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福岡高等裁判所 平成20年(行コ)43号 判決 2009年9月01日

控訴人 A 外6名

上記7名訴訟代理人弁護士 多加喜悦男

横光幸雄

一柳俊文

我那覇東子

小川威亜

後藤景子

天久泰

被控訴人 J市長 K

同訴訟代理人弁護士 阿部哲茂

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)被控訴人は,甲に対し,53万1379円及びうち12万1275円に対する平成17年9月29日から,うち8万4000円に対する同年11月1日から,うち7万1805円に対する同月30日から,うち16万6099円に対する同年12月27日から,うち8万8200円に対する平成18年3月24日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

(2)控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを3分し,その1を控訴人らの負担とし,その余は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,甲に対し,95万2226円及びうち11万9280円に対する平成17年8月8日から,うち15万9560円に対する同月23日から,うち12万1275円に対する同月29日から,うち14万2007円に対する同年9月28日から,うち8万4000円に対する同月29日から,うち7万1805円に対する同年10月19日から,うち11万8860円に対する同年11月7日から,うち4万7239円に対する同年12月19日から,うち8万8200円に対する平成18年2月20日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要(略称等は原判決の例による。)

1(1)本件は,J市長であった甲(甲)が,平成17年8月8日から平成18年2月20日までの間に9回にわたり交際費として1回一人当たり1万1886円から3万0319円の公金を支出して(本件各支出)接遇を行ったことが違法であるとして,同市の住民である控訴人らほか2名が,被控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,甲に損害賠償金(支出金額合計95万2226円)及びこれに対する上記各接遇が行われた日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求をすることを求めた住民訴訟である。

(2)原審は,本件各支出はいずれも適法であるとして,控訴人らほか2名の請求をいずれも棄却した。

(3)控訴人らは,これを不服として,控訴した。

2  事案の概要は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから(ただし,3頁25行目の「,原告らに対し」を削り,6頁9行目の「本件支出1」を「本件1の支出」に,17頁23行目の「被告」を「J市」に改める。),これを引用する。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(本件各支出の適法性判断基準)について

普通地方公共団体の長又はその他の執行機関(以下,単に「執行機関」という。)が,当該普通地方公共団体の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程において,社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇を行うことは,当該普通地方公共団体も社会的実体を有するものとして活動する以上,上記事務に随伴するものとして,許容されるものというべきであるが,対外的折衝等をする際に行われた接遇であっても,それが社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものである場合には,上記接遇は当該普通地方公共団体の事務に当然伴うものとはいえず,これに要した費用を公金により支出することは許されないものというべきである(最高裁平成元年9月5日第三小法廷判決・裁判集民事157号419頁参照)。

当該普通地方公共団体にとってある接遇をする必要性が全くないのに当該接遇を行う場合や,当該接遇をする必要性が一定程度あるとしてもそのために過大な費用を要する場合には,上記接遇は社会通念上儀礼の範囲を逸脱しているというべきである。そこで,ある接遇が社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものであるか否かを判断するに当たっては,当該接遇の相手方の社会的地位等も考慮して,当該接遇の必要性と当該接遇に要した費用の額とを比較衡量すべきである。

上記接遇の必要性を判断するに当たっては,①上記接遇の目的,②上記接遇に至る経緯,③上記接遇を行うことによって見込まれていた効果,④上記接遇の態様(参加者,時刻,場所,飲酒を伴うか否か及び提供された酒類の量等)及び⑤上記接遇の内容(どのような協議及び意見交換等がされたか,何が決定されたか等)等の事情を考慮すべきである。そして,上記各事情に関する資料は通常すべて執行機関の側が保持していることなどの点を考慮すると,執行機関の側において上記接遇の必要性を具体的に主張,立証する必要があり,執行機関がその主張,立証を尽くさない場合には,上記接遇の必要性がないことが事実上推認されるものというべきである。

