福岡高等裁判所 平成20年(ネ)658号 判決 2011年4月27日
控訴人(原告)
株式会社X
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
春山九州男
春山佳恵
安田聡剛
被控訴人(被告)
株式会社三井住友銀行
代表者代表取締役
B
訴訟代理人弁護士
川島亜記
島田邦雄
筬島裕斗志
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は控訴人に対し、530万円及びこれに対する平成18年7月20日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを10分し、その6を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実及び理由
第Ⅰ申立て
(控訴人)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、883万0355円及び内金177万6358円に対する平成17年6月8日から、内金178万8328円に対する同年9月8日から、内金176万1411円に対する同年12月8日から、内金174万2055円に対する平成18年3月9日から、内金176万2203円に対する同年6月7日から、各支払済みまで年5分の金員を支払え。
3 訴訟費用は第1、2審を通じて全部被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
(被控訴人)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第Ⅱ事案の概要
本件事案は、控訴人(以下「控訴人会社」という。)が、被控訴人(以下「被控訴人銀行」という。)との間で円変動金利と円固定金利のみを交換するいわゆるデリバティブ取引の一つである通称プレーン・バニラ・金利スワップと呼ばれる金利スワップ契約(以下「本件金利スワップ契約」という。)を締結した際、被控訴人銀行の従業員において、説明義務違反及び取引における優越的地位の濫用ないしそれを利用した不適正ないし不公平な勧誘等があったとして、金融商品の販売等に関する法律(平成18年法律第66号による改正前のもの)4条、民法415条、同709条ないし715条に基づく損害賠償として、本件金利スワップ契約に基づいて控訴人会社が被控訴人銀行に支払った金員相当額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は、控訴人会社の請求を全部棄却したので、控訴人会社は、それを不服として控訴した。
第Ⅲ当事者の主張等
本件における前提事実、当事者の主張等については、下記のとおり「第1 当審における控訴人会社の主張の要旨」及び「第2 当審における被控訴人銀行の主張の要旨」を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の「1 前提事実(争いのない事実)」、「2 原告の主張(これに対する被告の主張は、【 】内に記載する。)」に記載のとおりであるから、これを引用する。
第1当審における控訴人会社の主張の要旨
1(1) 被控訴人銀行は、各支店法人営業部にその地域特性や実績分析を十分に行わないまま収益目標を課し、その目標達成のために金融商品である金利スワップ取引を中小企業等に積極的に勧誘していたものである。本件もその営業方針に基づき、金融商品自体を専ら被控訴人銀行の収益目標達成の手段として勧誘したもので、融資取引先である控訴人会社の必要に基づくものではなかった。したがって、本件金利スワップ契約は、「市場金利上昇に対するリスクヘッジ」を標榜した、単に被控訴人銀行の利益獲得のための偽装商品であった。
(2) 公正取引委員会において、平成17年に被控訴人銀行に対して出された勧告の趣旨は、被控訴人銀行と融資取引関係にある事業者に対して、自己の優越的立場を利用して、金融商品である金利スワップ取引の勧誘に応じることが、融資を行う条件である旨、又は、応じなければ不利な取扱をする旨を示すことによって同取引に応じさせることを排除する目的のものであった。
(3) 金融庁による被控訴人銀行に対する平成18年の行政処分は、金融商品である金利系デリバティブ商品の一定期間の販売禁止とその販売業務及び「顧客に対する適切な説明義務態勢の確立」等につき改善を命じたものである。
被控訴人銀行においては、これを受けてその誤りを認め、その業務改善のために金利スワップ取引の説明をするにつき、控訴人会社に用いた従前の提案書(以下「本件提案書」という。)を、一般の顧客にも理解しやすいように大幅に改訂した。被控訴人銀行に対する公正取引委員会の勧告及び金融庁の行政処分がなされたことからも、被控訴人銀行と控訴人会社間に締結された本件金利スワップ契約が違法であったことが示されている。
2 控訴人会社の基本的主張
金利スワップ取引のようなデリバティブ金融商品の取引の勧誘においては、その勧誘をする銀行等には、その相手方の知識、投資経験、年齢等の理解力に応じて、当該金融商品の基本的仕組みや重要な事項につき、相手方が十分理解できるような説明をする義務がある。
被控訴人銀行の本件提案書等による金利スワップ取引に関する説明は、不十分であったばかりでなく、不正確ないし誤った部分もあった。中途解約時における清算金の算定方法が顧客に一方的に不利益なものであって、その額は極めて高額になること等については、全く説明されなかった。また、被控訴人銀行においては、先スタート型金利スワップ取引によるときには、さらに被控訴人銀行が追加利益を得る関係から、控訴人会社はより多額の支払を要することになるのに、これについての説明を怠った。
3 本件商品の欠陥性
(1) 被控訴人銀行が控訴人会社に取引の勧誘に持ち込んだ金利スワップ取引は、被控訴人銀行のいわゆる利ざやが正常な範囲を大きく逸脱する水準のものであったため、本件金利スワップ契約は、その目的とされた控訴人会社の変動金利借入に対するリスクヘッジ機能を殆ど果たさないものであった。すなわち、通常、金利スワップ取引によって銀行が得る信用コストを含んだ標準的な利ざやは、0.015%から0.02%とされるのが理論上、又は、実際の銀行間取引等においては通常である。そして、スワップ金利は、金融専門家の平均的な金利変動の予測を反映するものである。本件金利スワップ契約の締結当時の変動金利の利率は、0.1%未満であったもので、専門家間での予想では、本件金利スワップ契約期間終了時までには1.9%まで上昇するとされていたに過ぎなかった。
(2) 本件金利スワップ契約のいわゆる本件銀行利ざやは、対顧客取引であることを考慮しても、1.272%と高率であったもので、他の銀行の金利スワップのレートと比較しても明らかに高かった。したがって、本件金利スワップ契約(固定金利2.445%)では、変動金利が上記予想平均を超えて直線的に上昇するとしても、そのヘッジ機能を果たすためには、変動金利は最終的に4.445%以上という当時では考えられない高利率まで上昇する必要があった。
