福岡高等裁判所 平成23年(ネ)439号 判決 2012年7月13日
別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、六〇万円を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人がインターネット上で提供する「ストリートビュー」と題するサービス(以下「ストリートビュー」という。)に関し、控訴人のプライバシー侵害等を理由とする損害賠償請求の可否が争われた事案である。
控訴人は、控訴人が居住していたアパートのベランダに干していた洗濯物(下着を含む。)を、被控訴人に撮影され、ストリートビューの画像としてインターネット上で公表されたことにより、控訴人の既往症である強迫神経症及び知的障害が悪化した上、転居を余儀なくされたとして、撮影行為及び公表行為によるプライバシー侵害等の不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料一五〇万円、通院費用七五万円及び住居の転居費用七五万円(合計三〇〇万円)のうち六〇万円の支払を求めた。
原審は、被控訴人は、公道上から控訴人の住居のベランダを撮影し、ストリートビューの画像としてインターネット上で公表したことを認定した上で、被控訴人が行うストリートビューで公表されていた控訴人宅の様子の画像(以下「本件画像」という。)から、控訴人の住居のベランダに掛けてあるものが何であるか判別できず、また、その居住者が控訴人であることを特定するには至らないこと、本件撮影対象が公道上から目視でき、本件画像の解像度が目視以上に高精細なものであるといった事情もないこと等から、本件画像を撮影し、インターネット上で発信することは、控訴人の受忍限度の範囲内であり、不法行為の要件である権利又は法律上保護すべき利益(以下、単に「権利・利益」ということがある。)の侵害が認められないとして、控訴人の請求を棄却したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。
二 争いのない事実又は証拠により容易に認定し得る事実
(1) 控訴人は、平成二二年三月下旬ころまで、福岡市e区<以下省略>(以下「本件居室」という。)に居住していた。
(2) 被控訴人は、米国法人a(以下「a社」という。)の子会社である。
(3) a社は、インターネット検索サービス「△△」の地図検索の機能として、ストリートビューを提供している。ストリートビューは、特定の地域の地図上で選択した地点の様子を三六〇度のパノラマ画像で見ることができるサービスであり、福岡市の地域(以下「福岡地域」という。)については、平成二一年一二月二日から、ストリートビューの対象としてインターネットで公表されるようになった。
(4) 控訴人は、平成二二年三月末ころ、ストリートビューで本件居室のベランダの画像が公表されていることを発見した。その後、控訴人は、本件居室から他所に転居した。
(5) 控訴人は、従前からc病院精神科神経科で診療を受けていたところ、平成二二年六月下旬以降は、「軽度精神遅滞・強迫性障害」でd療養所に通院するようになった。
(6) 控訴人は、平成二二年一〇月一三日、福岡地方裁判所に対し、被控訴人を被告として、ベランダに干してあった洗濯物を盗撮されたことにより精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起したが(原審事件)、その後、被控訴人は、本件画像の公開停止の措置を採った。
三 争点
(1) 不法行為について
(2) プライバシーの侵害
ア 撮影行為の違法性
イ 公表行為の違法性
(3) 個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)違反
(4) プライバシー配慮義務違反
(5) 控訴人の損害
四 争点に関する当事者の主張
(1) 不法行為について
【控訴人の主張】
ア ストリートビューについて
ストリートビューは、平成二〇年八月五日から、日本国内において提供が開始されたが、これは、a社ないし被控訴人(以下、両社を併せて「Y社」という。)が実際に道路をストリートビュー撮影車で走行して撮影した三六〇度のパノラマ写真をインターネット上の地図検索の機能で見ることができるものである。
これらの画像は、原則として、顔の正面の画像にはぼかしがかかっているものの、撮影場所が明確に特定できるため、対象者を知っている人には、対象者の特定が可能である。また、撮影するカメラの位置が歩行者の視点よりも約一m高かったため、通常であれば塀等によって遮られる民家の中をのぞき見るような画像も散見された。
ストリートビューで公表された画像については、一般に他人に公表されたくないと思われる画像を集めてまとめたホームページが、第三者により多数作成されており、仮に、Y社のサービスから画像を削除できたとしても、一旦公表されてしまった画像は、第三者によって二次的に利用されることになる。
イ 問題性
ストリートビューに関し、海外(カナダ、EU、ドイツ、ギリシア、スイス)では、データ保護等における問題が指摘されており、Y社は、プライバシー保護に関する国家機関が存在する国では、当該機関と事前に調整した上で、事業を開始している。
しかし、我が国には上記のような国家機関が存在しないという理由で、Y社は、住民や自治体、政府等と事前協議もしないまま、ストリートビューの事業を開始した。