なお,執行機関による上記主張,立証の過程において上記接遇の相手方に関する情報が明らかにされると,上記相手方との間の信頼関係や友好関係を損ない,ひいては接遇の目的が達成できなくなるおそれがあるのではないかとの点が問題とされ得る。しかしながら,接遇は前記のとおり地方公共団体の本来の事務に随伴するものとして許容されるのであり,接遇それ自体をあたかも自己完結的目的を持った事務のごとく扱い,接遇の相手方に関する情報を明らかにすれば将来における接遇に支障が生じるなどとして,接遇のための交際費を住民に隠密裡に支出することを正当化することは,民主的かつ健全な行政の確保を目指す地方自治法の趣旨に反するものというべきである。したがって,接遇の必要性の判断に当たって,接遇の相手方に関する情報が明らかにされることによる不利益を過度に考慮するのは相当でない。執行機関は,例えば上記情報が当該普通地方公共団体の情報公開条例における非公開情報に該当すると考えられる場合,接遇の相手方の利益等に配慮しつつも,住民の利益も確保できるように工夫して接遇の必要性を主張,立証すべきである。

2  争点(2)(本件各支出の適法性)について

(1)本件1の接遇について

ア 証拠(甲1の1,2,甲24,乙5,6)及び弁論の全趣旨によれば,本件1の接遇について次の事実が認められる。

J市では,半導体関連の産業振興策等が推進されていたところ,本件1の接遇は,同市における半導体分野の産学連携の進め方及び半導体を扱う企業の誘致戦略等について情報収集及び意見交換を行うとともに,半導体に関する国際会議を誘致することも視野に入れて実施されたものである。本件1の接遇に至るまでの間,J市から相手方である半導体分野で国際的に有名な研究者に対し,上記国際会議に関するインフラ整備状況等を説明するなどしていたが,同接遇は,相手方が,同市における半導体研究の集積場所であるJ学術研究都市(以下「学研都市」という。)を視察するため遠方から訪れた日の夕刻に行われたものである。(乙5,6,弁論の全趣旨)

J市は,相手方の社会的地位,相手方が遠方からの来訪者であること等を考慮して,本件1の接遇の場所として,観光地である関門海峡に立地して特色のある料理が提供でき,また,格式があり個室が確保できる料亭「睦月」(甲24)を選定した。そして,同料亭にはコース料理は1万7500円のものしかなかったことから,そのコース料理を選定した。(乙5,6)

本件1の接遇には,J市側からは甲,乙産業学術振興局長(以下「乙局長」という。),丙東京事務所長(以下「丙所長」という。)等4名が出席した(甲1の1)。本件1の接遇においては,半導体分野における産学連携の進め方及び半導体を扱う企業の誘致戦略等について情報収集及び意見交換が行われたほか,甲らから国際会議の誘致に向けた働きかけが行われ,相手方から上記視察の感想が述べられるなどした(乙5,6)。

本件1の接遇においては,ビール4及び日本酒8も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は2120円であった(甲1の2)。

本件1の接遇に要した費用は11万9280円(一人当たり2万3856円)である(甲1の2)。

本件1の接遇の後,J市が上記国際会議の開催候補地となったほか,別の半導体関連の国際学会が平成19年に同市で開催された(乙5,6)。

イ 前記アの事実によれば,本件1の接遇は,J市が産業振興策等を推進している半導体分野における産学連携の進め方等についての情報収集等や国際会議の誘致を目的として,同分野で国際的に有名な研究者が遠方からJ市を視察に訪れる機会をとらえて行われたものである。したがって,同視察の後の夕刻に料亭で飲酒を伴う接遇をすることにも一定の合理性が認められる。また,J市側からは甲のほか実務的な責任者も出席しており,飲酒量は特に多いとはいえず,一人当たりの飲酒代金も特に高額とはいえないのであり,本件1の接遇が宴会による接待を主な目的とするものであるとはいえない。前記アのその他の事実をも総合すれば,本件1の接遇には一定の必要性が認められるのであり,同接遇に要した費用がその必要性に対して過大であるとまではいえない。

したがって,本件1の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものであるとはいえず,本件1の支出は違法ではない。

