福岡高等裁判所 平成20年(ネ)517号 判決 2009年4月10日
控訴人(被控訴人・附帯控訴人、以下「一審原告X1」という。)
X1<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
田中利武
同
佐藤拓郎
同
今井雄一朗
控訴人(附帯被控訴人、以下「一審被告Y1」という。)
Y1
同訴訟代理人弁護士
中山敬三
控訴人(附帯被控訴人、以下「一審被告Y2」という。)
Y2<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
濱田英敏
同
島越徹
被控訴人(以下「一審被告清翔開発」という。)
有限会社 清翔開發
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
岩崎哲朗
同
瀧田浩二
同
原口祥彦
同
生野裕一
同
上野貴士
主文
一 一審原告らの控訴、一審被告Y1、同Y2、同Y3の各控訴に基き、原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審被告Y2と同Y3、及び同清翔開發は、一審原告X1に対し、連帯して三一六万三八一〇円及びこれに対する平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 一審被告Y2と同Y3、及び同清翔開發は、一審原告X2に対し、連帯して三三三万八四六三円及びこれに対する平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 一審原告らの一審被告Y1に対する請求、一審被告Y2、同Y3、同清翔開發に対するその余の請求を棄却する。
二 一審原告らの附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、一、二審を通じてこれを五分し、その二を一審被告Y2、同Y3、同清翔開發の連帯負担とし、その余は一審原告らの負担とする。
四 主文一項(1)(2)は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨等
一 一審原告らの控訴の趣旨(以下、略称は、原判決に従う。)
(1) 原判決中、一審原告らの一審被告清翔開發に関する部分を取り消す。
(2) 一審被告清翔開發は、一審原告X1に対し、(一審被告Y1、同Y2らと連帯して)、金一一四一万五一二五円及びこれに対する平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 一審被告清翔開發は、一審原告X2に対し、(一審被告Y1、同Y2らと連帯して)、金一二〇七万二四七〇円及びこれに対する平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、一、二審とも一審被告清翔開發の負担とする。
(5) 仮執行宣言
二 一審被告Y1の控訴の趣旨
(1) 原判決中、一審被告Y1敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告らの一審被告Y1に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、一、二審とも一審原告らの負担とする。
三 一審被告Y2らの控訴の趣旨
(1) 原判決中、一審被告Y2ら敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告らの一審被告Y2らに対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、一、二審とも一審原告らの負担とする。
四 一審原告らの附帯控訴(一審被告Y1、一審被告Y2ら関係)の趣旨
(1) 原判決中、一審被告Y1、同Y2ら関係部分を次のとおり変更する。
(2) 一審被告Y1、同Y2らは、一審原告X1に対し、(一審被告清翔開發と連帯して)、各自一一四一万五一二五円及びこれに対する平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 一審被告Y1、同Y2らは、一審原告X2に対し、(一審被告清翔開發と連帯して)、各自一二〇七万二四七〇円及びこれに対する平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、一、二審とも一審被告Y1、同Y2らの負担とする。
(5) 仮執行宣言
第二事案の概要等
一 事案の概要
(1) 一審被告清翔開發が経営しているパチンコ等遊技場(本件店舗)で、一審原告ら夫婦と一審被告Y2ら夫婦がそれぞれ幼児を連れて遊技していたところ、一審原告らの子である亡Bと一審被告Y2らの子であるCが、本件店舗で使用されていたパチンコ玉搬送用の本件台車を使って遊んでいるうちに店外に出て、Cが亡Bの乗った本件台車を押して横断歩道を横断していたところを、一審被告Y1が運転する自動車にはねられ、亡Bが死亡するという本件事故が発生した。
(2) 本件事故について、一審原告らは、一審被告Y1に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、一審被告Y2らに対し、民法七一四条一項及び民法七〇九条に基づき、一審被告清翔開發に対し、安全配慮義務違反(民法四一五条)及び民法七〇九条に基づき、また、一審被告らは共同不法行為の関係にあると主張して、それぞれ損害賠償金及びこれに対する遅延損害金を請求した。
(3) 一審は、一審被告ら(一審被告清翔開發を除く。)の共同の不法行為により本件事故が発生したとして、同一審被告らに対する損害賠償の一部を認容し、一審被告清翔開發については、注意義務違反がないとして同一審被告への請求を棄却したところ、一審原告らにおいて、一審被告清翔開發への棄却を不服として控訴し、一審被告Y1、同一審被告Y2らにおいては、請求の全部棄却を求めて控訴したところ、一審原告らは、請求額を減縮するとともに、一審被告Y1、同Y2らへの認容額の増額を求めて附帯控訴した。