ストリートビューが開始された後、我が国においては、市民からの苦情がインターネット上で飛び交い、自治体に苦情が集まった。その結果、平成二一年六月二二日までに、高知県、東京都町田市、札幌市、大阪府茨木市など、一県三七市町村の議会と、四国市議会議長会、高知県市議会議長会から、ストリートビューの規制を求める意見書が総務省に提出された。その意見書の内容は、住宅街を公開しないよう事業者へ指導してほしい、画像の撮影及び公開に際して住民から許可を得るよう事業者に指導してほしい、当該サービスを非公開化してほしい、繁華街や住宅街等の地域ごとの公開の適否に関する検証をしてほしいなどというものであった。
ウ 本件撮影行為と本件公表行為について
本件においては、平成二一年一二月二日にストリートビューで公表した福岡地域の画像を、①それ以前に網羅的に収集した行為(同意なく写真撮影した行為。以下「本件撮影行為」という。)と、②それをインターネット上で公表した行為(以下「本件公表行為」という。)が問題となる。
(ア) 本件撮影行為
被控訴人が本件撮影行為により収集している情報は、福岡地域の市民の肖像権、家屋情報、車両のナンバープレートなど多種多様で、膨大、かつ網羅的な情報である。しかも、この撮影行為は位置情報と連動して取得されており、特定の場所における画像という特性も合わせて収集されている。
本件は、被控訴人が本件撮影行為を行う過程において、控訴人のプライバシーを侵害している事案であるが、単に被控訴人がたまたま控訴人宅の近くを通り、一枚だけ写真を撮ったというのではないことから、本件において違法性判断の対象とされるべきは、本件撮影行為全体である。
このように、本件画像の撮影に限らず、福岡地域における画像収集行為全体を捉えてプライバシー侵害を論ずるのは、被控訴人が行う撮影行為が、膨大な数の肖像権やプライバシーを、その有無や程度を問わず根こそぎ撮影するという点に最大の特徴があり、一連一体として行われた撮影行為のうち、本件画像の撮影だけを切り出して評価することは加害行為の実態にそぐわず、被控訴人の行為の態様等を正当に評価するためには、一連一体の撮影行為全体を評価する必要があるからである。
不法行為の成否を判断する上では、加害行為を特定することが前提であり、本件訴訟においても、本件撮影行為の日時や態様等を明らかにすることは必要不可欠の前提であるため、控訴人は、被控訴人に対し、福岡地区の撮影時期や本件画像の撮影時期、解像度などの求釈明をした。ところが、被控訴人は、本件の争点とは関係がないとして回答しない。
(イ) 本件公表行為
被控訴人の本件公表行為は、本件撮影行為により取得した情報を、Y社の提供するインターネット検索サービスにおける地理情報と連動させて公表するものである。すなわち、Y社の地図検索で住所を検索すると、たちどころにその場所の地図が現れ、ストリートビュー機能によりその地点の三六〇度のパノラマ風景が閲覧できる。
本件公表行為は、特定の地番でピンポイントに検索可能な状況における公表行為であるという点で、過去に例がないものである。
【被控訴人の主張】
ア ストリートビューについて
ストリートビューの主な目的は、Y社・マップのユーザーに実体験をしているような風景を無料で提供し、特定の場所又は地域をより深く理解することができるようにする点にある。これにより、ユーザーは、ヴァーチャルに街の通りを散歩して、レストランやホテル、売却に出ている物件などの行き先をあらかじめ見ることができる。ユーザーは、あたかも自分がそこにいるかのように眺めることで、自分で訪問する場所をより良く理解し、その場所の情報を把握することができる。例えば、被災地の状況を記録し、防災教育・研究や災害実態の伝承に役立てるという目的にもストリートビューが活用されている。
撮影された画像は、ストリートビュー撮影車が収集するGPS座標等のデータを利用して繋ぎ合わされる。この処理により、ユーザーは、三六〇度のパノラマビューの下で、公表されたストリートビューの画像内を移動することができる。また、ストリートビューでは、顔やナンバープレートが読み取れる場合には、自動的にぼかし処理が行われ、個人やナンバープレートが特定できないようにしている。
イ 不法行為の特定について
本件においては、そもそも撮影行為それ自体は不法行為を構成し得る行為ではなく、公表行為についてのみ不法行為該当性が検討されるべきであるから、撮影行為を特定する必要はない。
撮影行為について不法行為を構成し得ると仮定しても、原判決で認定されたとおり、「原告(控訴人)は本件居室に居住していた頃、ベランダに洗濯物を干していたところ、被告(被控訴人)は公道である○号線上を走行する撮影車から撮影し」たということで、十分に特定されている。
(2) プライバシーの侵害
【控訴人の主張】
ア 本件撮影行為について
(ア) プライバシー権とは、「一人で放っておいてもらう権利」として発展してきた権利であり、伝統的なプライバシー権の本質は、個人の私生活に対する第三者からの干渉を排斥することにある。
そのような伝統的解釈を踏まえ、昭和二三年(一九四八年)一二月一〇日の第三回国連総会において採択された世界人権宣言は、その第一二条において、「何人も、自己の私事、家族、家庭若しくは通信に対して、ほしいままに干渉され、又は名誉及び信用に対して攻撃を受けることはない。」と謳っているのであり、プライバシー権の対象が、容ぼう、姿態に限定されないことは明らかである。
