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福岡高等裁判所 平成20年(ネ)975号 判決 2009年6月30日

控訴人

甲野次郎

被控訴人

益城町

同代表者町長

住永幸三郎

同訴訟代理人弁護士

河津和明

河津典和

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,3万円及びこれに対する平成20年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じこれを10分し,その9を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)原判決を取り消す。

(2)被控訴人は,控訴人に対し,30万円及びこれに対する平成20年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)本件控訴を棄却する。

(2)控訴費用は,控訴人の負担とする。

第2  事案の概要(略語は原判決の表記による。)

1  本件は,太郎の相続人である控訴人が益城町長(以下「被控訴人町長」ということがある。)に対し,控訴人又は同人の世帯に属する者以外の者(花子)に対する住民票の写しの交付請求をしたところ,益城町長が,平成19年6月12日,太郎と控訴人との相続関係を明らかにする資料が控訴人から提出されないことを理由に交付を拒否したこと(本件拒否処分)は違法であり,控訴人はこれにより精神的損害を被ったとして,国家賠償法1条又は民法709条に基づき,慰謝料30万円及び訴状送達日の翌日である平成20年2月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決が控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴した。

2  争いのない事実

原判決の「事実及び理由」欄の第2の1のとおりであるから,これを引用する。

3  争点

(1)本件拒否処分についての違法性の有無

次のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2(1)のとおりであるから,これを引用する。

(控訴人の主張)

ア 住民基本台帳法12条3項により明示されるべき請求事由は,請求書に請求する理由を明らかにしていれば足り,その真実性を他の書類等をもって明らかにすることまでは要求されていない。

住民票の写しを請求する場合,交付請求者に請求事由を明示させるのは,市町村長は請求が不当な目的によることが明らかな場合にこれを拒むことができることから(同法12条5項),その請求が不当な目的によるものであるか否かを判断するための手がかりを市町村長に与えるためのものであり,請求事由は不当な目的の存否を審査するための一資料にすぎない。したがって,請求事由が具体的に明示されておらず,「請求事由の真実性につき疑義を生ぜしめる特段の事情があるとき」に市町村長が疎明資料の提出を求めてこれを補うことはあるにしても,一般的に請求事由の真実性立証のために疎明資料の提出を求めることは許されない。国の見解でも,原則として請求事由の真実性確認のための疎明資料の提出は不要であるとされており,市町村長には,前記「特段の事情」に該当する場合を除き,交付請求者に対し疎明資料の提出を求めるという裁量権はないし,仮に裁量権があるとしても,前記「特段の事情」を口実に文書の提出を求めて拒否処分を行うことは,裁量権の濫用として許されない。

争いのない事実のとおり,控訴人は請求事由を明示しており,その内容から控訴人の請求に不当な目的があるとはいえないから,住民基本台帳法12条5項の事由は存在しない。

イ 被控訴人職員は,住民票の写しの交付請求について,同じ第三者請求でありながら,第三者の代理人にすぎない弁護士等からの職務上の請求については関係文書の提出を求めることなく形式的審査をしているのに対し,第三者本人からの請求についてのみ関係文書の提出を求めるなど実質的審査をしている。これらの被控訴人職員の対応は,平等原則に反し,また,本人訴訟を原則とする司法制度に対する不当な制限となるから,憲法14条,32条に抵触する。

ウ 以上のとおり,請求者の相続関係を証明する文書は,交付請求に際し法律上提出すべき書類ではないにもかかわらず,その不提出を理由にされた本件拒否処分は違法である。

(被控訴人の主張)

ア 昭和42年の住民基本台帳法立法当初は,住民票の写しは原則公開で,何人もその交付を請求できるとされていたが,昭和60年の法改正で,住民票の写しの交付について,請求事由の明示を求めるとともに(同法12条3項),請求が不当な目的によることが明らかなときには,市町村長はこれを拒否できるとされ(同法12条5項),社会情勢の変化とそれに伴う個人情報保護に対する意識の高まりから,交付請求に対し一定の制限がなされるようになった。現行法では,個人情報保護の点が強化されており,請求者は「住民票記載事項を利用する正当な理由がある者」(同法12条の3第1項)とし,請求者の申出は「記載事項証明書の利用目的を明らかにしてしなければならない」(同条第4項)などと規定されており,現行法下では本件のような事案は問題とならないところ,この精神(解釈指針)は,改正の前後で変わることはないというべきである。

