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福岡高等裁判所 平成23年(う)420号 判決 2011年11月25日

主文

1審判決を破棄する。

被告人を懲役6年に処する。

1審における未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

理由

第1弁護人の控訴理由(事実誤認,量刑不当)

1  事実誤認について

1審判決は,被告人が,Bの後頭部を壁に打ち付け(第2暴行),仰向けに倒れているBの腹部に馬乗りになって,顔面をこぶしで数回殴りつける(第3暴行)という暴行を加えたと認めた点,及び,Bの胸部及び腹部に乗って両足で数回踏みつける暴行(第4暴行)を加えたが,これを正当行為と認めなかった点で,いずれも事実を誤認しており,これらの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

2  量刑不当について

被告人を懲役7年に処した1審判決の量刑は,重過ぎて不当であり,刑執行猶予を付すべきである。

第2控訴理由に対する判断

当裁判所は,1審判決が,上記第2暴行を認めた点と第4暴行を正当行為と認めなかった点に誤りはないものの,被告人の自白などに基づいて上記第3暴行を認めた点は是認できず,1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり,破棄を免れないと判断した。以下,説明する。

1  1審判決の概要

1審判決が認定した(罪となるべき事実)の要旨は,被告人が,平成23年1月2日,福岡市a区内にある当時住んでいた寮のAの部屋で,B及びAとともに飲酒していたところ,Bの横柄な態度に立腹して口論となり,同日午後零時5分ころから同日午後零時25分ころまでの間,同所において,Bに対し,その顔面をこぶしで数回殴り(第1暴行),その寮の玄関内において,その後頭部を壁に打ち付け(第2暴行),引き続き,同玄関付近通路上において,仰向けに倒れているBの腹部に馬乗りになって顔面をこぶしで数回殴り(第3暴行),そのころAに救急車を呼ぶよう指示したものの,意識を失ったBを強引に目覚めさせようとして,その胸部及び腹部に乗って両足で数回踏み付けるなどの暴行を加え(第4暴行),よって,Bに肝臓断裂等の傷害を負わせ,同日午後1時35分ころ,同市b区内の病院において,Bを同傷害に基づく出血性ショックにより死亡させた,というものである。

1審の争点も,①被告人が第2暴行に及んだと認められるか,②被告人が第3暴行に及んだと認められるか,③第4暴行は,被告人が心臓マッサージ目的で行なった正当行為と認められるか,であるとされた。

1審判決は,①第2暴行については,Bの後頭部の損傷は,ネジ頭が飛び出ている壁面に後頭部が当たった上,正面からも力が加えられて生じたとみるのが自然であり,Bが体勢を崩したはずみで自傷したなどともみられないから,被告人が第2暴行に及んだと認められる,②第3暴行については,被告人の自白が,寮の壁に付着した相当数のBの飛沫血痕や,被告人が穿いていたズボンの内股部分に染み付いた血と整合していることから,被告人が第3暴行に及んだと認められる,③被告人は,意識を失い仰向けに倒れているBの胸部及び腹部の上に両足で立ち,屈伸して踏み付けるなどし,肝臓が断裂し,脾臓が破裂するなどの臓器損傷を負わせているところ,複数の臓器が破裂するほどの力を込めて両足で踏み付ける行為は,Bを蔑ろにする極めて危険かつ激しい有形力の行使であることは明らかで,Bの身体の安全を顧みる意思があったとは認められず,救命救助処置としての心臓マッサージとみることはできず正当行為とは認められない,と判断して,上記(罪となるべき事実)を認定した。

2  当裁判所の判断

(1)  上記①,③について

これらについては,1審判決の事実認定の結論に誤りはなく,(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)中の該当部分も,おおむね正当として是認できる。

ア 上記①について

弁護人は,第2暴行の存在をうかがわせる客観的事実として,玄関内の壁面に突起していたネジにBの毛髪が付着していること,及び,Bの後頭部には,ネジ頭の直径と同じ大きさの約0.7センチメートルで,深さ約1センチメートルの損傷が認められることを説示しているが,これらの事実から認定できるのは,Bの後頭部が,ネジが突き出た壁面に当たったことだけであり,第2暴行の存在までは推認できず,Bの頭頂部の骨折も,他の機会に生じた可能性があるから,被告人が第2暴行を行ったとは認められない旨主張する(弁護人は,「被告人は,Bを運ぶ途中で二,三回Bの上半身を地面に落としているのであるから(乙2・8頁),その際に後頭部を強打した可能性もあり」というが,1審乙2号証の当該部分は,1審で取り調べられていない)。

