福岡高等裁判所 平成20年(ネ)149号 判決 2009年5月14日
一審原告
X
上記訴訟代理人弁護士
西清次郎
同
板井俊介
一審被告
国
上記代表者法務大臣
森英介
上記指定代理人
早崎裕子<他8名>
主文
一 一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審被告は、一審原告に対し、二七万円及びこれに対する平成一二年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
二 一審原告の控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 一審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は、一審原告に対し、六〇六万九二九三円及びこれに対する平成一二年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 一審被告
(1) 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
第二事案の概要
本件は、a刑務所で服役中の一審原告が、高速面取機(以下「本件機械」という。)を使用した刑務作業中に指先を切断するなどした事故(以下「本件事故」という。)につき、同事故はa刑務所職員の過失ないしは一審被告の安全配慮義務違反により生じたものである旨主張し、主位的に国家賠償法に基づく損害賠償として、予備的に債務不履行に基づく損害賠償として、上記第一の一(2)のとおり請求した事案である。
原審が一審原告の請求の一部(七五万円と遅延損害金)を認容し、その余を棄却したところ、双方が控訴した。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア(ア) 一審原告(昭和○年○月○日生)は、平成一一年三月二四日に懲役一四年の刑が確定し、同年四月二七日にa刑務所に収容され、現在まで服役している者である。一審原告の刑期満了日は、平成二三年一月二七日であり、同日における一審原告の年齢は四四歳である。
(イ) 一審原告は、平成一一年九月二日、a刑務所の第一一工場(木工場。以下「第一一工場」という。)に配置され、同年一〇月二〇日には、本件機械を含む八種類の機械取扱者に指定されて、同工場で刑務作業に従事していた。
イ(ア) 一審被告は、a刑務所を設置し、管理運営している。
(イ) 本件事故当時、第一一工場では、看守部長A(以下「A部長」という。)が担当、同Bが副担当として、第一一工場内の受刑者の身柄碓保、規律維持、作業監督等の任務に当たっていた。
(2) 本件機械について
ア 本件機械は、b株式会社(以下「b社」という。)製のもので、その構造及び各部の名称は、原判決別紙一の図面のとおりである。本件事故当時、第一一工場に設置されていた面取機は本件機械の一台のみで、面取機の機械取扱者に指定されていた受刑者は一審原告を含めて四名であり、一審原告以外の三名が面取機の機械取扱者に指定された時期は、古い順に、C(以下「C」という。)が平成八年一〇月二三日ころ、その余の二名が平成一一年六月二三日及び同年一二月二一日であった。
a刑務所では、折りたたみ棚、和風パソコン机、折りたたみテーブル、踏み台及び作業台等の注文を受けた際に、本件機械を使用しており、一審原告は、本件事故当時、Cとペアを組んで折りたたみ棚製作の作業をしていた。
イ a刑務所では、本件機械の定規の部分に沿って長方形(凸型)状の板(高さ約一〇センチメートル、長さ約八八センチメートル、厚さ約一センチメートル。呼称については争いがあるが、以下では、便宜「調整板」という。)を設置していた。
また、本件機械には、治具として、持ち手の付いた長方形の板が備え付けられていた。
ウ a刑務所が本件機械を導入した際の取扱説明書には、加工材のサイズを制限するような記載はなされていなかったが、b社は、平成七年ころ、製造物責任法の施行を踏まえて、本件機械の取扱説明書を改訂した。
改訂後の取扱説明書には、加工材について、長さ(定規と平行方向。以下同じ。)三〇〇ミリメートル以上で(加工材の長さがこれに達しない場合、加工材が定規に接触する長さが短くなり、加工材が不安定になって刃への接触量が大きくなり、加工材が跳ね返る可能性があることを考慮したものである。)、厚さ六ミリメートル以上一〇〇ミリメートル以下、幅(定規と垂直方法。以下同じ。)五〇ミリメートル以上のものを切削するよう記載され、また、反りのある加工材は跳ね返りの原因となるから、使用してはならない旨が記載されていた。
ただし、第一一工場内には上記取扱説明書は備え付けられていなかった。
(3) a刑務所における刑務作業についての安全教育等
ア a刑務所では、木工、印刷、洋裁、金属といった各専門分野を担当する六名の作業専門官(技官)が勤務していたが、木工場である第一一工場と第二一工場には、木工の専門資格を有するD(以下「D技官」という。)及びE(以下「E技官」という。)の二名が配属されていた。
