福岡高等裁判所 平成21年(ネ)720号 判決 2010年2月17日
当審引受参加人
日興コーディアル証券株式会社
(旧商号 日興コーディアル証券分割準備株式会社)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
眞珠浩行
脱退控訴人(第1審被告)
シティグループ・オーバーシーズ・ホールディングス株式会社
(旧商号 日興コーディアル証券株式会社)
同代表者代表取締役
B
被控訴人(第1審原告)
X1
X2
X3
X4
X5
X6
X7
X8
X9
X10
X11
上記11名訴訟代理人弁護士
青木幸男
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 当審引受参加人は、被控訴人1ないし4に対し各3191円、被控訴人5、6及び9ないし11に対し各6383円、被控訴人7及び8に対し各1万2766円、並びにこれらに対する平成19年9月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを9分し、その1を当審引受参加人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
3 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中、脱退控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記部分につき、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は、被控訴人らが脱退控訴人に対し、Cが脱退控訴人に対して有していた投資信託である累積投信(以下「日興MRF」という。)及びピムコトータルリターンファンド(以下「ピムコ」という。)の支払請求権並びに預り金の返還請求権を相続により取得したと主張して、それぞれの相続分に応じた原判決別表1記載のとおりの金員(平成19年1月10日時点の残高)及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成19年9月26日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
脱退控訴人は、被控訴人らがそれぞれの相続分に応じた預り金の返還請求権を有することは明らかに争わなかったが、Cの遺産の一部を相続したにとどまる被控訴人らが投資信託である日興MRFとピムコの換価のために解約実行請求権又は買戻請求権を行使することはできないと主張して争った。
(2) 原審は、預り金のみならず、投資信託についても、被控訴人らは脱退控訴人に対し、各自の持分に応じた額の支払請求が可能であると判断し、原判決別表2記載のとおりの金員(被控訴人らが請求し得る額を算定する基準となるのは訴状送達日時点の価格としたうえ、第1審口頭弁論終結前の平成21年6月12日時点の残高をもって、その価格と認めた。)及び預り金については訴状送達の日の翌日である平成19年9月26日から、日興MRFについては解約請求がされた訴状送達日の翌営業日の翌日である同月27日から、ピムコについては買戻請求がされた月の最終のファンド営業日である同月2月8日以降の4営業日目の翌日である同年10月5日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で被控訴人らの請求を認容したので、これを不服とする脱退控訴人が控訴した。
(3) なお、脱退控訴人及び被控訴人ら間の権利義務関係は、脱退控訴人及び当審引受参加人間の平成21年8月14日付け吸収分割契約に基づき、同年10月1日をもって、脱退控訴人から当審引受参加人に免責的に承継されたため、被控訴人らの申立てにより、当裁判所は当審引受参加人に本件訴訟の引受を命じ、脱退控訴人は本件訴訟から脱退した。
2 前提となる事実(証拠等の記載のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) Cと脱退控訴人との取引
Cは、証券会社である脱退控訴人との間で、日興MRF及びピムコの取引をしていた。また、Cは、脱退控訴人に対して預り金の返還請求権を有していた。
(2) Cの死亡とその相続(《証拠省略》)
