福岡高等裁判所 平成23年(ネ)611号 判決 2012年4月10日
控訴人
昭和興産株式会社
同代表者代表取締役
甲野一郎
控訴人
外3名
控訴人ら訴訟代理人弁護士
加藤哲夫
岡本成史
被控訴人
Y1(以下「被控訴人Y1」という。)
外4名
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
沖田哲義
山根康路
橋本由美子
被控訴人ら補助参加人
株式会社小倉カンツリー倶楽部
同代表者代表取締役
乙山二郎
同訴訟代理人弁護士
辻正喜
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人らは,被控訴人ら補助参加人に対し,連帯して,1301万6751円及びこれに対する平成21年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その3を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人らの負担とし,補助参加費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その3を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人ら補助参加人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,被控訴人ら補助参加人に対し,連帯して,2000万円及びこれに対する平成21年12月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要(略称等は原判決の例による。)
1 (1)本件は,補助参加人が,同人が経営するゴルフ場においてレストラン運営委託契約(本件契約)に基づきレストランを経営していた会社に対し,上記契約終了の際にこれに伴う補償金として2000万円を支払ったことについて,補助参加人には当該補償義務はないにもかかわらず上記金員を支出したものであり,これを取締役会において決議したことが取締役の善管注意義務等に反するとして,補助参加人の株主である控訴人らが,補助参加人の取締役である被控訴人らに対し,上記2000万円及びこれに対する被控訴人らに対する訴状送達日のうち最も遅い日の翌日である平成21年12月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を補助参加人に支払うよう求める株主代表訴訟である。
(2)原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
(3)控訴人らは,これを不服として控訴した。
2 事案の概要は,以下のとおり付加訂正を行い,次項において当審における主張を追加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1)原判決3頁3行目の「している」の後に「株式会社である」を加え,7行目の「式会社」の後に「(以下「朝映観光」という。)」を加え,15行目の「「本件契約」という。」の後に「なお,本件契約について明文の契約はなかった。」を加える。
(2)4頁13行目で改行し,以下の記載を加える。
「(5) 監査役に対する請求
控訴人昭和興産株式会社は,補助参加人監査役に対し,平成21年7月22日到達の内容証明郵便をもって,会社法386条2項に基づき,被控訴人らの責任を追及する訴えを提起するよう請求したが,その後60日を経過しても上記訴えは提起されなかった。」
(3)7頁6行目冒頭に「ウ 」を加える。
3 当審における主張
(控訴人らの主張)
(1)本件解除に伴う損害賠償の要否について
ア 本件解除においては,平成20年11月12日に補助参加人の取締役会による本件契約解除の決定及び補助参加人による朝映観光への通知がなされ,同21年3月末に本件解除となったものであり,十分な予告期間が設けられていたのであるから,本件解除は「相手に不利な時期における解約」には該当しない。
イ 本件解除については,朝映観光の歩合率が他社に比べ著しく低いこと,補助参加人の経営が悪化していたこと及び朝映観光が電気料金の支払を滞納していたことといったやむを得ない理由が存在していたから,本件解除に際し,補助参加人は朝映観光に対し損害賠償をする義務はない。
