福岡高等裁判所 平成21年(ラ)149号 決定 2009年7月15日
抗告人
大和太郎
外582名
同代理人弁護士
椛島修
北村哲
木下隆一
角倉潔
田中健太郎
外369名
相手方
甲野会こと 甲山一郎
相手方
株式会社A
同代表者代表取締役
乙川二郎
相手方
丙田一家こと 丙田三郎
上記3名代理人弁護士
大村豊
猿渡健司
主文
1 原決定中,同決定別紙物件目録1記載の建物に係る抗告人らの申立てを却下した部分を取り消す。
2 相手方甲野会こと甲山一郎及び同株式会社Aは,下記の行為をするなどして,原決定別紙物件目録1記載の建物を甲野会その他の暴力団の組事務所又は連絡場所として使用してはならない。
記
(1) 建物内で甲野会その他の暴力団の定例会又は儀式を行うこと
(2) 建物内に甲野会その他の暴力団の構成員を立ち入らせ(これと同旨し得る不作為を含む。),又は当番員を置くこと
(3) 建物内に甲野会その他の暴力団を表象する紋章,看板,表札又はこれに類するものを設置すること
(4) 建物内に甲野会その他の暴力団の綱領,歴代組長の写真,幹部及び構成員の名札,甲野会その他の暴力団を表象する紋章,提灯又はこれに類するものを掲示すること
3 執行官は,前項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。
4 相手方甲野会こと甲山一郎及び同株式会社Aは,原決定別紙物件目録1記載の建物の占有を解いて,これを執行官に引き渡さなければならない。
5 執行官は,平成22年3月26日までの間,原決定別紙物件目録1記載の建物を保管しなければならない。
6 執行官は,前項により保管している間,執行官が前項の建物を保管していることを公示しなければならない。
7 別紙物件目録1及び2記載の各土地に係る抗告人らの申立てを却下する。
8 手続費用は,原審及び当審を通じて,抗告人らと相手方丙田一家こと丙田三郎との間では抗告人らの負担とし,抗告人らと相手方甲野会こと甲山一郎及び同株式会社Aとの間では,これを2分し,その1を抗告人らの負担とし,その余を同相手方らの負担とする。
理由
第1 抗告の趣旨
1 原決定中,同決定別紙物件目録1及び2記載の各建物に係る抗告人らの申立てを却下した部分をいずれも取り消す。
2 相手方甲野会こと甲山一郎及び同株式会社Aは原決定別紙物件目録1記載の建物につき,相手方甲野会こと甲山一郎,同丙田一家こと丙田三郎及び同株式会社Aは同目録2記載の建物につき,それぞれ,下記の行為をするなどして,甲野会その他の暴力団の組事務所又は連絡場所として使用してはならない。
記
(1) 建物内で甲野会その他の暴力団の定例会又は儀式を行うこと(これと同旨し得る不作為を含む。)
(2) 建物内に甲野会その他の暴力団の構成員を立ち入らせ,又は当番員を置くこと(これと同旨し得る不作為を含む。)
(3) 建物内に甲野会その他の暴力団を表象する紋章,看板,表札又はこれに類するものを設置すること
(4) 建物内に甲野会その他の暴力団の綱領,歴代組長の写真,幹部及び構成員の名札,甲野会その他の暴力団を表象する紋章,提灯又はこれに類するものを掲示すること
3 執行官は,前項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。
4 相手方甲野会こと甲山一郎及び同株式会社Aは原決定別紙物件目録1記載の建物につき,相手方甲野会こと甲山一郎,同丙田一家こと丙田三郎及び同株式会社Aは同目録2記載の建物につき,それぞれ,その占有を解いて,これを執行官に引き渡さなければならない。
5 執行官は,原決定別紙物件目録1及び2記載の各建物を保管しなければならない。
6 執行官は,執行官が前項の各建物を保管していることを公示しなければならない。
第2 事案の概要(略称等は原決定の例による。)
1 本件は,本件各建物の近隣に居住ないし就業している抗告人らが,本件各建物が相手方らによって暴力団組事務所等として使用されていることにより,人格権を侵害されていると主張して,これに基づき,相手方らが本件各建物を暴力団組事務所等として使用することの差止め等を求めた仮処分申立事件である。
2 抗告人らの申立ての趣旨は,原決定の「理由の要旨」欄の「第1 申立ての趣旨」に記載のとおりである。
3 原決定は,本件建物3に係る申立てはおおむね認容したが,本件建物1及び2に係る申立ては却下した。
4 抗告人らは,本件建物1及び2に係る申立てが却下されたことを不服として,前記第1記載のとおり抗告した。