イ 本件住民票の写しの交付請求については,「請求事由」の明示の有無,「不当目的」の有無が交付に際しての市町村長の審査の対象となるが,本件のように住民基本台帳法12条4項の特別な場合に当たる場合には,合理的な請求事由の疎明を求め,「請求事由」の明示について厳格な審査を行う必要がある。そして,上記アの個人情報保護の見地からすれば,市町村長は,請求事由の真実性(請求事由に真実性があって初めて請求事由が明示されているといえる。)の有無や不当目的の有無について可能な範囲で厳正な審査を行うため,わずかな注意で判断できるような疎明資料については,それが請求者にとって過大な負担とならない限り,その提出を求めることができるというべきであり,疎明資料提出の要否等は,第一次的には,市町村長の裁量に委ねられているというべきである。

本件の場合,被控訴人が,請求事由の真実性の有無及び不当目的の有無の審査のための疎明資料として,交付請求者側のわずかの負担で提出できる戸籍謄本が必要であると判断して,その提示を求めたにもかかわらず,控訴人はこれに応じなかったから,控訴人の請求は「請求事由の明示」の要件に欠けるし,控訴人の上記対応からは,「不当目的でない」との判断もできないものである。

ウ 以上からすると,被控訴人の行った本件拒否処分に違法な点は存在しない。

エ 控訴人の主張イは争う。資格者に一定の信頼を置く制度であっても,不合理とはいえない。

(2)被控訴人担当職員の過失の有無

(控訴人の主張)

被控訴人職員は,本件交付請求に際し,控訴人に対し提出を求めた相続関係を証明する文書が法律上提出すべき書面とされていないことや,本件交付請求が住民基本台帳法12条5項に該当しないこと等を当然に知るべき立場にあったから,本件拒否処分について,その職務を行うに際し遵守すべき注意義務に違反しており,過失がある。

(被控訴人の主張)

争う。

(3)損害

損害についての当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2(2)のとおりであるから,これを引用する。

第3  当裁判所の判断

1  住民基本台帳法改正の経緯

証拠(甲12,乙1)及び弁論の全趣旨並びに当裁判所に顕著な事実によれば,以下の事実が認められる。

(1)昭和60年法律第76号による改正前の住民基本台帳法(以下,改正前の同法を「旧法」といい,改正後の同法を「昭和60年改正法」という。)は,住民票の写しの交付請求に関し,何人でも,市町村長に対し,住民票の写しの交付を請求することができるが(旧法12条1項),執務に支障がある場合その他正当な理由がある場合に限り,請求を拒むことができ(同条3項),また,特別の事情がない限り,選挙人名簿の登録等の事項の記載を省略した写しを交付することができるとしていたが(同条2項),昭和60年改正法により,何人でも,市町村長に対し,住民票の写し等の交付請求することができるとしつつ(昭和60年改正法12条1項),請求は,原則として,請求事由その他自治省令で定める事項を明らかにしなければならず(同条2項),特別の事由がない限り,続柄,本籍等の事項の全部又は一部の記載を省略した写しを交付することができ(同条3項),市町村長は請求が不当な目的によることが明らかなときは,これを拒むことができる(同条4項)とした。

なお,昭和60年改正法案を審議した衆議院地方行政委員会では,同法案に対し,「住民票の写しの交付請求については,正当な目的によるものについて支障が生じないようにするほか,不当な目的による請求のチェック及び請求者本人の確認を厳密に行う等厳正な運用を図るとともに,個人情報の保護の観点からそのあり方についてさらに検討を進めること」等の附帯決議がされている。