そして、プライバシーの干渉の典型的な行為態様として、私的事項を公表する行為だけでなく、私的事項をのぞき見るという行為も含まれることはいうまでもない。しかるに、第三者の私的事項を単純にのぞき見るにとどまらず、その延長線上の行為としてこれを撮影するという行為は、のぞき見た第三者の私的事項を機械的方法により極めて克明に保存し、記録する点で、より一層プライバシー侵害の程度が著しい行為である。
近時、プライバシー権は、一人で放っておいてもらう権利という伝統的な解釈にとどまらず、より積極的な、自己に関する情報をコントロールする権利として理解されるようになっている。この理解によっても、人の容ぼう・姿態以外に関する撮影行為について、公表がない限りプライバシーの侵害は生じ得ないという解釈は成り立たない。
(イ) 人の容ぼう・姿態以外もプライバシーに該当すること
上記のとおり、本件撮影行為において問題とされる控訴人の権利・利益は、容ぼう・姿態をみだりに撮影されない権利・利益としての肖像権ではなく、肖像権と並んで個人の人格的利益に位置付けられるプライバシー権である。
プライバシー権は、多くの裁判例が認めるところであるが、その侵害の有無は、「宴のあと」事件判決(東京地方裁判所昭和三九年九月二八日判決・判時三八五号一二頁)で示されている四つの要件の該当性、すなわち、①私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、②一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、換言すれば、一般人の感覚を基準として、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であること、③一般の人々に未だ知られていない事柄であることを必要とし、④このような公開によって、当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことにより判断されるべきである。
本件でも、①控訴人の自宅や、控訴人が自宅のベランダに干していた下着等の洗濯物は、控訴人の私的な生活空間における私生活上の事実であること、②一般の女性であれば、自らの自宅や自宅ベランダに干している下着等の洗濯物を撮影されることを欲しないこと、③控訴人の自宅や洗濯物は、未だ一般に知られていないこと、④自宅や洗濯物を本件撮影行為によって撮影されたことにより、控訴人が、実際に不快、不安を抱いていることから、控訴人が、本件撮影行為から法律上保護されるべきプライバシー権を有していることは明らかである。平成二〇年一一月二五日、東京都情報公開・個人情報保護審議会(以下「審議会」という。)における委員の発言からも、外に干してある洗濯物を公開してほしくないという我が国における普通のプライバシー感情がうかがえる。
(ウ) 公道でも一定のプライバシーの保護が要請されること
上記の控訴人のプライバシーの利益は、本件画像に写った洗濯物が公道上から撮影可能な場所にあったとしても、要保護性が失われるものではない。
ストリートビューに関しては、控訴人のプライバシー情報の他にも、路上でキスをするカップル等、誰が見てもセンシティブな秘匿性の高いプライバシー情報や、子供の登下校中の姿や下着等の洗濯物といった、一般人の感覚からプライバシー情報と考えられるものが公表されているが、こうした画像について、撮影される者は、同意なく収集されることを拒めるはずである。しかも、画像は位置情報と連動して取得されており、「特定の場所における画像」という特性も合わせて収集されており、プライバシー侵害の程度が高い。
軽犯罪法一条二三号が定める盗視の罪も、公道から目視できる場合であっても、保護法益である私生活上の平隠が侵害されることを前提としていることに鑑みれば、公道上から撮影可能なものであっても、プライバシーの利益の要保護性が失われるものではない。
プライバシーを自己情報コントロール権と解釈したとしても、OECD(経済協力開発機構)の「プライバシー保護と個人データの国際流通についての勧告」(以下「OECDガイドライン」という。)、EU(欧州連合)の「個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関する欧州議会及び理事会の指令」及び日本の個人情報保護法において、個人データの収集行為そのものを規制している以上、公表されなくてもプライバシーの侵害が生じ得る。
(エ) 撮影行為の違法性判断基準
以上のとおり、公道上からプライバシー情報を撮影する行為について、プライバシーの侵害が生じ得るところ、その違法性の判断基準は、公道においても守られるべき肖像権(プライバシー権の一種)を認めた判例等(最高裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁、札幌高等裁判所昭和五二年二月二三日判決・判時八五一号二四四頁、東京地方裁判所平成一七年九月二七日判決・判時一九一七号一〇一頁)に鑑み、撮影行為自体の正当な目的と必要性、及び撮影手段の相当性が求められる。
具体的判断においては、撮影行為の必要性・社会的有用性と、侵害されるプライバシーとの比較衡量によって行われるべきであり、比較衡量においては、被撮影者の社会的地位、活動内容、撮影の場所、目的、態様、必要性等の要素が考慮されるべきである(最高裁判所平成一七年一一月一〇日第一小法廷判決・民集五九巻九号二四二八頁参照)。
① 必要性・社会的有用性
