福岡高等裁判所 平成22年(行コ)12号 判決 2010年12月21日
主文
1 原判決中,八幡税務署長が平成19年2月7日付けで被控訴人に対してした被控訴人の平成17年分の所得税に係る更正処分のうち,総所得金額582万8144円,納付すべき税額マイナス190円(還付金の額に相当する税額190円)を超える部分(ただし,平成20年6月6日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消した部分を取り消す。
2 上記部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 控訴人のその余の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを3分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
事案の概要は,次のとおり補正するほかは,原判決の「第2 事案の概要」欄に記載(2頁8行目から24頁15行目まで。なお,別表1及び2を含む。)のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決2頁17行目の次に改行して次のとおり加える。
「 原審が,被控訴人の本件請求を認容したため,控訴人は,これを不服として,前記第1の1記載の裁判を求めて,控訴した。」
2 同3頁9行目の「31条」を「第31条第」と改め,16行目の「額」の次に「(これらの金額のうち,相続税法の規定により相続,遺贈又は贈与により取得したものとみなされる一時金又は満期返戻金等に係る金額を除く。)」を加え,19行目の次に改行して次のとおり加える。
「(4) 所得税基本通達36-32(課税しない経済的利益……使用者が負担する少額な保険料等。乙9)
使用者が役員又は使用人のために次に掲げる保険料又は掛金を負担することにより当該役員又は使用人が受ける経済的利益については,その者につきその月中に負担する金額の合計額が300円以下である場合に限り,課税しなくて差し支えない。ただし,使用者が役員又は特定の使用人(これらの者の親族を含む。)のみを対象として当該保険料又は掛金を負担することにより当該役員又は使用人が受ける経済的利益については,この限りでない。
(1) 省略
(2) 生命保険契約等又は損害保険契約等に係る保険料又は掛金(36-31から36-31の7までにより課税されないものを除く。)(以下省略)」
3 同3頁20行目冒頭の「(4)」を「(5)」と,4頁18行目冒頭の「(5)」を「(6)」と,5頁2行目冒頭の「(6)」を「(7)」とそれぞれ改め,4行目の「次」の次に「の各号」を加え,9行目の「。甲8」を削除し,24行目及び25行目の各「合計3000万円」をいずれも「各1000万円」と,6頁3行目の「処理」を「経理処理」とそれぞれ改め,17行目の「平成18年3月15日,」を削除し,7頁6行目の「(」の次に「別表2の「異議決定(C)」。」を加える。
4 同8頁初行の「原告」から末尾までを「「支出した」金額に当たるか」と,4行目の「解釈」を「意義」とそれぞれ改め,9頁13・14行目の「収入や」並びに23行目及び10頁2行目の各「の規定」をいずれも削除し,10頁17行目から11頁8行目までを次のとおり改める。
「(ウ) 所得税法施行令183条2項2号が「総額」という言葉を用いたのは,当該一時所得となる保険金を得るために要した保険料は,当該年分に限ることなく,過去に遡って支払った保険料の総額を必要経費として認めるとしたものにすぎず,保険金に係る収入を得た所得者以外の者が負担した保険料や他の保険金のために要した保険料までを必要経費として認める趣旨ではない。」
5 同12頁6行目の「等を」を「等の」と,24行目の「以外の部分」を「部分以外の」と,14頁16行目の「「収入」から17行目末尾までを「「その収入を得るために」支出したといえるか」と,15頁18行目の「後でも」を「ときにも」とそれぞれ改め,18頁5行目から10行目までを削除する。
6 同20頁6行目冒頭から「かかわらず」までを「そして」と,24・25行目の「記載」を「規定」と,21頁10行目の「資産計上した」を「損金算入された」と,22頁16行目の「無効」を「違法」とそれぞれ改め,18行目の「法的安定性」の次に「と予測可能性」を,19行目の「拡張」の次に「・限定」を,23頁8行目の「いるが,」の次に「これは,」をそれぞれ加える。
第3当裁判所の判断
1 法人負担分は「支出した」金額に当たるか
(1) 所得税法34条2項の解釈
所得税法(以下,単に「法」という。)34条2項は,「一時所得の金額は,その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し,その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする。」と規定する。