(2)本件レストラン従業員に対する退職金支払について
ア 本件レストランの従業員に対する退職金支払は,本件契約の解約如何にかかわらず退職金規程に基づき朝映観光に支払義務が生じるものであり,これと本件契約の解約時期とは無関係である。
イ 退職金支払義務は,事務処理との関連において生じた損害とは評価できない。
ウ 上記退職金支払に際し,朝映観光は,退職金規程に基づく支払義務がないにもかかわらず,パート従業員に対する退職金の支払並びに正規従業員及びパート従業員に対する功労金の支払を行っている。
エ 仮に退職金支払が,民法651条2項に基づき,本件解除に伴い賠償すべき損害(以下「本件損害」という。)に当たるとしても,その範囲は,パート従業員を除いた正規従業員4名の退職金支払合計689万0110円に限定されるべきである。
(3)損益相殺について
被控訴人らが主張する利益は,本件契約の解約及び西洋フードとのレストラン等運営委託契約締結により生じたものであり,本件補償金の負担により生じたものではない。
(被控訴人ら及び補助参加人の主張)
(1)本件レストラン従業員に対する退職金支払について
朝映観光の売上げのうち,本件レストランからの売上げが大きな割合を占めること,朝映観光は本件レストラン以外では飲食業を営んでおらず,十分な予告期間を経ずに本件契約を解除すれば本件レストラン従業員の退職は回避できないことからすれば,同従業員の退職に伴う退職金は,本件損害として認められるべきである。
また,パート従業員に対する退職金支払は,社会通念上妥当なものであり,短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下,「パートタイム労働法」という。)8条に基づくものである。
ただし,丙川花子に対する退職金支払については,同人は本件解除前に朝映観光を退職しパート従業員に変更となっているので,本件損害からは除外するのが相当である。
(2)本件解除に伴う退職金以外の損害について
ア 買掛金
本件レストランの買掛金については,支払時期は原則として月末締めの翌月払いであるが,中には支払期限を延期してもらっているものがあった。
これについては,本件レストランの営業及び業者からの仕入れを継続することが支払時期の延期の担保となっていることから,上記営業終了に伴い,支払延期がなされている買掛金の清算が必要となるところ,朝映観光は,上記清算を本件レストランを退去した翌月あるいは翌々月までに行った。
この合計額は334万2741円である。
イ 什器備品等
朝映観光の什器備品等の簿価である18万9831円あるいは平成21年3月時点での本件レストランにおける什器備品簿価である6万4313円が本件損害として計上されるべきである。
ウ 営業利益喪失分
(ア)原判決及び裁判例(福岡地方裁判所平成16年8月2日判決)のとおり,営業利益喪失分を本件損害として認めるべきである。
(イ)① 本件契約が締結された際の状況,② 朝映観光において本件レストランでの売上が占める割合が極めて大きく,朝映観光としても数十年単位で本件契約が存続するものと考えていたこと,③ 朝映観光による本件レストランの経営期間が約40年にも及び,本件契約継続に対する朝映観光の信頼度は高いことからすれば,営業利益喪失分についても損害として認めるべきである。
(ウ)営業利益喪失分のような消極的損害が,民法651条の「損害」に一切含まれないとするならば,業務委託契約の委託者においては,株主代表訴訟を恐れ,取引機会を喪失することになる。
(エ)公認会計士の意見書(乙24)に基づき,少なくとも営業利益喪失分425万7502円は,本件損害として計上されるべきである。
エ 解約金
本件解除に伴い,朝映観光は,サニクリーン九州株式会社(以下「サニクリーン九州」という。)との契約を解除したが,その際,同社に対し解約金9万3139円を支払った。
(3)経営判断について
ア 本件解除は,補助参加人の営業収益を上げることを目的としてなされたものであり,これに伴う本件補償金の支払(本件支払)を含め,経営判断に属する事項として被控訴人らの経営判断が尊重されるべきである。
イ 被控訴人らのうち3名は無報酬で取締役としての職務を行っていたものであり,経営判断が尊重されないのであれば,補助参加人の取締役に就任しようとする者はいなくなり,補助参加人の経営は立ちゆかなくなる。