イ a刑務所の各舎房には「就業者作業安全衛生心得(乙二一)が備え付けられており、同心得「第三 工作機械作業の安全衛生心得」の六項「面取り盤作業の心得」の(5)には、「材料を曲線に切削するときや小さな材料を切削するときは、治具や押え木を使用すること」と記載されていた。
また、第一一工場の中央付近には、原判決別紙四の「安全第一」及び「安全十訓」が掲示されており、本件機械の直近には、同別紙五の「安全心得(面取り機)」が掲示され、「小さな材料を切削するときは治具や押え木を使用すること」(以下「本件注意事項」という。)と記載されていた。
ウ 一審原告は、第一一工場に配置された平成一一年九月二日、E技官から、原判決別紙二の「作業安全教育指示票」(作業上の一般的な安全衛生の基本心得を教育するもの)を読み聞かせられ、本件機械その他の機械取扱者に指定された同年一〇月二〇日には、同技官から、本件機械につき、原判決別紙三の「作業安全教育指示票」(「面取り盤」の操作についての安全教育)を読み聞かせられた。同指示票の三項には本件注意事項が記載されているところ、E技官は、上記読み聞けの際、いかなるサイズのものが「小さな材料」に該当するかについて、数値を用いた説明はしなかった。
なお、上記指定に伴い、一審原告に対し、本件機械に関する実技指導がなされたか否かについては当事者間に争いがある。
(4) 本件事故について
ア 一審原告は、平成一二年一月一二日、第一一工場において、本件機械を使用して面取作業(加工木材の角のとがった部分を切削する作業)に従事していた。
一審原告が、本件機械により、木材(折りたたみ棚の柱材で、長さ約四五ミリメートル、幅約一二二センチメートル、厚さ約二〇ミリメートル。以下「本件木材」という。)の両端の切り口部分の面取作業中、手が滑り、左手中指及び同薬指を負傷した(左中指挫創及び左環指指尖部切断)。
イ 一審原告は、本件事故当日、d機能病院で手術(代用皮膚貼付処置・植皮後縫合処置の実施)を受けたほか、同月一八日、同月二五日及び同年二月一日に同病院に通院し、同病院での治療を終えた。また、一審原告は、本件事故当日から同年二月一四日にかけて、a刑務所内において患部の消毒等の措置を受けたが、それ以降は特に具体的な医療措置はなされていない。
ウ 一審原告は、平成一二年一月一九日及び同月二一日の二回にわたり、a刑務所において、本件事故に関する作業安全義務違反の有無及び程度につき取調べを受け、一審原告の弁解内容につき供述調書(以下「本件供述調書」という。)が作成された。
(5) 一審原告は、平成一七年四月二〇日、熊本簡易裁判所に本訴訟を提起したところ、同裁判所は、民事訴訟法一八条に基づき、熊本地方裁判所に移送した。
(6) 一審被告は、原審第四回口頭弁論期日において、一審原告の主位的請求につき消滅時効を援用する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
二 争点
(1) 本件事故につきa刑務所の職員の過失ないし一審被告の安全配慮義務違反が認められるか否か。
(一審原告の主張)
ア 本件機械の取扱いに関する説明や実技指導を怠った過失
(ア) 一審原告は、平成一一年一〇月二〇日に本件機械の機械取扱者に指定された後もしばらくの間は、本件機械を実際に使用して作業したことはなく、本件機械を初めて使用したのは本件事故前日の平成一二年一月一一日であった。
一審原告は、a刑務所の職員から、本件機械の危険性等について説明を受けたことはなく、実技指導も受けないまま、他の熟練受刑者の見よう見まねで本件機械の作業に従事せざるを得なかったものである。本件機械の機械取扱者に指定されたころにも、本件機械の作業方法や手順を教示されたことはない。
(イ) 一審被告は、本件注意事項のとおり指導していた旨主張するが、そもそもどのようなものが「小さな材料」に該当するかについて具体的な説明がなされていなかったのであるから、同主張は失当である。
また、a刑務所の職員は、シリコンスプレーを本件機械の定盤上に塗布することによる危険性や、シリコンスプレーを使用する際の具体的な使用量について説明をしておらず、b社が発行している取扱説明書を一審原告に読ませて、その内容を理解させることもなかった。
イ 本件機械による作業に適しない木材の加工を行わせた過失
本件事故当時、一審原告が本件機械を用いて作業を行っていた本件木材は、長さにおいてb社が本件機械による加工に適した木材の規格(長さ三〇〇ミリメートル以上)を逸脱している上、幅においても、本件機械の定盤上から九〇センチメートル(全体の七五パーセント以上)の部分がはみ出し、しかも反り返った状態のものであったのであるから、本件機械による作業に適しないものであった。しかるに、a刑務所の職員は、これらの点を顧みることなく、一審原告に本件木材の加工を行わせたものである。
ウ 本件機械を不法に改造した過失
a刑務所の職員は、b社の指導を仰ぐことなく、本件機械の前定規、後定規の前面及び間隙を覆う調整板を取り付け、本件機械を不法に改造した。
(一審被告の主張)