(2)本件2の接遇について

ア 証拠(甲2の1,2,甲25,乙5,6)によれば,本件2の接遇について次の事実が認められる。

J市は,半導体を含むエレクトロニクス分野の企業の新しい製造拠点又は研究開発拠点の進出候補地の一つとなっていたところ,本件2の接遇は,同企業の最高経営責任者等が進出地検討のために同市を訪れる機会をとらえて,同市の人材確保策及びインフラの整備状況等を説明し,同市への進出に向けた具体的な協議を行うために実施されたものである。本件2の接遇に至るまでの間,J市と相手方の企業との間で同企業の進出に向けた協議が行われていたが,同接遇は,相手方である同企業の最高経営責任者,技術開発の責任者及び製造工場の責任者が,同市を視察するため遠方から訪れた日の夕刻に行われたものである。(乙5,6)

J市は,相手方の社会的地位,相手方の宿泊予定施設に近いこと等を考慮して,本件2の接遇の場所として,格式があり個室が確保できる割烹料理屋「如月」(甲25)を選定し,約1万3000円のコース料理を選定した(乙5,6)。

本件2の接遇には,J市側からは甲,乙局長,丙所長等5名が出席した(甲2の1)。本件2の接遇においては,J市側から同市の人材確保策及びインフラの整備状況等が説明され,相手方から特に人材確保のために地元の高等教育機関等との橋渡しが希望されたほか,当時の同市に対する印象が述べられるなどした(乙5,6)。

本件2の接遇においては,ビール11,日本酒(八海山。8000円),焼酎(姶良。5400円)及び洋酒も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は約3037円であった(甲2の2)。

本件2の接遇に要した費用は15万9560円(一人当たり1万9945円)である(甲2の2)。

本件2の接遇の後,J市が相手方の企業の新しい製造拠点の最有力候補地の一つとなったほか,同企業の新しい研究開発拠点が学研都市に開設された(乙5,6)。

イ 前記アの事実によれば,本件2の接遇は,相手方の企業の誘致を目的として,同企業の最高経営責任者等がJ市を視察に訪れる機会をとらえて行われたものである。したがって,同視察の後の夕刻に飲食店で飲酒を伴う接遇をすることにも一定の合理性が認められる。また,一人当たりの飲酒代金は約3037円とやや高額であるものの,J市側からは甲のほか実務的な責任者も出席しており,飲酒量は特に多いとはいえないのであり,本件2の接遇が宴会による接待を主な目的とするものであるとはいえない。前記アのその他の事実をも総合すれば,本件2の接遇には一定の必要性が認められるのであり,同接遇に要した費用がその必要性に対して過大であるとまではいえない。

したがって,本件2の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものであるとはいえず,本件2の支出は違法ではない。

(3)本件3の接遇について

ア  証拠(甲3の1,2,甲26,乙5,証人丙)によれば,本件3の接遇について次の事実が認められる。

J市は,学研都市において半導体の設計拠点づくりを進めており,その一環として,電子機器製造や電子回路設計を手がける本件3の接遇の相手方の企業を同市に誘致するべく働きかけていた。そして,本件3の接遇の相手方の一人である同企業の最高経営責任者がJ市内で視察を行い,同市との間で学研都市の機能及び利用可能な施設等について協議が行われていた(乙5,証人丙)。本件3の接遇は,その後,相手方の企業をJ市に誘致するために同企業の本社のある東京都に出向いて実施されたものである(乙5)。

J市は,金沢市の東京事務所からの助言を受けて,本件3の接遇の場所として,同市と関係のある料亭「弥生」(甲26)を選定し,1万6000円のコース料理を選定した(証人丙)。

本件3の接遇は夕刻に行われ,J市側からは甲及び丙所長の2名が出席し,相手方は上記企業の最高経営責任者及び技術開発の責任者の2名であった(甲3の1,乙5)。本件3の接遇においては,甲から人材確保策が説明されるなどしたが,その内容は事前の協議におけるそれと特に異ならないものであり,同接遇の内容の中心は,甲が熱意を訴えることであった(証人丙)。

本件3の接遇においては,ビール3及び焼酎6(伊佐美。1万8000円)も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は5325円であった(甲3の2)。