この法34条2項が規定する,一時所得の金額の計算上,総収入金額から控除することができる「その収入を得るために支出した金額」について,控訴人は,当該一時所得の所得者本人が負担した金額に限られ,それ以外の者が負担した金額は含まれないと主張するのに対し,被控訴人は,後者についても含まれると主張する。上記文言のみからすると,いずれの解釈も採用する余地があるし,所得者以外の者が負担した金額を除外する理由に乏しいといえなくもない。
そこで検討するに,所得税は基本的に個人の所得に対する租税であるところ,所得とは,一般に,人の担税力を増加させる経済的利得であり,具体的には,個人が稼得した収入金額から,その収入を得るために支出した金額を控除した純所得をいうが,担税力が個人単位で把握される以上,純所得並びにその基礎となる収入及び支出もそれぞれ個人単位で把握されるべきものである。また,法34条2項の文理解釈としても,同項が,「支出された」とは規定せず,「支出した」と規定しているのは,「その収入を得」た者と「支出した」者とが同一人であることを前提にするものと解するのが自然である。
そうすると,法34条2項所定の「その収入を得るために支出した金額」には,これを修正する法令の規定が存するなどの特段の理由がない限り,一時所得の所得者本人が負担した金額に限られ,それ以外の者が負担した金額は含まれないと解するのが相当である。そして,このことは,所得概念の本質的要素であるとともに(「所得」という文言自体がこの趣旨を内包しているのであって,限定解釈ではない。),所得税法の根幹をなす基本原則を構成するものということができる。
(2) 所得税法施行令183条2項2号の解釈
ア 法68条は,「この節に定めるもののほか,各種所得の範囲及び各種所得の金額の計算に関し必要な事項は,政令で定める。」と規定し,これを受けて,所得税法施行令(以下,単に「令」という。)183条2項は,「生命保険契約等に基づく一時金(括弧内省略)の支払を受ける居住者のその支払を受ける年分の当該一時金に係る一時所得の金額の計算については,次に定めるところによる。」と規定した上,同項2号本文は,「当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金(括弧内省略)の総額は,その年分の一時所得の金額の計算上,支出した金額に算入する。」と規定する。
この令183条2項2号の解釈について,被控訴人は,前同様,その文言上,本人負担分しか控除できないという限定はなく,かえって,「総額」という文言からすれば,本人負担分か法人負担分かにかかわらず,支払保険料の文字通り総額を控除することができる旨主張する。
そこで検討するに,租税法律主義(憲法84条)の下では,課税要件及び租税の賦課・徴収の手続は法律によって規定されなければならないのであり(課税要件法定主義),法律の根拠なしに課税要件に関する定めをすることはできないし,また,法律の定めに違反する政令・省令等は効力を有しないといえるから,課税要件等について政令に委任されている場合,当該政令の解釈は,委任している法律の趣旨・内容を踏まえてなすことが必要である。
そうすると,令183条2項2号の解釈に当たっては,同号は法34条2項の細則として制定されたものであるから,一時所得の金額の計算上,総収入金額から控除することができるのは,一時所得の所得者本人が負担した金額に限られ,それ以外の者が負担した金額は含まれないという同項の解釈を踏まえるべきこととなる。
イ ところで,令183条2項2号は,保険料又は掛金の「額」ないし「金額」という文言を用いる代わりに,複数の金額を合計した金額との意味を持つ「総額」という文言を用いている。仮に,その趣旨について,所得者本人が負担した金額だけでなく,それ以外の者が負担した金額をも含むことを示す趣旨以外およそ想定できないのであれば,令の制定者の意思はそのようなものであると理解した上で,改めて法と令が整合するように解釈し直す必要があり,場合によっては,法34条2項の解釈が修正を受ける可能性がないではない。
しかしながら,令183条2項2号の上位規範である法34条2項自体が「総額」と同義の「合計額」という文言を用いているのであるから,令183条2項2号が「総額」という文言を用いているからといって,これに法34条2項とは異なる特段の意味が付与されたものとは解し難い。そして,生命保険契約等の契約期間は通常複数年に及ぶところ,保険金という収入を得るために支出した金額は,当該契約の全期間で支払った保険料であることからすれば,令183条2項2号が「総額」という文言を用いているのは,一時所得の金額の計算上控除できる保険料について,当該年度に支払った分だけでなく,過去に支払った分をも含むことを示す趣旨と解することができる。この点に関し,同号ただし書は,「ただし,次に掲げる掛金,金額又は個人型年金加入者掛金の総額については,当該支出した金額に算入しない。」と規定しているところ,これを受けてイないしニとして掲げられている掛金等については,負担者が特定されていると解されるにもかかわらず,同号ただし書が「総額」という文言を用いていることからすれば,同号における「総額」という文言は,負担者が複数存在する場合にその複数の者が負担した金額の合計額を示す趣旨ではなく,特定の負担者が負担した金額について,当該年度に支払った分だけでなく,過去に支払った分も合わせた複数年分の金額の合計額を示す趣旨のものと解するのが自然であり,このことも上記解釈の正当性を裏付けるものである。