この点、本件においては、プライバシーと対立する利益は、報道の自由といった民主主義社会における重要な権利とは異なり、抽象的な利便性や被控訴人の営業の自由にすぎない。ストリートビューについては、近隣地域を視覚的に探索できるようになることを中心とした利便性があげられているが、犯罪等への悪用の可能性といった問題や、通行人等利便性とは関係のないものが写っており、その必要性・社会的有用性は小さい。
② プライバシー侵害の程度
被撮影者は一般市民であり、公的存在でなく、撮影の場所は公道であるが、公表された画像の中には、家屋内にいる者、あるいは風俗営業施設等の前や私生活の場としている住宅街などもあり、これらの場合は個人が撮影・公表されることを望まない多数の市民が存在し、現に多数の自治体から意見書が提出されている状況もあることから、当然にいつでも撮影され公表されても仕方がないとはいえないのであり、肖像権・プライバシー権としての要保護性は高い。
要保護性が比較的低い場合があるとしても、ストリートビューの撮影の対象者の数はおびただしいから、全体としてはプライバシー侵害の程度が軽いとはいえず、また、撮影の態様も広範かつ無限定の多数の市民の肖像やプライバシーを含む画像を撮影していること、撮影対象地域に住み、また、行動している人々に事前に説明していないこと、撮影対象が個人宅の敷地内にも及んでいること、更には機械的方法で克明に記録する点で、プライバシー侵害の程度は大きい。
(オ) 控訴人については、撮影されたのは居住するアパートのベランダに干していた下着を含む洗濯物であり、これは、明らかに一般人が公開を望まないプライバシー情報であり、上記のプライバシー侵害の程度と比較衡量すれば、本件撮影行為には違法性が認められる。
イ 本件公表行為について
(ア) 控訴人は、本件画像がインターネット上で公表されていることを知って強いショックを受けるとともに、その日から、自身が日常生活のあらゆる場面で気付かぬうちに監視されているのではないか、私生活がのぞき見られているのではないかという強い不安に苛まれることとなった。そのため、公表された自宅に住み続けることに耐えられなくなり、転居せざるを得なかった。
(イ) 公表行為の違法性判断基準
公表行為のプライバシー侵害については、事実を公表されない法的利益と公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越するかが判断基準となる(最高裁判所平成一五年三月一四日第二小法廷判決・民集五七巻三号二二九頁)。
① ストリートビューの必要性、社会的有用性として、観光客や有名施設をヴァーチャルの世界で訪れることに、一定のユーザーが利便性を感じることはあろう。しかし、その利便性はつまりは娯楽目的であって、その保護の必要性は極めて低い。
② 他方で、本件公表行為は、問題のある画像を事前にチェックしていないこと、Y社のインターネット検索サービスが強力な媒体で、極めて多数の市民の目にさらされること、撮影場所が特定できる状態で繰り返し見られること、電子データの特性上、二次利用が容易であることから、プライバシー侵害の程度は大きい。そして、ストリートビューの画像について、ユーザーの申告によってあとから削除する仕組み(オプト・アウト方式)を設け、一旦公表された後に画像が削除されるとしても、全ての個人が自分が写っている画像に気付くとは限らないし、一旦公表されれば、二次利用等が可能なデジタル画像として記録・保存されており、複製の作成が容易であることから、画像を記録された本人によるコントロールが不可能であり、プライバシー侵害がなかった状態に戻すことはできない。
(ウ) 本件公表行為は、住宅街の路地から民家を撮影した画像について行われたものであり、観光地や有名施設ですらなく、このような画像を全世界に公表することについて必要性を見いだすことはできず、このような公表行為の必要性・社会的有用性をはるかに上回るプライバシー侵害があり、本件公表行為には違法性が認められる。
ウ 行為主体について
なお、ストリートビューに本件画像を提供したのは、a社であるとしても、被控訴人による本件画像の撮影を含む一連の撮影行為が、a社のストリートビューの準備行為として行われ、撮影した画像データも、同サービスに供する目的でa社に提供されたものである。ストリートビューのサービスの内容は、我が国と海外とでほぼ同一であり、撮影の段階から、a社の定める統一手順に基づき行われたことがうかがわれる。
これらのことから、本件画像の撮影から公表に至る一連の行為は、単一目的のために、被控訴人とa社が一体として行ったものであり、分業をしたにすぎないと捉えるべきであるから、共同不法行為を行ったと評価できる。
仮に、そうでないとしても、被控訴人が、a社に対し、本件画像を提供する行為は、ストリートビューにおける本件画像の公表に不可欠な協力行為であるから、共同不法行為に該当する。
【被控訴人の主張】
ア 本件撮影行為について
(ア) 控訴人は、福岡地域における画像を網羅的に収集した本件撮影行為と、平成二一年一二月にその収集した画像をインターネット上に公表した本件公表行為が不法行為を構成する旨主張するが、控訴人自身のプライバシー侵害の有無とは関係のない事項であり、失当である。
(イ) また、前記東京地方裁判所昭和三九年九月二八日判決は、私生活を公表する行為を侵害行為と捉えているのであり、むしろ本件画像を撮影した行為それ自体はプライバシー侵害とはならないことを裏付ける判決として理解されるべきである。
(ウ) 控訴人は、「秘匿性の高いプライバシー情報」の要保護性の方が肖像権に比べ高いとも主張するようであるが、独自の見解であるし、本件画像における「洗濯物(らしきもの)」は公道上を通行する者から目視できる位置に掛けられていた以上、秘匿性が高いとは認められない。
