については理解し,本件各金利スワップ契約について,社内で検討して採用を決定したものであることは,前記のとおりであり,さらに,別途,前記のとおり本件a金利スワップ契約(固定金利の利率年1.51%,変動金利TIBORの内容)を締結したり,本件金利スワップ契約2を締結するに当たっては,提案された想定元本を被控訴人銀行の提案額の半額の5000万円に減額したりしている。また,本件提案書で設定された金利水準等ではあるが,個別の利息支払期における固定金利と変動金利の利率差での損益を示すシミュレーションを受けたことは前認定のとおりである。

したがって,控訴人会社は銀行からの実際の自己の借入金の金利と控訴人会社なりに予想した変動金利の利率を代入したシミュレーションをすれば,被控訴人銀行から提案を受けた本件各金利スワップ契約における個々の支払期毎に計算される具体的な損益(支払利息と受取利息の差額金額)を通して,少なくとも本件各金利スワップ契約の全体の損益の概要や,変動金利リスクヘッジの実際の効果の有無をある程度にせよ推測することができたものである。

(2)  また,控訴人会社の規模や訴外Bらの前記経歴等からして,そのシミュレーションを実行したり,想定元本の減額や,固定金利水準の引下げ等の反対提案ないし交渉等をする能力はあったと見られるので,取引条件変更や取引の中止ができた可能性自体はあったところ,控訴人会社においては,それらをしなかったことは弁論の全趣旨から明らかである。また,控訴人会社においては,多額の本件差額金の現実の支払いの必要が明らかになった段階で,本件各金利スワップ契約が実際には不合理なものであったと当然気が付かなければならなかったのに,その支払いを無為に重ねて損害を拡大させた。その原因が,金利スワップ取引の提案が,社会的信用力の絶大なメガバンクである被控訴人銀行から変動金利リスクヘッジに有効な手段であるとして推奨されたため,控訴人会社にとって,本件各金利スワップ契約は当然有益なものであると信じたことにあったとしても,控訴人会社にもその社会経済的地位において軽率な点があったことは否定できない(以下「本件控訴人会社側の責任事情」という。)。

6(1)  以上によれば,本件各金利スワップ契約は,その締結に際して被控訴人銀行に重大な説明義務違反があるため信義則に違反するものとして,無効であるばかりでなく,被控訴人銀行の控訴人会社に対する不法行為として,それによって控訴人会社が被った損害を賠償する義務がある。

(2)  控訴人会社は,被控訴人銀行に対し,本件各金利スワップ契約1に基づいて合計1234万1372円の本件差額金を,また,同契約2に基づいて合計73万9527円の本件差額金(総計1308万0899円)を支払ったことは前記のとおりであるが,本件銀行説明の程度や本件控訴人会社側の責任事情を斟酌すると,控訴人会社の本件における被控訴人銀行に請求できる損害金額としては,本件差額金として支払った合計金額の約4割及び各支払日から提訴日までの遅延損害金を過失相殺として減じた後の残額である790万円及びそれに対する本訴提起の日である平成18年8月29日から支払済みまで,年5分の割合による遅延損害金の支払いを命じる限度とするのが相当である。

(3)  本件各金利スワップ契約の締結に至った前記事実関係等並びに金利スワップ取引自体は,理論的には変動金利による相当額の借入をしている者にとっては金利条件設定が適正であれば,リスクヘッジに有効なものである等のことに照らすと,同各契約における控訴人会社の適合性原則違反の主張,また,同契約自体が,控訴人会社の経済的窮迫,無知等に乗じて締結された公序良俗に反するものであるとか,暴利行為である等の控訴人会社の本件各金利スワップ契約は無効であるとする他の主張はいずれも採用できない。

(本件各金利スワップ契約についての

1  証拠(乙3の1及び2)並びに弁論の全趣旨によれば,控訴人会社の総借入金残高は,平成14年10月末時点で約9億6000万円であり,そのうち約5億円が主力銀行であったa銀行からの借入であったこと,また,平成15年10月末時点の控訴人会社の総借入金残高は約11億円であり,そのうち約4億9000万円が同主力銀行からの借入であって,被控訴人銀行からの借入は約7800万円に過ぎなかったことが認められる。

そして,控訴人会社は,平成15年7月9日に本件金利スワップ契約1を締結した後,平成16年5月25日までの間に,総額3億5000万円の本件6回の短期貸付が被控訴人銀行からされ,平成16年6月25日から平成17年5月6日までの間に合計3億6000万円の本件4回の短期貸付の融資がされ,その第1回貸付日である6月25日に勧誘がなされた本件金利スワップ契約2が上記融資の途中の平成16年6月18日に締結されたこと,さらに平成17年10月31日に本件担保契約が締結されると共に本件4億円の借入がされたことは,前記のとおりである。

