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福岡高等裁判所 平成22年(ネ)996号 判決 2011年3月08日

控訴人兼被控訴人

X(以下「一審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

藤原政治

被控訴人

Y1(以下「一審被告Y1」という。)

同訴訟代理人弁護士

三ツ角直正

加茂雅也

森隆

疋田陽太郎

瓜生修一

山口明日香

被控訴人兼控訴人

住友不動産販売株式会社

(以下「一審被告会社」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

作間功

植松功

鳥居玲子

越路倫有

髙井弘達

古賀純子

主文

一  一審原告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

(1)  一審被告らは、一審原告に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する平成二一年八月二一日(一審被告会社については同月二二日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。

二  一審被告会社の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を一審原告の負担とし、その余を一審被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項(1)につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  一審原告の控訴の趣旨

(1)  原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審被告Y1は、一審原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成二一年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  一審被告会社は、一審原告に対し、八〇万円及びこれに対する平成二一年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告らの負担とする。

(5)  仮執行宣言

二  一審被告会社の控訴の趣旨

(1)  原判決中一審被告会社敗訴部分を取り消す。

(2)  上記の部分につき一審原告の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

第二事案の概要(略称等は原判決の例による。)

一(1)  本件は、一審原告が、本件居室の売買契約(本件売買契約)の売主である一審被告Y1に対し、本件居室が従前風俗営業に使用されていたことについて、主位的に、本件居室には隠れた瑕疵があるとして、瑕疵担保責任(民法五七〇条)に基づく損害賠償として、予備的に、同被告が本件売買契約に際して一審原告に対して重要な事実を意図的に隠したとして、不法行為に基づく損害賠償として、損害六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二一年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、本件売買契約の仲介業者である一審被告会社に対し、本件居室についての説明義務等を怠ったとして、債務不履行に基づく損害賠償として、損害一五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は、一審被告Y1の瑕疵担保責任及び不法行為責任を否定して同被告に対する一審原告の請求を棄却し、一審被告会社の説明義務違反を認めて慰謝料七〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で、一審被告会社に対する一審原告の請求を認容したが、その余は理由がないとして棄却した。

(3)  これを不服として、一審原告は上記第一の一のとおり、一審被告会社は上記第一の二のとおりそれぞれ控訴した。なお、一審原告は、控訴に際して一審被告Y1に対する請求を三〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払請求に減縮した。

二  事案の概要は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  引用に係る原判決記載の争いのない事実等並びに《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1)  本件マンションの管理規約は、専有部分を専ら住宅用として使用するものとし、他の用途に使用することを禁止している。

(2)  一審被告Y1は、本件居室を所有していたが、Bに対し、平成一三年一二月一日から本件居室を賃貸していた。Bは、本件居室において、「a店」の名称でアロマセラピーと称するマッサージ業を営んでいた。Bは、携帯電話・インターネットのサイト上に「アロマセラピスト」の求人広告を掲載するなどして、性風俗の営業広告をしていた。アロマセラピストとして採用され、登録された女性は、本件居室内の個室あるいは別の場所で待機し、本件居室内の個室あるいは顧客と打ち合わせた場所において、芳香性のエッセンシャルオイルを顧客の身体に塗布してマッサージを行い、そのサービスに応じた料金を得ていた(同店の営業時間は深夜二時ころまでに及んでいた。)。上記女性は、男性の顧客の要望により、性的サービスを行うこともあった。このようなことから、同店の営業は、実質的には、店舗型あるいは無店舗型の性風俗特殊営業(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律二条六項二号、同条七項一号)といえるものであった。

(3)  本件居室への女性の出入り状況や客のほとんどが男性であったことなどから、本件マンションの住民の間では、Bが性的サービスを伴う風俗営業を行っているのではないかとの噂が流れていた。本件マンションを管理するb管理組合(以下「管理組合」という。)は、管理規約に基づき、平成一四年一一月ころから、Bに対し、a店の営業を中止するように求め、さらに、一審被告Y1に対し、Bの上記営業を中止させるように求めたが、Bは上記営業を中止しなかった。