(3) 変動金利リスクヘッジのために金利スワップ取引を利用する目的は、変動金利から固定金利への借替等の代替的方法に比べて、コストが節約できることにもある。本件金利スワップ契約の固定金利は高利率であるため、変動金利による借入金自体を固定金利での借入とする代替的方法に比べて著しいコスト高となっており、この点からも本件金利スワップ契約による変動金利リスクヘッジの効果は全く無かった。
(4) 本件金利スワップ契約は、借入金の変動金利の上昇に対するリスクヘッジを図る目的で、被控訴人銀行から提案がされたもので、客観的経済情勢の変動への危機管理を目的としたものである。それからすると、金利スワップ契約の固定金利において、顧客の経済的信用力の脆弱性(利息支払の債務不履行の危険度)という主観的要素(顧客の信用コスト)が重要視されるときには、本来の目的である変動金利リスクに対するヘッジ機能が働かないことになる。
したがって、経済的信用力の脆弱性という主観的・個別的理由から、金利スワップの対象となる顧客の支払う固定金利と銀行が顧客に支払うTIBOR(Tokyo InterBank Offered Rate)等による変動金利の利率の乖離が著しいときは、そもそも上記ヘッジ機能があるなどとしてはならない。
(5) 変動金利リスクに対するヘッジ機能を保持しようとするときは、対顧客マーケットにおいても、顧客の支払う固定金利水準が、インターバンク市場における銀行間の金利スワップの水準と大きく乖離することは本来あり得ない。
4 本件提案書の不正確性
(1) 被控訴人銀行が説明に用いた本件提案書でのシミュレーションは、変動金利につき3か月TIBORを採用したが、控訴人会社がリスクヘッジの対象とした変動金利は短期プライムレートであった。短期プライムレートは日々変動するものではなく、相当長期間一定のことも多いのに対し、TIBORは、毎日変動するのが一般的で、リスクヘッジを目的とするような場合にあっては、むしろ金利の性質が異なるものであり、簡単に「相関性が高い」とか「両者の金利差は一定であると理由もなく仮定する」べきではない。実際には、3か月TIBORと短期プライムレートの金利差は相当程度日々異なっているのが通常である。特に、平成16年1月15日現在では、3か月TIBORは0.0900%であったのに対し、短期プライムレートは1.3750%で大きな差があった。これを考慮しなかった説明は不適切である。特に最近20年間近く、3か月TIBORは短期プライムレートを上回ったことはない。したがって、3か月TIBORと短期プライムレートのそれぞれの意義や、その違いの説明がなされなければならないし、また、プライムレートを基準金利とする変動金利による借入をしている者が、3か月TIBORを基準金利とする金利スワップでリスクヘッジの効果があるのかの説明もされる必要がある。さもなければ、顧客は、元本が同額であれば、借入につきプライムレートによる変動金利(実際にはそれに銀行利ざやが加算されたより高い利率が借入金利とされる。)を支払い、それより実際ははるかに低率な3か月TIBORの変動金利をスワップ取引で得たとしても、両変動金利は完全には相殺されることにはならず、そもそもリスクヘッジの実質的効果はない。それなのに、被控訴人銀行は、控訴人会社の実際の、短期プライムレート等による変動金利借入に対するリスクヘッジとしてTIBORを使用した金利スワップ取引を説明もなく提案したのである。
(2) 被控訴人銀行の説明では、実際の本件金利スワップ契約における損益計算はできなかった。同契約期間中に、仮に一時期TIBORがスワップ金利を上回ったとしても、本件金利スワップ契約における損益は、同契約期間中の受取利息の総額と支払利息の総額を見なければならないからである。
本件提案書における損益のシミュレーションは、契約期間全体を通じて受取超となるべき3か月TIBORの時期を説明せず、あたかも一時的にせよ変動金利の利率が固定金利を超過した時には、当該契約に利益が出ると誤解を生じさせるような説明となっていた。
すなわち、契約期間全体を通じてリスクヘッジが可能となるシステムの説明が必要であったのに、それがなされていなかったものである。
(3)① 先スタート型金利スワップとは、例えば期間6年で1年先スタート型では、まず期間7年の金利スワップを行い、同時に期間1年の金利スワップをして、各変動金利支払を相殺することにより、1年先の金利交換スタートを可能にして、1年目の固定金利のうち相殺されていない部分については、2年目以降の固定金利に上乗せして支払うものである。
② 契約時点の変動金利は低いが、固定金利が現況の変動金利より著しく高率である場合には、先スタート型金利スワップにあっては、先1年間の金利上昇の予想を前提にスワップ金利が決定されているのが通常である。
したがって、「すぐには金利は上昇しないと予想される」場合には、変動金利リスクが当面はないのであるから、1年後にスポットスタート型の金利スワップを選択すべきである。この点、当面は変動金利はむしろ低下傾向にあるとしていた控訴人会社に対して、1年先スタート型金利スワップが控訴人会社の需要に合致すると勧めた被控訴人銀行の説明は、不正確なばかりでなく控訴人会社に損害をもたらすものであった。
③ しかも、本件金利スワップ契約では、被控訴人銀行は、1年間は金利スワップ機能を全く果たさなかったのに、1年先スタート型にしたことにより、さらに0.278%の利益を得る結果となっている。
(4) 被控訴人銀行は、控訴人会社の変動金利リスクヘッジ対象になる具体的借入について知識を有していた。ないしは、知り得たのであるから、その実際の借入実態に即した変動金利リスクヘッジについて、具体的数字を用いた説明をするべきであったのに、それをしなかった。
(5) 中途解約清算金に関する説明は、極めて抽象的であり、不十分である。解約清算金が多額になる可能性があるときは、例え解約権があったとしても解約は事実上制限されるのであるから、金利スワップ契約の締結の可否に関する重要事項である。少なくとも解約清算金の算定の仕方の概要とその上限の説明がなされて然るべきである。金利スワップ契約の中途解約の清算金は、理論上は、当該契約の残存期間につき、反対方向の金利スワップを再構築し、その固定金利が当初契約の固定金利より低い分を清算金として請求することとなるはずである。
すなわち、本件のように、被控訴人銀行が設定した条件下では、期間7年、残存期間6年で中途解約した場合、想定元本3億円で3015万円もの清算金が発生する可能性があることを知っていれば、控訴人会社においては、本件金利スワップ契約の締結はしなかったものである。