(2)さらに,平成19年法律第75号により昭和60年改正法が改正され(以下,改正後の住民基本台帳法を「現行法」という。),本人等以外の者で住民票の写し等の交付を求める場合には,住民票の記載事項を利用する正当な理由がある者である必要があり(現行法12条の3第1項),その申出は,住民票の写し等の利用目的等を明らかにしなければならない(同条第4項)などとされ,申出者は,これを明らかにするため市町村長が適当と認める書類を提出しなければならず,この場合,市町村長が必要と認めるときは,利用の目的を証する書類の提示又は提出を求めるものとする(住民基本台帳の一部の写しの閲覧及び住民票の写し等の交付に関する省令10条1項)とされた。

2  本件拒否処分の違法性について

(1)前記1(1)の住民基本台帳法の改正経緯に照らせば,昭和60年改正法は,それまで住民票の写しの交付請求が原則として無条件に認められていたのを,交付請求に当たっては,請求事由等を明らかにすることを求めるとともに,請求が不当な目的によることが明らかなときに交付請求を拒否できるとし,それにより個人情報に関するプライバシー保護を図ろうとしたものと解され,さらに現行法は,前記1(2)の改正により,その保護を一層徹底しようとしたものと解される。

本件交付請求は,昭和60年改正法の下でされているから,以下,同改正法の下での本件拒否処分の違法性について検討する。

(2)ア前記(1)の改正の趣旨からすれば,同法12条1項は,交付請求者に請求事由として住民票の写し等のどのような部分をどのような目的に利用するかを具体的に明らかにさせることにより,社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性のない交付請求がされて個人情報がみだりに公開されることを防止しようとしたものと解される。また,交付請求が不当な目的によることが明らかなときは,市町村長が請求を拒否できるとしたのも(同条5項),同様の観点から,社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性がないにもかかわらず,住民票の記載事項を詮索したり,暴露したりなどしようとすることを防止しようとしたものと解される。

イ  市町村長は,交付請求者からの住民票の写し等の交付請求について,請求事由等を明らかにしてされているか,請求が不当な目的によることが明らかといえるかについて審査することになるところ,まず,請求事由を明らかにしてされているかについては,もとより,請求者が明らかにすべき請求事由には真実を記載することが求められているというべきであるが(偽りその他の事情により,12条1項の住民票の写し等の交付を受けた者は過料に処せられる。昭和60年改正法44条),昭和60年改正法上,市町村長が交付請求者に対し,請求事由の真実性確認のために関係文書等の提示を求め得るとする明文の規定はないこと,個人情報に関するプライバシーの保護を図ると同時に,正当な目的による交付請求については,利用する住民の利便を必要以上に害することのないようにする必要もあることからすれば,市町村長は,審査に当たり,請求事由が真実であるかどうかは,原則として請求書の記載によって確認すれば足り(形式的審査),その真実性につき疑義を生ぜしめる特段の事情があるときに,請求者に対し,その確認のために,関係文書等の提示を求めることができる(実質的審査)と解するのが相当である。そして,この場合に請求者が関係文書等の提示に応じないときは,請求事由の真実性が大いに疑われるから,請求者が請求事由を明らかにしないものとして,請求にかかる住民票の写し等の交付を拒むこともできるものと解される。

しかし,本件交付請求は,争いのない事実のとおり,住民票関係請求書の使用目的欄に「亡乙山花子の相続人相手に訴訟を起こす上で,相続人の特定のため。請求者は土地の買主亡甲野太郎(昭和60年7月27日死亡)の四男。太郎の本籍地は上益城郡御船町大字高木<番地略>」と記載されていたのであるから,その記載内容からは,太郎の相続人である控訴人が花子の相続人を相手に訴訟を起こす上で,相続人を特定するために花子の住民票の写し(記載事項の全部)を交付請求するものであることが,利用目的を具体的に明らかにしてされていたものと認めることができ,その真実性につき疑義を生ぜしめる特段の事情があるとはいえない。

本件交付請求が昭和60年改正法12条3項の特別の請求に当たり,控訴人が住民票の全部の事項の写しを求めているからといって,請求書の前記の記載からして,この判断は左右されない。

