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福岡高等裁判所 平成23年(ネ)1063号 判決 2012年3月13日

控訴人

甲野薫

同法定代理人成年後見人

乙山葉子

同訴訟代理人弁護士

松坂徹也

中村匠吾

碇啓太

被控訴人

Y地所株式会社(以下「被控訴人会社」という。)

同代表者代表取締役

戊沢一郎

被控訴人

丙川二郎(以下「被控訴人丙川」という。)

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

池永修

関五行

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して527万5500円及びこれに対する平成13年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

5  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  (1)主位的請求

被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して600万円及びこれに対する平成13年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)予備的請求

被控訴人会社は,控訴人に対し,600万円及びこれに対する平成22年10月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

第2  事案の概要(略称等は原判決の例による。)

1  (1)本件本訴は,控訴人が,同人の母親である花子が所有していた不動産について,被控訴人会社が花子から1500万円で買い取った直後にこれを2100万円で転売し,差額600万円を得たことについて,被控訴人会社及びその担当者である被控訴人丙川に善管注意義務ないし誠実義務違反があるとして,主位的に不法行為(民法709条,715条及び719条)に基づき,被控訴人らに対し,連帯して花子が被った損害600万円及びこれに対する不法行為の日である平成13年9月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,債務不履行ないし不当利得に基づき,被控訴人会社に対し,600万円及びこれに対する本訴の訴状送達の日の翌日である平成22年10月10日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件反訴は,被控訴人らが,控訴人に対し,本件本訴がいわゆる不当訴訟であるとして,不法行為に基づき,それぞれ50万円及びこれに対する本訴の訴状提出日である平成22年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)原審は,控訴人の本訴請求及び被控訴人らの反訴請求をいずれも棄却した。

(3)控訴人は,本件本訴が棄却されたことを不服として控訴したが,被控訴人らは控訴あるいは附帯控訴をしなかった。

よって,当審における審理対象は,控訴人の本訴請求のみである。

2  前提事実(書証等の記載のない事実は,争いのない事実である。)

(1)ア控訴人は,昭和36年6月1日に禁治産宣告の裁判を受け,同月3日に同人の母である花子が後見人に就任し,同人が平成21年9月10日に死亡した後は,同22年3月8日に乙山が控訴人の成年後見人に選任された。

イ 被控訴人会社は,不動産売買の仲介等を業とする株式会社である。

ウ 被控訴人丙川は,被控訴人会社の従業員である。

(2)花子は,被控訴人丙川に対し,別紙物件目録記載の各物件(本件物件)の売却に関する業務を依頼し,被控訴人丙川は,被控訴人会社の従業員として上記業務を担当した。

(3)被控訴人丙川は,別紙物件目録1記載の土地(以下,「本件土地」という。)に隣接する土地を所有する丁谷に対し,本件物件の購入を勧め,同人がこれを2100万円で購入することを承諾したところ,平成13年9月1日に,被控訴人会社において,本件物件を花子から1500万円で買い取り(乙5,本件売買契約),同日,丁谷に対し本件物件を2100万円で売却し(乙11,本件転売契約),これら契約における売買代金は同日にそれぞれ支払われた。

(4)控訴人は,花子の子であるところ,花子は平成21年9月10日に死亡した。

3  争点

(1)被控訴人らによる不法行為の有無

(控訴人の主張)

ア(ア)被控訴人らの行為は,いわゆる介入行為,サヤ抜き行為であり,宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)46条1,2項(報酬額の制限)についての規定を潜脱するものであり,善管注意義務及び宅建業法31条1項における義務(以下「信義誠実義務」という。)に反するものである。

また,被控訴人らは,花子が当時87歳の高齢であり不動産取引に無知であることに乗じて丁谷の存在を告げずに本件売買契約を締結させたのであり,この行為は告知すべき重要な事実を告げずに花子の錯誤を利用して本件売買契約を締結させたものであり,このような行為は詐欺行為に当たる。