ア 本件事故は、一審原告が作業上の指導に反して、潤滑油であるシリコンスプレーの塗布により作業台等が滑りやすい状態になったにもかかわらず、あえて治具を使用せず、本件機械の回転刃からわずか数センチメートルの近接した位置で、本件木材を左手で押さえながら、回転刃の方向に向かって力を加えるという無謀な方法で作業を行ったことにより発生したものであり、専ら一審原告の過失に起因するものである。
a刑務所の職員に過失はないし、一審被告の安全配慮義務違反もない。一審原告の主張に対する反論は以下のイないしエのとおりである。
イ(ア) E技官は、平成一一年九月二日に、一審原告に対し、作業安全教育指示票により、作業時の服装、保護具の取扱い、作業時の遵守事項等一般的な安全衛生教育を行った。また、E技官は、一審原告が同年一〇月二〇日に本件機械等の機械取扱者に指定されたことから、同日、作業安全教育指示票に基づく本件機械の操作要領等を指導した。さらに、D技官は、翌二一日ころ、一審原告に対し、実際に本件機械を使用して、作業方法、手順等を教示した。
(イ) a刑務所では、新たに機械取扱者に指定された者は、技官らの指示の下で、当初は熟練受刑者と二人でペアを組み、熟練受刑者の作業を補助しながら順に各機械の具体的使用要領を習得することとされていた。そして、本件機械についても、通常は、機械取扱者として指定を受けた時から一月以内に最低五、六回は実際にこれを使用して作業を行っており、概ねそのころには、大半の者が単独で機械の取扱いができるようになっていた。
一審原告も、平成一一年一一月下旬ころまでに少なくとも五、六回程度は実際に本件機械を使用した経験を有し、本件事故当時、単独で本件機械の操作を行っていたものである。
(ウ) また、a刑務所では、刑務作業の時間中、技官らが担当の工場内を終始巡回しながら、必要に応じて個別の受刑者に対する実技指導を行っていたものであり、日々の実技指導を熟練受刑者任せにしていたというような事実はない。とりわけ、新たに機械取扱者に指定された者に対しては、技官らが特に注意を払って指導していたものであり、一審原告に対しても継続的に十分な実技指導が行われていたものである。
(エ) 本件機械を使用する際には、潤滑剤としてシリコンスプレーが用いられていたが、これを塗布すると作業台等が滑りやすくなることから、技官らは、作業中にシリコンスプレーを塗布しすぎているのを見かけた際には、手などが滑らないように指導していた。
(オ) 本件機械の取扱説明書に記載された内容については、技官らが実技指導等の際に口頭で一審原告に説明していた。そもそも、本件機械の取扱説明書を各受刑者に閲読させるという方法で指導を行うべき義務などないというべきである。
ウ 本件機械の取扱説明書の記載は、様々な加工方法を想定した上で一般的に安全と考えられる基準ないし目安として記載されているものであって、当該基準に当てはまらない大きさの木材を加工することが直ちに危険な行為になるものではない。特に、a刑務所では、本件機械の定規部分に、回転刃の露出範囲を調整することで手などが回転刃に接触することを防止する装置である調整板を取り付けていたこと、木材の一辺のみの角取りができる薄刃を使用しているため、反発や跳ね返りの危険が減少されていたこと及び治具の使用を指導していたことから、上記基準と異なる木材の加工を行っても危険であるとはいえない。
エ 一審原告が不法な改造と指摘する調整板は、回転刃への手指の接触を予防する目的であえて設置したものであり、事故を防止するための独自の工夫であって、何ら非難されるべきことではない。もとより、これにより作業上の危険性が増すなどということはない。
(2) 本件事故によって一審原告が受けた損害
(一審原告の主張)
ア 後遺障害逸失利益(三八六万九二九三円)
一審原告は、本件事故により、左手薬指先を切断したが、現在も痛みが継続し、指先が曲がらないという障害が残っている。この障害は、後遺障害等級第一四級に該当する。
一審原告は、本件事故当時三三歳であり、基礎収入を男性平均賃金の四七七万九〇〇〇円、労働能力喪失率を五パーセント、労働能力喪失期間を三四年(これに対応するライプニッツ係数は一六・一九二九)として後遺障害逸失利益を算定すると、下記のとおり三八六万九二九三円となる。
(計算式) 4,779,000×0.05×16.1929=3,869,293
イ 傷害慰謝料(五〇万円)
ウ 後遺障害慰謝料(一一〇万円)
エ 弁護士費用(六〇万円)
本件訴訟は、一審原告の再三にわたる診療請求や、正当な後遺障害の認定請求をa刑務所の職員が長年にわたり放置して対処しなかったために、弁護士に依頼して、やむを得ずに提起したものであるから、本件訴訟に要した弁護士費用も、本件事故におけるa刑務所の職員の不法行為と密接に因果関係を有する損害であって、一審被告がその全額を負担すべきである。
(3) 過失相殺
(一審被告の主張)
本件事故は、一審原告の過失により発生したものであるから(前記(1)の一審被告の主張ア)、仮に一審被告側に何らかの過失があるとしても、一審原告の過失に見合う大幅な過失相殺がなされるべきである。
(一審原告の主張)
シリコンスプレーの使用は、本件機械の操作に不可欠であり、それ自体が一審原告の過失となるものではない。また、治具は、作業効率向上のためのものであって、その不使用が危険に結び付くものではないし、一審原告は、本件事故時までに、a刑務所の職員から治具を使用しなければならない加工材のサイズを具体的に指導されたことはなく、本件事故当日も、a刑務所の職員から、本件木材について治具の使用を指示されることはなかった。