イ 本件公表行為について
本件公表行為につき、被控訴人に不法行為は成立しない。
本件画像は、写っているものが洗濯物であるのかどうかも明確ではなく、控訴人の下着が公表されたとの立証は尽くされていない。また、本件画像から控訴人個人を特定することはできない。
さらに、本件画像は公道から撮影したものであるところ、控訴人が自ら公衆の目に触れる場所に洗濯物を干しており、他人に知られたくない私的事項とはいえず、本件公表により、プライバシーにより保護された権利・利益が侵害されたとはいえない。
ウ 本件公表行為の主体について
インターネット上でストリートビューを提供し、本件画像を公表したのは、被控訴人ではなく、米国法人aである。
(3) 個人情報保護法違反
【控訴人の主張】
ア 個人情報保護法は、いわゆる取締法規であり、その違反が、理論上当然に民事上の違法に直結するとはいえないが、最低限度の注意義務を画するものとして十分周知されているから、その規制内容は、民事上の不法行為における違法ないし過失の判断として取り込まれるべきものである。
本件は、福岡地域において、プライバシー侵害や肖像権侵害の有無程度を問わず、根こそぎ撮影公表するという一連一体の行為態様であり、そのごく一部である本件画像の撮影・公表行為のみを切り出すことは加害行為の実態にそぐわず、違法性の判断手法としても不相当である。そこで、控訴人は、必ずしも本件画像にとらわれず、被控訴人の加害行為全体に対する個人情報保護法違反を主張するものである。
イ 個人情報
ストリートビューの画像が、個人情報に該当するか否かは、個人情報保護法が、個人情報について、取得、取扱、公表・提供の三つの場面で義務を課していることから、これらの各段階を考慮して個人情報該当性を判断すべきであり、ストリートビューで公表された画像のみを対象に個人情報該当性を判断することはできない。
Y社の提供するインターネット上の検索サービスでは、住所の検索をすると当該箇所の画像が表示されることから、被控訴人の撮影した画像は、撮影時に既に地理的位置情報と結びつけられており、そうすると、被控訴人が取得した情報である画像と地理的位置情報から、住所と建物の形状及び洗濯物等の存在を了知できるから、このような情報は、控訴人個人を識別することができる個人情報に当たる。
そもそも、個人情報保護法にいう個人情報とは、「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日、その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいうのであるから(同法二条)、他の情報と照合することによって特定個人が識別可能であれば、その情報も個人情報に当たるのであるが、ストリートビューは、住所を入力すれば、その地点の画像が表示されるのであり、また、株式会社b2は、被控訴人と連携して、株式会社b1が販売している住民の氏名を掲載した住宅地図(以下「b1住宅地図」という。)とストリートビューを組み合わせたマッシュアップサービスを提供しており、当該サービスでは、ストリートビューとb1住宅地図を融合し、表札名称の検索も可能であり、これを利用すれば本件画像と控訴人氏名とを容易に照合できる。
したがって、本件画像も、上記マッシュアップサービスにより、控訴人本人を識別するのに十分な情報であって、個人情報保護法にいう個人情報に該当する。
ウ 個人情報保護法一八条一項違反
個人情報保護法は、個人情報を取得した場合に、あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、速やかに、その利用目的を本人に通知し、又は公表することを義務付けている(同法一八条一項)。しかるに、Y社が、個人情報を取得した場合における、利用目的の公表については、撮影・公表時点において、プライバシーポリシーにすら書き込んでいないのであるから、これを履行していない。
エ 個人情報保護法二三条二項違反
個人情報保護法は、本人の同意なく個人データを第三者に提供する行為につき、一定の条件の下に認めている。すなわち、本人の求めに応じて個人データの第三者提供を停止する手続(オプト・アウト)が保障されていることであり、具体的には、①第三者への提供を利用目的とすること、②第三者に提供される個人データの項目、③第三者への提供の手段又は方法、④本人の求めに応じて当該本人が識別される個人データの第三者への提供を停止することの四点をあらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置くことである(同法二三条二項)。
Y社は、さまざまな画像情報を自社のホームページ上で公表することや、その公表行為を停止することができることについて、事前に広報を行わないまま、データの収集と公表を行っており、同法二三条二項に違反している。
【被控訴人の主張】
ア 個人情報保護法違反の有無と、被控訴人の控訴人に対する不法行為の成否は、直接関係するものではないから、控訴人の主張は失当である。
イ 個人情報
個人情報保護法上の個人情報とは、特定の個人を識別することができるもの(同法二条一項)であるが、本件画像には、人の肖像など写っておらず、特定の個人を識別することができるものではなく、個人情報に該当しないことは明らかである。
