福岡高等裁判所 平成22年(ネ)91号 判決 2010年9月29日
控訴人・被控訴人 甲野花子
(以下「一審原告」という。)
訴訟代理人弁護士 河野聡
髙木佳世子
松尾康利
森脇宏
宮﨑奏子
福井信之
平田広志
竹下義樹
千葉隆一
中山知康
河野善一郎
深堀寿美
星野圭
控訴人・被控訴人 別府市
(以下「一審被告」という。)
代表者市長 浜田博
訴訟代理人弁護士 内田健
千野博之
指定代理人 八坂秀幸
外3名
主文
1 一審被告の控訴に基づき,原判決中の一審被告の敗訴部分を取り消し,同取り消しに係る部分の一審原告の請求を棄却する。
2 一審原告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,全部一審原告の負担とする。
事実及び理由
第Ⅰ 当事者双方の各控訴の趣旨等
1 一審原告は,控訴の趣旨として次のとおりの判決を求め,一審被告の控訴に対しては控訴棄却の判決を求めた。
(1)原判決主文第1,2項を,「一審被告は,一審原告に対し,金186万0446円及びこれに対する平成19年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」と変更する。
(2)訴訟費用は,第1,2審を通じて一審被告の負担とする。
(3)(1)につき仮執行宣言
2 一審被告は,控訴の趣旨として主文第1,3項と同旨の判決を求め,一審原告の控訴に対して控訴棄却の判決を求めた。
第Ⅱ 事案の概要等
(本件事案の概要)
本件事案は,平成18年9月14日から同年11月30日までの期間,一審被告から本件生活保護を受けていた一審原告において,一審被告の市長から委任を受けている別府福祉事務所の所長(一審被告所長)に対する一審原告の本件生活保護の申請に際して,同所長を含む同事務所職員(一審被告保護係職員)が,一審原告に対する生活保護受給に関する教示を誤り,ないしは,それを怠り,また,その保護の実施を怠った。さらには,一審原告から事前に違法に取得していた本件生活保護辞退届書を利用して,本件生活保護を廃止する違法な処分(本件保護廃止処分)をした。また,本件生活保護受給中にも,一審原告に対して誤った説明や運用をした等と主張して,一審被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,教示義務違反等による損害,受給できなかった本件生活保護費相当額の損害並びに同職員らの違法・不当な行為によって受けた精神的損害に対する慰謝料等の賠償(合計186万0446円)及びそれに対する違法行為後である平成19年10月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
(原判決)
原判決は,一審原告の請求のうち,一審原告の提出した本件保護辞退届書は,一審原告の任意かつ真摯な意思に基づくものではないので,それに基づく一審被告所長の本件保護廃止処分は違法である等として,一審原告の主張にかかる損害の一部である慰謝料40万円及び弁護士費用10万円の合計50万円とこれに対する民法所定の利率による遅延損害金の支払を請求した部分を認容し,その余の請求部分は理由がないとして棄却した。
これに対して,一審原告及び一審被告の双方が各自の敗訴部分を不服として各控訴に及んだものである。
第Ⅲ 当事者の主張等
本件における前提事実,争点,当事者の主張等については,下記のとおり「当審における一審原告の主張の要旨」及び「当審における一審被告の主張の要旨」を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の第2の「2 前提事実」及び「3 争点及びこれについての当事者の主張」(原判決の2頁19行目冒頭から同14頁8行目末尾)までに記載のとおりであるから,これを引用する(略語,略称等については,原判決のそれに倣う。)。
記
第1 (当審における一審原告の主張の要旨)
(教示義務違反について)
1(1)一般的に,社会保障分野における担当職員による教示は,生存権が守られるか否かの生活保護に関する相談場面においては,特に重要性が高い。一方,生活保護法による給付は申請主義が原則であるため,福祉事務所による要件の認定及び給付内容の決定を経て開始されるが,高度に専門的である給付要件などを市民が十分に理解していることは少ない。そのため,遺漏のない申請をするには,福祉行政の担当者において適切な教示・情報提供をしなければならない。このことは,生活保護法27条の2,行政手続法9条2項,社会福祉法75条2項等の各規定に表されている。したがって,憲法25条及び生活保護法の理念に上記関係法規を総合すると,市民が役所の担当者に対し,生活保護制度について具体的に質問して相談しているのに,これに的確に答えないで誤った教示をした場合には,教示義務違反として違法である。特にいわゆるDV被害事案にあっては,その特殊性を踏まえて,行政の関係機関が連携し,迅速に必要な措置を講じなければならない。
(2)本件では,「婦人相談所で一時保護中のDV被害者である一審原告がいる。」との情報があるにもかかわらず,その被害者がいかにして自立できるかという観点で説明・教示をすることはなかったこと,生活保護受給要件が認められても,申請意思を明らかにしない限り,積極的に生活保護の申請書を相談者に交付しなかったこと,いまだ自立できるか否か分からない保護開始時に,生活保護支給の条件として本件保護辞退届書を徴求したこと,民生児童委員を介するなどして同書面を提出させたことに疑問が呈されているのに,予定どおり2か月余りの短期間で生活保護を廃止したこと等に表されているところの,「一審被告のいかにして生活保護の申請を受け付けず,また,開始した生活保護はいかにして早期に廃止して,極力生活保護を支給しないで済むような対応」を行っており,本件では,一審被告の一貫した意図・思惑を前提に,その教示義務違反の有無が検討されねばならない。それであるのに,原判決はそれを怠って,一審原告の主張した違法内容の内実となる問題ごとに,ことさら細分化して判断した誤りがある。
2(1)一審原告は,大分市の婦人相談所での一時保護を受ける前は別府市に居住しており,引き続き別府市での生活と生活保護の受給を希望していた。また,別府市児童家庭課では,上記一時保護にかかわらず,一審原告を支援・相談対象者として扱っていた。これらの事情からすると,一審原告の居住地は別府市にあったというべきである。したがって,上記婦人相談所に一時保護中には一審被告に生活保護の実施責任がなかったことを前提とした一審被告の対応は,誤った教示を行ったものとして違法である。