二 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨及び括弧内の証拠により容易に認定できる。
(1) 当事者
ア 一審原告X1は、亡B(平成○年○月○日生。本件事故当時二歳)の父であり、一審原告X2は亡Bの母であって、一審原告ら以外に亡Bの相続人はいない。
イ 一審被告Y1は、本件事故における加害車両の運転者である。
ウ 一審被告Y2はC(平成○年○月○日生。本件事故当時二歳)の父であり、一審被告Y3はCの母である。
エ 一審被告清翔開發は、本件事故現場に近接する大分市《番地省略》において前記パチンコ等遊技場「プレイステージV・O・S判田店」(本件店舗)を経営している。
(2) 本件事故の発生
ア 発生日時 平成一六年六月二四日午後九時二二分ころ
イ 発生場所 大分市《番地省略》先路上(横断歩道上)
ウ 加害車両 普通乗用自動車《登録番号省略》
同運転者 一審被告Y1
エ 事故態様(甲六ないし一〇)
亡BがCの押す本件台車に乗って、国道一〇号線の本件事故現場の横断歩道を赤色信号を無視して南側から北側に向けて横断していたところ、大分市中判田方面から中戸次方面に向かい、時速約五〇キロメートルで直進してきた一審被告Y1運転の加害車両が本件台車に衝突し、亡Bが、本件台車もろとも加害車両底部に巻き込まれ挟圧された。
オ 結果
亡Bは、本件事故により多発骨折等の傷害を負い、入院治療を受けたが、平成一六年六月二五日午前四時二五分に、上記傷害による外傷性ショックにより死亡した。
(3) 一審被告Y1の責任
一審被告Y1は、対面信号が青色であることに気を許し、左後方のパトカーに気を取られて前方横断歩道上を注視しないままに漫然と進行したという前方不注視の過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき損害賠償責任を負う。
三 争点
(1) 一審被告Y2らの責任
ア 一審原告らの主張
本件事故は、Cが亡Bを本件台車に乗せて押し歩き、本件事故発生場所である横断歩道を横断しようとして発生したものであるところ、Cは、本件事故当時二歳であって、当該行為の責任を弁識する能力を有せず、一審被告Y2らは、親権者としてCに対する監督義務者の地位にあったが、本件店舗内には、幼児の格好の遊び道具となる本件台車等が置かれ、幼児が本件台車を使用して遊べば違法な加害行為に及ぶことが十分に予見できたはずであり、とりわけ、一審被告Y2らは、Cが台車で遊んでいたのを目撃しながら、何ら注意することなく見逃していたのであるから、民法七一四条一項に基づき損害賠償責任を負うと同時に、上記事実関係からは、同法七〇九条によっても損害賠償責任を負う。
イ 一審被告Y2らの主張
(ア) 民法七一四条一項や同法七〇九条によって損害賠償責任を負うことは争う。
一審被告Y2らは、本件店舗内でCらが台車で遊ぶことで、他の客に危害を加えたり、Cや亡Bが怪我をしないように注視していた。子供らが店外に出るとか、道路まで出ていくというようなことは、店の従業員の監視もあって考えられない状況であった。
そして、台車は、凶器ではなく、本件と同種の事件はこれまで報道等で一般人には知られていなかったのであるから、台車で遊ぶことを認識することから、一審原告らの主張する違法な加害行為に及ぶことを予見することはできない。
(イ) 本件事故は、Cと亡Bが本件台車で一緒に遊んでいたところ、誤って道路に進入して発生したものであって、Cも準被害者の立場にあったものであったところ、一審原告らが亡Bに対する監督責任を全く果たすことなく、一審被告Y2らのCに対する監督責任の追求をするのは、信義則に反し、許されない。
(2) 一審被告清翔開發の責任
ア 一審原告らの主張
(ア) 一審被告清翔開發は、本件事故当時、未成年者の入店を禁止する風営法一八条に反し、積極的にキッズルームと呼ばれる子供らのための部屋を設けて子供連れの客の受入れをしていた。パチンコ等遊技場には、分別のない幼児が遊び道具に使用すれば、重大な危険が伴う物が多数存在しているから、遊技場経営者においては、分別のない幼児が遊技場内に置かれている物品類を使用して重大な危険が発生しないように、台車等を幼児の手に触れないようにすべき契約責任の付随的義務としての安全配慮義務を有するのであり、そうでないとしても、子連れの遊技客は一時的に子供から目を離さざるを得ない状況に置かれるから、子連れ客の入場を容認している遊技場にあっては、子供の監視・監督及び建物の構造に配慮するなどの遊技契約に基づく特別な社会的接触の関係に入ったものとしての信義則上、子供の安全に配慮すべき一般的注意義務を負うものである。
(イ) 特に、三歳前後の幼児が入店したときは、幼児の特性からして店内にある用具類を本来の用途に反して使用し、法益侵害を惹起する危険状態を招くことを十分に認識し得た。このような先行行為者である一審被告清翔開發は、重大な法益侵害を招く蓋然性がある場合には、当該危険を除くべき作為義務があった。大分市内の他の遊技店には、子供らを入場させる際にも別に保育所を設けて無料で預けさせるなどの慎重な取扱いをしている店もあるほどである。
さらに、本件店舗は、交通量が極めて多い幹線道路と直接隣接する場所に立地しているのであり、このような位置にある店舗においてあえて子連れの客を受け入れた場合にあっては、常に従業員を出入口に配置し、自動ドアについても内側からは子供が勝手に開けないような構造のものにしておくべき注意義務、台車を使って子供が勝手に遊び、事故等に巻き込まれることのないよう監視しておくべき注意義務、信号等について理解の乏しい幼児等について、付近にある交通量の多い幹線道路に飛び出さないよう監視をしておくべき注意義務があった。
(ウ) しかるに、一審被告清翔開發のキッズルームは、従業員らが常駐して子供らの様子をみることもなく、組織的に管理することもなく、部屋近くの店の出入口の自動ドアから子供達が自由に出入りしていた。