本件3の接遇に要した費用は12万1275円(一人当たり約3万0318円)である(甲3の2)。

本件3の接遇の後,相手方の企業の研究開発拠点はJ市に進出した(乙5)。

イ  前記アの事実によれば,本件3の接遇は,相手方の企業の誘致を目的として行われたものである。しかしながら,本件3の接遇より前に既に相手方の一人である最高経営責任者がJ市内で視察を行うなどしていたものであり,同接遇の内容の中心は甲が熱意を訴えることだったというのである。東京都に本社を置く相手方の企業にとって地方都市に進出するか否かは経営判断の対象となるべき事項であることをも考慮すると,市長があえて東京都に出向いて接遇を行うことは必ずしも必要でないといわざるを得ない。また,仮に,J市にとって同市と相手方の企業のトップ同士が直接会合を持つことによる何らかの効果が期待できるとしても,トップ同士の直接会合は,市長が自ら相手方の企業の本社を訪問するなどの方法によっても実現することができるのであり(この点が,相手方がJ市を訪問した機会をとらえて行われた本件1,2の接遇等と異なる。),夕刻に料亭で飲酒を伴う会合を開く必要性があったかは疑問である。さらに,飲酒量は特に多いとはいえないものの,一人当たりの飲酒代金は5325円と高額であり,本件3の接遇が宴会による接待を主な目的とするものではないかとの疑問が生じる余地がある。

以上によれば,本件3の接遇の必要性は低く,それに比して同接遇に要した費用12万1275円(一人当たり約3万0318円)は過大である。

したがって,本件3の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものというべきであり,本件3の支出は違法である。

(4)本件4の接遇について

ア 証拠(甲4の1から3まで,甲27,乙5,6)によれば,本件4の接遇について次の事実が認められる。

本件4の接遇は,学研都市内に進出を決定していた先端産業を扱う企業3社の最高経営責任者等との間において,産学連携のあり方や進め方及びそれぞれの企業における今後の研究開発拠点の開設について意見交換や協議を行うために実施されたものである。本件4の接遇の相手方は,1社の最高経営責任者及び技術開発部門の責任者,1社の最高経営責任者並びに1社の技術開発部門の責任者の合計4名であり,複数企業の幹部であったことから,スケジュールの都合がつきにくく,同接遇は夕刻に行われた。(乙5,6)

J市は,相手方の社会的地位等を考慮して,本件4の接遇の場所として,相手方の宿泊予定ホテル内にある日本料理店「卯月」を選定し,1万1550円(税金及びサービス料込み。)のコース料理を選定した(甲27,乙5,6)。

本件4の接遇には,J市側からは甲,乙局長,丙所長等5名が出席した(甲4の1)。本件4の接遇においては,産学連携のあり方や進め方,それぞれの企業における今後の研究開発拠点の開設,今後の事業展開及び具体的な研究機関とのマッチング並びにJ市の人材確保策等について意見交換や協議が行われた(乙5,6)。

本件4の接遇においては,ビール11,焼酎24(伊佐美等。1万9700円)及びウィスキー2も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は約3383円であった(甲4の3)。

本件4の接遇に要した費用は14万2007円(一人当たり約1万5778円)である(甲4の2,3)。

本件4の接遇の後,学研都市における研究機関と相手方の企業のうち2社との共同研究が始まった(乙5,6)。

イ 前記アの事実によれば,本件4の接遇は,学研都市内に進出を決定していた企業3社の最高経営責任者等との間において産学連携の進め方等について意見交換や協議を行うために行われたものであり,複数企業の最高経営責任者等が一堂に会することからくる日程調整の問題等も考慮すると,夕刻に相手方の宿泊予定ホテル内の飲食店で飲酒を伴う接遇をすることにも一定の合理性が認められる。また,一人当たりの飲酒代金は約3383円とやや高額であるものの,J市側からは甲のほか実務的な責任者も出席しており,飲酒量は特に多いとはいえないのであり,本件4の接遇が宴会による接待を主な目的とするものであるとはいえない。前記アのその他の事実をも総合すれば,本件4の接遇には一定の必要性が認められるのであり,同接遇に要した費用がその必要性に対して過大であるとまではいえない。