(2)仮に,一審原告の住所につき,一審被告の認定に誤りがなかったとしても,一審原告は,別府市内での生活保護受給方法を問い合わせていたのに,その相談を受けた一審被告保護係職員の乙山(乙山春男)は,前記一審被告の意図の下で,「(大分市の婦人相談所での)一時保護中に生活保護の申請をするのであれば,大分市になる。別府市で生活するとしたら,住むところを定めて,既に住んでいることが条件である。」,「生活保護申請は,実際に新しい住所に住んでからでないとできない。」等と回答した。これは,前記一時保護中に大分市で生活保護が認められれば,移管により別府市内での生活保護受給が継続されることになるのに,一時保護中には別府市内での生活保護の申請手続は一切できないと一審原告には理解されるものであるから,その教示内容は誤った違法なものである。
(3)家賃等に関する教示については,乙山においては,本件は児童家庭課を経由して受けた相談案件であったため,その相談は少なくとも母子家庭であって,単身家庭でないことを理解していたのであるから,生活保護基準における家賃の上限が2万7500円であるとの教示は誤った回答であり,教示義務違反の違法があったというべきである。
(4)一審原告が9月11日に一審被告に対して本件生活保護の申請をしなかったのは,乙山において,前記のとおり誤った教示をし,別府市内での生活保護の申請ができないかのように仕向けたからにほかならない。少なくとも乙山にとって,一審原告の生活保護を受給したいとの意思は明らかであった。したがって,一審原告の行動で,既に生活保護申請の意思が客観的に明らかになっていたのであるから,一審被告には,前記9月11日からの生活保護実施義務があった。ないしは,一審被告にあっては,生活保護申請書は,申請を希望した者に対してだけ交付することになっていたのであるから,一審原告の申請意思は客観的に明らかであった。したがって,その申請書の交付があった同月12日に一審原告の口頭での申請があったものとすべきである。乙山は,申請書を交付した当日に提出ができること並びに1日間申請が遅れれば,その分だけ生活保護費の支給が減額されることを教示しなかったことから,一審原告は本件生活保護の申請を口頭でしたが,その申請書は当日提出しなかったに過ぎないものである。
(5)一審被告にあっては,事細かに事実関係を聴き取った上で,生活保護費要件に該当し得る場合にのみ,生活保護申請書を交付する取扱いである。本件においても,9月12日に事情を聴取した結果,緊急処理の必要があると判断していた事案であることが確認されている。その事案で,生活用品が不足しているとの具体的相談に対して,それを受けた一審被告保護係職員の丙川(丙川夏男)は,社会福祉法75条2項の規定からして,何らかの教示を行うべきであったのに,その教示をしなかった。したがって,教示義務違反がある。
(原判決の認定・判断についての批判)
1 丙川において,一審原告に対し,「布団は,長男や二男に頼んで,同人らが同居している前夫宅から持ってきてはどうか。」等と発言したことは,一審原告と同居している三男が前夫宅に本件別居後に行ったのは前夫が不在時のみであること,いわゆるDV被害者の一審原告が前夫に現在の住居所を隠していることを丙川は知っていたこと等のことからすると,違法である。
2 一審被告が民生児童委員丁谷(丁谷秋男)に対して,10月19日ころ出した回答書は,文面自体から,一審原告を故なく誹謗中傷するものである。また,一審原告のプライバシーを侵害し,名誉を傷つける内容のもので,違法である。
3 丙川や同じく一審被告保護係職員の戊沢(戊沢冬子)が,一審原告に対して,高圧的態度をとったり,大声で発言する等の違法行為が存したことは,一審原告の原審における本人尋問の結果等から明らかである。
(損害論について)
本件損害賠償は,既に行われた違法な行政処分により生じた損害を填補するために,国(地方公共団体)に対して金銭的な請求をするものであるから,違法な本件保護廃止処分によって得られなかった保護費相当額は,一審原告が請求し得る損害であることは明らかである。これを,「本件保護廃止処分を取り消さないまま,出訴期間の制限や審査前置主義の意義を事実上没却して,同処分の効果を無効化するのと同じ効果をもたらす。」として否定するのは,行政処分の取消訴訟における法的効果と,国家賠償請求における法的効果を混同しているもので,国家賠償法の理解を誤ったものであり,また,その制度の趣旨が異なることを看過したもので,失当である。
第2 (当審における一審被告の主張の要旨)
1 本件保護廃止処分は,平成18年11月30日における一審原告の任意かつ真摯な意思による保護辞退届に基づいてなされたものである。また,一審原告の保護辞退の意思が強固であったことと,一審被告保護係職員が当時把握していた一審原告の収入は,生活保護基準に定められた生活費を下回っていたが,本件保護廃止によって,直ちに急迫な状態に至ることはないと判断されたので,一審原告の本件保護辞退の意思を受け入れたものである。したがって,本件保護廃止について一審被告の裁量権の濫用ないし逸脱はなく,本件保護廃止処分に違法はない。
2 生活保護費の支給期間があらかじめ定められた短期生活保護処分というような制度は存在しない。一審被告所長においては,12月1日以降も一審原告の生活保護を継続することにしていたのであり,一審原告もその継続がされることを11月30日以前に了知していた。一審原告は,同30日,その継続を前提にした給与所得,児童扶養手当等による収入認定に基づく12月以降の保護費の減額の説明が戊沢からされた際に,その減額は不当であるとして,本件保護辞退を申し出るに至ったものである。そこで,戊沢は,一審原告の今後の予想される収入金額を用いて,本件保護辞退の結果,一審原告に生じる今後の減収の概算や,11月分の給与明細書からその必要が明らかとなった11月の収入認定による減額処分による金額の返還は,本件保護辞退のみでは解決されない等の利害得失につき説明したが,一審原告の本件保護辞退の意思は強固であって,翻意する様子を見せなかった。このため,戊沢は,一審原告の当時の経済状況をも勘案した上で,本件保護辞退の申出を受けることとし,あらかじめ預かっていた本件保護辞退届書を利用して,一審原告に追加の記載をしてもらってこれを完成させ,その提出を受けたものである。その過程において何らの強制や,不当な行為は存しない。