ウ 本件補償金2000万円については,本件解除による収益の増加により,本件解除の翌々年度にはこれを補てんすることができるから,本件支払が補助参加人の負担となることはない。
エ 本件解除に対し,朝映観光は当初4000万円以上の補償を求めており,これに対し補助参加人が補償金の支払をしない,あるいは著しく少ない補償金の支払に止まった場合には,本件解除等が難航し,新たな業者への委託ができず増益の機会を逸するおそれがあったから,朝映観光との交渉等を円滑に進めるためには,本件補償金を支払う必要があった。
オ 本件解除に際し,朝映観光は補助参加人に対し4000万円以上の補償金を請求していたところ,被控訴人Y1を除く被控訴人らは,減額交渉の結果,2000万円に減額することに成功している。
カ 補助参加人の取締役会において本件補償金の支給決定を行うまで,被控訴人らは,専門家に相談したことはなかったが,本件契約の性質について直ちに委任契約であると判断することは困難であり,上記相談をしなかったことが不適切であったとはいえない。
キ 仮に本件支払を決定したことについて,経営判断としての裁量の範囲であるとは認められないとしても,以下の理由により,被控訴人らの任務懈怠の事実は認められない。
(ア)本件契約の法的性質については,法律専門家の間でも意見が分かれるところであり,これについて事前に上記専門家の意見を求める義務はない。
(イ)本件契約の法的性質如何にかかわらず,本件解除に際し金銭の支払は必要であったのであり,被控訴人Y2において,本来は本件解除とは無関係である中小企業基本法等に言及したことは,引用すべき法文を誤ったに過ぎず,法的検討を怠ったものではない。
(ウ)被控訴人Y3は,朝映観光の売上や損益などを確認し,同人の経験を参考にして,本件解除に伴う問題についても検討している。
(エ)被控訴人らは,本件解除に伴う補償金を,朝映観光の請求額から2000万円に減額することに成功しており,漫然と本件補償金を支払ったものではない。
(4)損益相殺について
仮に被控訴人らに任務懈怠の事実が認められるとしても,本件解除及び西洋フードとのレストラン等運営委託契約締結により生じた利益との損益相殺をすべきであり,これによれば,補助参加人に損害は発生していない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件支払の利益相反性及び被控訴人らの責任)について
これについては,原判決8頁21行目から9頁1行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点(2)(本件補償金の必要性)について
(1)本件契約の性質及び民法651条の適用について
これについては,原判決9頁5行目から25行目に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,同頁10行目の「甲28号証17頁,」の後に「乙1号証,」を加える。なお,本判決では,以後における書証の表示について「号証」の記載は省略する。)。
本件契約が借家契約には当たらないことは,原判決が指摘する事項のほかに,① 借家契約であれば借地借家法により様々な規制が生じることから,当該契約の締結及びその内容の確認は慎重になされるべきところ,本件全証拠によるもそれがなされたとは認められないこと,② 被控訴人らから本件契約が賃貸借契約である旨の主張がなされたのは,本件の訴え提訴から半年以上が経過した,被控訴人ら平成22年7月7日付け第4準備書面においてであること,③ 被控訴人Y1及び同Y3は,同人に対する本人尋問において,本件契約が賃貸借契約である旨供述等するが(乙21,23,被控訴人Y320項),本件全証拠によるも,本件解除までに,補助参加人内部において本件解除が賃貸借契約の解除であることを前提とした議論がなされた事実は認められないことからも明らかである。
(2)補償金額の相当性について
ア 総論
