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福岡高等裁判所 平成20年(ネ)178号 判決 2008年7月09日

佐賀県●●●

控訴人

●●●会社

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

桑原貴洋

京都市下京区七条御所ノ内中町60番地

被控訴人

株式会社ロプロ

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

●●●

●●●

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人に対し,480万4068円及びこれに対する平成18年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

3  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,1034万5775円及びこれに対する平成18年8月24日から支払済みまで年2割1分の割合による金員並びに平成19年3月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成19年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

第2事案の概要(略称等は原判決の例による。)

1(1)  本件は,貸金業者である被控訴人との間で手形貸付取引契約を締結し,継続的に金銭の借入れ及び返済を繰り返してきた控訴人が,被控訴人に対し,①控訴人は,被控訴人に対し,利息制限法1条1項所定の利息の制限額(以下「利息の制限額」という。)を超える利息等を支払っており,上記制限額を超える部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が生じており,被控訴人はこれによって年1割5分以上の割合による運用利益を得る一方,控訴人は同割合による損害を被ったと主張し,不当利得返還請求権に基づき,(ア)過払金,(イ)これに対する過払金発生の日から最終取引日の平成18年8月23日まで,被控訴人の運用利益又は控訴人の損害(いずれも過払金に対する年1割5分の割合によるもの)及び商事法定利率年6分の割合による民法704条前段所定の利息(以下「法定利息」という。上記の運用利益又は控訴人の損害と合わせると,年2割1分の割合となる。),(ウ)上記(ア)と(イ)の合計額1034万5775円に対する最終取引日の翌日である同月24日から支払済みまで上記の年1割5分の割合による運用利益又は損害と商事法定利率年6分の割合による法定利息,(エ)上記(ア)と(イ)の合計額に対する訴状送達の日の翌日である平成19年3月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②被控訴人は,制限超過部分の支払請求権がないにもかかわらず,控訴人に対し架空請求をして金員を詐取し続けたものであり,これにより控訴人は精神的苦痛を被ったなどと主張し,不法行為又は民法704条後段に基づき,損害200万円(慰謝料100万円及び弁護士費用100万円)及びこれに対する訴え提起の日である平成19年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は,①につき,過払金171万1054円及びこれに対する最終取引日の翌日である平成18年8月24日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の限度で認容し,その余の請求を棄却し,②につき,請求をいずれも棄却した。

(3)  控訴人は,これを不服として,前記第1のとおり控訴した。

2  事案の概要は,次のとおり原判決を補正し,3のとおり当審における当事者の新たな主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  3頁2・3行目の「有限会社であり」の次に「(有限会社法による有限会社であったが,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律2条1項に基づき,平成18年5月1日以降は,会社法の規定による株式会社として存続している。)」を加え,9行目の「手形貸付取引約定」を「手形貸付取引契約」に改める。

(2)  4頁7行目の「手形貸付取引約定書を交わし」を「手形貸付取引契約を締結し」に,18行目の「申し出」を「申出」に,5頁1行目の「発生した過払金」を「に存在した過払金」に,16・17行目の「被告の詐欺に基づくものとしてこれを取り消す旨の意思表示をする」を「被控訴人の詐欺に基づくものである。控訴人は,平成19年10月11日の原審弁論準備手続期日において,上記追加借入れの意思表示を取り消すとの意思表示をした」に,20・21行目の「いえるから,原告はこれを相殺する旨の意思表示をする」を「いえる。控訴人は,上記弁論準備手続期日において,前者をもって後者とその対当額において相殺するとの意思表示をした」に改める。

3  当審における当事者の新たな主張

(1)  被控訴人の主張

ア 不当利得に基づく過払金返還請求権は,当該貸付金について,控訴人の被控訴人に対する弁済により過払金が発生するたびに個別的にその消滅時効が進行する。

したがって,本件訴訟提起の日の10年以上前(平成9年3月14日以前)に発生した過払金については,消滅時効が完成している。

イ 被控訴人は,平成20年5月7日の当審口頭弁論期日において,控訴人に対し,上記時効を援用するとの意思表示をした。

(2)  控訴人の主張

上記アの主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  各基本契約における取引の個数及び過払金の充当(争点(1)の一部)について