3 一審被告職員による一審原告等に対する生活保護に関する説明につき,一審原告が主張するような誤りないし教示義務の懈怠は存しない。
4 丙川の一審原告に対して行った「布団に関する」助言ないし指導については,①一審原告は婦人相談所入所中に前夫宅から衣料品等を持ち出してきたことがあったこと,②婦人相談所の担当者も,布団について,前夫と同居を続けている成人している長男や二男の協力を得て,前夫宅から持ってきてはどうかと同様の指導をしていたこと,③一審原告は,前夫との協議離婚に協力してもらった別府警察署の警察官に対して,離婚後も前夫宅に住みたいとの希望を申し出たことがあったり,一審原告と同居している子が本件別居後にも前夫宅に平穏に出入りしていたこと等からして,丙川の前記助言等が不当なものでなかったことは明らかである。また,ほかに,一審被告職員に一審原告に対する不法行為を構成するような言動が存したことはない。
5 本件訴訟は,本件保護廃止処分に対する適法な不服申立て期間が経過した後で,同処分の1年以上後にその不服申立て手続を経ることなく,国家賠償法1条1項に基づいて提起されたものである。本件のような金銭上の権利義務に関わる処分については,処分が取り消されることなく,その取消しがあったのと同様の内容の国家賠償請求訴訟を認めることは,特別の事情の無い限り,取消訴訟における出訴期間,不服申立て前置の意義を失わせるので許されないと解すべきである。
したがって,仮に本件賠償請求が認められるとしても,その損害については,一審原告の主張する「本件保護処分の廃止がなかりせば得られたであろう利益
(逸失利益)」自体は,損害とは認められないと言うべきである。
第Ⅳ 当裁判所の判断
当裁判所は,一審原告の一審被告に対する本件損害賠償等請求は,全部失当であると判断する。その理由は,下記の1ないし4のとおり原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」を改め又は削除するほかは,同「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるので,これを引用する。
なお,当審において追加された主張をもってしても上記判断は左右されない。
記
1 「1 認定事実」の「(3) 生活保護の開始」の17頁4行目冒頭から「(5) 生活保護の再開」の同20頁10行目末尾までを,後記「第1(原判決の事実認定の訂正等)について」に記載のとおりに改める。
2 「3 争点(2)(違法な保護廃止の有無)について」の26頁5行目冒頭から同30頁17行目末尾までを,後記「第2(本件保護廃止処分に対する判断)について」に記載のとおりに改める。
3 「4 争点(3)(被告職員の発言等の違法性の有無)について」の30頁18行目冒頭から「5 小括」の同31頁22行目末尾までを,後記「第3(一審被告保護係職員の発言等の違法性の有無)について」に記載のとおりに改める。
4 「6 争点(4)(損害額)について」の31頁23行目冒頭から「7 結論」の同33頁17行目末尾までの部分を削除する。
第1 (原判決の事実認定の訂正等)について
(3)本件生活保護開始の経緯について
甲2ないし5,同13,同14,同17,乙1ないし17,同23ないし31(各号証とも枝番のあるものは,それを含む。),一審における証人乙山春男,同丙川夏男,同戊沢冬子の各証言及び原審における一審原告本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨によれば,次のアないしウに記載の事実を認定できる。
なお,上記認定事実と異なる原審における一審原告の本人尋問中の供述部分及び一審原告の陳述書(甲1,同16)の記載部分は,生活保護の実施において,一審被告保護係職員によって一審原告を含む新たな要保護者の誰に対しても,通常もれなく行われているはずであると認められる生活保護の内容や,それに関する諸手続や説明と異なっていたり,公務所の手続では通常あり得ないものであったり,一審被告保護係職員がその通常の業務上で作成したもので信用性の高い記録と異なる部分等がある等,また,その供述や上記記載の内容自体においても,あいまいな箇所や誇張されていると思われるところも多いこともあって,原審における証人乙山春男,同丙川夏男,同戊沢冬子の各証言等並びに同証人ら作成の陳述書の記載等の前掲記の各関係証拠と対比すると,措信し得ないものである。
ア 本件生活保護の開始前の状況等
(ア)一審原告は,前夫との協議離婚が成立した日の翌12日,入所していた婦人相談所を退所し,別府市内に賃借したアパート(以下,「本件アパート」という。)に入居した後,一審被告保護係を訪れた。そして,一審被告保護係職員である乙山に対し,一審被告庁舎内の相談室において,生い立ちや前夫との離婚の経緯や,経済的に困っていること,本件アパートに入居したこと等を説明し,「前夫から受けた暴力による後遺症の治療を受けて,それが回復して仕事に就けるまでの間」の希望で生活保護を受けたい旨の相談をした。そこで,乙山は,一審原告にあっては,早期に仕事に就いて経済的にも自立したい旨の強い意思を有していることが窺われると理解した。なお,一審原告には,元夫である己田との間の長男(当時成人,美容師として稼働)と前夫である太郎との間の二男(当時成人,店員として稼働)と同じく前夫との間の子である双子の三男と長女(いずれも当時11歳,小学6年生)があって家族として同居していたが,一審原告において上記小学生の双子のみを連れて前夫宅を出て別居したものである。しかし,三男は,学校帰り等に本件アパートから徒歩で行き来ができる距離にある前夫宅に立ち寄って,前夫から小遣い(食事代)として1回につき500円程度(合計3000円程度)をもらったりしている関係を保っているとか,家に残った長男等は一審原告の引っ越しを手伝ってくれた等の話も一審原告からされた。
そこで,乙山は,前記のとおり一審原告が体調の不良を訴えていたので,まず,稼働できる健康状態の有無ないし程度を判断するため,指定する病院での検診を一審原告に対して指示した。そして,一審原告から,現有資産の有無や児童扶養手当を申請予定であること,児童手当は前夫が現在管理している口座に振り込まれているが,それを一審原告が直接取得できるように手続を取る予定である等の事情を聴取した。そして,一審原告に対し,生活保護申請書用紙と「生活保護のしおり(相談に来られた方へ)」を交付し,その申請には,本件アパートの賃貸借契約書の写し,預金通帳,印鑑が必要であるが,それらは後日持参することで足りるとした。一審原告は,受け取った同用紙にその場で書き込む等してそれを完成させることなく,ほかの交付された書類と共に持ち帰った。