(4) 消滅時効(国家賠償法に基づく損害賠償請求に関して)
(一審被告の主張)
本件事故は平成一二年一月一二日に発生したものであるところ、一審被告に後遺障害が発生していないことは明らかである。また、仮に何らかの後遺障害が発生したとしても、本件事故による負傷の症状固定日は、治療が終了した平成一二年二月一四日とするのが相当である。
そうすると、いずれにしても一審原告の国家賠償法に基づく損害賠償請求については、消滅時効が完成していることになる。
(一審原告の主張)
一審原告は、本件事故により後遺障害を負ったものであり、その旨の診断を受け、一審原告がこれを認識したのは平成一九年八月二三日であるから、未だ消滅時効は完成していない。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点(1)について
(1) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
ア 本件事故当時、一審原告が配置されていた第一一工場では、本件機械を含め、二〇台から三〇台程度の機械が設置され、これらの機械を使用して木製品、木製家具の製造が行われており、一審原告を含めて三〇名程度の受刑者が刑務作業に従事していた。
イ(ア) a刑務所においては、受刑者に対して特定の機械につき機械取扱者の指定をするについては、工場担当の上申を受けて、統括矯正処遇官以上の職員で構成される分類審査会が最終的な判断をするものとされていた。
(イ) 本件事故当時、第一一工場に配属された受刑者のうち八割程度の者が何らかの機械につき機械取扱者の指定を受けていたが、通常の流れ作業を行う受刑者については使用する機械が限られており、機械取扱者の指定を受ける機械も一ないし三種類程度であることが多く、これらの者は長年にわたって同じ作業に従事することが多かった。これに対し、全国の矯正展で即売会を行う際に出品される製品(以下「見越し製品」という。)の製作は、通称「大工班」と呼ばれる受刑者の集団が担当しており、これらの作業を担当する受刑者については、一〇種類前後の機械につき機械取扱者の指定がなされることが多かった。大工班の班員は、受刑者の中でも手先が器用で作業効率が良いと認められる者が選別されていた。
(ウ) 一審原告については、A部長が平成一一年一〇月一四日に面取機を含む八種類の機械取扱者の指定を行うことを分類審査会に上申し(A部長がこのような上申をしたのは、面取機を含む一三種類の機械につき機械取扱者の指定を受けていたFが平成一一年九月一日にボール盤で作業事故を起こし、同月一〇日ころに上記指定を取り消されたことを受けて、その補充を図ったものであり、一審原告が二級建築技能士の資格を有していること等が考慮された。)、同月二〇日に、上申どおりの機械取扱者の指定がなされ、大工班に所属することになった。なお、当時、大工班の班員として同程度の機械につき機械取扱者の指定を受けていたのは、一審原告を含めて四名程度であった。
ウ(ア) a刑務所では、① 受刑者が入所する際に、法務省矯正局編の「就業者作業安全衛生心得」と題する冊子(乙二一)を交付して、安全衛生教育を実施し、また、② 受刑者が各工場に配置される際にも、「作業安全教育指示票」と題する書面(乙三)を示しながら、安全衛生の基本心得につき教育がなされているが、同書面の内容は原判決別紙二のとおりであり、安全衛生態度の心得として、「手抜きや危ない方法で作業しないように、お互いに注意し合うこと」、「危険を感じたり、無理と思ったときは押し通さないこと」等の一般的な注意事項が記載されている。また、③ 個別の機械につき機械取扱者の指定を受ける際にも、当該機械に関する個別の注意事項が記載された「作業安全教育指示票」を示しながら、その内容につき口頭での説明がなされ、その後に実技に関する指導が併せて行われていた。
なお、③の口頭での説明と実技指導は同じ技官が担当することが多かったが、本件事故当時は、E技官の経験が浅かったために、③の口頭での説明をE技官が、実技指導をD技官が担当していた。D技官は、本件事故当時、第一一工場、第二一工場のほか、職業訓練のための工場として、建築、左官の工場も受け持っていた。
(イ) 一審原告に対しても、上記(ア)の①及び②の教育が行われ、同③の教育については、口頭での説明をE技官が担当し、実技指導をD技官が担当することになった。上記口頭での説明は、一審原告に対する機械取扱者指定の日である平成一一年一〇月二〇日に行われた。E技官は、面取機に関する「作業安全教育指示票」(乙五)を示しながら、同書面に記載された注意事項を口頭で説明をした。同書面の内容は原判決別紙三のとおりであるが、面取機に関する注意事項として、本件注意事項のほか、「削り終わりは手が材料から離れ易いので右手でしっかり押え、手が滑らないようにゆっくりと送ること」、「材料の押し始めは危険なので、しっかりと身構え、押し終わり、節、堅いもの等はゆっくり送り、跳ね返りや欠けの飛んだりしないように無理に押さないこと」等が記載されている。E技官は、「小さな材料」の意味について、数値を示すことはなかったが、面取機に備え付けられている「送りローラー」と呼ばれる装置(面取を行う材料を自動的に送る装置)では送ることができない程度の大きさのものを指すという趣旨の説明をし、このような材料については、治具を使用するように指導した。