5 控訴人会社は、当分の間、変動金利の水準は上昇しないと考えていたのであるから、変動金利リスクヘッジの必要は当時存しなかった。また、金利スワップ契約によるリスクヘッジのコストが著しく高いのであれば、よりコストの低い借入金自体を固定金利の借入に変更することによって代替できた。さらに控訴人会社のパチンコ店の営業という性質上、景気が上向けば業績も上向くので、原則、変動金利リスクは問題にならず、むしろ、景気が低迷して業績が悪化しても利払額が一定で固定費の限縮をもたらさないので、理論上は、変動金利を固定金利にスワップするのに適している。被控訴人銀行は、その控訴人会社に対して、適合しないことから必要もない変動金利から固定金利へのスワップの勧誘をしたもので、適合性の原則に違反している。
6(1) 本件は、控訴人会社が被控訴人銀行から無担保無保証での初取引にもかかわらず1億5000万円もの融資を受け、引き続き、融資を受けられることを願っているという依存関係を利用した誘因によって、本件金利スワップ契約は締結されたものである。
(2) 控訴人会社は、3か月TIBORやスプレッド水準等の用語の正確な意義も理解していなかったことから、本件提案書に基づく金利スワップの仕組みやリスクの説明を受けても、金融商品の内容を十分理解できなかったが、被控訴人銀行の「金利上昇からのリスクヘッジ」に有効であるとする説明を信じた。被控訴人銀行は、顧客である控訴人会社の金融商品に対する理解力等を考慮することなく、自己の利を一方的に図る目的で本件金利スワップ契約を締結したものである。
(3)① 平成8年9月以降の主要な都市銀行の短期プライムレートは1.5%前後で推移していたが、平成13年3月以降は1.375%であった。被控訴人銀行からの1億5000万円の借入は、「短期プライムレート+0.75%の変動金利」であったことから、当時の借入金利は「2.125%」ぐらいの水準にあった。また、控訴人会社のa銀行からの10億円の借入の当時の金利水準は、3.7%程であった。
② 被控訴人銀行の本件提案書に基づくシミュレーションを前提とすれば、実際のコストは、被控訴人銀行からの控訴人会社の借入は4.40%程度に、a銀行からの控訴人会社の借入は5.975%程度に各固定されることになる。本件金利スワップ契約の損益を被控訴人銀行の説明に当てはめると、当初の1年で706万円の損害となる。控訴人会社は、実際には同期間に833万円の支払を求められた金利交換取引通知書を受け取って、初めて本件契約の内容の重大性に気が付いたものである。
このような高利息に固定される可能性のあることを当初から理解していれば、本件金利スワップ契約は締結しなかった。
第2当審における被控訴人銀行の主張の要旨
1 控訴人会社は、年商64億を超える優良中堅企業であって、その財務担当者らは、金利スワップ契約等の財務につき十分な知識、判断能力を有しており、金利スワップ契約の仕組み、内容、効果や、変動金利が低位で推移した場合には、実質支払金利が割高となる可能性を理解して本件金利スワップ契約を締結したものである。したがって、適合性原則に反してはいない。
2(1) 被控訴人銀行の従業員である訴外Cらは、本件提案書を交付し、それに副ってその記載内容を説明した。また、想定元本を3億円として、支払金利(適用金利)を当時の利率水準と仮定したときに、変動金利が仮定した一定の利率で推移した場合に控訴人会社が支払うことになる具体的金額を、控訴人会社の代表者であるA(以下「A社長」という。)に税理士も同席の下で説明した。また、当時の3か月TIBORと短期プライムレートの金利推移表も交付した。それらのことから、控訴人会社は、本件確認欄に押印してその説明を受けて理解したことを確認した。
(2) 先スタート型の金利スワップ契約では、契約締結時から先スタートの時期(金利交換開始日)までの金利変動を考慮する必要がある。そこで、契約締結時から最終期限までを金利交換期間とするスポットスタートの金利相場と、契約締結時から先スタート時までを金利交換期間とするスポットスタートの金利相場の双方を参考にして、契約締結時における先スタートの金利スワップ契約の適用金利(スワップ金利)が決定されるものである。本件も同様であった。金利スワップ市場における金利相場は絶えず変動することから、先スタート型のスワップ金利とそのスタート時を契約締結日とするスポットスタート型のスワップ金利は異なる場合が多い。したがって、先スタート型か後日にスポットスタート型を選択するのが有効であるかは決まっているものではなく、この点における、被控訴人銀行の説明に誤りはない。
(3) 本件契約締結当時、一般的な金融状況からすると、変動金利リスクをヘッジする必要性は存在したものである。控訴人会社は、「3か月TIBORが固定レートを超える時期がいつごろになるかの予測についても説明すべきであった」としているが、市場金利は様々な要素の影響を受けて変動するものであり、その将来の動向を正確に予測することはできないので、そのような説明はむしろすべきではない。
(4) 金融機関の得るべき利潤は説明義務の対象ではない。金利スワップ契約における控訴人会社主張にかかる標準的利ざやなるものは存在しない。対顧客マーケットにおける金利スワップ契約と、インターバンク市場における銀行間の金利スワップ契約とでは、契約当事者の信用度において格段の差がある。対顧客マーケットにおけるスワップ金利の利率は、通常はインターバンク市場における利率より高いレートである。その両者の利率差が0.5%前後である例も少なくない。
(5) 本件金利スワップ契約においては、原則として中途解約はできないとされており、例外的に被控訴人銀行が認める場合にのみ可能なものである。中途解約は、清算金の金額の点も含めて双方で合意して行うものである。したがって、事前に被控訴人銀行が清算金の額等について説明すべきものではない。
(6) 被控訴人銀行が金融庁の行政処分を受けて再発防止策を定めたのは、被控訴人銀行のよりよい金融商品の販売態勢を構築することを目的としたからである。本件提案書もより優れた内容にするためを目指して改訂したものである。なお、金融庁の監督指針では、「清算金の計算方法等の説明もすべきである。」としているが、その説明の義務は一般的には民法上は存しないと解すべきである。
3(1) 本件金利スワップ契約は、変動金利リスクのヘッジの対象を特定の借入とするものではなく、控訴人会社の変動金利による借入全部のうちの3億円部分を対象とするいわゆるマクロヘッジを目的としたものである。借入金融機関毎にスプレッドは異なるので、被控訴人銀行の説明においても、控訴人会社における特定の借入を前提とした説明は不適当である。したがって、控訴人会社の借入金の実際の利率を踏まえた実質的調達コストまで説明する必要はなかった。
(2) 3か月TIBORと短期プライムレートの間には、一方が上昇傾向にあるときは他方も上昇傾向になるという意味で相関性があるため、その金利差は概ね一定であることから、実際の借入がいずれの金利であっても、一定程度の金利の固定化をはかることができる。
