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福岡高等裁判所 平成22年(ネ)179号 判決 2011年10月27日

控訴人

株式会社Y5

同代表者代表取締役

Y6

上記訴訟代理人弁護士

後藤孝典

後藤勝俊

被控訴人

オリックス債権回収株式会社

同代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

黒木和彰

内田敬子

川口珠青

上記訴訟復代理人弁護士

山根義則

染谷翼

主文

1  原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

2  被控訴人の主位的請求(契約責任請求)を棄却する。

3  予備的請求1(不法行為による損害賠償請求)及び同2(詐害行為取消請求)について

(1)  株式会社Y1(新設分割会社)が、平成19年10月18日にした、会社分割における本判決別紙店舗目録<省略>記載の各店舗に関して有する権利(資産)の全部を控訴人(新設分割設立会社)に承継させた行為(なお、承継される資産等は、本判決別紙「承継権利義務明細表」<省略>記載のとおり)を取り消す。

(2)  控訴人は、被控訴人に対し、金8億円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人の予備的請求1及び予備的請求2に係るその余の請求をいずれも棄却する。

4  控訴人の民訴法260条2項による原状回復請求について

(1)  被控訴人は、控訴人に対し、金2664万7759円及び内金506万9667円に対する平成22年6月29日から、内金12万1092円に対する同年7月10日から、内金2145万7000円に対する同年10月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、金845万4000円及びこれに対する平成23年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  上記申立てに係るその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用(前項の裁判に関する費用を含む。)は、第1、2審を通じて、これを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

イ 被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

(2)  民訴法260条2項の申立て

主文第4項(1)及び(2)と同旨(ただし、附帯請求については年6分)

2  被控訴人

(1)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 本件控訴を棄却する。

イ 控訴費用は控訴人の負担とする。

(2)  民訴法260条2項の申立てに対する答弁

上記申立てに係る請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第2 事案の概要」欄に記載(3頁23行目から9頁14行目まで。なお、別紙「承継権利義務明細表」を含む。)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決3頁23行目の「原告」を「被控訴人」と改め(以下同様に改める。)、同行の「が、」の次に「原審において、」を、4頁初行の「5億円」の次に「及び約定遅延損害金」をそれぞれ加え、2行目の「被告株式会社Y5(以下「被告Y5」という。)」を「控訴人」と改め、3行目の「否認」の次に「又は信義則違反」を加え、4行目の「被告Y5」を「控訴人」と(以下同様に改める。)、6行目の「求める」を「求めた(なお、詐害行為取消請求については、会社分割により承継された権利(資産)の取消しと15億円の範囲での価格賠償)」とそれぞれ改める。

2  同4頁6行目の次に改行して次のとおり加える。

「 原審が、被告Y1、同Y2、同Y3、同Y4及び控訴人に対する請求をいずれも認容し(なお、控訴人については主位的請求を認容)、被告Y6に対する請求を棄却したところ、控訴人において、これを不服として、控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴をするとともに、民訴法260条2項に基づき、仮執行宣言の付された原判決を債務名義とする強制執行により、被控訴人に給付された金員の返還等を求める申立てをした。なお、上記控訴に伴い予備的請求も控訴審に移審して、控訴人に対する請求の全部が当審での審判の対象となる。」

3  同4頁7行目及び8行目を削除し、19行目の「」」の次に「(本判決別紙店舗目録1)」を、20行目の「7」」の次に「(同2)」を、6頁8行目の「あった」の次に「(《証拠省略》)」を、15行目末尾に「(《証拠省略》)」を、23行目の「よって、」の次に「原審口頭弁論終結日である平成21年9月14日時点で、」をそれぞれ加え、末行の「いる」を「いた」と改める。

4  同7頁25行目の「記載のとおり」の次に「(なお、「新会社」というのは「控訴人」、「当会社」というのは「被告Y1」の意味)」を、8頁8行目の「のれん」の次に「ないし営業権」を、9頁初行の「という。」の次に「証拠《省略》」を、4行目の「甲」の次に「25、」をそれぞれ加え、10行目及び12行目の各「被告ら」をいずれも「原審被告ら」と改める。