Cは、平成15年4月24日に死亡した。その相続人は、D(夫。相続分は4分の3。以下「D」という。)及びE(兄。相続分は4分の1。以下「E」という。)であった。Dは、同年6月17日に死亡した。その相続人は、被控訴人1~4(父母を共通にする兄の代襲相続人。相続分は各22分の1)、被控訴人5及び6(同。相続分は各22分の2)、被控訴人7及び8(父母を共通にする弟及び妹。相続分は各22分の4)並びに被控訴人9~11(養母のみを共通にする妹及び弟。相続分は各22分の2)であった。その結果、Cの遺産は、その4分の1をEが承継し、その余の4分の3を被控訴人らが、被控訴人1~4が各88分の3、被控訴人5、6及び9~11が各88分の6、被控訴人7及び8が各88分の12の割合で、それぞれ承継した。
(3) 被控訴人らの訴えの提起(顕著な事実)
被控訴人らは、脱退控訴人に対し、日興MRF、ピムコ及び預り金につき、各被控訴人の相続分の支払を求める本件訴えを平成19年9月3日に原審裁判所に提起し、その訴状は同月25日に脱退控訴人に送達された。
(4) Cの取引の残高(弁論の全趣旨)
ア Cの脱退控訴人に対する債権の残高は、平成19年1月10日時点で、日興MRFが18万5407円(18万5407口)、ピムコが61万9659円(500口、1口当たり10.39米ドル、1米ドル=119.28円)、預り金が1万8116円の合計82万3182円である。
イ 同取引に係る平成21年6月12日時点の残高は、日興MRFが18万0276円、ピムコが50万5190円、預り金が9万3621円である。
(5) 投資説明書の内容等
ア 日興MRFの投資信託説明書(書証として提出されたのは平成20年及び21年のものであるが、Cにも同様のものが交付されたと推認される。)には、解約請求による換金に関して、脱退控訴人の営業日に解約を受け付ける、解約価額は解約請求受付日の翌営業日の前日の基準価額による、解約単位は1口とする、解約代金は解約請求受付日の翌営業日から支払う旨の記載がある。また、日興MRFの信託期間は無期限とされている。(《証拠省略》)
イ ピムコの投資信託説明書(書証として提出されたのは平成19年及び20年のものであるが、この点は日興MRFと同様と解される。)には、途中換金に関して、換金(買戻し)は月単位で行うことができる、買戻請求の受付は各月の最終ファンド営業日を含む脱退控訴人の直前5営業日の間に行う、換金は1口単位で受け付ける、換金された資金は、各月の最終ファンド営業日後、脱退控訴人の4営業日目に支払う、手取額は各月の最終ファンド営業日の純資産価額に買戻し口数を乗じた額となる旨の説明がある。また、ピムコの信託期間は無期限とされている。(《証拠省略》)
ウ 一般に、投資信託における受益者の権利には、受益証券返還請求権(ただし受益証券が発行されている場合)のほか、受益証券上の権利として、①収益分配請求権、②償還金請求権、③(一部)解約実行請求権、④(一部)解約金償還請求権などが含まれているとされている。なお、脱退控訴人が、個人に投資信託を販売する際に、相続が生じた場合の手続について記載した文書を交付することはない。また、約款上、他の受益者と協議せずに単独で受益証券の返還を請求できる等、単独での解約請求又は買戻請求を認める旨の規定はない。(弁論の全趣旨)
3 争点及び争点に関する主張
被控訴人らの請求のうち、預り金については、各被控訴人が相続分に応じた金員の支払を請求し得ることを、脱退控訴人も当審引受参加人も争っていない。本件の当審での争点は、原審におけると同様、日興MRF及びピムコにつき、Cの遺産の一部を相続したにとどまる被控訴人らが当審引受参加人に対して権利を行使し得るか否かである。
〔被控訴人ら〕
(1) Cの脱退控訴人に対する投資信託に係る支払請求権は、金銭債権であり、可分債権であるから、相続開始と同時に法律上当然に共同相続人が相続分に従って分割して取得するというべきである。
日興MRFについては受託証券は発行されておらず、ピムコについても、日本の受益者に対しては同受益者の保有するファンド証券を表章する大券1枚を発行するだけのようであるが、投資信託に係る支払請求は信託契約の一部解約実行の請求とみなされるはずであるから、受益証券の返還ないしそれに代わる受益権の換価金や解約金等の支払等を請求する権利は可分債権と考えるべきである(なお、大阪地裁平成18年7月21日判決・金融法務事情1792号58頁参照)。