また、本件店舗の遊技機(パチンコ、スロット)は、射幸性の高い遊技機であり、利用者はその射幸性に魅力を感じて遊技を行うから、意識が遊技に集中しやすい。また、遊技者は、遊技機の正面の一定の椅子に腰掛けた姿勢で、両手を操作するのであって、利用者には、子供らへの監視に限界がある。
本件店舗では、子供連れを受け入れて必要に応じて子供らの相手をしていたから、利用者らは、従業員が一定の範囲で面倒を見てくれているとの認識を有していた。
ところが、一審被告清翔開發は、上記各注意義務を怠って、C、亡Bその他の幼児が本件店舗内を自由に遊び回るのを放置していたばかりか、幼児の格好の遊び道具となる台車を幼児が自由に使用できる状況に置いていた。その結果、Cが本件台車を遊び道具として使用し、これに亡Bを乗せて路上に出たため、本件事故が発生した。
(エ) 上記のとおり、一審被告清翔開發は、従業員らにおいて、子供らの面倒をみているので、遊技をしていて良いなどと利用者に申し向けるなどして収益を上げていたのであり、従業員の配置や入店の禁止、退店の命令などにより適切な対応をすることが可能であったことなどからすれば、一審原告らとの遊技契約に伴う安全配慮義務の債務不履行(民法四一五条)及び不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償責任がある。
イ 一審被告清翔開發の主張
(ア) 一審被告清翔開發が負担する安全配慮義務は、一審被告清翔開發が支配管理する本件店舗とその敷地及びそれらにより設置された遊技機、器具等の物的環境並びに人的環境から生じ得る危険により一審原告らの生命・健康等が害されることのないように保護することを内容とするが、本件において亡Bに生じた危険は、Cと一緒に、一審被告清翔開發の敷地外の赤色信号の横断歩道を横断することにより生じたもので、一審被告清翔開發が支配管理する物的環境及び人的環境から生じ得る危険が発現したものではなく、公道の危険が発現して発生したものである。また、Cが亡Bの乗っている本件台車を押して赤色信号の横断歩道を横断しているが、Cについても一審被告清翔開發が支配管理する人的環境ではない。
したがって、一審被告清翔開發に遊技契約に伴う安全配慮義務違反はない。本件事故防止のためには、亡Bが一審被告清翔開發が運営する本件店舗やその敷地から公道に出ることを阻止する必要があったといえるが、公道の危険は一般的な危険であり、一審原告らが一審被告清翔開發との間でパチンコ等の遊技契約に基づき遊技をすることにより新たに発生した危険ではないから、一審被告清翔開發が負担すべき安全配慮義務違反の内容には、亡Bが本件店舗やその敷地から公道に出ることを阻止することは含まれない。一審原告らは、本件店舗利用の際には、自ら亡Bの監視・監督をしていたのであり、明示・黙示の亡Bの監視・監督を行う旨を内容とする準委任契約が遊技契約に附随して成立していたとはいえない。
また、不法行為責任が発生するためには、亡Bに対する安全配慮義務と同様の作為義務が一審被告清翔開發にあることが必要であるが、作為義務が認められないのであるから、不法行為も成立しない。
(イ) 本件店舗は、パチンコ店であり、一八歳未満は法律上入店を禁止されている施設であるから、一審被告清翔開發は、一八歳未満の子供の本件店舗への入店を認めておらず、その旨の掲示及び放送もしていた。もし、保護者が一八歳未満の子供を連れて競技場に来店した場合には、保護者が子供を監督するのは当然である。実際、本件店舗の通路で子供達が遊んでいた場合には、一審被告清翔開發の従業員はその子供達の保護者を探し、子供達の監督を十分に行うように注意していたし、台車は一審被告清翔開發の従業員が管理しており、所定の位置に保管していた。
(ウ) 保護者がその監督をすべきである幼児らが、台車を利用して店外に出て死亡事故が発生することは、一審被告清翔開發に予見できるものではなく、本件事故は、一審被告清翔開發の義務違反と相当因果関係の範囲内にはない。
(3) 共同不法行為の成否
ア 一審原告らの主張
一審被告清翔開發とCの不法行為は、一体として評価されるべきものである。一審被告Y1を含めて、一審被告らの過失は、必然的・因果的連鎖のものであり、これにより本件事故が惹起されたのであるから、一審被告らの共同不法行為が成立することは明らかである。一審被告清翔開發の管理懈怠が継続的・構造的に作用して安全配慮義務違反あるいは作為義務違反、結果回避義務違反を惹起し、これに一審被告Y2らと一審被告Y1の過失が順次、競合ないし相互加功して亡Bの死亡との結果が発生したものであり、三者の過失が時間的、場所的に接着して因果的連続性のもとに発生したものであるから、一審被告らは、共同しての責任がある。
イ 一審被告Y1の主張
Cは、確かに亡Bの乗っている本件台車を押していたが、Cはその責任のもとに台車を押していたのではなく、もっぱら亡Bと一緒に遊ぶものとして台車を押していたのである。二人の年齢は、未だ二歳であるが、亡Bが五か月年長であり、二人が遊んでいる中で、他に対して具体的注意義務を負担するような責任関係のもとに台車を押し、また乗っていたとすることはできない。一審被告Y1からすれば、亡BとCは、一体となって進入してきたものといえ、いずれも被害者側とする対象に過ぎないのであり、少なくとも一審被告Y1とCが亡Bに対する一体的加害者とすることはできない。一審被告Y1の損害賠償責任の点からは、亡Bの行為は、Cも一体としての行為に基づくその監督義務者らに帰属するものというほかはない。
ウ 一審被告Y2らの主張
争う。民法七一九条一項前段は、各行為と全ての結果との間に事実的因果関係がない場合にも全ての結果について連帯責任を認めるものであるから、その適用領域は、各行為と全ての結果との間に事実的因果関係がないにもかかわらず、全ての結果について連帯責任を負わせることを正当化できるだけの事情がなければならない。そして、そのような事情があるといえるのは、各行為に結果発生の危険が内在していることが必要である。
そうすると、一審被告Y2らに仮に「Cを見失った監督義務違反行為」があったとしても、該行為は、それ自体人を死に至らしめる危険を内在するものではなく、共同不法行為の事案ではない。