2(1)  これらからすると,控訴人会社と被控訴人銀行が本件金利スワップ契約1を締結した平成15年7月9日当時,融資残高等の観点からは,被控訴人銀行が控訴人会社に対して特段優越的地位になかったことは明らかであり,本件6回の短期融資が始められたのは,その後2か月半以上が経過した同年9月29日であることからすると,本件金利スワップ契約1が,その後の融資の条件になっていたとか,被控訴人銀行にその契約の勧誘に関し,優越的地位の濫用があったとまでは認められない。

(2)  また,本件金利スワップ契約2については,合計3億6000万円の一連の貸付である本件4回の短期貸付のころ想定元本1億での金利スワップ取引の提案がされているが,提案された想定元本を控訴人会社は自ら半額に減額したのに融資は順調にされた等の前記取引経過等が示していることによれば,被控訴人銀行は優良企業である控訴人会社との取引を,その主力銀行に並ぶように拡大することを望んでいたことが認められるので,これらのことを総合すると被控訴人銀行側に優越的な地位を不当に利用したとか,不当,違法な方法を用いたとかして,上記契約の締結を強いたようなことがあったとまでは認められない。

したがって,控訴人会社の上記争点に関する主張は採用できない。

(本件担保契約に関する説明義務違反等の主張について)

1  控訴人会社は,本件担保契約(付随の費用負担の合意等を含む)は,「控訴人会社が資金繰りに苦慮していることに乗じて,その内容についての説明もせず,並びに被控訴人銀行の優越的地位を利用して,又は,不当,違法な手段で契約締結ないし不利益な内容を強いた。」等と主張する。

しかしながら,控訴人会社は,足場材を実質約年7ないし8%程度の短期借入で調達していたのを,よりコストの低い長期借入に転換するため,その足場材自体を担保物化(集合動産根担保)して融資を受けることを計画し,被控訴人銀行にその検討を依頼したものであること,これを受けた被控訴人銀行の大牟田支店も,足場材の担保価値の算定等につき結論を得たことから,本件担保契約の内容と,また,一般に金融機関が集合動産担保融資をする場合には,その担保化についての報酬を収受していることから,その担保化に必要な諸費用(担保スキームの相当額のアレンジメントフィー,在庫モニタリング費用等)の説明をしたこと(なお,被控訴人銀行においては,通常,融資額の5%程度をアレンジメントフィーとして徴求していた(証人F)。),それを受けた控訴人会社においては,その担保化費用を前提にしても被控訴人銀行からの融資コストは前記短期融資のそれを下回るか,少なくともそれと見合うもので将来的には足場材の調達コストを軽減することに寄与するものとして,上記計画を進めることとしたこと,そこで,被控訴人銀行は,融資金額及びアレンジメントフィーの具体的金額並びにサービッサー手数料と弁護士費用等を説明し,融資及び担保の各契約書の内容,担保目的物である足場材のモニタリング方法等の打ち合わせを行ったことは前記のとおりである。

2  したがって,本件担保契約等につき,被控訴人銀行における上記アレンジメントフィー等が必要とされることについての説明等が不十分であったとは認められない。また,本件貸付及び根担保契約が,控訴人会社の経済的窮迫や無知に乗じて控訴人会社の一方的不利益な内容で締結された公序良俗に違反するものであるとする等の控訴人会社の主張も採用できない。

(被控訴人銀行の反訴請求について)

1  被控訴人銀行と控訴人会社との間に本件各金利スワップ契約が順次締結されたが,控訴人会社においては,本件金利スワップ契約1については平成18年4月12日から,本件金利スワップ契約2については平成18年3月23日から,いずれも平成22年12月23日までの間の約定の各利息支払期日において発生した別紙別表記載の各差額金(受払金)につき,控訴人会社は被控訴人銀行に対して支払をしていないこと,また,それについての約定遅延損害金の利率は当事者間に争いがない。

2  しかしながら,本件各金利スワップ契約は,被控訴人銀行の同各契約に付随する重大な説明義務の懈怠による信義則違反としていずれも無効と解すべきことは,前判示のとおりであるので,被控訴人銀行の本件各差額金(受払金)の請求は認められない。

第4まとめ

以上によれば,控訴人会社の被控訴人銀行に対する本件本訴各請求は,そのうち790万円及びそれに対する遅滞後である平成18年8月29日から支払済みまで主張にかかる年5分の遅延損害金の請求の限度で理由があるので認容し,それを超える請求は理由がないので棄却すべきである。また,被控訴人銀行の当審における反訴請求は理由がないので棄却すべきである。

したがって,控訴人会社の控訴は一部理由があるので原判決を同控訴に基づいて上記のとおり変更することとし,被控訴人銀行の本件控訴は理由がないので棄却することとする。また,被控訴人銀行の当審における反訴請求は理由がないので棄却することとして,よって,主文のとおり判決する。

なお,仮執行宣言については,本件事案の性質並びに当事者双方の資力等から相当ではないので,これを付さないこととする。

(裁判長裁判官 廣田民生 裁判官 高橋亮介 裁判官塚原聡は,転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 廣田民生)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例