(4)  そこで、管理組合は、本件居室において、性風俗営業又はこれに類似する営業を行っているため、深夜に部外者が出入りすることによって、本件マンションの住民に対し、安全性に対する不安、性風俗営業による嫌悪感、騒音、振動の発生による不快感等を与え、さらに、Bの求人広告、営業内容の広告等によって本件居室における上記営業が外部に知られると、本件マンションの社会的評価を低下させ、財産的価値の下落を招くことになるなどとして、建物の区分所有等に関する法律六〇条一項に基づき、福岡地方裁判所に対し、B及び一審被告Y1に対する上記賃貸借契約の解除とBに対する本件居室の明渡しを求める訴訟(同庁平成一八年(ワ)第三四六七号)を提起した。

(5)  福岡地方裁判所は、平成一九年一二月一九日、Bが本件居室で実質的には性風俗特殊営業を営んでいたことを認定して、管理組合の上記請求を全部認容する判決を言い渡した。Bと一審被告Y1は、控訴審である福岡高等裁判所において、平成二〇年四月三〇日、管理組合との間で、上記賃貸借契約を合意解除することなどを内容とする和解を成立させた。Bは、和解に基づき、平成二〇年九月三〇日までに本件居室から退去した。

(6)  一審被告Y1は、Bから本件居室の引渡しを受けた後、本件居室の内部改装工事を行った。その工事の内容は、内部のクロスの貼り替え、床シートの貼り替え、床フロアーの重ね貼り等であり、浴室、台所などは従前のままであった。

(7)  一審被告Y1は、本件居室を売却しようと考え、同年一〇月二九日、一審被告会社との間で媒介契約を締結した。一審被告会社の担当者である福岡営業センターのC(以下「C」という。)は、一審被告Y1から、本件居室を前入居者(B)に賃貸していたところ、同人が住居以外の目的で使用していたこと、同人が風俗営業を行っているのではないかとの噂があったこと、一審被告Y1は前入居者と退去について話し合ったが解決せず、管理組合が明渡し等を求める訴訟を提起したこと、同訴訟は最終的には和解で解決し、本件居室は明渡し済みであることなどを聞いていた。Cは、本件居室の管理会社に対して、一審被告会社で定めた定型の調査依頼書を送付したり、個別に聴き取りを行うなどして本件居室に関する物件調査を行ったが、上記管理会社から前入居者の目的外使用の点について特段の情報提供はなかった。Cは、その点について問い合わせはしなかった。

(8)  一方、一審原告は、その妻と相談の上、居住用のマンションを探していたところ、一審被告会社と媒介契約を締結したが、その担当者はCと同じ福岡営業センターのDであった。Dは、Cとの間で、本件居室について情報交換を適宜行い、Cから、本件居室の前入居者が風俗営業を行っていたという噂があることも含めて、本件居室に係る上記裁判の概要について伝達を受けていたが、その点について、一審原告あるいはその妻に対して一切説明しなかった。

(9)  同年一二月一三日、一審原告と一審被告Y1、そして、売主側の媒介担当者としてC、買主側の媒介担当者としてDが同席し、本件売買契約が締結された。その際、Cが、重要事項説明書を読み上げたが、本件居室の前入居者の使用状況、同人が風俗営業をしていた噂があること、本件居室について訴訟があったことなどについては一切触れなかった。

(10)  一審原告夫婦は、平成二一年二月一四日、本件居室に入居した。一審原告は、その後出席した総会において「専有部分に於ける営業行為」が議題になった際、本件居室において風俗営業が行われていたという上記過去の経緯が話題となり、本件マンション自体の価値が減少することになるから二度と同じ営業行為は許可しないとの議論がなされたことから総会や理事会に出席する度に、恥ずかしく非常に肩身の狭い思いをした。

(11)  一審原告の妻は、本件居室に関する上記情報を知ったことが原因で心因反応となり、不眠・憂うつ感・全身倦怠感・意欲低下・日常生活における困難性などの症状が出たため、長期間にわたり心療内科の治療を受けた。また、一審原告らは、本件居室の中でも特に寝室や浴室に不快感を抱き、業者に浴室のクリーニングを依頼したり、殺菌消毒ができるという高温スチームの掃除機を購入するなどした。