エ 一審被告清翔開發の主張
争う。
(4) 過失相殺率
ア 一審被告Y1の主張
(ア) 一審原告らの主張する最高裁判例は、「複数の加害者の過失及び被害者の過失が競合する一つの交通事故において、その交通事故の原因となった全ての過失の割合(絶対的過失割合)を認定できるときには、絶対的過失相殺ができる」としているが、本件においては、関係当事者が、一つの交通事故に向けて具体的な行為を行ったということでなく、もとより、その過失が競合したものとすることができないから、「全ての過失の割合を認定することができるときには」に当たらない。
そうすると、仮に一審被告らに相応の過失が競合しているとしても、赤色信号表示にかかわらず、本件台車にて横断した者と青色信号表示のなかを直進した車両との過失割合のもとで決定された損害賠償額を超えて、一審被告Y1に責任を負わせることはできないところ、上記本件事故の態様に照らせば、一審原告ら側の過失相殺率は七〇パーセントを下らないというべきである。
過失相殺の対象とすべき一審原告らの過失について、本件事故の態様からして共に遊びながら対面信号が赤色表示であるにもかかわらず、台車で進入してきた亡BとC及びそれぞれ監督義務者が監督義務を尽くしていないことを一体として捉えることができることからすると、一審被告Y1との関係では、過失相殺率は五〇パーセントとするのが合理的である。
(イ) 一審被告Y1は、亡Bの損害についてすでに総額二四七五万一八五〇円の支払をしているが、五〇パーセントの過失相殺とすれば、すでに一審被告Y1の債務は消滅しているはずのものである。他の一審被告らの債務が残存しているとしても、その関係で不真正連帯債務として敢えてその余の債務を一審被告Y1に負担させることは、権利の濫用であって、その行使を許容することはできないものである。仮にC及びその監督義務者である一審被告Y2らに責任があるとすれば、その関係の中で賠償責任の限度を画すべきであって、一審被告Y1がさらに連帯してその責任を負わねばならないとする根拠は乏しいというべきである。
イ 一審被告Y2らの主張
(ア) 被害者に対し、損害賠償した加害者が他の加害者に対し求償する場合であれば、絶対的過失割合を認定する必要があるが、被害者が各加害者に対し損害賠償請求する場合は絶対的過失割合を認定する必要がない。
また、本件は、一審被告Y1の前方注視義務等の運転者としての義務違反、一審被告清翔開發の台車管理を怠るという施設管理者、営業者としての過失、一審原告らの亡Bを漫然と放置するなどの監督義務違反等があり、一般的な交通事故の当事者と異なった組み合わせの人間間の訴訟であって、過失態様も異なり、各一審被告の責任原因が異なるから、絶対的過失割合を決めることができないものである。
(イ) そうすると、本件事故は、二歳一〇か月の幼児の保護者が、自らはパチンコ店で長時間のギャンブルに興じ、連れていた子供の保護、監護もせず、その結果放任された幼児が本件台車を遊具として使用し、パチンコ店駐車場から更に交通量の多い国道一〇号線に出て、その結果、交通事故に遭って死亡するに至った事案であり、亡Bの親である一審原告らには重大な過失があり、このような無謀というべき行動により事故に遭った被害者側の過失割合としては、七〇パーセントを下るものではないから、一審原告らの損害は、既に自賠責保険から支払われた金額で填補されている。
(ウ) 一審原告らは、日頃から亡Bから三〇分以上の間、目を離すことがたびたびあった。事故当時も、スロット競技に興じていて亡Bの動向にはほとんど注意を払っていなかった。一審被告Y2らがCがいなくなったことに気づいて店内を探しているときに初めて亡Bがいないことに気づいたもので、一審原告らの監督義務違反は、一審被告Y2らの違反に比較してもかなり重いものである。
ウ 一審被告清翔開發の主張
(ア) 一審原告らの主張する最高裁判例は、被害者に対し損害賠償した加害者が他の加害者に対し求償した事案であって、本件とは事案を異にする。
本件事故は、加害車両が青色信号で走行中に、横断歩道上を赤色信号で歩行している被害者と衝突し、死亡させた事案であるところ、被害者側には、二歳一〇か月の幼児である亡Bを、自らの監視・監督下に置かず、どこへ行こうともなすがままに六時間にわたって放置していたという一審原告らの重過失があるので、被害者側の過失割合を七〇パーセントとすべきである。
(イ) 仮に、本件で一審被告Y2ら及び一審被告清翔開發に何らかの責任が認められたとしても、それは一審被告Y1が負担すべき三〇パーセントの責任について、一審被告ら側で一定の割合にしたがって負担するにすぎない。すなわち、一審被告らの責任割合は、一審被告Y1の過失割合三〇パーセントの範囲内で行われるべきものである。
エ 一審原告らの主張
(ア)一審原告らに過失相殺の対象となる亡Bに対する監督義務違反があったが、本件は、一審被告らの複数の過失が競合した事案であり、このような過失の競合した事案においては、損害の公平な分担や求償の循環に関するその後の訴訟を避ける意味で、全ての当事者の過失割合を定めて過失相殺をする絶対的過失相殺の方法によるべきである(最高裁平成一五年七月一一日第二小法廷判決・民集五七巻七号八一五頁)。
(イ) そうすると、一審被告らの各過失の態様に照らすと、一審被告Y1の絶対的過失割合は四〇パーセント、一審被告Y2らの絶対的過失割合は一五パーセント、一審被告清翔開發の絶対的過失割合は三〇パーセント、一審原告らの絶対的過失割合は一五パーセントであるから、過失相殺率は一五パーセントとなり、残りの八五パーセントを一審被告らが不真正連帯債務として負うことになる。
(ウ) なお、本件事故直前に一審被告Y2らが監督すべきCが台車を押して本件店舗から出ていったこと、スロットに興じるなどしていた一審被告Y2らがこれを見逃したのは事実であり、これこそが一審被告Y2の過失であるから、仮にその時点より以前に数時間にわたって子供らを監督していたとしても、その監督態様が責任を軽減することにはならない。
(5) 損害額