したがって,本件4の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものであるとはいえず,本件4の支出は違法ではない。

(5)本件5の接遇について

ア  証拠(甲5の1,2,甲25,乙6,証人乙)によれば,本件5の接遇について次の事実が認められる。

本件5の接遇は,先端産業の企業がJ市内に置いている生産拠点の責任者2名との間において,同市のこれからの先端産業政策や相手方の企業の今後の事業展開について意見交換を行い,最終的には同企業と学研都市の研究機関等との連携・協力体制が確立することを期待して実施されたものである。ただし,本件5の接遇の約1年前から同接遇に至るまでの間,6回程度,日中に市役所又は相手方の企業において事務方レベルでの協議が行われ,同企業の事業方針や産学連携及び共同研究のあり方等について意見交換が行われ,ある程度意見が集約されていた。(乙6,証人乙)

J市は,相手方の社会的地位,相手方の勤務場所に近いこと等を考慮して,本件5の接遇の場所として,格式があり個室が確保できる割烹料理屋「如月」(甲25)を選定し,8000円のコース料理を選定した(乙6,証人乙)。

本件5の接遇は夕刻に行われ,J市側からは甲,乙局長等4名が出席した(甲5の1)。本件5の接遇においては,J市のこれからの先端産業政策,相手方の企業の今後の事業展開及び同企業と学研都市の研究機関等との連携・協力体制の確立について意見交換が行われたものであるが(乙6),同接遇に至るまでの意見交換より進展したこととしては,決定されていなかった事項についての具体的な合意がされたということは挙げられず,甲が熱意を伝え,相手方から「しっかり学研都市との連携を具体的に考えていきたい」旨の返事を得たことが挙げられるにとどまる(証人乙)。

本件5の接遇においては,ビール4,日本酒14及び焼酎(姶良。9800円)も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は約3616円であった(甲5の2)。

本件5の接遇に要した費用は8万4000円(一人当たり1万4000円)である(甲5の2)。

本件5の接遇の後も,J市と相手方の企業との間で3回程度事務方レベルでの協議が行われ,相手方の企業と学研都市内に存する企業との共同事業が立ち上がった(乙6)。

イ  前記アの事実によれば,本件5の接遇は,J市内に生産拠点を置いている企業との間において,先端産業政策や同企業の今後の事業展開について意見交換を行い,最終的には同企業と学研都市の研究機関等との連携・協力体制が確立することを期待して実施されたものである。しかしながら,本件5の接遇の約1年前から同接遇に至るまでの間に6回程度事務方レベルでの意見交換が行われ,ある程度意見が集約されていた上,同接遇の後にも3回程度事務方レベルでの協議が行われたというのであり,市長が夕刻に市役所でも相手方の企業でもなく飲食店で飲酒を伴う接遇を行う必要性は直ちには認め難い。また,一人当たりの飲酒代金は約3616円とやや高額である。

以上によれば,本件5の接遇の必要性は低く,それに比して同接遇に要した8万4000円(一人当たり1万4000円)は過大である。

したがって,本件5の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものというべきであり,本件5の支出は違法である。

(6)本件6の接遇について

ア  証拠(甲6の1,2,乙5,証人丙)及び弁論の全趣旨によれば,本件6の接遇について次の事実が認められる。

J市は,a大水深港湾,新J空港及びb自動車道の物流基盤やその関連インフラについて整備を進めていたものであるところ,本件6の接遇は,政府及び産業界等の動向並びに社会資本整備の事業手法等に精通し,インフラ整備の分野の知識・経験・人脈等を有するとされる相手方から,アドバイスの教示を受けるために相手方が所属する社団法人が事務所を置く東京都に出向いて実施されたものである(乙5,証人丙)。

J市は,相手方の社会的地位等を考慮して,本件6の接遇の場所として,格式があり個室が確保できる東京都の飲食店「皐月」を選定し,1万4000円のコース料理を選定した(乙5)。