(ア)上記のとおり本件契約は準委任契約であり,これについての民法656条及び651条1項は,各当事者がいつでも委任の解除をすることができる旨定めているが,これは,当該契約が当事者双方の特別な対人的信頼関係を基礎とすることによるものであるから,委任契約あるいは準委任契約は,他に特約なき限り,同項によりいつでも解除できるのが原則である。そして,同条2項において「当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたとき」には損害賠償をしなければならない,としていることからすれば,上記損害賠償の範囲は,突然の解除により相手方において負担せざるを得なくなった出費等に限られ,逸失利益や営業利益など,委任契約あるいは準委任契約の継続を前提とする事項については,上記損害に含まれないものと解するのが相当である。
すると,本件全証拠によるも,上記特約の存在は認められないから,本件損害の範囲は,上記のとおりとするのが相当である。
(イ)これに対し,原審は,本件契約のような継続的準委任契約を委任者が解除する場合において負担すべき損害については,当該契約の継続期間,当該契約による営業に対する受任者の依存度,受任者の転業の容易性,受任者企業全体の存続の困難性等も含めて考慮する必要がある旨判示するが,上記条項の文言及び趣旨に反するものである。
また,被控訴人らが指摘する裁判例は,民法651条ではなく当事者間の契約内容についての検討結果を根拠としており,明文の契約がない本件とは事案を異にする。
(ウ)控訴人らは,本件解除に際しては十分な予告期間が設けられていたのであるから,本件解除は「相手に不利な時期における解約」には該当しない旨主張する。
そこで検討するに,通知から本件解除まで4か月弱の期間があったものの,本件契約が約40年に及ぶものであったこと(前提事実),本件契約には予告期間の定めはなかったこと,朝映観光においては,その売上のうち本件レストランの売上が9割を占めており,本件解除時には本件レストラン以外に食堂経営は行っておらず,本件解除に伴い上記従業員を朝映観光の他の部署に配置することはできなかったこと(乙3,被控訴人Y185ないし87項,弁論の全趣旨)及び朝映観光から補助参加人に対し本件契約の解除までに1年間の猶予期間を設けるよう求めたこと(甲10の9)からすれば,新たな営業場所を見つけるなどして本件解除に伴う損害を回避するためには,上記4か月弱の予告期間では足らないものと認められるから,上記主張は採用できない。
また,本件解除については,朝映観光の歩合率が他社に比べ著しく低いこと,補助参加人の経営が悪化していたこと及び朝映観光が電気料金の支払を滞納していたことといったやむを得ない理由が存在していたから,本件解除に際し,補助参加人は朝映観光に対し損害賠償をする義務はない旨の主張も,これらがいずれもやむを得ない理由に該当するとまでは認められず,民法651条2項の規定に反するものであるから,採用できない。
イ 本件レストラン従業員に対する退職金について
(ア)弁論の全趣旨によれば,上記退職金は,本件解除に伴い,本件レストランの従業員を解雇したことにより生じたものである。
一方,朝映観光においては,上記のとおり,本件解除に伴い同社従業員を朝映観光の他の部署に配置することはできなかったものである。
すると,朝映観光としては,本件契約が継続していたのであれば個々の従業員の退職ごとに退職金を支払うことで足りたにもかかわらず,本件解除により対象従業員全員の退職金を一括して支払うことを余儀なくされたことからすれば,本件解除による退職金の支払は,本件損害に当たると解するのが相当である。
(イ)これに対し,控訴人らは,退職金支払と本件契約の解約時期とは無関係である旨主張するが,上記のとおり,朝映観光は本件解除により全退職金を一括して支払うことを余儀なくされたものであるから,これが本件損害に当たることは明らかである。
また,控訴人らは,退職金支払義務は事務処理との関連において生じた損害とは評価できない旨主張するが,退職金支払は,本件契約の遂行に必要な労働契約の締結により生じたものであるから,上記支払が本件契約上の事務処理との関連において生じた費用であることは明らかである。
(ウ)そこで,本件損害として認められるべき退職金支払の範囲について検討するに,本件レストラン従業員に対する退職金等支払の内訳とその受領印が記載された書面(乙6,28),朝映観光元従業員からの聴取書(甲41,45),同社の就業規則(乙33)及び弁論の全趣旨によれば,本件レストランの従業員のうち正社員4名に対して支払われた退職金合計689万0110円については,本件解除に伴い上記就業規則に基づいて支払われた退職金であることが認められる(なお,上記内訳のうち丙川花子に対する退職金が本件損害に該当しないことは,被控訴人らにおいて認めるところである。)。