(一審原告らの主張)
ア 亡Bの損害
(ア) 傷害慰謝料(一審での請求六〇万円を〇円に減縮した。)
(イ) 逸失利益 二二三四万四七七二円
基礎収入四八八万一一〇〇円(賃金センサス平成一五年第一巻第一表の産業計・全労働者平均による。)に生活費控除率四五パーセントを乗じ、中間利息(ライプニッツ係数八・三二三三)を控除すると、以下のとおり、二二三四万四七七二円となる。
四八八万一一〇〇円×〇・五五×八・三二三三=二二三四万四七七二円
(ウ) 死亡慰謝料 一六〇〇万円
(エ) 合計損害額 三八三四万四七七二円
(オ) 相続
一審原告らが各二分の一の割合で相続したので、各一審原告の相続分は一九一七万二三八六円となる。
イ 一審原告X1固有の損害
(ア) 亡B付添看護料 二万円
一日一万円の二日分
(イ) 亡B入院雑費 三〇〇〇円
一日一五〇〇円の二日分
(ウ) 亡B傷害にかかる慰謝料(一審での請求二〇万円を〇円に減縮)
(エ) 葬儀等関係費 一五〇万円
(一審での請求一八九万〇四八七円を減縮)
(オ) 亡B死亡にかかる慰謝料 四〇〇万円
(カ) 弁護士費用 二〇〇万円
(キ) 合計損害額 七五二万三〇〇〇円
ウ 一審原告X2固有の損害
(ア) 亡B付添看護料 二万円
一日一万円の二日分
(イ) 亡B傷害にかかる慰謝料(一審での請求二〇万円を〇円に減縮)
(ウ) 亡B死亡にかかる慰謝料 四〇〇万円
(エ) 合計損害額 四〇二万円
(オ) 弁護士費用 二〇〇万円
(カ) 合計損害額 六〇二万円
エ 過失相殺 一〇パーセント
オ 過失相殺後の一審原告らの損害元本額
(ア) 一審原告X1 二四〇二万五八四七円
(イ) 一審原告X2 二二六七万三一四七円
カ 既払額
一審原告らは、平成一七年八月八日、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から、以下のとおりの支払を受けた。
(ア) 一審原告X1 一三九六万〇一一八円
(但し、治療費一〇八万三八一八円を含む。)
(イ) 一審原告X2 一一八七万四一〇〇円
キ 確定遅延損害金
既払金を受領した平成一七年八月八日までの確定遅延損害金(平成一六年六月二五日から平成一七年八月八日までの四一〇日分、年五分)は以下のとおりである。
(ア) 一審原告X1 一三四万九三九六円
(損害填補前の損害額元金二四〇二万五八四七円)
(イ) 一審原告X2 一二七万三四二三円
(損害填補前の損害額元金二二六七万三一四七円)
ク 残損害元本額
既払金を、まず確定遅延損害金に充当し、残額を過失相殺後の損害元本額に充当すると、各一審原告の残損害元本額は以下のとおりとなる。
(ア) 一審原告X1 一一四一万五一二五円
(イ) 一審原告X2 一二〇七万二四七〇円
ケ 結論
よって、一審原告らは、一審被告らに対し、前記第一記載の金員を連帯して支払うよう求める。
(一審被告らの主張)
一審原告らは、既払額として自認するとおり、自賠責保険から治療費として一〇八万三八一八円の支払を受けているので、過失相殺後、これらは損害額に填補されるべきである。
第三争点に対する判断
一 認定事実
本件事故とその発生の経緯等について、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件店舗の営業と本件休息室の利用状況等
ア 本件店舗は、大分市の中戸次から中判田に向けてほぼ東西に走る国道一〇号線と南北に走る県道鶴崎大南線の交差点の北西側角地にあり、数百台の広い駐車場を付設しており、店舗の玄関は、国道一〇号線側にある。近辺国道の並びには、いくつかのゲームセンターなどがあり、本件店舗も主として車利用の顧客を対象としたパチンコ台、スロット台等を有する郊外型の遊技場である。本件店舗の従業員は約二五名で、常時一三名程度がホールにおり、一、二名がサービスカウンターに、それ以外の従業員はパチンコ台等を担当し、巡回するなどしていた。同店舗には、一〇八八台のパチンコ等のゲーム機があり、北西奥側に景品所(サービスカウンター)と従業員休息室等があり、パチンコ球等の運搬に使用される台車は、サービスカウンター横に数台が並べて置かれ、また、並んだゲーム機の端付近にも置かれていた。各台車は、青色で、取手の長さ(高さ)は六二センチメートル、長さ五〇センチメートル×幅二七センチメートルの小型のものである。
イ 本件休息室は、同カウンターの並びの店舗北東奥側に設置されており、顧客は、北東側の出入口から本件休息室前を通って出入りすることもできるようになっていた。同休息室入口には、「ご自由にご利用下さい。」の貼紙がされ、室内にはテレビモニターが設置されており、床は板張りとなっている。
本件休息室については、一審被告清翔開發が子供監視用の従業員を配置したり、客に対し、子供を本件休憩室に入れて遊ばせるように言ったこともなかったが、本件事故当時、客の間ではキッズルームと呼ばれ、客は、本件休憩室でアニメ等の子供向けビデオを見せるなどして、連れてきた子供を遊ばせており、子供らだけで遊ぶこともあった。なお、本件店舗の南西側には、別の休息コーナーが設置され、椅子、灰皿などが置かれており、顧客が喫煙のために利用することが多かった。また、郊外型の遊技場の中には、営業日、営業時間に合わせ、親に顧客としてゲーム機を使用してもらうことを目的として託児所も設置している店もあったが、子約制であり、利用中の客には、店内サービスカウンターの確認印等を求めており、場合によっては利用料金を徴収するなどしていた。
ウ 本件事故当時、風営法一八条により一八歳未満の未成年者の入店が禁止されていたので、本件店舗でも一八歳未満の入場を禁止する旨の掲示をしたり、その旨の店内放送をしていたものの、客が一八歳未満の子供を連れて入店した場合には、入店を拒むことはなかった。
一審被告Y2は、本件店舗の新台入替日等の従業員数が多い日に、手の空いた本件店舗の従業員から、子供を本件休憩室で預かると言われ、Cを預けたことが二、三回あった。