(2) 当審引受参加人は、投資信託の受益権性を強調するが、投資信託は、専ら資産性が重視され利殖目的でなされるものであり、預金類似のものと考えられているのであるから、一体的に捉えて処理されなければならないものではなく、この点で会社の経営にも参加し得る株式の共益権と同列に扱うことはできない。
(3) また、投資信託は一般に口数単位の商品設計がされているので、口数で可分な債権ということができるし、1口未満の単位については、その部分は解約請求をしない相続人に帰属する(解約請求をした相続人は1口未満の部分を放棄した。)と考えれば済むことである。投資信託は、このように、契約の一部解約ないし買戻しが可能である以上、その限度において一部金銭債権に転化されるもので、解約又は買戻しされない部分が契約として存続し、共益権行使可能なものであれば受益者の判断で行使されることになる。仮に残余の契約部分で共益権の行使ができなければ、その不利益は解約等を行った相続人の正当な権利行使の結果として、受忍すべきものである。
(4) 本件のような、投資信託が共同相続され、かつ持分を相続した相続人がその相続分を放棄しない場合においては、当審引受参加人の論法では、遺産分割協議が成立しない限り、未来永劫に権利行使すなわち一部解約等ができず換金不可能で順次相続が繰り返されることにもなり、現実の紛争を何ら解決し得ない法解釈論である。
(5) 当審引受参加人は、議決権の不可分性を強調するが、一部解約等による残部契約上の議決権が行使できればそれでよいのであって、仮に残余契約部分では議決権行使ができない事態が生じる場合は、上述のとおり、残余契約の当事者は、共同相続人の正当な権利行使の結果として、その結果を甘受しなければならないだけのことである。当審引受参加人は、本件契約の一部解除等は認められず、受益権は不可分の権利であるという前提で論じているが、前提自体が失当である。
(6) 当審引受参加人の後記主張どおりだとすると、投資信託の共同相続事例においては全員一致が得られないと権利行使・換金ができなくなるが、少なくとも、本件のように1人あるいは少数の者の同意が得られない場合には、現実的解決の手段を講ずべきであって、判決による解決を用意すべきである。なお、日本では、遺言はまだ一般的ではなく、人は死後その遺産は当然相続人によって遺産分割が行われることを想定しているのがほとんどで、死後換金せずに長く保有・塩漬しておくことを欲している者は皆無と考えてよい。
(7) 当審引受参加人は、仮名取引禁止の問題を取り上げるが、被相続人の口座内での取引の形をとったとしても、その実質は相続人の権利であるから、仮名取引禁止の問題は発生しないとみるべきである。
〔当審引受参加人〕
(1)ア 投資信託を換金しようとする場合、受益者は、投資信託の販売会社を通じ、投資信託委託会社に対し投資信託解約実行の請求を行い、この請求を受けた委託会社が投資信託受託会社に対し投資信託解約請求権を行使することになる。ただし、ピムコは外国投資信託であるので、受益者は、日本における販売会社(脱退控訴人)を通じ、発行会社(ピムコ・ファンズ)に対し買戻しの請求をすることになる。このように日興MRF又はピムコを換金するためには、受益者が解約実行請求権又は買戻請求権を行使することが必要であり、これが行使されることによって初めて受益者の権利は金銭債権になるものであるが、上記権利は、債権の目的がその性質上不可分であるから、不可分債権である。
他方、被相続人が投資信託を保有していた場合に相続の対象となるのは、投資信託受益権(日興MRFの場合)又は投資信託受益証券(ピムコの場合)(以下、これらを単に「受益権」という。)であり、相続人が複数いるときは、これを準共有することになる。そして、換価のためには解約実行請求権又は買戻請求権を行使すべきものとなるが、上記のとおりこの権利は不可分債権であるから、各人が単独で行使することはできず、準共有者が全員で行使しなければならない。すなわち、この権利は契約上の地位に基づく解除権であるから、全員が共同して行使することを要するのである(民法544条)。
したがって、Cの遺産の一部を相続したにすぎない被控訴人らが、日興MRF及びピムコを換金して各自の相続分の支払を請求することはできない。