本件6の接遇は夕刻に行われ,J市側からは甲及び丙所長の2名が出席した(甲6の1,乙5)。丙所長は,本件6の接遇において,相手方からインフラに関する他からは得られないアドバイスを受けた旨証言するが,本件全証拠によっても,相手方から受けたアドバイスの内容を具体的に認めることができない。なお,本件6の接遇に至るまでの間,a大水深港湾整備に関連した会社の行事開催に伴い相手方がJ市を訪れた際に,同市と相手方との間でインフラ整備等について協議及び意見交換が行われていたほか,甲が直接相手方に対しインフラ整備に関するプロジェクトへのアドバイスを依頼したこともあった(乙5,証人丙)。

本件6の接遇においては,ビール3本(2400円)及び焼酎4合瓶1本(6000円)も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は2800円であった(弁論の全趣旨)。また,本件6の接遇においては,たばこも供され,相手方に「皐月」の土産品(5250円)も渡された(甲6の2,証人丙)。

本件6の接遇に要した費用は7万1805円(一人当たり2万3935円)である(甲6の2)。

本件6の接遇の後,J市は,相手方を介してその所属する社団法人のトップと協議を行ったほか,同市において相手方と協議を行った(乙5)。

イ  前記アの事実によれば,本件6の接遇は,インフラ整備に関するアドバイスの教示を受けるために実施されたものである。しかしながら,本件全証拠によっても,相手方がインフラ整備に関しどのような知識・経験・人脈等を有するのか,相手方から具体的にどのようなアドバイスを受けたのかは不明である(なお,被控訴人は,相手方が所属する社団法人は昭和50年代の設立以来政府等に対し社会資本の充実等に向けた数々の提言を行ってきた,同法人の役員にはわが国を代表する大企業の役員等が名を連ねているなどと主張するが,証拠は全くない。)。本件6の接遇に至るまでの間に,相手方がJ市を訪れた際に相手方との間で協議及び意見交換が行われるなどしていたこと,同接遇の後も同市において相手方と協議が行われたことをも併せ考慮すると,当時,市長があえて夕刻に東京都の飲食店で飲酒を伴う接遇をする必要性を認めることができない。そうであるにもかかわらず,本件6の接遇に要した費用は飲酒代金や土産品代も含めて7万1805円(一人当たり2万3935円)に上る。

したがって,本件6の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものというべきであり,本件6の支出は違法である。

(7)本件7の接遇について

ア  証拠(甲7の1,2,甲28,乙6,証人乙)によれば,本件7の接遇について次の事実が認められる。

J市は,平成17年当時,同市で最も成長の見込まれる産業分野を自動車産業と目しており,同産業分野における同市の取り組むべき課題等を明確化することなどを目的に,同年1月,同産業分野の有識者による検討委員会を設置した。そして,本件7の接遇に至るまでの間に,上記検討委員会,他の有識者及びJ市職員らで8回程度会合が重ねられ,平成17年11月,事業拡大等を志向する地場の自動車部品メーカーの企業グループが設立されるに至った。本件7の接遇は,上記会合に参加していた企業人及び学識経験者らが上記企業グループの設立総会のためにJ市に集まった機会をとらえて,そのうち相手方である6名(有力企業の名誉顧問,別の有力企業の監査役,ビジネス系研究機関の代表者,大手企業の製造拠点の事務方役職者,研究所関係者及び大学関係者各1名ずつ)から,市場動向及び技術動向等について教示を受け,産業振興策について協議及び意見交換を行うことを目的として実施されたものである。(乙6,証人乙)

J市は,相手方の宿泊予定地に近いこと等を考慮して,本件7の接遇の場所として,日本料理店「水無月」を選定し,税込み8400円のコース料理を選定した(甲28,乙6,証人乙)。

本件7の接遇は夕刻に行われ,J市側からは甲,乙局長等4名が出席した(甲7の1,乙6)。乙局長の陳述書(乙6)には,本件7の接遇において,自動車産業分野の市場動向及び技術動向等について教示を受け,同分野の産業振興策について協議及び意見交換が行われた旨の記載があるが,同人の証言によれば,その教示及び意見交換等の内容は,上記8回程度の会合の内容と少なくとも一部重複していたものであり,平成18年1月に公表された上記検討委員会の最終提言に現れていることが認められる。また,乙局長は,本件7の接遇の主な目的は,市長から有識者に対してJ市における自動車産業の振興に助力を強く依頼し,信頼関係を築くことであった旨も証言している。