第3主要な争点及びこれに関する当事者の主張

主要な争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決の「本件における主な争点及びこれに関する当事者の主張」欄に記載(9頁16行目から30頁10行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決9頁17行目の「被告らの主張」を「控訴人の主張」と(以下同様に改める。)、18行目の「被告ら」を「原審被告ら」と、10頁2行目の「原告の主張」を「被控訴人の主張」と(以下同様に改める。)、13頁10行目及び15頁12行目の各「被告ら」をいずれも「控訴人」とそれぞれ改める。

2  同22頁15行目の次に改行して次のとおり加える。

「(ク) なお、控訴人は、平成22年8月25日に、被告Y1との間で、同被告が被控訴人に対して負担する本件貸金債務のうち1億2000万円について、同月末日を初回として120回、毎月末日限り、100万宛、被控訴人に支払う旨の債務引受契約(《証拠省略》)を締結し、以降これを実行している。また、同被告や被告連帯保証人らは、他に任意に弁済したり、担保不動産を売却するなどして本件貸金債務に代金を充当してきている。」

3  同28頁7行目の「できる」の次に「、みるべき」を、18行目の「求める」の次に「(なお、本件会社分割による控訴人への権利(資産)の承継部分の取消しを求めるもので、義務(負債)部分の取消しまで求めるものではない。)」をそれぞれ加える。

4  同29頁14行目の次に改行して次のとおり加える。

「 5 民訴法260条2項による原状回復の成否(争点⑤)」

5  同29頁15行目から30頁10行目までを削除する。

第4当裁判所の判断

当裁判所の認定判断は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第3 当裁判所の判断」欄に記載(30頁12行目から64頁15行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決30頁13行目の「被告ら」を「控訴人」と改め(以下、特に断りのない限り、同様に改める。)、同行の「おける」の次に「、原審被告らに対する」を加え、15・16行目及び20行目の各「被告ら」をいずれも「原審被告ら」と改め、18行目の「原告の」の次に「原審での」を、19行目の「第3回」の前に「原審」を、31頁2行目の「しかしながら、」の次に「給付の訴えにおいては、その訴えを提起する者が給付義務者であるとしている者に被告適格があるというべきである。そして、」をそれぞれ加え、5行目の「上記前提事実」から7行目の「解されず、」までを削除する。

2  同32頁11行目の「認められない」を「認めることができない」と、33頁12・13行目の「同規則」を「会社計算規則」とそれぞれ改め、18行目末尾に「控訴人株式を換価することによって、控訴人が責任を負うのと同程度の債権回収ができることを前提とする限りにおいては、」を、34頁11行目の「ことは、」の次に「前記前提のもとでは、」を12行目の「とらえて」の次に「、直ちに」を、25行目の「《省略》」の次に「《省略》、原審における」をそれぞれを加える。

3  同35頁19行目の「別の会社」の次に「(株式会社a)」を、36頁末行の「では、」の次に「同月22日、」を、37頁16行目の「から、」の次に「一つの私案として、」を、24行目の「K」の次に「(L)」を、25行目の「からは、」の次に「新設会社で1億6000万円を債務引受し、これを10年間で返済する、あるいは、」をそれぞれ加え、末行の「との提示」を「で買い取るという、二つの提案」と改める。

4  同39頁3行目の「対し、」の次に「私案として、」を、12行目の「会社分割計画書」の次に「(《証拠省略》)を、14行目の「とし、」の次に「添付の」をそれぞれ加え、40頁14行目の「本件訴訟後の」を「本件訴訟提起後に、被控訴人からの釈明に対し、控訴人が原審での平成20年7月11日付け準備書面(3)で回答した」と改め、41頁末行の「原告側は、」の次に「事業再建の一つのスキームとして述べたもので、」を加え、42頁初行の「回答し」から2行目末尾までを「回答すると、それ以上10億円は話題にならず、会社分割の手法に問答が移った。」と、24行目の「上記合意」から25行目末尾までを「被控訴人との負担額を巡る隔たりは大きく、交渉は難航し、現在まで被控訴人との合意は成立するに至っていない。」とそれぞれ改め、末行の「認定」の次に「事実」を加える。

5  同43頁2行目末尾に「控訴人株式を換価することによって、控訴人が責任を負うのと同程度の債権回収ができることを前提とする限りにおいては、」を加え、21行目の「1900万円」を「1600万円」と改め、44頁2行目の「月次推移表」の次に「(証拠《省略》)」を、8行目の「修正貸借対照表」の次に「(《証拠省略》)」を、45頁2行目冒頭の「れん」の次に「ないし営業権」をそれぞれ加える。