経済産業省の「『個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン』等に関するQ&A」によれば、地図に住所を表示するシステム上の住所データについては、地図上の地点を示すのみであるか、あるいは住所だけであれば、基本的には個人情報に該当しないとされており、ストリートビューにおける地理的位置情報は、単に地図上の地点及び住所を示すにすぎないため、上記解釈に照らし個人情報に該当しない。
そうであれば、個人情報に該当しない地理的位置情報に、本件画像や建物の形状を組み合わせたとしても、本件住居に居住している控訴人個人を識別することは不可能である。
また、総務省は、平成二一年八月二七日、「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第一次提言を公表したが、道路周辺映像サービス(ストリートビューもこれに含まれる。)において公開されているのは、主に住居の外観の画像であるが、誰の住居か特定できないものが大半であり、現時点では他の情報と照合して容易に特定可能とはいえないことから、居住者の氏名を掲げた表札が判読可能な状態で写り込んでいるなど例外的な場合を除き、原則として個人識別性がなく、個人情報には該当しないとしている。
なお、被控訴人及びa社は、株式会社b1及び株式会社b2から、住宅地図の情報提供を受けておらず、株式会社b2がa社の有料サービスを販売代理店として販売しているにすぎない。マッシュアップサービスにより本件画像と控訴人の氏名を容易に照合することができるとの控訴人の主張は、事実に反する。
ウ 個人データ
控訴人は、個人情報保護法二三条二項違反を主張するが、同法上の「個人データ」とは、「個人情報データベース等を構成する個人情報」(同法二条四項)であり、本件画像は、データベースとして体系的に構成されたものではないので、「個人データ」には該当しない。
(4) プライバシー配慮義務違反
【控訴人の主張】
ア ストリートビューのような新規サービスの実施をする事業者は、その実施に際して、事業実施国の公法上の規制や私法上の違法性の存否を検討するだけでなく、事実面の検討を含み、プライバシー侵害を最小限にすべく配慮する義務を負っている。
本件でいえば、各国ごとに異なる道路の状況、住宅地等の状況等を事前に調査してプライバシー影響評価(事業の実施によって、どのようなプライバシー侵害が生じ得るか、その結果、事業の遂行が、事業実施国におけるプライバシー侵害の判断基準により実施できないことにならないか、仮に、実施できるとしても、目的遂行と矛盾しない限度で最大限プライバシー配慮を実施する撮影方法が何か等を検討すること)を実施すべき義務を負う。
プライバシー配慮義務の具体的内容は、OECDガイドラインが定める二つの準則、すなわち①個人データは、適法・公正な手段により、かつ、情報主体に通知又は同意を得て収集されるべきであること(収集制限の原則)及び②収集目的を明確にし、データ収集は収集目的に合致するべきであること(目的明確化の原則)に従い、撮影目的を明確にした上で、本来ならば撮影対象となる地域の住民から同意を得た上で撮影すべきであり、少なくとも、撮影対象となる地域の住民に対して、撮影日時や撮影ルート、撮影方法等を事前に通知しておくべきであった。
イ 本件では、被控訴人担当者が、平成二一年二月三日の審議会で、海外とは異なる事情の下に、撮影方法等を改善していかなければならないということを認識した趣旨の発言がされているが、その後にストリートビューが公表された福岡地域において、撮影対象地域となる地方公共団体と話し合って撮影地域等を事前に知らせる等の調整や打合せの機会を設けた様子もなく、プライバシー保護の観点から本件サービスに関する撮影ないし公開が制限されたギリシアやドイツと異なり、何ら事前に個人のプライバシー保護のための手当てがされていない。
被控訴人は、このような配慮を行うことなく漫然と日本におけるサービスを開始したことにより、プライバシー配慮義務に違反し、控訴人に精神的苦痛、不快感、生活上の支障を与えた以上、その行為自体が独立の不法行為として、控訴人に対する損害賠償義務を免れない。
【被控訴人の主張】
ア プライバシーに配慮して業務を実施する義務があるとの控訴人の主張は独自の見解であり、仮に、そのような義務を観念するとしても、実定法(このような義務を定める法は存在しない。)に基づく公法上の義務としてしか観念し得ないものであり、私法上の義務たり得るものではない。
イ なお、福岡地域に関しては、被控訴人は、平成二一年四月二四日、福岡市及び福岡県に対し、ストリートビューに関する説明を行い、サービス開始の前日である同年一二月一日、商工会議所において記者会見を行った。そして、サービス開始当初から、人の顔の自動認識によるぼかし処理を実施していたが、同年五月一三日には、ストリートビュー専用ダイヤルの設置、ナンバープレートの自動認識及び手動によるぼかし処理等の施策を実施し、さらに、同年九月四日には、ストリートビューについての理解を深めてもらうため、ウェブサイトやパンフレットを通じて、サービス内容を周知する施策等の追加の施策を実施している。
(5) 控訴人の損害
【控訴人の主張】
本件画像がインターネット上に公表されていることが判明してから、控訴人は、ショックを受け、既往症である強迫神経症及び知的障害が悪化し、通院先を変更することとなった。また、控訴人は、自宅や職場において常に盗撮されているのではないかという不安が生じ、仕事に支障が出て職を失い、住居も転居せざるを得なかった。そのために、以下の損害が発生した。