(3) 金利スワップ契約におけるリスクヘッジの目的は、変動金利での借入を実質的に固定金利での借入に変換して資金調達コストを固定することにあり、金利スワップ契約によって資金調達コストを低く抑えることや、金利差益の獲得を目的とするものではない。例え金利スワップ契約の結果として、実質利息が支払超となったとしても、資金調達コストの一定化というリスクヘッジの目的は達成されている。支払超をもって、損失が発生したとか、利益が生じていないとするのは誤りである。
(4) 変動金利の借入を固定金利の借入に借り替えを求められた場合に適用される固定金利の利率水準は、理論的には、変動金利で借入た上で金利固定化の金利スワップ契約を締結する場合の実質調達コストと同程度の利率水準となるのが原則である。
4(1) 金融機関と顧客間の金利スワップ契約における固定金利(スワップ金利)の利率は、金利スワップ契約の契約条件の一つであり、インターバンク市場における金利スワップレートに販売コストや顧客毎の信用コストを加算した利率を、金融機関が顧客に提示した上で、金融機関と当該顧客との間の個別具体的な交渉の結果の合意により決定されるものである。顧客は、被控訴人銀行の提示する条件に対し合意するか否かの自由を有していた。
したがって、金融機関と顧客との間の個別の取引関係や交渉経緯等を一切捨象して、どの程度の利潤が「通常」、「標準的」ないし「適正」だとかは言い得ない。
(2) 本件金利スワップ契約が、控訴人会社主張の「リスクヘッジの偽装商品」か否かの問題は、本件の説明義務違反、適合性原則違反、優越的地位の濫用の存否、可否の本件訴訟における争点とは関係はない。金利スワップ契約という金融商品自体の販売に問題はないことは明らかである。
5 被控訴人銀行の控訴人会社に対する融資は、平成15年12月30日の元本1億5000万円の変動金利による貸付のみであって、同融資実行後の控訴人会社における借入割合は約15%であった。控訴人会社のメインバンクであるa銀行が融資に消極的であったという事情もなかった。また、被控訴人銀行が本件スワップ取引の提案をしたのは、前記融資が実行された後である。したがって、本件金利スワップ契約の締結が被控訴人銀行からの融資の条件であることはなく、被控訴人銀行に優越的地位の濫用はない。
6 被控訴人銀行は、控訴人会社に対する本件金利スワップ契約の提案に際しては、控訴人会社には短期プライムレートを基準金利(それにスプレッドがプラスされている。)とする借入があることを知ったので、シミュレーションとして借入金利の基準金利が短期プライムレートであるときの実質調達コストを算定して説明している。その結果、控訴人会社においては、本件提案書記載の「実質調達コスト」の数値にスプレッドを加算すれば実質調達コストを把握できたものである。
第Ⅳ当裁判所の判断
第1金融取引に関する基礎的知見
証拠(甲16、28、29、37)及び弁論の全趣旨並びに職務上の知識ないし一般的調査によって得られた本件事案に関係する金融取引上の基礎的知識は次のとおりである。
1(1) 変動金利リスク
変動金利とは、一定の期間毎に、その時点の経済情勢を反映している特定の利率水準の利息を支払うことを事前に約したものである。借入をした者は、理論上、金利が望ましくない方向である上昇傾向になったときに、それに応じて金利負担が増大する危険性があるという意味で変動金利リスク(以下「狭義の変動金利リスク」という。)があるとされる。また、逆に金利が望ましい方向である下降傾向になって金利負担が減少する場合にも、企業等に必要とされるキャッシュフローに変動を生じるので、その変動自体を望ましくないものとして、それをリスクとして捉えて、それをも含めて変動金利リスク(以下「広義の変動金利リスク」という。)とする場合もある。
(2) 固定金利と変動金利の経済上の関係の原則
理論上、金融市場において、将来の一定期間に一定元本につき、当時の経済情勢から想定された変動金利で計算された利息の総額の経済的価値と、同期間に同額の元本での利息総額の経済的価値が、計算上等しくなるように想定された利率が固定金利とされる。
(3) 銀行の利ざや等
銀行が企業等の変動金利で金員を貸し付ける場合の利率の決定の仕方は、TIBOR等の銀行間金利等を基準金利として、それに「銀行の利ざや等」としての利率(以下「銀行利ざや等の利率」という。)を上乗せする方法で決められる。同利率は、理論的には、個々の貸借の特定の借主の債務不履行等のリスクである「信用リスク」や、その取引に必要とされた各種コストや銀行の純粋な利益等を勘案し、それに応じた利率とされる。
(4) スプレッド
異なる市場や限月の金融商品間の「金利差」や「価格差」のことを言う。
(5) 短期プライムレート
銀行が信用力の高い一流企業に短期(期間1年以内)に貸出すときの優遇金利のことである。
2 TIBOR(タイボー)
東京の銀行間市場でその時々で資金の貸し借りがされる場合に用いられる多数の銀行同士間取引の金利を、特定の方法で平均した利率(Tokyo Inter Bank Offered Rate)である。
3 金利スワップ取引
(1) 金利スワップ取引の意義とプレーン・バニラ・金利スワップ
金利スワップ取引とは、金利を対象とするいわゆるデリバティブ取引の一つで、同一通貨間で、一定の元本、期間、利息交換日及びそのサイクルを決定し、元本と切り離された互いの異なる種類の金利のみを交換する取引である。その元本は計算上必要とされるだけなので、「想定元本」と呼ばれており、スワップの対象となる利息が固定金利と変動金利であるものは、金利スワップ取引の基本とされ、「プレーン・バニラ・金利スワップ」と称されている。
(2) スワップレート
金融市場で取引されるプレーン・バニラ・金利スワップの固定金利水準のことである。変動金利レートと固定金利レートを交換し、一般的には6か月TIBORなど代表的な変動金利と交換対象になる固定金利のことを指す。
この金利は、スワップ金利の水準を示すだけでなく、銀行の固定金利によるレート水準を示すものとしての意味ももっている。一般に金融派生商品の価格は、スワップレート金利体系に基づいて算出されている。このレートは、市中金利の動向により変動するが、この利率は、当該期間のトリプルA格相当の普通社債の複利利率に近い水準であるとされている。東京円金利スワップレート仲値として、経済新聞に日々掲載されている。
銀行間ないし銀行と超一流企業間でのプレーン・バニラ・金利スワップにあっては、変動金利の利率は6か月TIBORとされるときは、固定金利の利率は、6か月間のトリプルA格相当の普通社債の福利利率に近い水準である東京円金利スワップレート仲値とされることが通常である。
(3) 相対取引
金利スワップ取引は、金融関係の取引所を通さず当事者間で直接に取引がされる相対取引により行われる。その取引条件(想定元本額、取引期間、金利種類、利払期日等)は、当事者間の交渉で予め決められる。
4 金利スワップにおける交換される利息同士の等価関係の原則