(イ)一審原告は,同月14日,一審被告所長に対し,本件保護申請書を提出して本件保護申請届をし,並びに前記のとおり求められていた本件アパートの賃貸借契約書の写し等を提出した。
その後,一審原告から,前記検診指示に従って別府医療センターで検診を受け,「診療を要しない。現在のままで中程度作業の稼働ができる。」旨の検診結果を得たこと,同月22日にはホテルへの就職が決まったので同月25日から稼働すること,また,同月27日には同年12月から児童扶養手当の支給を受けられると決まったことの各報告が一審被告保護係にあった。
(ウ)他方,本件保護申請書を前記14日に受理した一審被告所長においては,預貯金の有無ないし多寡等の調査をさせたほか,一審被告保護係職員の丙川と一審原告の居住地区を担当する同職員の戊沢が,同月19日,一審原告が離婚後に小学生の子供2人と生活しているとされている本件アパートを訪れて,新規実態調査としての「実地調査」をした。同調査においては,一審原告と直接面談して,改めて生活歴や扶養義務者との関係状況,稼働状況等を聴取する等して確認したり,生活している室内の状況を見分する等してその実態を調査した。なお,一審原告は,婦人相談所を退所して本件アパートに入居した際に,婦人相談所から電気ポット等の支給を受けたほか,掛け布団及び敷き布団の2セットを婦人相談所の主任児童委員から提供を受けていたことも確認された。
一審原告は,同月20日に当座の生活資金を借り受けたいとして,一審被告保護係を訪れたが,いまだ生活保護受給処分がされていないので同係では資金貸与はできないとされた。そこで,一審原告は,丙川のアドバイスを受けて,市の社会福祉協議会から5万円を新たに借り受けた。
(エ)一審被告においては,生活保護処分の可否や保護方針,特に条件が整えば自立可能であると見られる保護ケースについては,求職・生活指導などを通して,要保護者の自立の援助・指導の方法等を検討するケース診断会議を,一審原告につき,10月3日,社会福祉課等の4名の職員と丙川が出席の上開催し,前記面接や新規実態調査の結果を踏まえて,一審原告のケースの検討をした。そこでは,一審原告は,離婚して「小学生の子2人」と共に賃貸アパートで生活を始めたばかりであること,前記のとおり,一審原告には就労意欲があり,またそれが健康上可能であるとの診断がされており,現に9月25日からホテルの厨房係として稼働を始めているが,月額14万円程度と見込まれる給与の支給日は翌月15日であって,いまだその支給を受けていないこと,経済状況は,当初からの現所持金1万3000円と同月20日に得た現金5万円に加え,前記のとおり社会福祉協議会から借り入れた5万円のみでほかに収入はなく,預貯金等の資産も見当たらないこと,子供らの実親である前夫は養育料を現在支払っていないこと,一審原告ないし子供らの扶養義務者である前夫や一審原告の兄弟らは,いずれも今後その扶養義務を履行する意思はないとの回答をしていたこと等から,一審原告には生活保護の必要があると判断された。
ただし,一審原告においては,12月ころには,前記給与に加え,児童扶養手当(月額4万円程度)及び児童手当(月額1万円)を受給できることは確実であり,一人親制度で医療費は別途公的な支給があること等からすると,順調にいけば,一審原告は12月ころには経済的に自立できる可能性は高いものと見込まれた。また,一審原告自身も前記のとおり,健康を回復したら仕事に就いて早期に自立することを目指している旨表明していたので,その自立目標を担当ケースワーカーが支援することとした。そこで,一審原告に対する本件生活保護は,上記自立目標とされた短期間を目指す趣旨の短期保護ケースとして,保護記録には「短期保護」との記載がされた。
イ 本件生活保護開始後の状況
(ア)一審被告所長は,10月6日付けで,一審原告に対し,申請受理日である同年9月14日から生活保護を開始する旨の処分(本件保護処分。保護費は9月分は日割計算で10万6721円並びに10月分は9月稼働分の収入認定をしないままで18万4110円を支給する旨の内容)がされた。また,一審原告に対しては,同日,10月及び11月分の各追加支給として各住宅扶助2万5000円宛が決定された。そして,その旨の各通知書は,そのころ一審原告に郵送された。
なお,生活保護費は毎月,当月分が当月初日に支給される。その準備のためには前月のおおむね20日過ぎころには,支給すべき保護費の額を決定し,その内訳,変更事由等を記載した「保護決定調書(変更)」を作成し,金融機関に開設された指定口座へ振込手続を執る必要があるのが実務の実情であった。
(イ)丙川は,本件保護処分に基づく本件生活保護についての説明をするため来庁を求め,10月10日,これに応じて出頭した一審原告に対し,冊子である「生活保護のしおり」を用いて,生活保護における権利と義務,保護費の額の算定等の仕方,収入認定の仕組み,それに必要な収入申告等の必要性等の本件生活保護の内容等について説明した。特に,一審原告にあっては,既に就労を開始していたので,その実際の収入額により支給される保護費の額が変わるため,その収入申告は必須であって,毎月15日に給与をもらった後は,給与明細等をすぐに一審被告まで持参するようにと指示した。ほかにも,今後一審被告の窓口になる地区担当員制度等についてや,生活保護受給者が健康保険に代わって医療費の支給を受ける方法,生活保護に関する処置等に不服があるときの不服申立て方法についての説明をした。
なお,本件保護費の具体的金額等の説明の際に,一審原告からは,布団等の寝具がないので,その購入資金も出してほしい旨の要望が出された。しかし,一部の布団については,前記のとおり婦人相談所関係者からその提供を受けていたことに加え,生活保護世帯の家具什器費については,最低生活に必要不可欠な物品で,緊急やむを得ない場合に限り,「炊事用具,食器」等につき,2万4500円の範囲内で調達可能なものを現物支給するのが原則であったため,一審原告の要望に応えるのは難しいものと判断された。そこで,丙川は,別居後においても,一審原告自身も前夫方から衣類等を搬出したことがあったとか,前記のとおり一審原告と同居している子供は,学校帰り等に父親である前夫宅にしばしば立ち寄って,小遣い等を時々もらっている等のことを一審原告から聞かされていたので,まず,自分が以前使っていた布団を前夫宅から持って来られないかどうか,その協力を前夫と同居を続けている長男らに頼めないか等と助言した。そしてその後,一審原告からはそれに関する報告はなかったので,解決されたものと思っていた。