イ 被控訴人らは、大阪地裁平成18年7月21日判決を引用して、その枠組みを用いて論じているが、当該判決はMMF(マネー・マネジメント・ファンド。公社債、譲渡性預金などを運用する追加型公社債投資信託の一種)に関するものであり、日興MRF(マネー・リザーブ・ファンド。内外の公社債及びコマーシャル・ペーパーを中心に投資し、安定した収益の確保を目指して安定運用を行う点でMMFと類似するが、通常、MMFよりも流動性が高く利回りが低い、MMFについて解約時にかかる信託財産留保がかからない等の特徴がある。)及びピムコという全く別の商品が問題になっている本件とは事案を異にし、当該判決が妥当するものではない。
ウ 原判決は、投資信託の解約請求(日興MRF)及び買戻請求(ピムコ)が受益権の管理に関する事項に当たると判示するが、「管理」とは、利用・改良行為を指すところ、解約及び買戻請求は、受益権の消滅を来す処分であり、単なる利用・改良行為ではなく、「管理」に関する事項ではない。投資信託の解約及び買戻請求は、保有している投資信託及び受益権を喪失させて、全く性質を異にする金銭債権に転換せしめる処分であるから、準共有物の「変更」に該当し、又は処分の性質上、他の準共有者の同意が不可欠である。
(2) 被控訴人らは投資信託を預金と同視すべき旨を主張するが、投資信託は、その価値が常に変動し、元本割れの可能性もある有価証券であるから、預金とは全く異なっている。
(3) さらに、次の点からも、共同相続人の一部による請求は認められないというべきである。
ア 日興MRFについては、解約単位が1口であり、1口未満に分割することはできない。したがって、相続財産が1口で相続人が複数、相続財産が2口で相続人が3人といった例を考えれば明らかなとおり、解約の対象となる給付を分割することができないから、相続分に応じて分割することは性質上不可能であって、受益権は不可分であるというほかない。
また、必ずしも1口が1円になるわけではないから、1口が1円であることを理由に可分であるということもできない。
イ ピムコについては、受益者は、議決権、買戻請求権、分配金請求権、残余財産分配請求権、会計帳簿等閲覧請求権、ファンド証券を譲渡する権利、米国登録届出書に関する権利など様々な権利を有しており、これらのうち特に議決権、会計帳簿等閲覧請求権などが性質上可分でないことは明白である。
また、換金のための買戻しは1口単位で行われるので、日興MRFと同様、買戻しの対象となる給付を分割することができず、受益権を相続分に応じて分割することは性質上不可能である。
ウ 原判決は、「持分割合で分割すると1円未満の端数が生ずるときに関しても、被控訴人らが端数部分を放棄したものとみて、端数を切り捨てた額の支払を認めるべきものとすれば、脱退控訴人の側に支障は生じない」と判示したが、本件では被控訴人らが端数の放棄の主張をしているため、結果として不都合が生じないというだけのことであって、受益権が不可分でないことの根拠にはならないし、また、そのような主張をしない場合には持分に応じた分割ができないという問題は解決されないから、原判決のように解する必然性に乏しい。仮に投資信託の受益権が可分であり、各相続人が単独で解約実行請求権及び買戻請求権を行使することができ、脱退控訴人がこれに応じなければならないとすると、死亡した被控訴人の口座内で取引が行われることになるので、仮名取引禁止の趣旨に反する疑いが生じかねない。
(4) 原判決は、議決権の行使についても管理に関する事項として過半数により決せられれば足りると判示したが、実際上の不都合が生じないというだけで、分割不能な議決権を含む受益権が不可分ではないことの論証をなし得ていない。議決権そのものを分けることが出来ず、不可分である以上、議決権を含む受益権が不可分であることは理の当然というべきである。
(5) 原判決は、「脱退控訴人の主張によると、共同相続人の中に解約に反対する者や所在不明の者がいる場合には、被相続人の財産であった投資信託を換金する手段が奪われるとして、過半数の持分を有する者が被相続人の投資信託の全部の解約又は買戻しを請求したとみられる場合には、その解約等を認めて持分に応じた支払請求を肯定すべきものである。」と判示したが、仮に原判決のように解したとしても、過半数の持分を有する共同相続人が解約又は買取りに反対しているような場合には、それらの請求権を行使できず、換金できないのであるから、根本的な問題の解決策となるものではない。