5 その後本件建物2が取り壊されたため,抗告人らは,本件建物2に係る申立てに代えて,その敷地であった別紙物件目録1及び2記載の各土地(以下,併せて「本件土地」という。)についての使用差止め等の申立てをした。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,本件建物1に係る申立ては理由があるが,本件土地に係る申立ては理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原決定の「理由の要旨」欄の「第2 当裁判所の判断」のうち本件抗告に関係する部分に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 6頁11行目の「前面」を「南側」に改め,21行目の「建物であり,」の次に「15年以上の長期にわたり」を加え,26行目から7頁1行目までを次のとおり改める。
「 本件建物2は,本件土地をその敷地とするものであった。
本件建物2は,平成21年4月ころ取り壊された。」
2 7頁2・3行目の「4階建」の次に「の建物」を加え,12行目の「14の6)。」の次に次の通り加える。
「爆発事件の際には,手榴弾の金属片が付近の民家の窓ガラスを破って室内に落下した(甲5,14の4,5)。」
3 8頁1行目の次に改行の上次のとおり加える。
「 相手方甲山は,同年9月14日,甲野会の会長に就任した。」
4 11頁7行目から14行目までを次のとおり改める。
「イ本件建物2については,前記2(3)ウのとおり,平成21年4月ころ取り壊されたことが認められる。」
5 12頁7行目の「上,」から8行目の「うかがわれない」までを削り,25行目から14頁7行目までを次のとおり改める。
「(4) 以上を前提に,抗告人らの被保全権利の有無について検討する。
ア 前記のとおり,甲野会と丁谷会との対立抗争はなお継続し頻発しているところ,その態様は銃器を使用した発砲事件が多く,暴力団関係者のみならず一般市民をも巻き込んで重大な結果を惹起している。このような状況の中で,本件建物3は,実質的に甲野会の本部事務所としての機能を有するに至っているのであるから,同建物が襲撃の対象となったり,付近で発砲事件等が発生するおそれがある。
そうすると,近隣に居住ないし就業し同建物付近を通行する一般市民は,発砲事件等に巻き込まれてその生命・身体に重大な被害を被るおそれがあるし,そうでないとしても,このような状況に怯えながら不安のうちに日常生活を営むことを余儀なくされているといい得る。 以上によれば,本件建物3等が今後も甲野会その他の暴力団組事務所等として使用される場合,近隣に居住ないし就業する一般市民の生命,身体及び平穏に生活を営む権利(人格権)が侵害されるおそれがあると認められる。
イ 本件建物1は,本件土地をはさんで本件建物3の反対側に位置しているところ,現況は空き家であり,暴力団組事務所等としての実態は失われていることが認められる。
本件は,抗告人らが,対象とする建物が暴力団組事務所等として使用されることの差止めを求めることにより,現在及び将来における人格権の侵害を防止又は予防しようとするものであるから,被保全権利の有無の判断に当たっては,使用差止めの対象となる建物が現に暴力団組事務所等として使用されているか否かのみならず,これが将来使用される可能性があるか否かをも検討する必要があり,現に使用されていることは,抗告人らの被保全権利を肯定するための不可欠の要件ではなく,現在及び将来における抗告人らの人格侵害のおそれを検討する際の考慮要素の一つにとどまるものと解される。
そこで検討するに,前記のとおり,本件建物1は15年以上の長期にわたり甲野会の本部事務所として継続的に使用されてきたものである。また,本件建物1から什器・備品等が搬出された事実は認められるが,その一方で,近接する本件建物3において,甲野会に所属する暴力団員の出入りが増加し,甲野会本部の定例会とみられる会合が開催されるようになっているなど,実質的に甲野会の本部事務所としての機能を有するに至っている。さらに,本件建物1は,そのすべての役員が甲野会の構成員であり実質的に甲野会の構成団体と認められる相手方A社の所有する物件であるから,その使用については甲野会の意のままになるものと推認される上,いったん搬出された什器・備品等を再度本件建物1に搬入することは容易かつ短期間に行い得る。これらの事実に照らせば,本件仮処分申立後に相手方らが本件建物1から什器・備品等を搬出したことは,仮処分命令の発令を免れるための偽装工作にすぎないという抗告人らの主張も理由のないものとはいえない。