6  同45頁6行目から21行目までを次のとおり改める。

「 ところで、本件会社分割の対価である控訴人株式の価値に等しいb店舗の事業価値の算定に当たっては、その事業内容や事業見込み等からみて、b店舗の継続的な事業収益を前提としたインカム・アプローチ(主に収益還元法)による手法に合理性があると考えられる。そして、それを踏まえたB会計士の報告書(以下「B意見書」という。証拠《省略》)は、b店舗のパチンコ店事業をフリー・キャッシュ・フロー法により評価した結果として、17億9762万1000円の事業価値があると算定している。その算定は、B会計士が述べるとおり、控訴人の中長期の事業計画等の資料を入手していないため、被告Y1の過去の実績をベースにしていることや、設備投資額及び運転資本増減額の資料が入手できていないため、これらを計算から除外していること等から、各種の前提条件や仮定的条件を含むものであり、b店舗の収益力を厳密に評価したものということはできないが、b店舗の事業継続を前提とした評価方針の選定過程や評価内容については、概ね合理的なものということができる。しかし、上記のように、B意見書は、控訴人の中長期の事業計画を前提とせず、分割会社の過去の実績を基にして将来収益を算定していること、設備投資額について考慮外としていること等に照らすと、その事業価値の算定の正確性には不十分な点があることは否めず、B意見書の結論をもってそのまま控訴人の事業価値とみることはできない。この点、B会計士による「株式評価補足意見」(以下「B補足意見書」という。証拠《省略》)は、その後入手された資料等を踏まえ、控訴人における第1期(平成19年10月ないし同20年9月)及び第2期(平成20年10月ないし同21年9月)の実績に基づいて、とりわけ、グループ会社に対するコンサルタント料、固定資産除却損及び設備投資額について、可及的かつ客観的な修正を行って、前記同様の手法により再評価が行われたものである。これについても、一定程度の前提条件や仮定的条件を含むものであり、b店舗の収益力を厳密に評価したものとまではいい難い側面があるものの、評価の方法や過程に特段の問題は見当たらず、その修正の方法や内容も相応の合理性が窺われる上、その結果も一定の幅を持たせたものであって、総じて信頼性の高いものということができる。このB補足意見書では、加重平均資本コスト(割引率)等を通じてパチンコ業界の取引環境も考慮して、控訴人の事業価値について、12億4826万8000円から17億9762万1000円までの間であると評価している。そして、B会計士は、当審での証人尋問でも同趣旨の証言をする。」

7  同45頁23行目の「では、」の次に「修正簿価純資産法を採用するとしながら、一方で、」を、25行目の「とする。」の次に「また、C会計士は、意見補充書(以下「C意見補充書」という。証拠《省略》)では、控訴人の第1期及び第2期の決算書が明らかとなった後の事業価値について、2億2264万9000円と再評価し、当審での証人尋問でも同趣旨の証言をする。」を、同行の「C意見書」の次に「やC意見補充書」を、46頁初行の「コンサルタント料」の次に「、固定資産除却損」をそれぞれ加え、2行目の「それに対し」から3行目の「おらず、」までを「その必要性及び金額の相当性に関して必ずしも合理的な根拠が窺われない。そして、」と改め3行目、6行目及び10行目の各「C意見書」の次にいずれも「やC補充意見書」を加え、5行目の「何ら」を「特に」と改め、10行目の「こと」の次に「や、平成21年度版パチンコ財務白書(《証拠省略》)による、パチンコ業界の粗利に対する遊技機の入替予算比率が約21.15%であること」を加える。

8  同46頁13行目から22行目までを次のとおり改める。

「 このことは、控訴人において、いわゆるパチスロ5号機の問題やパチンコ業界を取り巻く経済環境の悪化等による売上減を打開するためにコンサルタント料の計上の必要性がある旨述べるが、関係証拠によって窺われる資本関係、役員関係及び取引関係等に照らすと、控訴人とコンサルタント業等を目的とする株式会社c(《証拠省略》)等とのグループ企業として一体性ないし関連性が相当程度疑問視されるのであって、コンサルタント料についても、前記同様経営実態が正確に反映されていない可能性を指摘することができる。また、固定資産除却損についても、一般的な中古機の売却の市場価格等に照らして、同様の指摘ができる。