そうすると,令183条2項2号によって,法34条2項についての前記解釈が修正を受けるということはできない。
(3) 所得税基本通達34-4の解釈
ア 所得税基本通達(以下,単に「基本通達」という。)34-4本文は,「令第183条第2項第2号又は第184条第2項第2号に規定する保険料又は掛金の総額には,その一時金又は満期返戻金等の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額(括弧内省略)も含まれる。」と規定するが,この文言のみからすると,一時所得の金額の計算上,保険金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料の額も控除することができるかのようであり,被控訴人もその旨主張する。
しかしながら,このような解釈は,前記の所得税法の根幹をなす基本原則に抵触する疑いがあるといわざるを得ない。
イ そこで検討するに,一般に,通達は,上級行政機関がその所掌事務について下級行政機関に対して行う命令ないし示達であって(国家行政組織法14条2項),行政機関内部の規範にすぎず,国民に対して拘束力を有する法規ではない。そして,前記のとおり,租税法律主義の下では,法律の根拠なしに課税要件に関する定めをすることはできず,法律の定めに違反する通達は効力を有しないのであり,通達によって,国民に対し,法令が要求している以上の義務を課すことも,また,納税義務を免除したり軽減したりすることも許されないものと解される。
もっとも,法令に空白部分があり,通達に立法者の意思が示されている場合において,空白部分が立法者の意思で補充されることによって,法令の趣旨・目的と整合する適切妥当な解釈が導かれるときには,通達に示された立法者の意思が法令解釈に影響を及ぼすことはあり得るものと解される。
ウ これを本件についてみるに,まず,法34条2項及び令183条2項2号の解釈は前記説示のとおりであり,これらに空白部分があるということはできない。一時所得の金額の計算上,総収入金額から控除することができるのは,一時所得の所得者本人が負担した金額に限られ,それ以外の者が負担した金額は含まれないことは,所得税法の根幹をなす基本原則であり,たとえ法文上明示されていないとしても,そこに空白部分があるとは解し難い。
次に,基本通達34-4には,上記の本文のほかに注書きが置かれているところ,注書きは,「使用者が負担した保険料又は掛金で36-32により給与等として課税されなかったものの額は,令第183条第2項第2号又は第184条第2項第2号に規定する保険料又は掛金の総額に含まれる。」と規定する。これは,使用者の負担する保険料又は掛金が月額300円以下である場合には非課税とされ(基本通達36-32),同金額は,令183条2項2号に該当し,一時所得の金額の計算上,総収入金額から控除することができるとするものであるが,仮に,本文が,使用者の負担する保険料のすべてについて,同号に該当し,一時所得の金額の計算上控除することができるという趣旨のものであるとすれば,あえて注書きを置く意味はないから,このような注書きが置かれたのは,本文が上記の趣旨のものではないことを示している。そして,基本通達36-32は,例外的に給与課税をされない金額を規定したものであり,基本通達34-4注書きは,上記金額が本文に該当することを特に明示したものといえるから,これを反対解釈すれば,本文は,所定の金額が給与課税をされていることを前提とするものと解することができる。
このように,基本通達34-4は,本文のみならず注書きも併せて実質的に解釈すれば,形式的文言はともかく,一時所得の金額の計算上控除することができる金額は,給与課税等をされることにより所得者本人が負担した金額とする趣旨のものと解するのが相当である。これによって,法34条2項及び令183条2項2号の解釈とも整合するのであって,基本通達34-4に,上記各法令の解釈と異なる立法者の意思が示されているということはできない。
そうすると,基本通達34-4によって,法34条2項についての前記解釈が修正を受けることはないから,同項所定の「その収入を得るために支出した金額」は,一時所得の所得者本人が負担した金額に限られ,それ以外の者が負担した金額は含まれないということとなる。