エ 熊本刑務所では、受刑者が行う作業の種別に従って「班」が構成され(上記イのとおり一審原告は「大工班」に所属していた。)、リーダーとなる受刑者が指名されていたが、通常の流れ作業を行う受刑者は、刑務所職員から指定された作業場において、特定の機械を使用して作業を行っていた。これに対し、「大工班」の班員は、見越し製品の製作工程の主要な部分を担当しており、その日の現場の状況によって作業内容も異なるため、使用する機械の割当てや作業手順等については、基本的に、「大工班」のリーダーに指名された受刑者の判断に委ねられていた。
オ 一審原告は、本件事故が起きた際には、見越し製品である折り畳み棚の製作工程に従事しており、その材料となる木材(本件木材)の両端の切り口部分(長辺約四五ミリメートル、短辺約二〇ミリメートルの長方形部分)の面取りを行っていた。当初は、治具を用いて作業を行っていたが、うまく面取りができなかったために、シリコンスプレーを作業台に塗布したり、材料を裏返したりするなど、試行錯誤を重ねるうちに治具を使わずに面取作業を行うようになった。そして、本件機械の回転刃の正面に立ち、両手で本件木材を押さえながら回転刃の方向にわずかに力を入れていたが、本件木材の左側が定盤から少し離れていた(隙間が生じていた)ために、隙間が生じないように本件木材の先端(回転刃に向けた側)から五ないし一〇センチメートルほどのところを左手で上から押さえつけながら、回転刃の方向に向かってわずかに力を入れたところ、左手で押さえていた上記部分にシリコンスプレーが付着していたために、左手が前方に滑り、左手の中指及び薬指を回転刃に接触させて負傷した。
(2) ところで、一審原告は、本件機械について実技指導を受けたことはなく、機械取扱者として熟練した受刑者の見よう見まねで操作を覚えたものであり、かつ、本件機械を初めて使用したのは本件事故の前日であった旨主張するのに対し、一審被告はこれを争っている。この点は、a刑務所の職員ないし一審被告の責任の有無及び程度を判断する上で極めて重要な点であるので、以下、個別に検討する。
ア 一審原告に対する本件機械についての実技指導の有無
(ア) この点については、それが実施されたことを裏付ける客観的な資料はない。しかし、a刑務所における受刑者に対する刑務作業上の安全衛生教育のシステムは前記(1)ウ(ア)のとおりである。特に、機械取扱者の指定をする際の教育についていえば、当該機械についての口頭での説明と実技指導が必ず実施されることとされていたものであり、一審原告に対しても、E技官による口頭説明がなされた翌日ころに、D技官による本件機械についての実技指導がなされたものと認められる。
(イ) もっとも、D技官は、本件機械について二〇分程度の時間をかけて実技指導を行った旨供述するところ、その程度の時間での実技指導で十分なものといえるかどうかも問題ではあるが、その点はひとまず措くとして、同供述によると、単純に合算しても、八種類の機械全体では一六〇分の実技指導をした計算になる。しかし、同技官がそれ程までに時間をかけて一審原告に対する実技指導をしたとはにわかに信じ難く、また、本件機械について特に重点的に指導したとも窺えない。
そうすると、D技官による本件機械についての実技指導がなされたこと自体は認められるものの、その所要時間や指導の内容等、実技指導の実体は必ずしも明らかではないものというほかない。
イ 一審原告が本件機械を操作したのは本件事故日の前日が初めてか。
(ア) 前提事実(4)ウのとおり、本件事故に関する一審原告の取調べが二回にわたり行われ、その結果が本件供述調書として作成されているところ、同調書には、一審原告が本件機械の機械取扱者に指定されてから本件事故までの間に、本件機械をどの程度使用し、あるいはどのような使い方をしてきたかにつき何ら記載がなく、他方で、「当日、私がやっていた作業は前日から引き続いてやっていたもので、」、「今回の作業の工程は初めてのものでした」と記載され、また、一審原告が本件機械を使用してうまく面取りをすることができずに試行錯誤する様子が詳細に録取されている。そうであれば、本件木材と同様の折りたたみ棚の柱材につき面取作業をしたのは、本件事故の前日が初めてであったことが認められる。
(イ) しかし、上記認定を越えて、本件機械の取扱者指定を受けた後も、本件事故日の前日に操作するまで、本件機械を操作したことがなかったとする一審原告の主張及び供述を採用することはできない。その理由は以下のとおりである。