そして、C会計士による破産配当率算定書(《証拠省略》)については、本件における事業資産の評価方法は、事業の清算を前提としたものではなく、事業の継続を前提とするのが相当というべきであるから、上記算定書により計算された配当金額をもって、控訴人の事業価値ということはできない。」

9  同47頁6行目の「のけん」を「のれん」と改め、7行目の「ため、」の次に「本件会社分割の完了と」を、48頁21行目の「Dは」の次に「、原審での本人尋問において、」を、末行の「Y6の」の次に「上記」を、53頁24行目の「到底ない。」の次に「この点、証拠《省略》によると、被告Y1らの担保不動産の鑑定評価額の合計は、9億0330万円であることが認められる(なお、固定資産課税上の評価額は、合計で約15億9866万円。証拠《省略》)が、これにより本件貸金債務の元本約40億円等を満足できるものとは考えられない。」をそれぞれ加え、54頁2・3行目の「を奇貨として」を「に引き続いて」と改め、6行目の「このような」から9行目冒頭の「ち、」までを削除し、21行目の「推認」から23行目末尾までを「みれないこともない。」と改める。

10  同54頁24行目から56頁3行目までを次のとおり改める。

「 しかしながら、控訴人は、b店舗を承継して被告Y1とは別個の事業体として独立して営業活動をしているのであり、一方、被告Y1においては、b店舗以外にも4店舗を有し、相応の不動産も保有して営業活動を行っていたが、平成19年11月末に閉店して廃業するに至り、平成22年6月25日解散して清算中である(《証拠省略》)。そして、控訴人の代表者と被告Y1の代表者との間に親子関係があることは認められるものの、それ以上に、被告Y1が控訴人を支配や差配している事業を認めるに足りる確たる事情は証拠上窺うことができない。そうであれば、本件貸金の関係に限ったとしても、控訴人を被告Y1と同視し、控訴人の法人格を否認して、同被告と同様の責任を負担させるのが相当とは解することができない。

また、上記のような事情に加えて、前記認定の本件会社分割に至る一連の経緯に照らすと、被告Y1と被控訴人との本件貸金債務の返済や会社分割に関する交渉を主導的、主体的に行っていたのは、被告Y1であって、控訴人ではないこと等からすれば、控訴人自身が被控訴人との関係で信義則上何らかの責任や義務を負うとまでは解し難いというべきである。

したがって、被控訴人の、法人格の否認あるいは権利濫用ないし信義則違反に基づく契約責任の主張は、採用することができない。

3 争点③(控訴人の不法行為の成否)について

被控訴人は、控訴人において本件会社分割によりb店舗を承継して被控訴人の本件貸金債権を不当に侵害したのは、不法行為に当たる旨主張する。

しかしながら、被告Y1が、上記判示のとおり、本件会社分割を主導していたものであって、控訴人は、本件会社分割の最終手続である新設会社の設立登記によって法人格が発生したものであり、被告Y1と共同して本件会社分割に加功して、その責任財産を殊更違法に減少させたものとはいうことができない。

したがって、控訴人には、本件会社分割に関して不法行為責任は成立しないというべきである。

4 争点④(b店舗の権利義務承継に関する詐害行為取消権の成否)について

(1)  控訴人は、会社分割自体は、詐害行為取消権の対象とならない旨主張する。しかし、会社分割が、会社法に基づく組織法上の行為であるということだけから、詐害行為取消権の行使を排除することは難しいというべきである。そして、会社法が、詐害行為取消権の適用を否定する明文の規定を置いていないこと、会社法上の会社分割無効の訴えの制度は、詐害行為取消権訴訟とは要件及び効果を異にする別個の制度であること、詐害行為取消権の取消しの効力は、債権者の被保全債権を保全する範囲で相対的な効力を生ずるに過ぎず、新設会社の法人格自体は維持され、事業活動も行えること等からすると、会社分割は詐害行為取消権の対象となり得ると解するのが相当である。

また、控訴人は、本件会社分割は、組織再編行為の前後で財産的変動がない会社分割であるから、民法424条2項に規定する財産権を目的としない法律行為であって、詐害行為にならない旨主張する。しかし、新設分割は、分割会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を新設会社に承継させる法律行為であって、その事業に関して有する権利義務は財産権というべきであるから、財産権を目的とする法律行為であるということができる。