エ これとは反対に,給与課税等がされたか否かにかかわらず,一時所得の金額の計算上,法人負担分をすべて控除することができるとすると,同金額については,法人が損金処理した上,一時所得の金額の計算上も控除されて,二重控除が許容されることになるし,また,そのような経理処理をした者と,給与課税等をされるなどして当該保険料相当額の経済的利益について何らかの形で課税された者との間で,取扱いが異なり,課税負担の公平性が損なわれ,実質的にも甚だ不合理な結果を招来することにもなる。
(4) 被控訴人の主張について
被控訴人は,上記のような解釈は,租税法律主義やこれから導かれる課税要件明確主義に反する旨主張する。
しかしながら,上記の解釈は法の解釈に基づき,令や基本通達の意味内容を明らかにしたものであって,租税法律主義に反するものとはいえない。被控訴人の主張は,基本通達34-4本文の文言を主たる根拠とするものであるが,これは,通達に基づいて法令解釈を行うものであって,むしろ租税法律主義に反するものといえる。
また,被控訴人は,上記のような解釈は,相続税法基本通達3-17(2)との均衡を失する旨主張する。しかし,通達に基づいて法令解釈を行うことができないのは上記のとおりである上,被控訴人の上記主張は,所得税法と相続税法の趣旨・目的が異なることを捨象した議論であり,失当といわざるを得ない。
被控訴人は,ほかにも種々主張するが,いずれも採用することができない。
結局のところ,法人負担分については,これを法34条2項所定の「支出した」金額に当たるものということはできない。
2 法人負担分は「その収入を得るために」支出したといえるか
一般に,養老保険は,満期保険金の支払財源に充てるための積立保険料(積立分)と,被保険者が死亡した場合の死亡保険金の支払に充てるための危険保険料(危険分)からなるが,本件のように,死亡保険金の受取人が法人で満期保険金の受取人が個人である場合には,法人にとって,危険分は,定期保険における掛捨ての保険料と同様の性質を有するものといえる。しかるところ,本件法人において,本件支払保険料の2分の1については保険料として損金処理し(法人負担分),残りの2分の1については役員報酬として経理処理している(被控訴人負担分)ことからすれば,法人負担分については,危険分であって,満期保険金の原資である積立分ではないと認識・判断していたものと推認され,これを覆すに足りる証拠はない。
このように,本件法人は,法人負担分については,本件に係る一時所得である満期保険金を得るために支出した金額に当たらないと認識・判断して,その旨の経理処理をしたものであるが,本件養老保険契約の性質や所得税法の趣旨・目的に照らし,この経理処理を特に不合理とする理由はない。
そうすると,法人負担分については,これを法34条2項所定の「その収入を得るために」支出したものということはできない。
3 本件更正処分の違法性
(1) 以上によれば,法人負担分については,これを法34条2項所定の「その収入を得るために支出した金額」ということはできないから,一時所得の金額の計算上,総収入金額から控除することはできない。
したがって,上記と同旨の見解に立って,被控訴人の平成17年分の所得税の税額を計算した本件更正処分は適法というべきである。
(2) なお,付言するに,基本通達34-4のように,その意味内容に誤解を生じかねない通達が維持されている状態は決して好ましいものではなく,基本通達34-4については,可及的速やかに,一義的に明らかなように,改正されるのが望ましいと考えられる。
4 本件賦課決定処分の違法性
前記説示のとおり,基本通達34-4は,本文のみを見れば,一時所得の金額の計算上,法人負担分を総収入金額から控除することができるようにも一面で考えられ,その意味内容に誤解を生じかねないものといわざるを得ないし,また,市販の解説本等の中にも,そのような見解が示されているものが複数存在する(甲5ないし7)。
そうすると,被控訴人において,その平成17年分の一時所得の金額の計算上,法人負担分を総収入金額から控除したことはやむを得ないものであるから,国税通則法65条4項所定の正当な理由があるというべきである。
したがって,被控訴人には過少申告加算税を課することはできないから,本件賦課決定処分は違法であり取り消されるべきである。
第4結論
よって,原判決のうち,本件更正処分を取り消した部分は相当でなく,本件控訴は一部理由があるから,上記部分を取り消した上,これに係る被控訴人の請求を棄却し,また,その余の本件賦課決定処分の取消し部分に係る控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小山邦和 裁判官 中園浩一郎 裁判官 石原直弥)