本件7の接遇においては,ビール14,日本酒14,焼酎36も提供されたものであり,一人当たりの飲酒代金は2980円であった(甲7の2)。

本件7の接遇に要した費用は11万8860円(一人当たり1万1886円)である(甲7の2)。

イ  前記アの事実によれば,本件7の接遇は,自動車産業についての有識者から市場動向及び技術動向等について教示を受け,産業振興策について協議及び意見交換を行うことを目的として実施されたものであるとされるが,その内容の少なくとも一部はJ市が設置していた検討委員会において8回程度議論されており,同接遇の約2か月後には最終提言として公表されたものである。乙局長が本件7の接遇の主な目的は信頼関係を築くことであった旨を証言していることをも併せ考慮すると,上記検討委員会における会合の他に,あえて日本料理店で飲酒を伴う接遇を行う必要性は低いといわざるを得ない。また,一人当たりの飲酒量はビール1.4,日本酒1.4,焼酎3.6とやや多く,一人当たりの飲酒代金も2980円に上ることから,本件7の接遇が宴会による接待を主な目的とするものではないかとの疑問が生じるところである。

以上によれば,本件7の接遇の必要性は低く,それに比して同接遇に要した費用11万8860円(一人当たり1万1886円)は過大である。

したがって,本件7の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものというべきであり,本件7の支出は違法である。

(8)本件8の接遇について

ア  証拠(甲8の1,2,甲29,乙7,8)によれば,本件8の接遇について次の事実が認められる。

J市は,平成17年12月19日当時,交通インフラ設備の使用料改定事業及びその他のインフラ整備事業(本件全証拠によってもその内容は明らかでない。)を実施しており,これらの事業のPRを相手方の広報関連企業の全面的な協力の下に行う予定であった。本件8の接遇は,上記企業の代表者及び実務責任者各1名との間で,上記PR戦略について協議及び意見交換を行うとともに,信頼関係を構築するために実施されたものである。(乙7,8)

J市は,相手方の社会的地位等を考慮して,本件8の接遇の場所として,格式があり個室が確保できる料亭「文月」(甲29)を選定し,8000円のコース料理を選定した(乙7,8)。

本件8の接遇は夕刻に行われ,J市側からは甲のみが出席した(甲8の1)。本件全証拠によっても,本件8の接遇において具体的にどのような協議及び意見交換等がされたかは明らかでない。

本件8の接遇においては,瓶ビール2本及び焼酎グラス12杯(森伊蔵。1万5600円)も提供され,一人当たりの飲酒代金は約5633円であった(甲8の2)。

本件8の接遇に要した費用は4万7239円(一人当たり約1万5746円)である(甲8の2)。

本件8の接遇の後,相手方の企業等によるマスメディアを通じた広報活動,商業施設へのPRブースの設置,インフラ設備見学会の開催,上記インフラ整備事業を記念したスポーツ大会の開催等が行われた。なお,相手方の企業は,無償で上記広報活動を行った。(乙7,8)

イ  前記アの事実によれば,本件8の接遇は,交通インフラ設備の使用料改定事業等のPR戦略について協議及び意見交換を行うこと等を目的として実施されたものであるとされる。しかし,同接遇の前に既に相手方の企業がPRについて全面的な協力を行う予定となっていたのであるから,実務者レベルでの日中の協議及び意見交換等が必要であるとはいえるが,市長が一人で夕刻に料亭で飲酒を伴う接遇を行う必要性は直ちには認め難い。また,本件全証拠によっても本件8の接遇において具体的にどのような協議及び意見交換等がされたかは明らかでない。さらに,一人当たりの飲酒量は瓶ビール1本弱,焼酎グラス4杯とやや多く,一人当たりの飲酒代金も約5633円と高額であることから,本件8の接遇が宴会による接待を主な目的とするものではないかとの疑問が生じるところである。