しかし,功労金の支払については,パート従業員に対するものについては上記就業規則に該当規定はなく,正社員4名については,上記就業規則27条には「在職中,特に功労のあった社員に対しては社長の決済で規定の退職手当の外に功労金を支給する。」旨規定されているが,上記支払がこれに該当するかは本件全証拠によるも不明である。
よって,朝映観光による退職金等支払のうち,本件損害として認められるのは,上記689万0110円の範囲とするのが相当である。
これに対し,被控訴人らは,通常の労働者との差別的取扱を禁じたパートタイム労働法8条に基づき,パート従業員らについても功労金が支給されるべきである旨主張するが,本件全証拠によるも,同人らが上記条項の要件を充足するかについて必要な立証がなされたものとは認められない。また,仮に上記条項の要件を充足し,正社員と同様に上記就業規則が適用される場合に該当するとしても,本件でパート従業員らに支給されたのは,退職金ではなく功労金であり,正社員と同様,上記就業規則27条に該当するものであるかが不明であるから,上記主張は採用できない。
ウ 買掛金清算について
買掛金については,本件解除とは関連のない通常の取引により生じた債務であるから,本件損害に当たるものとは認められない。
これに対し,被控訴人らは,買掛金の支払時期は,原則として月末締めの翌月払いであるが,中には支払期限を延期してもらっているものがあり,これについては本件レストランを退去した翌月あるいは翌々月までに清算した旨主張し,被控訴人Y1は,本件契約が解約されたことにより一度に支払う必要が生じた旨供述する(被控訴人Y1157項)。
しかし,上記主張等によれば,買掛金の支払時期について相手方の好意を受けることができなくなったに止まり,本来の支払時期よりも早い支払を余儀なくされたものではないから,本件損害には該当しないものとするのが相当である。
エ 什器備品等
これについては,その内訳(乙31の2)によれば,本件レストラン以外において使用不能なものであるとは認められないから,本件損害には該当しない。
オ 過年度電気料金
これについては,買掛金と同様,本件解除とは関連のない通常の取引により生じた債務であるから,本件損害に当たるものとは認められない。
なお,乙8の1・2によれば,補助参加人と朝映観光は,朝映観光において負担すべき平成18年度及び同19年度の電気料金負担金について,支払計画に基づき,平成20年10月から同23年3月にかけて分割して支払うこと及びこれについて食堂売上げ預り金と相殺することについて合意したことが認められるが,上記期限の利益あるいはこれの喪失の有無については本件解除とは別個の問題であり,上記相殺についても上記電気料金負担金の弁済の便宜を図ったものに過ぎず,債務それ自体を減免したものではないから,上記判断に影響を及ぼすものではない。
カ 人件費等
上記のとおり,被控訴人ら主張の損害のうち,本件契約の継続を前提とするものについては本件損害に該当しないものとするのが相当であるところ,人件費等については本件契約の継続を前提とするものであるから,本件損害には該当しない。
キ 営業利益喪失分
上記カと同様の理由により,本件損害には該当せず,これと異なる被控訴人らの主張は採用できない。
ク 解約金
乙34の1・2(サニクリーン九州から朝映観光に対する請求書),38(解約処理申請書)及び40の1・2(違約金受領及び消費税課税についての電話聴取書)によれば,本件解除に伴い,朝映観光は,サニクリーン九州との契約を解除し,その際,同社に対し解約金9万3139円(消費税込)を支払ったことが認められる。
よって,上記解約金については,本件損害と認めるのが相当である。
これに対し,控訴人らは,朝映観光は上記解約金を支払っていないなどと主張するが,上記書証の内容に鑑み,当該主張は採用できない。
(3)まとめ
以上によれば,本件損害として認められるのは,退職金689万0110円及び解約金9万3139円の合計698万3249円のみである。
3 経営判断について