二  争点一(本件居室に瑕疵があるか)について

売買の目的物に民法五七〇条にいう瑕疵があるというのは、その目的物が通常有すべき性質を欠いていることをいうのであり、その目的物が建物である場合には、建物として通常有すべき設備を有しないなど物理的な欠陥があるときのほか、建物を買った者がこれを使用することにより通常人として耐え難い程度の心理的負担を負うべき事情があり、これがその建物の財産的価値(取引価格)を減少させるときも、当該建物の価値と代金額とが対価的均衡を欠いていることから、同条にいう瑕疵があるものと解するのが相当である。

これを、本件についてみるに、前記一の事実によれば、本件居室の前入居者は、本件居室において実質的に性風俗特殊営業を営んでいた。そこで、管理組合は、一審被告Y1及び本件居室の前入居者に対して、本件居室において風俗営業又はこれに類似する営業を行っているため、本件マンションの住民に対して不安や不快感等を与えるほか、本件居室における上記営業が外部に知られると本件マンションの財産的価値が下落するなどとして、本件居室の明渡し等を請求する訴訟を提起した。そして、同訴訟の第一審裁判所は管理組合の上記請求を全部認容し、前入居者は、同訴訟の控訴審における和解に基づいて本件居室を明け渡したというのである。このような経緯からすれば、本件マンションの住民は本件居室で性風俗営業が行われていたことを認識していたものと推認され、現に、本件マンションの理事会や総会で目的外使用の防止が議論された際に、本件居室における風俗営業の事例が引き合いに出されていたものである。そして、将来においても、本件マンションの目的外使用に関して本件居室の事例が引き合いに出されることは容易に予測される。

以上によれば、本件居室が前入居者によって相当長期間にわたり性風俗特殊営業に使用されていたことは、本件居室を買った者がこれを使用することにより通常人として耐え難い程度の心理的負担を負うというべき事情に当たる(現に、一審原告の妻はこの事実を知ったことから心因反応となり、長期間にわたり心療内科の治療を受けたほか、一審原告及びその妻はいまだに本件居室が穢れているとの感覚を抱いている。)。そして、住居としてマンションの一室を購入する一般人のうちには、このような物件を好んで購入しようとはしない者が少なからず存在するものと考えられるから(現に、一審原告が事実を知っていたら本件居室を購入しなかったものと考えられる。)、本件居室が前入居者によって相当長期間にわたり性風俗特殊営業に使用されていたことは、そのような事実がない場合に比して本件居室の売買代金を下落させる(財産的価値を減少させる)事情というべきである(現に、管理組合も上記訴訟において同旨の主張をしていたものである。)。

したがって、本件居室が前入居者によって相当長期間にわたり性風俗特殊営業に使用されていたことは、民法五七〇条にいう瑕疵に当たるというべきである。

三  争点二(瑕疵の存在による損害額)について

前記のとおり、本件居室については、上記の瑕疵により、対価的不均衡(減価)が生じているものと考えられる。本件居室の代金が二六〇〇万円であること、一審原告夫婦が被った精神的苦痛に伴う住み心地の悪さを解消するために諸費用を費やしたこと(このような住み心地の悪さやこれを解消するためにとった諸方策は決して一審原告夫婦に特有なものとは考えられない。)、他方、本件居室については、一審被告Y1により内装工事が実施されて上記営業の痕跡は外見上ほとんど残っていないとみられることなどの諸事情を勘案すれば、民事訴訟法二四八条により、上記減価による損害を一〇〇万円と認めるのが相当である。

四  争点三(一審被告会社の債務不履行の有無)について

原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の二(2)に記載のとおりであるから、これを引用する。

五  争点四(一審被告会社の債務不履行による損害額)について

前記二のとおり、一審原告は上記瑕疵により一〇〇万円の損害を被ったものであるが、この損害と一審被告会社の債務不履行との間には相当因果関係があるものということができる。

六  結論

以上のとおりであって、一審原告の請求は、一審被告Y1に対しては、瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、一審被告会社に対しては、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、連帯して一〇〇万円及びこれに対する各訴状送達日の翌日(一審被告Y1については平成二一年八月二一日、一審被告会社については同月二二日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がない。なお、一審被告Y1と一審被告会社の一審原告に対する各損害賠償債務は不真正連帯債務の関係にある。

よって、一審原告の控訴に基づき原判決を変更し、一審被告会社の控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 川野雅樹 齋藤毅)

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