(1)  前記前提となる事実,証拠(甲1,41,54,乙1,2,8の(1)ないし(3),12)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 本件基本契約1の内容は,①元本極度額は1000万円とする,②契約期間は5年とするが,控訴人,連帯保証人,被控訴人のいずれからも特段の申出がないときは,同一条件で更に5年間継続されるものとする,③控訴人は,手形面記載の満期日に手形面記載の支払場所で手形決済の方法により元金(手形金額)を一括返済する,④手形貸付の利率は,その都度控訴人と被控訴人との合意によって決定し,控訴人が被控訴人からこれを記載した計算書の交付を受けるものとする,⑤被控訴人に対する債務を履行しなかった場合には,期限の利益喪失の日の翌日から支払済みまで,支払うべき金額に対し,実質年率37パーセントの割合による損害金を支払う,⑥この契約に基づく借入申込書は,反復・継続取引における包括借入申込書とし,2回目からの借入申込みに際しては,手形の差入れをもって借入申込書に代わるものとする,というものである。

本件基本契約2の内容は,遅延損害金の利率が実質年率29.2パーセントに引き下げられ,期限前弁済の条項が加えられたことを除き,本件基本契約1のそれと実質的に同一である。なお,本件基本契約2の締結の日は,出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律5条2項所定の上限利率を年40.004パーセントから年29.2パーセントに引き下げる改正法(平成11年法律第155号)が施行された平成12年6月1日である。

(乙1,2)

イ 被控訴人は,本件基本契約1に基づき,平成8年6月3日から平成11年12月15日までの間,控訴人に対し,原判決別紙個別充当計算書の「日付」欄記載の年月日に,利息の制限額を超える利息の約定で,同計算書の「現実交付額」欄記載の金員を貸し付け,控訴人から,同計算書の「日付欄」記載の年月日に,同計算書の「弁済金額」欄記載の金員の支払を受けた。

また,被控訴人は,本件基本契約2に基づき,平成12年6月1日から平成18年8月23日までの間,控訴人に対し,同計算書の「日付」欄記載の年月日に,利息の制限額を超える利息の約定で,同計算書の「現実交付額」欄記載の金員を貸し付け,控訴人から,同計算書の「日付欄」記載の年月日に,同計算書の「弁済金額」欄記載の金員の支払を受けた。

(甲1)

ウ 被控訴人が貸付けを実行する際には,控訴人から,同計算書の「貸付金額」欄記載の金額を手形金額とする手形(約束手形)の振出交付を受け,これと引換えに,平成8年6月3日から平成10年6月10日までは,手形金額から同計算書の「天引額」欄記載の金額(利息,調査料及び保証料等)を差し引いた金額(同月は一部のみを差し引いた金額。同計算書の「現実交付額」欄記載の金額)を,同年7月16日及び平成11年6月1日は手形金額を,平成12年6月1日から平成15年8月22日までは手形金額から同計算書の「天引額」欄記載の金額(保証料)を差し引いた金額(同計算書の「現実交付額」欄記載の金額)を,同年10月以降は手形金額を,控訴人の当座預金口座に振り込むか,控訴人に現金で交付していた。

被控訴人は,この手形を決済することにより貸金の返済を受けることにしており,手形の書替えが行われることはなかった。被控訴人の従業員は,手形の満期が近づいてくると,手形の切替え(いわゆる「切り返し」)を勧め,従前の手形の満期日等を振出日とする手形を新たに振り出させ,上記の金額を控訴人の当座預金口座に振り込むなどしていた。被控訴人は,継続して融資をする際にも,審査を行い,稟議を経ていた。