金利スワップ取引では、交換時点での、一定期間の期日毎に支払われる固定金利の経済価値と、一定期間内にある確率を以て想定される変動金利の経済価値は、理論上では等しいものとして交換されるのが原則である。したがって、金利スワップの価格(金利スワップレート)は、固定金利と変動金利の双方のそれぞれの支払時期における利息の合計額であるキャッシュフローの「現在価値」が等しくなるように計算されて決められる。
5 金利スワップ取引による変動金利リスクのヘッジの内容とその前提条件
(1) 変動金利リスクヘッジのための方法としては、金利スワップの方法が理論上有効であるとされている。それは、銀行から元本a円の借入をして変動金利を支払っている者が、相手方から想定元本a円による変動金利の利息を受け取り、反対に固定金利の利息を相手方に支払うことにする利息を等価として交換(スワップ)すれば、変動金利と相手方から受領する変動金利同士は相殺されるため、固定金利による利息のみを支払う資金需要に固定されることになる。すなわち、変動利率による借入をしたものが、固定利率の借入に契約を変更したのと同旨となるのである。
上記リスクヘッジが完全であるためには、借入元本額と想定元本額とが同額で、かつ、変動利率同士の同期間の平均利率が同率であるのが前提となる。
(2) リスクヘッジで効果が出る条件
金利スワップ取引において、変動金利リスクに対するヘッジの効果が明確に出るのは、契約期間中における変動金利の一時的ないし短期間の高騰では不十分であって、理論的には、同契約期間における実際の変動金利の平均利率が、銀行間取引に当たるような金融専門家が同期間で予想した平均利率を超えることは勿論、実際には、さらにその平均金利に前記銀行利ざや等を加えた金利水準を超える必要があると理解される。
6 金融(派生)商品取引(デリバティブ取引)の理解の方法
(1) 複雑難解な金融工学の産物とされるデリバティブ取引の仕組みも、単純な資金の貸し借りや資産の交換・売買等取引の組合せに複製する方法(複製取引方法)で理解できるのが原則であるとされている。金利スワップ取引も、その基本的構造自体は容易にその全容を理解することができるとされる。
(2) 上記複製取引の手法によって金利スワップ契約の解明を図ると、甲・丙間の元本額a円による甲を借主とする変動金利Bによる丙に対する利息支払関係と、乙・丁間の元本額a円による乙を借主とする固定金利Cによる丁に対する利息支払関係が併存しているとき、甲・乙間で各その利息の支払関係のみを銀行の仲介で交換するものと理論上複製される。
また、甲・乙は、それぞれの元本額と利率が金利スワップ契約に相応しい相手方を探して、その契約締結交渉をするに必要なコストの負担をしなければならないのに、その仲介を銀行にしてもらうのであるから、それぞれ銀行に対する仲介報酬を支払うことになるとされる。
7 一般企業と銀行との間の実際の金利スワップ契約の状況
(1) 実際には、一般企業である甲が求める金利スワップに相応しい相手方は存在しないか容易には発見できないのが現実である。そのため、実際の金利スワップ契約は、複製事案では仲介者であった銀行が甲以外の他の当事者全員の地位と仲介者の地位を兼併して、企業甲と銀行を二当事者とする契約としてされる。そこで、甲は、銀行に元本額a円の固定金利Cによる利息を支払い、反対に変動金利Bによる利息支払を受け取る内容の契約となるのである。したがって、実際の金利スワップ契約は、甲が、銀行から元本額a円を固定金利Aで借入れ、同時に銀行に同額の金員a円を預け入れて変動金利Bを受領するものと結果的には単純化される。
(2) 上記金利スワップ契約の複製理解によれば、理論的には、甲の銀行へ預け入れた元本額a円の変動金利の利率は、銀行がその信用リスクに従って他者から借入をするときの金利であるから、TIBOR等の銀行間金利が用いられ、他方、銀行が甲に貸し付けたこととされた元本額a円の固定金利の利率は、形式上は、甲の経済的信用リスク(貸金契約の債務不履行リスク)に見合った銀行借入金利の利率となるように見える。しかし、上記元本は、前述した想定元本であるから、双方とも各元本については返済リスクを負うことはない。そのため、金利スワップ契約においては、利息の回収についての信用リスクと銀行が引き受けることになった変動金利リスクのみが存在するものと理解される。したがって、上記金利スワップ取引の固定金利の利率は、通常の銀行借入金利の利率を下回る利率とされるべきことになる。
第2本件における事実関係
本件事案の前提となる争いのない、ないしは、証拠(甲1ないし15、乙1ないし11、原審における証人C、同控訴人会社代表者本人、ただし、書証については枝番のあるものはそれを含む。)並びに弁論の全趣旨により認められる事実
1(1) 控訴人会社は、b県c市を中心に3店舗のパチンコ店やビジネスホテル、レストランを経営する地方の中堅企業である。控訴人会社の代表者であるA社長は、控訴人会社設立当初から資金繰りを含めて経営全般に実質的にも関与していた。
(2) 控訴人会社の主たる取引銀行は、a銀行である。控訴人会社は、平成15年にパチンコ店を全面改装するため、同銀行から10億円を変動金利で借り入れていた。控訴人会社の同銀行からの平成15年当時の借入金は、上記借入を含めて総額約15億円程度に達していた。
2(1) 被控訴人銀行は、いわゆるメガバンクの一つで、その大牟田支店においては、これまで取引実績のなかった地方の優良企業として知られていた控訴人会社がさらに出店する予定であるとの情報を得たことから、新規の顧客として開拓し、積極的に金融取引をする方針とした。
(2) そこで、被控訴人銀行は、控訴人会社との間において、平成15年12月30日、次の消費貸借契約を締結して1億5000万円の金員を貸し付けた。
返済方法 5年間の均等分割返済
利息 基準金利(短期プライムレート)+0.75%
担保 控訴人会社代表者の個人保証
(3) 被控訴人銀行の従業員である訴外Cは、控訴人会社との取引の開始当初から平成17年7月1日までの間その担当者であった。
3 控訴人会社は、平成16年3月4日、被控訴人銀行との間で、複数の銀行からの借入が主に変動金利によるものであったので、変動金利リスクヘッジを目的として、以下のとおりの想定元本を3億円とする本件金利スワップ契約を締結した。
取引期間 平成17年3月8日から平成23年3月8日の6年間
控訴人会社から被控訴人銀行への金利支払条件
固定金利 年2.445%
支払日 平成17年6月8日から3か月毎の各8日
被控訴人銀行から控訴人会社への金利支払条件
変動金利 指標金利(3か月TIBOR)+0%
支払日 平成17年6月8日から3か月毎の各8日
4 控訴人会社は、本件金利スワップ契約に基づき、被控訴人銀行に対し、平成17年6月1日から平成18年6月7日までの間、5回にわたって、控訴人会社の支払う上記固定金利に基づいて計算した利息の額から、被控訴人銀行から受け取る上記変動金利に基づいて計算した利息の差額(以下「本件差額金」という。)として、平成17年6月1日に177万6358円、同年9月8日に178万8328円、同年12月8日に176万1411円、平成18年3月9日に174万2055円、同年6月7日に176万2203円の合計883万0355円を支払った。