(6) 原判決は、脱退控訴人の主張を是認することは、死亡したときは共同相続人が現金化し得ると考えて投資信託取引を行った被相続人の期待に反し、共同相続人に予想外の不利益を与える旨判示したが、被相続人が一般的に原判決のいうような期待を持っているという社会的事実は存在しないし、本件における被相続人がそのような期待を持っていたと解する根拠もなく、原判決の憶測に基づく独断にすぎない。仮に被相続人がそのような期待を抱いていたならば、遺言などにより対処することも可能である。そもそも相続財産の可分・不可分性を考えるにあたって、被相続人の期待を保護すべきという根拠が明らかでない。
共同相続人が、不動産など各相続財産の換金に当たって多少の不便を強いられることはむしろ常識であり、可分債権たる銀行預金についても相続人全員の同意がなければ引き出せないという実務慣行が取られているのであるから、より複雑な金融商品について相続人全員の同意が必要とされることも予想でき、現にこれまでそのような取扱いが受け入れられてきたのであるから、相続人に予想外の不利益を与えるとの非難は当たらない。
(7) 仮に投資信託の受益権が可分であり、各相続人が単独で解約実行請求権及び買戻請求権を行使することができ、脱退控訴人がこれに応じなければならないとすると、死亡した被相続人の口座内で取引が行われることになるので、仮名取引禁止の趣旨に反する疑いが生じかねない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は、被控訴人らの請求のうち、預り金にかかる請求については、原審と同様、各被控訴人が相続分に応じた金員の支払を請求し得るものと判断するが、投資信託である日興MRF及びピムコについては、これらは不可分債権と解するのが相当であるから、これらを可分債権であることを前提とする被控訴人らの請求は理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
2 預り金について
預り金の返還請求権は金銭債権であり、可分債権であるから、相続人である被控訴人ら各人が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割単独債権として取得し、それぞれが相続分に応じた金員の支払を請求し得るというべきである。その額については、原判決が判示したとおり、被控訴人らの返還請求は本件訴状の送達によりされたと解され、送達日時点の価格が算定の基準となるところ、同日における価格が証拠上明らかでないので、直近の平成21年6月12日時点の残高である9万3621円とするのが相当である。
したがって、被控訴人ら各人が請求し得る金額は、原判決別表2の「預り金」欄に記載のとおりであり、遅延損害金の起算日は訴状送達日の翌日である(なお、上記の各人が請求し得る金額は、被控訴人らの請求金額を上回るので、請求の拡張がない限りは被控訴人らの当該請求額の限度で認容すべきであるが、日興MRF及びピムコについて、原判決のように可分債権と解して被控訴人の各請求を認容した場合でも、その合計認容額が被控訴人らの請求金額を下回るものであり、かつ、この預り金に係る被控訴人らの請求については当審引受参加人も争っていないので、上記の「各人が請求し得る金額」をそのまま認容することとする。)。
3 日興MRF及びピムコについて
(1) Cの死亡により、Cの相続財産は夫D及び兄Eがそれぞれ4分の3、4分の1の割合で相続し、さらに、Dの死亡により、Dの相続財産は被控訴人らがすべて相続したから、被控訴人らは、Cの脱退控訴人に対する権利義務のうち4分の3を承継したことになる。
C名義の日興MRF及びピムコについては、投資信託の受益権が承継されるところ、これらは単に解約請求権又は買戻請求権にとどまらず、議決権、分配金請求権等を含み、性質上明らかに不可分債権であって単純な金銭債権ではないから、相続人である被控訴人ら各人が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割単独債権として取得するということはできない。