控訴人の借入れの大部分は,この手形の切替えによるものであり,振込み等に係る金員の使途は限定されていなかったが,控訴人は,事業を継続させるためには,従前の手形の不渡りを回避すべく,その手形の決済資金に充てるほかないことがほとんどであった。

また,控訴人は,被控訴人の従業員の勧誘に従い,新たな借入れをし,借入総額を増加させたこともあった。

(甲1,41,54,乙8の(1)ないし(3))

エ 被控訴人は,控訴人に対し,手形の決済により弁済を受けた際には,「手形・小切手決済のご通知」と題する書面を,利息手形・利息小切手により利息等の弁済を受けた際には,「利息手形・利息小切手決済のご通知」と題する書面を送付していた。上記各書面のうち平成14年7月までに決済された手形に係るものには,「契約年月日」欄が設けられ,本件基本契約1又は2の締結日が記載されていたが,個別の貸付日に関する欄は設けられていなかったところ,平成14年8月以降に決済された手形に係るものには,「約定年月日」,「契約年月日」の欄が設けられ,「約定年月日」欄には本件基本契約2の締結日が,「契約年月日」欄には個別の貸付日が記載されていた。また,同月以降に決済された手形に係るものには,「決済後の当該残存債務額」,「約定に基づく貸付総残高」の欄も設けられ,「約定に基づく貸付総残高」欄には本件基本契約2に基づく貸付額の残高が記載されるようになった。(乙12)

(2)  上記事実によれば,本件基本契約1及び2においては,被控訴人が,元本極度額の範囲内において一定期間,控訴人に対し,貸付取引を反復・継続し,利息の制限額を超える高利の金員を天引きするなどして取得することが予定されていたものであり,実際に,被控訴人は,本件基本契約1及び2に基づいて,貸付けを反復・継続し,高利の金員を天引きするなどして取得していたものであるから,同一の基本契約に基づく各貸付取引は実質的に一連一体のものと認めるのが相当である。

そうすると,本件基本契約1においては,その中における各取引に基づく借入金債務について制限超過部分を元本に充当し過払金が発生した場合には,当該過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含んでいるものであり,本件基本契約2においても,同様の合意を含んでいるものと解するのが相当である。

なお,各取引の中には,貸付額(現実交付額)が100万円未満のものもあるが,本件基本契約1及び2においては,元本極度額は1000万円とされ,当初から100万円以上の貸付けが予定されていたものということができるし,同一の基本契約に基づく各取引は実質的に一連一体のものと認められるから,各制限利率は年1割5分として計算すべきものと解される。

2  本件基本契約1に基づく取引により発生した過払金の本件基本契約2に基づく借入金債務への充当(争点(1)の一部)について

(1)  同一の貸主と借主との間で継続的に貸付けとその弁済が繰り返されることを予定した基本契約が締結され,この基本契約に基づく取引に係る債務の各弁済金のうち制限超過部分を元本に充当すると過払金が発生するに至ったが,過払金が発生することとなった弁済がされた時点においては両者の間に他の債務が存在せず,その後に,両者の間で改めて金銭消費貸借に係る基本契約が締結され,この基本契約に基づく取引に係る債務が発生した場合には,第1の基本契約に基づく取引により発生した過払金を新たな借入金債務に充当する旨の合意が存在するなど特段の事情がない限り,第1の基本契約に基づく取引に係る過払金は,第2の基本契約に基づく取引に係る債務には充当されないと解するのが相当である。そして,第1の基本契約に基づく貸付け及び弁済が反復継続して行われた期間の長さやこれに基づく最終の弁済から第2の基本契約に基づく最初の貸付けまでの期間,第1の基本契約についての契約書の返還の有無,第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約が締結されるまでの間における貸主と借主との接触の状況,第2の基本契約が締結されるに至る経緯,第1と第2の各基本契約における利率等の契約条件の異同等の事情を考慮して,第1の基本契約に基づく債務が完済されてもこれが終了せず,第1の基本契約に基づく取引と第2の基本契約に基づく取引とが事実上1個の連続した貸付取引であると評価することができる場合には,上記合意が存在するものと解するのが相当である(最高裁平成18年(受)第2268号同20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号28頁参照)。