これにより,花子は,本件土地を2100万円で売却するという財産的権利が侵害されたものであり,このような被控訴人らの行為は,共同不法行為に当たる。

(イ)花子は,本来であれば丁谷に対し本件物件を2100万円で売却しその代金を得ることができたにもかかわらず,被控訴人らの上記行為により1500万円の代金しか得ることができず,これら金額の差額である600万円の損害を被った。

イ 仮に被控訴人会社が上記アの事実を認識していなかったとしても,被控訴人会社は不動産売買の仲介等を業とする株式会社であり,被控訴人丙川はその従業員であるところ,被控訴人丙川は被控訴人会社の不動産売買に係る仲介業務として,本件売買契約及び本件転売契約を締結したのであるから,被控訴人丙川は,被控訴人会社の業務の執行について花子に損害を与えたものである。

よって,被控訴人会社は,花子に対し,使用者責任を負う。

ウ 控訴人は,相続により,花子の被控訴人らに対する上記不法行為を原因とする損害賠償請求権を取得した。

エ 本件売買契約による本件物件売却については,以下の理由により合理性はなかった。

(ア)当時,花子としては少しでも高い価格で本件物件を売却する必要がある一方,価格が低くてもよいから早く売却したいとの事情はなかった。

(イ)別紙物件目録2記載の建物(以下「本件建物」という。)の取り壊しは被控訴人会社ではなく丁谷によりなされたものであること,本件売買契約と本件転売契約(以下,両者による一連の取引を「本件取引」という。)は同一日になされていること,本件物件について特段の法的紛争は発生していないことからすれば,本件売買契約には,下記被控訴人らの主張オ(ア)の①ないし③の利点はない。

(被控訴人らの主張)

ア 本件取引は,正常な取引行為である。

イ 被控訴人丙川は,本件物件を丁谷に2100万円で転売する予定であることを花子に告げ,花子もこれを承諾した上で本件売買契約を締結したものであるから,このような被控訴人らの行為は詐欺行為等には該当しない。

ウ 本件売買契約における売買代金1500万円は,当時の固定資産評価額を基に花子とも協議の上で決定された金額であり,何ら不合理な金額ではない。

エ 被控訴人丙川は,本件売買契約後も,花子が死亡する平成21年まで約8年間もの間,花子と家族同様に関わっていたところ,仮に上記取引において詐欺等の違法行為があったのであれば,両者らの間に上記のような関係を築くことはできない。

被控訴人丙川は,花子から一度も上記取引について文句を言われたことはなく,花子から感謝されていた。

オ 以下のとおり,本件取引には合理性があった。

(ア)本件物件を媒介によらずに被控訴人会社が花子から買い取るとした場合の利点としては,① スピード(契約成立,決済までの期間が短縮できる。),②確実性(即金一括払いで,各種停止条件,解約等のリスクが低い。),③ 安心感(商品化するまでのコスト,労力等がなく,瑕疵担保責任等の売却後の紛争発生のリスクが低い。)がある。

一方,欠点としては,買取価格について,被控訴人会社自らが対象物件を購入し転売する際のリスクや商品化コストを勘案した価格となり,媒介による価格よりも低額となることが挙げられる。

(イ)被控訴人会社において,平成22年度における媒介件数は115件であるのに対し,買取件数は7件であるが,平成21年度の宅建業法に関する取引態様別紛争相談件数において,売買に関する紛争は全体の32%を占め,媒介・代理に関する紛争の38.7%と変わりはないことからすれば,被控訴人らにおいて媒介ではなく買取を行うことは特段珍しいことではない。

(ウ)花子は,既存建物の解体や滅失登記,測量・立会等の境界問題の調整,ガス管・排水管等の埋設権限の調査をすることなく,かつ,第三者との接触や事後的なトラブルを避けるため,本件物件について,被控訴人会社による現状有姿の買取を希望していた。