(1)被控訴人らは,本件解除は,補助参加人の営業収益を上げることを目的としてなされたものであり,これに伴う本件支払を含め,経営判断に属する事項として被控訴人らの経営判断が尊重されるべきであるなどと主張する。
(2)そこで検討するに,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 平成20年7月5日付けで,被控訴人Y2から補助参加人各取締役に対し,本件レストランにおける補助参加人の朝映観光に対する委託料(以下「本件委託料」という。)の割合(本件レストランにおける朝映観光の売上のうち,朝映観光から補助参加人に対して支払われる金額の割合)が5%とされているのは,近隣のゴルフ場が10%程度であるのと比較して低いとして,これを10%とするよう朝映観光に要請すること,これに対して朝映観光が拒否した場合の本件契約解除,新たな委託先の募集方法等について検討を促す旨の提案書が提出された。(甲10の1)
イ これに対し,補助参加人の取締役らは,同月16日,本件委託料の割合を5%から10%とすること,これについて朝映観光が拒否した場合には本件契約を解約し他業者に本件レストランの運営を委託すること,解約に伴う諸問題については別途協議すること等を決定した。(甲10の2)
ウ 同月24日付けで,補助参加人は,朝映観光に対し,同年9月1日より本件委託料の割合を5%から10%に引き上げることを通知し,これに対する朝映観光の回答を同年8月25日までに行うよう要請した。(甲10の3)
これに対し,朝映観光は,同年8月25日付けで,上記割合の引き上げには応じられない旨回答した。(甲10の4)
エ これを受けて,被控訴人Y2は,同月30日付けで,補助参加人取締役らに対し,以下の内容を報告した。
(ア)本件レストランの運営委託先について,朝映観光から西洋フードに変更すること(以下「本件変更」という。)により,本件レストランにおける年間売上を1000万円とした場合,補助参加人における委託手数料は1500万円の増額となる。
(イ)上記に鑑み,本件契約を解約し新たに西洋フードに委託すべきであるが,本件契約が約40年間継続し,その間朝映観光において重大な過失等はなかったことを考慮すると,本件契約を一方的に解約することは,甚だ身勝手,不合理なことである。
(ウ)正当な事由なく本件契約を解約した場合には,中小企業基本法あるいは下請法に抵触したり,朝映観光との法的紛争に発展する可能性があり,補助参加人と朝映観光との間で円満な解決を図ることが肝要である。
(エ)本件変更による増収に鑑み,本件変更を実行しないとすることは,取締役としての職責を果たさないこととなり,重大な背任行為にも該当する。
補助参加人の取締役らは,同年9月10日に,上記報告を受けて本件レストランの新たな運営委託先を検討することとし,西洋フードとの間で本件レストランの運営委託に関する交渉を進めることとした。(以上,甲10の5)
なお,中小企業基本法,下請法あるいは私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律には,本件解除がこれらに抵触する旨規定した条文はなく(公知の事実),上記(ウ)については,被控訴人Y2の私見あるいは経験を述べたに過ぎなかった(乙20の2頁,被控訴人Y247,48項)。
オ 補助参加人取締役会は,西洋フードによるプレゼンテーションを経るなどして,同年11月12日開催の取締役会において,翌平成21年1月末までに本件変更についての最終決定を行うことを決めた。なお,被控訴人Y1は,特別利害関係人に当たるとして,上記議決には加わらなかった。(甲10の6,7)
カ 補助参加人は,朝映観光に対し,平成20年11月13日付けで,本件契約を翌平成21年3月31日をもって解約する旨通知した。(甲10の8)