(あ) 一審原告の主張のとおりであるとすると、本件供述調書にも端的に「本件機械を操作するのは前日が初めてのことでした」と記載されて然るべきであるにもかかわらず、そのような記載にはなっていない。そればかりか、「日ごろの職員の方の指示に従い、最初から本格的に加工するようなことはせず、まず、一本を試しに加工してみるのです。そして、試しに加工したものと見本とを見比べてみて、削り具合などに違いがないかを確認したのち、本格的に材料の加工を始めるのです」、「この柱の切り口のように寸法の小さいものについては、一本づつ加工するよりは、三本ほどを一まとめにして加工した方が安定感があるので、日ごろから、そのようにしていました」などという供述記載があるのであって、これらは、一審原告がかねて本件機械を操作して面取り作業をしたことがあるものと読み取れる内容である。
(い) この点について、一審被告は、一審原告を本件機械の機械取扱者に指定したのは、その時点で面取作業をする受刑者が必要であったからであり、とりわけ、上記指定をした時点では、本件機械の使用が不可欠である見越し製品の製作に追われていたからこそであって、このような経緯にかんがみれば、一審原告は、本件機械の機械取扱者の指定を受けた後間もなく実際にこれを使用していたはずであると主張するところ、同主張は相応の合理性があるものということができる。
(う) 一審原告は、本件機械についての実技指導を受けないまま、他の熟練受刑者の見よう見まねで面取り作業に従事せざるを得なかった旨主張するけれども、一審原告に対しては、D技官により、本件機械の実技指導がなされているものと認められることは上記アのとおりである。そうであれば、本件機械の操作日についての一審原告の供述についてもそのまま信用することはできない。
ウ 以上のとおり、一審原告に対して本件機械の実技指導がなされなかったとか、一審原告が本件機械を操作したのは本件事故日の前日が初めてであったなどという一審原告の主張はいずれも採用できない。
しかしながら、D技官による実技指導が時間的にも内容の面でも十分なものであったと断ずることはできず(上記ア(イ))、また、下記のとおり、その後の実際の作業を通じての一審原告の習熟度も必ずしも十分なものであったとは認め難い。
(ア) 一審原告は、平成一一年一〇月二〇日、同時に八種類もの機械につき機械取扱者の指定を受けたものであるところ、それから本件事故発生まで二か月余しか経っていないのであるから、いずれの機械についてもこの短期間のうちに十分習熟するなどということはおよそ考え難い。もっとも、本件機械の操作は比較的単純なものであるというのであるから、仮に、一審原告が、この間、集中的に本件機械の操作(面取り作業)に従事していたとすれば、それなりに習熟することができた可能性もないとはいえないが、大工班の特長及びその実情(前記(1)エ)に照らせば、同班に所属している一審原告が専ら本件機械の操作のみに従事していたとは考え難く、また、第一一工場に面取機は本件機械一台しかなく、しかも、面取機につき機械取扱者の指定を受けていた者は一審原告以外にも三名いたというのであるから、その面からしても、一審原告が専ら本件機械の操作のみに従事していたとするのは不合理である。
(イ) 現に、一審原告は、自分勝手な試行錯誤を繰り返しながら本件機械を操作し、本件事故を惹起しているところ、本件事故直前の操作方法は危険極まりないものであって、このことからしても、一審原告が本件機械に通じていたとは到底いえない。
(3) 前記(2)で見たところを前提として、a刑務所職員の過失の有無について検討する。なお、一審原告は、当審での第二回弁論準備手続期日において、本件機械を初めて操作したのは本件事故日の前日であるということを前提としない形で一審被告側の過失を主張することは考えていない旨表明しているところ、その前提が認められないことは前記(2)イのとおりであるが、そのことの故に以下の検討が不要であるとか、弁論主義に違反するなどということにはならない。
ア 一審原告は、八種類の機械につき機械取扱者の指定を受けた日に、これらの機械すべてについて「作業安全教育指示票」による口頭での指示説明を受け、その翌日ころに実技指導を受けたものであるが、実技指導を担当したD技官のa刑務所における職務内容(前記(1)ウ(ア))等に照らすと、同技官において、八種類の機械の一つ一つにつき、時間をかけて細やかな指導をしたとは考え難いところである(D技官は、本件機械について二〇分程度の時間をかけて実技指導を行った旨供述するところ、同供述をそのまま信用することができないことは前記(2)ア(イ)で見たとおりであるが、仮に二〇分程度の時間をかけたとしても、それで本件機械の実技指導として十分であるかは大いに疑問である。)。
また、そもそも、第一一工場の「大工班」の班員は、それ以外の受刑者とは異なり、数多くの機械を取り扱うことになる(しかも、それについては、刑務所側の要請によるところが大きいことが窺われる。)のであるから、a刑務所の職員としては、機械の不慣れが原因で班員が事故を起こすことがないように、特に注意して指導監督すべき義務があるというべきである。
イ しかるに、a刑務所では、「大工班」の班員が機械取扱者の指定を受けた一〇種類前後の機械をいつ初めて使用し、その後どのような頻度でこれらの機械を使用しているのかを把握できる体制にはなっておらず、上記班員が使用する機械の割当てや作業手順等については、基本的にリーダーに指名された熟練受刑者の判断に委ねられていたというのである。