慰謝料一五〇万円
通院費用七五万円
転居費用七五万円
控訴人は、被控訴人に対し、上記の損害のうち六〇万円を請求する。
【被控訴人の主張】
控訴人は、本件画像がインターネット上で閲覧可能となった時期よりも前に、障害二級の認定を受けて継続的に外来診療を受けていた。本件画像の公開前後を通じて、控訴人の病状に特段の変化はなく、入院治療をすることもなく、従前から受けていた診療を変わりなく継続している。
これらのことからすれば、本件画像の公表に起因する損害の発生を認めることはできない。
第三当裁判所の判断
一 本件における不法行為について
(1) 控訴人は、本件において、ストリートビューで公表した福岡地域の画像を網羅的に収集した行為を「本件撮影行為」とし、また、それをインターネット上で公表した行為を「本件公表行為」として、いずれの行為も違法性があり、不法行為が成立する旨主張する。
ところで、本件撮影行為は、本件画像の撮影を含むものではあっても、権利・利益侵害に対する不法行為の態様として具体性・特定性を欠くといわざるを得ない。すなわち、ストリートビューは、インターネット上でその対象となる地域の地図上の特定の地点を検索してストリートビュー機能に切り替えれば、誰もが、その地点の道路上から周囲三六〇度の状況を実写の画像で見ることができるサービスであり、その画像の収集は、周囲三六〇度のパノラマ画像を撮影する装置を備えたストリートビュー撮影車で、その地域を走行しながら撮影したものである。そうであれば、本件撮影行為は、福岡地域という広範な範囲を、相当の日数をかけて、現地に実際に出向いて行われたということになるが、不法行為に該当する具体的な事実として、福岡地域の撮影全体を一つの行為と観念することは困難である。そして、広範な福岡地域の中には、多数の人や物が存在し、それぞれを主体とする権利・利益が考えられるが、それらは控訴人とは無関係な権利・利益である。さらに、その撮影場所は公的施設、商業地域、住宅街といった多種多様な特性があり、撮影対象となる人、物、状況等も異なる。そうであれば、福岡地域のストリートビューの画像を撮影した行為であるといっても、具体的な事実としては特定が不十分であり、全てを一連一体と評価して、本件撮影行為全体をもって控訴人に対する不法行為であるとする控訴人の主張は、採用できない。
控訴人は、被控訴人が行う撮影行為が、膨大な数の肖像権やプライバシーを根こそぎ撮影するという点に最大の特徴があり、一連一体として行われた撮影行為のうち、本件画像の撮影だけを切り出して評価することは加害行為の実態にそぐわないと主張するが、個人の権利・利益の侵害に対する救済を図るという不法行為制度の趣旨に照らせば、控訴人の主張は採用できない。
(2) しかしながら、被控訴人が主張するとおり、控訴人が、本件居室に居住していた頃、ベランダに洗濯物を干していたところ、被控訴人が公道である福岡市e区○号線上を走行するストリートビュー撮影車から撮影したとの事実をもって、控訴人主張の不法行為の特定たり得ると解されるのであり、このような観点から、以下、本件画像の撮影行為について検討する。
(3) 同様に、本件画像の公表に関しては、平成二一年一二月二日、福岡地域を対象とするストリートビューのサービス提供が開始され、そこに本件画像が含まれていたのであるから、上記サービス提供開始時の本件画像の公表行為をもって控訴人主張の不法行為が特定されると解される。
二 プライバシー権の侵害について
(1) 撮影行為の違法性
ア 一般に、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない権利・利益や私生活の平穏を享受する権利・利益については、プライバシー権として法的保護が与えられ、その違法な侵害に対しては損害賠償等を請求し得るところ、社会に生起するプライバシー侵害の態様は多様であって、出版物等の公表行為のみならず、私生活の平穏に対する侵入行為として、のぞき見、盗聴、写真撮影、私生活への干渉行為なども問題となり得る。
写真ないし画像の撮影行為については、被撮影者の承諾なく容ぼう・姿態が撮影される場合には肖像権侵害として類型的に捉えられるが、さらに、容ぼう・姿態以外の私的事項についても、その撮影行為により私生活上の平穏の利益が侵され、違法と評価されるものであれば、プライバシー侵害として不法行為を構成し、法的な救済の対象とされると解される。プライバシーを人格権の一つとして保護する趣旨は、人が私的な空間・時間において、社会から解放されて自由な生活を営むという利益を法的に保護することであるが、容ぼう・姿態以外であっても、人におよそ知られることが想定されていない私的な営みに関する私的事項が、他人からみだりに撮影されることになれば、私生活において安心して行動することができなくなり、実際に撮影された場合には、単に目視されるのとは異なり、その私的事項に関する情報が写真・画像として残ることにより、他人が客観的にそれを認識できる状況が半永続的に作出されてしまうのであり、そのために精神的苦痛を受けることもあり得る。そうであれば、容ぼう・姿態以外の私的事項に対する撮影も、プライバシーを侵害する行為として、法的な保護の対象となる。ただし、写真や画像の撮影行為に対する制約にも制限があり、当該撮影行為が違法となるか否かの判断においては、被撮影者の私生活上の平穏の利益の侵害が、社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかが判断基準とされるべきであると解される(肖像権の場合に関し、最高裁平成一七年一一月一〇日第一小法廷判決・民集五九巻九号二四二八頁参照)。