しかし,被告人の司法解剖を担当したC医師は,Bの頭蓋は,頭頂部(矢状縫合部)が離開し,それとともに前後方向に骨折しているから,Bの頭蓋に対し,前後方向に強い圧迫の力が加わったと考えられる,そして,後頭部を強く打ち付けたときに,前面が押さえ付けられていれば,このような骨折ができると思われる旨の証言をしており,この証言に疑問の余地はない。

そうすると,第2暴行の存在をうかがわせる客観的事実として,1審判決が摘示するものに加えて,Bの頭頂部(矢状縫合部)が離開し,前後方向に骨折しているとの事実を指摘することができる。そして,1審判決が摘示するBの後頭部の損傷からすると,Bの後頭部は,ネジが突き出た壁面に当たったと認められ,かつ,Bの頭頂部の骨折等からすると,その際,Bは顔面を押さえ付けられていたと認めるのが合理的であるから,被告人がBに対して第2暴行に及んだと認めた1審判決に誤りがあるとはいえない(1審判決の説示には若干不十分な点もあるが,頭頂部の骨折は,後頭部を打ち付けたときに「正面からも力が加えられて生じたとみるのが自然」であるという肝心の点については正しく指摘している)。

イ 上記③について

弁護人は,被告人が,Bに致命的な傷害を負わせた第4暴行に及んだことを認めつつ,これはBの救命という正当な目的で行なわれたものであると主張するとともに,被告人は,この暴行が救命の手段として相当なものであると誤信していたのであるから,「違法性阻却事由についての錯誤があるから,事実の錯誤として第4暴行の故意は阻却されるべきである」と主張する。

しかし,被告人の行為が正当化されるためには,目的が正当であることのみならず,少なくとも手段が社会的に相当なものでなければならないと解されるところ,意識を失って仰向けに倒れているBに対する心臓マッサージの手段として,Bの胸部及び腹部の上に両足で立ち,屈伸して踏み付けるなどする行為は,心臓マッサージの手段として到底考えられないものであり,救命目的があったと認めることなどできず,もとより社会的に相当なものともいえない。1審判決も説示するとおり,この行為は,「とにかく強引にBの目を覚まさせるべく」行なわれたものであり,「(第4暴行を行なった被告人に)Bの身体の安全を顧みる意思があったとはおよそ認められず,(第4暴行を)救急救命処置としての心臓マッサージとみることは到底できない」のである。

また,弁護人は,被告人に事実の錯誤があるというが,被告人は,上記の行為を誤って認識しているわけではないから,弁護人の主張は前提を欠いており,失当である(弁護人の主張は,被告人が自らの行為に対する評価を誤っている旨いうものに過ぎない)。

(2)  上記②について

この点に関する1審判決の説示を改めて確認すると,「被告人はBに馬乗りになり両手のこぶしでBの顔面を数回殴ったことは捜査段階で認めており(乙2),この供述は,甲寮北東側壁面にBの飛沫血痕が相当数付着していること(甲23),当時被告人が着用していたズボンの内股部分に血が染みついていること(職2)に整合し,信用できるから,被告人が第3暴行に及んだ事実も認められる」というものである。すなわち,1審判決は,被告人の自白(1審乙2)を直接証拠とし,捜査報告書(1審甲23)中の写真②や⑤(寮の北東側壁面が写っているもの)と,被疑者の人相着衣に関する報告書(1審職権2)中の写真⑧(被告人のズボンが写っているもの)をその信用性を支える補助証拠とみて,第3暴行を認定しているということができる(なお,1審判決は,その(罪となるべき事実)において,第3暴行が行なわれた場所として,寮の「玄関付近通路上」と認めているところ,前後の文脈からして,引き続き同じ場所で第4暴行が行なわれた旨を認定したものであり,通路上の別々の場所で第3,第4暴行が行なわれたと認めたものとは解されない(検察官の主張も同様と解される)。後の検討において必要となるため,ここでやや詳しく説明しておくと,寮の東側中央付近にある玄関を出ると,ほぼ南北に伸びる通路があり,玄関を出てその通路を北側(左側)に向かうと駐輪場に至るのであるが,1審判決が認定した第3,第4暴行の現場である「玄関付近通路上」は,玄関を出て直ぐの同通路上ではなく,玄関を出て北側に向かい駐輪場に至る直前(寮の東側外壁の北端辺り)の同通路上付近(以下「本件現場」という)をいうと考えられるのである)。