本件物件は,本件土地上には老朽化した本件建物があり,本件土地に通じるガス管・排水引込管が隣地に権限なく埋設され,隣地への越境あるいは境界紛争を抱えるなど極めて問題を抱えた物件であった。

(2)消滅時効の成否

(被控訴人らの主張)

ア 仮に,本件売買契約に何らかの不法行為が成立する余地があったとしても,上記契約は花子も了解して行われたものであるから,その損害賠償請求権は,本件売買契約が締結された平成13年9月11日から3年をもって時効消滅しているものであるところ,当該期間は経過した。

イ 被控訴人らは,控訴人に対し,平成22年11月15日の原審第1回口頭弁論期日において,上記時効を援用する旨の意思表示を行った。

(控訴人の主張)

花子は,本件取引が不法行為に当たることを知らないまま死亡したものであり,「損害及び加害者を知った」とはいえず,当該死亡から本件本訴提起まで3年が経過したものではないから,消滅時効は完成していない。

(3)被控訴人会社の債務不履行又は不当利得の有無 (控訴人の主張)

ア(ア)花子と被控訴人会社は,本件物件の売却について媒介契約を締結し,被控訴人会社は,花子に対し信義誠実義務及び善管注意義務を負ったところ,これに反し,花子に対し,本件取引によりこれら売買代金の差額である600万円相当の損害を与えた。

よって,被控訴人会社は,花子に対し,債務不履行責任を負う。

(イ)本件では,本件売買契約について契約書が作成されているが,これは事前に媒介契約が成立していたにもかかわらず,被控訴人会社がサヤ抜きをするために,花子に十分な説明をせずに売買契約の形式を取ったものに過ぎない。

このことは,① 被控訴人らが本件売買契約が締結された平成13年9月11日より前に本件物件の買取をせず,丁谷に本件物件の購入を勧めていたこと,②本件売買契約に伴う被控訴人会社から花子への支払は,本件転売契約による代金の支払がなされるまで行われていないこと,③ 被控訴人丙川は,本件売買契約についての控訴人代理人からの問い合わせに対し,仲介をしたと述べ,買取及び転売については述べていないこと,④ 本件物件の所有権移転登記は,被控訴人会社を経ずに花子から丁谷になされていること,⑤本件売買契約における契約書より前に取引態様を示す書面がないこと,⑥ 買付証明書や売渡証明書についての主張立証がないこと,⑦ 特別養護老人ホームにおける面接記録などから明らかである。

イ 本件取引により,被控訴人会社は600万円の利得を得る一方で控訴人は同額の損害を被ったが,このような被控訴人会社の行為は,媒介契約における信義誠実義務に反し,宅建業法における報酬規定を潜脱するものであるから,上記利得は法律上の原因を欠く。

また,被控訴人会社は,上記義務違反及び法律上の原因を欠くことについて悪意であった。

よって,被控訴人会社は,花子に対し,不当利得返還義務を負う。

ウ 控訴人は,相続により,花子の被控訴人らに対する上記損害賠償請求権等を取得した。

(被控訴人らの主張)