(2)  証拠(甲1,41,乙1,2,12)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 控訴人代表者は,平成8年,被控訴人の従業員から,数回にわたり,電話で,事業資金の借入れを勧誘され,当初は,これを断っていたが,同年6月に資金繰りが苦しかったことから,同月3日,本件基本契約1を締結した。

控訴人は,平成11年12月15日,金額200万円及び金額19万5343円の各手形を決済し,本件基本契約1に基づく取引の借入金債務を全て弁済した。

しかし,控訴人代表者は,その後も,被控訴人の従業員から,数回にわたり,電話で,借入れを勧誘されたことから,平成12年6月1日,本件基本契約2を締結し,同日,これに基づく最初の借入れをした。

イ 本件基本契約1及び2における控訴人の契約番号は,いずれも0603●●●である。

(3)  上記事実と前記1(1)の事実によれば,本件基本契約1に基づく取引の期間は約3年半と相当な期間にわたっているところ,この取引に係る債務の最後の弁済から本件基本契約2に基づく最初の貸付けまでの期間は約5か月半であり,本件基本契約1に基づく取引の期間と比較して,短期間である。また,控訴人は,本件基本契約1に基づく取引の借入金債務を全て弁済した後,被控訴人の従業員から,数回にわたり,電話で,借入れを勧誘されたことから,本件基本契約2の締結に至ったものであり,本件基本契約1及び2の内容は,遅延損害金の利率(前記の法改正に伴うものと考えられる。)等を除き,実質的には同一である。さらに,本件基本契約1に基づく取引に係る債務の最後の弁済の際や,本件基本契約2締結の際に,本件基本契約1が合意解除された形跡は窺われない。これらの事実を総合すると,本件基本契約1に基づく取引と本件基本契約2に基づく取引は,事実上1個の連続した貸付取引であると評価することができるというべきである。

したがって,本件においては,本件基本契約1に基づく取引により発生した過払金を本件基本契約2に基づく借入金債務に充当する旨の合意が存在するものと解するのが相当である。

3  悪意の受益者性・法定利息の利率(争点(2)),遅延損害金の支払義務(同(3)),運用利益等の返還義務(同(4))及び不法行為の成否等(同(5))について

これらについての判断は,11頁2・3行目の「裁判所時報1437号19頁」を「民集61巻4号1537頁」に,12頁14・15行目の「裁判所時報1440号6頁」を「裁判集民事225号201頁」に改めるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の2ないし5に記載のとおりであるから,これを引用する。

4  控訴人の過払金等について

以上に従って,本件基本契約1及び2に基づく各貸付取引について計算すると,本判決別紙計算書記載のとおり,最終取引日である平成18年8月23日における過払金は480万4068円となる。

これに対し,被控訴人は,平成9年3月14日以前に発生した過払金について消滅時効を援用する(当審における新たな主張)が,同計算書記載のとおり,同日当時,過払金は存在しないから,上記主張は理由がない。

したがって,控訴人の不当利得返還請求は,被控訴人に対し,上記過払金480万4068円及びこれに対する最終取引日の翌日である平成18年8月24日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める部分は理由があるが,その余は理由がない。

そして,控訴人の民法704条後段に基づく損害賠償請求及び不法行為に基づく損害賠償請求は,前示のとおり,いずれも理由がない。

第4結論

以上の次第であるから,控訴人の請求は前記第3の4の限度で理由があるからこれを認容すべきであるが,その余は理由がないから棄却すべきである。

よって,原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山昌一 裁判官 川野雅樹 裁判官 齋藤毅)

<以下省略>

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