被控訴人らは、投資信託は1口単位で解約又は換金できることから、解約又は換金した限度において当然に金銭債権(可分債権)に転化されるから、一部解約の結果、それぞれ金銭債権を取得したと主張する。被控訴人らの主張は、投資信託の資産性に着目し、利殖目的でなされることを強調するもので、なるほど、昨今の投資信託がそうした利殖目的でなされることがほとんどであることは肯定せざるを得ないけれども、そうかといって、投資信託が議決権等の権利を含んでいることを無視することはできず、相続人各人がそれぞれ別個独立に解約権を行使することは、許されないと考える(被控訴人らは、銀行預金との類似性を主張するが、銀行預金の場合は他に金銭債権以外にいかなる権利も伴わないものであり、解約権の行使といっても単純な払戻請求にすぎないから、投資信託と銀行預金とを同列に論じることは相当でない。)。
(2) そうだとすると、被控訴人ら及びEは、上記受益権を準共有し、被控訴人らが合計で4分の3、Eが4分の1に各割合で持分を有することになり、これを換金するためには、日興MRFにつき解約請求、ピムコにつき買戻請求をしなければならないところ、その請求を行うことは受益権の処分、すなわち共有物の変更に当たると解すべきである。
個人が、その保有する資産を投資信託の形で保有するか、それ以外の現金の形で保有するかは、資産運用の相違にすぎないけれども、投資信託を準共有する者において、これを換価すべく、準共有物である受益権そのものについて解約請求又は買戻請求をすることは、その結果、投資信託自体が消滅することになるのであるから、受益権を処分することにほかならず、単に受益権の管理に関する事項にとどまらない。
そして、本件においては、約款上も、他の受益者と協議せずに単独で受益証券の返還を請求できる等、単独での解約請求又は買戻請求を求める旨の規定が存在しないので、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、解約請求又は買戻請求をすることができないことは明らかである(民法264条、251条、544条)。
ここでも、被控訴人らは、投資信託は1口単位で解約又は換金できることから、解約ないし換金ができるものとし、その限度において一部金銭債権(可分債権)に転化されるものであると主張するけれども、投資信託の受益権が金銭支払請求権に転化する前提に当たる解約請求権又は買戻請求権自体が準共有であって、共有者全員の同意を得なければ行使できないのであるから、そもそも解約又は換金ができず、したがって、投資信託の受益権が金銭債権に転化されることはない。
また、投資信託の受益権に対する被控訴人らの持分は、投資信託の口数で示されるものではなく、1口ごとに準共有しており、1口ごとに持分が生じていると考えられるから、1口単位で解約又は換金できることを根拠にこれを金銭債権と同視して可分債権とすることはできないのである。このことは、仮にCの相続財産として残された投資信託が1口にすぎなかった場合を考えれば明らかである。
(3) 被控訴人らは、投資信託につき共同相続人の一部による請求を常に認めないとすれば、共同相続人の中に解約に反対する者や所在不明の者がいるような場合には、被相続人の財産であった投資信託を換金する手段が奪われることになると主張する。
しかしながら、被相続人のある遺産について、これが可分債権として当然に共同相続人らに分割帰属するか、遺産分割協議や調停・遺産等の分割手続を経なければ共同相続人らの取得が確定しないとみるかは、その遺産たる財産の性質如何によって決定すべきものであるから、遺産分割手続を要するとした場合に共同相続人への帰属の確定が迂遠になるからといって、当該財産の性質を無視することは許されない。本件の場合に、被控訴人ら以外の相続人はEだけであり、その所在も判明しているのであるから、同人相手に遺産分割の調停ないし審判の申立てを行い、仮に調停が成立しないとしても遺産分割審判手続を迅速に進行させ、例えば代償金を支払うことにより投資信託を単独取得する旨の代償分割の方法によって遺産共有状態を解消することは、それほど困難ではないから、被控訴人らがいう投資信託を換金する手段が奪われるということにはならないというべきである。被控訴人らの主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであるから、被控訴人らの相続持分を合計すれば過半数の持分を有することになるとしても、共同相続人全員の同意がない以上、投資信託の解約等を認めて、持分に応じた支払請求を認めることはできない。
4 よって、当審引受参加人の控訴は一部理由があるから、原判決を上記の趣旨に変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森野俊彦 裁判官 小野寺優子 瀬戸さやか)