また、一審原告らが亡Bを連れて来店したときは、一審原告X2が亡Bの面倒を見たり、一審原告らが二人とも遊技をするときは二人の間に居らせることもあったが、そこから離れて亡B一人あるいは子供ら同士で遊んでいることもあった。また、一審原告X2が亡Bの様子を見に行った際に、店舗従業員から亡Bの面倒は自分が見ておくのでそのまま遊技していてよいと言われたこともあり、亡Bは、同年齢の女の子と遊んだりしたこともあった。
Cらは、台車で遊んでいたことがあり、本件店舗従業員も顧客から危ないと注意を受けたことがあった。台車は、前記のとおり小型で、取手の高さも幼児の背程度であり、また、幅も二七センチメートルで幼児がどうにか乗れる程度のものであった。
(2) 本件事故前の一審原告ら及び亡Bらの行動等
ア 一審原告らは、夫婦一緒に頻繁に本件店舗を訪れており、一審被告Y2ら夫婦とも顔見知りであった。両夫婦は、亡BやCを伴って来店することも多かった。
本件事故当日、午後三時ころ、一審原告らは亡Bを伴って本件店舗を訪れ、以降、夫婦でゲームに興じ、その間、亡Bは、他の幼児らと店内で遊んだりしていた。
一審被告Y2らは、近くに自宅があり、Cを伴って本件事故日の夕方ころ、本件店舗を訪れ、夫婦で交互にゲームをし、時には一審被告Y3が店内で遊んでいるCの様子を確認するなどしていた。
イ Cと亡Bは、本件休息室で一緒にいたこともあったが、台車を遊び用具代わりに使用したりしているうちに、そのまま本件台車とともに店外に出た。
Cらは、本件事故直前の午後九時一五分ころ、本件店舗前の国道を挟んで向かい側の別紙図面(以下「図面」という。)の記載の遊技場ドリームラインの裏側にあるホテルの駐車場で、一緒に台車で遊んでいたのを同ホテル従業員に目撃され、夜間に幼児二人で遊んでいるのを不審に思った従業員に注意された。その後、Cらは、本件台車と一緒に裏道を本件事故現場の横断歩道付近に向かい、その後、本件事故に遭った。
ウ 本件事故発生時刻ころ、一審原告ら夫婦は、二人ともゲームに興じており、亡Bが店外に出たことも認識していないままであった。
一審被告Y2らは、午後九時ころ、Cがいないことに気づき、夫婦で探していたが、警察を通じて本件事故を知り、同様に異変に気づいた一審原告らも本件事故の発生を知るに至った。
(3) 本件事故の発生と事故態様等
本件事故現場の道路や車の進行状況等の概略は、図面記載のとおりであり、国道一〇号線から県道中判田・犬飼線に入る竹中入口交差点の横断歩道上であり、付近は、時速五〇キロメートルの速度制限がされている。事故当時、小雨後で夜間ではあったが、国道一〇号線沿いには街灯が設置されており、一審被告Y1からの前方の視認性も良好であった。
一審被告Y1らは、図面①付近に至る前に巡回中のパトカーが同じ進行道路に入ってくるのを認めたので、速度をやや緩めて時速五〇キロメートル程度で進行していた。一審被告Y1は、図面①付近で前方約七八メートルにある信号機が青色であることを確認し、そのまま進行していたが、間もなく左後方のパトカーが速度を緩めて停止しようとしたことを怪訝に思い、これに気をとられ、前方確認を怠る状態となり、横断歩道上の本件台車に気づくことなく、そのまま進行し、図面×地点で自車右前部を本件台車に衝突させた。一審被告Y1は、衝突の衝撃で初めて本件台車との衝突を認識したが、左後方のパトカーが速度を緩めていたのは、横断歩道上の本件台車等を現認したことによるものであった。
本件台車に乗っていた亡Bは、傷害を負い、入院治療を受けた後、死亡した。
(4) 損害の填補
本件事故については、その後、自賠責保険から、平成一七年八月八日、一審原告X1に対し一二八七万六三〇〇円、一審原告X2に対し一一八七万四一〇〇円の一審原告らが自認する合計二四七五万〇四〇〇円が支払われるとともに、治療費として、医療機関等に合計一〇八万三八一八円が支払われた。
二 本件事故についての一審被告Y1の過失と責任割合等について
一、(3)のとおり、一審被告Y1は、左後方を進行してくるパトカーに気をとられ、前方注視がおろそかになり、横断中のCらを見落とすことになったものである。巡回中のパトカーの警察官らは、現に本件台車を現認し、車の速度を落としていたのであるから、一審被告Y1においても前方注視を継続していれば、Cらを発見し、急制動をかけて衝突を回避できた可能性が高いというべきである。もっとも、進行前方の信号は、青色で、速度も制限内に落としていたこと、夜間で、幼児らが付添いもないままで横断することの予測はつけ難いことなどを考慮すると、その過失は、五割を限度としてその責任があると認めるのが相当である。
三 一審原告ら、一審被告Y2ら、同清翔開發の過失とその責任割合等について
(1) 一審原告らと一審被告Y2らについて
亡BやCは、いずれも二歳の幼児であり、日常生活を支障なく送るのに十分な判断能力があるとはいえない。交通標識に従うとの判断等もできたかは疑問であって、親権者である一審原告ら、一審被告Y2らには、亡BあるいはCに付き添うことが求められていたというべきである。
しかるに、一審原告らは、ゲーム機の遊技に熱中し、午後三時ころから長時間にわたってほとんど亡Bを放置し、一審被告Y2らもCが台車で店外に出るのを看過したものである(一、(2))。本件事故は、交通事故の一態様ではあるが、一人前とはいえない幼児らが、付添者なしで行動すれば、日常の社会生活の中では、その能力不足の故に重大な事故発生に至ることがあることは、容易に予測できるところである。特に、付添いなしで店外に出させることになれば、不慮の事故の発生は必然ともいわねばならない。信号が赤色表示で、進行してくる車があるのにそのまま横断し、本件事故発生に至ったのも、店外に出させたことの必然の結果といえるのであって、監護、付添いをせずに放置した一審原告ら、一審被告Y2らの親としての過失は明らかで、その責任は重いというほかはない。
(2) 一審被告清翔開發の責任について