ア ところで,公判調書に添付された論告メモ等から推察すると,検察官は,論告において,四つの間接事実を指摘し,それらを総合評価すれば,本件現場で,被告人がBに馬乗りになり,顔面を多数回殴ったとの事実(以下「検察官の主張する第3暴行」という。1審判決の認定した第3暴行は,殴ったのが「数回」という点でこれと異なっている)を認定することができる旨主張していたとみられる。その間接事実は,①玄関外の通路の痕跡(壁の低い位置に飛沫血痕があるから,被告人が倒れているBの顔面を殴ったと推認できる),②Bの顔面のひどい腫れ(Bは,多数回殴られており,玄関外でも顔面を殴られたとみられる),③Aの目撃証言(Aは,「玄関外で,被告人がBの顔面を二,三回殴っていた」旨証言している),④被告人の捜査段階の自白,である。

しかし,1審判決は,検察官が主張する上記立証構造を採用していない。

そこで,1審で取り調べた証拠を検討すると,1審が,検察官の上記立証構造を採用しなかったことには,十分な合理性が認められる。

すなわち,検察官の上記立証構造は,その中核となる上記①の事実を,検察官作成の捜査報告書(1審甲23)によって証明しようとするものである。ところが,本件現場(上記報告書では「場所③」とされている)の状況を明らかにする同捜査報告書中の写真③の説明文には,本件現場の「壁面には多量の血痕の付着を認める」とされているものの,写真に写っている痕跡のうちの,どれが血痕であるのかは必ずしも判然としない。また,本件現場の見取図として添付された同捜査報告書中の現場見取図第7図を参照してみても,写真に写っている痕跡のうちどれが血痕であるかはやはり明確にはならない。しかも,上記写真の他には「壁面に血痕が存在すること」を証明するに足りる鑑定書等の客観的証拠は取り調べられていない。そうすると,検察官は,上記写真③に写っている血痕のようにみえる痕跡(その中に「飛沫血痕」のように見えるものが含まれている)については,写真だけを見て,その色,形状等から,血痕であると推認できることを前提として,その主張を組み立てているものと解される。

上記推認が不合理であるとはいえず,写真だけを見て,壁の低い位置に「血痕」があると認めることができ,上記①の事実を認定できるとしても,Bは,すでに被告人から受けた第1,第2暴行により頭部,顔面等から相当の出血をしていた上,その後更に第4暴行を受けたのであるから,上記①の事実からは,被告人が,本件現場で,倒れているBに対して,検察官の主張する第3暴行のような相当激しい暴力を振るった可能性があったとはいえるが,それだけではなく,Aが証言するように,本件現場で,被告人が,倒れているBをまたぐようにして,顔を二,三回殴った可能性(ただし,こぶしか平手かは分からない)や,その後被告人が第4暴行に及んだ際に血が飛び散るなどして血痕が遺留された可能性なども考えられるのであるから,上記①の事実が,検察官が主張する第3暴行の存在を推認させる力はさほど大きくないとみることは十分可能である。