イ 本件の検討
(ア) 本件においては、前述のとおり、福岡地域における撮影行為全体を控訴人に対する不法行為として捉えることはできないので、福岡市e区<以下省略>付近を、公道から、ストリートビューの撮影車を走行させながら周囲一帯を連続的に撮影した本件画像について検討しなければならない。
(イ) 本件居室のあるアパートの周囲は住宅が多く、アパート建物は公道から通路部分(通路と駐車場と兼用している土地部分。)を経た奥の土地部分に建てられており、アパート建物は公道に直接面してはいない。アパート建物の敷地と公道との間には、平屋建ての建物があり、その建物の一画に乗用車と植木があるため、本件画像の上では、平屋建ての建物等がアパート建物を背にして比較的大きく見える。そして、本件居室は、アパート建物の二階にあるが、当該建物の中でも公道及び前記通路部分から奥の方に位置している。
(ウ) 本件画像上には、本件居室のベランダが写っているが、画像全体の構成としては、手前に平屋建ての建物等があり、その奥にアパート建物があり、本件居室はアパート建物の一部として、撮影地点から相当離れたところに見えるにすぎず、ベランダの手すりに布様のものが掛けてあることは分かるが、それが具体的に何であるかは判別できない。ベランダの手すり以外のところに、物干しやハンガー等に吊られている洗濯物等もなく、ベランダ全体を見ても下着が干してあることまでは分からない。本件画像には人物、表札や看板など個人名やアパート名が分かるものは写っていない。
ウ 以上に照らせば、本件画像は、本件居室やベランダの様子を特段に撮影対象としたものではなく、公道から周囲全体を撮影した際に画像に写り込んだものであるところ、本件居室のベランダは公道から奥にあり、画像全体に占めるベランダの画像の割合は小さく、そこに掛けられている物については判然としないのであるから、一般人を基準とした場合には、この画像を撮影されたことにより私生活の平穏が侵害されたとは認められないといわざるを得ない。一般に公道において写真・画像を撮影する際には、周囲の様々な物が写ってしまうため、私的事項が写真・画像に写り込むことも十分あり得るところであるが、そのことも一定程度は社会的に容認されていると解される。本件の場合は、ベランダに掛けられている物が具体的に何であるのか判然としないのであるから、たとえこれが下着であったとしても、上記の事情に照らせば、本件に関しては被撮影者の受忍限度の範囲内であるといわなければならない。
エ 以上のとおりであるから、控訴人のその他の主張を検討するまでもなく、本件画像の撮影行為について、不法行為は成立しない。
(2) 公表行為の違法性
撮影された本件画像の公表行為の違法性については、その物を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量して判断すべきところ(最高裁平成一五年三月一四日第二小法廷判決・民集五七巻三号二二九頁参照)、前述のとおり、本件画像においてはベランダに掛けられた物が何であるのか判然としないのであり、本件画像に不当に注意を向けさせるような方法で公表されたものではなく、公表された本件画像からは、控訴人のプライバシーとしての権利又は法的に保護すべき利益の侵害があったとは認められない。したがって、その他の事情を検討するまでもなく、本件公表行為についても不法行為は成立しない。
三 個人情報保護法違反について
控訴人は、本件画像が個人情報に該当するとして、個人情報保護法違反を主張するが、福岡地域の撮影・公表行為を全体として一連一体の行為態様であるとする主張については、前述のとおり採用できない。
さらに、控訴人との関係に限定した場合であっても、そもそも、個人情報保護法上の個人情報とは、特定の個人を識別することができるもの(同法二条一項)であり、本件画像には特定の個人を識別することができるものはなく、インターネット検索で住所検索とストリートビューの画像が関連付けられるとしても、それだけでは控訴人個人を識別することはできないので、個人情報に該当しないと解される。そうであれば、個人情報を含む情報のデータベースであるところの個人情報データベースや個人データにも該当しない。
よって、個人情報保護法に関する控訴人の主張は、採用できない。
四 プライバシー配慮義務違反について
さらに、控訴人は、事業者が、プライバシー侵害の可能性を含む新規事業の展開に際して、プライバシー侵害が生じないよう、一定の方策を行うなどの配慮義務があると主張し、これに違反した場合には不法行為が成立する旨主張するが、独自の見解であり、また、前記のとおり、本件においてはプライバシー侵害が生じていないのであるから、控訴人の主張は採用できない。
五 結論
以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 吉村美夏子 島戸真)
別紙 当事者目録
控訴人(第一審原告) X
同訴訟代理人弁護士 武藤糾明
同訴訟復代理人弁護士 近藤恭典 中山篤志 城戸美保子 木村道也 池永修 吉田純二 栁優香 井上敦史 清水勉 水永誠二 彦坂敏之 野呂圭 齊藤裕 豊永泰雄 平田かおり 小宮和彦 前田恒善 三浦邦俊 天久泰 村山崇
被控訴人(第一審被告) Y株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 中島徹
同 柳澤宏輝
同 大川友宏