(2)  そこで、本件会社分割が詐害行為となるか否かについて検討する。

ア 被控訴人は、前提事実(5)のとおり、元本約40億円の本件貸金を有していたところ、後記(4)カのとおり、弁済がなされているが、これらが充当されても、なお相当の貸金債権額が残存しているものである。

イ 前記のとおり、本件貸金の担保不動産は固定資産課税上の評価額が約16億円(なお、不動産鑑定の評価額では約9億円)であるところ、被告Y1には、b店舗以外に収益性のある店舗は存在せず、他にみるべき資産は窺えない。また、本件貸金債務については、連帯保証人がいるが、これは考慮に入れるべきではないし、そこから以上のような高額の貸金債権の回収が可能な状況であるとも認め難い(弁論の全趣旨)。そして、前記2(7)イ、ウのとおり、本件会社分割は、本件株式譲渡及び本件増資と一連一体のものというべきであるから、実質的には、被控訴人に対し、b店舗の事業収益からの本件貸金の債権回収を著しく困難にさせる行為ということができる。そうすると、上記一連の行為は、債務者である被告Y1の責任財産である一般財産を減少させて、債権者である被控訴人に満足を得られなくするものであるから、被控訴人を害する行為といわざるを得ない。

ウ 前記2(7)イ、ウのとおり、本件会社分割、本件株式譲渡及び本件増資の一連の行為により、被控訴人の利益が著しく損なわれる結果となることについては、被告Y1においては十分認識していたものと認められる。また、前記認定の本件会社分割に至る経緯等からすれば、被告Y1と控訴人とは、互いに意を通じて、上記一連の行為を実行したものということができ、これを左右するに足りる事情は証拠上窺うことができない。

以上からすると、本件会社分割は、詐害行為を構成することとなるから、被控訴人は、詐害行為取消権の行使により、本件会社分割自体、控訴人に承継されたb店舗に関する権利業務あるいは権利(資産)のみの取消しを求めることができるものというべきである。

(3)  ところで、本件会社分割自体あるいはb店舗に関する権利義務又は権利(資産)のみの承継を取り消しても、既に本件株式が譲渡され、さらに本件増資も行われていること、新設会社である控訴人において事業が継続されてきており、その個別の資産の変動も生じていることが推認されること、その一方で、分割会社である被告Y1が平成19年11月には閉店した後解散して清算中であること等からすれば、逸出した資産を個別に特定した上で返還させることは著しく困難ということができる。そうすると、本件においては、現物の返還に代えて、その価格の賠償の方法での返還を認め得ることになるところ、本件会社分割により承継された営業権を含む資産全部、すなわち、事業譲渡(事業継続)を前提とする事業価値に相当する価格の賠償を求め得るものと解するのが相当である。なお、この場合、分割会社から新設会社に承継された権利(資産)が詐害行為取消権の対象となるが、新設会社の資産を分離して被保全債権だけ切り出すのは困難を伴うことや新設会社の事業継続等の利益にも影響を与えかねないこと等から鑑みると、その中から個別の権利(資産)を特定するのが望ましいにしても、そのような個別の権利(資産)を厳密に特定するまでの必要性は必ずしもないと考えられる。

そして、被告Y1から控訴人に移転されて逸出したのは、b店舗の事業であるところ、事業継続を前提とするその事業価値としては、B補充意見書を基にするのが妥当であるけれども、それには、一定程度の前提条件や仮定的条件が含まれており、厳密性において必ずしも十分とはいい難いこと、そこで用いられているインカム・アプローチの手法は将来生み出すと期待されるキャッシュ・フローに基づいて評価対象会社の価値を評価するものであって、その予測と実績とが乖離することも考えられないではなく、客観性の確保に課題があること(《証拠省略》)、控訴人においては、相応の営業利益を上げているが(《証拠省略》)、パチンコ業界を取り巻く経営環境が厳しい状況にあること(《証拠省略》)等を勘案すると、B補充意見書にいう下限である12億4826万8000円の3分の2弱である8億円程度と認めるのが相当である。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、価格賠償として8億円の支払を求めることができる。」

11  同56頁4行目の「(11)」を「(4)」と改め、10行目から57頁4行目までを次のとおり改める。

「 しかし、前記認定のとおり、被告Y1の破綻が確実であったとまでは認め難く、本件会社分割をしなくとも、b店舗の事業を継続してその収益により、本件貸金債務の返済に充て得た可能性も否定し難いこと、本件会社分割に至る一連の経緯、就中、突如として本件会社分割が実行された上、引き続き本件株式譲渡及び本件増資が行われていること、被告Y1や控訴人における、被控訴人との債務引受額の開きは大きく、その了解し得る範囲内での債務しか負担しないといった対応や姿勢等からみれば、本件会社分割が被控訴人を害さないものとはいえない。」