(ウ)生活保護辞退届書は,被保護者の意思の確認を目的として,通常は保護廃止時に出してもらうのが原則である。ただし,保護費の支給決定とその金融機関等に対する支給手続依頼等は,前記のとおり,その準備のため前月20日過ぎころにはされる必要があるので,翌月1日から保護廃止が見込まれるときは,前月20日過ぎころには辞退届書を徴求する等して,その廃止手続の準備がされることが多いのが実務であった。そして,被保護者の状況等から,保護開始後の数箇月程度先に自立が見込まれるなど保護廃止の確率が高いとき(例えば,就労の開始,年金担保解除や借金の完済で実質的収入の回復,傷病の治癒等により経済状況の回復等が見込まれるような場合等)にも,要保護者の自立への自覚を促して,それを助長するための目標として,保護開始時に事前に保護辞退届書を徴求することも場合によってはなされていた。すなわち,自立の意欲の継続を援助して,その目標ないし計画として同届書を提出してもらい,廃止時に再度本人と協議して意思確認を行うと共に,廃止が可能かどうかを客観的に検討するという方法が実務的には執られることもあった。
丙川は,本件生活保護についての上記説明の際,一審原告においては,前記のとおり,「生活保護を12月までも受けるつもりはない。そんなに長い間保護を受ける気持ちはない。」等との発言があったので,前記ケース診断会議で検討されたことを受けて,一審原告に対し,「収入が14万円程あって,12月になると児童手当がもらえるので,それを加えると生活できるのではないか。」等と言って,本件生活保護は12月1日までの期間を目指すので,保護辞退届書を事前に書いてくださいとの趣旨の発言をし,それを求めた。一審原告は,それに特段の異議を述べることなく応じて,丙川から渡された印刷された保護辞退届の用紙の「申請(変更)内容」欄の「辞退内容」の「平成 年 月 日以降の保護を辞退します。」との不動文字のところに,日付として「平成18年12月1日」との記載を,またほかには申請者欄の住所,氏名のみを記載して押印し,これを丙川に提出した。なお,丙川は,その記載を受けるに際し,再度,生活保護は12月までで本当に大丈夫かどうか等と確認したり,さらに,今後は,何かあったら地区担当者に相談するように等の助言をした。そして,その場に中途から同席していた同地区担当者の戊沢を紹介して,前記説明を終えた。なお,一審原告は,上記説明を受けた際に,「努力して稼働した結果の収入を得たことを申告すると,保護費が減額されることとなる旨の生活保護における収入認定の仕組み自体につき得心がいかない。」等としていた。
(エ)一審原告は,前記説明を受けた直後,同説明内容は極めて不当なものであると考えたので,民生児童委員である丁谷を訪れて,生活保護の内容等に対する不満を訴え,事前に本件保護辞退届書の提出を求められたので,これを提出したこと等をも告げた。
これを受けた上記民生児童委員は,同月12日,「甲野花子 生活保護認定・辞退の経過」と題する書面を一審被告保護係を訪れて提出した。同書面には,「12月1日に生活保護辞退誓約書を作成した根拠について確認をしたい。生活保護が始まったばかりで生活の安定が図れていない時期に生活保護辞退は早急ではないのか。生活保護辞退については最短でも6ヶ月と私は思います。そのためにケースワーカーがおり状況を判断して辞退になるものと考えます。(半強制的なものがあったのでは無いのでしょうか。)」,「勤労収入分を市に返還させるその理由は何故なのでしょうか。収入金額を確認した後,生活保護支給額を減額するのが適当ではないか。生活保護と母子手当との関係(何が支給され何が減額されるのか。)」「甲野さんの申し出だけで判断したくありませんので,今回出向きました。」,「上記の件につき文書で回答されるようお願い致します。」等と,事前に本件保護辞退届書を提出させたこと,生活保護費から収入認定による減額をすること等への疑問が記載されていた。
(オ)これに対し,一審被告保護係は,同月19日付けで,上記民生児童委員に対し,一審原告につき,前記の本件保護辞退届書を提出させた経緯,また,その生活道具の取り揃えについての事情,要保護者が既に稼働している場合における保護支給額の決定の仕方や収入認定の仕組み等を記載し,これについてはさらに一審被告保護係において直接説明する旨の回答書を送った。また,そのころ,上記民生児童委員は,説明を求めて来庁したので一審被告保護係の担当者が面会してその事情を直接説明した。その後,上記民生児童委員からは,特にそのほかの申入れが寄せられることはなかった。なお,本件保護辞退届書それ自体については,そのころを含めて,一審原告ないし上記民生児童委員らから,その返還を求められたことはなかった。
(カ)一審原告は,前記指示を受けて,同月13日,10月分の収入申告(9月稼働分2万3912円)をした。
(キ)これを受けて一審被告所長は,一審原告に対し,平成18年10月22日,同月20日付けで収入認定に基づく10月分の保護費の減額による戻入額を1万3502円(前記申告額から基礎控除額1万0410円を控除した金額)とし,同金額は翌11月以降の支給額から差し引く旨,また,11月分の支給額は,収入認定を前同額(1万3502円)と仮に認定して,18万6446円と決定し,その旨の通知は,そのころ郵便で一審原告に送られた。
(ク)同通知を受けた一審原告は,同月20日過ぎころ,上記処分の通知にかかる保護費の減額について,「自分が働いてもらった給与で保護費が減額されることは納得できない。」等として役所を訪れて,直接異議を申し述べた。それに対して,戊沢は,一審原告に関する具体的数字を用いて,特に11月分の収入申告(10月稼働分)の額が9月稼働分より多いときは,その減額調整がされる等の仕組みを説明したが,一審原告は納得したようには見えなかった。
なお,一審原告は,それ以前にも保護の内容や収入認定,保護費の算定の仕組み等について,二度ばかり電話で質問をしてきたことがあったので,その都度戊沢においては,同様の説明をしていたが,それにもかかわらず,一審原告においては上記減額制度の仕組み自体が不当であって,それに不満があるとしていたものである。