ア 花子は,本件物件売却に伴う瑕疵担保等の法的紛争に巻き込まれるリスクを回避すべく,当初から一貫して被控訴人会社による本件物件の買い取りを希望していた。

よって,花子が被控訴人会社に対して本件物件の媒介を委託したことも,被控訴人会社が上記媒介業務を行ったこともなく,控訴人の主張は憶測に過ぎない。

イ 上記控訴人の主張③については,被控訴人丙川はそのような発言をしておらず,同④については,中間省略登記がなされたものである。

第3  当裁判所の判断

1  被控訴人らによる不法行為の有無について

(1)控訴人は,本件取引における被控訴人らの行為は介入行為等に該当する旨主張するので検討する。

宅建業法46条が宅建業者による代理又は媒介における報酬について規制しているところ,これは一般大衆を保護する趣旨をも含んでおり,これを超える契約部分は無効であること(最高裁昭和44年(オ)第364号同45年2月26日第一小法廷判決・民集24巻2号104頁参照)及び被控訴人らは宅建業法31条1項により信義誠実義務を負うこと(なお,その趣旨及び目的に鑑み,同項の「取引の関係者」には,宅建業者との契約当事者のみならず,本件のように将来宅建業者との契約締結を予定する者も含まれると解するのが相当である。)からすれば,宅建業者が,その顧客と媒介契約によらずに売買契約により不動産取引を行うためには,当該売買契約についての宅建業者とその顧客との合意のみならず,媒介契約によらずに売買契約によるべき合理的根拠を具備する必要があり,これを具備しない場合には,宅建業者は,売買契約による取引ではなく,媒介契約による取引に止めるべき義務があるものと解するのが相当である。

(2)そこで上記合理的根拠の有無について検討するに,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件取引前の本件物件の概況等

(ア)本件建物は,昭和29年よりも前に本件土地上に建築されたものであり(甲9,乙1),本件土地におけるガス管は,その隣接地を経由して引き込まれていた(乙3)。

(イ)路線価に基づく本件取引当時の本件土地の時価は,2147万円以上であった。(甲14)

一方,本件売買契約が締結された平成13年当時の本件土地の固定資産評価額は約1126万円であり,本件建物の同評価額は約5万円であった。(乙2,6)

イ 本件取引に至る経緯

(ア)被控訴人丙川は,弁護士からの紹介により,花子が本件物件を売却したいと考えていることを知り,平成13年1月ころ,花子の自宅を訪れ,以後,花子の求めに応じて花子の自宅や後に花子が入居した老人ホームを訪れていた。(乙14,15,被控訴人丙川7ないし15,49ないし59項)

(イ)被控訴人丙川は,同年6月ころから,本件物件周辺の住民を訪ね,本件物件についての情報収集を行ったり,本件物件の購入希望者を探すなどしていた。(乙14の4頁,被控訴人丙川63ないし66項)

すると,同年8月ころ,丁谷の妻から被控訴人丙川に対し,本件物件について話が聞きたい旨の連絡があり,被控訴人丙川が本件物件についての説明を行ったところ,本件物件の売買価格について尋ねられたことから,被控訴人丙川は2100万円くらいである旨伝えた。

その後の同年9月ころ,丁谷の妻から再び連絡があり,本件物件を2100万円で購入したい旨の意向が伝えられた。(以上,甲15,乙14の5頁,被控訴人丙川80ないし95,102,103項)

ウ 本件取引における瑕疵担保責任等

(ア)本件売買契約には,花子の被控訴人会社に対する瑕疵担保責任の免責等,同契約における花子の義務を免除あるいは軽減する旨の特約は締結されなかった。(乙5)

本件転売契約においても,瑕疵担保責任の減免等については本件売買契約と同様であったが,本件建物及び塀は,本件物件の所有権が買主である丁谷に移転した後に丁谷の負担で取り壊すこと,取壊後の本件建物の滅失登記申請は丁谷が行う旨の特約が締結された。(乙11)

(イ)被控訴人会社の丁谷に対する重要事項説明書には,上記取壊等の特約のほか,以下の記載がなされ,上記説明を受け説明書を受領した旨の丁谷の署名捺印がなされていた。(乙12)

① ガス管及び排水引込管は,本件土地の隣接地下を通過して引込み,埋設されている。

② 本件土地と隣地との間に境界についての紛争がある。

③ 本件建物の北側増築部分は,隣地に越境している。

(ウ)本件取引に際し,本件土地の測量は行われなかった。(被控訴人丙川286項)

エ 本件取引後の本件物件の状況

本件建物は,本件取引後の平成15年4月21日に丁谷により取り壊され(甲9,15),本件土地は更地となった後,コインパーキングとして使用されている(乙14の6頁,被控訴人丙川144ないし147項)。