5(1) 訴外Cは、本件銀行借入の融資実行の際、控訴人会社の他銀行からの借入は変動金利のものが多いと知ったことから、控訴人会社には狭義の変動金利リスクヘッジのニーズがあると考え、リスクヘッジの対象を、控訴人会社の変動金利による借入金のうちの一部を対象とするいわゆるマクロヘッジとして、プレーン・バニラ・金利スワップ取引を提案することとした。
(2) 訴外Cは、平成16年1月19日、大牟田支店の副支店長と共に、A社長に対し、「金利スワップ取引のご案内」と題する書面(本件提案書)に基づいて、同取引の仕組み等を説明した。
(3) 本件提案書には、「金利スワップ取引とは、取引期間において同一通貨間の固定金利と変動金利を交換する取引のことです。金利のみを交換する取引であるため、元本の資金移動はありません。取引開始後に変動金利がどのように推移するかによって金利スワップ損益はプラスにもマイナスにもなります。」との記載があり、その条件例として、以下の記載があった。
(平成16年1月16日付のインディケーション)
想定元本 3億円
期間 平成16年1月20日~平成23年1月20日
貴社お受取金利 3か月TIBOR(3か月毎後払)
貴社お支払金利 年2.365%(3か月毎後払)
また、「お取引例」として、以下の記載があった。
実質調達コスト=短期プライムレート(お借入金利)+年2.365%-3か月TIBOR(金利スワップに伴う金利の受払)
短期プライムレートと3か月TIBORの差を1.285%と仮定すると=3.65%となる。
そして、「損益シミュレーション」として、3か月TIBORが0.000から3.500まで、0.25%刻みで変動した場合のスワップ損益の一覧表が掲載されており、「お借入のスプレッド水準に変更がなく、また、お借入のベースとなる短期プライムレートと本スワップ取引での受取金利(3か月TIBOR)の金利差がスワップ期間中は一定であるという仮定に基づきます。」及び「ここでは(短期プライムレート-3か月TIBOR)=1.28500は一定と仮定しています。」と記載されていた。
さらに、《メリット》として、「本金利スワップ取引を約定することにより、貴社の将来の調達コストを実質的に確定させることができます。スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが上昇しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利上昇リスクをヘッジすることができます。」との記載があった。また、《デメリット》として「現時点で将来の調達コストを実質的に確定させるため、約定時点以降にスワップ金利が低下した場合、結果として割高になる可能性があります。スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが低下しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利低下メリットを享受することができません。よって金利スワップを約定しなかった場合と比べて実質調達コストが結果として割高になる可能性があります。」と記載されていた。
そして、本件提案書には「必ずお読み下さい」とされて、「本取引とお借入は独立した取引であり、一方の取引が他方の取引内容に影響を及ぼすものではありません。従って、本提案書におけるお借入のスプレッド水準はあくまで例示であり、お借入のスプレッド水準が、お借入期間中、同一水準であることを意味するものではありません。」、「本取引の適用金利等の条件は市場情勢により変化します。」、「本取引のご契約後の中途解約は原則できません。やむを得ない事情により弊行の承諾を得て中途解約をされる場合は、解約時の市場実勢を基準として弊行所定の方法により算出した金額を弊行にお支払頂く可能性があります。」と記載されていた。
6(1) A社長は、訴外Cらに対し、金利スワップ取引は、初めての金融商品であるので提案を検討したいとして、当時、控訴人会社の顧問税理士の事務所に所属していた税理士も同席の上で、改めて説明するように要請した。
(2) 訴外Cは、平成16年1月28日、A社長らが当面は変動金利リスクヘッジの必要はないのではないか等と考えているようであったので、今度は、スポットスタートと先スタートの各「金利スワップ取引のご案内」と題する書面を持参して、それらを示しながら、A社長及び税理士に対し、金利スワップ取引について説明した。その提案書には、「貴社お支払金利」がスポットスタートでは2.175%、「実質調達コスト」が3.46%、先スタートでは「貴社お支払金利」が2.345%、「実質調達コスト」が3.63%と記載されていた。A社長は、税理士や専務とも相談するとした。
(3) 訴外Cは、同年2月23日、A社長から「金利スワップ取引については検討中であるため、顧問税理士や専務の意見を再確認して、近日中に回答する。」旨告げられた。そこで、訴外Cは、その後、2、3日毎に東京の銀行間取引市場でのスワップ金利が掲載されている新聞記事をA社長宛にファックスで送信するなどした。
(4) A社長は、同年3月初めころ、当面、変動金利の上昇はないため狭義の変動金利リスクはないと考えていたので、先スタート型のほうが良いとして1年先スタートの金利スワップ取引を選択することとした。そこで、訴外Cは、同月3日、1年先スタートの次の内容の金利スワップ取引の提案書(以下「本件具体提案書」という。)を、控訴人会社に持参した。
【金利スワップ条件】
(平成16年3月2日付のインディケーション)
想定元本 3億円
期間 平成17年3月5日~平成23年3月5日
貴社お受取金利 3か月TIBOR(3か月毎後払)
貴社お支払金利 年2.320%(3か月毎後払)
訴外Cは、本件具体提案書を示しながら、A社長に対し、金利スワップ取引の仕組みとその留意点について、再度、説明した。
訴外Cは、契約の具体的な利率は翌日連絡するので、それを承諾すれば成約となる旨を説明し、その旨の了解を得た。
A社長は、本件具体提案書の「本件取引につき説明を受け、その取引内容及びリスク等を理解していることを確認する」旨の欄(以下「本件確認欄」という。)に押印した。
(5) 翌4日、訴外Cは、スワップ利率が年2.445%となることを連絡して了承されたので、控訴人会社と被控訴人銀行との間で、本件金利スワップ契約が締結され、前記のとおり、控訴人会社は、同契約に基づく本件差額金につきその支払をした。
(6) A社長は、狭義の変動金利リスクヘッジの目的で締結した本件金利スワップ契約における各利息支払期が到来してみると、本件差額金が多額で、本件銀行借入の金利と合計すると、被控訴人銀行へ年間1000万円近くを支払うことになったため、被控訴人銀行に騙されたと思うようになった。そこで、控訴人会社は、平成17年12月ころ、本件金利スワップ取引契約は無効であると主張するようになり、平成18年7月20日、本訴を提起したものである。