また,検察官が主張するその余の事実を検討しても,いずれも上記の推認力は小さいか,ほとんどないものといえる。すなわち,上記②の事実(Bの顔の腫れ)は,Bがすでに第1暴行を受けていたことも考えると,被告人による第3暴行が存在したことを推認させる力は小さいといえる。また,上記③の事実(A証言)は,上記のとおり,「被告人が,本件現場で,仰向けに倒れているBをまたぐようにして,多分顔を二,三回殴っていたが,被告人がどちらの手で殴っていたかは覚えておらず,こぶしだったか平手だったかも分からない」というものであって,この証言から検察官の主張する第3暴行が存在したことを推認するのは極めて難しい。そして,上記④の事実(被告人の自白)であるが,検察官は,被告人が自白していると主張しているものの,被告人は,捜査段階において,本件現場でBに対して第3暴行に及んだことを認めていない。1審で採用され取り調べられた被告人の自白調書(1審乙2の一部)は,寮の玄関を出てすぐの通路上で,仰向けに倒れていたBに馬乗りになって,両手の拳骨で,10回から15回くらい,Bの顔面を思い切り殴り付けたことを認めるものであるから,検察官が主張する第3暴行そのものを自白したものとはいえず,別の場所ではあるが,Bの顔面を多数回殴ったことがあるというものなのである(このことは控訴審における事実取調べの結果により一層明確になっている)。

そうすると,上記①ないし④の間接事実を総合しても,被告人が検察官の主張する第3暴行に及んだとの事実を認めるには足りず,合理的な疑いを容れる余地があるとの見地から,検察官の上記立証構造を採用しなかったと思われる1審の判断には,十分な合理性が認められるのである(なお,刑事訴訟手続においては,事実認定の基礎となるべき客観的な状況等については,信用性の高い証拠によって公判廷で立証するべきであって,当事者間に深刻な争いがある事実はもとより,争いのない事実でも,その取扱いを変えるべきではない。本件の場合,争いのある事実を認定する上で重要な間接事実であったにもかかわらず,本件現場に遺留された痕跡のうち,どれが血痕であるかを明らかにするための客観的な証拠は一切取り調べられていない。仮に,当事者間においては,本件現場に遺留された痕跡のうち,どれが血痕であるかについての認識が一致し,客観的には血痕が遺留されていたのだとしても,本件における検察官の立証は杜撰といわざるを得ない)。

イ そこで,1審は,検察官の主張とは異なる立場から,取り調べた証拠によって第3暴行が認定できるか否かを検討し,被告人の自白を直接証拠として,被告人による第3暴行を認定したものと思われる。しかし,すでに述べたところから明らかなとおり,この事実認定を是認することはできない。

すなわち,検察官が刑訴法322条1項に該当するとした被告人の自白調書(1審乙2の一部)は,すでに説明したとおり,本件現場から少し離れた位置にある,寮の玄関を出てすぐの通路上において,仰向けに倒れていたBに馬乗りになって,両手の拳骨で,10回から15回くらい,Bの顔面を思い切り殴り付けたことを認めるものであって,本件現場における第3暴行の自白ではない。したがって,これを直接証拠として本件現場における第3暴行の存在を認定することはできないというべきである(なお,上記立証構造からうかがえるとおり,検察官も,被告人の自白は本件の直接証拠ではないと考えていたとみられる)。

加えて,1審判決は,この自白が,①寮北東側壁面にBの飛沫血痕が相当数付着していること(1審甲23),②被告人のズボンの内股部分に血が染みついていること(1審職権2)と整合している旨説示している。しかし,すでに説明したとおり,①については,寮の玄関を出てすぐの通路上と本件現場とは少し離れているから,本件現場の「飛沫血痕」の存在が上記自白と整合しているとはいえない。また,②については,確かに,被告人のズボンの内股部分に血痕様のものが染みついている写真が存在しているものの,被告人のズボンに染みついた血痕様のものは,左足の付け根部分の内側付近を中心としているところ,Bの着ていたシャツには,襟から左肩付近を中心に血が染みついているものの,腹部に血は染みついていないのであるから,被告人のズボンの内股部分に血痕様のものが染みついていることが,被告人がBの腹部に馬乗りになったことを裏付けるともいい難い(なお,被告人のズボンの内股部分の血痕様のものが,血痕であることを明らかにするための客観的な証拠も取り調べられていない)。そうすると,これらが上記自白と整合しているとみるのは合理的とはいえない。1審の補助証拠に関する判断も,いずれも適切ではない。