以上によれば,本件8の接遇の必要性は低く,それに比して同接遇に要した費用4万7239円(一人当たり約1万5746円)は過大である。

したがって,本件8の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものというべきであり,本件8の支出は違法である。

(9)本件9の接遇について

ア  証拠(甲9の1,2,甲30,乙6)によれば,本件9の接遇について次の事実が認められる。

J市は,同市経済の活性化に向けて,地元経済界の中心的人物と,産業政策を始め市政全般にわたる政策や事業に関して意見交換や協議を行うため,年4回,定例的に会合を開催していたものであり,本件9の接遇はその一つとして実施されたものである。

J市は,相手方(地元経済団体の代表者1名と準代表者5名)の社会的地位及びこれまでの開催実績等を考慮して,本件9の接遇の場所として,格式があり個室が確保でき,最高級の豊後牛等を提供するとされている料理店「葉月」(甲30)を選定した。そして,「葉月」は,夜は5500円以上のコース料理を提供していたところ(甲30),J市は,1万円のコース料理を選定した。(乙6)

本件9の接遇は夕刻に行われ,J市側からは甲,乙局長等6名が出席した(甲9の1)。本件9の接遇においては,相手方の所属する地元経済団体が推進しようとしていた中心市街地の活性化事業,新J空港の利用促進及びJ市が推進を図っていたビジターズインダストリーの施策等について意見交換や協議が行われた(乙6)。

本件9の接遇においては,酒類も提供されたものであり,J市側出席者一人当たりの飲酒代金は税抜き4000円であった(甲9の2)。

本件9の接遇に要した費用については,J市側出席者の分のみ同市が負担したものであり,その額は8万8200円(J市側出席者一人当たり1万4700円)である(甲9の2)。

イ  前記アの事実によれば,J市は,本件9の接遇の相手方とは年4回定例的に会合を開催して意見交換や協議を行っていたというのであるから,両者の間には既に一定の信頼関係が築かれ,情報交換もできていたことが推認される。そうすると,相手方との間で昼間に会議等を開くのではなく夕刻に料理店で飲酒を伴う会合を開く必要性は低いといわざるを得ない。しかるに,本件9の接遇における市側出席者一人当たりの飲酒代金は税抜き4000円とやや高額である。

以上によれば,本件9の接遇の必要性は低く,それに比して同接遇に要した費用8万8200円(J市側出席者一人当たり1万4700円)は過大である。

したがって,本件9の接遇は,社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものというべきであり,本件9の支出は違法である。

3  小括

以上の次第であるから,本件1,2及び4の支出は適法であるが,本件3,5から9までの支出は違法である。これらの支出は資金前渡の方法によって行われているが,同支出に係る接遇はいずれも甲が出席したものであり,予算の執行者は同人であるから(甲3の1,甲5から9までの各1,甲13の1),同人は資金前渡を受けた職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により上記職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったというべきである。したがって,甲は,J市に対し,本件3,5から9までの支出によりJ市が被った損害について賠償責任を負うものである。

なお,控訴人らは,各接遇が行われた日からの遅延損害金の請求をすることを求めているが,J市の損害は接遇が行われた日ではなく支出がされた日に発生したものと認められるから,控訴人らの請求は各支出がされた日からの遅延損害金の請求をすることを求める限度で理由がある。

第4  結論

したがって,控訴人らの請求は,甲に対して損害賠償金53万1379円(本件3,5から9までの支出金額の合計)及びうち12万1275円に対する本件3の支出の日である平成17年9月29日(甲3の1)から,うち8万4000円に対する本件5の支出の日である同年11月1日(甲5の1)から,うち7万1805円に対する本件6の支出の日である同月30日(甲6の1)から,うち16万6099円(本件7,8の支出金額の合計)に対する本件7,8の支出の日である同年12月27日(甲7,8の各1)から,うち8万8200円に対する本件9の支出の日である平成18年3月24日(甲9の1)からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求をすることを求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がない。

よって,原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 川野雅樹 裁判官 齋藤毅)

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