ア 本件店舗は大人用の遊技場であり、未成年者の立入りも禁止されているのに、一審被告清翔開發は、敢えて本件休息室を設けたものである。本件休息室は、確かに、親同伴を前提とするといえるが、喫煙のための休息コーナーは、別に設けられているのであり(一、(1))、本件休息室がキッズルームと呼ばれていたのも、一審被告清翔開發においてテレビを設置し、床張りにするなどの子供受入れが相当な設備にしたからに他ならない。ゲーム機には傍らに幼児らが過ごせる場所はなく、また、ゲームに興じるために、親らが幼児らを本件休息室に赴かせ、他の幼児らがいることを幸いとして放置することは、十分に予測できるところである。同室の出入口には鍵等はなく、幼児も自由に出入りができる上、店外への出入口もすぐ横にあるから、室内の幼児の監視等ができる体制にあったとはいえない。
さらに、従業員らにおいても幼児の面倒をみる旨を一審原告ら顧客に伝えたこともあったことは、一審原告らの監護懈怠の一因となったといえること、幼児らが台車を使用し、店内で遊ぶことがあった上、従業員らは、Cらの本件台車の店外持出しも容認ないし看過したものであるが、台車で遊ぶのを放置しなかったとすれば、店外に亡Bらが出ることもなかったともいうことができることなどを総合すると、一審被告清翔開發は、幼児同伴の顧客らの入店を容認する以上は、ゲーム機使用に伴う付随的な安全配慮義務として監護を補助すべき義務があったのに、これに反し、亡BやCの監護を懈怠させるに至らせた過失があったと認めるのが相当である。
イ 一審被告清翔開發は、本件休息室や台車の管理が十分であった旨の主張をするが、証人Dによれば、本件休息室には、Cと亡Bのみがいたこともあったこと、店内の監視カメラや配置された従業員らによっても、ホール内の状況確認は容易であることが認められ、一方、他店舗の中には、幼児らへの配慮をした預かり施設を設置している店もあることに照らせば、その主張を採用することはできない。
(3) 一審原告らと一審被告Y2ら及び一審被告清翔開發の過失割合と過失相殺について
ア 一審原告らと一審被告Y2ら及び一審被告清翔開發は、いずれも一体となって、亡Bらが店外に出ることを容認ないし看過したものであり、本件台車使用の放任等は、一審原告らや一審被告Y2らの付添懈怠やその誘因ともなったのであり、これらを切り離して一審被告Y1の過失と対比、評価することはできない。本件では、過失が競合したことにより一つの交通事故が発生したというものであるが、他方で、被害者たる亡Bは、Cの押す台車に乗り、一体となって遊び、行動していたものであり、一審被告清翔開發の注意義務違反も一審原告らの注意義務違反と不可分で、過失の内容も共通するものであり、一審被告Y2らや一審被告清翔開發の過失を抜きにしては、過失相殺の対象となる一審原告らの過失の割合を決めることはできないというべきである。
したがって、本件においては、一審被告らの全部について統一的ないわゆる絶対的過失割合を認定することは困難であり、また、相当ではないというべきである。一審被告Y1に対する関係では、一審原告らの亡B放置の責任は大きく、むしろ、一審被告Y1を除いた加害者と評価される者については、被害者との関係ごとに、その間の過失の割合に応じて相対的に過失相殺をするとの方法が本件事案の実態に即しており、相当というべきであり、これを否定する一審原告の主張は採用することができない。
イ しかして、一審原告らと一審被告Y2ら、一審被告清翔開發間の内部過失割合等を検討すると、一審原告らは、亡Bの親であり、亡Bを同道して午後三時ころに来店し、夫婦ともにゲームに熱中して亡Bを六時間余も放置したのであって、本件休息室や店内で、ときには一審原告らが亡Bに接触したことがあったとしても、亡Bが店外に出ようとするのは自然の成行といえるのであって、その責任は、最も重いというべきである。
さらに、一審被告Y2らの過失をみても、Cにおいて台車を押していたものの、遊びにおける役割の分担にすぎないというべきこと、また、一審被告清翔開發は、本件休息室がただちには幼児ら預かり所に準じる施設とはいえないけれども、顧客らからは、キッズルームと呼ばれ、従業員らにおいても子供らを預かる旨の発言をしたこともあったこと、台車保管、管理懈怠をし、台車をCらの遊ぶに任せたこと、この間、店舗周囲の状況等から店外に亡Bらが出るならば、交通事故発生の危険は、容易に予測できたことなどを総合考慮し、一審被告Y2らと一審被告清翔開發は、その責任が二分の一ずつあるものとして、一審原告らとの関係では、二:三の割合でその責任を連帯して負担するのを相当と認める。
ウ 一審被告Y2らは、Cも準被害者であり、一審原告らの請求は権利濫用である旨の主張をし、Cも亡Bと同じ二歳の幼児であり、店外に出ることの危険性を認識し、行動をしたとはいえず、また、本件台車の進行程度等によっては、Cも重傷等を負った可能性があることは認められる。
しかしながら、Cは本件台車を押していたのであり、それまでも主として店内で台車で遊んでいたのはCであり、民法七一四条一項に照らし、一審被告Y2らは、親としての責任を免れないというべきであるから、上記一審被告Y2らの主張は、採用することができない。
エ 以上のとおりであるから、本件事故により生じた一審原告らの損害は、一審被告Y1において五割の限度で支払義務があり、一審被告Y2ら、一審被告清翔開發においては、二割の限度でこれを連帯して支払う義務があるというべきである。
四 損害額とその負担等について
(1) 亡Bの損害
ア 逸失利益 二〇三三万五五六九円
基礎収入を平成一五年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者全年齢平均賃金三四九万〇三〇〇円とし、生活費控除率を三〇パーセント、一八歳から六七歳までを就労可能期間とするのが相当であるから、中間利息年五パーセントをライプニッツ方式により控除すると(ライプニッツ係数は、二歳から六七歳までの年数六五年の係数一九・一六一〇から二歳から一八歳までの年数一六年の係数一〇・八三七七を控除した八・三二三三)、逸失利益の額は、次の計算式のとおり、二〇三三万五五六九円(円未満切捨。以下同様)となる。
三四九万〇三〇〇円×(一-〇・三)×八・三二三三
イ 慰謝料 一六〇〇万円