12  同57頁25行目の「被告Y2の」の次に「原審での本人尋問における」を加え、58頁17行目から59頁末行までを次のとおり改める。

「 確かに、控訴人が指摘するように本件会社分割後に個別に債務引受額を合意することはあり得ようが、前記認定の本件会社分割に至る一連の経緯、とりわけ、被告Y1と被控訴人との債務引受額の開きが余りに隔たっていたこと、被告Y1や控訴人におけるその了解し得る範囲内での債務しか負担しないとの対応や姿勢、突如として本件会社分割等が行われていること等からすれば、本件会社分割が被控訴人を不当に害するものではないとはいい難い。」

13  同60頁8行目の「被告Y1」を「控訴人」と、15行目の後者及び16行目の各「被告ら」をいずれも「原審被告ら」とそれぞれ改め、22行目の「本件は」から24行目の「あり、」までを削除し、61頁初行の「被告ら」を「被告Y1や被告連帯保証人ら」と、5行目の「対する請求権」を「との関係での被保全債権」と、6行目の「この点」から8行目の「ように」までを「また、」と、10・11行目の「が本件貸金債務に関して負担する債務」を「の負担する価格賠償債務」と、12行目の「この点、被告らは」を「そして、控訴人は」とそれぞれ改める。

14  同61頁20行目の「は、」の次に「被告Y1において、本件会社分割前から被控訴人に2億円の債務引受の提案をするなど誠意を尽くしているし、また、同被告及び被告連帯保証人らにおいて、被控訴人に対し、本件会社分割の前後を通じて、①平成19年4月から同年7月にかけて、3399万4210円を任意に返済し、(《証拠省略》)、②平成21年12月16日に5029万9000円を支払い(《証拠省略》)、③平成22年4月26日に1億7066万7000円を支払い(《証拠省略》)、④同年9月27日に1億1599万円を支払い(《証拠省略》)、⑤控訴人が、被告Y1の本件貸金債務のうち1億2000万円について、被控訴人に対し、同年8月末日を初回として120回にわたり毎月100万円宛を支払うこととし、これを実行している(《証拠省略》)など、本件貸金債務の返済を誠実に続け、これらを合計すると5億円以上となっており、」を加える。

15  同61頁23行目の次に改行して次のとおり加える。

「 5 争点⑤(民訴法260条2項による原状回復の成否)について

被控訴人が、仮執行宣言の付された原判決を債務名義とする強制執行により、控訴人から、①平成22年6月28日、合計506万9667円(振込手数料840円を含む。)、②同年7月9日、12万1092円(振込手数料525円を含む。)、③同年10月12日、合計2145万7000円、④平成23年4月10日、合計845万4000円をそれぞれ給付されたことは、当事者間に争いがない。

ところで、前記判示したところによると、控訴人に関する主位的請求を認容した原判決を取り消してこれを棄却する判決をすることになるから、これに伴い、原判決に付された仮執行宣言も当然に効力を失うこととなる(民訴法260条1項)。そうすると、被控訴人は、民訴法260条2項により、原状回復義務として、控訴人に対し、上記各金員及びこれに対する各支払日の翌日から返還済みまで民法所定の年5分の割合による損害金を支払うべきである。」

16  同61頁24行目から64頁15行目までを削除する。

第5結論

以上によれば、被控訴人の本件請求中、主位的請求(契約責任請求)及び予備的請求1(不法行為による損害賠償請求)については、いずれも理由がないから棄却し、予備的請求2(詐害行為取消請求)については、本件会社分割に係るb店舗に関する権利(資産)の全部の控訴人への承継の取消しを求め、控訴人に対し、価格賠償として、8億円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よって、被控訴人の主位的請求を認容した原判決は失当であって、この部分に対する本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の主位的請求を棄却し、また、予備的請求を上記限度で認容し、その余をいずれも棄却することとする(なお、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。)。そして、控訴人の民訴法260条2項に係る請求については、前記第4の5判示の限度で認容し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木亮 石原直弥 裁判長裁判官小山邦和は退官のため署名押印することができない。裁判官 青木亮)

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