上記の諸事情を考慮すれば,本件において使用差止めの対象を本件建物3に限定して本件建物1を除外した場合,相手方らが再度本件建物1に什器・備品等を搬入してこれを本部事務所として使用する可能性は相当程度あるものと考えられる。
このような事態を防止するには,抗告人らにおいて,本件建物1を常時監視する必要があり,また,上記の事態が判明したときには,再度本件建物1について使用差止めの仮処分の申立て等をする必要があるが,これは抗告人らに過大な負担を強いるものであるだけでなく,暴力団抗争が一般市民にとって予測困難であり突発的に発生するものであることに照らせば,再度の仮処分の申立て等について認容決定がされその執行が完了するまでの間,抗告人らの人格権が侵害されるおそれがあり,万一,生命・身体に被害が発生した場合,その回復は不可能であるか,そうでなくとも困難である。
以上の諸事情を総合考慮すれば,本件建物1について,現在は暴力団組事務所等としての実態が失われているとしてもなお,その使用差止めに係る抗告人らの被保全権利はこれを認めることができるというべきである。
また,前記のとおり,相手方A社は実質的に甲野会の構成団体と認められるから,仮処分命令の潜脱を防止しその実効を期するためには,本件建物1の使用差止めに係る抗告人らの被保全権利は,相手方甲山との関係のみならず,同A社との関係においても,これを肯定すべきである。
ウ 本件建物2は,平成21年4月ころ取り壊されており,このため,抗告人らは,本件建物2の使用差止めに代えて,本件土地の使用差止めを求めている。
本件は,暴力団組事務所の近隣に居住ないし就業する一般市民が,発砲事件等に巻き込まれてその生命・身体に重大な被害を被るおそれがあり,そうでないとしても,このような状況に怯えながら不安のうちに日常生活を営むことを余儀なくされていることが,同人らの人格権を侵害するものであるとして,対象とする建物等が暴力団組事務所等として使用されることの差止めを求めるものであるが,使用差止めの対象が暴力団組事務所等とされるのは,暴力団の対立抗争においては,その活動の拠点が襲撃の対象となる可能性が高いことに基づくものである。
このように,使用差止めの対象は,暴力団組事務所等の暴力団の活動の拠点,すなわち暴力団の構成員が会合等のため出入りしある程度の時間滞留することが想定される場所であることを要するものと解される。
そこで検討するに,一般に,建物と更地とを,人が出入りしある程度の時間滞留することが想定される場所であるか否かという観点から比較すると,後者は前者よりその可能性・程度が格段に低いといえるから,暴力団が更地を有しているというだけで,付近住民等の人格権侵害のおそれを肯定することは困難である。また,従前,本件建物1ないし3が暴力団組事務所として機能的に一体として使用されていた事実があるとしても,その後本件建物2が取り壊され,さらに,本件建物1及び3の使用差止めが認容されて,核となる建物が使用できなくなった場合において,なお本件土地に甲野会その他の暴力団の構成員が出入りしある程度の時間滞留する可能性は低いと考えられる。
他方,相手方らが将来本件土地上に建物を建築しこれを暴力団組事務所等として使用する可能性は皆無と断言することまではできないとしても,相手方らが,使用差止めを命じられるリスクを認識しながら,高額の費用をかけて本件土地上に建物を建築する可能性は低いと考えられる。また,建物の建築は,その準備段階においても外部から容易に認識し得るから,これを防止するために本件土地を常時監視する必要があるとはいえないし,建築準備行為の開始から暴力団組事務所等として使用可能な状態に至るまでには相当の時間を要するから,それまでの間に所要の措置を講じることにより,抗告人らの人格権が侵害の危機に晒されるのを防止することができる。
以上によれば,本件土地の使用差止めに係る抗告人らの被保全権利については疎明がないといわざるを得ず,本件土地に係る抗告人らの申立ては理由がない。」
6 14頁10行目の「本件建物3」の次に「及び使用される可能性のある本件建物1」を加え,15行目の「本件建物3」を「本件建物1及び本件建物3」に改める(以下同様に改める。)。
第4 結論
よって,抗告人らの本件建物1に係る申立ては理由があるから,これを却下した原決定を取り消して認容し,当審で申し立てられた本件土地に係る申立ては理由がないから却下することとして,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 川野雅樹 裁判官 中園浩一郎)
別紙 物件目録<省略>