本件事故の態様、亡Bの年齢、本件事故時から死亡時までの時間(約七時間)等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、亡Bの慰謝料(傷害慰謝料と死亡慰謝料を含む。)は一六〇〇万円が相当である。
ウ 合計損害額 三六三三万五五六九円
エ 相続 各一八一六万七七八四円
一審原告らは、各二分の一の割合で亡Bを相続したから、各自の相続額は一八一六万七七八四円となる。
(2) 一審原告X1固有の損害
ア 治療費 一〇八万三八一八円
《証拠省略》によれば、一審原告X1は、治療費として一〇八万三八一八円を要したことが認められる。
イ 付添看護料 三〇〇〇円
本件事故時から亡B死亡時までの時間が約七時間であることからすると、付添看護料は一審原告ら両名併せて六〇〇〇円が相当であるから、一審原告ら一名当たり三〇〇〇円を認める。
ウ 入院雑費 一五〇〇円
入院雑費は、入院期間が一日以内であるから、一五〇〇円が相当である。
エ 葬儀関係費 一五〇万円
《証拠省略》によれば、一審原告X1は葬儀関係費として一五〇万円以上の金額を支出したことが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係のある損害額は一五〇万円と認めるのが相当である。
オ 一審原告X1固有の慰謝料 二〇〇万円
本件事故の態様、二歳である子を失ったことによる悲しみ、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、亡Bの傷害及び死亡についての一審原告X1固有の慰謝料額は、二〇〇万円と認めるのが相当である。
カ 一審原告X1固有損害の合計額 四五八万八三一八円
(3) 一審原告X2固有の損害
ア 付添看護料 三〇〇〇円
一審原告X1と同様に、三〇〇〇円が相当である。
イ 一審原告X2固有の慰謝料 二〇〇万円
一審原告X1と同様に、二〇〇万円が相当である。
ウ 一審原告X2固有損害の合計額 二〇〇万三〇〇〇円
(4) 一審原告らの損害額
以上より、一審原告X1の損害額は、二二七五万六一〇二円、一審原告X2の損害額は、二〇一七万〇七八四円となる。
(5) 過失相殺後の一審被告らの負担額について
一審原告X1分合計一五九二万九二七一円について
一審被告Y1負担額は一一三七万八〇五一円
一審被告Y2ら、一審被告清翔開發負担額は四五五万一二二〇円
一審原告X2分合計一四一一万九五四八円について
一審被告Y1負担額は一〇〇八万五三九二円
一審被告Y2ら、一審被告清翔開發負担額は四〇三万四一五六円
(6) 損害の填補と充当
ア 《証拠省略》によると、一審被告Y1の自賠責保険から、平成一七年八月八日、一審原告X1に対し一二八七万六三〇〇円、一審原告X2に対し一一八七万四一〇〇円の一審原告らが自認する合計二四七五万〇四〇〇円が支払われるとともに、治療費として医療機関等に合計一〇八万三八一八円が支払われたことが認められる。
そうすると、治療費は一審原告X1の損害であるから、医療機関等に支払われた一〇八万三八一八円は一審原告X1に対する損害填補額となり、結局、一審原告らは、次のとおり損害填補を受けたことになる。
一審原告X1 一三九六万〇一一八円
一審原告X2 一一八七万四一〇〇円
イ 上記の充当関係
一審被告Y1負担額は、(5)のとおりであり、その遅延損害金を含めても同被告の債務は消滅したと認められるから、さらに一審被告Y2ら分への充当の有無、額を検討すると、次のとおりとなる。
(ア) 確定遅延損害金
一審原告らが自賠責保険から受領した平成一七年八月八日までの確定遅延損害金(一審原告の請求する平成一六年六月二五日から平成一七年八月八日までの四一〇日分)は、以下のとおりとなる。
一審原告X1分 八九万四六五七円
一五九二万九二七一円×五パーセント×四一〇日/三六五日
一審原告X2 七九万三〇一五円
一四一一万九五四八円×五パーセント×四一〇日/三六五日
(イ) 残損害元本額
損害填補額を、まず確定遅延損害金に充当し、残額を損害填補前の損害元本額に充当すると、一審原告らの一審被告Y2ら、同清翔開發に対する残損害元本額は以下のとおりとなる。
一審原告X1 二八六万三八一〇円
一五九二万九二七一円-(一三九六万〇一一八円-八九万四六五七円)=二八六万三八一〇円
一審原告X2 三〇三万八四六三円
一四一一万九五四八円-(一一八七万四一〇〇円-七九万三〇一五円)=三〇三万八四六三円
ウ まとめ
一審被告Y1の支払関係は、上記のとおりであり、同被告は、既に五割を超える額の支払をしているから、一審原告らの残額の支払を求める請求は失当というほかはない。
一審被告Y2らと一審被告清翔開發については、既払控除後の一審原告X1分は、二八六万三八一〇円、一審原告X2分は三〇三万八四六三円となる。
(7) 弁護士費用
認容額、訴訟経過その他本件の顕れた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用額は、一審原告ら各々につき三〇万円と認めるのが相当である。
そうすると、一審原告らの一審被告Y2、同清翔開發に対する請求は、一審原告X1について三一六万三八一〇円、一審原告X2について三三三万八四六三円とその遅延損害金請求の限度で理由があることとなる。
五 結論
よって、一審原告らの一審被告Y1に対する請求は理由がないが、一審被告Y2らと一審被告清翔開發に対し、一審原告X1については三一六万三八一〇円、一審原告X2については三三三万八四六三円の不法行為に基づく損害賠償金及びこれらに対する損害填補日の翌日である平成一七年八月九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから、これらを認容し、その余は理由がないとしてこれらを棄却すべきものである。よって、これと異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、六五条一項本文、六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 川久保政徳 塚原聡)
別紙 図面《省略》