第3争点に対する判断
(説明義務違反の主張について)
1(1) 控訴人会社と被控訴人銀行との間に変動金利による本件銀行借入がなされたこと、変動金利リスクヘッジを目的とする本件金利スワップ契約が締結されたこと、それに至る経緯等並びに被控訴人銀行の従業員から控訴人会社のA社長らに対して金利スワップ契約について複数回に亘る説明(以下「本件銀行説明」という。)が前記記載内容の本件提案書等に基づいてされたこと(ただし、本件金利スワップ契約は、ヘッジの対象を、控訴人会社の全借入金のうちの一部を対象とするいわゆるマクロヘッジとしての提案だとして、控訴人会社の実際の借入利率をその条件として用いたシミュレーションはなされなかったことは争いがない。)は、「第2 本件における事実関係」で判示したとおりである。
そして、本件銀行説明に対して、控訴人会社においては、金利スワップ取引自体初めて聞く金融商品であり、その構造や仕組みについて知識もなく取引の経験もなかったことから、同説明には税理士を同席させたり、本件金利スワップ契約の締結に当たっては、その説明を受けてから相当期間、控訴人会社内で検討したことも前記のとおりである。
また、金利スワップ取引は金融デリバティブ商品の一つではあるが、理論的には、その基本的な構造ないし原理自体は単純で、特に銀行間市場を前提にするときには、その理解は一般的にも困難ではないと認められる。また、金利スワップ取引についての複製理解の方法等を通してもその基本構造は単純であることが検証し得るところであるので、控訴人会社側も、その原理ないし構造自体については理解していたことは明らかである。
しかしながら、銀行の対顧客市場における金利スワップ取引における金利水準等については、銀行利ざや等の性質上、顧客に極めて専門的な知識ないし経験がない限り、その目的とした変動金利リスクヘッジとしての効果があるか否かについての判断は極めて困難なものであることは、前記金利スワップ取引自体の構造等から明らかである。
(2) そして本件銀行説明においては、本件金利スワップ契約における中途解約時における必要とされるかも知れない清算金額については、前記のとおり極めて抽象的であって、解約手段は合意解約に限定され、場合によっては清算金の支払が必要となるときがあることが判るだけであった。
金利スワップ契約は、銀行の販売する金融商品であるから、解約による契約の相手方たる銀行の損害を賠償すれば、その解除は成立するのが通常である。本件銀行説明においては、その清算金(損害填補金)の具体的算定方法ないし概算額については全く推測もできず、顧客がいわば購入した金利スワップ契約を続行すべきか、清算金を支払っても解約の申入れをすべきか、その解約制限に基づくリスクを評価して、購入(契約締結)の可否を決定することの判断材料は与えられなかったものである。
(3) また、金利スワップ契約における先スタート型とスポットスタート型の各スワップ金利が理論上なぜ異なることになるのか、スタート時点の相違による利害等については、本件銀行説明においては全く無かった等から、将来はともかく当面は変動金利の上昇はないため、当面は狭義の変動金利リスクが存在しないと考えていた控訴人会社にとって、スポットスタート型を将来選択すべきなのか、先スタート型を現時点で選択すべきかの判断は客観的にはできなかったものである。
2 金利スワップ契約において、変動金利に3か月TIBOR等の客観的な基準金利が採用された場合の固定金利水準は、前記のとおり銀行間市場ではそれに見合う銀行間のスワップレートが基準となる。これと異なって、対顧客市場において銀行が設定する固定金利水準は、営業として金利スワップ取引を金融商品として販売するのであるから、原則的には、顧客からの利息回収の信用リスク及び銀行が引き受けることになる変動金利リスク並びに営利企業としての銀行の純粋な利益と販売コストが考慮された利率部分(前記銀行利ざや等の利率)がスワップレート金利に少なくとも加算された利率とされるものと理解される(その固定利率によって銀行が約定期日毎に受け取る利息総額の経済的価値を、以下「銀行取得価値」という。)。他方、顧客の立場からすると、変動金利リスクヘッジを目的として契約を締結するのであるから、他のリスクヘッジのための手段(例えば、固定金利への借替等)に必要とされるコストやヘッジを必要とした個別的事情も含む諸事情と受け取る予定のTIBOR等を基準金利とする利息金の総計の経済的価値(以下「顧客取得価値」という。)が、顧客が銀行に支払う総金額と経済的に見合うと考えられる固定金利の水準になると理解される。その双方の経済的価値が著しく異なる(実際には、双方の金利水準に大きな差がある。)ときは、スワップされる金利関係同士の経済的同価値関係(以下「金利スワップ契約における価値的均衡」という。)を原則とする金利スワップ契約は、そのヘッジとしての機能を十分に果たせないことになると解される。本件銀行説明においては、この点に関する説明は一般的なものにせよ存しなかった。
3(1) 銀行の一般顧客市場での金利スワップ取引の契約は、金融関係の取引所を通さず当事者間で直接の取引がされる相対取引により行われるため、その取引条件(想定元本額、取引期間、基準金利の種類、利率、利払時期等)については、当事者間の合意によって定められる。本件金利スワップ契約の締結も、被控訴人銀行の金融商品としての金利スワップ契約の提案を控訴人会社が検討した上で締結されたものである。
(2) しかしながら、契約当事者の一方にのみ専門的な情報ないし知識等が存する場合は、特殊ないし専門的内容の契約等(以下「専門的性質の契約等」という。)においては、他方当事者は専門知識を有する当事者側から、その契約内容についての適切な説明を受けない限り、同契約を締結すべきか否か自体についてさえ、合理的に判断することはできないのが通常である。特に、その契約の主たる内容が知識を有する当事者からの一方的な提案である場合は、その契約の内容が社会経済上の観点において客観的に正当で、合理的判断下においても同旨の契約がなされたであろうと認められるものでない限り、それによって成立した契約は、社会経済的に不公正であるばかりでなく、法的にも不公正である。
したがって、専門的性質の契約等においては、その知識を有する当事者には、しからざる他方当事者に対する契約に付随する義務として、個々の相手方当事者の事例に見合った当該契約の性質に副った相当な程度の法的な説明義務があるとされるものである。