ウ 他に被告人が本件現場においてBに対して第3暴行に及んだことを認めるに足りる証拠はない。

3  結論

以上のとおりであるから,1審判決が,被告人がBに対して第3暴行に及んだとの事実を認めた点は是認できない。弁護人の事実誤認の主張には理由がある。

第3破棄自判

以上のとおり,1審判決は事実を誤認し,この誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,刑訴法397条1項,382条により,量刑不当の主張について判断するまでもなく,1審判決は破棄を免れない。そこで,同法400条ただし書を適用して,当裁判所において,被告事件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は,平成23年1月2日,福岡市a区c丁目d番e号甲寮1階A方において,B(当時44歳)及びAとともに飲酒していたところ,BのA及び被告人に対する横柄な態度に立腹してBと口論となり,同日午後零時5分ころから同日午後零時25分ころまでの間,同所において,Bに対し,その顔面をこぶしで数回殴り,同寮の玄関内において,その後頭部を壁に打ち付け,その後,同玄関付近通路上において,意識を失い仰向けに倒れているBの目を覚まさせるべく,その胸部及び腹部に乗って両足で数回踏み付けるなどの暴行を加え,一連の暴行によって,Bに肝臓断裂等の傷害を負わせ,同日午後1時35分ころ,同市b区f丁目g番h号乙病院において,Bを同傷害に基づく出血性ショックにより死亡させたものである。

(証拠の標目)

1審判決記載のとおりである。

なお,被告人は,本件現場において,第3暴行に及んだとは認められないことはすでに説明したとおりである。しかし,A証言などからすると,被告人が本件現場でBの顔を平手で二,三回叩いた事実は認められる。すなわち,Aは,被告人が,本件現場で,仰向けに倒れていたBの体には乗らないで,股越した状態で(またいで),Bの顔面を二,三回殴っていたのを見た,しかし,玄関付近から被告人の背中を見ていたのであり,殴っていたというのは,被告人の手がそのように動いていただけであり,被告人の手がこぶしだったか平手だったかも分からないし,被告人の手がBの顔に当たる場面を見たわけではなく,想像である旨証言している(Aの証人尋問調書127項ないし140項,215項ないし229項)。なお,被告人も,1審公判で,玄関先で,仰向けに倒れていたBを見て,「何しよるの」と声を掛けたが返事がないので,Bの胴をまたぐような格好で顔をはたき,「起きんかい」などと言ったことを認めており,場所が違うとはいえ,Bに暴力を振るったという,被告人にとって不利益な事実を認める供述をしていて,その限度でA証言に沿う供述をしているといえるのである(被告人の公判供述調書102項ないし108項)。これらによると,被告人が本件現場でBの顔を平手で二,三回叩いた事実を認めるのが相当である。しかし,この程度の行為は,意識を失って倒れている者に対する呼びかけ行為として,社会的相当性を逸脱するものとはいえないから,正当行為と認められる。

したがって,公訴事実中,被告人が,「仰向けに倒れている同人(B)の腹部に馬乗りになってその顔面をこぶしで多数回殴り」との点は認定できず,縮小認定をして,上記のような事実を認めることもできない。

(法令の適用)

罰条  包括して刑法205条

1審における未決勾留日数の算入  刑法21条

1審及び控訴審における訴訟費用  刑事訴訟法181条1項ただし書(いずれも負担させない)

(量刑の理由)

Bに致命傷を与えた第4暴行は,被告人がBの胸部及び腹部に乗り,体重がかかる状態で踏み付け,Bの複数の内臓が損傷する結果を惹き起こしたものであって,危険性がかなり高いものである。そうすると,犯情は悪く,被告人の刑事責任はかなり重いから,被告人は相当期間の服役を免れない。

弁護人は,致命傷を与えた暴行は,被告人としては救命目的であったことを積極的に評価すべきであり,また,誤想過剰避難的な行為として任意的に刑を減免すべきである(刑法37条1項ただし書)などと主張する。確かに,1審判決もいうとおり「被告人が殊更Bを痛めつける目的で及んだとまでは認めるに足りない」けれども,第4暴行の態様からみて,被告人に救命の目的があったとみることもできず,誤想過剰避難的な行為であるともいえないから,これを被告人の刑事責任を減じる事情として積極的に評価することはできない。

したがって,被告人なりに反省の態度を示していること,前科がないことなどの事情は認められるものの,これらを被告人のために十分考慮しても,被告人は主文掲記の刑を免れない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 溝國禎久 裁判官 中村光一)

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