キ 上記通知に対し,朝映観光は,平成20年11月15日付けで,補助参加人に対し,① 本件契約が約40年間も継続したこと等からすると甚だ遺憾であること,② 朝映観光においては本件レストランにおける売上がその大半を占めており,本件契約が解約された場合,他事業への転換の時間的余裕がなく,事実上廃業せざるを得ないこと,③ 上記事情に鑑みれば,解約までに少なくとも1年間の猶予期間が設けられるべきであること,④ 本件解除に伴う損失として,従業員に対する退職金等について1360万円,買掛金清算について1000万円,什器備品等について125万円,未払電気料金について307万円,人件費あるいはリース費用等について5256万円(本件解除により朝映観光の本件契約による収入が1年間無収入となることにより生じるもの),営業利益の喪失について844万円,合計8892万円の損失が見込まれ,これに対する補償として4000万円以上が補助参加人から朝映観光に対し支払われるのでなければ本件解除には応じられない旨回答した。(甲10の9)
なお,上記④における損失のうち,什器備品等の125万円は,当該什器備品等を新規に調達する場合の金額であった。(被控訴人Y1164,165項)
また,上記人件費あるいはリース費用等については,当該支出が1年間継続した場合の合計額を計上したものであるが,実際には,本件解除に伴う従業員の解雇により人件費は発生せず,リース費用についても,リース契約が西洋フードに引き継がれることにより発生しなかった。(同184ないし191項)
ク 平成21年1月22日に開催された補助参加人取締役会において,本件契約を同年3月31日付けで解除すること,西洋フードによる本件レストランの営業を同年4月1日よりとすること及びこれらに対する解約営業補償金として,補助参加人から朝映観光に対し2000万円を支払うことを決定した。
上記2000万円の根拠については,本件契約を正当な理由なく解約することは中小企業基本法あるいは下請法に反する,上記朝映観光の回答における4000万円は一般的には妥当な金額であるとした上で,朝映観光から補助参加人に対し「本件解除に伴う諸問題(従業員の退職金,債務支払その他)解決のためには最低でも2000万円が必要である。」旨の申し出がなされ,これについて協議した結果,上記申し出を受け入れることとしたものであり,補償金支払に伴う損失については,本件変更に伴う増収により早期に回収できるとされた。(以上,甲10の12,甲26の8頁)
なお,被控訴人Y2の陳述書(乙20)の4頁,同Y3の陳述書(乙21)の4,5頁,同人作成の書面(乙22)並びに被控訴人Y158項及び同Y3109項では,上記甲10の12(取締役会議事録)の記載と異なり,被控訴人Y3から同Y1に対し,補助参加人において上記4000万円の支払は困難であることから,本件解除に伴う補償金として補助参加人において支払可能な金額である2000万円を支払う旨の提案がなされたとされている。
ケ 平成21年1月24日付けで,補助参加人から朝映観光に対し,本件解除及びこれに伴う補償金2000万円の支払が補助参加人取締役会において決議された旨の通知がなされ(甲10の13),同年2月4日,補助参加人と朝映観光は,本件解除及び上記補償金の支払等について合意した(甲10の14)。
コ 同年3月31日,補助参加人と西洋フードとの間で,西洋フードが補助参加人に対し,レストラン等の売上の20%,コース売店売上の5%を営業許諾料として支払うこと,契約期間を同年4月1日から平成24年3月末日までとすること,上記期間満了を待たずに解約する場合には6か月前までに書面により申し出ること等を内容とするレストラン等運営委託契約が締結された。(甲18)
これにより,本件レストランの運営委託に伴う補助参加人の収入は,朝映観光との契約時には年間約400万円程度であったものが,西洋フードとの契約締結により年間約1200万円程度へと増加した。(丙2)
サ 補助参加人においては,弁護士との顧問契約が締結されていたにもかかわらず,補助参加人取締役らは,本件解除に伴う補償金支払についての法的義務の有無及び支払の範囲について,上記弁護士への相談をせず,上記法的義務の有無等について個別具体的な検討は行わなかった。(被控訴人Y258ないし61項)
(3)上記事実によれば,本件解除及び本件変更により,本件レストランにおける補助参加人の収入が大幅に増加したことが認められ,本件変更が必要であるとした被控訴人らの判断は妥当である。