しかも、機械取扱者の指定に伴う口頭説明及び実技指導をした以後は、D技官とE技官が工場を巡回し(証人Aによれば、日によって異なるが、大体、午前・午後各五回程度であるという。)、その都度必要な指導をすることにとどまっていたものであるところ、その巡回指導の頻度や一回毎にかける時間及びその具体的な指導内容が必要かつ十分なものであったとも言い難い(現に、一審原告は、本件事故当日、それなりの時間をかけて、自分勝手な試行錯誤を繰り返していたのであるが、その間、D技官らから何らの注意や指導も受けていないことが明らかである。)。
ウ そうすると、a刑務所の職員による機械取扱者の指定を受けた受刑者に対する指導(とりわけ実技指導)体制が全体として十分なものであったとは到底いえない。そして、そのことは一審原告に対する本件機械の使用に関する安全指導についても同様であり、a刑務所の職員にはこの点において過失があったものというべきである。
(4) なお、一審原告は、このほかに、(ア)本件機械による作業に適しない木材の加工を一審原告に行わせた過失、(イ)本件機械を不法に改造した過失、(ウ)a刑務所職員の説明義務違反等を縷々主張するが、いずれも採用することができない。
ア 上記(ア)について
この点に関しては、その前提として、一審原告が本件事故当時に面取りを行っていた本件木材が反りのあるものであったか否かが問題となるが、「木材が反り返っていたため、それを押さえるために、左手を回転刃に近接した部分に置いた」とする一審原告の説明は合理的なものであり、この点の供述はa刑務所職員が作成した報告書や証人Dの証言とも合致することからすれば、本件木材には反りがあったものと認められる。もっとも、本件木材がもともと反りのある材質・形状であったとは認め難く、また、D技官において、反りのある木材については使用を止めるように指導していたことが認められることからすれば、本件木材の反りの程度はそれ程顕著なものであったとは認め難く、その程度の反りがあったことを看過したことをもって、a刑務所職員に過失があったとまではいえない。また、本件木材のサイズに関する主張についても、一審被告が本件機械を購入した際の取扱説明書には、使用する木材のサイズ制限に関する記載はないし、a刑務所で予定されていた正規の使用方法に沿って作業をしてさえいれば、本件木材の面取作業をさせたとしても、本件事故のような作業事故が発生するとは通常考え難いから、同主張は採用できない。
イ 上記(イ)について
一審被告は、本件機械を操作する受刑者の安全に配慮して、本件機械に調整板を取り付けたものであり、現に意図したような効果があるものと認められる(少なくとも、これにより、事故発生の危険性が高まったとは認め難い。)から、そのような改造をしたこと自体を違法とする一審原告の主張は採用できない。
ウ 上記(ウ)について
「小さな材料」の意義については、前記(1)ウ(イ)のとおりE技官から説明しているところ、その程度の説明で足りるものというべきである。また、シリコンスプレーを塗布することによる危険性に関する説明ないし指導内容については、技官の巡回の際などに、シリコンスプレーの使い過ぎは危険である旨の指導がなされていたことが認められ、その点の指導が不十分であったとはいえない。さらに、a刑務所職員ないし一審被告において、b社の取扱説明書を一審原告に読ませるべき注意義務まで負っていたとは解されない。
したがって、この関係の一審原告の主張はいずれも採用できない。
(5) 以上のとおり、a刑務所職員には、本件機械の使用に関する安全指導を十分に行わなかった過失があったものである。そして、本件事故は一審原告が本件機械の使用方法につき自分勝手な判断に基づく危険な試行錯誤を重ねる中で生じたものであるところ、このような危険な試行錯誤をしたことについては、上記過失が影響していることは否定できないから、上記過失と本件事故発生との間には相当因果関係が認められる。
二 争点(2)について
(1)ア 《証拠省略》によれば、一審原告は、本件事故当日(平成一二年一月一二日)、d機能病院において、代用皮膚貼付措置及び植皮後縫合処置を受け、同月一八日、二五日及び同年二月一日に同病院に各通院し、同日に抜糸を受けて同病院での治療を終えたこと、a刑務所においても、同月一四日までの間は医療措置を受けており、同日には「曲げ伸ばし」の訓練をするように指示されていること、同日以降は本件事故による負傷につき医療措置を受けていなかったが、平成一四年七月二日に、一審原告が、a刑務所の医務課長に対し、本件事故による負傷につき、「その後病状は固定しているものの到底完治とは言い難く、現在迄数回診察をお願いしてきましたが、その度に拒絶されております。私は現在後遺症に対する補償請求を検討しており、貴課に於ては正当な職務の履行を成す可く要請する。」旨の願箋を提出したことを受けて、a刑務所は、平成一四年七月一五日に、c病院付属病院から整形外科医を招へいし、一審原告に同医師の診察を受けさせたことが認められる。