境界に関する問題は生じていない。(弁論の全趣旨)

オ 本件取引後の花子と被控訴人丙川との関係

本件取引後も,花子と被控訴人丙川との交流は続き,これに被控訴人丙川の妻子らも加わったところ,この交流は花子が死亡するまで継続し,その間に,花子が老人ホームに入所している間の緊急連絡先について,乙山から被控訴人丙川に変更されるなどした。(乙14の7頁以下,乙15,16,被控訴人丙川153ないし168,180ないし186項)

また,平成14年5月1日に,花子のほとんどの財産を被控訴人丙川に遺贈する旨の遺言公正証書が作成された。(乙13)

カ 被控訴人丙川は,その供述において,本件売買契約における売買代金1500万円については被控訴人丙川から花子に対し提案したとし(被控訴人丙川556項),花子が媒介契約ではなく本件売買契約により本件物件を売却することを希望したのは,丁谷が花子の契約の相手方となり,丁谷との間で紛争が生じることを避けたかったからであるとしている(同415,533項)。

その一方で,本件物件の売却について,花子から被控訴人丙川に対し,媒介契約ではなく売買契約によるべき旨の意向がどのように示されたかについては,被控訴人丙川は明確な供述をしていない。(同544項)

(3)ア 上記認定事実によれば,本件取引について,花子からは何ら苦情は出ず,本件取引後から花子が死亡するに至るまで,花子は被控訴人丙川やその家族と親密な関係にあったことからすれば,本件取引が花子の意に反して行われたものとは認められない。

イ しかしながら,被控訴人らが主張する,媒介契約によらずに売買契約による利点が本件取引において存在したかについて検討するに,スピードについては,花子が被控訴人丙川に対し本件物件を売却したいとの意向を示したのが平成13年1月であるのに対し,本件売買契約が締結されたのは同年9月11日であることからすれば,この点について花子に利益がもたらされたとはいえない。

確実性についても,本件売買契約締結は,本件転売契約締結と同一日に行われているのであり,これら契約締結がなされるまで,被控訴人会社が花子との売買契約を解消する余地は残されていたことからすれば,本件取引において当該利点が存在したものと認めることはできない。

ウ 残る安心感について,本件取引において本件物件は現況有姿のままで取引されており,商品化のコスト等は不要であった。また,本件売買契約には,花子の瑕疵担保責任の減免について何ら記載がなく,当該契約上は花子に有利な条項が含まれているものとは認められない。

被控訴人らが主張する本件物件の問題点(本件土地上に老朽化した本件建物があること,本件土地に通じるガス管・排水引込管が隣地に権限なく埋設されていること及び隣地への越境あるいは境界紛争の存在。)については,上記のとおり,本件転売契約における特約とするか,重要事項説明書に予め記載することにより隠れた瑕疵には当たらないものとして瑕疵担保責任の対象から除外する措置が執られている。また,本件全証拠によるも,これにより本件転売契約における被控訴人会社と丁谷との交渉が難航したなどの事実は認められず,同契約における売買価格2100万円についても,丁谷は被控訴人会社が提示した同金額を異議なく受け入れている。

さらに,本件取引に際し測量は行われず,本件取引後,本件土地はコインパーキングとして使用されているとの状況によれば,ガス管等の埋設はその使用に際し問題となるものではなかったと認められる。

すると,上記問題点が法的紛争として顕在化することの危険性は,本件売買契約締結によらずとも,花子と丁谷との売買契約において,本件転売契約及びそれに関する重要事項説明書と同様に,特約の締結や重要事項説明書における記載により除去できたのであるから,上記問題点について,本件取引による利点の存在を認めることはできない。