ウ 被控訴人は,請求事由の重要性の有無等について,わずかな注意で判断できるような疎明資料については,それが請求者にとって過大な負担とならない限り,その提出を求めることは市町村長の裁量に委ねられていると主張するが,本件において控訴人が求められた相続関係文書(戸籍謄本)を提出するには,これを取り寄せた上,改めて被控訴人住民生活課を訪れなければならず,控訴人に一定の手間をかけさせるものであるし,上記イのとおり,市町村長は,請求事由の真実性につき疑義を生ぜしめる特段の事情がある場合にはじめて請求者に対し資料の提出を求め得ると解すべきであるから,市町村長に被控訴人主張の裁量権があるとはいえず,被控訴人の主張は採用できない。

なお,被控訴人の「住民基本台帳等の閲覧等の請求に係る事務取扱要綱」(甲7)では,郵送により住民票に関する証明書等の交付請求を第三者が行った場合においては,請求者に対し関係文書の提示を求める等適宜な方法により請求事由の真実性を確認するとしているが(同要綱3条の4第2項),これも,郵便により送付された請求書の場合,その記載からは利用目的が具体的に明らかでない等請求事由の真実性に疑義がある場合があることから,その場合の対処方法について規定したものと解するのが相当であり,同要綱の規定を根拠に,一般的に被控訴人町長が請求者に対し関係文書等の提示を求めることができるとはいえない。

エ 以上のとおり,本件交付請求の請求事由は具体的であり,請求事由を明らかにしてなされたものと認めることができるし,また,その利用目的からして請求の必要性は十分に認められるから,同請求が不当な目的によることが明らかであるとは到底いえない。被控訴人は,控訴人が容易に提出できる相続関係文書の提出に応じなかったことから,請求の不当性が推認できると主張するが,前記のとおり,本件において相続関係文書の提出が必要であったとは認められないから,控訴人がこれに応じなかったからといって,請求の不当性が推認できるとはいえない。

もっとも,控訴人から相続関係文書が提出されれば,本件交付請求の請求事由の真実性はより確実になるといえるから,被控訴人担当職員が控訴人に相続関係文書の提出を求めることも,控訴人が任意に応じる限り,許されるものと考えられるが,控訴人が任意に応じない以上,被控訴人担当職員がなおその提出を求めることは,市町村長の審査が第一次的には形式審査であることからすると,行き過ぎた措置といわざるを得ず,本件交付請求が請求事由を明らかにしてされたものと認められるにもかかわらず,控訴人が相続関係文書の提出をしなかったことを理由に,請求事由が明らかでないとしてされた本件拒否処分は,被控訴人町長の裁量権を濫用したものとして,違法である。

(3)以上によれば,本件交付請求がされた昭和60年改正法の下では,その余の点(当審における控訴人の主張イ)について判断するまでもなく,被控訴人による本件拒否処分は,違法であると認められる。

3  被控訴人担当職員の過失の有無

前記2のとおり,本件交付請求は,請求事由の明示に欠けるところはなく,請求が不当な目的であることについて疑義がある場合でもなかったのであるから,被控訴人担当職員(弁論の全趣旨によれば,被控訴人担当職員は,益城町長の補助者であると認められる。)が控訴人に対し,請求事由の真実性を確認するためとはいえ,必要のない相続関係を証明する文書の提出を求め,その提出がないことを理由に本件拒否処分を行ったことについて過失があると認められる。

本件拒否処分は被控訴人の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて行ったものであるから,被控訴人は,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,控訴人に生じた損害を賠償する責任を負う。

4  控訴人の損害

争いのない事実(原判決の「事実及び理由」欄の第2の1)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人が本件交付請求をするために被控訴人役場に赴く際に用いた交通費や時間が本件拒否処分により結果的に無駄になったこと,控訴人は,本来取得する必要のない太郎を筆頭者とする戸籍謄本を取得した上,再度,花子を含む世帯全員の住民票の写しの交付を請求せざるを得なかったことが認められるところ,その他本件に現れた一切の事情を斟酌すれば,本件拒否処分により控訴人に生じた精神的損害は3万円とするのが相当である。

5  以上によれば,控訴人の請求は,3万円及び訴状送達日の翌日である平成20年2月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって,これと異なる原判決は不当であるから,変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口幸雄 裁判官 伊藤由紀子 裁判官 桂木正樹)

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