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福岡高等裁判所 平成20年(ネ)976号 判決 2009年5月21日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

松村昭一

被控訴人

株式会社福岡銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

山本紀夫

山本智子

松本幸太

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、800万円及びこれに対する平成20年4月8日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要(略称等は原判決の例による。)

1(1)  本件は、控訴人が、被控訴人に対し、本件預金契約に基づき、本件預金の返還を請求したのに対し、被控訴人が、原審についての訴訟委任における控訴人の意思能力の存在を争った事案である。

(2)  原審は、控訴人は原審についての訴訟委任において意思能力を欠いていたなどと判断して、本件訴えを不適法として却下した。

控訴人は、これを不服として、前記第1記載のとおり控訴した。

2  事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

2頁13行目の「紛失届と」を「紛失届を提出し」に、21・22行目の「本件訴えの提起当時」を「原審についての訴訟委任において」に、23行目の「訴訟能力」を「意思能力」に、3頁26行目の「対して」を「対する」に改める。

第3当裁判所の判断

当裁判所は、本件訴えは適法であり、控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  4頁18・19行目の「松村弁護士が原告の代理人として本件訴えを提起した当時」を「原審についての訴訟委任において」に改める。

2  5頁10行目以下を次のとおり改める。

「2 そこで検討するに、控訴人は、原審における平成20年7月14日の第2回弁論準備手続期日及び同年9月24日の控訴人本人尋問において、被控訴人に対して有する預金債権の金額について、全くないか少しある程度であるとの認識であり、800万円を超える本件預金の存在については知らない旨供述し、また、自らが被控訴人に対して保有している預金債権について、直ちに払出しを受ける必要は特になく、払出しを受ける意向もない旨供述し、さらに、本件訴訟前に、被控訴人の行員との間で、本件預金の払出し等に関してやりとりをした記憶がないなどと供述していることが認められる。以上の控訴人の供述は前記第2、1記載の客観的事実と齟齬しており、この点は控訴人の意思能力の存在を疑わせる事情ではある。

しかしながら、証拠(《省略》)、本件訴訟記録及び弁論の全趣旨によれば、控訴人には記銘力障害はあるが、本件が原審に係属していた平成20年4月25日のBとの日常会話において、控訴人に意思能力の欠如を窺わせる対応は見られず、また、原判決後の同年11月11日の時点において、控訴人は、Bから説明を受けてではあるものの、被控訴人に対し預金債権を有していること、その払出しを求めたが被控訴人は控訴人に理解力がないとして応じないこと、そのため控訴人代理人に訴訟委任をして本件訴訟を提起したが原審で敗訴したこと、控訴するため再度控訴人代理人に訴訟委任をする必要があること等の概略を認識し理解した上、同日付けの控訴人代理人に対する訴訟委任状に署名押印したこと、さらに、平成21年3月10日付けの診断書によれば、控訴人は、軽度認知症であり日常生活上の事態に対する理解力・判断力については補助が必要であるが、意識状態は清明であり後見・保佐の必要はないと診断されていることが認められる。

上記認定事実によれば、控訴人は、軽度の認知症により、記銘力障害があるほか、理解力・判断力が一定程度低減しているため、日常生活において補助を要するものの、日常会話に支障はなく、その程度の理解力・判断力は有しているものと認められる。そして、本件訴訟の内容が自己の銀行預金の返還を求めるというそれ自体は日常的かつ単純なものであることを考慮すれば、当審のみならず原審についての訴訟委任においても、控訴人が意思能力を欠いていたとは認められない。原審における控訴人の供述が客観的事実と齟齬する点は、控訴人の記銘力障害を示すものにすぎず、意思能力の欠如を示すものではないというべきである。

したがって、控訴人がその意思に基づき行ったと認められる原審及び当審についての訴訟委任はいずれも有効であり、本件訴えは適法なものと解すべきである。

3  被控訴人が銀行取引を業とする株式会社であること及び控訴人が、被控訴人に対し、本件預金契約に基づき、平成20年1月29日当時、819万7768円の預金債権を有していたことは当事者間に争いがなく、本件訴状の送達により控訴人が被控訴人に本件預金の返還を請求した日の翌日が平成20年4月8日であることは当裁判所に顕著である。

以上によれば、控訴人の請求は理由がある。」

第4結論

よって、これと異なる原判決を取り消した上、事件につき更に弁論をする必要がないから原審に差し戻すことなく、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 川野雅樹 中園浩一郎)

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