エ 結局,被控訴人らが主張する本件売買契約締結の利点は,花子において,丁谷ではなく被控訴人会社との間で取引をすることのみとなる。

そして,被控訴人丙川は,花子において丁谷が契約当事者となることを避けたかったとするのであるが,その具体的理由は本件全証拠によるも不明である。

また,被控訴人丙川は,花子に対し媒介契約と売買契約の双方について説明した旨供述するが(被控訴人丙川16項),花子から被控訴人丙川に対し,売買契約による旨の意向がどのように示されたかについて明確な供述はなされておらず,他にこれを認めるに足る証拠はないことからすると,花子において,本件物件の売却について,媒介契約と売買契約という2つの選択肢があること及び各契約の利害得失について被控訴人丙川より説明がなされ,これをきちんと理解した上で本件売買契約締結を選択したかについて,合理的な疑いが残る。

(4)以上によれば,花子において,本件物件の売却について,被控訴人会社との媒介契約ではなく売買契約により行い,かつ被控訴人会社において,本件取引により,本件売買契約における代金額である1500万円の4割にも及ぶ600万円もの差益を得たことについて,その合理性を説明することはできないから,本件売買契約により本件物件を売却したことについて合理的根拠を具備していたものと認めることはできない。

すると,被控訴人らには,少なくとも上記合理的根拠が具備されていないにもかかわらず売買契約である本件取引により本件物件の取引を行った過失が認められるから,控訴人に対し,共同不法行為として連帯して損害賠償をする義務を負うものである。

(5)被控訴人らによる不法行為による損害について

ア 上記のとおり,本件売買契約による本件物件売却について合理的根拠を具備していたものとは認められない一方で,上記前提事実(3)及び上記1(2)イ(イ)によれば,被控訴人丙川は,媒介契約におけるのと同様に,本件物件の売却先を確保し,売買契約を締結するのに必要な行為を行ったことが認められ,これにより本件取引が成立したものと認められる。

また,本件物件が2100万円で売却された場合の媒介手数料の上限金額は,建設省告示第1552号(200万円以下の金額について100分の5.25,200万円を超え400万円以下の金額について100分の4.2,400万円を超える金額について100分の3.15)によれば72万4500円となり,これは,本件物件が,控訴人と被控訴人会社との媒介契約及び花子と丁谷との売買契約により売却された場合に必要な費用であると認められるから,これら契約により花子が取得できた金額は,本件取引による差益から上記媒介手数料を控除した金額にとどまることとなる。

すると,被控訴人らの不法行為による花子の損害は,本件取引における差益である600万円とするのではなく,これから上記媒介手数料72万4500円を控除した527万5500円の範囲とするのが相当である。

イ よって,控訴人の請求は,被控訴人らに対し,本件取引における差益600万円から上記72万4500円を控除した527万5500円及びこれに対する不法行為が行われた日(本件取引がなされた日)である平成13年9月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由がある。

2  消滅時効の成否について

民法724条は,不法行為における消滅時効の起算点を「損害及び加害者を知った時」としているところ,権利行使が可能な時点から消滅時効は進行するとの時効制度の一般則によれば,「加害者を知った」といえるのは,単に不法行為を行った相手方及びその行為を知るだけではなく,その行為が不法行為を構成することを知ったときと解するのが相当である。(最高裁昭和41年(オ)第712号同42年11月30日第一小法廷判決・集民89号279頁)

すると,上記のとおり,本件取引後,花子から被控訴人らに対し本件取引について何ら苦情は出ず,本件取引後から花子が死亡するに至るまで,花子は被控訴人丙川やその家族と親密な関係にあったことからすれば,本件売買契約締結時に被控訴人らの行為が不法行為を構成することについて花子が知っていたものとは認められないから,消滅時効についての被控訴人らの主張は採用できない。

3  結語

よって,控訴人の主位的請求は,上記1(5)イ記載の範囲で理由があり,その余は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 武野康代 裁判官 常盤紀之)

別紙物件目録<省略>

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