(3) 本件金利スワップ契約も専門的性質の契約であることは明らかであるので、被控訴人銀行は、金利スワップ契約を金融商品としてその専門的知識がない、ないしは乏しい、控訴人会社に対する提案(勧誘ないし売り込み)をするについては、それ相応の説明義務を果たす必要があった。しかし、本件銀行説明においては、前記認定の事実関係からすると、契約締結の是非の判断を左右する可能性のある、中途解約時における必要とされるかも知れない清算金につき、また、先スタート型とスポットスタート型の利害等につき、さらには契約締結の目的である狭義の変動金利リスクヘッジ機能の効果の判断に必須な、変動金利の基準金利がTIBORとされる場合の固定金利水準について、これがスワップ対象の金利同士の価値的均衡の観点からの妥当な範囲にあること等の説明がされなかったことからすると、同説明は、全体としては極めて不十分であったと言わざるを得ない。
また、本件金利スワップ契約の固定金利は、契約締結当時に金融界で予想されていた金利水準の上昇に相応しない高利率であったばかりでなく、控訴人会社の信用リスクに特段の事情も認められないのに、本件訴訟で控訴人会社が例示した他の金利スワップ契約のそれよりもかなり高いもので、前記金利スワップ契約のスワップ対象の各金利同士の水準が価値的均衡を著しく欠くため、通常ではあり得ない極端な変動金利の上昇がない限り、変動金利リスクヘッジに対する実際上の効果が出ないものであったことは明らかである。
したがって、本件金利スワップ契約は、被控訴人銀行に一方的に有利で、控訴人会社に事実上一方的に不利益をもたらすものであって、到底、その契約内容が社会経済上の観点において客観的に正当ないし合理性を有するものとは言えない。
なお、被控訴人銀行は、控訴人会社は、被控訴人銀行の提示する金利水準等の契約条件に対して合意するか否かの自由はあった。その条件に同意して本件金利スワップ契約を締結した旨主張して、控訴人会社の自己決定ないし選択による責任を主張するが、本件金利スワップ取引及びその契約内容は被控訴人銀行が積極的に提案したものであり、本件金利スワップ契約における金利水準、特に固定金利の具体的利率自体についての協議・交渉はされたことがなく、控訴人会社においては、契約を締結しようとするときには、被控訴人銀行による提案をそのまま受け容れざるを得なかったものであることは弁論の全趣旨から明らかである。したがって、本件金利スワップ契約は、講学上の附合契約ないしその側面を持つもので、その観点から控訴人会社の上記責任が全面的に問われるべきものではない。
(4) 被控訴人銀行において、本件金利スワップ契約の締結に当たって、契約に付随する控訴人会社に対する説明が必要にして十分行われたときは、控訴人会社においては、目的とした変動金利リスクヘッジの可能性の不合理な低さ等から、本件金利スワップ契約は締結しなかったことは明らかで、その説明義務違反は重大であるため、本件金利スワップ契約は契約締結に際しての信義則に違反するものとして無効であり、また、その説明義務違反は、被控訴人銀行の不法行為を構成すると解さざるを得ない。
4 一方、控訴人会社においては、前判示のとおり金利スワップ契約について本件提案書等に基づく説明を受けて、金利スワップ契約の基本構造自体については理解し、また、控訴人会社の実際の借入条件とは異なっていたものの、被控訴人銀行が設定した各金利水準等でのその個別の支払期における金利差で損益を示すシミュレーションを受けたことは前認定のとおりである。
また、控訴人会社は被控訴人銀行からの実際の借入金の金利を本件提案書の「お借入金利」欄に代入したシミュレーションを自らすれば、被控訴人銀行から提案を受けた金利スワップ契約における個々の支払期毎に計算された具体的な損益(具体的な支払金額と受取金額の差額)を通して、少なくとも本件金利スワップ契約の全体の損益の概要を推測することができたものである。控訴人会社の規模や被控訴人銀行から本件説明を受けた際には、わざわざ税理士に立会いをさせる等していたのであるから、そのシミュレーションを実行する能力があったし、その専門的用語の調査ないし理解も容易であったことは明らかである。それであったのに控訴人会社においては、それを懈怠したことは弁論の全趣旨から明らかである。そして、本件金利スワップ契約における多額の本件差額金の支払が現実に必要となった直後の段階で、直ちに本件金利スワップ契約内容が極めて不合理なものであったと当然気が付かなければならないのに、本件差額金の支払を重ねてその損害を拡大させたものである。その主たる原因は、本件金利スワップ取引の提案を、社会的信用力の絶大なメガバンクである被控訴人銀行から変動金利リスクヘッジに有効な手段であるとして推奨されたため、前記のとおりその検証もせずに、控訴人会社にとっても当然有益なものと安易に信じたのであろうことは想像に難くないが、控訴人会社の社会経済的地位からすると、軽率な点があったことは否定できない(以下「本件控訴人会社側の責任事情」という。)。
5(1) 以上によれば、本件金利スワップ契約は、その締結に際して被控訴人銀行に重大な説明義務違反があるため、同契約は無効であるばかりでなく、被控訴人銀行の控訴人会社に対する不法行為として、それによって控訴人会社が被った損害を賠償する義務がある。
なお、控訴人会社の適合性原則違反の主張は、前記事実関係等に照らすと採用できない。
(2) 控訴人会社は、被控訴人銀行に対し、本件金利スワップ契約に基づいて合計883万0355円の本件差額金を5回に分けて支払ったことは前記のとおりであるが、本件銀行説明の程度や本件控訴人会社側の責任事情を斟酌すると、控訴人会社の本件における被控訴人銀行に請求できる損害金額としては、本件差額金として支払った合計金額の約4割及び提訴日までの遅延損害金を過失相殺として減じた後の残額である530万円及びそれに対する本訴提起の日である平成18年7月20日から支払済みまで、控訴人会社主張にかかる範囲内の民法所定の年5分の遅延損害金の限度とするのが相当である。
(優越的地位の不当利用等の主張について)
被控訴人銀行の控訴人会社に対する無担保での前記1億5000万円の融資は、被控訴人銀行が地方の優良企業である控訴人会社との取引を望んで積極的にされたものであるという本件事案の具体的経緯や、それに伴う両者間の関係からすると、また、控訴人会社の主取引銀行はa銀行であって、控訴人会社の被控訴人銀行からの借入額は全体の15%程度であること、さらに本件金利スワップ契約締結に至るまでの前記経緯等を総合して判断すると、被控訴人銀行が、専ら優越的地位を利用して、ないしは不当、違法な手段で金利スワップ取引を勧誘して、控訴人会社に本件金利スワップ契約の締結を応じさせたとは認められないし、また、控訴人会社の主張する金融商品の販売等に関する法律違反等の行為から、前記損害額を超える損害を控訴人会社が被ったことを窺わせる事情は発見できない。
(結論)
以上によれば、控訴人会社の本件請求は、前記のとおり一部理由があるがそれを超える部分は理由がないので、同請求は全部理由がないとしてこれを棄却した原判決は、一部不当であるので変更することとして、よって、主文のとおり判決する。
なお、仮執行宣言については、本件事案及び双方当事者の性質等から相当でないので、これを付さないこととする。
(裁判長裁判官 廣田民生 裁判官 高橋亮介 裁判官塚原聡は、転補のため署名、押印できない。裁判長裁判官 廣田民生)