(ケ)戊沢は,同年10月支払分の給与が既に出ているはずであるのに,指示してある給与明細書等の提出がないので,一審原告に対してその提出を求めた。すると一審原告は,10月30日に前記仮定の収入認定額よりかなり多額の10月稼働分の給与明細書(金額10万5396円)を提出した。その結果,11月分保護費についての減額処分と,それによる12月以降分の保護費からの控除が必要となることが明らかとなった。
(コ)一審原告は,同年11月1日に前記金額の生活保護費の支給を受けた。そして同月15日には勤め先から11月分の給与の支払を受けたはずであるのに,その支給日を数日過ぎても給与明細書の提出をしなかった。そこで,戊沢は,何度か一審原告に電話でその提出を促したが効果はなかったし,保護費の支給準備に入らなければならない同月20日を過ぎても,依然として一審原告からは何らの報告もなかった。その結果,戊沢にあっては,一審原告の当時の生活状況等の正確な確認ができない状態であった。そのため,戊沢は,当初の見込みどおり12月に一審原告が経済的に自立できるか否かは不明であると判断し,12月1日以降も本件生活保護をそのまま継続することとして,保護廃止のために必要とされる手続は何ら執らなかった。
そして,戊沢は,12月分の実際の給与額による収入認定(11月稼働分)ができないことから,12月分の正確な保護費額は決められなかったが,平成18年11月22日,12月支給の保護費額を23万8648円(なお,その収入認定は,とりあえず10月分当初の仮認定額と同額の2万3912円と仮に認定した。)としてその決裁を受け,直ちに金融機関に対する金員の支払手続を執った。その支給決定の通知は,同月22日に郵便で出されて,そのころ一審原告に配達された。
(サ)戊沢は,その後も一審原告からは何らの連絡もないので,同月29日,本件アパートに一審原告を訪問した。しかし,一審原告は留守で小学生の長女が在宅していたのみであったため,何らの事情も正確には確認できなかった。そこで,上記長女に対し,「一審原告の方から戊沢あてに連絡をもらいたい。」旨の伝言を頼んで訪問を終えた。
ウ 本件保護廃止処分とその後の状況
(ア)一審原告は,その後電話等を含めて何らの事前の連絡も取らなかったが,翌30日,役所に戊沢を直接尋ね,求められていた11月分の給与明細書を提出した。戊沢は,その給与の金額が,前記12月分の仮の収入認定額よりかなり多額であることが確認できた。そこで,一審原告に対し,既に決定されて通知されている12月分の保護費は減額されることになる旨告げた。その際,一審原告においては,従前から生活保護における収入認定制度自体に不満を有していることが明白であったことから,給与の全額が収入認定されるわけではなく,それから基礎控除額があるので,生活保護受給中に働いて積極的に収入を得るよう努力することは意味があること,減額された金額の返還は,支給される翌月分保護費から数箇月に分けて控除する方法を採ることになる等の収入認定の一般的仕組みについて,再度説明した。また,さらに,一審原告においては,前記のとおり,12月から児童扶養手当の受給が予定されていることや,児童手当についても現実に受領できるようになることが分かっていたので,そのいずれもが収入認定の対象となること,それを受領した後は,さらに12月分の保護費は減額の措置が執られることを告げた。すなわち,一審原告が,12月に受領する予定の児童扶養手当の金額は9万3440円とされているので,それを4分割して12月から翌年3月までの各月において収入認定とすることとなって,各月の保護費から2万3360円宛順次控除されることとなる等と試算して見せた。
(イ)これに対して,一審原告は,再び,「自分が働いてもらったお金が保護費から減らされ,父親がいない家庭に支給される児童扶養手当の分も減額されることに納得がいかない。保護費が差し引かれるのはおかしい。」旨の主張を繰り返した。そこで,戊沢がさらに説明に及ぼうとしたところ,一審原告は,それを遮って,「12月1日で保護を辞めれば,もらうことになっている児童扶養手当に基づく減額分は返さなくても良いのか。」との趣旨の質問をした。戊沢は,一審原告に対し,具体的金額の算定はしていないが,11月分の前記給与額の収入認定による減額分についての返金の必要があること自体は確定していること,児童扶養手当等に関する部分については返金の必要はない旨答えた。すると,一審原告は,「それでは,12月1日からの保護を辞退する。」旨申し出るに至った。
(ウ)この申出を受けた戊沢は,それまでのやり取りから,一審原告の辞退の意思は堅いと理解できたことと,12月から本件生活保護を廃止しても,一審原告は稼働意欲と能力があり,以降の収入は,給与が10月稼働分の約10万5000円を下回ることはないであろうこと,児童扶養手当が1か月4万6720円と児童手当が1万円で,その合計は16万円余り(ただし,12月には児童手当は2か月分9万3440円が支給されるため,外形的には12月の収入は総計で20万円を超える金額となる。)と見込めるので,直ちに生活が急迫した状況に陥ることはないと判断した。そこで,再度一審原告の本件辞退の意思を確認した上,パソコンで保護辞退届の書式を印刷して交付する代わりに,別途保管していた本件辞退届書を取り出して一審原告に渡した。
一審原告は,同届書の記入が未済になっていた申請
(変更)理由欄の「2」に「○」を,辞退理由欄の「傷病治癒」と「収入の増加」の欄に「○」をした上,その右横に「甲野花子」と記入して,同届書を提出した。そこで,戊沢は,同書面を同日付けで受理し,受領印を押捺する等の本件保護辞退届に関する一審被告保護係としての処理を了した。
(エ)生活保護が廃止されると,それによる医療補助費の支給を受けられなくなるので,一審原告については国民健康保険に加入する必要が生じる。そこで,戊沢は,前記辞退届の受領手続に引き続いて,一審原告に対し,上記保険加入が必要なことを説明し,国民健康保険被保険者資格取得届の用紙に保護廃止の日付等の部分を記載した上で渡した。それを受けた一審原告は,同用紙の日付,住所氏名欄等に署名押印してこれを完成させ,その場で異議なく提出した。
(オ)その後,戊沢は,翌日に迫っていた一審原告に対する12月分の保護費の支払を止めるため,急遽,金融機関に対しその支払委託を取り消す等の,また,金融機関への返金依頼等の各措置を執った。