しかしながら,本件解除に伴う補償金支払の要否及びその額についての検討並びにこれに基づき本件補償金2000万円を支払う旨の決定については,上記事実経過によれば,被控訴人らは,朝映観光が補償を求める金額について,当該金額には什器備品等あるいは人件費,リース料等,民法651条の規定に鑑み,本件損害としては明らかに不適切な項目及び金額が含まれていたにもかかわらず,上記要求金額の前提となる各項目についての補償の要否及び金額の相当性について,弁護士等の然るべき専門家の助言を得ることあるいは被控訴人ら自身による法的検討を怠り,自己の経験あるいは関係法令に対する誤った理解に基づき,朝映観光の要求金額は妥当であると解し,補助参加人において支払可能な金額である2000万円の範囲での合意あるいは当該金額への減額を求めたに過ぎないのであって,これが被控訴人らの忠実義務あるいは善管注意義務に反することは明らかである。
これに対し,被控訴人らは,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
ア 被控訴人らの経営判断を尊重すべき旨,あるいは被控訴人らの中には無報酬で取締役としての職務を行っていた者がいる旨の主張については,これらが,当該判断を行うに必要な事項の検討を怠ったことについての正当事由に当たらないことは明らかである。
イ 本件補償金2000万円については,本件解除による収益の増加により補てんすることができる旨の主張については,当該補償金支払に対する穴埋めがなされるに過ぎず,不必要な補償金の支払による損失それ自体が解消するものではない。
ウ 紛争の円満な解決のために本件補償金を支払う必要があった旨の主張については,上記のとおり本件解除に伴う補償金支払の要否及びその範囲について必要な検討を尽くした上で,紛争解決のために当該検討を上回る金額を支払うこととしたのであれば,当該主張を採用する余地があるが,被控訴人らは,当該検討を怠ったものである上に,本件補償金2000万円と,当裁判所が本件損害として認めた698万3249円とは,看過することのできない金額の隔たりがある。
エ 被控訴人らは,減額交渉により本件解除による補償金の支払を2000万円に減額することに成功している旨の主張については,減額後の金額それ自体が相当ではないことは上記のとおりである。
オ 本件契約の法的性質について事前に上記専門家の意見を求める義務はない旨の主張については,上記法的性質の問題と本件損害の範囲とは別個の問題である。
カ 本件解除及び本件損害について,被控訴人Y2あるいは同Y3が必要な検討を怠ったものではない旨の主張については,上記のとおり同人らは必要な検討を怠ったものであることが明らかである。
キ 被控訴人らは最高裁判例(最高裁平成21年(受)第183号同22年7月15日第一小法廷判決・集民234号225頁)を援用して,被控訴人らには任務懈怠は存在しない旨主張するので検討するに,上記判例は,会社再編に伴う未公開株の買取価格の当否が主たる争点となった事案に対するものであるところ,この事案では,未公開株の価格については,当該企業の資産状況のみならずその将来性等をも考慮しなければならず,当該価格の当否についての判断は必ずしも容易ではなく,買取価格決定の過程では法的妥当性について専門家である弁護士に対する意見聴取が行われているものである。
これに対し,本件では,本件契約の解約に伴う損害額については,未公開株の買取価格と異なり比較的容易かつ明確に認定できるものであること,弁護士等の専門家に対する確認を怠っていることから,上記判例とは事案を異にするものである。
4 損益相殺について
被控訴人らの主張する利益は,本件契約の解約及び西洋フードとのレストラン等運営委託契約締結により生じたものであり,本件補償金の負担により生じたものではないこと,本件解約に伴い補助参加人から朝映観光に対して支払うべき補償金について適切な検討がなされたのであれば,補償金の減額により補助参加人にはより大きな利益がもたらされたことが明らかであるから,損益相殺についての被控訴人らの主張は失当である。
5 よって,控訴人らの請求は,被控訴人らが,被控訴人ら補助参加人に対し,連帯して,本件補償金2000万円から本件損害として認められるべき上記退職金689万0110円及び解約金9万3139円を控除した1301万6751円及びこれに対する遅延損害金を支払うことを求める範囲で理由があり,その余の請求は理由がなく,仮執行宣言については,事案の性質に鑑みこれを付さないのが相当であるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 武野康代 裁判官 常盤紀之)