イ また、証拠(鑑定、一審原告)によれば、一審原告は、自覚症状として、左手薬指先の疼痛や、動作の不自由等を訴えていたところ、左手薬指の疼痛は指神経断端が第一関節に癒着していることが原因であると考えられること、同指の第一関節には運動制限(伸展-10°、屈曲50°)が存在し、指尖部にも知覚低下(健常の一〇分の二)の障害が存在すること、左手薬指の長さが右手のそれに比べて若干短くなっており(左手六・六センチメートル、右手七・〇センチメートル)、爪にも変形がみられること、以上の事実が認められ、これによれば、一審原告には、局部に神経症状を残す後遺障害(労働者災害補償保険法施行規則別表第一、一四級九号)が存在するものと認められる。
(2) 以上の認定事実を前提として、一審原告が本件事故によって受けた損害額について検討する。
ア 後遺障害逸失利益
一審原告は、前提事実(1)ア(ア)の受刑前に、宝石・貴金属等の販売業等を営んでいたことが窺われるものの、これによりどの程度の収入を得ていたのかなど、その詳細が証拠上明らかでなく、したがって刑務所出所後にどの程度の求職期間を経てどのような職業に就くことができる蓋然性があるのか、就職できた場合にどの程度の収入を得られる蓋然性が高いかを推認するのが困難であるほか、一審原告の後遺障害は、局部の神経症状であり、緩解の見込みが全くないとは言い難く、その点では不確定要素が存するから、後遺障害喪失期間は症状固定日から一〇年程度とするのが相当であるが、後記四のとおり、証拠上一審原告の後遺障害の症状固定日は特定し難いこと等を考慮すると、後遺障害に伴う逸失利益の有無及び額を算定するのは極めて困難であるというほかはない。
そうであれば、一審原告の後遺障害による損害については、一括して後遺障害慰謝料において評価することとするのが相当である。
イ 慰謝料
(ア) 本件事故による傷害の内容及び程度並びに上記(1)アの治療経過に照らすと、傷害慰謝料は一〇万円とするのが相当である。
(イ) 一審原告の後遺障害の内容及び程度その他上記アの事情等、諸般の事情を総合的に考慮すると、後遺障害慰謝料は一〇〇万円とするのが相当である。
三 争点(3)について
上記一(1)オで認定したとおり、一審原告は、本件事故の際、本件木材の上面がシリコンスプレーで滑りやすくなった状態であったにもかかわらず、本件機械の回転刃からわずか五ないし一〇センチメートルほどのところに左手を置き、しかも、そのような状態でわずかとはいえ回転刃の方向に向かって力を入れたものであって、このような使用方法は、常識的に考えても、治具を使用するか否かに関わらず、極めて危険性の高い行為であるというべきである(それが、E技官からなされた本件機械の使用に当たる注意事項に反することは明らかである。)。
そうであれば、一審原告の上記過失が本件事故を招いた最大かつ直接的な原因であるというべきであって、本件事故発生に関する一審原告の過失割合は極めて大きいといってよい。
一審原告の上記過失の内容及び程度と上記一で既に検討したa刑務所職員のそれとを比較すれば、本件事故発生につき責任を負担すべき割合(過失割合)は、一審原告が八割、一審被告(a刑務所の職員)が二割とするのが相当である。
四 争点(4)について
上記二(1)アで認定した一審原告の治療経過によれば、一審原告の後遺障害は、平成一四年七月一五日までの間に症状が固定したことは明らかであるが、それ以上の特定をすることはできないものというべきである。
この点について、一審被告は、仮に一審原告に後遺障害が存するとしても、その症状固定日はa刑務所での治療が終了した平成一二年二月一四日とすべきである旨主張するが、一審原告は、同日に医師から、「曲げ伸ばし」の訓練をするように指示されているのであって、その時点では、未だ症状固定には至っていなかったものとみるのが相当である。そして、一審原告は、これ以降は平成一四年七月一五日まで医師の診察を受けていないのであるから、正確な症状固定日を認定することはできず、結局のところ、消滅時効との関係では、「遅くとも平成一四年七月一五日までには症状が固定していた。」という限度で認定するほかはない。
他方、一審原告は、平成一七年四月二〇日には本件訴訟を提起しているのである(顕著な事実)から、消滅時効は完成していないことになる。
五 本件事案の概要、争点の内容、上記二の損害額その他本件で現れた一切の事情を総合すると、本件において相当因果関係が認められる弁護士費用は、五万円とするのが相当である。
六 結論
以上によれば、一審原告の請求は、二七万円〔=(一〇〇万円+一〇万円)×〇・二+五万円〕及びこれに対する本件事故日である平成一二年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから、この限度でこれを認容し、その余は理由がないものとして棄却すべきである(既にみたところによれば、予備的請求である債務不履行に基づく損害賠償請求であっても、認容額が上記の額を超えることはない。)。これと結論を異にする原判決は変更を免れず、一審被告の控訴は上記の限度で理由がある。他方、一審原告の控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西理 裁判官 鈴木博 堂薗幹一郎)