(カ)戊沢から上記事態の報告を受けた一審被告所長は,12月1日付けで一審原告に対する生活保護を「世帯主の収入の増加・取得」を理由に廃止する旨の本件保護廃止処分をし,11月30日付けの本件保護廃止通知書を一審原告にそのころ送付した。また,前記のとおり一審原告に説明してあった11月分の保護費の減額に基づき,それによる具体的金額(6万6574円)の金員を納付書により金融機関に振込んで支払う(戻入)することを同時に求めた。
(キ)しかし,一審原告は,上記支払請求に全く応じなかったし,また,一審原告からは,その支払は経済的に困難とか不可能である等とする相談等もなかったので,戊沢においては,後日一審原告の下を訪問して,その支払を促した。これを受けて,一審原告は,初めて前記金員について,分割での納付を希望した。そこで,一審被告所長においては,(生活保護法)63条を適用して,一審原告の分割納付の希望を入れる措置を講じた。
(ク)一審原告は,その後,再び生活保護の申請をしたことから,一審被告所長においては,新たに検討の上,その必要があるものと認め,平成19年10月3日付けで,再度の生活保護を開始し,現在に至っている。
第2(本件保護廃止処分に対する判断)について
3 争点(2)(違法な保護廃止処分の有無)について
(生活保護)法は,保護の開始については申請保護の原則(7条)を採用しているが,その申請にかかる保護の要否,種類,程度及び方法については保護の実施機関が定めること(法24条)とされ,さらに,「要保護者が急迫した状況にあるときは,すみやかに,職権をもって保護の種類,程度及び方法を決定し,保護を開始しなければならない。」等と定めて職権による保護の開始及び変更(法25条)による場合を定めている。他方,保護の停止及び廃止については,「保護を必要としなくなったとき(法26条前段),並びに28条4項(要保護者が実施機関の命令等に従わない等の場合)又は62条3項(保護の実施機関の必要な指導又は指示に従うべき義務に違反したとき)の場合」には,保護の実施機関は,保護の停止又は廃止を決定するものと定めている。
これらによれば,生活保護の廃止は,被保護者の生活保護の辞退申出等をもその判断要件の一部として考慮して,実施機関の責任において,職権でその廃止の要否を決定して処分すべきものである。
そして,保護実施機関において,被保護者に対し,故意に強要等の手段を用いて,又は,過失による何らかの誤った認識等に基づく要求ないし指導等により,被保護者にその真意に基づかない保護辞退届書を出させ,その結果「保護を必要としなくなった」とき等に該当するとして,生活保護の廃止処分をしたときは,保護実施機関を所掌する一審被告ら地方公共団体には,国家賠償法1条1項に基づく賠償責任が存することは明らかである。
(1)本件保護廃止処分は,本件保護辞退届を契機になされたものであることは前記のとおりである。しかるところ,一審原告は,「一審被告保護係職員においては,一審原告に強要して事前に提出させてあった本件保護辞退届書を利用して,被保護者である一審原告の任意かつ真摯な意思に基づくものでないのに,本件保護廃止処分が可能な保護辞退届があったとして,違法ないし不当に本件保護廃止処分をした。」旨主張するが,本件全証拠をもってしても,上記主張事実は認められない。
却って,本件生活保護開始処分がなされ,その後,その廃止処分がなされるに至った,また,その前後の事情を含めての経緯は,前認定のとおりであって,一審被告保護係職員の丙川が10月10日に一審原告から本件保護辞退届書の提出を事前に受けるに際して,又は,同係職員の戊沢が11月30日に一審原告から本件辞退届の申出を受けるに際して,一審原告に対する国家賠償法上の損害賠償を生じさせるような違法ないし不当な行為は認められない。
(2)原審における一審原告の本人尋問の供述等中には,「一審原告は,10月10日,丙川から本件辞退届書を示されて,『この紙を書かないと,お金が出るか出ないか分かんないよ。』等と言われるなどして,その提出を強要されたため,これを提出しないと生活保護が受けられないことになるかもしれないと危惧して,やむを得ず同届書に必要事項を記載して提出した。また,後に同書面の返還を何度も丙川や戊沢に求めたが,応じてもらえなかった。」趣旨の部分が存するが,10月10日は,既に一審原告に対する本件生活保護処分が同月6日付けで決まって,その給付金額等も一審原告に告知された後の日であり,その生活保護の内容や義務等の説明のために一審原告と面談した際のことであるから,一審原告において,そのときにされたとする丙川の上記供述の内容は極めて不自然であり,これを否定する原審における丙川の証言等と対比すると措信し得ないものである。
(3)本件生活保護処分が,あらかじめその実施期間を11月末日に至るまでの確定期限付きでされたものでないことも,一審被告所長に事前にそのような内容の保護処分をなし得る制度的根拠はないし,また,一審被告所長や一審被告保護係職員の戊沢においては,一審原告に再度の保護申請手続を執らせるとか,本件生活保護の継続を決定する等の何らの措置を講ずることなく,12月1日以降も本件保護を継続することを前提に,一審原告に対する12月分の保護費の支給手続の具体的準備を12月1日以前に完了していたことからも,本件保護処分がいわゆる前記確定期限付きの「短期保護処分」とされるものではなかったのは明らかである。したがって,前認定のとおり,本件辞退届書を事前に徴求してあっても,それを用いて一審被告が当然に本件保護処分を終了させられるものではない。
これらのことからすると,本件にあっては,本件辞退届書をわざわざ事前に徴求した目的は,前記ケース診断会議において検討されたとおりの要保護者の経済的自立の意思を援助,支援する等のための手段であったとされることは理解し得るものである。ただし,一審原告に対しては,上記手段は何らの効果も上げ得なかったばかりでなく,無用の争いを生じさせた原因の一端となったものである。
なお,一審原告においては,本件保護辞退届書自体の返還を11月30日当日を含めて戊沢等の一審被告保護係職員に求めたことがないことも前認定のとおりである。
(4)そして,一審原告が11月30日,戊沢から求められていないのに,本件保護辞退を自ら申し出たことは前記のとおりである。その経緯については,一審原告は,11月の給与明細書の提出を戊沢から何度も催促されながらそれに応じなかったところ,戊沢に本件アパートの訪問まで受けたため,急遽同月30日,役所に同給与明細書を提出するため,戊沢を直接訪ねたものであること,戊沢は,その金額を確認したところ,既に一審原告に通知し,明日にその支給が迫っている12月分の保護費については,減額の必要があることが確認されたこと,それに加えて児童扶養手当等の受給による減額がさらに必要であることが分かった。そこで,その説明をするに当たって,一審原告にあっては,生活保護制度における収入認定による保護費の減額の仕組み自体に強い不満があることが分かっていたので,今後の減額についてのおおよその試算をして見せたりして,再度収入認定の仕組みや意義を説明して,生活保護制度における収入認定について仕組みについての理解ないし納得と,一審原告による毎月の収入認定についての円滑な協力を得ようとしたが,一審原告にあっては,その説明を途中で遮って,本件生活保護が12月1日以降も継続されることを十分承知の上で,12月に支給される予定の児童扶養手当等の収入認定に基づく減額を拒否ないし回避するために,本件生活保護の辞退を申し出るに至った。そこで,戊沢にあっては,それであっても,11月分の保護費の減額は確定しているので,その返還義務は残り,保護を辞退してしまうと,今後の保護費の控除による返還処理もできないことになるなどの説明をして,一審原告の上記申出の意思を確認したが,その辞退の意思は強固で翻意の様子を見せなかったことは前認定のとおりである。
これからすると,本件保護辞退の申出は,一審原告において,11月30日に戊沢との間の収入認定による保護費の減額の必要に関するやりとり中で,初めてその決意に至ったものであり,一審原告が任意にその意思に基づいて申し出たものである。したがって,戊沢等の一審被告保護係職員の違法,不当な強制等によるものでないことは明らかである。
(5)また,戊沢は,了知している経済状況等によれば,一審原告にあっては,本件生活保護を廃止しても急迫な経済状況には陥らないとして,本件辞退の申出を入れることができると判断し,本件保護辞退届手続を執る際に,あらかじめ預かっていた本件辞退届書を一審原告に戻し,それに必要な記載を得た上で,それを利用したものであることも前記のとおりであって,本件保護辞退届書の無断使用とか,一審原告の意思を無視してのその濫用等の違法,不当な行為も認められないことも明らかである。
(6)本件保護廃止処分は,前記のとおり,一審原告の真意に基づく任意の本件辞退届と前認定に係る一審原告のそのころの経済状況,生活状況を総合して,法26条の「保護を必要としなくなったとき」に該当するとしてなされたものであって,その手続には何ら違法ないし不当な点はない。
そして,12月以降における一審原告の収入額の予測は,形式的には規定の生活保護費額とは依然差が存したが,その差額の程度は,実質的には12月以降の保護費の減額を考えるときには許容し得る範囲のものであり,一審原告にあっては,前夫と別居した直後と比較して,その収入は増加かつ安定し,住居や生活状況も改善されていたことは明らかであったこと,また,一審原告には給付日時を遡る形で過去分の保護費や住宅手当の支給が11月になされていたことからすると,その生活は今後努力すれば自立できる水準にあると判断できるところに加え,一審原告の強い辞退の意思を総合すると,本件保護廃止処分は相当であったと判断できる。
なお,一審原告にあっては,前記のとおり,11月分の保護費の減額による金員の返還については,その返還の必要性の説明を受けながら,その後全くそれを実行しなかったばかりか,具体的支払方法についての相談等を含めて何の連絡もよこさなかったため,戊沢がわざわざ一審原告の下を訪れて,その支払方を催促せざるを得なかったことは前記のとおりである。それによれば,一審原告にあっては,本件生活保護を受ける当初から有していた生活保護制度における収入認定の仕組み自体に対する強い反感を,本件保護辞退をすることで表したのではないか,また,さらにはその反感から,前記のとおり告げられていた11月分の保護費の収入認定による減額分の返還に関する実行手続を,その訪問による支払催告を受けるまでしなかったのではないかと推測されるものである。
なお,一審原告は,後の経済的事情により再度生活保護を受給する状態に至っているが,それをもってしても,本件辞退届が一審原告の真意に添わなかったものであるとは認められないことは明らかである。
(7)以上によれば,一審原告の本件保護廃止処分は,それ自体が違法である,ないしその保護処分に関して,その開始時から廃止に至るまでにその前後を含めて,一審被告職員に国家賠償法上の損害賠償を生じさせるような違法,不当な行為があったとする一審原告の主張は採用できない。
第3(一審被告保護係職員の発言等の違法性の有無)について
4 争点(3)(一審被告保護係職員の発言等の違法性の有無)について
一審原告は,①丙川において,一審原告に対し,その長男等に頼んで布団を前夫宅から持って来てはどうか等と言ったこと,②一審被告保護係職員の民生児童委員からの質問等に対する回答書(甲13の2)の記載,③丙川や戊沢が一審原告に対して高圧的な態度を取り,大声で発言したこと等が違法であると主張する。
しかし,上記丙川の発言並びに一審被告保護係の丁谷民生児童委員になされた本件回答書等による前記回答が,一審原告に対する国家賠償法上の損害賠償を生じさせるような違法ないし不当なものであるとは認められないことは,前認定にかかるその発言がなされ,また,その回答がされた事実関係下におけるその発言内容ないし回答書の記載内容自体(甲13の2)から明らかである。
また,一審原告の上記③の主張については,原審における一審原告の本人尋問中の供述中等には,一部それに副うがごとき部分はあるが,あいまいで具体性を欠くものでそれをもってしても認めるに足りない。
よって,一審原告の上記主張は採用できない。
第Ⅴ 結び
以上によれば,一審原告の一審被告に対する本件請求はすべて理由がなく,棄却すべきであるので,本件請求の一部を認容し,その余の請求部分を棄却した原判決は,その棄却部分は相当であるが,その認容部分は不当である。
したがって,原判決の上記認容部分について不服があるとする一審被告の控訴は理由があるので,それに基づいて原判決の同認容部分を取り消して,その部分の一審原告の請求を棄却することとし,原判決の棄却部分についての不服である一審原告の控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,訴訟費用については民事訴訟法67条2項,61条にしたがって,第1,2審を通じてこれを全部一審原告に負担させることとして,よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣田民生 裁判官 高橋亮介 裁判官 塚原聡)